おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

壁の中の本

 H・P・ラヴクラフト『夢魔の書』 (大瀧啓裕編訳・学研)

 夢をめぐる手紙と作品で編まれた本書を読んで改めて思うのは、HPLには大人になる前に出会いたかったということだ。子供の頃、家の奥に思いがけず本で一杯の戸棚を見つけた時、どうして彼の書物はそこに入っていなかったのだろう?
 しかし私は知っていたのだった、眠りが夜毎私を連れ去る、なじみ深い、私がそこでは別の形態の下に存在し続ける、自分は本当はそこに属するのだと感じられる実在する夢の国を。そこでは私は別の物語を生きていたし、生きたことがあった。そしてそう知った後では、もはやこの両親の子であるという物語は、無数の夢の中の一つの夢にすぎなかった……。
  未知なるカダスを夢に求めて。だがそれが、つねに既知のものであり、覚醒時には思いもよらない結びつきが異様な見かけを作り出しているのであることに、彼は極めて意識的だ。彼は夢のヴィジョンについて友人に熱っぽく書き送り、同時に、絵だったり、文字という極めて親しい「他」だったりする出典を明かして、小説の結構としては自分が信じているわけでない転生や、記憶の遺伝という説を採るのだと語る。彼は夢で虚空に飛び込み海底の砂に埋もれた都市に至る。私の中の私の外には星空が拡がり宇宙がある。それは私の死をも無視して存在しつづけるだろう。ある時は壮麗な都セレファイスとして、またある時は廃墟に刻まれ読まれるのを待つ文字として。
 久しぶりに生家に戻ってみると、戸棚と思っていた場所は壁で、誰も蔵書のことなど覚えていない。もはや内容もさだかでないあれらの本は、読んだこと自体が夢だったのだろうか。それとも、失われた物語にはその後世界の中で見出すことになった夥しい書物のどこかで、そうとは知らず再び出会っているのだろうか。(初出『季刊 幻想文学』1996)
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by kaoruSZ | 2004-09-22 17:25 | 批評 アルシーヴ(文学)