おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

ちょっと違うんでェw

 拙ブログについて、繰り返し好意的に言及して下さってる方を見つけたんだけど――。

 私が、「腐女子の幻想はゲイ男性の貧相な性愛感から彼らを救う」と書いていると、そして、それは“名言”だと……。
 まさか、そんなこと私言ってないからw

 これは、石田論文を批判した2008年の「ウェブ評論誌コーラ」掲載の記事のことでしょう。

http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/eiga-4.html

 コンラッドにしてもトールキンにしても、私はこういう男性たち(彼らが「ゲイ男性」かどうかはともかく。というか、そう呼ぶ必要さえ全くないと思うけれど)の、あるいは「ゲイ・エロティック・ライティング」のアメリカ作家たちの豊かな「幻想」に感嘆こそすれ、「ゲイ男性の貧相な性愛感[ママ]」なんて微塵も思ってないから。

 あ、腐女子は現実のゲイに配慮すべきかなんて、贋の問題を立てる連中の「貧しさ」なら思うけどね。

 ついでに言うと、腐女子がどうこうなんて文章を私は書かない。少なくとも、腐女子とやらを実体化して主語に据えたりはしない。

 で、リンク先に元の文章はあるけれど、そこでは名前を確認していなかった研究者というのは、リンダ・ウィリアムズというアメリカのフィルム・スタディーズの人。ポルノ映画について本を書くためにポルノ映画をたくさん見たけれど、結婚している女である私向けでは全くない男同士のフィルムに萌えた[意訳]と、出来上がった本のあとがきで言っているわけ。

 彼女を腐女子と呼ぶとしたら――そうだねえ、パムクの『わたしの名は紅』に出てくる、十七世紀の細密画家を“ゲイ”と呼ぶようなものじゃない?

 その先を終りまで引用しておく。三年前の文章だから、私自身、立ちどまって他人の書いたもののように読むところがあるけれど、特に注釈のいる文章じゃないでしょう。

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 既婚の女のためのポルノグラフィが考えにくいのは、彼女の性的欲望が家庭内に封じ込まれ、もっぱら夫との関係のうちにあると考えられるからだろう。それは生殖という目的に添って組織されたセクシュアリティを持ち、思春期に月経がはじまって自分が女であることを自覚し、異性間性交し、妊娠し、出産し、子育てをして、更年期を迎える女だ。

 だが、むろん、そんな女などどこにもいない

 彼女は現実の異性愛に飽きたらず、ゲイのイメージを利用したのだろうか? これは必要悪であり、いつの日か「[異性]愛の再発明」(ランボー)が実現した暁には、男との性愛における彼女のみじめさは取り除かれ、彼女はもはやゲイポルノに性的昂奮を覚えなくてすむようになるのだろうか? いや、異性愛が再発明されることがあるとすれば、それは異性愛が唯一の「正しい欲望」ではないと認められる時だろう(それに、再発明される日まで異性愛のすべてが〈悪〉というわけでもあるまい――そこまで異性愛を「ガチ」と思い込まずともいい)。

 ゲイポルノで「萌え」られる彼女は、幸いなことに真理に――彼女の「正しい欲望」に――至りつくことがない。

 彼女は女であることのみじめさから救われるためにゲイのイメージを利用したのだろうか? いや、むしろ、彼女はやおい化することによって、男のファンタジーを救うのだ。彼女の欲望はゲイのファンタジーを「やおい的なもの」にする。同じものに性的昂奮を覚えても、その主体が女であれば「やおい」である――だから、(やおいが差別するのではなく)「やおい」は差別語なのだ。だが、そのとき、ゲイのファンタジーもまた(ひいてはゲイ・アイデンティティそのものも)、それが仮の命名に過ぎず、自分が単一の実体ではなく複合的に構成されたフィクションであることを、「自律」したものではありえぬことを明かすだろう。享楽する者の身元をそのとき誰が尋ねようとするだろう?

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by kaoruSZ | 2011-08-20 14:41 | ジェンダー/セクシュアリティ | Comments(0)