おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

『父 中原淳一』(2)

 この本、(1)の続きが書けないでいるうちに返却期限をとっくに過ぎてしまっているので、一度返して、折りを見て仕切り直すしかないと思っているのだが、返す前に簡単な覚え書きだけでも記しておく。

 著者の中原洲一は淳一の長男で1944年生まれ、すでに鬼籍に入っていることは、名前で検索して遺作展の記事があったことから知った。画家だったのだ。今回、中原について急に関心を持ち、別冊太陽の「美しく生きる 中原淳一 その美学と仕事」を取り寄せたが、 この編集には次男である中原蒼二 がかかわっており、蒼二氏は父とその作品をめぐり現在その他のプロデュースもやっているらしい。次女の中原すみれが父親の作品を再現して本を出すなどしていることは前から知っていたし、その本も見たことがあったが、『父 中原淳一』で長女の名は芙蓉というと知った。中原が自らの娘に与えた名は、「芙蓉」に「すみれ」だったのだ。(洲一という名は満洲からだろうか? それよりも、当時すぐ連想されるのは大八洲国――「希望ハ躍ル大ヤシマ」――だったのかな。いずれにせよ時代が刻印された名前だろう)。蒼二という文字づかいは、『虚無への供物』を思い出させる。もしかして中井英夫、ここから取った? おまけに姪がシャンソン歌手で名は美紗緒――ヒサオの名は十蘭からということはわかっているけれど。

 しばらく前まで河口湖近くに中原淳一美術館があったそうだが、そこでこの本を売っていたとは思えない(他の子供たちがかかわっていたから)。現在この本は流通していない。内容をかいつまんで紹介しようと思ったが、中原洲一はあまり論理的、分析的な文章を書く人ではなかったようだ。改行の多いぷつんぷつんとした文の並列は、パラグラフごとに意味を押えられる性質のものではないのだ。断片的というのでも必ずしもなく、流れを追うことで何を言いたいのかが浮かび上がるので、一部を抜き出すのは難しい。

  彼は少し頭でっかちだった。鼻翼は膨らんでいた。口唇は厚かった。
  小柄で足の短い男だった。
  それらのことを、本当によく知った男だった。
  いつも白い革の高靴をはいていた。
  ぼくの父。

 これは最後から二番目の章の結びであり、人が「詩」として知る形式にたまたま似通っているが、他の部分はここまでぶつ切れではない。自らの父についてこのように表現できる人に文章力がなかったとは言えまい。この断章はこれだけでも味わい深いが、この直前の部分と続けて読まれることでまた違った意味を生じる。

「父が全盛期の頃、ある高校教師から送られてくる詩作品のために、父は雑誌の二頁をさき、それに自分の絵を添えて発表するようになった。/その挿絵作品が非常に気に入ったぼくは、そのことを父に伝えると、彼はそれが自分でも最も気に入った仕事であることを教えてくれたのである。/その詩のための絵には、いつも男が単身描かれてあり、その男の顔には深い憂いがたたえられ、作品によっては寂寥として悲愴である。そして、肩口から腕にかけては広く太く、激しいデフォルメがほどこされ、それに比して長く細すぎるような足が腰からすっと伸びていたのである。/ある場合には、彼の手には厚く包帯が巻かれ、はっきりと彼が傷を負った者であることを表わしている。/ぼくは、それが心の中の父自身でなくては、他の誰でもない、と考えている」

 この直後に、先の引用部分が続く。
 この挿絵も詩も、お望みなら、当時の高校教師(現在は詩人と肩書きがある)の文章とともに「別冊太陽」で見ることができ、あまっさえ、挿絵の男をそのまま人形にした作品の写真まで載っている。
 
 さらにその前の部分には、中原の明かされることのなかった同性愛についてこのように書かれている。

「……彼はそれを社会に対し隠し通したのである。(……)が、いったい、彼のような才能豊かな芸術家に、そういうことを陳腐な日常会話で言ったり、物語らなければならないような必要や、意見があったであろうか。/彼が絵を書き、衣服を創作し、雑誌を編集するそのすべてのことが、自己とは何かを、何ひとつ余す所なく、包み隠さず、表わし主張しているのである」
 
 後半についてはそのとおりだが、前半はそれ自体陳腐なもので、所詮時代の制約の正当化にすぎず、それを今に持ち越すこともない。だが、中原にせよ三島にせよ塚本にせよ、そうしたホモフォビックな批評が彼らに対して相も変わらず行われているのは、この論理によるということを、指摘しておいてもいいだろう。
 それにしても私が不思議に思うのは、中原が息子によってかくも理解された幸福な父親であることが、なぜもっと広く知られていないのかということである。


『父 中原淳一』(1)http://kaorusz.exblog.jp/4297234/
『父 中原淳一』(3) http://kaorusz.exblog.jp/4429355/
『父 中原淳一』(4) http://kaorusz.exblog.jp/4469181/
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by kaoruSZ | 2006-04-19 03:44 | ジェンダー/セクシュアリティ | Comments(0)