Mさんの博士論文審査会からもう三ヶ月たってしまった。「フェミニストのおかずは何?」というタイトルでこのときのことを書こうと思っていたが(あのあと忙しくなってしまったのだった)、メモもとらずにいて、あらためて思い出そうとすると、忘れかけている! 記憶力を過信(どころかたんに信用すら)してはいけなかったのだ。劇団PINK TRIANGLE の『SECRET GARDEN』についても忘れないうちに書いておこう。(ということで併せて以下に)。
『SECRET GARDEN』は、あなたに、どうにかしたい(なりたい)と思っている女性がいるのなら連れて行くべき芝居である。ただし、この「あなた」に男性は入っていない。 『SECRET GARDEN』で真先に好ましく思われるのは、登場する女たちの感情の自然さだ。何の抵抗もなく入り込めるし、自分がレズビアンだとかバイセクシュアルだとか意識的に思っていない女の子に、こういう世界、こういう可能性があると見せられる。自然——上野千鶴子の天敵のような言葉であり、掛札悠子が『レズビアンである、ということ』(河出書房新社、絶版)で最後に(「レズビアンであること」について)「自然」の一語を出したといって上野は難詰しているが、なに、誰もが彼女と同じに言葉を使うわけじゃない。ヘテロセクシュアリティもホモセクシュアリティもともに自然ではないというのが上野の言い分だったと思うが、別に掛札は開口一番、レズビアンを自然なものとして認めてほしいと言ったのではない。そこに到るまでの『レズビアンである、ということ』一巻の流れの最後にでた「自然」の一語に、私はなんら違和感を感じなかった。(三十すぎで独身の女たちが出てくる日本のTVドラマなら負け犬がどうしたとか恋か女同士の友情かという話に今なら絶対なってしまうヘテロセクシュアリティははっきり不自然である。) 「自然」と同様、「依存」についても私は単純に「悪」とは思っていないので、その点は作者の想定する観客とはちょっとずれた見方をしていたかもしれない。先日書いた「閉じる」ことはそんなに悪いか?というのとも通じるが、恋愛にあっては『SECRET GARDEN』で描かれているような「依存」——他のことはどうてもいい、ただあなたさえいればいい——というのは、甘美な感情だし、(なかなか持てないとはいえ)恋愛ではありふれたことだし、そう思える相手がいるというのは幸せな状態だ。いくら眠くてもせいぜい二日も眠れば飽きるのと同じでいつまでも続くわけじゃないし、人生長いのだからしばらくは閉じこもっていてもいいじゃないかとは、若いとかえって思わないものだ。 『SECRET GARDEN』では、そのような愛情を向けられていた遥の過去が明らかになることで女二人の関係はそれまでと同じものではありえなくなるのだが、遥の過去はあの程度のものじゃなく、以前に恋人の女を殺したとか、傷つけたとか、ストーカー的行為をしたとかで、警察沙汰、裁判沙汰になったくらいでないとちょっと弱い気が私にはした。依存のテーマでまとめたのだろうし、またドラマチックな題材をわざと避けたのかもしれないし、知らないあいだはどんなふうにでも相手のことを思い描けるので、内容はどうであれ具体的な事柄を知ってしまうこと自体致命的ということなのかもしれないが。 劇団PINK TRIANGLEは、日本で唯一の、カムアウトして活動しているレズビアン及びバイセクシュアル女性による劇団である。前知識なく、しかし期待して見に行ったという二十代前半の男性観客の評をウェブで見たので、以下に抜粋する。 果たして、どんな物語、どんな価値観、どんな世界を私たちに提示してくれるのでしょう?・・・そこには彼女達から見た彼女達の世界、そしてこの社会の視点が刻まれているのだろうという想像。/それがあってこその、この集団の意味でありますし、観客は制作者が望む望まないに関わらず「それ」を求めざるを得ないでしょう。 ただ単純に男女の恋愛の形を女女の形に摩り替えただけで、そこに流れている物語は独自の視点の無い、普遍的なものでしかなかったと思う。 もしかしたら女同士のラブストーリーのリアルがそこにはあるのかもしれない・・・ただ、私たちはそこに日常の彼女達の風景が見たい訳ではない、そして私には、そのリアルさの中に含まれている女同士の恋愛に潜む関係性に関する予備知識が無い。/そこに彼女達に共通するメッセージが入れ込まれているのかもしれないけれど、私の中に共通言語が無いために、それが読めない・・・だからなのか、今回の作品からはメッセージが抽出できなかった。 もっと露骨にメッセージを出してくれた方が良かったと思う・・・私達の言葉に翻訳して欲しかった。/下ネタに入ると一気に引き込まれる、だってそういうところにメッセージがあると思うし、そこがハッキリ言ってしまって魅力じゃないのかな?(一番盛り上がってたし・・・) 彼女達による彼女達なりの私達の為のストーリーが見られれば、そこには十分な価値が見出しうると思う。/今回は彼女達の為の物語、彼女達の為のお芝居になっていたと感じてしまった。 この文章の「私」に対しては、これは「あなた」のための物語、「あなた」のための芝居ではないのだと言おう(別に書き手と対話したいわけではなく、ここで書いたことを読んでほしいとさえ思わないので、トラックバックもリンクもしない。全文を読みたい読者は容易に検索できよう)。「私」は珍しいものを見せてくれなかったと不満を述べている。しかし私はその「自然」さをこそ好ましく思うものだ。 さらに、ここで言われている「彼女達」とは誰か。そのように「彼女達」とは一括りにできるものだと「あなた」は思っているのか。「彼女達」と「私達」の間の線引きは、恣意的なものであると同時に、政治的なものである。 Mさんの博士論文は、レディースコミックを中心とした女性にとってのポルノグラフィについてのものだった。「博士論文審査会」(誰でも参加できるというので行った)で目立ったのは、これについてはよく知らないが、と前置きして語る人の多さだった。(それで「フェミニストのおかずは何?」と訊きたくなったわけだ。)つまり、彼女たちは、ポルノグラフィを消費する「彼女たち」と「私」(たち)という布置のもとに発言していた。この線引きはまた、権力関係をもあらわすものだ。そこで、答えはすでに知っていたが、それほど「よく知らない」人が多い中で、Mさんの研究は教授たちにどう受け取られ、受け入れられているか(あるいはいないか)について質問しようと考えた。ちょうどそのとき若い研究者が、(論文の中にはやおいについても出てきたことから)やおいはゲイ差別につながりポリティカリー・コレクトではないと言われるがどう思うかと聞いたふうなことをぬかした——いえ、おっしゃった——ので、まずはこれに対して何か言わずにはいられなくなった。 その前にむろん質問を受けたMさんが答えて、やおいの読者にはゲイ男性もいるという観点からやおいを擁護した。そのあと私が手を挙げて、女性読者(とむろん作者)が享受するものとしてのやおいの擁護を強調した。先の発言者が、やおいを消費する「彼女たち」と、「彼ら」(男性のゲイ)にすり寄る「私」(たち)のあいだに線を引こうとしたので、私はすばやく「私たち」の方へ話を戻したのだ。次いで「先生たち」の意向について質問をすると、Mさんは、レディースコミックに関して「どういう階級の人が読むのかしら」と言われたという話を披露してくれた——「彼女たち」に無縁の「私たち」はここにもいたのだ。
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