おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

アルダの歩き方――新ブログ始動にあたって

 拙稿“男と云ふ「秘密」――パムク、華宵、谷崎、三島”が掲載されている、「Web評論誌コーラ」11号が出ました。
 その「プロフィール」欄にも書いたとおり、「アルダの歩き方」というサイトを平野智子さんと一緒にはじめました。アルダとは、J・R・R・トールキンの作品世界での地球の呼び名です。主に『シルマリリオン』(邦訳題『シルマリルの物語』)の読解を扱いますが、その結果は『指輪物語』のとらえ方にも自ずから影響を及ぼすことになるでしょう。

 トールキンについては、すでに過去の「コーラ」誌上に次の二篇を発表しています。

人でなしの恋――『シルマリリオン』論序説(鈴木薫) 
“父子愛”と囮としてのヘテロセクシュアル・プロット――トールキン作品の基盤をなすもの(平野智子、鈴木薫) 

 これまで『シルマリリオン』について言われたことの大部分は、何が書かれているか理解できないままの/ゆえの読み手のナルシシズムの投影であり、願望の押しつけでしかありませんでした。私たちはそうした解釈をもう一つ増やそうというのではむろんなく、それなしでは作品が成立ししえない基本的でコアな構造を明らかにするものです。傲慢のそしりを恐れずに言うなら、これ抜きにはこれからは誰にも『シルマリリオン』について何か言うことができなくなるような性質のものだと考えています。

 たとえば、妹ニエノールをそれと知らず妻にしていたトゥーリンは、ニエノールが入水したことを知り、「これだけが足りなかったのだ。これで夜が来る。」と言って自らの命を絶ちますが、この台詞が何を意味するのか、わかった方はおありでしょうか。「夜」とは何でしょう。絶望とか死とか暗黒とかを指すのだろうと、漠然と思って読み過ごしてしまったのではないでしょうか。

『シルマリリオン』を読みながら注意を払うべきは、類似であり、照応であり、再現であり、反復です(もちろんこれは、通常、小説を読みながら、普通に気づかれるはずのものです)。そしてここでは、数十ページ前で、二本の木の光に照らされた楽園ヴァリノールにはじめて夜が来た時の、再演を、反復を、抑圧されたものの回帰を見るべきなのです。二本の木が枯らされ、三つのシルマリルが奪われ、王フィンウェが殺された時、楽園に夜が到来し、フィンウェの息子フェアノールはその「夜の中へ」()姿を消します。

 つまりトゥーリンは、自分がフェアノールの役をなぞっていることをあそこで言っていたのです。フェアノールがフィンウェを失ったように、彼はニエノールを失いました。それはまた、フェアノールとフィンウェに本当に起こったこと、彼らの真の関係を明らかにするものでもあります。

『シルマリリオン』の序文に収録されている編集者ウォルドマン宛の手紙で、トールキンはトゥーリンの挿話に関連して、オイディプスの名を挙げています。兄と妹がそれと知らず結婚するという意味だと読者は思うことでしょう(ウォルドマンもそう受け取ったはずです)。しかし、『シルマリリオン』の中心にあるのは兄妹ではなく親子の話であり、オイディプスの名はそのことをこそ指し示すのです。

 ウォルドマン宛の手紙には、『シルマリリオン』に関して「天使たちの堕落」という言葉も出てくるのですか、この“天使たち”とは誰のことでしょう。天地創造の時、トールキン世界の“唯一神”イルーヴァタールとともにあったアイヌア(彼らのうち地球に来た者たちがヴァラールです)のことでしょうか。実際、元はヴァラールの一人だったメルコールには、いくらか、神に反抗する堕天使の面影づけがされています。

「天使たちの堕落」とは、実はミルトンの『失楽園』で、アダムとイヴの楽園追放に先立って起こる事件です。『失楽園』で地獄に落とされた堕天使たちは、神が新しく造った地球に近く人間を住まわせるという噂に騒然となりますが、メルコールもまた、中つ国で人間が目覚めるという噂を使って、ヴァリノールのエルフの間に不和の種を蒔こうとしました。楽園の蛇とはサタンの化身に他なりませんが、メルコールもまた、ヴァリノールという原初の楽園に忍び込んだ蛇なのです。

 しかし、エルフの堕落の主役になるのはフィンウェとフェアノールの父子/カップルであり、ついでに言えば、ロマン主義的な暗い美青年、バイロン的叛逆者としてのカッコいい悪魔の特徴はフェアノールに取られてメルコールには残されておらず、彼は徹頭徹尾、道化に過ぎません。彼が楽園の二本の木を枯らし、三つのシルマリルを盗み去るという事件しか表面にはあらわれていないため、ここで犯された原罪が何かは長いあいだ知られないままでした。

 表面にはあらわれていない、と書きましたが、むろん、すべてはあらわれており、それが大多数の人には見えないだけです(たとえば、ヴァラールが原罪が犯された事実を知ったのがいつかは、テクストの中にはっきり指摘することができます)。世界は言葉でできています――トールキンの人工言語というのも、畢竟それを強調したものに過ぎません。トールキンの“異世界”とは、見るからに人工的な、書割、箱庭、ミニアチュールであり、外部から眺める一方、本に添えられた地図を身ながらその中を歩くべきものであって、先入観を持って外から近づき、解釈を押しつけるべきものではないのです(むろんそれは、普通の小説のように読めということ以上を意味するものではないのですが、こと“ファンタジー”となると、多くの評者はそれを忘れてしまうようです)。

 この箱庭世界は、一切を掌握して意のままにあやつる運命の支配者、“唯一神”イルーヴァタール、すなわち〈作者〉を戴く自己言及的芸術家小説でもあります。この世界に、実は宗教は存在しません。“唯一神”の意を受けて地上に降りるヴァラールは神々や天使では全くなく、イルーヴァタールにあらかじめその一部を見せられた映像(いわば予告篇)を実現すべく、アルダの基礎造りからはじまって、舞台装置をととのえてエルフや人間の目覚めを待ち、つつがない上演のためにあらゆる調整に腐心する撮影スタッフといった方が当たっていましょう。エルフもホビットも何があろうと神に祈ったりしませんし、超越的な天国も地獄も知られていません。驚くべきことに、死者を埋葬はしても、葬式という習慣さえ彼らにはありません。不死のエルフも肉体が損なわれれば死ぬことになりますが、その場合彼らは、同じ平面上にある「マンドスの館」に移るだけなのです。

 端的に言ってトールキンの世界は言葉と「萌え」からできています(だから、最近この場所で論じてきたテーマに絡めるなら、「萌え」の抑圧とホモフォビアがあっては絶対に読めないテクストの一つであるともいえます)。「コーラ」に載せた二篇は、平野さんがシャーロック・ホームズだとしたら私がワトスンとして書いたのですが、本家のワトスンよりはホームズと話しながらともに新しい発見をし、自分で考えを発展させもして、いくらかでも寄与をなしえたのではないかと思います。今回のブログではすでに公にしたものと重複する箇所もあるでしょうが、屋上屋を架するとは考えていません。これでもまだほんの基礎固めにすぎないのですから。なにしろトールキンが生涯をかけて作り上げた世界であり、読む方もそう簡単には行きません。アルダの地図を傍に気長におつきあい下されば幸いです。

 邦訳ではなぜかここが「闇の中へ」と訳されて、照応が不完全になっています。
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by kaoruSZ | 2010-08-15 23:19 | 日々 | Comments(8)
Commented at 2010-10-02 00:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2010-10-02 00:56 x
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Commented by kaoruSZ at 2010-10-07 21:38
テレサ 様

コメント有難く拝見しました。『シルマリリオン』ファンの方からこのようなお言葉を頂き、私たちの方こそ嬉しく存じます。

HoMEは最近になってやっと読みはじめたばかりなのですが、引用なさった文章は、HarperCollins版10巻の238ページのものですね。別ヴァージョンが261ページにもあってフィンウェが黒髪であることははっきり書かれていますが(一般ノルドールと同じ黒髪で灰色の目とは推測していました)、blue grey eyedでthe wisest among all the children of the worldであるという記述は見つけられないでおります。該当箇所をご教示いただければ幸いです(横に並んでいる項目のうち「カテゴリ」の上から二番目「売り物」の中にメールアドレスも載せてあります。お好きな方をお使い下さい)。
Commented by kaoruSZ at 2010-10-07 21:40
なお、上の記述は、(目がハートになっていそうな)恋するインディス視点のフィンウェですので、「月のイメージ」とは関係なく、見るからに美化されているのではないでしょうか。「his voice and mastery of words delighted her」というのも、事情がわかると、口がうまくてインディスだまされたんだな(自分を置いて息子を追って行ってしまう男だったわけですから)としか思えません。
Commented at 2010-10-17 20:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2010-10-17 20:59 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kaoruSZ at 2010-11-02 21:30
テレサ様
再度のコメントありがとうございました。実は"He had black hair, but brilliant grey-blue eyes"という記述を見つけたこともあり、すぐにお返事しようと思ったのですが、目下、自宅でウェブに繋げない状態なもので。
He というのはもちろんフィンウェで、私の見たのでは、12巻の357ページの註にありました(教授自身がフィンウェの特徴として註しているもの)。
青灰色でも灰青色でも、黒髪に灰色の目というノルドールの枠からそれほど外れたものとは思えなくて、むしろ個々のキャラの設定の細かい差異化に対する教授の熱意の現われなんだろうという印象を持ちました。
飛び降りでの死ですが、ニエノールとエオルでは全く違い(エオルというキャラクターはフェアノールに重なります)、フィンウェの死は、刊行バージョンだと二本の木と同様モルゴスの黒い槍で刺されてかと思っていましたが、異稿まで見ると、どうも雷に撃たれての死(天罰?)のイメージのようですね。自殺同然だと思います。死んでもいいと思ってメルコールの前に出て行ったのでしょう。
Commented by kaoruSZ at 2010-11-02 21:40
邦訳の出ている解説書で、フィンウェのことをシルマリルを守ろうとして死んだと書いているのがありましたが、そんなことはありえませんね。初期稿を見たら、宝石を守ろうとしてフェアノールの父親が家の前で死んだと本当に書かれていました。でも、この父親はまだフィンウェではなく、フェアノールも王の息子ではありません。
「原シルマリリオン」には現行の父子愛のテーマが欠けており、「失われた道」の父子の要素を入れて、いわばトールキンが自作を材料に「二次創作」した結果こうなったというのが異稿からははっきり見てとれて興味深いです。まあ、刊行バージョンだけでも大概はわかっていたことですが。
フェアノールとフィンウェについてきっちり書いていなかったので、次回はそこをまとめたいと思っています。ご期待に添えるように頑張ります。