おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

コンラッド、謎の男たち(2)

2 金髪の少尉――The Warrior’s Soul

 目下参照している『コンラッド短篇集』は、出版は2005年とけっして古くない。訳者による「解説」では、「七〇年代から始まり、今日も依然として盛んなポストコロニアル批評」によって、「植民地主義・帝国主義と文学作品との関連が綿密に論じられるようになった最近の時流の中で」、コンラッドの『闇の奥』が「従来とは異なる視点から考察されることが目立ってきた」ことが指摘されている。「ナイジェリア出身の詩人・作家」某が「コンラッドを人種差別主義者[レイシスト]と「断定的に呼ん」で以来、これに賛成であろうとなかろうと「それを無視して『闇の奥』論を進めることができにくくなっているのがアカデミズムの大勢と言えそうである」というのだ。

 それに対して、訳者は次のように述べる。

レイシスト・コンラッドというのが不変の作家像であり続けるわけではなかろう。ポストコロニアリズムに昏い筆者には、『闇の奥』に限らずとも、長篇はいうに及ばず、一見わかりやすそうな短篇でさえ、難解なところを数多く含むコンラッドの作品は、多種多様な読みを許しているのだろう、というごく月並みな思いしかない。

 見識であろう。ただし私には、「多種多様な読み」が無事共存しうるとは思えないので、時流に乗った政治的な言説で作品をあげつらい、自分が「正義」の側に立っていることを確認する人間が増えた結果、コンラッドの作品を本質的に構成しているものが見過ごされることこそが問題だと思われる。コンラッドに関する限り(実は限らないのだが)、日本は鎖国状態としか思えない。むろん、“出島”では情報更新されていて、英語で普通に読めるようなことも、仲間うちでは論じられているのかもしれないが、それを専門外の読者にまで紹介する動機が今やないのだろうか。

 図書館で、そうした専門の研究者の一人なのであろう人の著書を見つけた。それによるとコンラッドは、まさしく「それぞれの時代によってさまざまな「作家像」を担わされ、時代に「奉仕」させられてきた作家」であって、次々とレッテルを貼りかえられてきたのだという。「帝国主義のかかわりという点でも、ベルギーのコンゴ政策が非難を浴びていた時期には、『帝国主義の糾弾者、白人の良心の代表者』とされ、アフリカの植民地が独立国になって声を上げだすと、逆に『帝国主義の同調者、白人の偽善と無反省の代表者』というそしりを受ける。こうした海外の動向に、日本は後塵を拝して従うのみ、という構図が長らくコンラッド研究のパターンになってきた」(武田ちあき『コンラッド――人と文学』勉誠出版、2005年)。

 さらに著者は、「文学とは本来、時代とともに生きて成長するもので」あり、「時代の変化が、作品に新たな解釈を生む。批評理論の発展が、文学に新たな可能性を開く」のだから、「その意味でコンラッドは、きわめて手ごたえのある作家なのだ」と、むしろ肯定的にとらえ、「起伏に富むコンラッド批評の歴史を経た今だからこそ、そしてディコンストラクション、ポストモダニズム、カルチュラル・スタディーズなどの批評理論が文学と現実の解釈に提供した視点の数々を使いこなせる今だからこそ、見えてきたコンラッドの『作家像』」を自分は提案するのであり、それも「今後の批評理論や文学研究の発展により、いずれは凌駕されていく」はずのものだが、「しかし現時点において可能な限り総合的で説得力に富むものを」提供するのだと主張する。

 こうした“進歩主義的”見解について筆者がコメントすべきことは何もない。ただ、この本の内容が、「現時点において可能な限り総合的で説得力に富む」とは全く感じられなかった。岩波文庫の訳者は、「レイシスト・コンラッド」などという軽薄なレッテルはどうせ一時の流行で長続きしまいと踏んでいて、事実それは正しかろう。しかし、武田のようにポスコロ的なものをたんに素通りして、これまで深刻、真面目、重厚に受け取られてきたコンラッドの小説は、実は笑える面白噺なんだと言い立てたところで、コンラッドの“作家性”の抑圧(“ポスコロ”はそれをやっている)が止むわけではない。

 ただし、武田の本には、『伯爵』について、“「名誉」に準じようとする伯爵の高潔さは、日本の切腹の美にまでたとえられている。その一方、街中で目が合い、心ひかれた美貌の青年が、じつは自分に気があるのではなく自分をねらう強盗である、と判明する間抜けさは、イタリア映画『ベニスに死す』よりもなさけない。”とあるので、そういう話だということはきちんと書いてある。しかし、「それぞれの時代によってさまざまな「作家像」を担わされ」てきた「歴史的変遷」を言うのだったら、『伯爵』が長い間どう読まれずに来たかについても言及しなくてはならないだろう。これでは、同性愛のモチーフが、この一篇に限って、たまたま存在するかのようだ。英語圏では今や常識となっていると思われる、コンラッドの作品の――作家のではないにしても――セクシュアリティを全く押えていないのでは、海外の研究の「後塵を拝し」えてさえいないのではないか。

 また、上の引用に続いて「たまたま所持金がわずかで、いつも持っている時計も修理中、という、強盗もあきれるほどの襲いがいのなさも、かなりダサい。しかも、非常用の金貨を携帯していたことにあとになって気づき、それをはたいて腹ごしらえしているところを同じ強盗に見つかってののしられるに至っては、あまりにも間が悪い。思わぬ形で「ずるい嘘つきのケチじじい」を演じるはめになり、ピエロになりさがってしまう。この「誤解の転落ケース」は(…)むしろ笑いを誘うのである」とあるが、いくらコンラッドは笑えるお話で眉間に皺を寄せて読むものではないと言い立てたところで、政治的なものによる官能性の抑圧をはねのけられるものでないのはすでに述べた通りだ。

 実は、伯爵が被害を語る部分には、なんとなく引っかかっていた(笑えるとかピエロとかいう気はしなかった)。実質的な被害は何もなかったのである。どうしてだろう(むろん、どうしてコンラッドがそのように設定したかという意味だ)。伯爵の被害が精神的なものであるのを強調するため? 大金は取られなかったし、時計も指輪もそのまま手元にある。ネットでなか見検索できるコンラッドの研究書(英文)や、途中までなら読める英文論文を片っ端から見ていて、金品を奪われたという伯爵の話自体、事実とは異なるのではないかという解釈に出会い、なるほどと思った。

 閑話休題。二番目に検討するコンラッドの短篇は、やはり岩波の短篇集にある『武人の魂』(1917年)である。この小説も、語り手に媒介されている点は、『伯爵』と同じだ。だが、黒髪、漆黒の口髭、赤い唇の南イタリアの不良とは対照的に、『武人の魂』で〈私〉の口を通して描き出されるのは、北国の金髪碧眼の軍人である。そして語り手は、モスクワから退却するナポレオン軍を追い、パリに入城した経験を持つ「長い白い口髭を蓄えた」老士官で、「トマソフは、わしたちの中で最年少の将校だった。つまり、掛け値なしの若さが彼にはあったというわけだ」と、かつて知っていた同僚の士官について語る。読者が最初に受けるかもしれない印象に反して、彼は今時の若い連中に向かい、彼らの軟弱さをいましめたり、騎士道精神を鼓舞したりしようというのではない。彼の話すトマソフの物語の意味同様、老士官の語りの動機は曖昧なままである。

◆“情人の唇

 老士官の回想の中のトマソフは、まず、敗残兵の群れの中で剣を鞘に収めようとする、馬上の姿として登場する。彼らは実のところ、ナポレオンの大遠征軍にこの時はじめて遭遇したのだが、もはや魂の抜けたようなフランス兵は身を守ろうという身ぶりすら示さず、さればこそトマソフも(語り手の士官も)早々に剣を収めてしまったというわけだった。

遠目に見れば、汚れやら、あの戦役がわしらの顔に刻んだ独特の刻印やらで、彼だっていっぱしの軍人に見えたろうさ。だが、近寄って彼の眼を覗き込めば、少年とは言わぬまでも、トマソフが本当にまだ若い男だということがすぐわかったろうな。/彼の眼は青かった。秋の空を思わせるような青さだった。そして、夢見るような、楽しげな、無邪気で人を信じて疑わない表情の眼だったよ。額を飾る美しい金髪は、平和なときであれば、見る人は金色の王冠と形容しただろう。

 またしても “過剰なもの”と言うべき男の美しさの記述が突出している箇所である。何に対して過剰かと言えば、これをたとえば「歴史小説」と称して片付けてしまうような立場に対してだ。ふたたび訳者の「解説」を参照するなら、「この短篇は歴史小説の好篇として比較的評価が高い」のだそうだ。「主人公トマソフのような、ナポレオン戦争でパリを経験した青年将校が、遠くロシア革命につながる最初の帝政ロシアに対する反乱であるデカブリストの乱(一八二五)に加わっていったのではないか、また、「西欧人の眼に」のテロリスト・ハルディンの伯父で、デカブリストの乱に関係して銃殺された思われる人物もトマソフのような人物ではなかったのか、と様々に連想の広がる作品」と想像を広げる訳者は、この作品自体についてだけは語らない。やはり、“過剰なもの”は無視されてしまうようだ。

 だが、老士官もその副官も、無視するどころではない。自分がトマソフのことを、まるで小説の主人公のように扱っていることに自覚的な老士官は、自分の副官に比べれば、こんな言い方なぞ大したことはないのだと言いわけをする。「奴は、どんなつもりで言ったか知らぬが、トマソフは情人の唇[lover’s lips]をしていると吐(ぬ)かしおったわ。副官の奴はそんな言い方で、形のよい唇と言うつもりだったのかもしれぬが、たしかに、トマソフは形のよい唇をしていた。(…)トマソフが話しているときなど、副官は聞こえよがしに、あの情人の唇を見てみろよ、とよく言ったものだ。」[強調は原文]

◆仮初の三角形
 
 副官は本当に、いったいどんなつもりでそう言ったのか――副官の(他の)発言について、「真実というのはとてつもなく不条理なものだから、ときに馬鹿者の前に姿を顕すこともある」と語り手も言っているのだから、意地の悪い副官の発言には相当の注意が払われてしかるべきであろう。そんなふうに冷やかされるのも、「ある程度、身から出た錆だったかもしれぬ」と老士官は言う。なぜなら、トマソフは恋物語の主人公であるという印象を、彼自身が好んでした話によって、進んで皆に与えていたからである(しかし、詳しい話は語り手だけが聞いている)。戦争の前年、軍事使節団に随行してパリに駐在していたトマソフは、そこで社交界の中心の、サロンの女主人の知遇を得る。

ともあれ、トマソフはそこに入った。全く無知な若者がだ。まわりを見れば、堂々たる地位にある錚々たる顔ぶればかり。それがどういうことか、貴公たちもわかっていよう。風刺家の言い草を借りれば、せり出した腹、禿げ頭、入れ歯の持ち主ばかり、というわけだ。そんな連中の中に、もぎたてのリンゴのようにみずみずしい、紅顔の美男子が混じっている図を想像してみるがいい。謙虚で、ハンサムで、ものに感じやすい、すべてに称賛の眼差しを投げかけている若い野蛮人の姿を。

 純朴なトマソフは、女に対する一途な献身によって、正式な面会時間以外にも出入りを許されるようになる。ある日、早めの時刻に訪れると先客があった。腹のせり出した名士ではなく、「三十は越していると見えたフランス軍の将校だった。この客もまた、ある程度、彼女から懇意にされていたのだろう」。

 実は『武人の魂』は、若いトマソフとサロンの女主人との恋物語ではなく、不意に横合いから現われて、彼女を通じて彼と関係することになった、このフランス士官とトマソフの関係についての話である。その証拠に、トマソフについては前述のように克明に描写されていながら、女の外見についてはひとことも書かれることがない。老士官の語りはその理由を次のように合理化している。

だがトマソフはまことに手際よく、そういう細部には係わらずに話を進めた、と言っておかねばなるまい。誓って言うが、彼女の髪が黒かったか金髪だったか、その眼が鳶色だったか、碧眼だったか、はたまた、彼女の背丈にせよ顔立ちにせよ顔の色にせよ、そういうことは何ひとつ聞いていないのだから。トマソフの恋は、女の肉体的印象などをはるかに超えた高みにまで達していたのだろう。だからこそ、その女のことを、ありきたりの決まり文句を使って、わしに描写してみせようなどとはしなかったのだ。 [強調は引用者による]

 もっともらしくこう言いながら、年長のフランス士官については、背丈にせよ顔立ちにせよ顔の色にせよ、トマソフの眼や髪と同じように、ちゃんと彼は描写している。

この士官は、そんな軍人の素晴らしい見本のような存在だった。参謀本部付士官で、おまけに最上流階級の出であった。女のように念入りな身づくろいだったが、男らしい堂々たる体格だった。いかにも世慣れた人物という雰囲気を伴った礼儀正しい落ち着きをいつも湛えていた。石花石膏[アラバスター]を思わせる白い額が、健康そうな頬の色と見事に調和していた。[強調は引用者]

(この項続く)
[PR]
by kaoruSZ | 2011-08-17 15:28 | 文学 | Comments(0)