おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

tatarskiyの部屋(18)「”Sherlock”に見てとれる「美しい友情」の代償としてのホモフォビア」への反響1

RT @tanadanada BBCシャーロックのホモフォビアについては恥ずかしながら言及されるまで考えてもみなかったけどゲイティス氏だったかモファット氏だったかが前に「これシャーロックとジョンのラブストーリーだから」みたいなこと仰ってた記憶があるので制作サイドとしてはシャーロックとジョンのホモソーシャルを主張するというよりもホモソーシャルとホモセクシャルの間というかそのどちらにも属さない関係を提供するためのアレかと思ってたよ

でも「この二人仲良しすぎだろ」→「ホモなの?」→「ホモじゃないってさ」→「ホモじゃないにしてもただの友達ではないよね」っていう流れ作るための展開なのかと

友達だけどただの友達じゃないよっていう

そこにホモフォビック的な意思は感じなかった 私が(今のところ)ヘテロセクシャルだからそういうのに疎いだけかもだけど


@tatarskiy1:@tanadanada @tatarskiy1ですが、あちらでは長文の連投中につき裏アカにて失礼します。上にRTさせていただいたツイートは私の文章に対するエアリプでしょうが、まったく内容を理解されていないようですね。その無理解ぶり自体がはっきり言って有害だと判断せざるをえません。

まず、明示的にセクシュアルではない親密な男同士の関係性を描くだけなら、ホモフォビアなんかまったく必要ありません。それが必要なのは「性的な関係」そのものを蔑視し、それを女とのものに限定することを当然とするミソジニーに由来するものであり、つまりホモフォビアが現われる時は必然的にミソジニーとセットです。そしてあの「シャーロック」というドラマは典型的にその図式をなぞっており、「男に色目を使う女」への蔑視と「女みたいで気持ち悪い」明示的ゲイ男性への差別を露呈していました。

どちらもあのホームズとワトスンの魅力的な関係が描かれた原作にはまったく存在しないものです。つまりあのドラマは19世紀の水準からも呆れるほど退歩しているとしか言いようの無いものです。

そして表現とは常に「描かれたものが全て」であり、事後的な言い訳など一切通用しないものです。映像作品なら「映像として表面にあらわれたもの」が全てです。そしてあのドラマはその映像の中で恥ずかしげもないホモフォビアとミソジニーを露呈し、男性同士で性的関係を持っているとされる登場人物は否定的にしか描写されません。そりゃあ本編中であれだけホモフォビックな予防線をたっぷり張っておけば後からいくらでも安心して“ラブストーリー”とでも何とでも言えるでしょうよ。「そこまでしないと男同士の愛を肯定できない」のがホモソーシャリティというものです。

そして「ブロマンス」とかいう区分自体、ゲイ男性を露骨に差別できなくなったのと平行して「友情」という言い方ではセクシュアルなニュアンスを否定しきれなくなったために過ぎず、そんな造語ができる遥か以前から「シャーロック」のような下品なホモフォビアをまったく用いずにエロティックな「男同士の絆」を描ききった名作がいくらでも作られています。

はっきり言えば、あれだけ念入りに「エロティックな可能性」を潰す描写をしてからおもむろに「友情」を描写するという手順を厳守した作りもなかなか無いくらいですよ?>詳細は本アカに書いた通りなので繰り返しませんが、あれは製作陣が男だろうが女だろうがヘテロであろうがなかろうが、言い訳の出来ないレベルだとしか言いようがありません。

私が腹を立てているのは別にゲイ男性のためではなく、ホモフォビアの元凶が常にミソジニーである以上、それは「私に対する差別」だからです。貴方がそれを「理解できない/したくない」とおもわれるならそれは勝手ですが、それを「人それぞれの解釈の違い」だとか言い訳しないで下さいね。

私が書いたのは適当な印象批評などではない厳密な読解であり、それを否定なさりたいのであれば、同じだけの精度が必要であることをご理解くださいますよう。それでは失礼します。



頭に血が昇ったままでなかなか眠れそうも無いので、ついでに追記。私の批評を読んで理解した上でそれでも『シャーロック』のドラマ自体は好きだというなら別にそれ自体を責めようとは思っていない。

この件については去年大河ドラマに絡んだ私信で述べたことがそのまま当てはまるので、URLを貼っておくhttp://kaorusz.exblog.jp/18901463/ホモフォビアは残念だけど、ドラマ自体は好きだし面白い」というなら、それはそれで構わない。

単に、それと正確な読解に基づいた認識は別であるというだけだ。「ホモフォビックな作品を好きなのは悪いことだ。だからホモフォビアと言われても否定しなければ」などど思う必要は無い。「面白いけど、ホモフォビアが無ければもっといいのに」と思っていれば済むことだ。

それはダブルスタンダードなどでは決して無い。真に責められるべきダブルスタンダードを露呈しているのはあくまでホモフォビックな製作者の側であり、作品に“萌える”女性視聴者ではありえないのだから。

RT @kaoruSZ tatarskiyさんよくきっちり書いてやったねえ。なんだこのどうしようもなさは。 https://twitter.com/mumeei/status/298002052704002050?p=v



RT @tanadanada:@black_tatarskiy リプライありがとうございます。まず初めに私の一連のツイートがあなた様のツイートへの批判と呼べるほど大それたものではなく、当該作品のいちファンとしての所感に過ぎないことをご理解ください。

と言いましてもあなた様のツイートを拝読の後の所感ですので、エアリプ・批判と受け取られても仕方がないことは承知しています。

当該作品の読解につきましては反論の言葉もございません。申し上げましたとおり私はこの作品のファンですし、さらにブロマンス、ホモセクシャル、という話題におきましても、(不快になられましたら申し訳ないですが)腐女子ですので偏った見方しかできません。

ジェンダーについても、数回講義やシンポジウムに参加した程度で大した知識はございません。何を語るにしてもただの素人です。

あなた様のお考えに対する悪意はまったくございません。無理矢理に論を進めているとも、突拍子のないことが書かれているとも感じません。ただ私は、このドラマを見てあなた様のような感想を持ったことがない。あなた様のツイートを読んだ後でも。

勝手な言い分ではございますが私のツイートはいち感想として流していただければと思います。思慮の浅いツイートであったことは自分でも承知しています。リプライありがとうございました。


@black_tatarskiy:@tanadanada お返事どうも、とだけ言って済ませられればよかったとこちらも心から思いますが、他のことは置くとしても「腐女子ですので偏った見方しかできません」とはいったい何のつもりですか?本気で意味がわかりません。

先に言っておくと、私は別にジェンダーやセクシュアリティの研究者ではありませんし、そんな単語を冠したシンポジウムに行ったことだって一度もありません。世間様から所謂「セクシャルマイノリティ」としてカテゴライズしていただけるような立場にもありません。
私は、単に男性同性愛の描かれた文学作品や映画の愛好者であり、女性であるに過ぎません。つまり貴方とは違う特権的な立場を保証された存在ではまったくありません。

しかしながら、自分が「偏った見方しかできない腐女子」であるなどという卑屈な自意識を抱いたことは一度もありません。表現とは表現されたものが全てであり、作り手の側であれ受け手の側であれ、その人が男だろうと女だろうとセクシュアリティが何だろうと、「その人が何を描くか、何を快楽として享受するか」には一切関係ありません。「関係がある」と思うのは善意であれ悪意であれ単に差別意識の表れです。

そして作り手としての表現の達成や受け手としての批評の精度としてその人がどれ程のことを成し得たかは、純粋にその個人の能力に依存します。性別やセクシュアリティの部分に人種や民族を代入すればそんなのは当たり前のことに過ぎないことくらいお分かりになりますよね?

それを謙虚ぶったつもりで「腐女子ですので偏った見方しかできません」などとおっしゃるのは、「女は馬鹿なので難しいことはわかりません」というのと同じことですよ?

貴方はその一言で「社会的に貴方と同じカテゴライズを強いられざるをえない」他の全ての女性に対する侮辱に加担したのです。もちろん私も否応無くその一人に入ります。私は貴方のような卑屈な男尊女卑を内面化してなどいないので非常に不愉快です。

今回の貴方の態度ににじみ出ているような、「女には男性同性愛の表現なぞ本当に理解できるわけがなく、それを男性に遠慮せずに享受する権利も無い」という女性に対する蔑視とその内面化は女性に対する差別そのものであり、言い訳の余地など無いことを肝に銘じておいて下さい

貴方がこうした恥ずべき言動をさらしてしまったのも、日頃から「男性様」や「権威ある作家様」、「れっきとしたマイノリティ様」には気を使っていらしても、「自分と同じただの腐女子」のことは馬鹿にしきっていて何も考えていなかったからでしょう。

私には貴方のそうした差別的なヒエラルキー意識や言動を修正する権限も手段もありませんが、できればなぜ私からこうして苦言を呈されたかについてはよくお考えになって、「女性に対する発言」についてももう少し慎重になっていただきたいと望みます。それでは失礼を。

@tanadanada:@black_tatarskiy「腐女子」という私の安易なカテゴライズが不適切でしたね。ごめんなさい。あなた様の男性同士の恋愛に対する楽しみ方は存じ上げませんが、二次創作的な男性同士の恋愛を楽しむ身としましては、常に原作者の意図を意識的に歪ませている、穿った見方をしているという意識がありまして。

その他女性差別・蔑視・卑下意識などにつきましては、後付けになってしまいますがそんなつもりはないとしか言いようがありません。ですがあなた様のような受け取り方をなさる方がいらっしゃるという事実は受け止めたいと思います。失礼します。


@black_tatarskiy:@tanadanada 本当に頼みもしないのに余計なことを次々言って下さいますね。「二次創作的な男性同士の恋愛」を楽しむことが「原作者の意図を歪ませている」とはどういう意味でしょう? そもそも全ての創作は二次的なものですし、ある原作をドラマ化や映画化すること自体が二次創作と言え、それは、「元あったものに違うものを付け足して、新たな意味を持たせる」という営為です。これは所謂ファンフィクションであれ“公式な”ドラマ化や映画化であれ本質的な違いはまるでありません。違うと思うのは単なる権威主義です。

そして「元あった素材に付け足す素材」が男性同性愛である場合に限って「歪めている」だのという話になるのは単なるホモフォビアの内面化でしょう。

それに加えて「元あった原作自体」が本質的にホモエロティックなものであり、単に時代の制約によって明示できなかったに過ぎない場合が往々にしてあり、あのドラマの原作であるドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズはまさしくその典型的な例です。

「非難すべき不当な二次創作」というものがあるとすれば、あのBBCの「シャーロック」こそ原作には微塵も無かったホモフォビアを付け足してドヤ顔をしている「原作を歪めて貶めた恥ずべき二次創作」です。ファンの女性たちの、主人公たちのホモフォビア抜きの親密さを描いたファンフィクションの方が、よっぽど「原作に忠実」でしょう。

そして私個人の話をするなら、当然のこととして自分の美意識や好みを持ってはいても、私は常に単なる「読者、視聴者」であり、そうした私の目に映る全てのものの中に、ホモエロティシズムも画面構成の造形美もシナリオの秀逸さや稚拙さもホモフォビアもミソジニーも等しく含まれており、私は自分が読み取った全ての情報を分析し、それを最終的に自分にとっての「快/不快/倫理的な嫌悪感」として分類しているに過ぎません。

つまり私は「腐女子だから妄想している」などという卑屈なものの見方をしたことなど一度も無く、私がはっきりと論拠を示して言及できるほどにホモエロティシズムを読み取れるのは、それと同時にホモフォビアやミソジニーやそれ以外の多くのものをも余すところ無く読み取っているからです。そしてこれは「そうする勇気」さえあれば誰でも出来ることです。

まず貴方は何よりも、自分自身のホモエロティシズムに対する感受性を卑下なさることをおやめになるべきです。それをしない限り、「自分と同じ卑屈になるべき恥ずべき妄想の持ち主」に対する蔑視をあらためることはできないでしょうから。

「自分のことだけを言っているので貴方は関係ない」と仰りたいかもしれませんが、はっきり言って、貴方の自己卑下が構造として通俗な世間の差別意識そのものの内面化である以上、それは「世間が貴方の同類とみなす」全ての女性に対する蔑視の肯定です。

繰り返しになりますが、私に貴方の言動をあらためさせるような強制力はありません。ですが、今回の貴方の卑屈で有害な発言が、私の目の届く範囲で私の書いた文章を発端としてなされたものである以上、見過ごすことはできませんでした。それをご承知下さいますよう。では失礼を。
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by kaoruSZ | 2013-02-10 10:14 | 批評 | Comments(0)