昨日の新聞記事と中世の韻文とが恍惚のなかで溶けあう暗い沼
――松浦寿輝
年末年始に読むつもりで、昨年暮(!)配達してもらいながら、結局、年初めに一部に目を通したきりになっていた『ロートレアモン全集』(石井洋二郎訳、筑摩書房、2001年)を、先日やっと(不完全ながら)通読した。
すでに文庫版も出ていたけれど、「註解」なしの版は問題外だった。以前、図書館で見て、たまたま開いたページの次のような註解の記述に目を瞠り、これは自分のものにしてゆっくり読もうと思ったのであるから――。
カプレッツは謎めいた一連の「……のように美しい」という比喩のうち、「永久鼠捕り器」についての記述は「何か広告の囲み記事を写しとったもの」であろうと推測しており、この作品の中でもおそらく最も有名な「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」という表現についても、「これら多様なオブジェの奇妙な結合は、何か雑誌の広告ページにそれらが一緒に載っていたことから出てきたもののように思われる」と述べていた。その後四十年間にわたって、この予感は裏付けを得られぬまま単なる予感にとどまっていたが、ルフレールの熱心な調査によって、実際にモンテビデオで発行されていた企業・個人名鑑の広告欄に、ミシンと雨傘、それに解剖台そのものではないが、外科手術の道具の宣伝が(ページは異なるが)同時に掲載されていたことが発見された。(『ロートレアモン全集』497ページ)
本書巻頭に載せられた写真のなかに、この「企業・個人名鑑」の表紙および三ページ分の広告の現物――ミシンと雨傘、手術道具の、ページの上での出会い――が見られる。これはすごい!「この事態をつとに予言していたカプレッツの炯眼もさることながら、彼の予言を本当に立証してしまったルフレールの執念も、驚嘆に値しよう」と訳者の言うとおりである。
ところで、これについて訳者は、「もちろん、この発見がただちに作品の価値を減じるものでないことはいうまでもない。むしろ、普通の人間であれば見逃してしまうにちがいない日常的な細部に意外な結合を見出し、これを「美」へと昇華させた詩人の卓越した感性に、あらためてオリジナリティーなるものの本質を感受すべきであろう」とも書くのだが……うーん、そんなこと言わなければならないほど、「この発見」が「作品の価値を減じる」と考える人って多いんででしょうか? 贔屓の引き倒しに類する文章に見えるし、これに続く部分で行なわれているような、クリステヴァなんぞで権威づけ・景気づけする必要ももとよりないと思うのだが。
解剖台とミシンと雨傘なんて、「意外な結合」なんかじゃなくてたんなる寄せ集め、出まかせ、出鱈目(「企業・個人名鑑」を片手でめくりながらの)、息もつかせぬIl est beau comme に接続されるそれ以外のフレーズも、どう見たって美の形容にならないし、「美へと昇華」されもしない(むしろ、その内容が美とはまったく無関係、むしろ無意味であるところがすごいのだ)。 「意外な結合」とは、この、行きあたりばったりに手にした借り物フレーズを美(この場合は美少年)の比喩として文に組み込み、機能させ、美の形容として有無を言わせず現実化させてしまったことにこそあったのだから――。
彼は十六歳と四か月! 猛禽の爪の伸縮性のように美しい、後ろ頭の柔らかな部分の傷口の不確かな筋肉の動きのように美しい、あるいは、鼠が捕まる度に仕掛け直され、一台で齧歯目の獣を際限なく捕獲でき、藁の下に隠されていても機能する、永久鼠取り器のように美しい! とりわけ、手術台の上でのミシンと雨傘の不意の出会いのように美しい!
『マルドロールの歌』の詩句の出典については、実は私も、ひそかにこれはと思っているものがある。「第四の歌」でマルドロールが髪をつかんで振り回した美少年ファルメールの体が飛んで行って、血まみれの髪だけが手に残る、あれはポーの「モルグ街の殺人事件」の、老婆の殺され方から来ていると思うのだ。(なお、上のはよせあつめの拙訳。)
無惨な遺体で発見された母娘、レスパネエ夫人とレスパネエ嬢のうち、母親の方について、ポーのデュパンは次のように言う。
「(…)炉の上には人間の灰色の髪の毛のふさふさした束――非常にふさふさした束――があった。これは根元から引き抜いたものだった。頭からこんなふうに二、三十本の紙の毛だって一緒にむしり取るには大した力のいることは君も知っているだろう。君も僕と同様その髪の毛を見たんだ。あの根には(ぞっとするが!)頭の皮の肉がちぎれてくっついていたね。まったく一時に何十万本の髪の毛をひっこ抜くときに出すような恐ろしい力の証拠だ」(佐々木直次郎訳)
そして、 「第四の歌」で、マルドロールにつきまとう、ファルメールの記憶は次のように語られる。
(…)ある日のこと、ぼくが一人の女の胸をつきさそうと短剣をふりあげたその瞬間、彼がぼくの手を押さえたので、ぼくは鉄の腕で彼の髪の毛をにぎり、ものすごいスピードで空中をふりまわしたので、彼の髪の毛だけが手に残り、彼の体は、遠心力によって投げとばされ、樫の木の幹にぶつかっていたということを……。(…)彼は十四歳だった。ぼくが精神錯乱の発作にとらわれ、久しい以前から大事にしている血まみれのものを、貴重な遺骨ででもあるかのように、ひしと心臓に押しあてて、野原をこえて走っていると、子供たちが、ぼくの跡を追いかけながら、……子供たちや婆さんたちが、石を投げ投げ追いかけながら、痛ましい呻きごえをふりしぼっていうのである。「あそこにフェルメルの髪がある」と。だから、あっちへやれ、あっちへやれ、亀の甲のようにつるつるな、髪の毛のないあの頭……血まみれのもの。だが話しているのはぼくじしんなのだ。
上記、栗田勇訳ではじめて読んだ時から、このつるつる頭は、「モルグ街の殺人」の恐しい白髪頭が、夢において昼の出来事が変形されるように変形された結果だと私は信じてきた。「モルグ街の殺人」は小学校の図書館で読み、それから何年か経ってはいたが、若年のいまだとぼしい記憶の中で、二つのイメージは互いに容易に参照された。
今回の新訳の註解に、これについての指摘を見つけられるのではないかと思ったが、見あたらなかった。誰かがすでに指摘していて、訳者が信ずるに足らずとして採らなかった可能性もないわけではないが、その証拠もないので、アマチュア・アームチェア・ディテクティヴとしてはとりあえずこれを自説として保留することにし、あらためて傍証はないかと考えてみた。本文のページを繰るうち、「第四の歌」の前のほうに、「二匹の雌オランウータン」の文字があるのが目にとまった。「オランウータン」とはいうまでもなく、かの有名な短篇で周知の役割を果たすもの――それがそこにいる。しかも「髪の毛」も欠けてはいない――「人類の中で最も醜悪な見本をまのあたりにしているのだと」語り手に思わせる「二匹の雌オランウータン」が、彼女たちの息子であり夫である男を後ろ手に縛り、「絞首台に髪の毛で」吊るして鞭打っているのだから。「年上の白髪まじりの女」と義理の娘がふるう理不尽な暴力とは、『モルグ街の殺人』のあわれな被害者たちが「雌オランウータン」に変身しての、逆転された奇妙な攻撃ではないか。
もう一つ気づいたことがある。ずっと忘れていたが、レスパネエ夫人は頭皮を剥がされて死んだわけではなく、剃刀による傷で死んだのだが、それがまた凄い――「その咽喉が完全に切られていたので、体を起そうとすると頭部が落ちてしまった」。
以前、久方ぶりに「モルグ街の殺人」を読んだ時、私はこの、剃刀による殺害の細部をすっかり失念していたことに気がついた。娘のほうが暖炉の煙突に逆さに押し込まれていたことは覚えていたのに。最近になって、「つるつるの頭」の記述を確認するため見直していて、私はまたも、この恐しい傷の描写に、はじめてであるかのように(そうでないことはすぐわかったが)出くわした。こんなふうに忘れてしまうところをみると(こうして書いたからには二度と忘れられなくなろうが)、髪の毛の剥奪にもまして首が落ちるほうが怖いと(意識的にせよ無意識的にせよ)思っているのだろうか。『マルドロールの歌』の作者の場合ははどうだったろう? そこまで考えて、マルドロールはギロチン/剃刀の下に三度首を差し伸べるが、三度とも刃は頚骨で受け止められ、結局、頭は落ちないのを思い出した――「ぼくが自分の頭を重いかみそりの下に差しのべると、死刑執行人は彼の義務を遂行する準備をした。三たび、刃が新しい力をこめて細溝をすべりおち、三たび、ぼくの頑丈な骸骨は、特に頸根っこのところはそうだから、土台からゆり動き、まるで、夢のなかで、崩れる家におしつぶされたかと思う時のようだった」(栗田訳)。
首が落ちる/落ちないことへのロートレアモンのオブセッションの源泉の少なくとも一つもまた、モルグ街の惨劇についての記憶ではないだろうか。
――松浦寿輝
年末年始に読むつもりで、昨年暮(!)配達してもらいながら、結局、年初めに一部に目を通したきりになっていた『ロートレアモン全集』(石井洋二郎訳、筑摩書房、2001年)を、先日やっと(不完全ながら)通読した。
すでに文庫版も出ていたけれど、「註解」なしの版は問題外だった。以前、図書館で見て、たまたま開いたページの次のような註解の記述に目を瞠り、これは自分のものにしてゆっくり読もうと思ったのであるから――。
カプレッツは謎めいた一連の「……のように美しい」という比喩のうち、「永久鼠捕り器」についての記述は「何か広告の囲み記事を写しとったもの」であろうと推測しており、この作品の中でもおそらく最も有名な「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」という表現についても、「これら多様なオブジェの奇妙な結合は、何か雑誌の広告ページにそれらが一緒に載っていたことから出てきたもののように思われる」と述べていた。その後四十年間にわたって、この予感は裏付けを得られぬまま単なる予感にとどまっていたが、ルフレールの熱心な調査によって、実際にモンテビデオで発行されていた企業・個人名鑑の広告欄に、ミシンと雨傘、それに解剖台そのものではないが、外科手術の道具の宣伝が(ページは異なるが)同時に掲載されていたことが発見された。(『ロートレアモン全集』497ページ)
本書巻頭に載せられた写真のなかに、この「企業・個人名鑑」の表紙および三ページ分の広告の現物――ミシンと雨傘、手術道具の、ページの上での出会い――が見られる。これはすごい!「この事態をつとに予言していたカプレッツの炯眼もさることながら、彼の予言を本当に立証してしまったルフレールの執念も、驚嘆に値しよう」と訳者の言うとおりである。
ところで、これについて訳者は、「もちろん、この発見がただちに作品の価値を減じるものでないことはいうまでもない。むしろ、普通の人間であれば見逃してしまうにちがいない日常的な細部に意外な結合を見出し、これを「美」へと昇華させた詩人の卓越した感性に、あらためてオリジナリティーなるものの本質を感受すべきであろう」とも書くのだが……うーん、そんなこと言わなければならないほど、「この発見」が「作品の価値を減じる」と考える人って多いんででしょうか? 贔屓の引き倒しに類する文章に見えるし、これに続く部分で行なわれているような、クリステヴァなんぞで権威づけ・景気づけする必要ももとよりないと思うのだが。
解剖台とミシンと雨傘なんて、「意外な結合」なんかじゃなくてたんなる寄せ集め、出まかせ、出鱈目(「企業・個人名鑑」を片手でめくりながらの)、息もつかせぬIl est beau comme に接続されるそれ以外のフレーズも、どう見たって美の形容にならないし、「美へと昇華」されもしない(むしろ、その内容が美とはまったく無関係、むしろ無意味であるところがすごいのだ)。 「意外な結合」とは、この、行きあたりばったりに手にした借り物フレーズを美(この場合は美少年)の比喩として文に組み込み、機能させ、美の形容として有無を言わせず現実化させてしまったことにこそあったのだから――。
彼は十六歳と四か月! 猛禽の爪の伸縮性のように美しい、後ろ頭の柔らかな部分の傷口の不確かな筋肉の動きのように美しい、あるいは、鼠が捕まる度に仕掛け直され、一台で齧歯目の獣を際限なく捕獲でき、藁の下に隠されていても機能する、永久鼠取り器のように美しい! とりわけ、手術台の上でのミシンと雨傘の不意の出会いのように美しい!
『マルドロールの歌』の詩句の出典については、実は私も、ひそかにこれはと思っているものがある。「第四の歌」でマルドロールが髪をつかんで振り回した美少年ファルメールの体が飛んで行って、血まみれの髪だけが手に残る、あれはポーの「モルグ街の殺人事件」の、老婆の殺され方から来ていると思うのだ。(なお、上のはよせあつめの拙訳。)
無惨な遺体で発見された母娘、レスパネエ夫人とレスパネエ嬢のうち、母親の方について、ポーのデュパンは次のように言う。
「(…)炉の上には人間の灰色の髪の毛のふさふさした束――非常にふさふさした束――があった。これは根元から引き抜いたものだった。頭からこんなふうに二、三十本の紙の毛だって一緒にむしり取るには大した力のいることは君も知っているだろう。君も僕と同様その髪の毛を見たんだ。あの根には(ぞっとするが!)頭の皮の肉がちぎれてくっついていたね。まったく一時に何十万本の髪の毛をひっこ抜くときに出すような恐ろしい力の証拠だ」(佐々木直次郎訳)
そして、 「第四の歌」で、マルドロールにつきまとう、ファルメールの記憶は次のように語られる。
(…)ある日のこと、ぼくが一人の女の胸をつきさそうと短剣をふりあげたその瞬間、彼がぼくの手を押さえたので、ぼくは鉄の腕で彼の髪の毛をにぎり、ものすごいスピードで空中をふりまわしたので、彼の髪の毛だけが手に残り、彼の体は、遠心力によって投げとばされ、樫の木の幹にぶつかっていたということを……。(…)彼は十四歳だった。ぼくが精神錯乱の発作にとらわれ、久しい以前から大事にしている血まみれのものを、貴重な遺骨ででもあるかのように、ひしと心臓に押しあてて、野原をこえて走っていると、子供たちが、ぼくの跡を追いかけながら、……子供たちや婆さんたちが、石を投げ投げ追いかけながら、痛ましい呻きごえをふりしぼっていうのである。「あそこにフェルメルの髪がある」と。だから、あっちへやれ、あっちへやれ、亀の甲のようにつるつるな、髪の毛のないあの頭……血まみれのもの。だが話しているのはぼくじしんなのだ。
上記、栗田勇訳ではじめて読んだ時から、このつるつる頭は、「モルグ街の殺人」の恐しい白髪頭が、夢において昼の出来事が変形されるように変形された結果だと私は信じてきた。「モルグ街の殺人」は小学校の図書館で読み、それから何年か経ってはいたが、若年のいまだとぼしい記憶の中で、二つのイメージは互いに容易に参照された。
今回の新訳の註解に、これについての指摘を見つけられるのではないかと思ったが、見あたらなかった。誰かがすでに指摘していて、訳者が信ずるに足らずとして採らなかった可能性もないわけではないが、その証拠もないので、アマチュア・アームチェア・ディテクティヴとしてはとりあえずこれを自説として保留することにし、あらためて傍証はないかと考えてみた。本文のページを繰るうち、「第四の歌」の前のほうに、「二匹の雌オランウータン」の文字があるのが目にとまった。「オランウータン」とはいうまでもなく、かの有名な短篇で周知の役割を果たすもの――それがそこにいる。しかも「髪の毛」も欠けてはいない――「人類の中で最も醜悪な見本をまのあたりにしているのだと」語り手に思わせる「二匹の雌オランウータン」が、彼女たちの息子であり夫である男を後ろ手に縛り、「絞首台に髪の毛で」吊るして鞭打っているのだから。「年上の白髪まじりの女」と義理の娘がふるう理不尽な暴力とは、『モルグ街の殺人』のあわれな被害者たちが「雌オランウータン」に変身しての、逆転された奇妙な攻撃ではないか。
もう一つ気づいたことがある。ずっと忘れていたが、レスパネエ夫人は頭皮を剥がされて死んだわけではなく、剃刀による傷で死んだのだが、それがまた凄い――「その咽喉が完全に切られていたので、体を起そうとすると頭部が落ちてしまった」。
以前、久方ぶりに「モルグ街の殺人」を読んだ時、私はこの、剃刀による殺害の細部をすっかり失念していたことに気がついた。娘のほうが暖炉の煙突に逆さに押し込まれていたことは覚えていたのに。最近になって、「つるつるの頭」の記述を確認するため見直していて、私はまたも、この恐しい傷の描写に、はじめてであるかのように(そうでないことはすぐわかったが)出くわした。こんなふうに忘れてしまうところをみると(こうして書いたからには二度と忘れられなくなろうが)、髪の毛の剥奪にもまして首が落ちるほうが怖いと(意識的にせよ無意識的にせよ)思っているのだろうか。『マルドロールの歌』の作者の場合ははどうだったろう? そこまで考えて、マルドロールはギロチン/剃刀の下に三度首を差し伸べるが、三度とも刃は頚骨で受け止められ、結局、頭は落ちないのを思い出した――「ぼくが自分の頭を重いかみそりの下に差しのべると、死刑執行人は彼の義務を遂行する準備をした。三たび、刃が新しい力をこめて細溝をすべりおち、三たび、ぼくの頑丈な骸骨は、特に頸根っこのところはそうだから、土台からゆり動き、まるで、夢のなかで、崩れる家におしつぶされたかと思う時のようだった」(栗田訳)。
首が落ちる/落ちないことへのロートレアモンのオブセッションの源泉の少なくとも一つもまた、モルグ街の惨劇についての記憶ではないだろうか。
『密やかな教育』をめぐって(2-1)
私の翻訳したサドの『悪徳の栄え』が発禁処分を受けて、裁判になったとき、法廷に出てきた証人のひとり(婦人矯風会のおばさんであった)が、「芸術的な裸婦なら結構なのでございますけれども、ヌード的な裸体は困るのでございます」と言ったので、私は思わず吹き出してしまったことがあった。
――澁澤龍彦
あるものは中国の史料の成立の事情や記録の意味も知らないで、倭人や倭国に触れた断片的な文句をひねり回し、もともと含まれていもしない情報をそこに読み取ろうとする。
――岡田英弘
**********************
8月15日の拙エントリにコメントをつけられた『密やかな教育』の著者石田美紀さんへ
まずは一件についてのみ申し上げます。
なぜ、註11の正確な引用をせず、下に再掲(青字)するような表現をなさったのでしょう?
誤読に基づいて私がものを言っているという印象をサイト来訪者に与えるような操作はお慎み下さい。
>註11には、特攻隊志願もできただろう、という解釈を、三島由紀夫研究者のベアタ クビャク ホチの論文がのべていると記述しています。
「特攻隊志願もできただろう」は他人の「解釈」で、それを紹介しただけだとおっしゃるのですね。
では、石田さん自身は、特攻隊志願ができた、できない、どちらだとお思いになっている(いた)のですか?
できないと思いながらそういう解釈を紹介したというのは理解に苦しみます。
上記コメントの通りなら、できたと思っていた、しかも、その解釈が常識に反するという――そのままでは読者が変に思うであろうという――ことさえ、認識していなかったということになります。
実際に註11に書かれているのは、「三島は自発的に戦争を生き抜いた」というホチの「解釈」であり、その前提/理由となるのが、「特攻隊志願もできただろう」[に、しなかった]と石田さんがコメント欄で表現された部分です。
(なお、ホチ氏の論文が実際にどのように書かれているかは、筆者は未読のため確認していません。)
石田さん、もう一度、御自分の手でコメント欄に、今度は正確に、御自身のお書きになった註の文章を引用して下さいませんか?
その上で、“その註を書いた著者”は、“平岡公威――健康上の理由から皇軍兵士になれなかった一民間人――の特攻隊志願が現実にありえたかどうか”について、どう認識していると読み取れるかを、コメントして頂きたく存じます。
******************************
澁澤龍彦だの三島由紀夫だのをめぐる言説は、本書の中でいったいどのような位置にあるのか? 鈴木は枝葉末節のあらさがしをしているのであり、本書の中心的な論旨はそんなことではびくともしないという、ゆえなき確信ないし悪質なプロパガンダを防ぐためにも、二つの書評を引くことで上の問いの答えを示しておきます(強調は引用者によるもの)。なお、どちらの書評も全文をウェブ上で読めます。
「三島(由紀夫)の死以降、『男が男の体で政治を語る』姿勢が奇妙奇天烈(きてれつ)な振る舞いとなってしまった」という著者の指摘は、とても重要だろう。一九七〇年あたりを境にして、男性が男性身体を表立って賛美することは少なくなり、かわりに「男性同士の性愛物語」を女性が表現しはじめた。(三浦しをん「無視できないジャンル」読売新聞2009年2月2日)
60年代以降の男性知識人・文化人らによる「男性の身体の露出を通じて政治を語る」実践が、三島由紀夫の自死によって衰退を余儀なくされた後、そこで培われた美学と教養の体系に慣れ親しんだ女性たちによって、「男性身体の美と官能」を愛でる男同士の性愛物語が形作られてゆき、竹宮恵子の少女マンガ『風と木の詩』の連載開始(1976年)、そして雑誌『JUNE』の創刊(1978年)を重要なきっかけとして、80年代以降の本格的な商業的ジャンルとしての<やおい・BLの成立と普及に至る。(鷲谷 花「女性がつくり楽しむ男性同士の性愛物語」の成り立ちをめぐるめっぽう面白い<女子ども>文化論。」)
本書で著者の主張する物語=歴史の成立には、三島由紀夫の切腹を(なぜか)分岐点とする変化が前提とされています。“それ以前”の代表とされた三島自身や、澁澤が三度責任編集を務めた雑誌『血と薔薇』が、第三章「ヨーロッパ、男性身体、戦後」において“解釈”されているのはそのためであり、上記書評で太字にしたのはそれに触れた部分です。『密やかな教育』をめぐって第1回(8月15日付エントリ)で私が行なったのは、その“解釈”がいかに事実誤認の上に成り立っているかの、ほんの一斑を示すことでした。
それにしても、才能ある二人の女性が揃いもそろって、著者の議論をこうも丸呑み・丸写し、そして絶賛している光景はただごとではありません。三浦しをんは上記書評を、《女性による女性のための「男性同士の性愛物語」は、もっと作品本位の正当な批評がなされるべき質と歴史を持っているし、いずれは性別に関係なく作者や読者が広がるだろう可能性を秘めている。社会と文化と人間を考えるうえでも、無視したり見下したりしていいジャンルでは決してない。本書のように鋭く誠実な研究が、今後ますます増えることを心から願う。》と結んでいて、そこからも、また「無視できないジャンル」という表題からも、『密やかな教育』をなぜ擁護したいかという意図は理解できます。
私自身は、本当に「作品本位」と考えるなら、「女性による女性のための」という限定も、ましてジャンルBLという割り付けなどさらに不要と考えますので(むしろジャンル外に語るべき対象を見つけることになるでしょう)、三浦に同感であるとはとても言えないのですが、ウェブ評論誌「コーラ」連載の最新から二番目の拙稿で言及したような、堺市立図書館事件や日本記号学会の事件で顕在化した、「見下した」、あるいは偏見に満ちた扱い、また「過激な性描写のあるホモ小説を女が読んでいる」といった低劣な煽りには抗議したいので、いわば「お前ら、馬鹿にするなよ」と言っている、その姿勢には共感を持ちます。ああした扱いに対抗するという点でも、「鋭く誠実な研究」は、「心から願」われていたものと言えるでしょう。
しかし、だからと言って、何も『密やかな教育』をベタ褒めすることはないでしょう。ものには限度というものがあります。政治的、フェミ的に目的が正しければ、“作品[評論作品]本位の正当な批評”はいらないとでもいうのでしょうか。本書は確かに、〈やおい・ボーイズラブ〉(と本書で総称されているもの)はなにも昨今急に現われてきたわけのわからないものではなく、先行の文学や映画を取り込んでの、女性の表現者による前史があったと主張することで、その存在に正当=正統性を与えるという意図に基づいて書かれています。しかし、政治的に正しい、良き意図に基づくからといって、“データ捏造”(捏造の意図すらないにしても)をしたのでは信用を失うだけです。本人ばかりでなく、やおいの、フェミニズムの、ジェンダー論の、また仲間ぼめに群らがる人たちの信用をも。最後のは自業自得ですが、より問題なのは、本書が批判をまぬかれたまま、たとえ狭い世界において、また相対的に短い期間ではあっても、権威として通用し、信用のおけない言説を再生産し、健全な議論や研究の妨げになる(無責任な書評も手伝ってすでにそれは起こっています)ことです。
『血と薔薇』関連の話に戻るなら、澁澤、三島等(さしあたっての対象のみ挙げます)に関する記述について、著者本人には、捏造どころか、見当外れなことを書いたという意識すらないようです。考えてみれば当然で、見当外れと理解することすらも、知識なしではできません。
知らないことをバカにしようというのではもとよりありません。しかし、過去の文化の断片を、著者の恣意的な物語を補強する材料として利用して、実証的な研究とするのはどう考えてもおかしい。私は何も特別な知識を持っているわけではなく、強いて言えば澁澤、種村、タルホ等の読者であるため、著者の議論のとんでもなさが一目でわかってしまいますが、そういう人間は他にもいくらでもいます。実を言えば、さほど知識はなくても、センスさえあれば、具体的な反論はできないとしても、これは違うとわかるものです(澁澤は晩年、自分は新鮮な良い魚の見分けが一目でつく魚屋のようなものだという意味のことを言っていたと思いますが、そういったセンスです)。そういうことがわかる者の目に触れることすら予想しないでこういう本を出してしまう、そのこと自体が驚きです。さらに言えば、別に澁澤や種村でなくても、この本に名前の出てくる他の作家なり、マンガ家なり、映画監督なりでもいいのですが、著者は何かが本当に好きということがないのでしょうか。もし自分にとってこれだけは譲れないというものがあるとしたら、それ以外の作家についても、こんな〈愛〉のない扱いはしないと思うのですが。
私は別に「著者個人」を攻撃したいわけではありません。もし著者が私の友人で、出版前の原稿を見せられたとしたら、ほとんどページ毎に付箋を貼ってアドヴァイスを書き込むことでしょう。しかし、残念ながら著者は私の友人ではなく、誰も助言する者のないまま(ということなんでしょう)本書は世に出てしまい、「京都大学博士(人間・環境学)」で「新潟大学人文学部准教授」である人物の書いた、権威ある研究として流通しています。もしこれを学生が書いたのなら、よくここまで調べたと感心し、その上で思い違いを指摘することになるでしょうが、本当に学生クラスが書いたのであれば、当然のことながらウェブで批判したりはしません。どうやら著者は、間違いを指摘されたところで、それがどの程度恥ずかしいことかわからないようです。そりゃ、周囲が誰も知らない(あるいは、間違いとわかっていても、〈愛〉――作品と作者に対する――を知らないから、あるいはお互い様だからと思っているので見て見ぬふりをして言わない、どころか褒める)のなら、知らなくてもいっこうに恥ずかしくはないでしょう。狭い世界で認められさえすればいいという退廃がそこまで進んでいるのでしょうか。(「論にもならない論を論と言い張っても、誰も恥ずかしいからやめたらと言わないどころか無闇と持ち上げ、それってどうよ、と関係者に尋ねると、浮き世のあれやこれやでと説明される情けない業界ではあるのだが(たぶんまた例によって例のごとき、ちまい利権のやったりとったりに伴う仲間褒めが精読と評価より幅を利かせているためだろう)」(強調は引用者)とは、「日本SF業界」についての佐藤亜紀の言葉ですが、必要な訂正を加えれば、“あかでみずむ”もこんな感じなんでしょうか?)
事実誤認という控えめな語を最初の回で使ったのは、本書のコンセプトには今の段階ではなるべく踏み込むまいと思ったからでもあるのですが、ここで一つだけ先取りして述べておくことにします。本書は啓蒙の書と言えましょう。啓蒙とは、言うまでもなく無知を追い払い、正しいふるまいを他人に真似させようとするもので、基本的に人を安心させるものです。たとえば、前述の日本記号学会サイトに載った、無知を丸出しにした恥知らずな(無知ではなく、知ったかぶりが恥なのです)文章の書き手を絶句させるようなものはこの本にはありません。それどころか、彼は喜んで啓蒙され、自分が理解できる領域が拡大し、確実に知識をふやしえたと信じることでしょう。
リタ・フェルスキの "Uses of Literature"に、イプセンの『ヘッダ・ガブラー』についてのこんな記述があります。
私が大人になった頃、フェミニズムは、女性は男性と本質的に違うという主張――女性的な育てる力、ケアの倫理、女の道徳的優越性へのふんだんな言及によって増幅された――に結びついていた。イプセンは私たちに、こうした、「女性に同一化した女性」の反対物を与えてくれる。傲岸で、優しくなく、あからさまに自己中心的であり、何であれ女性的なものにかかわることからはぞっとして身を引く女主人公である。今、注目すべきと思われるのは、イプセンが、政治から道徳を切り離し、女性の好ましさや善良さは女たちの自由への要求の正当性に何の関係もないとした、大胆さである。イプセンの女主人公は、フェミニズムと同じものにはならず、女であることが意味するものを理想化し限定しようとするフェミニズムの傾向に対する予見的な解釈を提出している。
本書は、女たちがけなげにも「女子文化」を作り上げていった歴史をたどり、最終的には「女子文化」の枠から出て、メインストリームの文化に迎え入れられることを望み、予見しています。これは全く正当なことのように思えます。しかし、どうして(そして誰に対して)女たちは、かくも「よい子」であることを――「好ましさや善良さ」を――自分の正当性を言うときの担保とし続けなければならないのでしょう。女のセクシュアリティが「正しくない」ことはつねに攻撃の対象であったし、今もそうでありつづけています。本書はこの点、男にとって無害(ないし無意味)な啓蒙であると同時に、同性に対しては抑圧的に働くと筆者は考えますが、その検討はもっと先へ行ってすることになるでしょう。
前置きが長くなりました。次回、仕切り直します。
(註)《「血と薔薇」宣言はその名のとおり、宣言文[マニフェスト]スタイルで書かれているが、「宣言文」とは政治的活動手段のひとつである。それゆえ、男性が自らの肉体を晒け出すグラビア〈男の死〉も、キワモノすれすれの見かけとはうらはらに、真剣な政治行動の一環であったと理解できるだろう。》(『密やかな教育』122ページ、強調は引用者)
私の翻訳したサドの『悪徳の栄え』が発禁処分を受けて、裁判になったとき、法廷に出てきた証人のひとり(婦人矯風会のおばさんであった)が、「芸術的な裸婦なら結構なのでございますけれども、ヌード的な裸体は困るのでございます」と言ったので、私は思わず吹き出してしまったことがあった。
――澁澤龍彦
あるものは中国の史料の成立の事情や記録の意味も知らないで、倭人や倭国に触れた断片的な文句をひねり回し、もともと含まれていもしない情報をそこに読み取ろうとする。
――岡田英弘
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8月15日の拙エントリにコメントをつけられた『密やかな教育』の著者石田美紀さんへ
まずは一件についてのみ申し上げます。
なぜ、註11の正確な引用をせず、下に再掲(青字)するような表現をなさったのでしょう?
誤読に基づいて私がものを言っているという印象をサイト来訪者に与えるような操作はお慎み下さい。
>註11には、特攻隊志願もできただろう、という解釈を、三島由紀夫研究者のベアタ クビャク ホチの論文がのべていると記述しています。
「特攻隊志願もできただろう」は他人の「解釈」で、それを紹介しただけだとおっしゃるのですね。
では、石田さん自身は、特攻隊志願ができた、できない、どちらだとお思いになっている(いた)のですか?
できないと思いながらそういう解釈を紹介したというのは理解に苦しみます。
上記コメントの通りなら、できたと思っていた、しかも、その解釈が常識に反するという――そのままでは読者が変に思うであろうという――ことさえ、認識していなかったということになります。
実際に註11に書かれているのは、「三島は自発的に戦争を生き抜いた」というホチの「解釈」であり、その前提/理由となるのが、「特攻隊志願もできただろう」[に、しなかった]と石田さんがコメント欄で表現された部分です。
(なお、ホチ氏の論文が実際にどのように書かれているかは、筆者は未読のため確認していません。)
石田さん、もう一度、御自分の手でコメント欄に、今度は正確に、御自身のお書きになった註の文章を引用して下さいませんか?
その上で、“その註を書いた著者”は、“平岡公威――健康上の理由から皇軍兵士になれなかった一民間人――の特攻隊志願が現実にありえたかどうか”について、どう認識していると読み取れるかを、コメントして頂きたく存じます。
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澁澤龍彦だの三島由紀夫だのをめぐる言説は、本書の中でいったいどのような位置にあるのか? 鈴木は枝葉末節のあらさがしをしているのであり、本書の中心的な論旨はそんなことではびくともしないという、ゆえなき確信ないし悪質なプロパガンダを防ぐためにも、二つの書評を引くことで上の問いの答えを示しておきます(強調は引用者によるもの)。なお、どちらの書評も全文をウェブ上で読めます。
「三島(由紀夫)の死以降、『男が男の体で政治を語る』姿勢が奇妙奇天烈(きてれつ)な振る舞いとなってしまった」という著者の指摘は、とても重要だろう。一九七〇年あたりを境にして、男性が男性身体を表立って賛美することは少なくなり、かわりに「男性同士の性愛物語」を女性が表現しはじめた。(三浦しをん「無視できないジャンル」読売新聞2009年2月2日)
60年代以降の男性知識人・文化人らによる「男性の身体の露出を通じて政治を語る」実践が、三島由紀夫の自死によって衰退を余儀なくされた後、そこで培われた美学と教養の体系に慣れ親しんだ女性たちによって、「男性身体の美と官能」を愛でる男同士の性愛物語が形作られてゆき、竹宮恵子の少女マンガ『風と木の詩』の連載開始(1976年)、そして雑誌『JUNE』の創刊(1978年)を重要なきっかけとして、80年代以降の本格的な商業的ジャンルとしての<やおい・BLの成立と普及に至る。(鷲谷 花「女性がつくり楽しむ男性同士の性愛物語」の成り立ちをめぐるめっぽう面白い<女子ども>文化論。」)
本書で著者の主張する物語=歴史の成立には、三島由紀夫の切腹を(なぜか)分岐点とする変化が前提とされています。“それ以前”の代表とされた三島自身や、澁澤が三度責任編集を務めた雑誌『血と薔薇』が、第三章「ヨーロッパ、男性身体、戦後」において“解釈”されているのはそのためであり、上記書評で太字にしたのはそれに触れた部分です。『密やかな教育』をめぐって第1回(8月15日付エントリ)で私が行なったのは、その“解釈”がいかに事実誤認の上に成り立っているかの、ほんの一斑を示すことでした。
それにしても、才能ある二人の女性が揃いもそろって、著者の議論をこうも丸呑み・丸写し、そして絶賛している光景はただごとではありません。三浦しをんは上記書評を、《女性による女性のための「男性同士の性愛物語」は、もっと作品本位の正当な批評がなされるべき質と歴史を持っているし、いずれは性別に関係なく作者や読者が広がるだろう可能性を秘めている。社会と文化と人間を考えるうえでも、無視したり見下したりしていいジャンルでは決してない。本書のように鋭く誠実な研究が、今後ますます増えることを心から願う。》と結んでいて、そこからも、また「無視できないジャンル」という表題からも、『密やかな教育』をなぜ擁護したいかという意図は理解できます。
私自身は、本当に「作品本位」と考えるなら、「女性による女性のための」という限定も、ましてジャンルBLという割り付けなどさらに不要と考えますので(むしろジャンル外に語るべき対象を見つけることになるでしょう)、三浦に同感であるとはとても言えないのですが、ウェブ評論誌「コーラ」連載の最新から二番目の拙稿で言及したような、堺市立図書館事件や日本記号学会の事件で顕在化した、「見下した」、あるいは偏見に満ちた扱い、また「過激な性描写のあるホモ小説を女が読んでいる」といった低劣な煽りには抗議したいので、いわば「お前ら、馬鹿にするなよ」と言っている、その姿勢には共感を持ちます。ああした扱いに対抗するという点でも、「鋭く誠実な研究」は、「心から願」われていたものと言えるでしょう。
しかし、だからと言って、何も『密やかな教育』をベタ褒めすることはないでしょう。ものには限度というものがあります。政治的、フェミ的に目的が正しければ、“作品[評論作品]本位の正当な批評”はいらないとでもいうのでしょうか。本書は確かに、〈やおい・ボーイズラブ〉(と本書で総称されているもの)はなにも昨今急に現われてきたわけのわからないものではなく、先行の文学や映画を取り込んでの、女性の表現者による前史があったと主張することで、その存在に正当=正統性を与えるという意図に基づいて書かれています。しかし、政治的に正しい、良き意図に基づくからといって、“データ捏造”(捏造の意図すらないにしても)をしたのでは信用を失うだけです。本人ばかりでなく、やおいの、フェミニズムの、ジェンダー論の、また仲間ぼめに群らがる人たちの信用をも。最後のは自業自得ですが、より問題なのは、本書が批判をまぬかれたまま、たとえ狭い世界において、また相対的に短い期間ではあっても、権威として通用し、信用のおけない言説を再生産し、健全な議論や研究の妨げになる(無責任な書評も手伝ってすでにそれは起こっています)ことです。
『血と薔薇』関連の話に戻るなら、澁澤、三島等(さしあたっての対象のみ挙げます)に関する記述について、著者本人には、捏造どころか、見当外れなことを書いたという意識すらないようです。考えてみれば当然で、見当外れと理解することすらも、知識なしではできません。
知らないことをバカにしようというのではもとよりありません。しかし、過去の文化の断片を、著者の恣意的な物語を補強する材料として利用して、実証的な研究とするのはどう考えてもおかしい。私は何も特別な知識を持っているわけではなく、強いて言えば澁澤、種村、タルホ等の読者であるため、著者の議論のとんでもなさが一目でわかってしまいますが、そういう人間は他にもいくらでもいます。実を言えば、さほど知識はなくても、センスさえあれば、具体的な反論はできないとしても、これは違うとわかるものです(澁澤は晩年、自分は新鮮な良い魚の見分けが一目でつく魚屋のようなものだという意味のことを言っていたと思いますが、そういったセンスです)。そういうことがわかる者の目に触れることすら予想しないでこういう本を出してしまう、そのこと自体が驚きです。さらに言えば、別に澁澤や種村でなくても、この本に名前の出てくる他の作家なり、マンガ家なり、映画監督なりでもいいのですが、著者は何かが本当に好きということがないのでしょうか。もし自分にとってこれだけは譲れないというものがあるとしたら、それ以外の作家についても、こんな〈愛〉のない扱いはしないと思うのですが。
私は別に「著者個人」を攻撃したいわけではありません。もし著者が私の友人で、出版前の原稿を見せられたとしたら、ほとんどページ毎に付箋を貼ってアドヴァイスを書き込むことでしょう。しかし、残念ながら著者は私の友人ではなく、誰も助言する者のないまま(ということなんでしょう)本書は世に出てしまい、「京都大学博士(人間・環境学)」で「新潟大学人文学部准教授」である人物の書いた、権威ある研究として流通しています。もしこれを学生が書いたのなら、よくここまで調べたと感心し、その上で思い違いを指摘することになるでしょうが、本当に学生クラスが書いたのであれば、当然のことながらウェブで批判したりはしません。どうやら著者は、間違いを指摘されたところで、それがどの程度恥ずかしいことかわからないようです。そりゃ、周囲が誰も知らない(あるいは、間違いとわかっていても、〈愛〉――作品と作者に対する――を知らないから、あるいはお互い様だからと思っているので見て見ぬふりをして言わない、どころか褒める)のなら、知らなくてもいっこうに恥ずかしくはないでしょう。狭い世界で認められさえすればいいという退廃がそこまで進んでいるのでしょうか。(「論にもならない論を論と言い張っても、誰も恥ずかしいからやめたらと言わないどころか無闇と持ち上げ、それってどうよ、と関係者に尋ねると、浮き世のあれやこれやでと説明される情けない業界ではあるのだが(たぶんまた例によって例のごとき、ちまい利権のやったりとったりに伴う仲間褒めが精読と評価より幅を利かせているためだろう)」(強調は引用者)とは、「日本SF業界」についての佐藤亜紀の言葉ですが、必要な訂正を加えれば、“あかでみずむ”もこんな感じなんでしょうか?)
事実誤認という控えめな語を最初の回で使ったのは、本書のコンセプトには今の段階ではなるべく踏み込むまいと思ったからでもあるのですが、ここで一つだけ先取りして述べておくことにします。本書は啓蒙の書と言えましょう。啓蒙とは、言うまでもなく無知を追い払い、正しいふるまいを他人に真似させようとするもので、基本的に人を安心させるものです。たとえば、前述の日本記号学会サイトに載った、無知を丸出しにした恥知らずな(無知ではなく、知ったかぶりが恥なのです)文章の書き手を絶句させるようなものはこの本にはありません。それどころか、彼は喜んで啓蒙され、自分が理解できる領域が拡大し、確実に知識をふやしえたと信じることでしょう。
リタ・フェルスキの "Uses of Literature"に、イプセンの『ヘッダ・ガブラー』についてのこんな記述があります。
私が大人になった頃、フェミニズムは、女性は男性と本質的に違うという主張――女性的な育てる力、ケアの倫理、女の道徳的優越性へのふんだんな言及によって増幅された――に結びついていた。イプセンは私たちに、こうした、「女性に同一化した女性」の反対物を与えてくれる。傲岸で、優しくなく、あからさまに自己中心的であり、何であれ女性的なものにかかわることからはぞっとして身を引く女主人公である。今、注目すべきと思われるのは、イプセンが、政治から道徳を切り離し、女性の好ましさや善良さは女たちの自由への要求の正当性に何の関係もないとした、大胆さである。イプセンの女主人公は、フェミニズムと同じものにはならず、女であることが意味するものを理想化し限定しようとするフェミニズムの傾向に対する予見的な解釈を提出している。
本書は、女たちがけなげにも「女子文化」を作り上げていった歴史をたどり、最終的には「女子文化」の枠から出て、メインストリームの文化に迎え入れられることを望み、予見しています。これは全く正当なことのように思えます。しかし、どうして(そして誰に対して)女たちは、かくも「よい子」であることを――「好ましさや善良さ」を――自分の正当性を言うときの担保とし続けなければならないのでしょう。女のセクシュアリティが「正しくない」ことはつねに攻撃の対象であったし、今もそうでありつづけています。本書はこの点、男にとって無害(ないし無意味)な啓蒙であると同時に、同性に対しては抑圧的に働くと筆者は考えますが、その検討はもっと先へ行ってすることになるでしょう。
前置きが長くなりました。次回、仕切り直します。
(註)《「血と薔薇」宣言はその名のとおり、宣言文[マニフェスト]スタイルで書かれているが、「宣言文」とは政治的活動手段のひとつである。それゆえ、男性が自らの肉体を晒け出すグラビア〈男の死〉も、キワモノすれすれの見かけとはうらはらに、真剣な政治行動の一環であったと理解できるだろう。》(『密やかな教育』122ページ、強調は引用者)
吉本 その作品の特徴が自分の心の特徴と関係があるというところはみないわけですか。
萩尾 それはみますけど。(笑)
八十一年に『ユリイカ』の「少女マンガ」特集で、萩尾望都と吉本隆明が対談をしている。最近になって読み返すまで、萩尾が、電話をかけてきた自分の読者だという高校生の少年に「あなた変態ですか」と言ったという箇所しか覚えていなかった。吉本が「萩尾さんがそう言ったのですか」と驚いたのだと思っていたが、そう応じたのは編集者で、吉本は驚いていなかった。彼は終始、落ち着き払って、行き届いた理解者ぶりを萩尾の仕事に示していた。
「これだけのことをやるのはなかなか難しいなというふうに、ぼくは思うんです。つまりことばの世界だけに終始しているそういうとこからいうと、とても素晴らしいです」(84ページ)
手塚治虫の『新選組』を読んで、「そのときはじめて、ああ、マンガって自分の考えをかけるんだわって思ったみたいなんです」(87)と語る萩尾に、「マンガっていうよりも、自己表現でいいんだっていう、そういうところから出発したといってよろしいのですね」(87)と吉本は言う。[以下、強調は引用者]
これは、マンガ=コミカルなもの(「喜劇的なもの」)という認識がそれ以前にはあったということらしく、そうではない、「自己表現の手段として使える(萩尾、88)という認識から出発したのかと、吉本が萩尾に確かめたのだ。対談のタイトルからして、「自己表現としての少女マンガ」となっている。
「ぼくなんかみると『雪の子』というのが、小説でいう内面描写というのがよくできてて、これがきっとなにかのきっかけになったんじゃないかなと、そういうふうに読めるんです」(89)
「それとともに、ぼくなんかが大へんあなたの作品で関心をもつところのひとつなんですけど、だんだん、そこらへんでエロス的な世界に入っていったんじゃないのかなという、そこがものすごく関心をもつところですよ。つまり萩尾さんの世界で、ぼくなんかがそういう点でいちばん自己表現として興味深いといったほうがいいと思うんですけど、少年と少年との同性愛みたいな世界が出てくるでしょう。それがとても面白いんですよ」(89)
「それはたぶん萩尾さんのなかに,本来的にいえば少女と少女の同性愛だという世界の、それのひとつの転写になってるんじゃないか」(89-90)
(嫌いなものを描くのを避けるので)「結局わたしにとってマンガというのは現実逃避だった、ということになっちゃうんですね」(91)と言う萩尾に――「ぼくらがみてると、マンガというか劇画のなかで、あんまり逃避しないで、相当思い切った内面性を発揮しているとみえます」(91)
「萩尾さんのいまの作品でも、『ポーの一族』でもそうですが、少年と少女の世界みたいなもの、あるいは『トーマの心臓』でもそうですけども、そういう世界の一種のエロチックな、あるいはエロス的な錯綜した関係みたいなものを描き出そうとするとき、どう考えても、これは全部女性だな、登場人物が全部男性になってるけど、全部女性だなっていうふうにみれると思うんです」(91)
「萩尾さんの作品のなかでいえば、ある時期の透明さというものは、エロス的な関係のなかに出てくる透明さじゃないような気がするんです。ですから、ああいう関係のなかで出てくるきかたっていうのは、本当は少年には本来的にはそんなにないと思います。だから、ぼくはむしろ、少女と少女の世界と、そういうふうに読んでるわけです」(91-92)
なぜそう読めるかといえば、吉本にはそれと少年の世界との差異が「興味深くて、そこのところで、もしなにか心にかかるものがあるとすれば、淀むみたいなものがあるとすれば、それは萩尾さんの内的な世界の表現なんだろうなと、そういうふうに思いながらみるわけですね」(92)
結局、吉本は、それに、「少年のほうは露骨にもってる、いい年になるまでもってる」(しかし少女にとっては失われたものである)母親への愛着だと名前を与える。少女の場合、それを「強烈に隠しちゃうんじゃないか」(「少年の場合、母親に対する愛着というのを露骨に、一度も隠さないと思うんです」)、「その隠しちゃうものが、そういうある時期の世界に出てきちゃうという、ぼくはそう思うんです」。「萩尾さんの内面的な世界と関係があるのは、そこなんじゃないかとおもったりします」(92)
昔、十八歳でデビューした女の作家について、子宮感覚云々という言葉で取り沙汰されたことがあったが……吉本が上品な吉行淳之介に見えてきた。萩尾と中沢けいでは格が違うが。
吉本の拠って立つところは全くと言っていいほど萩尾の関知するものではない。男が少女マンガ(萩尾の作品)を読むようになったことは、「わりあいに本懐なんじゃないでしょうか。欣快というか、ちがいましょうか」と同意を求める吉本に、「いや、男の人でもやっぱり読みたい人がいるんだろうなぐらいにしか思わない」(114)と萩尾は答える。「あなた変態ですか」のエピソードがそれに続くのだが、「それ変態だと思いますか」と良識ある吉本は問いかえす。「この作品のこういうところを読んでくれるなら、誰が読んだってちゃんと理解してくれるはずだとか通ずるはずだとかっていうことはあるんじゃないででょうか」(115)
しかし萩尾は、あくまで、対象は女の子だと主張する。
「けっきょく同世代の女の子むけという感じがして、いちばん最初はかいてるから」/「少女マンガですもの、女の子ですよ」/「だからあくまで対象は女の子なわけです」(115)
それはそうだろう、現に目の前の吉本には通じていない。描かれているのが少年であることを否定し(男性同性愛の表象であることを忌避し)、少女と少女に、さらに萩尾の内面にそれを還元しようとする。〈少女マンガ〉という事件を「ぼくら」の言葉に置き換えようとし、編集者も、「それが表現してたものというのは、決して萩尾さんが思ってたような読者対象ではなかったような気がする」(116)と(好意から)口添えする。萩尾の答えはこうだ。「あれをかいたのは二十二だから、二十二ぐらいまでは読めたりして」
男の批評家にほめられるのを名誉だ、出世だと思っている女なら、嬉しさに頬がゆるむだろう。あなたのかくものは、女の子相手のものと自他ともに思っていたかもしれないけれど、本当は「ぼくら」が感心して読むほどすごいものだったんですよ。吉本さんだってほめているんですよ。吉本さん、すごい方なんですよ。そんなふうに持ち上げられたら、有頂天になるだろう(なってる奴が現にいる)。まあ、そういう下心あって描いたものは、所詮その程度のものであるが。
それは何かの「転写」ではなかった。物語の、心情の、思想の、時代の、内面の転写ではなかった。ただ思いがけないものが思いがけなく集まって出来た、根拠を持たない、自己表現などというものからはあたう限り遠い何ものかであった。ドゥルーズにならって凡庸の反対を愚鈍と呼んだ人がいる(愚鈍と言われているのはフランス語のBetiseで、Beteとは獣のこと――「美女と野獣」の野獣だ)が、今回つくづく感嘆したのは、吉本に馴致されない萩尾のけものっぷりだった。
女の小説家がブログで、低級な萌え女と一緒にされたくない(大意)と書いているのを見た。評論家が「まともに小説を読解して解釈して論じるだけの蓄積もスキルもなしに差別意識剥き出しの豚野郎であることを露出して恥じないご時世」という書き出しに、ふむふむと頷きながら読んでいたら、突然、「萌え」への攻撃になった。ポリティカリー・コレクトリーに男性ゲイに気をつかい、「まだ二十歳前でご多分に漏れずホモ萌えだった頃(その後、世の中もっと幾らでも面白いことがあるのに気が付いて熱が冷めて来た」――(マア、“I was gay”?)――その「熱が冷めて来た」頃に読んだ、KV相手の対談でのKMのふるまいが決定的だったと言い、当事者を前にしての、男性用エロゲー(「凌辱ゲーム」と呼んでいる)擁護なみだと、男女の非対称を無視して主張していた。腐女子の自意識もアイデンティティーも持たないからこそ、あえて「あたしは腐女子だと言われてもいいのよ」なるタイトルを冠した原稿の後半をウェブ・マガジンに送ったばかりだった、そして小説家の長年のファンである私を、それは複雑な気持ちにさせた。電話してきた友人にこの話をした。作品を萌えだけに還元すると言って、萌え女を非難している、と説明した。
――萌えだけに還元するなんてありえない、と、友人はいつもながらの明快さで言った。それ以外の部分が あるから、萌えもあるんじゃない。萌えは、解釈をねじまげたり、そこしか読まなかったりなんてしない。それより、ホモフォビアのために萌えが最初から無視されて、批評の質が著しく損われることの方が、現実にはずっと多いというか、その方がフツーに問題じゃない?
――そうか、はっきり書いてあるのに、読まなかったことにされるものね。
――ホモフォビアは検閲するけど、〈萌え〉は、しない。
――うーん、それ、ブログに書かせて。
――彼女の小説だって、ホモフォビックな読み手には本当は理解できないよ。
――当然のことながら、そういうものって、ゲイの男だから理解できるってものでもないよね。
――もちろん。美意識の問題だもの。耽美的な男性同性愛表象の男の書き手って絶えてるじゃない。それで、過去のものなら擁護するわけでしょ、『男色の景色』のインタヴュアーみたいに、文化として存在したものだから認めなければならないって☆。現在の、それも女の子の書くものなら攻撃していいと思ってるのよ。所詮女は女だから、芸術的達成には至らないと、最初から見くびられてるのよ。
――でも、あれだけ突出してレヴェルの高いものを書く人が、“女の子”と一緒にされることなんか気にする必要はないと思うんだけど、と私は言った。
――だからこそ、なんじゃない? ついでに言えば、それ、男からそう見られたくないってことでしょ。
――あー、女であるために、あれだけの人でさえ、自分はバカな男並みに認められてないって感じてるってことか。
――でも、と友人は言った。佐藤亜紀、そこで、「自分は“女の子”のために書いている」と言ったら男前だったのにね。
☆web評論誌「コーラ」の拙論http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/eiga-7.htmlで言及した。
「酷愛偽装譚」――なんという恥ずかしい題名。意味はしかとわからないながら、いかにも恥ずかしい文字づら、文字のならびではないか。そして、「恥」という文字が指紋のようにそここに捺された彼の文章。松田修がそんなにも恥ずかしがってみせなかったら、私たちはあるいはそれほど彼の「恥」に気づかなかったかもしれないのに。
彼はつねに率直に萌えを語った。恥をその裏にぴったりと貼りつけながら。世代的には三島由紀夫の同時代人なので、三島があのような生涯しか送れなかったことは、別に彼の生きた時代の限界からではないことが推察される。三島には恥ずかしがってみせるだけの器量がなかったのだ。
少なくとも十年は表紙を開かなかった『華文字の死想』を手に取った。『刺青・性・死』も、『闇のユートピア』も、『非在ヘの架橋』(それにしてもどのタイトルも今のものではない)も、クローゼットの棚の最上段と天井の間に積み上げた中に(たぶん)まぎれて見えないが、これだけは本棚の隅にずっと残っていた。再録が多く、雑誌ですでに見たものもあって、あまり身を入れて読んだ覚えのない一冊。しかし、偶然目にとまった「酷愛偽装譚」のページに、かつて引き込まれた記憶が甦ってくる。
目次にはない「真山青果を解く鍵」というサブタイトルつきの「酷愛偽装譚」は、初出が「真山青果全集」補巻五月号とあるが、年の記載はなく、『非在への架橋』に収録されたことが知られる(78年8月)。青果の戯曲『平将門』(1925)の通常の評価は、松田によれば、「歴史=正史の蔭の部分に、新しい解釈と共感をもたらしたものとして」高いものであるのだそうだ。「しかし、あえていえば、青果の創作の真意は、ことさら見捨てられていたようである」。何が「見捨てられていた」のか。松田の熱い語りを聞こう。
青果はこの作品で何を語り、何を書こうとしたのか。それは将門と貞盛の愛、それもほとんど性愛に近い愛であった。
この悲劇の男が愛するものは――真に愛するものは――妻でも、子でも、弟たちでもない。従弟の貞盛――不幸にも将門が殺す結果になった、伯父国香の子貞盛であった。
貞盛は、「気高い、物思ひの深い子」であったと将門はいう。/「指先など白く、女のようにしなやかで」あったとも。
少年期の貞盛を回想して、「俯いてものなど考へる時、黒い睫毛が匂はしく影をつくつて……」――これが将門における終生の貞盛像なのだ。
イメージの貞盛を愛するが故に、上洛しながら、避けて会わない。なぜか、「気が引けて会はれ」ないのだ。いや、よりはっきりいえば、愛の深さのゆえに会えないのだ。
将門はいう、「太郎の前に出るのが苦しいのだ。自分の粗野が恥しいばかりではない。太郎の眸にあふと……」、だから会えないのだ。そのことを思い出として語るときさえも、将門は「羞ら」っている。ここから、次のようにいえば短絡にすぎるだろうか。/青果の恥の意識は、いわれるごとき単なる田舎士族の体制意識の恥ではない。美意識による恥なのだと――。
そんな貞盛の妻と早く定められた、お互いに従妹の東の君を、将門は奪って妻とする。加害者でありながら、将門は脅えている。[…]東の君を抱くことによって貞盛に怯え、怯えながら連帯しているのだ。貞盛に怯え、怯えることによって連帯しているのだ。貞盛に処罰されたくて、奪ったとさえいえるだろう。東の君を奪ったのではなく、貞盛の婚姻を妨害したのだ。
こうした解釈を許す青果のテクストを松田が引用するのを、ここではさらにつづめて示す。
おれは、彼と従弟と云はれることが、心の誇りでもあったが、また恥かしくもあつた。(略)。おれは彼の悦ぶ顏を見るために、人知れずどれほど心を苦しめたか知れない。[……]彼はカラカラとは笑はない。匂はしい睫毛の深い目に、たヾニコと片頬に微笑んでおれの戯れた所作を眺めてゐるのだ。おれはいつも後で、自分の愚かしさを恥ぢるのだが、それでも幼い従弟のよろこぶ顏が見たかつたのだ。はヽはヽヽ。
このくだりに、松田は次のようなコメントをつける。
これはもう、明らかに通常の人間関係ではない。将門の弟四郎の言葉を借りれば、「思慕」に他なるまい。男が男を愛することの、何というみずみずしい描写だろう。五十年の時差を埋めて、それは官能的である。☆
他の青果作品の同様の部分を抜き出し、比較検討した末、松田はこう書く。
私とても恣意的に、青果作品のあちこち読みさがして、男同志の愛のみ拾い上げ、青果の「一面」をでっち上げようとするものではない。しかし、「平将門」をその典型として、青果作品のかなりのものが、男心と男心の、ときに性愛の感覚さえ伴う、響き合い、触れ合いの冴えを主題としていることは、動かしがたいであろう。
「男同志の愛のみ拾い上げ」「でっち上げようとする」ものだと言われることへの抵抗。「萌え」は脳内にあるのではなく、確かにテクストに見出されるのだという主張。それにしても、詩人や作家やエッセイストとしてではなく、国文学研究においてそれをやった松田は過激であった。
「一九八〇年代初めまで、同性愛を理想化して描くことは反俗的な美意識の表明であった」(『月光果樹園』)と高原英理が書いている(こればかり引用しているけれど)。『華文字の死想』(ペヨトル工房)の出版は一九八八年(書き写そうとしてペヨトル工房だったかと驚く)。この間、いかなる変化があったのかは措くが、上の引用だけ見ても、それが男の専有物であった時代の男-男表象への「萌え」を、それが女にも共通するものであることを確認しつつ、読み味わうことができるだろう。
遡って一九七〇年、予定された死からさほど遠くないところにいた三島由紀夫は、ヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』の、突撃隊粛清のシーンについて次のように書いた。
私事ながら、この「血の粛清」の政治的必然性は、拙作「わが友ヒットラー」に詳しいが、もちろんヴィースゼーの一夜については、私の戯曲は科白で暗示するにとどめてある。それを一つのショウに仕立てて、この映画の本筋とは関係ないところに、このやうな血のバレエ・シーンを置いたヴィスコンティの企みの深遠さは、推し量るすべもないが、るいるいと重なる白い裸体が血の編目を着てゐる描写には、一種のしつこい耽美主義が溢れてゐる。
「オレはこれに萌えた!」
そう言えないばかりに三島は、「ヴィスコンティの企みの深遠さは、推し量るすべもないが」などと、韜晦しつつ書きつらねるしかなかったのだ。だが、これが、「映画の本筋とは関係ないところ」で、己れの美的/性的嗜好を芸術という名のスペクタクルたらしめて世の人々に見せつけたヴィスコンティに対するオマージュと、同好の貴種を見出した感動(そして羨望)でなくで何だろう。近年公にされた堂本正樹の『回想 回転扉の三島由紀夫』(文春新書)は、秀吉から死を賜った関白秀次が高野山で小姓たちの介錯をする(「彼等は常に御情深き者共なれば、人手にかけじと思召す御契りの程こそ浅からね」)『聚楽物語』の血みどろ絵を見せられたあとの、三島との最初の「切腹ごっこ」について次のように書いている。
「あとは歌舞伎の「判官切腹」の真似で神妙に勤めた。[…]そこで三島が小さく「ヤッ」と声を掛け、首筋に刃があたる。私は前にのめって伏し、死んだ」。小道具は「浅草などで外人向きに売っている」とおぼしき、三島の用意した大小である。仰向けにされた「首の無い筈の死者は、薄目を開けて次なる介錯者の兄貴の死を眺めた」。そして「三島は上半身裸になった。まだボディビルを始めていなかった裸は痩せて貧相で」……しかし三島は真剣な演技を続け、「ドッと私の死骸の上に倒れ込んだ」。
ヴィースゼーの白い裸体についての記述をあらためて私は思った。
「もちろん」、「映画の本筋とは関係ないところ」でそれをやれるヴィスコンティと違い、三島は政治という口実を必要とした(そうでなければ、たとえば松田修のような「恥」を忍ばなければならなかったろう☆☆)。世間向けには、原作・脚色・監督・主演の『憂国』でさえ、男女の相対死(あいたいじに)という形でしか差し出すことができなかった。代りに、堂本(および他の男性)に筆写、書き替えさせて中井英夫のパートナーB氏が出していた「アドニス」に載せた『愛の処刑』、『憂国』演出者・堂本との、撮影の二日間泊まり込んだ帝国ホテルのツイン・ルームでの「リハーサルを兼ねた」「久しぶりの切腹ごっこ」等々があったろうが、「ヴィスコンティの企み」の秩序と美、襲撃前の気遠くなるほどの待機の静けさと豪奢な悦楽を思うとき、それはあまりにも貧しくはなかったか? 金井美恵子が書いている、幼いナボコフがわがものにした、黒鉛の芯が端から端まで通ったロリータの背丈ほどの太い巨大な鉛筆と、『青の時代』の文房具屋の貼りぼて鉛筆の差にもまさる彼此の差。三島にもそれはわかっていただろう。映画制作や他の映画出演も含めて、すべてがリハーサルであったかのような(「『憂国』が済むと「ゴッコ」はやんだ」と堂本は描いている)一回きりの本番が、いくら西武百貨店特注のコスチュームに身を固めての真剣(文字通りの!)プレイであろうと、ヴィスコンティのまばゆさの足許にも山裾にも及ばぬ――「総監や総監室の調度、バルコニーの片端やを瞳に灼いて死ぬなど、いささか侘びしすぎる」(松田修)――自己処刑は、裸電球の下でまばらな観客を前にしての場末のドサ回りにも似たショウでしかついにありえぬことが(「三島の刀影に、森田の凛々しい顏が映る」と、自分でも信じなかったであろうことを松田は書いている)、三島にはわかっていたに違いない。
☆さらに三十年の時差があり……数年前、若い日本美術研究者の講演を聞く機会があった。特に草創期の歌舞伎の話のあたりに、松田修の著作を髣髴させるものがあり、終了後、私は直接、話が面白かったと伝えた上で尋ねた。私の知識は松田修あたりで止まっているが、その後、国文学の分野で研究の進展はあったのだろうか、あれば読んでみたいのだが、と。果たして、自分の知識も「松田修先生」の仕事から来るものだと彼女は答えた。そうやって松田が読みつがれていると知って嬉しかった。ただし、松田を継ぐ者はいないということだった。
☆☆ 『華文字の死想』の巻末「解題」をしているのは山口昌男であるが、今日、その内容のうち、三分の一を占めるマクラの部分は、松田に対するセクハラとしか読めない。インドネシアで、伝統儀礼についての知識を授けられる代償に、ホモセクシュアルの行為をしかけられて調査をあきらめたという話を披露した山口は(松田のテーマである美少年だの同性愛だのの話題に入る前に、「自分はそうではない」とことわっているわけだ)、帰国後の調査報告で、「ジョークであるが」と前置きしつつ、「このように調査は、私の勇気の不足と決断力の無さの故に挫折したが、次は、松田さんあたりに同行して貰いたいと思っている」と喋ったと書いている。
彼はつねに率直に萌えを語った。恥をその裏にぴったりと貼りつけながら。世代的には三島由紀夫の同時代人なので、三島があのような生涯しか送れなかったことは、別に彼の生きた時代の限界からではないことが推察される。三島には恥ずかしがってみせるだけの器量がなかったのだ。
少なくとも十年は表紙を開かなかった『華文字の死想』を手に取った。『刺青・性・死』も、『闇のユートピア』も、『非在ヘの架橋』(それにしてもどのタイトルも今のものではない)も、クローゼットの棚の最上段と天井の間に積み上げた中に(たぶん)まぎれて見えないが、これだけは本棚の隅にずっと残っていた。再録が多く、雑誌ですでに見たものもあって、あまり身を入れて読んだ覚えのない一冊。しかし、偶然目にとまった「酷愛偽装譚」のページに、かつて引き込まれた記憶が甦ってくる。
目次にはない「真山青果を解く鍵」というサブタイトルつきの「酷愛偽装譚」は、初出が「真山青果全集」補巻五月号とあるが、年の記載はなく、『非在への架橋』に収録されたことが知られる(78年8月)。青果の戯曲『平将門』(1925)の通常の評価は、松田によれば、「歴史=正史の蔭の部分に、新しい解釈と共感をもたらしたものとして」高いものであるのだそうだ。「しかし、あえていえば、青果の創作の真意は、ことさら見捨てられていたようである」。何が「見捨てられていた」のか。松田の熱い語りを聞こう。
青果はこの作品で何を語り、何を書こうとしたのか。それは将門と貞盛の愛、それもほとんど性愛に近い愛であった。
この悲劇の男が愛するものは――真に愛するものは――妻でも、子でも、弟たちでもない。従弟の貞盛――不幸にも将門が殺す結果になった、伯父国香の子貞盛であった。
貞盛は、「気高い、物思ひの深い子」であったと将門はいう。/「指先など白く、女のようにしなやかで」あったとも。
少年期の貞盛を回想して、「俯いてものなど考へる時、黒い睫毛が匂はしく影をつくつて……」――これが将門における終生の貞盛像なのだ。
イメージの貞盛を愛するが故に、上洛しながら、避けて会わない。なぜか、「気が引けて会はれ」ないのだ。いや、よりはっきりいえば、愛の深さのゆえに会えないのだ。
将門はいう、「太郎の前に出るのが苦しいのだ。自分の粗野が恥しいばかりではない。太郎の眸にあふと……」、だから会えないのだ。そのことを思い出として語るときさえも、将門は「羞ら」っている。ここから、次のようにいえば短絡にすぎるだろうか。/青果の恥の意識は、いわれるごとき単なる田舎士族の体制意識の恥ではない。美意識による恥なのだと――。
そんな貞盛の妻と早く定められた、お互いに従妹の東の君を、将門は奪って妻とする。加害者でありながら、将門は脅えている。[…]東の君を抱くことによって貞盛に怯え、怯えながら連帯しているのだ。貞盛に怯え、怯えることによって連帯しているのだ。貞盛に処罰されたくて、奪ったとさえいえるだろう。東の君を奪ったのではなく、貞盛の婚姻を妨害したのだ。
こうした解釈を許す青果のテクストを松田が引用するのを、ここではさらにつづめて示す。
おれは、彼と従弟と云はれることが、心の誇りでもあったが、また恥かしくもあつた。(略)。おれは彼の悦ぶ顏を見るために、人知れずどれほど心を苦しめたか知れない。[……]彼はカラカラとは笑はない。匂はしい睫毛の深い目に、たヾニコと片頬に微笑んでおれの戯れた所作を眺めてゐるのだ。おれはいつも後で、自分の愚かしさを恥ぢるのだが、それでも幼い従弟のよろこぶ顏が見たかつたのだ。はヽはヽヽ。
このくだりに、松田は次のようなコメントをつける。
これはもう、明らかに通常の人間関係ではない。将門の弟四郎の言葉を借りれば、「思慕」に他なるまい。男が男を愛することの、何というみずみずしい描写だろう。五十年の時差を埋めて、それは官能的である。☆
他の青果作品の同様の部分を抜き出し、比較検討した末、松田はこう書く。
私とても恣意的に、青果作品のあちこち読みさがして、男同志の愛のみ拾い上げ、青果の「一面」をでっち上げようとするものではない。しかし、「平将門」をその典型として、青果作品のかなりのものが、男心と男心の、ときに性愛の感覚さえ伴う、響き合い、触れ合いの冴えを主題としていることは、動かしがたいであろう。
「男同志の愛のみ拾い上げ」「でっち上げようとする」ものだと言われることへの抵抗。「萌え」は脳内にあるのではなく、確かにテクストに見出されるのだという主張。それにしても、詩人や作家やエッセイストとしてではなく、国文学研究においてそれをやった松田は過激であった。
「一九八〇年代初めまで、同性愛を理想化して描くことは反俗的な美意識の表明であった」(『月光果樹園』)と高原英理が書いている(こればかり引用しているけれど)。『華文字の死想』(ペヨトル工房)の出版は一九八八年(書き写そうとしてペヨトル工房だったかと驚く)。この間、いかなる変化があったのかは措くが、上の引用だけ見ても、それが男の専有物であった時代の男-男表象への「萌え」を、それが女にも共通するものであることを確認しつつ、読み味わうことができるだろう。
遡って一九七〇年、予定された死からさほど遠くないところにいた三島由紀夫は、ヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』の、突撃隊粛清のシーンについて次のように書いた。
私事ながら、この「血の粛清」の政治的必然性は、拙作「わが友ヒットラー」に詳しいが、もちろんヴィースゼーの一夜については、私の戯曲は科白で暗示するにとどめてある。それを一つのショウに仕立てて、この映画の本筋とは関係ないところに、このやうな血のバレエ・シーンを置いたヴィスコンティの企みの深遠さは、推し量るすべもないが、るいるいと重なる白い裸体が血の編目を着てゐる描写には、一種のしつこい耽美主義が溢れてゐる。
「オレはこれに萌えた!」
そう言えないばかりに三島は、「ヴィスコンティの企みの深遠さは、推し量るすべもないが」などと、韜晦しつつ書きつらねるしかなかったのだ。だが、これが、「映画の本筋とは関係ないところ」で、己れの美的/性的嗜好を芸術という名のスペクタクルたらしめて世の人々に見せつけたヴィスコンティに対するオマージュと、同好の貴種を見出した感動(そして羨望)でなくで何だろう。近年公にされた堂本正樹の『回想 回転扉の三島由紀夫』(文春新書)は、秀吉から死を賜った関白秀次が高野山で小姓たちの介錯をする(「彼等は常に御情深き者共なれば、人手にかけじと思召す御契りの程こそ浅からね」)『聚楽物語』の血みどろ絵を見せられたあとの、三島との最初の「切腹ごっこ」について次のように書いている。
「あとは歌舞伎の「判官切腹」の真似で神妙に勤めた。[…]そこで三島が小さく「ヤッ」と声を掛け、首筋に刃があたる。私は前にのめって伏し、死んだ」。小道具は「浅草などで外人向きに売っている」とおぼしき、三島の用意した大小である。仰向けにされた「首の無い筈の死者は、薄目を開けて次なる介錯者の兄貴の死を眺めた」。そして「三島は上半身裸になった。まだボディビルを始めていなかった裸は痩せて貧相で」……しかし三島は真剣な演技を続け、「ドッと私の死骸の上に倒れ込んだ」。
ヴィースゼーの白い裸体についての記述をあらためて私は思った。
「もちろん」、「映画の本筋とは関係ないところ」でそれをやれるヴィスコンティと違い、三島は政治という口実を必要とした(そうでなければ、たとえば松田修のような「恥」を忍ばなければならなかったろう☆☆)。世間向けには、原作・脚色・監督・主演の『憂国』でさえ、男女の相対死(あいたいじに)という形でしか差し出すことができなかった。代りに、堂本(および他の男性)に筆写、書き替えさせて中井英夫のパートナーB氏が出していた「アドニス」に載せた『愛の処刑』、『憂国』演出者・堂本との、撮影の二日間泊まり込んだ帝国ホテルのツイン・ルームでの「リハーサルを兼ねた」「久しぶりの切腹ごっこ」等々があったろうが、「ヴィスコンティの企み」の秩序と美、襲撃前の気遠くなるほどの待機の静けさと豪奢な悦楽を思うとき、それはあまりにも貧しくはなかったか? 金井美恵子が書いている、幼いナボコフがわがものにした、黒鉛の芯が端から端まで通ったロリータの背丈ほどの太い巨大な鉛筆と、『青の時代』の文房具屋の貼りぼて鉛筆の差にもまさる彼此の差。三島にもそれはわかっていただろう。映画制作や他の映画出演も含めて、すべてがリハーサルであったかのような(「『憂国』が済むと「ゴッコ」はやんだ」と堂本は描いている)一回きりの本番が、いくら西武百貨店特注のコスチュームに身を固めての真剣(文字通りの!)プレイであろうと、ヴィスコンティのまばゆさの足許にも山裾にも及ばぬ――「総監や総監室の調度、バルコニーの片端やを瞳に灼いて死ぬなど、いささか侘びしすぎる」(松田修)――自己処刑は、裸電球の下でまばらな観客を前にしての場末のドサ回りにも似たショウでしかついにありえぬことが(「三島の刀影に、森田の凛々しい顏が映る」と、自分でも信じなかったであろうことを松田は書いている)、三島にはわかっていたに違いない。
☆さらに三十年の時差があり……数年前、若い日本美術研究者の講演を聞く機会があった。特に草創期の歌舞伎の話のあたりに、松田修の著作を髣髴させるものがあり、終了後、私は直接、話が面白かったと伝えた上で尋ねた。私の知識は松田修あたりで止まっているが、その後、国文学の分野で研究の進展はあったのだろうか、あれば読んでみたいのだが、と。果たして、自分の知識も「松田修先生」の仕事から来るものだと彼女は答えた。そうやって松田が読みつがれていると知って嬉しかった。ただし、松田を継ぐ者はいないということだった。
☆☆ 『華文字の死想』の巻末「解題」をしているのは山口昌男であるが、今日、その内容のうち、三分の一を占めるマクラの部分は、松田に対するセクハラとしか読めない。インドネシアで、伝統儀礼についての知識を授けられる代償に、ホモセクシュアルの行為をしかけられて調査をあきらめたという話を披露した山口は(松田のテーマである美少年だの同性愛だのの話題に入る前に、「自分はそうではない」とことわっているわけだ)、帰国後の調査報告で、「ジョークであるが」と前置きしつつ、「このように調査は、私の勇気の不足と決断力の無さの故に挫折したが、次は、松田さんあたりに同行して貰いたいと思っている」と喋ったと書いている。
「web評論誌コーラ」に今回載せた拙稿を読んだある男性から、「男性同性愛者による女性性の流用」のあたりについて、「ゲイであろうとも「男性権力者」であることへの自己批判がないものには容赦しないということですね」と言われてびっくりした。「たとえゲイであっても」などという、ゲイ差別的発想をしたことがないからだけではなく、「自己批判」という(時代がかった?)言葉自体が私の語彙ではなかったからである。そう言われてあらためて考えてみると、「自己批判」なる行為は、私にとってつねに侮蔑の対象であったように思われる。自己批判、自己嫌悪、自己憐愍――どれも好きなだけナルシシズムの沼に沈んでいてくれという感じなのだ。岸田秀の書くものはおおかたクズだが(というより、あれに本気で感心する奴が)、自己が自己を嫌悪することなんてあるのか、と言っていたのには頷けた。「自己弁護」はまた別な気がする。
澁澤龍彦の全集を繰っていたら(しかし、全集で読むとなんだか索漠としている。本物の室内のようにすみずみまで居心地良くしつらえられた売場から、ボール箱に入れた商品をただ並べた倉庫に入ったようだ)、単行本『エロティシズム』文庫版(1984年)の、(文庫版あとがきにかえて)とカッコ書きされた「クラナッハの裸体について」の最後に、ちょっと面白いくだりを見つけた。
当時の私はフロイトのエディプス理論やサルトルの実存主義や、さてはバタイユの哲学などに影響されていたので、それが本書の文面にも少なからず反映しているようであるが、現在の私は必ずしもそれらを信奉してはいない。いま読み返してみると、女性に対してかなり辛辣な意見があって自分でも驚くほどだが、これも現在の私の意見とは認めがたい。無責任のようだが、君子は豹変する。なにぶん十七年前の著作なので、これらの点は大目に見ていただきたいと思う。
文庫になった澁澤は手に取ったことがないので、ここは読んだ覚えがなかった。なるほど、これが自己批判をしない態度か。これでよいのではないかと私は思う。「現在の私の意見とは認めがたい」と率直に書いているのにむしろ驚かされる。女について紋切型を書くのは男の書き手の通弊である上(だからといって容赦したいわけではないが)、このあたりはもとは週刊誌に書きとばしたということもあろうが、特にそういうところが目立っていたかもしれない。俗流フロイディズム片手に女のセクシュアリティ(というカタカナ語はまだなかったが)の本質規定をするのは、「女性に対して」「辛辣」なわけではなく、女がわかっていない――突きつめれば女を人間と見ていない――証拠だというのは、実は小娘が読んでもわかった。それを批判する言葉がこっちになかっただけである。書かれたものは結局そういうところから古びる。
ところで最近、俗流フロイディズムならぬ、俗流フェミニズム批評というものが存在するのだとつくづく思うことがあった。『ユリイカ』のトールキン特集(1992年7月号)所収の小谷真理「リングワールドふたたび――『指輪物語』あるいはフェミニスト・ファンタジイの起源」を読んだからである。この特集は以前から見たいと思っていて願いが叶ったのだが、もともと評論についてはあまり期待していなかった。これも出た当時は関心がなくて読まなかった同誌の『ロード・オブ・ザ・リング』特集臨時増刊号を先に読んで、トールキンをネタに世迷い言を吐きちらす人々に失望したからでもある(この増刊号では、『指輪物語』愛読者として語る黒沢清のインタヴューがただただ素晴しかった)。
今回、何といっても収穫は、トールキンの未完の断章『失われた道』と、物語詩『領主と奥方の物語[レー]』を読めたことであった。前者は、目次タイトル脇の紹介によれば「『指輪物語』『シルマリリオン』二つの物語世界をつなぐミッシング・リンク、未完の物語一〇〇枚の全訳。限りある生を前に揺れる父子のファンタジー。作家の自伝的要素が濃厚に反映している現実世界と、神話世界が二重映しに……………」。映画パンフレットによくあるような、こういったあらすじ紹介はたいていはズレたものだし、読者も正確さを期待したりはしないだろう。だが、中身を読み終えてあらためて見たとき、この要約があっていることに気がついた(しかし、これを書いた人はおそらく、自分が書いた内容を理解していない……………)。
『領主と奥方の物語[レー]』の方には、テクストを翻訳した辺見葉子のエッセイが付いていて、先行作品とトールキンのテクストの異同が丁寧に説明されており、非常に興味深く、得るところが多かった。専門家というのは有難いものである。けれどもこの方も、物語詩の話題を離れ、「『シルマリリオン』および『指輪物語』との関わり」を考察する段になると、そこだけは、作品外の言葉に頼る凡百の評者と変わりがない。私の友人(彼女の導きで最近私がトールキンにあらためて関心を寄せるようになった)と私はそれを残念に思いながらも、行き届いた解説に助けられて読むことのできたこのテクストが、私たちの「『シルマリリオン』および『指輪物語』」の読みを強力に裏づけるものであったことを喜んだ。
さて、「フェミニスト・ファンタジイの起源」であるが――このサブタイトルからして「やおい・ボーイズラブ前史」を思い出させるが、内容的にも、メインストリームの「男性文化」が行き詰まったり、変換点に至ったりした地点から、新たな女性文化がはじまる(はじまった)とする点でよく似ている。先に枠組みを用意して強引に対象にあてはめるという点も同様だが、『密やかな教育』については別枠を設けてあるから、今は「リングワールドふたたび」に限って言う。こういうことをするには、否定(ないし批判的/発展的継承)されるべき「男性文化」と、「来るべき」「フェミニスト・ファンタジイ」の差異を際立たせなければならないが、ほかならぬトールキンをその克服されるべき「男性文化」の側に置いた時点で、すでに小谷の負けは決まっていたのである。
なぜなら、トールキンは〈男〉ではないからだ。フェミニスト諸嬢の傍に置くと、彼女たちの鼻の下に黒々とした髭が幻視されるほどの乙女っぷりを発揮しているトールキンの世界における、「○○の子、○○」という繰り返される高らかな父系の名乗りは、父権制に与してそれを存続させる合言葉などではない。『シルマリリオン』において表面的には父権制のしるしのように見えるものが、いかに内側からそれをぐずぐずに崩しているか。『シルマリリオン』は『指輪物語』の背景であるという、しばしば前者をネグレクトしていい(“たんなる”背景として)という意味であるかのように言われる言葉は、文字どおりに受け取られるべきものだ。トールキンの「異世界」がどれだけ(文字どおりの)「異世界」であるかをまだ誰も知らない。『シルマリリオン』が読まれぬ/出版されぬまま『指輪物語』が売れてしまい、前者なしでは理解されるべくもない話が圧倒的な支持を受けてしまったトールキンは、それがいかに知られえぬものであるかという苦い事実をあらためて噛みしめていたはずである。
問題は、サムとフロドの関係がどうとか、トールキンとC・S・ルイスの関係がどうとか、男だけの集いがどうとかいう話でないことはいうまでもない。トールキンは、「ホモソーシャリティとホモセクシュアリティの紙一重」というトピックからも逃れ去る稀有の人なのである。まして、「トールキンは女性の才能を認め、「結婚」によりその才能が埋没する恐れをつと口にしてきたが、いっぽうで自身の妻エディスとは、学問上・文学上のどのような会話も共有しなかったという」(99ページ)とは何が言いたいのであろうか。才能ある妻として学問上・文学上の会話を共有して何かいいことある(あった)のかと小一時間問い詰めたくもない。
フェミニストというのはずいぶん頭の悪い連中なんだなという冷笑を誘うとしたら著者にも不本意であろうこの論文は、奇しくも、澁澤のあとがきの場合と同じ十七年前に書かれているので、あるいは著者にとって「現在の私の意見とは認めがたい」というようなものになってしまっているのかもしれない。それだったらそれでいいし、いずれにせよこれをもとに糾弾したいなどという気は少しもない。しかし、ともかくこうやって目の前に形として残っているので、少々分析してみたいとは思う。澁澤の場合と違ってすでに過去の問題になってしまっているわけでないのは、『密やかな教育』の一件からも明らかだし、何より、あまりにも典型的にできているので、構造を知るにはもってこいであるからだ。うまくいけば、あなたも私も明日から俗流フェミニズム批評ができる(かもしれない)。(つづく)
澁澤龍彦の全集を繰っていたら(しかし、全集で読むとなんだか索漠としている。本物の室内のようにすみずみまで居心地良くしつらえられた売場から、ボール箱に入れた商品をただ並べた倉庫に入ったようだ)、単行本『エロティシズム』文庫版(1984年)の、(文庫版あとがきにかえて)とカッコ書きされた「クラナッハの裸体について」の最後に、ちょっと面白いくだりを見つけた。
当時の私はフロイトのエディプス理論やサルトルの実存主義や、さてはバタイユの哲学などに影響されていたので、それが本書の文面にも少なからず反映しているようであるが、現在の私は必ずしもそれらを信奉してはいない。いま読み返してみると、女性に対してかなり辛辣な意見があって自分でも驚くほどだが、これも現在の私の意見とは認めがたい。無責任のようだが、君子は豹変する。なにぶん十七年前の著作なので、これらの点は大目に見ていただきたいと思う。
文庫になった澁澤は手に取ったことがないので、ここは読んだ覚えがなかった。なるほど、これが自己批判をしない態度か。これでよいのではないかと私は思う。「現在の私の意見とは認めがたい」と率直に書いているのにむしろ驚かされる。女について紋切型を書くのは男の書き手の通弊である上(だからといって容赦したいわけではないが)、このあたりはもとは週刊誌に書きとばしたということもあろうが、特にそういうところが目立っていたかもしれない。俗流フロイディズム片手に女のセクシュアリティ(というカタカナ語はまだなかったが)の本質規定をするのは、「女性に対して」「辛辣」なわけではなく、女がわかっていない――突きつめれば女を人間と見ていない――証拠だというのは、実は小娘が読んでもわかった。それを批判する言葉がこっちになかっただけである。書かれたものは結局そういうところから古びる。
ところで最近、俗流フロイディズムならぬ、俗流フェミニズム批評というものが存在するのだとつくづく思うことがあった。『ユリイカ』のトールキン特集(1992年7月号)所収の小谷真理「リングワールドふたたび――『指輪物語』あるいはフェミニスト・ファンタジイの起源」を読んだからである。この特集は以前から見たいと思っていて願いが叶ったのだが、もともと評論についてはあまり期待していなかった。これも出た当時は関心がなくて読まなかった同誌の『ロード・オブ・ザ・リング』特集臨時増刊号を先に読んで、トールキンをネタに世迷い言を吐きちらす人々に失望したからでもある(この増刊号では、『指輪物語』愛読者として語る黒沢清のインタヴューがただただ素晴しかった)。
今回、何といっても収穫は、トールキンの未完の断章『失われた道』と、物語詩『領主と奥方の物語[レー]』を読めたことであった。前者は、目次タイトル脇の紹介によれば「『指輪物語』『シルマリリオン』二つの物語世界をつなぐミッシング・リンク、未完の物語一〇〇枚の全訳。限りある生を前に揺れる父子のファンタジー。作家の自伝的要素が濃厚に反映している現実世界と、神話世界が二重映しに……………」。映画パンフレットによくあるような、こういったあらすじ紹介はたいていはズレたものだし、読者も正確さを期待したりはしないだろう。だが、中身を読み終えてあらためて見たとき、この要約があっていることに気がついた(しかし、これを書いた人はおそらく、自分が書いた内容を理解していない……………)。
『領主と奥方の物語[レー]』の方には、テクストを翻訳した辺見葉子のエッセイが付いていて、先行作品とトールキンのテクストの異同が丁寧に説明されており、非常に興味深く、得るところが多かった。専門家というのは有難いものである。けれどもこの方も、物語詩の話題を離れ、「『シルマリリオン』および『指輪物語』との関わり」を考察する段になると、そこだけは、作品外の言葉に頼る凡百の評者と変わりがない。私の友人(彼女の導きで最近私がトールキンにあらためて関心を寄せるようになった)と私はそれを残念に思いながらも、行き届いた解説に助けられて読むことのできたこのテクストが、私たちの「『シルマリリオン』および『指輪物語』」の読みを強力に裏づけるものであったことを喜んだ。
さて、「フェミニスト・ファンタジイの起源」であるが――このサブタイトルからして「やおい・ボーイズラブ前史」を思い出させるが、内容的にも、メインストリームの「男性文化」が行き詰まったり、変換点に至ったりした地点から、新たな女性文化がはじまる(はじまった)とする点でよく似ている。先に枠組みを用意して強引に対象にあてはめるという点も同様だが、『密やかな教育』については別枠を設けてあるから、今は「リングワールドふたたび」に限って言う。こういうことをするには、否定(ないし批判的/発展的継承)されるべき「男性文化」と、「来るべき」「フェミニスト・ファンタジイ」の差異を際立たせなければならないが、ほかならぬトールキンをその克服されるべき「男性文化」の側に置いた時点で、すでに小谷の負けは決まっていたのである。
なぜなら、トールキンは〈男〉ではないからだ。フェミニスト諸嬢の傍に置くと、彼女たちの鼻の下に黒々とした髭が幻視されるほどの乙女っぷりを発揮しているトールキンの世界における、「○○の子、○○」という繰り返される高らかな父系の名乗りは、父権制に与してそれを存続させる合言葉などではない。『シルマリリオン』において表面的には父権制のしるしのように見えるものが、いかに内側からそれをぐずぐずに崩しているか。『シルマリリオン』は『指輪物語』の背景であるという、しばしば前者をネグレクトしていい(“たんなる”背景として)という意味であるかのように言われる言葉は、文字どおりに受け取られるべきものだ。トールキンの「異世界」がどれだけ(文字どおりの)「異世界」であるかをまだ誰も知らない。『シルマリリオン』が読まれぬ/出版されぬまま『指輪物語』が売れてしまい、前者なしでは理解されるべくもない話が圧倒的な支持を受けてしまったトールキンは、それがいかに知られえぬものであるかという苦い事実をあらためて噛みしめていたはずである。
問題は、サムとフロドの関係がどうとか、トールキンとC・S・ルイスの関係がどうとか、男だけの集いがどうとかいう話でないことはいうまでもない。トールキンは、「ホモソーシャリティとホモセクシュアリティの紙一重」というトピックからも逃れ去る稀有の人なのである。まして、「トールキンは女性の才能を認め、「結婚」によりその才能が埋没する恐れをつと口にしてきたが、いっぽうで自身の妻エディスとは、学問上・文学上のどのような会話も共有しなかったという」(99ページ)とは何が言いたいのであろうか。才能ある妻として学問上・文学上の会話を共有して何かいいことある(あった)のかと小一時間問い詰めたくもない。
フェミニストというのはずいぶん頭の悪い連中なんだなという冷笑を誘うとしたら著者にも不本意であろうこの論文は、奇しくも、澁澤のあとがきの場合と同じ十七年前に書かれているので、あるいは著者にとって「現在の私の意見とは認めがたい」というようなものになってしまっているのかもしれない。それだったらそれでいいし、いずれにせよこれをもとに糾弾したいなどという気は少しもない。しかし、ともかくこうやって目の前に形として残っているので、少々分析してみたいとは思う。澁澤の場合と違ってすでに過去の問題になってしまっているわけでないのは、『密やかな教育』の一件からも明らかだし、何より、あまりにも典型的にできているので、構造を知るにはもってこいであるからだ。うまくいけば、あなたも私も明日から俗流フェミニズム批評ができる(かもしれない)。(つづく)
拙稿「〈あたしは腐女子[クィア]」だと思われてもいいのよ〉――男性のホモエロティックな表象と女性主体(下)」の載った、web評論誌「コーラ」http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/index.html最新号が間もなく出ます。
そこでもちょっと触れていますが、石田美紀著『密やかな教育 〈やおい・ボーイズラブ〉前史』(洛北出版)について批評するはずだったのがまた延びて、次回の宿題となっています。同書は、竹宮恵子らによる新しい少女マンガが七十年代に登場した背景、中島梓/栗本薫の活動、雑誌JUNEの果たした役割等を、関係者の証言を同時代の社会的、文化的状況にからめて記述しようとした試みですが、残念ながら「社会的、文化的状況」に関して、基本的な事実誤認が多過ぎます。そこを押えておかないことには、全体についての批判もできませんので、次の「コーラ」(本年12月発行)が出るまでに、同書の関連トピックをシリーズとして取り上げることにしました。話があちこち飛ぶかもしれませんが、おつき合いいただければ幸いです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
セクシュアリティと生殖機能を分離してみたらどうなるか。いったい何になるのだろう。こういった考えは六〇年代にすでに盛んになっていたことで、この分野の開発に関する僕のオリジナリティを主張することはできないんだ。以前にノーマン・ブラウンの『ライフ・アゲインスト・デス』という本を読んだことがある。その中で彼は、幼児性欲があらゆる倒錯的傾向を発現しやすいというフロイト理論について語っている。生殖とは関係のない、性器に集中しない分散したセクシュアリティのことなんだ。体中に遍在した、抑圧されていないセクシュアリティだ。
こう語っているのは、カナダの映画監督デイヴィッド・クローネンバーグです(クリス・ロドリー編/菊池淳子訳『クローネンバーグ オン クローネンバーグ』フィルムアート社、1992年)。ここで『ライフ・アゲインスト・デス』と表記されているのは、周知のとおり、日本でも1970年に『エロスとタナトス』という題で翻訳の出た本で、訳者の秋山さと子は、あとがきで次のように書いています。「訳者は精神分析学の中でもユング派に属する考えを持つものであるが、それにもかかわらず本書を日本に紹介する決意をした理由は、一つには現在世界各国で常識となっているフロイト及び精神分析学的な思潮が日本ではまだあまり知られることなく、特にフロイトに関しては、かなりの誤解がなされていることを悲しむとともに、臨床の分野においてのみならず、より広く一つの思潮としてのフロイトの紹介を試みたいと考えていたことがあり(…)ユング心理学に関しても、もう一度フロイトにまで戻って考えなおす必要性を痛感していたことにもよる」。
フロイトについて「かなりの誤解がなされている」のは今もたいして変わらないかもしれませんが、フロイトに戻ると言っても、この頃は、ラカンなどまだ影も形もなかったのです。
“Life against Death”は1959年の出版で、著者のノーマン・ブラウンは古典学者、『エロスとタナトス』というタイトルはフランス語版の訳題です。秋山さと子によれば、これは「訳者がヨーロッパに滞在中[鈴木注、64-68年]は主としてこの題名の下に話題になっていたことから」採用されたもので、「アメリカにおけるベスト・セラーの一つとして、各国語に翻訳され、ヨーロッパでも知識人の間に大きな波紋を巻き起こした」とのことです。なるほど、クローネンバーグが読んでいても不思議はありません。
この本を日本においていちはやく紹介したのが、われらが澁澤龍彦です(もちろんフランス語で読んだのでしょう)。と言っても、澁澤のことですから、「以下の所論は、このブラウン氏の見解と私の空想をごちゃまぜにして、自由に展開した勝手気ままなエッセイであり、もとより心理学でもなければ哲学でもなく、まあ、私自身の信仰告白を裏づけるための、一種の文学的覚えがきであると御承知おき願いたい」とことわっています。「ホモ・エロティクス ナルシシズムと死について」と題されたエッセイが雑誌「展望」に載ったのは1966年、私は後年『澁澤龍彦集成』で読みましたが、単行本『ホモ・エロティクス』も一度書店で見かけたことがあります。函から途中まで引き出して、「ワイン色の別珍」(と『澁澤龍彦全集』には外観が記されています)の表紙の感触をしばらく楽しんだあと、もとどおり函に収めて棚に戻しました(高かったのです)。
余談ですが、前回の「コーラ」拙稿で澁澤の本について言及し、「黒ビロードの装幀」と書いたとき、念頭にあったのはあの表紙でした。『全集』の記述を見る前で、黒でないのは承知していたのですが、何となくそう書いてしまいました。澁澤のエッセイに夢中だったくせに、『エロスとタナトス』(もちろん日本語です)を手に入れて読んだときには、この元ネタがあればもう澁澤はいらないと思ったものです。まだ二十歳そこそこで生意気だったのでしょう。
閑話休題。長々と『エロスとタナトス』について説明してきたのは、澁澤が責任編集者だった雑誌『血と薔薇』(68-69)について、『密やかな教育』においては、「『血と薔薇』がヨーロッパ起源の官能に傾倒したのは、第二次大戦後、政治・経済・社会・文化のあらゆる領域において日本に絶大な影響を及ぼすアメリカに抵抗するためであったからである」(124)という珍説が展開されていたからです。その証拠として著者が挙げるのは、『血と薔薇』復刻版のリーフレットに載った種村季弘の言葉です。
アメリカ的なセックスの解放というと、どこか青年期の成長幻想のようなものが匂いますね。アメリカはもともと万年ユースフェティッシュ(青春崇拝)の国だから。「血と薔薇」のほうはしかし成長を拒否したとはいわぬまでも、それとは無縁の、いわば永遠の少年の世界、もっといえば子供の多形倒錯(フロイト)の世界を夢見ていたのだと思います。
これを引いて著者は、「種村がいう、『血と薔薇』が求めたアメリカ的なセックスの解放に対するオルタナティヴとは、すでにみてきたとおり、ヨーロッパの官能であったといえるだろう」と述べています。「すでにみてきたとおり」に相当する部分はたいして長くないのですが、そこで著者は、「同誌に集った男性知識人・芸術家が異議申し立ての一環として実践する「エロティシズム」の源は、日本でも、アメリカでも、アジアでもなく、ヨーロッパであった」(122)として、『血と薔薇』「創刊号のラインナップ」が、ポール・デルヴォー、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ、澁澤の「苦痛と快楽 拷問について」、種村季弘の「吸血鬼幻想」、塚本邦雄の「悦楽園園丁辞典」等であったことを挙げ、「いずれも、エロスとタナトス、そしてグロテスクが混交するヨーロッパ起源の、あるいはヨーロッパにまつわる作品群である」としています。
なぜ、「日本でも、アメリカでも、アジアでもなく、ヨーロッパであった」であって、「アフリカでも、モルジブでも、オセアニアでも、アラスカでも、マダガスカルでも、ボツワナでも、コートジヴォワールでも、モーリタニアでも、セネガルでも、ラップランドでもなく、ヨーロッパであった」でないのか、とまぜっかえすのはやめておきましょう。エドワード・サイデンスティッカーは、フランスかぶれの日本人による、日本的なものを「源」としない軽薄な実践が気にさわったようで、カタカナ語だらけで「フランス的なものが多すぎる」と『血と薔薇』を批判し、返礼として澁澤に、そのカタカナ名前を「災翁」呼ばわりされた愉快な文章を書かれています(「土着の「薔薇」を探る」)。その彼でさえ、そうやってアメリカに抵抗しているなどという解釈を聞かされたら、笑い転げたことでしょう。
「創刊号のラインナップ」に関して言うなら、カタカナ名前はともかく、この掲載に端を発して本となった種村の『吸血鬼幻想』を見れば、フィルモグラフィーにはアメリカ製吸血鬼映画(メキシコ製も目立ちます)が並んでいますし、日本の古典にも通暁する塚本は、ヨーロッパのみならず古今東西の文学を自在に逍遥しているはずです。澁澤のエッセイにしても、拷問と性愛の形式的類似を述べた内容ですから、特にヨーロッパ起源というわけでもなく、むしろ、日本の少女マンガ家らが、少年マンガの拷問シーンの思い出――ありていに言えば萌えの記憶――について語っていたことを思い出させます。ああいうのはどこかに記録されているのでしょうか。そのあたりを文章に起こし、澁澤のエッセイなど参考にしつつ本書で論じてくれていれば、さぞかし興味深い資料になったろうにと惜しまれます。「エロティシズム」が日本起源でないことだけは確かですが、アメリカ対「官能のヨーロッパ」という対立も存在しません。前もって作っておいた枠組みで彼らの仕事を裁断しないかぎりは。
そして、種村の、「成長を拒否したとはいわぬまでも、それとは無縁の、いわば永遠の少年の世界、もっといえば子供の多形倒錯(フロイト)の世界 」 という言葉が指すものも、 アメリカと対立する「官能のヨーロッパ」などではなく、具体的にブラウンの『エロスとタナトス』であり、それにもとづく「ホモ・エロティクス」に代表される澁澤の思想です。種村自身、吸血鬼について書きながら、同じようなこと(生殖から切り離された性とエロティシズムの探求)をやっていたのであり、親しい仲間として、そのあたり、非常によくわかっていたはずです。「アメリカ的なセックスの解放」を種村が引き合いに出したのは、不案内な人にもイメージしやすくするための配慮でしょう。それを著者は、「アメリカがヨーロッパに対立させられている」と思ってしまったのですね。
けれども、ここで「アメリカ的なセックスの解放」に対立するのは、最初に引用したクローネンバーグの言葉にもあるような、生殖を目的として組織された性器中心主義的セクシュアリティのオルタナティヴとして想定されたもののことです。それを「アメリカ的」と呼ぶのは、たしかにアメリカをバカにするものかもしれませんが、これは都会人が地方出身者を「田舎者」と呼ぶようなもの、アメリカへの「抵抗」というのは全くの的外れです。なお、ノーマン・O・ブラウンはメキシコ生まれのアメリカ人です。
そこでもちょっと触れていますが、石田美紀著『密やかな教育 〈やおい・ボーイズラブ〉前史』(洛北出版)について批評するはずだったのがまた延びて、次回の宿題となっています。同書は、竹宮恵子らによる新しい少女マンガが七十年代に登場した背景、中島梓/栗本薫の活動、雑誌JUNEの果たした役割等を、関係者の証言を同時代の社会的、文化的状況にからめて記述しようとした試みですが、残念ながら「社会的、文化的状況」に関して、基本的な事実誤認が多過ぎます。そこを押えておかないことには、全体についての批判もできませんので、次の「コーラ」(本年12月発行)が出るまでに、同書の関連トピックをシリーズとして取り上げることにしました。話があちこち飛ぶかもしれませんが、おつき合いいただければ幸いです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
セクシュアリティと生殖機能を分離してみたらどうなるか。いったい何になるのだろう。こういった考えは六〇年代にすでに盛んになっていたことで、この分野の開発に関する僕のオリジナリティを主張することはできないんだ。以前にノーマン・ブラウンの『ライフ・アゲインスト・デス』という本を読んだことがある。その中で彼は、幼児性欲があらゆる倒錯的傾向を発現しやすいというフロイト理論について語っている。生殖とは関係のない、性器に集中しない分散したセクシュアリティのことなんだ。体中に遍在した、抑圧されていないセクシュアリティだ。
こう語っているのは、カナダの映画監督デイヴィッド・クローネンバーグです(クリス・ロドリー編/菊池淳子訳『クローネンバーグ オン クローネンバーグ』フィルムアート社、1992年)。ここで『ライフ・アゲインスト・デス』と表記されているのは、周知のとおり、日本でも1970年に『エロスとタナトス』という題で翻訳の出た本で、訳者の秋山さと子は、あとがきで次のように書いています。「訳者は精神分析学の中でもユング派に属する考えを持つものであるが、それにもかかわらず本書を日本に紹介する決意をした理由は、一つには現在世界各国で常識となっているフロイト及び精神分析学的な思潮が日本ではまだあまり知られることなく、特にフロイトに関しては、かなりの誤解がなされていることを悲しむとともに、臨床の分野においてのみならず、より広く一つの思潮としてのフロイトの紹介を試みたいと考えていたことがあり(…)ユング心理学に関しても、もう一度フロイトにまで戻って考えなおす必要性を痛感していたことにもよる」。
フロイトについて「かなりの誤解がなされている」のは今もたいして変わらないかもしれませんが、フロイトに戻ると言っても、この頃は、ラカンなどまだ影も形もなかったのです。
“Life against Death”は1959年の出版で、著者のノーマン・ブラウンは古典学者、『エロスとタナトス』というタイトルはフランス語版の訳題です。秋山さと子によれば、これは「訳者がヨーロッパに滞在中[鈴木注、64-68年]は主としてこの題名の下に話題になっていたことから」採用されたもので、「アメリカにおけるベスト・セラーの一つとして、各国語に翻訳され、ヨーロッパでも知識人の間に大きな波紋を巻き起こした」とのことです。なるほど、クローネンバーグが読んでいても不思議はありません。
この本を日本においていちはやく紹介したのが、われらが澁澤龍彦です(もちろんフランス語で読んだのでしょう)。と言っても、澁澤のことですから、「以下の所論は、このブラウン氏の見解と私の空想をごちゃまぜにして、自由に展開した勝手気ままなエッセイであり、もとより心理学でもなければ哲学でもなく、まあ、私自身の信仰告白を裏づけるための、一種の文学的覚えがきであると御承知おき願いたい」とことわっています。「ホモ・エロティクス ナルシシズムと死について」と題されたエッセイが雑誌「展望」に載ったのは1966年、私は後年『澁澤龍彦集成』で読みましたが、単行本『ホモ・エロティクス』も一度書店で見かけたことがあります。函から途中まで引き出して、「ワイン色の別珍」(と『澁澤龍彦全集』には外観が記されています)の表紙の感触をしばらく楽しんだあと、もとどおり函に収めて棚に戻しました(高かったのです)。
余談ですが、前回の「コーラ」拙稿で澁澤の本について言及し、「黒ビロードの装幀」と書いたとき、念頭にあったのはあの表紙でした。『全集』の記述を見る前で、黒でないのは承知していたのですが、何となくそう書いてしまいました。澁澤のエッセイに夢中だったくせに、『エロスとタナトス』(もちろん日本語です)を手に入れて読んだときには、この元ネタがあればもう澁澤はいらないと思ったものです。まだ二十歳そこそこで生意気だったのでしょう。
閑話休題。長々と『エロスとタナトス』について説明してきたのは、澁澤が責任編集者だった雑誌『血と薔薇』(68-69)について、『密やかな教育』においては、「『血と薔薇』がヨーロッパ起源の官能に傾倒したのは、第二次大戦後、政治・経済・社会・文化のあらゆる領域において日本に絶大な影響を及ぼすアメリカに抵抗するためであったからである」(124)という珍説が展開されていたからです。その証拠として著者が挙げるのは、『血と薔薇』復刻版のリーフレットに載った種村季弘の言葉です。
アメリカ的なセックスの解放というと、どこか青年期の成長幻想のようなものが匂いますね。アメリカはもともと万年ユースフェティッシュ(青春崇拝)の国だから。「血と薔薇」のほうはしかし成長を拒否したとはいわぬまでも、それとは無縁の、いわば永遠の少年の世界、もっといえば子供の多形倒錯(フロイト)の世界を夢見ていたのだと思います。
これを引いて著者は、「種村がいう、『血と薔薇』が求めたアメリカ的なセックスの解放に対するオルタナティヴとは、すでにみてきたとおり、ヨーロッパの官能であったといえるだろう」と述べています。「すでにみてきたとおり」に相当する部分はたいして長くないのですが、そこで著者は、「同誌に集った男性知識人・芸術家が異議申し立ての一環として実践する「エロティシズム」の源は、日本でも、アメリカでも、アジアでもなく、ヨーロッパであった」(122)として、『血と薔薇』「創刊号のラインナップ」が、ポール・デルヴォー、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ、澁澤の「苦痛と快楽 拷問について」、種村季弘の「吸血鬼幻想」、塚本邦雄の「悦楽園園丁辞典」等であったことを挙げ、「いずれも、エロスとタナトス、そしてグロテスクが混交するヨーロッパ起源の、あるいはヨーロッパにまつわる作品群である」としています。
なぜ、「日本でも、アメリカでも、アジアでもなく、ヨーロッパであった」であって、「アフリカでも、モルジブでも、オセアニアでも、アラスカでも、マダガスカルでも、ボツワナでも、コートジヴォワールでも、モーリタニアでも、セネガルでも、ラップランドでもなく、ヨーロッパであった」でないのか、とまぜっかえすのはやめておきましょう。エドワード・サイデンスティッカーは、フランスかぶれの日本人による、日本的なものを「源」としない軽薄な実践が気にさわったようで、カタカナ語だらけで「フランス的なものが多すぎる」と『血と薔薇』を批判し、返礼として澁澤に、そのカタカナ名前を「災翁」呼ばわりされた愉快な文章を書かれています(「土着の「薔薇」を探る」)。その彼でさえ、そうやってアメリカに抵抗しているなどという解釈を聞かされたら、笑い転げたことでしょう。
「創刊号のラインナップ」に関して言うなら、カタカナ名前はともかく、この掲載に端を発して本となった種村の『吸血鬼幻想』を見れば、フィルモグラフィーにはアメリカ製吸血鬼映画(メキシコ製も目立ちます)が並んでいますし、日本の古典にも通暁する塚本は、ヨーロッパのみならず古今東西の文学を自在に逍遥しているはずです。澁澤のエッセイにしても、拷問と性愛の形式的類似を述べた内容ですから、特にヨーロッパ起源というわけでもなく、むしろ、日本の少女マンガ家らが、少年マンガの拷問シーンの思い出――ありていに言えば萌えの記憶――について語っていたことを思い出させます。ああいうのはどこかに記録されているのでしょうか。そのあたりを文章に起こし、澁澤のエッセイなど参考にしつつ本書で論じてくれていれば、さぞかし興味深い資料になったろうにと惜しまれます。「エロティシズム」が日本起源でないことだけは確かですが、アメリカ対「官能のヨーロッパ」という対立も存在しません。前もって作っておいた枠組みで彼らの仕事を裁断しないかぎりは。
そして、種村の、「成長を拒否したとはいわぬまでも、それとは無縁の、いわば永遠の少年の世界、もっといえば子供の多形倒錯(フロイト)の世界 」 という言葉が指すものも、 アメリカと対立する「官能のヨーロッパ」などではなく、具体的にブラウンの『エロスとタナトス』であり、それにもとづく「ホモ・エロティクス」に代表される澁澤の思想です。種村自身、吸血鬼について書きながら、同じようなこと(生殖から切り離された性とエロティシズムの探求)をやっていたのであり、親しい仲間として、そのあたり、非常によくわかっていたはずです。「アメリカ的なセックスの解放」を種村が引き合いに出したのは、不案内な人にもイメージしやすくするための配慮でしょう。それを著者は、「アメリカがヨーロッパに対立させられている」と思ってしまったのですね。
けれども、ここで「アメリカ的なセックスの解放」に対立するのは、最初に引用したクローネンバーグの言葉にもあるような、生殖を目的として組織された性器中心主義的セクシュアリティのオルタナティヴとして想定されたもののことです。それを「アメリカ的」と呼ぶのは、たしかにアメリカをバカにするものかもしれませんが、これは都会人が地方出身者を「田舎者」と呼ぶようなもの、アメリカへの「抵抗」というのは全くの的外れです。なお、ノーマン・O・ブラウンはメキシコ生まれのアメリカ人です。
ずっと前のことだが、当時同居していた友人が勉強のために英字新聞を取っていたので見せてもらっていたが、といっても、必ず見るのは「コボちゃん」の英語版くらいだったが、それが非常に巧みにニュアンスをすくい上げているのに感心していた。この翻訳者は英語ネイティヴか(普通はそうだろう)、日本語ネイティヴかと友人と話した。アドヴァイザーを置くか、二人で組んでやっているかもしれないね、と言いもした。
ところがある日、日本語が母語でない人が訳しているのだとはっきりわかった。ネイティヴの日本語スピーカーだったら、子供でもわかるところで間違えていたからだ。具体的にどういうセリフだったかは忘れたが……日本語に明示されない(欠けているわけではない)動作主を完全に取り違えていたのだ。
子供でもわかる……といっても、必ずしもそうではないのを思い出した。「警察に言うと後悔するぞ」――これもマンガ(四コマでなくストーリー)だった(強盗の捨て台詞だ)のだが、私は「こうかい」という言葉がわからず、母に尋ねた。小学校に上がるか上がらないかの頃だろう。母の答えはこうだった。「あとになって、あんなことしなければよかったと思うことよ」まことに的確な説明である。
ところが私はこれを、〈強盗が〉後悔するのだと取ってしまった。被害者が警察に言う→強盗つかまる→「あんなことしなければよかった」とその時になって強盗思う。
実に筋が通っている。
同じ頃だと思うが、やはりストーリー・マンガで、「おとなしくしないと命がないぞ」と刀を突きつけて言う場面を見ていて(物騒なマンガばかり読んでいたものだ)、「命がない」ってどういうことかわかるか、と母に訊かれた。私がかぶりを振ると、「死ぬことよ」と母が答えたのでびっくりした(それまで何を読んでいたんだ……)。次いで、母が言ったのは「命をもらうというのは殺しちゃうこと」であった。
これにはびっくりした。あまりびっくりしたので、この二つの比喩を知った日のことをこの通りいまだに記憶している。
中学時代に、同級生が「後悔先に立たず」というのはおかしい、だってあとになってするのが後悔で、先に立ったら「後悔」じゃないでしょう? と言い立てるので、うんざりしながら説明してやったことがある。だが……考えてみると、今でもこの種の議論をふっかけてきたり、他人[ひと]の文章をそういう読み方で読む奴……いるな。いい大人にいちいち説明してやりはしないが。
ところがある日、日本語が母語でない人が訳しているのだとはっきりわかった。ネイティヴの日本語スピーカーだったら、子供でもわかるところで間違えていたからだ。具体的にどういうセリフだったかは忘れたが……日本語に明示されない(欠けているわけではない)動作主を完全に取り違えていたのだ。
子供でもわかる……といっても、必ずしもそうではないのを思い出した。「警察に言うと後悔するぞ」――これもマンガ(四コマでなくストーリー)だった(強盗の捨て台詞だ)のだが、私は「こうかい」という言葉がわからず、母に尋ねた。小学校に上がるか上がらないかの頃だろう。母の答えはこうだった。「あとになって、あんなことしなければよかったと思うことよ」まことに的確な説明である。
ところが私はこれを、〈強盗が〉後悔するのだと取ってしまった。被害者が警察に言う→強盗つかまる→「あんなことしなければよかった」とその時になって強盗思う。
実に筋が通っている。
同じ頃だと思うが、やはりストーリー・マンガで、「おとなしくしないと命がないぞ」と刀を突きつけて言う場面を見ていて(物騒なマンガばかり読んでいたものだ)、「命がない」ってどういうことかわかるか、と母に訊かれた。私がかぶりを振ると、「死ぬことよ」と母が答えたのでびっくりした(それまで何を読んでいたんだ……)。次いで、母が言ったのは「命をもらうというのは殺しちゃうこと」であった。
これにはびっくりした。あまりびっくりしたので、この二つの比喩を知った日のことをこの通りいまだに記憶している。
中学時代に、同級生が「後悔先に立たず」というのはおかしい、だってあとになってするのが後悔で、先に立ったら「後悔」じゃないでしょう? と言い立てるので、うんざりしながら説明してやったことがある。だが……考えてみると、今でもこの種の議論をふっかけてきたり、他人[ひと]の文章をそういう読み方で読む奴……いるな。いい大人にいちいち説明してやりはしないが。
Web評論誌『コーラ』7号出ました。 http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/index.html
下記の通り拙稿も載っていますが、校正が間に合わず、私はルビとか傍点とかゴチックとか大好きなんですが、そのあたりが何箇所か訂正が必要です(傍点は効果が出ないそうなんでゴチックに統一)。これは編集人の責任ではなくひとえに私の入稿が遅れたせいです。ちょっと今すぐだと意味の通らないところがありそうなので、もう少し経ってから読んで下さいまし。
■■■Web評論誌『コーラ』7号のご案内■■■
●シリーズ〈倫理の現在形〉第7回●
吸血鬼はフランツ・ファノンの夢を見るか?
──「怪物」のユートピアと「人間」のナルシシズム
永野 潤
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/rinri-7.html
●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●
「第8章 哥と共感覚・上」
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/uta-8.html
「第9章 哥と共感覚・中」
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/uta-9.html
「第10章 哥と共感覚・下上」
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/uta-10.html
中原紀生
●連載:新・映画館の日々」第7回●
〈あたしは腐女子(クイア)だと思われてもいいのよ〉
――男性のホモエロティックな表象と女性主体
鈴木 薫
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/eiga-7.html
●コラム「コーヒーブレイク」その1●
往年の西部劇ファンだった各位へ
──映画「シェーン」の背景
品川康介
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/column-1.html
下記の通り拙稿も載っていますが、校正が間に合わず、私はルビとか傍点とかゴチックとか大好きなんですが、そのあたりが何箇所か訂正が必要です(傍点は効果が出ないそうなんでゴチックに統一)。これは編集人の責任ではなくひとえに私の入稿が遅れたせいです。ちょっと今すぐだと意味の通らないところがありそうなので、もう少し経ってから読んで下さいまし。
■■■Web評論誌『コーラ』7号のご案内■■■
●シリーズ〈倫理の現在形〉第7回●
吸血鬼はフランツ・ファノンの夢を見るか?
──「怪物」のユートピアと「人間」のナルシシズム
永野 潤
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/rinri-7.html
●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●
「第8章 哥と共感覚・上」
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/uta-8.html
「第9章 哥と共感覚・中」
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/uta-9.html
「第10章 哥と共感覚・下上」
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/uta-10.html
中原紀生
●連載:新・映画館の日々」第7回●
〈あたしは腐女子(クイア)だと思われてもいいのよ〉
――男性のホモエロティックな表象と女性主体
鈴木 薫
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/eiga-7.html
●コラム「コーヒーブレイク」その1●
往年の西部劇ファンだった各位へ
──映画「シェーン」の背景
品川康介
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/column-1.html
フロイトの末娘は、現代の日本に生きていれば、やおいに才能を発揮しえたであろう人である。フロイトの分析したbeating fantasyの例として挙げられた患者の数の少なさ(どころかその実在の疑わしさ)、男の子が打たれるというのはアンナ・フロイトの(マスターべーション)ファンタジーであり、彼女自身、それについて論文を書いていることなどは知っていたが、アンナの論文が日本語になっているはずもなかった。
Elisabeth Young-Bruehlによるアンナの伝記を読むと、パパ・フロイトも、娘も、彼女のプライヴァシーがばれないように、患者にことよせてそれぞれの論文を書いたことがわかる。また、アンナにはそれ以前に、詩や小説という形で自分のファンタジーを表現していた時期があった。
若い騎士と彼を従わせる年長の男は、実にフロイト的なことに、娘と父の置き換えとされ、近親姦の回避のため男同士に偽装したとされた。アンナは、空想の中では年下の男に同一化しており、そこでは女は脇役としてしか登場してこなかった。アンナは一生独身で(レズビアン説がこの本では否定されている)、自分の性的ファンタジーを学問化することで父の領域に参入することができ(学会でのはじめての発表がこれであった。彼女は患者を診て論文を執筆したとしているが、実際に患者を診察する以前から論文は書きはじめられていた)、フロイトの子供たちの中で唯一、彼の跡継ぎになり、ある意味で息子としての生涯を全うした。
フロイトの伝記はたいていロンドンでの彼の死で終るし、妻が完全に姿を消すのに反比例してアンナが重要な役割を果たすのは周知のとおりだが、実際にはアンナは1982年まで生きていたとこの本で知る。マルト・ロベールの『ファミリー・ロマンス』を読んでアンナが激怒したというくだりに出会ってちょっと驚く。(そんな最近――でももうないか――の本を読んでいたんだと)。フロイトの父は、ロベールが描いたような息子の反抗を誘う厳格なユダヤの家父長はでなく、その正反対の、freethinkerで優しく寛大で受動的な男性だったと、お祖父さんを直接知るアンナは抗議しているのだ。 そういえば、キリスト教徒に帽子を叩き落されておとなしく拾った話を父に聞いて、ハンニバルに同一化したんだったっけ、フロイトは。
『風と木の詩』文庫版七巻の高取英の解説に、竹宮恵子にインタヴューしたとき、少年ジェットがブラックデビルにつかまるところでドキドキしたと竹宮が言ったとある。少女に特有なのだろうと高取は言っているが、むしろ、なぜ、男の子がそういう空想をしない――しなくなり、ブラックデビルと戦うことしか考えなくなる、すなわち自己規制する(それと意識することなく、つまりそうした願望を持ったことさえ否定して)――のかと問うべきなのだ。
大岡昇平は、幼年時に、父に愛されるために女の子になりたいと思ったと、また、お姫さまがさらわれる挿絵の、さらって行く男に父を感じたと書いている(むろん、フロイトを読んだ上で)。悪名高いペニス羨望の男性における等価物を、父に対する女性的態度であるというのはフロイトの卓見だが、別にブラックデビルが父親の置き換えだと固定して考えることはない。逆に、父親と考えたって全然問題なかろう。これは個人の心理学を越えた、アクセス可能な表象の話なのだが。『密やかな教育』で問題なのは(他にもあるが)、そのあたりの(エロティシズムについての)考察が全くないこと。関係ないけど、幼いアンナはBlack Devilと家族に呼ばれていたんだとか(naughtyだったので)。
Elisabeth Young-Bruehlによるアンナの伝記を読むと、パパ・フロイトも、娘も、彼女のプライヴァシーがばれないように、患者にことよせてそれぞれの論文を書いたことがわかる。また、アンナにはそれ以前に、詩や小説という形で自分のファンタジーを表現していた時期があった。
若い騎士と彼を従わせる年長の男は、実にフロイト的なことに、娘と父の置き換えとされ、近親姦の回避のため男同士に偽装したとされた。アンナは、空想の中では年下の男に同一化しており、そこでは女は脇役としてしか登場してこなかった。アンナは一生独身で(レズビアン説がこの本では否定されている)、自分の性的ファンタジーを学問化することで父の領域に参入することができ(学会でのはじめての発表がこれであった。彼女は患者を診て論文を執筆したとしているが、実際に患者を診察する以前から論文は書きはじめられていた)、フロイトの子供たちの中で唯一、彼の跡継ぎになり、ある意味で息子としての生涯を全うした。
フロイトの伝記はたいていロンドンでの彼の死で終るし、妻が完全に姿を消すのに反比例してアンナが重要な役割を果たすのは周知のとおりだが、実際にはアンナは1982年まで生きていたとこの本で知る。マルト・ロベールの『ファミリー・ロマンス』を読んでアンナが激怒したというくだりに出会ってちょっと驚く。(そんな最近――でももうないか――の本を読んでいたんだと)。フロイトの父は、ロベールが描いたような息子の反抗を誘う厳格なユダヤの家父長はでなく、その正反対の、freethinkerで優しく寛大で受動的な男性だったと、お祖父さんを直接知るアンナは抗議しているのだ。 そういえば、キリスト教徒に帽子を叩き落されておとなしく拾った話を父に聞いて、ハンニバルに同一化したんだったっけ、フロイトは。
『風と木の詩』文庫版七巻の高取英の解説に、竹宮恵子にインタヴューしたとき、少年ジェットがブラックデビルにつかまるところでドキドキしたと竹宮が言ったとある。少女に特有なのだろうと高取は言っているが、むしろ、なぜ、男の子がそういう空想をしない――しなくなり、ブラックデビルと戦うことしか考えなくなる、すなわち自己規制する(それと意識することなく、つまりそうした願望を持ったことさえ否定して)――のかと問うべきなのだ。
大岡昇平は、幼年時に、父に愛されるために女の子になりたいと思ったと、また、お姫さまがさらわれる挿絵の、さらって行く男に父を感じたと書いている(むろん、フロイトを読んだ上で)。悪名高いペニス羨望の男性における等価物を、父に対する女性的態度であるというのはフロイトの卓見だが、別にブラックデビルが父親の置き換えだと固定して考えることはない。逆に、父親と考えたって全然問題なかろう。これは個人の心理学を越えた、アクセス可能な表象の話なのだが。『密やかな教育』で問題なのは(他にもあるが)、そのあたりの(エロティシズムについての)考察が全くないこと。関係ないけど、幼いアンナはBlack Devilと家族に呼ばれていたんだとか(naughtyだったので)。
一月中は某原稿を書いていたので更新を休んだ。今日、「コーラ」編集人の黒猫氏から『密やかな教育』送られてくる(書評を書く予定)。まだ増山法恵インタヴューを読んだだけだが、彼女の果たした役割の大きさが、知ってみれば納得できる話でなかなか面白い。結局のところ、個々の作家がいるだけだよなー(独り言)。
++++++++++++++++++++++++++++++++
以下は、パトリシア・ハイスミスの『キャロル』(1952年)から。
変名で出したレズ小説以外はハイスミスの小説はほとんど訳されているとは小林信彦の弁だが、その「レズ小説」である。訳されていないのが惜しまれる。
なぜ載せるかという理由はタイトルをごらんあれ。
「ねえ、リチャード」
「何?」
彼の姿は視界の端にあった。腕を前に突き出して、サーフボードに乗っているかのように跪いている。「今までに何回恋をした?」彼女は尋ねた。
リチャードは笑った。短い、かすれた笑い。「君がはじめてだよ」
「そんなことないでしょ。二回だって言ったじゃない」
「それも数えるなら、あと十二回ってことになる」リチャードは早口で言った。凧に集中しているのでそっけなかった。
凧は弧を描きながら下降しはじめていた。
テレーズは、声の高さを変えまいとした。「男の子に恋したことはある?」
「男の子?」リチャードは驚いて繰り返した。
「ええ」
きっぱりと決定的な調子で、「ないよ」と答えるまでに五秒かかった。
少なくとも彼は言いよどんだ、とテレーズは思った。もしあったらどうする、と尋ねたい衝動に駆られたが、しかし、そう質問する目的はほとんど見つからなかった。彼女は凧を見つめつづけた。同じ一つの凧を見つめながら、二人はなんと違うことを考えていたことか。「そういう話を聞いたことはある?」彼女は尋ねた。
「聞いたこと? そういう人たちのことを? もちろんあるさ」リチャードは今では直立し、糸巻きの糸を8の字に回していた。
テレーズは慎重に話した。相手が耳をかたむけていたから。「そういう人たちのことじゃないの。突然、思いがけず恋に落ちてしまった二人のことよ。男同士とか、女の子同士とかで」
リチャードの表情は、政治の話をしているのと変わらなく見えた。「知り合いに? ないさ」
テレーズは、彼が再び凧を操り、高く揚げようとするまで待ってこう口にした。「だけどそういうことってあると思うの。たいていの人に。そうじゃない?」
(中略)
互いに恋に落ちる娘たちについては聞いたことがあったし、それがどういう人たちで、見た目がどうであるかもテレーズは知っていた。テレーズもキャロルもそうは見えない。けれどもキャロルへの思いは恋のあらゆるテストをパスし、恋を描くあらゆる文章に一致していた。「私にもありうると思う?」テレーズは単刀直入に聞いた。
「なんだって?」リチャードはほほえんだ。「女の子に恋することが? 思うものか。ないだろう、そんな経験。それともあるの?」
「ないわ」テレーズは、奇妙な、歯切れの悪い調子で言ったが、リチャードはそれには気づかなかった。
「また揚がってきたよ、見て、テリー」
凧はぎくしゃくしながらまっすぐ上昇してスピードを加え、糸巻きがリチャードの手の中で回転していた。なんにせよ、これまで生きてきて今が一番幸せだ、とテレーズは思った。それなのに、なぜあらゆるものに定義を与えようと心を砕いたりするのだろう。
++++++++++++++++++++++++++++++++
以下は、パトリシア・ハイスミスの『キャロル』(1952年)から。
変名で出したレズ小説以外はハイスミスの小説はほとんど訳されているとは小林信彦の弁だが、その「レズ小説」である。訳されていないのが惜しまれる。
なぜ載せるかという理由はタイトルをごらんあれ。
「ねえ、リチャード」
「何?」
彼の姿は視界の端にあった。腕を前に突き出して、サーフボードに乗っているかのように跪いている。「今までに何回恋をした?」彼女は尋ねた。
リチャードは笑った。短い、かすれた笑い。「君がはじめてだよ」
「そんなことないでしょ。二回だって言ったじゃない」
「それも数えるなら、あと十二回ってことになる」リチャードは早口で言った。凧に集中しているのでそっけなかった。
凧は弧を描きながら下降しはじめていた。
テレーズは、声の高さを変えまいとした。「男の子に恋したことはある?」
「男の子?」リチャードは驚いて繰り返した。
「ええ」
きっぱりと決定的な調子で、「ないよ」と答えるまでに五秒かかった。
少なくとも彼は言いよどんだ、とテレーズは思った。もしあったらどうする、と尋ねたい衝動に駆られたが、しかし、そう質問する目的はほとんど見つからなかった。彼女は凧を見つめつづけた。同じ一つの凧を見つめながら、二人はなんと違うことを考えていたことか。「そういう話を聞いたことはある?」彼女は尋ねた。
「聞いたこと? そういう人たちのことを? もちろんあるさ」リチャードは今では直立し、糸巻きの糸を8の字に回していた。
テレーズは慎重に話した。相手が耳をかたむけていたから。「そういう人たちのことじゃないの。突然、思いがけず恋に落ちてしまった二人のことよ。男同士とか、女の子同士とかで」
リチャードの表情は、政治の話をしているのと変わらなく見えた。「知り合いに? ないさ」
テレーズは、彼が再び凧を操り、高く揚げようとするまで待ってこう口にした。「だけどそういうことってあると思うの。たいていの人に。そうじゃない?」
(中略)
互いに恋に落ちる娘たちについては聞いたことがあったし、それがどういう人たちで、見た目がどうであるかもテレーズは知っていた。テレーズもキャロルもそうは見えない。けれどもキャロルへの思いは恋のあらゆるテストをパスし、恋を描くあらゆる文章に一致していた。「私にもありうると思う?」テレーズは単刀直入に聞いた。
「なんだって?」リチャードはほほえんだ。「女の子に恋することが? 思うものか。ないだろう、そんな経験。それともあるの?」
「ないわ」テレーズは、奇妙な、歯切れの悪い調子で言ったが、リチャードはそれには気づかなかった。
「また揚がってきたよ、見て、テリー」
凧はぎくしゃくしながらまっすぐ上昇してスピードを加え、糸巻きがリチャードの手の中で回転していた。なんにせよ、これまで生きてきて今が一番幸せだ、とテレーズは思った。それなのに、なぜあらゆるものに定義を与えようと心を砕いたりするのだろう。
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