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おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

ピアノ伴奏つき成瀬その2

『君と別れて』で、字幕が無地の背景の上にではなく、海景の上にあらわれてびっくりした話は前に書いたが、『限りなき鋪道』でも同じことが起こっていた。どちらも、人物は画面に写っていない空ショット。電話をする男の映像に続いて、 銀座で会おうという声が、声だけ先回りして銀座の風景の上に出る(サイレントだから文字で)のだ。そのままキャメラは、約束に従って二人が会う銀座の街並へ進んでゆく。これはなかなか面白いテクニックで、あるいは私が知らないだけであってさほど珍しいことではなく、同時代の別な監督もこうしたことをやっているのかもしれないと気づいた。それにしても、二本の映画のどちらでもこのやり方が非常に効果的で、たとえポピュラーな方法だったとしても凡手のわざではない。Oさんにこの話をすると、ああ、オーヴァーラップするんでしょ、といわれる。オーヴァーラップ。その言葉で考えたことはなかった。Oさんはそう呼ぶのか。別に間違いではないけれど、しかし私はそうは呼ばない……。なぜだろう? 実景にオーヴァーラップすることが重要なのではなく、文字の背後が実景であることが問題に思えるからだろうか。いったいその違いは何か。トーキーで言えばヴォイスオーヴァーにあたるわけだが。

 Oさん、『君と別れて』はよかったでしょうと言っても賛同してくれない。あまりにもメロドラマでと言う。でも、海辺の村へ行く電車の中がよかったでしょうというと、見落したという。私も前回はよく見てなかったらしいのだが、ヒロインが、私たち何に見えるかしら。恋人同士? 兄妹?と言うと、それまで正面から、シートに並ぶ二人を写していたキャメラは、百八十度回り込み、彼らの上方の同じ画面に、幼い男女の子供のペアの顔を入れ、続いて、今度は反対側の電車の〈外〉から、窓越しに二人の子供を捉える。そして、そのあとも車内にいろいろな組み合わせが二人一組でいる様子を――共通点はどれも仲むつまじいこと――次々に映し出す。幸福そうな人たち。そのあいだも質問は答えられないまま続いている。「兄妹ね」というヒロインの声でこの緊張は解ける。

 Oさんの賛同を得ようとして、でも女優が可愛いでしょうと顔で釣る。現代的な顔だとOさんもようやく頷く。今だってアイドルになれるとウェブにあったと言うと、松浦理英子に似ていないかとOさん。確かに似てるかも。松浦がアイドル顔なのだ。ヒロイン――水久保澄子のその後の悲しい物語をOさんに聞かせる。『君と別れて』の相手役の男優が合わないとOさんけなす。年取ってる。私もそれはそう思う。あらためて見ても、電車の中の科白もほとんど彼女ひとりの自作自演のように見える。でも、それも悪くない。所詮兄妹以上にはなれない相手に彼女は束の間の、実現されるべくもないファンタジーをあじわっているわけで。この男優は、今回はじめて見た野村浩将の与太者シリーズに、三人組の一人として出ていた人。そこではずいぶんよかった。
by kaoruSZ | 2006-01-27 05:28 | ナルセな日々 | Comments(0)