おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

カ、カワイイ……


 29日7時の回、『君と別れて』('31)。相変らず寝る時間がなくてはじまりは眠かったが、水久保澄子の文字通り目のさめる美しさで覚醒。栗島すみ子は昔の美人だが、このひとは現代のアイドル顏。橋上での会話、吹き寄せられたゴミが浮いている掘割。ああ、『秋立ちぬ』だ……と思っていると、男女(芸者の水久保と、姉さん芸者吉川満子の息子である学生)が電車で出発、ロング・シートに並んで会話するのを正面から捉える。(あ、『鶴八鶴次郎』だ……)と思っていると、着いた先は女の故郷の海辺の村。『秋立ちぬ』の子供たちがタクシーに乗って行き着いたのは埋め立て地の茶色い海でしかなかったが、ここではいきなり、荒々しい「本物」の海が。一升瓶を割ってしまった弟役の突貫小僧が笑わせる。でも、ここは牧歌的な場所ではなく、突貫小僧のおつかいも酒飲みの父親に命じられてのもの。娘を食い物にしている父親は下の娘までも芸者にしようとしていて、水久保はそれを何としても阻止したい。二人で海を見ながら彼女は本当はこんなところからは逃げ出したいのだと嘆く(サイレントなので字幕である)。それに続いて、

  私、もう何処か遠い所へ行ってしまひたい。○○さん、私と一緒に行つてくれる?

 目を見張ったのは、この文字が波さわぐ海景に重ねられたこと。それまでは無地の背景の上に文字が出ていたのに、そしてこのあともそうなのに、この一枚だけは実景の上に文字が出るのだ。今のはなに? なんなの!(と大興奮)。

 嘘よ、と即座に水久保は打ち消す。

 このあと、もとの町へ戻って、彼が不良仲間から抜けようとして喧嘩になり巻き込まれた水久保が刺されるという事件が。病院でベッドの中から顏だけ出していてさえ、水久保の愛らしさは光り輝く。おかげで男が釣り合いません。悪いけどこのカップル、あまりに容貌の差ありすぎ* 。

『秋立ちぬ』の子供たちは、子供であるがゆえに大人の都合に翻弄され、望ましい家族を作れず(父の本妻の子である実の兄姉に冷たくあしらわれた少女は、友だちの少年をお兄さんにと望むが、大人たちはむろん歯牙にもかけない)、死に等しい別れを経験しなければならないのだと思われた。しかし、そうではなかったのだ。大人になってもさして状況は変わらない。それどころか、事態はいっそう悪化しているとさえ思われる。水久保の怪我は大したことなくすんだけれど、彼女は「遠いところ」へ行かなければならない。妹だけは「清いままで」いさせるために、もっと稼げる遠い場所へ「住み替え」をするのだ。「遠いところ」、それは仏印か屋久島かはたまたラホールか** 。

「遠いところ」へ行く者たち。『乱れ雲』の加山雄三もその最後につらなる者だった。『乱れる』の加山雄三が行き着いた先も——思えば、高峰秀子が「次で降りましょう」と言い、降りたのが川と橋*** のあるところであったのは偶然ではなかった。『乱れ雲』で司葉子は加山が船出するのを見送らねばならなかった。「一緒に行く」ことはかなわない(例外として『浮雲』。しかし結局は……)。水辺は成瀬における死と別れの場所なのだ(それはすでに『夜ごとの夢』で——圧倒的に——明らかだ)。

*だから、「嘘よ」という科白にも、そりゃ嘘だよね、ほかに言える相手もないから、自分を慕っている年下のコに言ってみたんだよね、と半分茶々を入れたくなる。『君と行く道』の佐伯秀男が電車の中で見初める堤真佐子の御面相も……(失礼! 門付けの姉さんのときはそんなこと思わなかったんだけど)、知らない同士で見つめ合い、惹かれ合う、電車内の場面そのものはいいのに、なんでこれが「理想の女性」なの???ではあった。

**水久保澄子にとってそれはフィリピンだったらしい。この、あまりにも美しい、そして全く聞き覚えのない、たんに私が無知なばかりではなく、今に名前が残っているとも思われない女優の名を検索すると……なんと彼女、実生活でも、芸者照菊同様、親に寄生されていたらしい。それが原因らしい、自殺未遂もしている。そしてそこから逃れた先がフィリピン人の金持ちとの結婚……それがまた、『女が階段を上る時』の高峰秀子みたいな、騙された結婚(相手が既婚という意味ではなく)……。きっと成瀬監督がこんな役をやらせたせいだよ!

***『女の中にいる他人』で、神経衰弱になった小林桂樹が保養に行く温泉では、川に吊り橋がかかっている。あとからやってきた新珠三千代、(直後に夫から殺人の告白を聞かされる)トンネルへ入ってゆく夫に、「この先に何かあるんですの?」吊り橋から河原へ投身自殺があったのを観客はすでに知っているからこれは怖い質問だ。
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by kaoruSZ | 2005-10-01 07:22 | ナルセな日々 | Comments(0)