おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

夕暮の諧調、あるいは秀子の白いブラウス

 闇黒と純白の間であらゆるものが生成する。6日夕、電車に置き忘れて行方不明の傘と病んだ奥歯を抱え、前日の睡眠わずか一時間(それも机に伏して!)のまま『稲妻』('52)に酔う。走行中のバスのフロントグラスをスクリーン内スクリーンのようにとらえた手前に、『秀子の車掌さん』を見たあとではすっかり大きくなったと言いたくなる高峰秀子が乗務しているショット(そのあと、彼女のアナウンスにつれ銀座の柳が窓外を流れてゆく)から、浦部粂子と並んで画面奥へ向かって去る高峰の闇に浮かぶ白いブラウスに至るまで、刻々と変化する黒白の諧調の豊かさに浸った。

 思えば季節が夏の成瀬映画をずいぶん見た気がする。開け放たれ、幾重にも建具が錯綜する家に人々は押し寄せてくる。『女の座』は『東京物語』のパロディのように、笠智衆が倒れ子供たちが集まってきたところからはじまっていた。笠智衆は元気になってしまい、子供たちのなかにはそのまま居座った者もいたが、ここでもまた、血のつながったの、つながらないの取りまぜて、「有象無象」(高峰秀子の言)がひしめくことになる。

 夫を亡くした次姉が、夫の妾で子を産んだばかりの中北千枝子を訪ねるのに高峰が同行するとき、中北の住まいのそばを流れる小さな川も、そこにかかる橋も、二人がそれを渡るとき橋の下をくぐる船も、会見のあと橋の上で話す二人を窓から中北が見ているのも、みんないい。高峰秀子にからむ長姉の愛人・小澤栄の嫌らしさ名演で、彼が次姉ともできてしまったことを高峰が悟るあたりの見せ方もうまい。姉二人、兄一人と高峰の四人で父親も四人、母は浦辺粂子、寝てしまった前回新文芸坐で見たときでさえ、浦辺粂子がいいことだけはわかった。覚えているのは息子に、あんたの父親は立派な男でどんな子が生まれるかと楽しみだったよ、と本人の前で嫌みたっぷりに言うところ、長〜い蕎麦を高峰が食べるところ、一人のお父さんから四人を産んでほしかったと高峰が浦辺に言うところ、二階の窓から稲妻が二筋走るのを見たあと帰る浦辺を送るところぐらいだから、かなり寝てしまっていたわけだが。(その稲妻も、人工的な渦巻きが一瞬クルクルするのを二つ見たと思っていたのだが、今回見たらちゃんとした稲光だったから、あれはどうしたのだろう。スクリーンに見たと信じたものは、まぶたの裏にきらめいたネズミ花火だったのだろうか。)窓にもたれた高峰の姿は覚えているのに。どうも、あの稲妻は花火と交換可能のように、私(私の頭ではなく)には認識されているようだ。(現に今、「稲妻」と打とうとして「花火」と二度打ってしまった。)

『秋立ちぬ』の少女は血縁のない少年を兄にすることができなかったけれど、『女の座』は(ふたたび『東京物語』をなぞるように)、両親と(寡婦である)息子の嫁・高峰秀子が一つ家に住む可能性で終る。もしお嫁に行く場合はわしらの娘として、と笠智衆は言うのだが、『稲妻』の高峰が二階を借りることになった家の女主人も、嫁に行った前の借り手は自分の娘のような気がすると言う。中北が二十万を要求し、姉がそれに対して五万を提示する、そうしたやりとりの中でさえ、しかし、姉の本妻としての権利を声高に主張する高峰の理解できないことには、姉は自分が産んだのではない、しかし亡夫によく似た赤ん坊に引きつけられていた。こうした雑居性ゆえに、高峰は根上淳(若過ぎてわからなかった!)と香川京子の美しい兄妹宅の縁先に腰をおろすことになるのだし、母が二階に間借りさせていた若い娘が書物の詰まった本棚を持ち、壁に絵を飾り、蓄音機で音楽を聞き、両親がそうであったように「火のような恋愛をしたい」と思っていたからこそそのような生活を理想として思い描くことができたのだから、父・母を一人に限る正しさに拘泥しない方がいいというものだ。普段は「二食」[にじき]のつましい生活をしているこの若い娘は、皆の留守に小澤が押しかけてきたときも、二階まで上がってきそうな勢いなのを誰もいないと嘘を言って食い止めてくれたのだった。

 しかし、非血縁の共同体を称揚するあまり血縁をいたずらに蔑する必要もないわけで、産んでほしくなかった、幸せだと思ったことは一度もないと口走る高峰に、あたしだって産むんじゃなかった、そんなことを言われるくらいなら産まなきゃよかったと浦辺が言い返す、他人ならば破滅的な、しかし親子間ではありふれているこうした言葉(内容的に実の親子でなかったらありえぬものだが)の応酬さえ、和解という言葉すらふさわない何事もなかったかのような自然さで終熄に至るのだ。いつの間にか窓の外に降りていた夕闇、そして高峰の目に映る花火——いや、稲妻。母を送ってゆくとき、闇の中には彼女たちの顏と高峰のブラウスばかりが白く浮かぶ。彼女と姉が、はるか彼方まで一直線に続く白く乾いた道をバスに乗って中北千枝子を訪ねた無惨な昼と対極にあるしっとりと滲む闇が画面に満たされ、後ろ姿になったとき、浦辺は黒っぽい着物を着ているので、私たちの目に残るのは高峰の白いブラウスばかりになる。
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by kaoruSZ | 2005-10-08 09:16 | ナルセな日々 | Comments(0)