おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

ハンカチと赤い手帳『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(4) by tatarskiy

ハンカチと赤い手帳
――ガイ・リッチー監督『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(4)          

tatarskiy

(3)から続く

手帳と鳩
場面は昼のエッフェル塔下のカフェへと移り、待ち合わせの時間に遅れて現われたホームズは、ワトソンにモリアーティを尾行して得た情報を話して聞かせ、画面にはその尾行の際の様子が映される。ホテルのラウンジで昨夜の爆破事件の記事が一面に載った新聞を広げているモリアーティ。そこにやってきたモランが「後四十分で列車が出ます」と出立を促す。二人がラウンジから出て行こうとすると、手前には眼鏡に白い髭面の老人に変装してこのやりとりを聞いていたホームズがいる。二人とは別の通路を通って先回りしつつ、早変りで今度はホテルの制服を着たポーターに変装すると、何食わぬ顔で、やって来たモリアーティの外套を預かろうとするが、鞄だけでいいと断られる。画面が一瞬カフェでの会話に戻り、ホームズが「だが……」と言葉を継ぐと、画面には再びホテルの廊下を連れ立って歩くモリアーティとモランの姿が映る。モリアーティがどこか嬉しげに「いつものあれをする時間なら十分あるだろう (We have enough time for me to indulge my little habit.)」とモランに向かって言い、モランも「ええ(Yes.)」と答えて微かに笑うと、画面はモリアーティが公園のベンチで鳩にエサをやりながら例の赤い革の手帳を広げている情景に切り替わる。ホームズの声がナレーションとして被さりつつ画面は再びカフェに戻り、モリアーティの言う「いつものあれ」とはチュイルリー公園の鳩にエサをやることで、列車の発車時刻までにそこから行ける駅はパリ北駅だけであり、そこからベルリン行きの列車に乗るつもりであろうことを突き止めた次第が語られる。

上の場面で表に出ている情報の中で最も重要なのは、モリアーティが「いつものあれ」と言っただけでモランには何のことか了解しうるという形で示される、彼らの日常的な親しさだ。おそらく彼以外にそれを鳩へのエサやりのことだと理解しうる人物は、彼らを尾行していたホームズのほかには存在しないのであろう。これまで詳述してきたように、モリアーティとモランの親密さは常にお互いだけに通じるなんらかの“合図”や“符牒”という形で表現されており、その形式自体が“言葉にできない秘密”を象徴している。

例の手帳はこの公園の場面が二度目の登場になる。先述したクライマックスでの種明かしの席で、ホームズは、変装してオスローでの講義に潜り込んだ時にモリアーティのポケットにあったこの手帳に目をつけていたこと、鳩にエサをやりながら手帳を開く彼の姿を見た時に、その内容が彼自身の犯罪とそれによって得た隠し資産の在り処を暗号化して記したものであることに気づいたこと、それ以来ずっと手帳を手に入れる機会を窺っていたことを自ら語っているが、繰り返しになるが重要なのは、手帳と暗号の初出がモリアーティとモランのやりとりの場面であったことであり、それ自体が彼らの秘密裡の“親密さ”の象徴であることだ。

そしてもう一つ重要なのは、ホームズが手帳に書かれていることの内容に気づいたのが、鳩にエサをやりながらモリアーティが手帳を開く姿を見ていた時だったと言っているのは、なぜ手帳の内容がわかったのかという合理的な理由付けにはまったくなっていないことだ。だが裏の意味を読み取れば、実は鳩へのエサやりというシチュエーションと例の手帳というアイテムの重なり自体が、「ホームズがモランと同様にモリアーティの秘密の内容を理解した」ことを意味しており、それはそのままホームズが“二人の秘密”について知っているということなのだ。繰り返し書いているが、モリアーティの陰謀とは完全に表向きの筋書きを構成する口実である以上、ホームズがモリアーティを尾行することで目にしたものは、実はこの場面に至るまでに観客自身が見てきたそれと同様、彼とモランとの親密さそのもの以外にはありえず、例の手帳とはその象徴であることを理解したからこそ入手することにこだわったのだ。

二組の“カップル”
そして次に、ある意味ダメ押しのような決定的な場面であるのが、これも先述した武器工場で、ワトソンが瓦礫の下からホームズを救出して互いの絆を確認する場面の直後のそれである。ホームズとワトソンの脱出が描かれた後、画面には先ほどワトソンがホームズを救出した瓦礫の山で、今度はモランがモリアーティを助け出そうとしている姿が映る。取り除けた瓦礫の下にモリアーティの姿を見つけたモランが「教授」と呼びかけると、モリアーティは呻きながらも懸命に顔を上げ、彼を制止するように片手を挙げながら「私は大丈夫、私は大丈夫だ。(I’m all right. I’m all right.)」と繰り返し、「私の世話をして時間を浪費するな。(Don't waste time attending to me.)」と命じる。丁度その時部下たちが駆けつけて来るが、モランは彼らを振り返ってドイツ語でホームズたちを追うよう命令すると、再びモリアーティに「必ず奴らを見つけます。必ず奴らを見つけます。(I’ll find them. I’ll find them.)」と繰り返し、怒りの表情でその場から立ち上がる。

この後ホームズとワトソンを追跡したモランは、他の部下たちがすべて返り討ちに遭い、自身もワトソンに撃たれて一度は倒れ臥したにも関わらず、執念で再び起き上がると、通りかかった貨物列車の貨車に乗り込んで逃げようとしていたホームズたちを目がけて発砲する。弾は彼らに同行していた案内役のジプシーの一人に命中し、もう一人のジプシーが悲痛な声で仲間の名前を叫ぶ。それを聞いたモランが肝心のホームズたちを撃ち損じたことを悟って執念深い怒りを滲ませた表情を映しながら、逃亡と追跡の場面は終わる。

ここに至る以前の場面では常に不気味なほど落ち着き払った態度で描かれていたモランに、これほどの怒りを覚えさせたのは、モリアーティに危害を加えられたことであるのは説明するまでもなく明らかだろう。この場面以外では、彼が殺人を実行したのはただモリアーティの忠実な手足として淡々と任務をこなしていたに過ぎず、彼がはっきりと自分で殺意を持って相手を殺そうとするのはこの場面だけである。モリアーティがモランに向けて自分が無事であることを強調し、自分の世話をして時間を浪費するなと言ったのは、そう言わなければ自分の傍を動こうとしないことがわかっていたからだ。そして言うまでもなくここでの二人のやりとりは、つい先ほど同じ瓦礫の下から救出し救出された、もう一方の二人のそれと完全に重なるものなのだ。もうおわかりであると思うが、この一連の場面が真に強調しているのは、ホームズとワトソン、モリアーティとモランという、この二組の“カップル”の同一性そのものである。

“私は彼を愛している”
これまで詳述してきたように、モリアーティとモランの関係のキーワードとは“言葉にできない秘密”そのものであり、それは実はそのまま、ホームズとワトソンの関係にも対応するものだ。レストランのホールでのアドラー毒殺、講演後のサイン会での暗号とチケットをめぐるやりとり、そして武器工場での瓦礫の下からのモリアーティ救出、モリアーティとモランが共に登場するこの三つの重要な場面のすべてで、本章の冒頭で述べたように、 “秘密”は言葉の代りに小道具やシチュエーションによって表わされている。そして、その“秘密”とは言い表せばどんな言葉になるものなのか。もうお気づきになっていることだろう。それはただ一つだけである。「私は彼を愛している」という言葉だ。

最初のアドラー殺しの場面における、二人の男が親密な合図を交わしあいながら、冷然と眉一つ動かさずに女を謀殺した情景は、言うまでもなく、彼らの暗黙の親しさとそれと反比例するかのような“女嫌い”の表出であり、サインを求める来場者の前での暗号とチケットをめぐるやりとりは、彼らの親密さそのものが、公式な社会的関係への裏切りであることの暗示である。この二つの場面をそれぞれ言葉に“翻訳”してみれば、それは「私は彼を愛しているから彼女を殺す」「私は彼を愛しているから社会を裏切る」というものでしかありえない。

そして、ホームズがモリアーティから奪った手帳に暗号として記されていたのも、この「語ることを許されない愛」にほかなるまい。それが表向きの筋書きの中では犯罪の証拠であり、それによって得た資産の隠し場所を記したものであること自体、ホームズが「悪者が罪を犯すのに理由など無い」と言い張っていたモリアーティの犯罪の真の動機をそのまま明かしてくれている。彼が彼の愛する男と共にしていることは、彼らの愛を「語ることを許されないもの」にし続けている、世界とそのモラルに対する復讐なのである。(続く)
[PR]
by kaoruSZ | 2012-11-18 23:59 | 批評 | Comments(0)