おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

Old Fathers never die

  ピレネー山脈戀ひて家出づ心臓のあたりわづかに紅き影曳き

 塚本邦雄逝去を知った宵、イーストウッドの新作『ミリオンダラー・ベイビー』を有楽町、日劇跡で見る。

 10日朝、出がけに郵便受けから読売を取り出し、社会面を一度は開いていたのだが……左下、親指で押えたあたりに記事があったのに気づかず、閉じてそのまま出かけたのだ(あさき縁[えにし]や……)。
 夕方になって、朝刊数紙に目を通し、死亡記事の長々しい列になんの気なしに目をさらすうち、はっと気づいて見直せばまぎれもない塚本についての記述(呼吸不全、誤嚥がもとなら、母方のわが祖母の最期と似る)。毎日は一面に出し、夕刊には早くも追悼記事載る。少なくとも三紙までが代表作として「日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも」を挙げているが……絢爛たる修辞の例にもならないものを。税金で皇帝ペンギン飼いつづけるべきか否かという基本的なことが問われない今、アクチュアリティ感じて載せたのなら大したものだが。

  弑逆旅館[パリサイド・ホテル]、 毛深き絨毯に足没す——かくも父に渇き  

三十年といふ黄いろなむかし」——いや、まだ三十年までは行っていないが——「サンデー毎日」及び「短歌」誌上で塚本に自作の短歌や俳句を選ばれていた人々が、ある日彼の流麗な筆跡で自らの名が記された「筆趣展」の案内状を受け取って、気もそぞろに東京、赤坂に集まったことがあった(彼の著作でお馴染みのシャンソンのレコードの数々が、あのかん高い関西アクセントの解説でかけられた)。会場で言葉をかわした若い人々は、皆、どこの結社にも入っていないと強調した(申し合わせたようにそれを言うのでおかしかった。ただ塚本作品との出会いゆえに短歌をはじめたと、みんな——私も含め——言いたかったのだ)。
 念のため言いそえるなら、当時、短歌とは結社に入って作るものであるらしかった。また、若い世代が関心を寄せる対象とは全く思われていなかった。

 だから塚本邦雄はわが文学上の父——こういう言い方が許される(誰に?)なら——の一人である。だが、中井英夫(知り合ったばかりの頃——とは、中井が塚本を見出して歌を依頼し、東京と大阪で文通がはじまったという意味だが——二人はいつまでも喋りやまなかった(手紙で)と中井は書いている)の死に際して塚本が書いた追悼文の、また、かつての浜田到への手放しの称賛を知る者には驚くほかはない、現代歌人文庫に寄せた解説の、あの冷ややかさを、今はまねぶしかないだろう。澁澤龍彦はジャン・コクトーについて、納得づくで別れた女のようなものと言い、「天使のジャンよ、さようなら」という一文をたむけたものだが、澁澤についてなら私もそう言える。「天使の龍彦よ、さようなら」だ。むろん、澁澤からいかに多くのものを恵まれたか、アンドレ・ブルトンからノーマン・ブラウンまで(思えば「現実原則」と「快楽原則」という言葉さえ、澁澤によって——小学生のときに——知ったのだった)、〈澁澤龍彦の鍵〉によって幾多の扉がわが前に開かれたという事実はけっして消えはしないが。塚本について言えば——ことはまだ終っていない。

  はつなつのゆふべひたひを光らせて保険屋がとほき死を売りにくる

 作者を知ってからはこの保険屋は塚本自身のように思えてくるが——というのは余談で——この一首は、澁澤の文章に引用されていたのを見たのが最初だった(しかし、『日本人霊歌』に入っている歌は私は概して好まない)。冒頭に引いた「ピレネー山脈」はそれより前かあとか、高校の帰りに上野の山から下りて入った明正堂で見つけた、「NW-SF」誌の中で見た。須永朝彦の吸血鬼小説に引用されていたのだ。短歌と思って読んだのではなかった。むろん、形式的に短歌であるのはわかっていたが——これはいったいなんだろうと思ったのだ。

 塚本については、ことはいまなおアクチュアルだ。彼については、まだまだ明らかにされねばならないことがある。新聞が揃って「独自の美意識」と呼ぶものの内実は、塚本の基本ポジションが「受け」であるのと同じくらい明らかで、別にそんな暗黙の了解に属することを指して言うのではない。そうではなく、塚本の場合(とはかぎらないが)、それが最悪の形でミソジニーと結託していることが、いつの日か詳細に分析されねばならないだろう(これは〈父〉をただただ賛美しているか、さもなければ反逆するかすればいい〈男の子〉にはできないことだ)。

〈父〉に愛されるには、〈女の子〉でなければならない(横抱きにされ、さらわれるお姫さまの挿絵を見て、幼い大岡昇平が悟ったことだ)。にもかかわらず、〈女の子〉は、〈男の子〉こそが〈父〉に愛されると、〈父〉に愛されるためには〈男の子〉でなければならないと錯覚する(委細をすっ飛ばして言えば、塚本はこの錯覚に貢献する)。彼女は〈父〉に同一化しようとし、そして、〈男の子〉たりえぬ自分に絶望して〈女〉になる。しかし、クリント・イーストウッドの新作では、三十過ぎの〈女の子〉が、〈父〉に“my fighter”と呼ばれるようになるのだ。

 感動的なのは、実の父娘にまさる彼らの絆云々といったことではない。〈父〉の抵抗に逆らって同一化しようとする〈女の子〉を最初は拒んだイーストウッドが、終局に至って、かつて自らに与えられたことのある悲劇的属性までを与えることで、この娘が彼自身(を継ぐ者)であることをはっきり示すことだ。イーストウッドは死なず、ただ消え去るのみ。本来なら父が先立つはずであり、死にゆく父を娘が看取るはずであるものを——。いや、父はやはり死んだのだ。少なくとも、これは死の予行演習なのだ。イーストウッドはこのようにして、一見それとわからぬやり方で、すでに私たちから消え去る準備を、ひそかに——いや、大っぴらに——ととのえているのだろうか?

   愛は生くるかぎりの罰と夕映のわれのふとももまで罌粟の丈
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by kaoruSZ | 2005-06-13 10:58 | 日々 | Comments(0)