おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

tatarskiyの部屋(22)‐3

※2017年5月追記
下の本文は4年前の記事ですが、私は率直に言って今では“百合”という単語を女性同性愛に冠する事自体に倫理的な問題があると考えているので、前置きとして以下のリンクを追加しておきます。

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2から続く http://kaorusz.exblog.jp/20773748/

tatarskiy @black_tatarskiy 7月19日
最後に補足。ここまでの文章をちゃんと読んできた方ならおわかりだろうが、ある“腐女子”の人が「男女や百合も好き」だと表明している場合、問題なのは「彼女が本当に男女や百合を好きなのか」ではなく、「その表明の有無によって彼女に対する周囲の扱いが違う/違うと思われている」ことである。

だから「腐女子にも百合オタはいるのに~」とか、頭の悪い台詞を能天気にのたまっている奴は何もわかっていない。問題は、男同士だけでなく百合や男女も好きな方が“望ましい”と思われていること、そう表明した方が有形無形の軋轢を避けられるというインセンティブ=圧力が存在していることそのもの。

そして「同じ人がどっちも好きなことだってあるのに~」という馬鹿に言っておくが、たとえ「どっちも好き」だと言っていようが、それは必然として「いざとなれば百合を足場にBLを切り捨てる」もしくは「百合をアリバイにBL嗜好を言い訳する」ことが出来るというだけの非対称な“保険”であり、「BLを足場に百合を切り捨てる」「BLをアリバイに百合嗜好を言い訳する」ような“その逆”のパターンはありえないものだ。これは本質として「百合が好きなことはBLが好きなことよりも正しく、望ましい」からであり、ついでに言えば、こうした見えざる規範は「女にだけ」課せられたものである。

「男女や百合も好き」という表明そのものが全て“有罪”だとまでは言うまい。だが、もし彼女が「男女や百合が好きではない」場合にも、「彼女がBLが好きであること」が彼女が有形無形の圧力に晒されていい理由であってはならないだろう。

私個人は「男女や百合も好きだよ」と言うことは決してするまいと思っている。だがそれは私が「男女や百合が好きか好きではないか」とはまったく関係ない。もし私がそう発言すれば、その瞬間に私の発言は構造的な差別からのある種のお墨付きを得てしまうからだ。

この件に限らず、私は自分を「有利にしてくれる」属性を身に纏って発言することは可能な限りしたくない。人が私の発言の価値をどう判断するかは、純粋に「発言そのもの」の内容に拠ってほしい。痩せ我慢かもしれないが、それが私の個人的な流儀である。今回の発言も、そのように読まれて欲しいと思う。


和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月19日
あのハルカなんちゃらって人も含めて百合豚ノマ豚と話しが噛み合わないと思っていたら経緯の確認もせずに「腐女子が攻撃したに決まっている!自分達は何時も被害者!」って悲劇のヒロインぶっていたのか。本当にクズだなこいつら。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月19日
ブロックしてしまったから詳しい内容は見れなかったけどあの百合豚「私も腐女子ですよ!だかこれは無効ね」って言い出したのか散々「百合好きとして攻撃してきた腐女子から百合好きを守る」って態度なのに批判されたら腐女子を持ち出せば済むと思い込んでいたのか。本当にクズ!


(ブログへの掲載に際して誤字脱字を補い、↓を↑に変えてあります)
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by kaoruSZ | 2013-10-17 08:42 | 批評 | Comments(0)