おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

tatarskiyの部屋(21)ポーロックをさがせ!【続・モリアーティはどこから来たか】

例のしょうもないBBCのドラマについての批判から派生したゴタゴタで嫌気が差したせいで、すっかりツイッターから遠ざかってしまっていた。あちらもいずれ始末をつけねばなるまいが、気分転換も兼ねて書いていた今のところwebでは発表する予定の無い文章が相当な量になったので、その一部を元に書き直したものを以前の「モリアーティはどこから来たか?」の続編としてアップしてもらうことにした。今回も主にモリアーティ教授に関する話題であるが、他にも追加した事柄がいくつかある。

まず「最後の事件」と「恐怖の谷」のベイカー街の部屋での導入部を読み合わせて得られる情報を照合し、前者と後者が矛盾した場合は後者の情報が偽りであることを心に留めて読解すること。そしてその結果として得られる真実であろう主な情報は以下の通りである。

● ワトスンは「最後の事件」で提示される会話以前にモリアーティについてホームズから話を聞いたことはない。当然、マクドナルド警部のような警察の人々にもモリアーティ教授の話をした事実は無い。

● モリアーティが大学時代に書いた著書は「二項定理に関する専門書」であり、「小惑星の力学」ではない。

● モリアーティは名門の生まれであり、立派な教育を受けて数学者としての将来を嘱望されていたが、あるスキャンダラスな噂のために大学を追われる破目になり、ロンドンで軍人相手の個人教師となった。つまり、彼は一度スキャンダルのために社会的信用と輝かしい将来を失った過去がある、脛に傷持つ身なのであり、現在の社会的地位は決して高いとは言い難く、「恐怖の谷」で言われているような「誰にも疑われない非の打ち所の無い名士」ではありえない。

● モリアーティは老年に入ってなお独身者であった。

● モリアーティには弟が一人いる。だがそれは「最後の事件」冒頭で言及されている、兄の死後兄の名誉のために訴訟を起こしたモリアーティ大佐であり、彼は当然ながら「西部のどこかの駅で駅長をして」などいない。

● 「最後の事件」ではホームズの語りとして、深夜のベイカー街の居間でのまるで彼自身のドッペルゲンガーのような(どう読んでも容姿の特徴が重なっている上にこちらがポケットから銃を取り出せば向こうも同じように手帳を取り出す)モリアーティの、文字通りとしか思えない出現と消失という全くリアリティーを欠いた幻想的な場面が挟まれているが、「恐怖の谷」ではホームズはモリアーティを調べまわってはいても本人に直接会ったことは一度も無いと言っている。これについては当然後者の方が事実であり、前者が最初から明らかな嘘として書かれている以上実は矛盾してはいない。

● ホームズはモリアーティの部下の一人に目をつけ、密かにポーロックと名乗る彼と連絡を取るようになっており、おそらくはそれこそがモリアーティの破滅に繋がった。

● ホームズは「モリアーティの弱点はポーロックである」ことを見抜いていた。

● モリアーティは部下たちには「裏切りに対しては死をもって処す」という態度で臨んでいたらしい。ポーロックに対する「疑っているのに問い詰めさえしない」という態度はおそらく極めて異例である。

● ホームズが言うところでは、ポーロックは「気取ったギリシャ風の字体で手紙を書いて寄越し、良心を捨てきれず、おだてにのりやすい」性格であるらしい。これらの特徴は彼がまだ若い男であることを示唆している。

● また、なぜ彼がモリアーティがふいに入ってくるような部屋で、よりによってホームズ宛の密告の手紙などを書いていたのか?実は上の項目に書き出してきた内容こそがこの疑問へのヒントであり、そこから導き出される答えこそが極めて重要なものである。

● ポーロックからの二通目の手紙の差出人の署名が「フレッド・ポーロック」となっていたことの意味。「フレッド」というファーストネームが登場するのはここだけであり、さりげなく署名として紛れ込ませているが実は非常に重要な意味を持っている。ホームズが話している通り、彼自身が名乗ってきた偽名はあくまで「ポーロック」であり、「フレッド」とは、「ポーロックがフレッドであること」を示す作者ワトスンからのヒントなのだ。作者であるワトスンがそれを記しているのは、ホームズがあらかじめそれが「フレッドから来た手紙」であることを知っていたからであり、後にワトスンもまたそれを知ったからである。つまり、ホームズはポーロックが手紙を寄越す前から「彼が何者であるか」を知っていたのである。つまり「ポーロックを見つけ出したければ、この後に続く物語の記述の中に“フレッド”をさがせ」ということだ。(以前「モリアーティはどこから来たか?」で詳述したが、この姓と名前の「半分が本当で半分が嘘」というヒントは、実はモリアーティとモランの名として前例があるやり口だ。)

以上が「最後の事件」と「恐怖の谷」導入部の照合から導き出せる「おそらく事実であろうこと」の一覧であるが、重要な前提を明かすと、「恐怖の谷」のエピソードは作中世界において実際に起こった事件ではなく、ワトスンが「最後の事件」と実際にはそれ以前に起きた「本当のモリアーティ教授に関する複数の事件」の、そのままでは公表できない顛末を変形させた形で描いた、いわば劇中劇のような“小説内小説”である。またこれは実は「バスカヴィル家の犬」も同じなのであるが、こちらはホームズとワトスンの個人的な過去と二人の関係性についての物語としての性質が強く、“種明かし”としては「恐怖の谷」の方がより重要であるといえるが、モリアーティに関しても「バスカヴィル家の犬」で先に明かされている情報があり、また同じシチュエーションの引用によって示唆されているネタもあるため、これも読み合わせる必要がある。答えの一部を明かすと、モリアーティの本当の名前は「バスカヴィル家の犬」に登場するある人物の名前として書きこまれている。

上で「本当のモリアーティ教授に関する複数の事件」と書いたが、「作中世界で実際に発生した、背後にモリアーティ教授がいた事件」は実は合計3つ存在する。これも完全にネタを明かせば、この3つの事件とは年代順に「緋色の研究」「くちびるのねじれた男」そして「最後の事件の前年である1890年に発生し、モリアーティ教授の自殺によって幕を閉じた事件」である。そして「恐怖の谷」とは実はこの3つの事件に「最後の事件」を追加した合成物なのだ。

また、ここまでに全くモラン大佐の名前が出てこないのに気づかれたかもしれないが、実はモラン大佐はモリアーティ教授の部下ではない。それどころか、両者の間に果たして面識があったかすら疑わしいのだが、これも二人の“本当の接点”が何であったかは「空き家の冒険」を読めばちゃんと読者の目の前にはっきり書かれている。

そして上の一覧でも明らかだが、直接登場さえしないにも関わらず、ポーロックは実は非常に重要な人物である。ホームズへのポーロックからの手紙に「これは本名ではないが、といってはたして何ものであるか、ロンドンにうようよしている幾百万の人のなかから、探しだせるものなら探しだしてみろ」と書いてあったというのは、実はドイルからの“読者への挑戦状”であり、「この小説の記述の中からポーロックを探し出してみせろ」という意味である。そして事実、作者の置いたヒントを注意深くたどってみさえすれば、“彼”を探し出すことは可能なのある。

ところで、作中に登場する本当にモリアーティの部下であった人物はポーロック以外にもう一人いる。しかも手紙の差出人としてしかでてこないポーロックと違って、実際に読者の前に姿を現してくれているのだが、それも別々のエピソードに二度も登場しているのだ。つまりレストレードやハドスン夫人のような“お約束”の脇キャラ以外ではマイクロフトの他には例の無い快挙であるのだが、それが誰のことかはぜひご自分で探してみて欲しい。

また「恐怖の谷」の第二部の内容は、実はホームズとモリアーティの組織との間で一体どんな駆け引きや暗闘が行なわれていたのか?という誰もが興味を抱く事柄に対する答えなのである。実はポーロックの「フレッド」だけではないフルネームもこの中にさり気なく書き込まれているので探してみて欲しい。また、彼に相当する人物は男女二人に分割されて登場しているが、この二人は「同じことを言う」のでそれが符牒となっている。ここまでに述べたことを踏まえて注意深く読めばきっと見つけ出せるだろう。

そしてこれも核心となる前提を明かせば、第二部の主人公であり、第一部の被害者と思わせて実は生きていたダグラスの過去の姿として設定されているマクマードとは、実はホームズ自身であり、つまりダグラス=ホームズ=マクマードという等式が成り立つ。これは第一部やエピローグの意味を読み解く上でも非常に重要なので押さえておいて欲しい。ヒントとしては、第一部の密室殺人と入れ替わりトリックは「くちびるのねじれた男」を、第二部のアメリカが舞台のロマンスと冒険、また第一部が殺人事件の推理、第二部がアメリカでの過去の物語という構成は「緋色の研究」を示唆していることを忘れないで読むべきであると言っておこう。

私からのヒントは以上であるが、勘のいい方なら上の文章を読んだだけでも真相の一端には気づかれたことだろう。この一連の謎を解こうとする試みは、その過程自体でドイルの小説家としての比類の無い手腕を存分に堪能できるものであることは保証しておく。ぜひ多くの方に楽しんでいただきたい。
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by kaoruSZ | 2013-04-24 02:29 | 批評 | Comments(0)