おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

レディメイドと実人生の紙の上での偶発的な出会いのように……

10月13日の記事「チョー現実」その後
 11月10日(水)、錦糸町の駅前というか、駅右側のビル内の本屋(同じ階に映画館があるらしい)で巖谷国士の『シュルレアリスムについて』を見つけ、調べるとやはり「シュルレエル」となっている。文庫本なので即購入。なんでそんなところにいたかは秘密。

■同日の一つ前の記事「マーヴィンはいくつだった?」その後
 11月13日(土)午後3時前、池袋東武百貨店内の旭屋書店で『ロートレアモン/イジドール・デュカス全集 全一巻』(石井洋二郎訳)を発見。同名の書物なら渡辺広士訳のものを持っているが、最近出たのか、と函から出して、薄葉のかかった表紙を開くと2001年発行。三年も前なのに、本の存在すら知らなかったなんて。アンテナ鈍りすぎ。群小書店で文庫だの新書だのを見境なく(他に買いたい本がなくて)買わずに、ときどきは大きな本屋を見なくては。ともあれ、〈彼〉がいくつかを確かめる。「彼は十六歳と四ヶ月」やっぱりそうだったんだ。そしてミシンと洋傘は——「偶発的な出逢いのように」と訳されている。訳注を示す数字に導かれて詳細な註釈を見ると、十六歳と四ヶ月は初版印刷時のジョルジュ・ダゼットの実年齢に一致するとある。そうか、この話なら、すでに読んで知っていたはず……。『マルドロールの歌』初版とは、言うまでもなく、のちには絹のまなざしを持った蛸だのなんだのといった怪物に置き替えられることになるマルドロールの前に現われる存在が、ただダゼットと(本名で)記されていた版である。

〈彼〉の美しさの瑜のうち、ねずみとりに関する記述は、広告の文言をそのまま写したのだろうという。うなづける話。鳥たちの飛び方の記述も丸うつし。そうだろう(そうでなくちゃ)。それが書くということだ。愛の対象の名前も丸うつし。しかるのちいずれもリファレンスから切れる。「ミシンと洋傘と解剖台」が一緒になっている図も、デュカスがどこかで見たに違いないと探しつづけた研究者が、とうとう、別のページにだが、ミシンと洋傘と外科道具がともに載ったカタログを見つけ出したという。モンテビデオから父親が送ったものだろうというのだが、これはどうだろう? こちらの場合は、偶然の出会いが事後的に形成される事例でありうるし、ついに偽の出典を研究者が同定してしまったと見なしたい。

 一万円近い本だけれど、その場で買ってしまわなかったのは値段のせいではない。その直前、最近とみに酷使否愛用しつづけていたリュックサックの底がほころびて始末に困り、池袋の地下道で千円也のリュック(とてもその値段には見えない)を急遽購入、もとのリュックごとおさめて背負っており、重い本を買うわけにはいかなかったのと、そのあとシンガポールからの客の原宿、銀座めぐりにつきあう予定だったから。13日の記事にある原稿は結局書かれずじまいで、代りに『オニババ化する女たち』書評を書いた。

 これは「ミシン 傘」で検索したときに見つけていたものだが、講談社選書メチエ編集部にこんな意地悪なメールを送った人がいる。

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お忙しいところ恐縮なのですが、加賀野井先生の「ソシュール」を拝読させていただいているのですが、ちょっと質問があるのです。

P75にある「アポリネールがシュールリアリズムの本質を表現しようとしていたあの『手術台の上でのミシンとコウモリ傘との出会い』になぞらえて、、、」とあるアポリネールの著作はなんでしょうか?

P181では原典にあたる重要性を強調されているのに私も強く同意します。それゆえに上記の原典を読んでみたいのですが、、、
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以下は返事。赤字は原典のママ。

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さて、お寄せいただいた『知の教科書ソシュール』に関するご質問について、著者加賀野井先生に確認しましたのでお知らせ致します。

アポリネールの言葉として紹介されていた「手術台の上でのミシンとコウモリ傘との出会い」は、実はロートレアモンの言葉でした。

先生のうっかりミス で、ご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ございません。言葉の出典は『マルドロールの歌』だそうです。ちなみに、アポリネールは「シュルレアリスム」の命名者とされているそうです。
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『知の教科書 ソシュール』は私も買ったところだったのが(見境なく買ってしまうもので)、上記のような質問は浮かばなかったがと思い該当箇所を見直すと、“アポリネールが「あの文句にはシュルレアリスムの本質が表現されている」と言った”とも読めるので(そんな事実の有無は知らなかったが。そういう意味だと言って押し通さなかったのは正直と言えば正直)、私は好意的に読み過ごしたのだと分かる(まさか出典を知らないとは思わないからね。思いがけない出会いの例として引くのはどうしようもなく陳腐とは思ったけれど。著者の名誉——まだあるとして——のために言っておくと、「シュールリアリズム」という表記はさすがにしていなかった)。
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by kaoruSZ | 2004-11-14 06:55 | 日々 | Comments(0)