おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

クイアー・シェイクスピアのほうへ

【古いのが出てきたので載せておく。これは活字にならなかった。】

高橋康也編 『シェイクスピア・ハンドブック』(新書館)


 十五人の執筆者による百十の項目から、ここでは真先に目を引いたいくつかを取り上げることにする。まず、〈詩〉(大橋洋一)。『ソネット集』後半に登場する「ダーク・レイディ」を詩人の実生活上の情人と見なしながら、前半での美貌の貴公子への讃美と愛情の吐露は、パトロンに対する当時の社会的・儀礼的慣習にすぎぬと注釈するあまたの学者[サヴァン]のあとで、「ダーク・レイディ」との関係は「前半とのパトロンとの関係を性欲化、男女関係化したもの」、つまりは後半が「前半の同性愛関係の異性愛による偽装」でありうるとの指摘に出会うのは何という快い驚きであることか! 第三のジェンダーたる「少年」への欲望。だが、もしいま作者が生きていたならばこれを少年愛とは限定せず、「異性愛批判とゲイとレズビアン共同体との関係として描こうとするにちがいない」と大橋は言う。当時と現代のジェンダー観の違い、その帰結としてのジェンダーの脱自然化(さらには性[セックス]そのものが構築されたものであることの示唆)、現代のゲイ・レズビアン批評(「Q[クイアー]批評」)とシェイクスピアとの関連等への言及を含む、〈現代批評〉(大橋)、〈ジェンダー/フェミニズム〉〈セクシュアリティ〉(以上、浜名恵美)の項をぜひ読まれたい。異性装、同性愛、両性具有――「いまQ[クィアー]批評は、本格的な考察から外されてきたこうした側面を強烈に照射しはじめている。来るべきクィアー・シェイクスピアの出現に向けて」(大橋)。「シェイクスピアの新たな解釈と上演は、異性愛を当然視している多くの人々を認識の危機に直面させる」(浜名)ことができるだろうか?
(1995)
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by kaoruSZ | 2007-05-03 14:44 | 批評 アルシーヴ(文学) | Comments(0)