おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

「おおつかあ〜、かどま〜ん」

 二つ前のタイトルを「つるかめランドとは何ぞや」とつけたとき、たとえば「カルチャー・レヴュー」を経由して関西方面から読みに来てくださる方々(がいるとして)に通じるとはまさか思わなかったが、元ネタがわかる人も読者の中にはいるだろうとうっすら期待してもいたのだった。ところが、南大塚萬重宝によれば、

大塚に住んでいると聞いて「角萬だね」という人に 20 代はいない。仮に言ったとしても、それは誰かから聞き覚えた固有名詞である。更に「おおつかぁ〜、かどまぁ〜ん」と叫んだ場合、その年齢はもう 10 歳ほど跳ね上がる。言い換えると、どんなに高齢であっても角萬という言葉を知っているためには、20 年以上東京に住んでいる実績が必要なのだ。

「角萬とは何ぞや」になると、これを知る人はさらに稀少だろう。ここはやはり説明しておかねばなるまい。
 再び同サイトより引けば、

大塚駅北口の線路際にある坂道、その途中に我らが角萬はあった。言い忘れたが、角萬とはこの町唯一の結婚式場である。戦後、都内のあちこちに「角萬とは何ぞや」という意味不明の看板が現れ、その意表をついた宣伝効果で名を馳せたのだった。高度経済成長の頃、角萬はビルを建て、その屋上には、いにしえの都・京都にある金閣寺が、燦然と輝いたのである。

 南側商店街奥の大塚名画座へはよく行ったものだが、角萬がその上に立つ土地を確認したことはない。だが、JR(当時は国電)大塚駅のプラットフォーム(むろん高架である)に隣接してこのビルは建っていたので、大学へ通う朝夕、電車の中からよく見えた。金閣寺が乗っているとは知らなかったが、プラットフォーム側のビル壁面(ビル内?)には、黄金の鶴が何羽もディスプレイされていた(亀がいたかどうかは不明)。東京で見つけたキッチュな風景としてどこかに写真が載ったのを見たこともある。戸田の旧マルエツの二階壁面に掲げられた「つるかめランド」という文字を見て、私が連想したのは、まさしくこの金ピカの角萬であった。「おおつかぁ〜、かどまぁ〜ん」と呼ばわるCMがかつて流れていたことは萬重宝紙面にあるとおりである。

「角萬とは何ぞや」の文字が東京じゅうに現われた話は、私は父から聞いた。「何だろう、何だろう」とみんなが言っていると、次には「角萬とは結婚式場なり」と出たというのだ。

かつて将来の展望を見誤り、営団地下鉄丸の内線の駅設置を蹴り飛ばした大塚にとって、都電の電停は最後の砦。曲がりなりにも「ターミナル駅だもんね」をたらしめる存在だ。乗り換える電車があるのだというプライドを、それなりにまともな「雨漏りのしない」電停が死守している。駅ビルは無理だとしても、出来れば専属駅員や駅長室も作って欲しいと願う今日この頃である。

 ここにもあるとおり、大塚には都電が通っている。スタンプ四つで一回分が無料になった大塚名画座に、私はある日、都電でのんびり行ってみようという気まぐれを起こし、町屋から乗り込んだ。それが運の尽き——何とその日は、巣鴨のお地蔵さんの縁日だったのだ。駅という駅から年寄りが乗り込んでくる。動作がのろくて全員が乗り込むまでに時間がかかるから電車はベタ遅れ。着席するかつかまるかしたのを見届けずに発車して転ばれてもいけないから、運転士も慎重になる。電車は遅れに遅れるし、若いこっちとしては席も譲らざるを得ない。まあ、それはいいのだが、映画には上映開始時刻というものがあって、待ってくれないのだ。(まあ、フィルムセンターと違って日に何度もやるし、途中からだって入れてくれるから見られたけれど。)

若者を池袋に奪われ、年寄りを巣鴨に奪われ、山手線のつなぎ役に徹する町・大塚。

 これには笑った。確かに大塚まで来ると、次はもう池袋、と思うものだ。
「小さくて手薄な大塚限定情報」、homeは下記に。

http://www.edagawakoichi.com/ART/takanophoto/sunbbs/


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by kaoruSZ | 2005-09-29 00:36 | 日々 | Comments(1)
Commented by Star_hands at 2011-02-23 02:16 x
懐かしいですね おおつか~かどまあ~ん
私の年代ではcmだけ。見た事もありませんでした。
なぜ? 未だに記憶に残っているcm 今日ここで謎が解けました(笑)
ありがとうございます。