おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

出雲、よせあつめ、縫いあわされた国……あるいは個人的来歴について

 旧稿「愛の感染」アップする。金曜の夜、『羅生門』と『生きる』を見たあと、戸田の“別宅”へ。翌日の「きままな読書会」でブリコラージュのくだりを説明するのに、宮川淳の『引用の織物』か『紙片と眼差しのあいだに』から適当なページをコピーし資料として配ろうかと考えたのだが、見つからず。宮川淳全集の一冊(上記二冊をそっくり収録)ならあるので、重いが持って行くことにする。(「幻想文学」も目についたので持ち帰ることに。旧稿打ち込んだのはそのため。)

 戸田に泊り、翌朝、開いた頃を見計らって 西友に行ってみると、驚いたことに二十四時間営業になっている。イトーヨーカ堂の大店舗進出に対処したものか。それにしてもいかにも郊外の家族向け品揃え、(ここは大きな店ではないからそれほどでもないが)何でも揃っているように見えて本当に欲しいものは何もない。(実は、大型スーパーマーケットというものをずっと知らずに育った。少なくとも、買ったものをレジで袋に入れてくれない店は、大学で友だちになった人の買物について行ってはじめて知った。)季節の記事が載っているリーフレットが欲しかったのだけれど、廃刊されたのだろうか、絵も入っていない4月の暦しか見あたらない。

 コピー機のガラスに押しつけたのでは本が傷むので文を抜き出して打とうかとも思ったが、土曜の午後は帰宅しての洗濯その他、生活の再生産で過ぎてしまう。ともかく、リュックサックに厚い全集を入れて出かける。「きまま」、参加者四人という最少タイ記録。頑張らなくてよかった……。それにしても宮川淳、77年に44歳で亡くなっているが、書いたものは少しも古びていない(というか、私自身がいまだにこのあたりに起源を持つ知識でやっている)。スピヴァクがデリダの翻訳を序文つきで出したのは76年。宮川淳の仕事、世界的に見ても先駆的なものとしてもっと驚かれてもいいのではないか。

 日曜の夜になって、探していた小田亮『レヴィ=ストロース入門』出てくる。(宮川淳からの引用があり、「若い頃に読んだ故宮川淳の著作」に、レヴィ=ストロースについての(独自の)解釈について多くを負うと、あとがきで明記)。読書会での私の短い担当部分、結局ブリコラージュしか存在しない、ブリコルール[ブリコラージュする人]と技師の違いはないという結論になってしまう。これにはどうも納得がいかず、また、「散種」について、「受精する場合もあるでしょう?」という参加者の問いに、全く思いがけないものと結びついて父とは似ても似つかないものを生む、といったことを答えたところ、「要するにハイブリッドでしょ、ハイブリッドと言った方がわかりやすい」と言われ、これにも違和感が残った。私の拙い説明ではその場で言語化できなかったもののために、小田亮が引いているレヴィ=ストロースの一節を借りることにしよう。

「……計画をそのまま達成することはけっしてないが、ブリコルールはつねに自分自身のなにがしかを作品の中にのこすのである」

 小田亮によれば、「ブリコルールがそのちぐはぐな作品のなかに、自分自身の歴史性や自分の体験の出来事性を残すことができるのは、ブリコラージュが真正なレヴェルにおいてなされる場合にかぎられるということである。真正な社会でなければ、ブリコラージュによる作品のちぐはぐさや、それに使われている断片が示す独自の〈顏〉や来歴や出来事は、その作品とは無関係なものとして、その外部に排除されるだろう」

 ここで言われている「真正な社会」とはこの本の中では重要なキーワードなのだが、それはおくとして(というのは、ここで説明すると長くなるということの他に、一つには私の関心が、「社会」によりもブリコルールの才能——いかに作品に自らを刻みつけられるかという——にあり、それをなしうるかどうかは最終的には作者という個体の資質によると考えているからだろう。別にロマン主義的な天才を信じているわけではない。信じているとしたら、むしろ後期バルトの「スティル」である。あっ、長くなってしまった)、とりあえず太字にした部分の例として私がいつも思い浮かべるのは、自らがブリコラージュであることを誇示して書かれている詩集、『わが出雲 わが鎮魂』の中で、たとえば「十何万のがぜる群 角をふり立て ががががが、 十何万のがぜる群 角をふり立て ががががが。」という「詩句」が、彼自身の幼年期に属する絵本にオリジンを持つことを、自註「わが鎮魂」であっさり明かす、入澤康夫の身ぶりである。

 今回の読書会で扱った部分のもう一つのトピック「序文」について言えば——翻訳者が「序文」をつけるなどという(僭越な)振舞いは日本ではあまリ見かけないので、スピヴァクが序文についてくどくど言うのがいま一つピンとこなかったのだが、今気がついた——父的な「序文」に対し、「作者あとがき」とは自註のようなものであろう。

 かつて長い自註を持つ詩の書き手として、入澤康夫の明らかな模倣者であった鈴木薫は、昨年五月に出した手作り本『いづれの花か——三國志遺文 偽[ぎ]小説集』のあとがきにおいて、かつて詩の文句のいちいちについて出典を書きしるしたのと同じ手つきで、収められた短篇の出典の総ざらいをしているが、その最後に次のように書いている——「すべてが忘れられゆく世界の中で、作者とは、そのような、作品にとっては偶然にすぎない要素を、ひとり記憶しつづける者のことでもあるのでしょう」
[PR]
by kaoruSZ | 2005-04-04 01:58 | 日々 | Comments(0)