おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

愛の感染

 アン・ライス『ヴァンパイア・レスタト』
 (柿沼瑛子訳・扶桑社ミステリー・上下巻) 

 七年前、『夜明けのヴァンパイア』に思いがけず見出した、当時としては稀なゲイ・テイストに、ひそかな渇きを癒した向きも多かったに違いない。今日ライスが隠れもない「ゲイ・メイル・エロチカの女王」(ジョン・プレストン)であることを私たちは知っている。続篇の役者が柿沼氏であることも、さこそと人を頷かせよう。状況の変化に目を瞠るためには、レスタトのように数十年も地下に潜る必要はないらしい……。そのレスタトが、今度は自らその来歴を、前作では明かすことのなかった、ヴァンパイアの起源と歴史を語り出した。とはいえ、すべて謎解きというものがそうであるように、どこかで聞いたようなそれらの話は、面白いといえば面白いし、退屈といえば退屈だ。古代エジプトにまで彼らの高祖を遡らせる、ライスのこの力業は何ゆえか。むろん、キリスト教の呪縛からヴァンパイアを自由にするためだ。かつてそれは死を感染させるものであった。
 だが、ライスのヴァンパイアは、愛する人間との体液の交換によって仲間を得る。父あるいは母との同一化(性別の受け入れ)による生殖=再生産ではない、水平的な愛の感染。男あるいは女である(生まれた子供たちについて真先に尋ねられることだ)エディプス的な子供たちを再生産する家族に対し、レスタトは死の床にある実の母をヴァンパイアにすることで、女としての忍従の生から解放する。息子によって産み出されるというこの逆縁によって誕生した、年齢も性別も横断した母は、初めての獲物から奪った服で少年に変身するのだ。だが、皮肉なことに、永訣をまぬかれた者たちが、不滅の生の途上にあって互いの消息すら知ることのなくなる時がやってくる。
 だがどうして永遠の太陽を惜しむのか、もしぼくたちが神聖な光の発見にたずさわっているとしたら——季節の上に再生産する人々からは遠く離れて
 少年詩人の地獄めぐりの幕切れの大見栄を少しばかり変形させたこの文句こそ、彼らにふさわしいものだろう。
(初出「幻想文学」43号、1994/最終部加筆2005)
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by kaoruSZ | 2005-04-03 23:14 | 批評 アルシーヴ(文学) | Comments(0)