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by kaoruSZ

tatarskiyの部屋(10)NHK大河ドラマ『平清盛』における同性愛の意味づけについて

NHK大河ドラマ『平清盛』における同性愛の意味づけについて



8/26 追記あり http://kaorusz.exblog.jp/18889616/


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RT: 大河見てた。来週怨霊ホラー回で崇徳院退場予定か。それを見たら前にも言ったことがあるけど文章を書く予定。ドラマとしては完全に出来のいいアニメの延長として面白いと思うけど、同性愛の意味づけ周辺で言っておかないとまずいことが色々あるし、「ホモは女のせい」ってふざけた態度は放置できない。(2012.7.29)

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表アカでの予告ポストを引いてきたが、実際に先週の崇徳院退場回を見た感想としては、予想の範囲内であったとはいえ、はっきり言って崇徳院じゃなくて私が憤死しかねない勢いで腹が立った。ネタを先に言えば典型的な健全なホモソーシャル(勝ち組)vs不健全な明示的同性愛(負け組)の構図だった。

要はあのドラマの中での明示的な同性愛の要素は、保元の乱の敗者である頼長&崇徳院の「負け組であり、悪役である由縁」として設定されていて、それは主人公である清盛たちの「健全でホモソーシャルな友情や主従愛や兄弟愛」に敗北すべき運命にあるという描かれ方で見事なまでに一貫していた。

先週の崇徳院の生霊が起こした嵐の中で絆を確認しあう男たちの描写なんて、もう完全にその縮図だった。TLでは経文じゃなくて西行を海に投げろコールが巻き起こってたけど、ここまでちゃんと見ていた人たちなら誰でもそう思うわな。あのドラマの崇徳院って実はジェンダーとしては“女”なんだよね。

西行への崇徳の片思いの描写って、このドラマの中での負け組フラグ=同性愛を崇徳に背負わせつつ、伝説にある母親の待賢門院と西行の悲恋の話と繋げてそれを崇徳の失恋の原因にすることで、主人公の友人ポジションである西行の方は“ノンケ”として免罪するという見事なパズルになっている。

だから退場回での怨霊化も史実とは意味づけがまったく違う。史実ではあくまで政争の敗者としての“男”の怨念だが、有り体に言えばドラマの中では出生の秘密ゆえに父の愛に恵まれなかった辛さを遠因とした同性への片思いと失恋、致命傷になったのは我が子を失った悲しみという、完全に“女”の情念。

つまりは父(鳥羽院)や片思いの男(西行)の愛を得られなかった“女”が、それ故に男たちのホモソーシャリティの敵になってしまったという話なわけで、要はあの大河での崇徳の怨霊化は完全に“魔女化”だったわけだ。

ちなみにノベライズでは崇徳が息を引き取る場面で聞こえる声は例の子供が謡う遊びをせんとやではなく、西行がかつてその心を解してやった崇徳本人の御製(百人一首のアレ)を詠みかけてやる声であるらしい。その方が露骨な分だけまだしも浮かばれたろう。国営放送では修正が入ったのかね?

話が前後するが、息子の重仁親王が生まれたことが描かれてもその母が出てこないのも、作中では崇徳自身が“女”だからだ。崇徳の出生そのものに象徴される朝廷の昼メロ的な泥沼劇──男女の裏切りやそれに端を発した親子のすれ違い──は“女性的”な属性であり、それは清盛たち武士によって刷新されるべき旧体制の病理そのものでもある。言うまでもなく武士が象徴するものは健全なホモソーシャリティとしての“男性性”である。朝廷という“女”の病理に、武士という“男”が勝利するに至るまでの物語の図式であるわけだ。

崇徳はこうした構図を象徴する、その結果としての“哀れむべき被害者”であり、そのために彼には同性への愛という“女性的病理”と、それに至るまでの同情すべき理由付けの物語が設定されているのだ。

崇徳のそれに比べれば、頼長の同性愛が担っていた役割は単純なものである。清盛と弟の家盛の“健全な兄弟愛”を危うくし、家盛の死の原因となるべき悪役の悪事であり、彼自身その報いとして敗死すべき伏線を張るだけだ。
ちなみに悪や病理としての同性愛とそれに対比される“健全な絆”がセットになっているのは、崇徳の西行への片思いに対する、西行と清盛の友情も同じである。

頼長のそれ以外の役割も、これもまた武士のマチスモに対比されるべき「いけ好かないインテリ、鼻持ちならないエリート」というものであり、義朝から彼が主人である頼長の陰険さと書痴ぶりを嫌っていることを聞いた清盛が「珍しく気が合う」と喜ぶのと、その直後に二人の紐帯となる女(常盤御前)が登場するのは象徴的だ。言うまでも無く、直接的な同性愛のタブー化と女を介した連帯の強調、それが悪役の明示的な同性愛とセットとされるのは、ホモソーシャリティの描写の定石である。

また息子の義朝と異なり、それまではあくまで頼長に従順だった為義が、保元の乱の最中に自分を守れと言う頼長を罵るきっかけも、戦闘の現実を知らない知識人頼長が夜襲の案を退けたために劣勢となり、最期まで心ならずも息子と敵対した為義を気遣う忠臣であった鎌田通清を失ったことに激昂したためで、このことからも、基本的に頼長が他の男たちの“男同士の絆”のネットワークからは排除された、それに対する“引き立て役”として配置されていたことがわかる。頼長自身にも唯一“健全な絆”として信西との友情とライバル関係があるが、これは頼長に続いて彼に勝利した信西自身が破滅に至る伏線である。

その前夜までの悪役ぶりとは一転し、乱に敗北した後の頼長の最期は、父の忠実に一目会いたいという切なる願いと、同じことを望みながらも罪人となった息子と対面することは叶わない忠実との親子の情愛のドラマによって締めくくられているが、これは信西が自らが政敵として葬った頼長の遺言を目にし、それによって政治への志しを新たにする描写と合わせて、頼長を最後にホモソーシャルの内部の“共感可能”な人物としてあらためて位置づけ、それによって信西もまた志しのゆえにかつては友でもあった政敵と同じ運命を辿ることを予告するためだ。

信西が遺言を目にする場面で、在りし日の頼長が初めてその息子たちと共に描かれることも象徴的である。最後には不気味な男色家の悪役としてではなく、父に愛された息子として、息子に志しを伝えようとする父として、そして遺言を通してかつての友に決意を新たにさせる政治家として描くことで、頼長の存在は完全に親子愛とライバルとの友情という健全なホモソーシャルの内部へと回収され、視聴者にとっての印象のある種の浄化と、平治の乱での信西の破滅への伏線の設置が同時になされるわけだ。

明示的な同性愛のみが描かれ、当然あるべき妻妾との関係が描写されないという偏りは崇徳と同じであっても、頼長の場合はあくまで社会的な立場とそれに基づいた同性との絆を持つ“男”であり、父からは嫡男とも望まれた愛された息子という、ある意味では崇徳とは対照的な位置づけを持っていて、それ故にこそ最後にはホモソーシャルの内部に迎え入れられることが約束されていたともいえる。同性愛の意味づけに関しては単なる悪役であるのも、同情できる説明が与えられていた崇徳の場合と正反対であるが、これも結局は頼長は“男”であり、崇徳は“女”であったからだ。

頼長の行動は悪事としての同性愛も含め、あくまで自律的で社会的な力を持つ“男”のそれであり、それ故に責めを負うべき“悪役”でありえたのに対し、実は崇徳には男としての社会的な関係と呼べるものが何一つ無い。

崇徳はその母の不義による出生の時点から、「思うままにならぬ」運命に翻弄され、他律的な存在であることを周囲から強いられ続ける。その苦悩は、父には愛されず母にも心をかけられない孤独の内に育ち、思いを寄せた男は母と密通し、弟にも裏切られ、最後には我が子に先立たれて絶望するという、完全に私的な愛情問題に終始するものだ。我が子を帝位に就けようと望むのも、白河院が鳥羽院を疎んじて実の子である崇徳を帝位に就け、それを恨んだ鳥羽院が今度は“叔父子”崇徳から実の子近衛帝へと譲位させるという愛憎の連鎖の一環であり、それがドラマの中における「父としての息子への愛情の証し」と「自らの父への報復」を意味するからだ。崇徳は権力者だった父に愛されず、それ故に半ば社会的に疎外され、他律的に生きることを強いられていた自らの力を取り戻すために、「我が子を愛し帝位に就ける父」として自らを愛さなかった父に成り代わろうとしたのであり、それは自らに他律的な存在──つまりは“女”であることを強いてきたものに抗おうとする試みでもあった。だがそれは敗北に終わり、崇徳は流罪となることによって今度は完全に社会から疎外されてしまうのだ。

崇徳が写経した経典を後白河の許へ送り、それが父に抱かれた幼子の未来の高倉帝に引き裂かれて戻ってくるのは、かつて崇徳自身が鳥羽院に送られた写経の文を引き裂いたことの反復であると同時に、父に愛された息子(高倉帝)からの、父に愛されなかった息子(崇徳)への意図せざる残酷な仕打ちであり、それは崇徳の生涯に及ぶ敗北と疎外そのものが、父に愛されなかった故であることの象徴である。讃岐に流され、政治的な力を全て失った崇徳は、意識的には自らの手で大乱を引き起こしたことの償いとして写経を送ったのであるが、その真の望みは形を変えた父との和解に他ならなかったのだ。それを残酷な形で拒まれ、我が子にも先立たれることで“愛の対象”全てを失い、悲憤のうちに怨霊と化すのだ。つまり崇徳は最後まで、父という男から愛されなかったが故に周囲からも疎外され、それでも愛されることを求め続けた“女”であり、それはこのドラマにおいて、実は「父から愛される」ことこそホモソーシャルの構成員としての一人前の“男”であるために不可欠な条件であることの逆説的な証明である。父に愛されなかった崇徳には男たちの連帯に参与する資格が無いのだ。先述したが、崇徳と頼長との決定的な違いもそこにある。

彼に一人前の“男”である資格を与えてくれる“息子を愛する父”とは、たとえば清盛にとっては忠盛であり、義朝にとっては為義であり、頼長にとっては忠実であり、頼長の息子たちにとっては頼長であり、頼朝にとっては義朝であり、清盛の息子たちにとっては清盛である。

それは、彼を自らの後を継ぐ者として承認し、彼に自らと同じ目的を与え、そのために連帯すべき最初の“男”となることによって、彼をホモソーシャリティの輪の中に参与させてくれる相手である。「父に愛されない」ことは、この同性に求めるべき“健全”な承認と交際のモデルから排除されることなのだ。

実はもう一人、“父”との関係に障害を抱えていたが故に“男”であることに失敗していた人物がいる。他ならぬ鳥羽院である。絶対的な権力者として君臨する祖父白河院に抑圧され続け、妃である待賢門院を寝取られ続けた上に不義の子である崇徳を押し付けられ、白河院自身が崩御した後もその影に脅え続け、それから逃れるために新たな妃として迎えた美福門院と待賢門院との女の争いの板挟みになり、右往左往し続けた鳥羽院は、要は“父”に脅えるあまり男としての自らに自信が持てず、それゆえに女に縋り、女に支配されるという悪循環を生きていたのであり、“叔父子”である崇徳を疎んじたのも、怒りや憎しみではなく白河院の影への脅えと、待賢門院への愛憎の分裂ゆえに崇徳を“藁人形”にしていたのであり、それ自体が逃避であったに過ぎない。鳥羽院のこうした女々しさがホモソーシャリティに相応しいはずもなく、“男同士の絆”とは無縁なのは当然だ。

つまり彼自身“男”であることに失敗していた鳥羽院には、最初から息子を“男”として承認してやれるような父性など欠けていたのであり、実はそれこそが彼の妻や息子たちも含めた関係性の病の大元だったのである。そしてその全てが鳥羽院の白河院に対する萎縮に起因することは言うまでもない。

先述したが、こうした朝廷の人々の病理は清盛と彼を中心とした男たちの健全なホモソーシャリティに対比させられている。だが清盛自身、本来は白河院の落胤であったのを忠盛が引き取ったものとして設定されており、つまり同じく白河院を実父とする崇徳の不幸と挫折は、異母兄清盛の成功のネガなのだ。

そして崇徳と清盛との差をもたらしたのは、言うまでもなく“父”からの愛と承認の有無である。養父である忠盛から惜しみない愛情と薫陶を与えられ、“父のような男”であろうとした清盛には彼を慕う仲間が集い、清盛は彼らを率いて、実父である白河院を象徴する旧体制としての朝廷に挑み勝利するのだ。

白河院の影をものともしない清盛の強さは、当然それに脅え続けていた鳥羽院からも一目置かれる要因となり、それまでは兄崇徳と同様、女々しい父と空虚な母の間に放置され、投げやりな不全感を抱えていた後白河もまた、清盛に親しみと競争心を抱いたことによって大きく成長し、後には幼少の頃の清盛の庇護者であった乙前(祇園女御)から自身も精神的な支えを受けて即位に臨んだことで、崇徳との決定的な差をつける。後白河は平治の乱後の滋子との婚礼(滋子が乙前と同じく例の今様を口ずさんで後白河の目に留まるのも示唆的である)によって名実共に清盛の義兄弟ともなるが、実は登場した時点から、後白河はいわば清盛の“弟”として設定されており、彼はその繋がりによってこそ男たちのホモソーシャリティの中へ加わりえたのである。そしてこれもまた、疎外され続ける“女”であることを運命づけられた兄崇徳との残酷な対比となっているのだ。

清盛が理想的な“男”になりえたのは、忠盛という健全な男の養子となることで、白河院の影に支配された“女”の病理の巣窟である朝廷から逃れたからであり、成長した彼がそこに変革者として影響を及ぼすことは、彼のネガである崇徳に対して悲劇的な結果をもたらす運命にあったのである。

同じ白河院を実父としながらも、理想的な養父に育てられ、武士として生きる術を身につけて自ら運命を切り開けた清盛とは逆に、崇徳は父からは奔放な母の不義の子として疎まれ、愛に餓えたまま閉鎖的で病んだ宮中に閉じ込められるようにして育ち、そこから逃れる術などあろうはずはなく、その孤独な心を和歌を通して唯一解してくれた男──西行に思いを寄せたものの、あろうことか母との密通という形で裏切られるのだ。これは自分を不義の子として産んだ母の奔放さにも再び裏切られたに等しく、つまり崇徳は父に疎まれたことによる周囲からの疎外によって“男”になることを阻まれた上に、男からの愛を乞う“女”としても、その孤独感の元凶でもある母に敗れたのである。西行を失い、父にも死なれた後、崇徳は我が子を帝位に就けることで“男”になろうと試みるが、先述したように、このドラマにおいては父から愛されなかった者は“男”とはなりえない以上、この試みは敗れる運命にある。

和解を望んで書写した経文を引き裂かれ、我が子重仁親王を失ったことで怨霊と化した崇徳は、いわば父からのそれに起因する「愛されなかった」ことへの恨めしさの化身であり、これは先述したように女性的な情念である。

その悲憤の標的が清盛であり、その次男基盛の命を奪って皆を嘆かせたとされているのも、清盛こそ崇徳にとって「そうあることができなかった」自らの分身そのものであり、父と子と兄弟の愛とは、彼が疎外され続けたホモソーシャルで健全な絆そのものであるからだろう。

崇徳は一貫してこのドラマにおいて、あらかじめ敗北を運命づけられた本質的に女性的な存在であり、それは主人公であり勝利を約束された理想的なヒーローである異母兄清盛のネガとして対置されている。彼はいわば清盛の“妹”だったのであり、悲劇の“裏ヒロイン”であったといえよう。

長くなってしまった。 これでもドラマの中での同性愛に対する意味づけに絞るつもりだったのは変えていないはずなのだが。ちなみにこれまでに述べた通り、 同性愛が悪役&負け組の符牒とされている以上、 後白河に関してそうした要素が付与されることはありえないので、 信頼は単なるお笑いキャラだった訳だ。

だがそもそも、 同性愛が悪や病理というネガティブな意味づけを持たされていること自体がまったくの借り物なのだ。 院政期に限らず近代以前の本邦においてはそれは単なる“嗜み” であり、 今回の大河の登場人物たちも、史実としては現代人からすれば呆れるほどにフリーダムな両刀遣いであったに過ぎない。

つまりは同性愛をある限定されたネガティブな意味づけに押し込めることで特定のキャラクター性と結び付け、 それをイノセントなホモソーシャリティと対立させることでドラマを成立させているのであり、こうした約束事は言うまでもなく、 本質的にキリスト教文化圏である西欧由来の舶来品である。

要は今回の大河での同性愛の扱いは、「 明示的に描くなら敗北すべき悪役のものに限る」 という昔のハリウッドのヘイズ・コードの類であるにすぎず、 国営放送の看板作品がそうした法則に則っていることそのものが、 ドラマ自体の出来とは別に、現代の日本社会での同性愛への認識の程度を示しているだろう。


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by kaoruSZ | 2012-08-25 05:48 | 批評 | Comments(0)