おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

鴨沢祐仁の発明

 評判になっているが絶対近づきたくない場所というのがあって、今なら墨田区と台東区のどっちになるかといわれていた段階で台東区の方が縁があるから来てくれるなと思っていてそれは叶ったものの、せんだって不忍池でボートに乗っていたらなんと森の上ににゅっと出ていてしかもせっかくビルの一つも見えない方角だからよけい腹立たしかった作りかけのアレで、朝倉彫塑館の改修が終ってももう屋上に登れば日暮里駅前のビルと一緒にアレを見るしかないのか、江戸東京博物館というところにはじめて行くことになってアレが見えるのは嫌だなと同行者に言われたが近すぎて見えなかったようだ、清澄庭園の景観にも問題なく、なるほどエッフェル塔を見たくなければエッフェル塔に上れということか。古くは東京都庁がえらく西へ移った際、大阪から出張で来た事務方のおじさん(他の担当者は女性で緑一点)に新都庁舎を見てきたんですよと人のよい笑顏で言われ、すごいですねえ、東京ものでもまだ見に行っていませんとでも言っておけばいいものを、あたし新しい建物は好きじゃないんです、と不機嫌な応対をするという大人げないことをした、実際、いまだに行ってないし幸い行く必要もない。

 それが先日、夕方寄ろうと友人に示されたのが某タワー52階の美術館のタダ券で、できた当時若冲の屏風が来ていてさえ行かなかったのにと嘆きながらも、土曜日の午後の新宿御苑でゴロゴロしたあと、これも嫌いな(深すぎて)大江戸線で六本木に到着、建物は思ったとおり夜目にもどうでもよかったが、しかし会場では思いがけず素晴しいものが見られた。現代美術のコレクションで鴨下信一のフィギュア、逆柱いみりの絵等に見入る、中でも惹かれたのは芳賀澄子の箱入り着せ替え人形で、五十年代のファッションをまとい、台紙に黒の細ゴムでハンドバッグや靴も固定されているが、バービーやリカちゃん人形の通俗性が微塵もない。手前に置かれた、一つ一つデザインされた手作りの函の蓋も美しい。

 しかし、何と言っても最大の収穫は鴨沢祐仁の作品であった。「クシー君」にも作者の名にももちろん覚えがあったが、まず驚いたのは作者がすでに亡くなっていたことで、しかも幸福な晩年(というにはあまりにも若すぎる)ではけっしてなかったことは(作品以外の)展示からも察せられウェブで調べて確かめられたが、書いておきたいのはそのことではない。キャラクターを実写化した富士急ハイランドのCMを十数年前にTVでやっていたことは場内のモニターで見て思い出したが、シリーズ化されていくつものヴァリエーションがあったことは知らなかった、それがエンドレスで流されていて、クシー君とウサギが遊園地で遊び回っていたが、しばらく見ているうちに傍に掲げられたイラストレーションとの奇妙な差異に気づくことになった。絵のクシー君は、お洒落な服を着たウサギやクラシックなロボットと歩いていて、ウサギの方が小柄、玩具箱から出てきたようなと言えないこともない連中なのだけれど、CMのウサギはクシー君(絵の髪型に似せているけれど、普通の男の子であるクシー君より花のある美少年)より背が高く、明らかに大人である。同じような背丈の子供をウサギに使っていれば遊び友達という感じになるだろうに、はっきり意図を持っての大人設定、これはいったいどういう関係(の少年とウサギ)なのか?

 その時、あのウサギ、おやじの援交じゃない、と傍の友人が言いはじめた。そういえばウサギの顏も明らかにおやじ……ヒゲをはやしたおやじである。ウサギにヒゲがあるのも顏が毛で覆われているのも当然ながら、無精髭としか見えない顏つきなのだ(あんなに可愛くなくデザインされたウサギも珍しかろう)。それが、ウサギの皮をかぶって少年と遊んでいる……。
 少年誘拐者だね、と私は言った(種村季弘に「どもりの少女誘拐者」なるルイス・キャロル論あり)。遊園地のCMに登場して割引券で遊ぶキャラに、家族連れでも、恋人たちでもなく、少年とおやじウサギのペアである。「好きな人と好きなだけ!」とスポットは繰り返す。「好きな人ってなんだよ」モニターの前で私たちは笑った。「やっぱりカップルなんだ」「わからないと思って言いたい放題だな」

 美少年はあくまで無邪気で、アトラクションに瞳を輝かせて駆け回る。ウサギが先に望遠鏡をのぞいて少年に替わると、魅力的な女性がプールの中から誘っている……次の瞬間、水面に魚の尾がはねて彼女が人魚であることがわかる。これが童話の世界を口実に、生身の女から少年を隔てる仕掛けでなくて何であろう。ウサギは少年に背伸びさせて色っぽい女を見せてやろう(大人の異性愛の世界を覗かせてやろう)というのではない、少年に見せるのは自分の競争者にならない抽象的な女で、コーラス・ガールたちの顏は大きな星形や土星(こうした小道具はむろんタルホ写し)に置き換えられている。

 他にもコピーはいろいろあった。「無邪気な君なんて大好きだ!」「無邪気な私を好きになれ!」怪しいったらないが、もちろんウサギの台詞である。童心を装って何を考えてるんだか、手のつけようがない。このウサギ、名をレプス君といって、主役を張った単行本もあったようだ。おやじウサギになってからの絵も展示されていた。クリスマスの玄関でプレゼントの包みを抱えたまま、コートを脱ごうとしている。
 エンコーウサギ、この子にかなり貢いでるよ、と友人。クリスマス・プレゼントに天体望遠鏡をあげるんじゃない? 
 包みが小さいから望遠鏡じゃないでしょ、鉱物標本じゃないの、と私。望遠鏡は去年もうあげてるのよ。

 制作側、最初からねらってるよね、と友人は言った。こういうのを作ろうと思って、だから鴨沢祐仁を選んだんでしょう。そういうことだね、きっと。富士急ハイランドの希望というより、広告会社で企画したんだよね。作るのはさぞ楽しかったろう。腐女子をあてこんで作ったなどと下司なことを言う奴は当時はいなかったのだ。それにしてもほんとに、わからないと思って……裏にあるのはタルホだし、かなり危ないんだが。

 男の子にしては愛らし過ぎる、あれは女の子ではと気づいたのは帰宅してからだった。検索するとやはり(足穂の言う)“長持ちする少年”で、しかしあっさり“女”になって消えたようだ。ウェブで調べるうち、おなじみクシー君になる前の古い絵柄のクシー君が出てきた。無表情で前髪を切りそろえた大きな目の少年(後年の彼より明らかに一般向けではない)の出てくるマンガは、内容的にもさらに足穂寄り、確かにこの絵柄は見たことがあると思い出したが、それが鴨沢祐仁の作とはその時まで認識していなかった。昔のクシー君は会場で見た遺作のタブローの正面を向いて立った少年にそっくりで、また、生前の作者にも似ていた。いろいろわかったので友人にメールしたが、向うからはさらに驚くべきことを知らせてきた。ウェブで読める対談で、クシー君とレプス君は同性愛的な関係だと作者が明言しているというのだ。公認の仲だったのである。
[PR]
by kaoruSZ | 2010-11-30 22:42 | 日々 | Comments(0)