おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

父子迷情

 今年四月上旬のこと。節電中のかつてない暗い渋谷で、二日続けてソクーロフの映画を見た。『ファザー、サン』の始まり、何も知らないでセリフなしで見たらゲイポルノと思うだろう。どの部分かも判然としないまま、抱き合い、揉み合っている肉体、開いてゆく口(?)――身体のどの開口部かもわからない(だいたい、映像の出る前からタイトルの後ろでハアハアいっていた)。息子が悪夢をを見て殺されそうになったところを、父に起こされ、助けられたのだと判明。父の胸にすがる息子。といっても子供じゃない。そして父……若すぎる!(エルフの父子かw)。昔見た『マザー、サン』は老母と息子の、これも周囲から隔絶した愛だったが、こちらもチラシには退役軍人の父と軍人養成学校の生徒の息子とある。誰だって、年寄りかと普通思うだろう。あと、父子の確執とかのテーマかと。だが、そんなものはまるでなし(トールキンと同じ!)

 父が二十歳の時の息子で、妻は(都合よく)早く死んでしまったそうだ(トールキン!)。学校に面会に行って、同級生に息子を呼ぶように頼んで、父親なんだとわざわざ断っている。そりゃ、彼氏にしか見えないもの。息子の彼女も面会に来るが、私よりお父さんの方が大事なんでしょうと愛想づかしされる。全く、どういう映画なんだ。父子だと言えばなんでもできるのか(神話を口実にヌードを描けたようなもの)。前の日に見た『ボヴァリー夫人』は、夫と恋人たちには別人のような美女に見えているとしか思えない、鳥ガラのような険のあるエンマで、レオンとの情事が母子相姦にしか見えなかった。夫と、そして二人の情人と、律儀に全裸のセックス・シーンが繰り返されるが、『ファザー、サン』の一場面ほどにもエロティックでなく、夫婦の朝食のポットにとまる夥しいハエのように、昆虫の生態と思って撮っているとしか思えない。

 中国語のタイトルは『父子迷情』だという。ためしに検索してみたら(中国語は読めないけれど)文の最後に「一対恋人」の文字を見つけた。さすがにそう思わない人はいまい。トールキンの『失われた道』、ソクーロフなら撮れるだろう。



トールキンと『失われた道』については、以下に書いた。
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/kikou10-1.html
http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/eiga-9.html
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by kaoruSZ | 2011-10-04 16:06 | 批評 | Comments(0)