おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

カテゴリ:読書ノート(1)( 13 )

1974年のTRANSSEXUAL(12)

(Jan Morris“Conundrum”についてのノート)

美しき日々、美しき人々

 私に寄せられた好意は、必ずしも同性愛的なものではなかった。私はまだ女らしい容姿にはなっていなかったが、自分は同性愛ではないということもはっきりと分かっていた。しかし、後になって気がついたのだが、イギリスの上層社会には、同性にも異性にも関心を抱く両性愛的な本能が強く脈打っていたのだ。パブリック・スクール制度、イギリス的風習の抑制、種々の変人や異端者に対する寛容さ等、上層社会の特性は、すべて、その背後に潜む男同士の関係を色濃く反映していたといっていいだろう。伝統ある英国陸軍の栄誉ある騎兵連隊もその例外ではなく、全般的には若い将校たちには、溌溂としていて容姿端麗であることが要求されていた。このような男同士の関心は、無邪気な騎士気取りであり、ある程度は遊びであり、そしておそらく、ある程度は代償行動だったのであろう。それが肉体的な関係にまで発展することもあったかもしれないが、私の場合は、そのような関係にまでは至らなかった。/とにかく、デリー騎兵——第九英国騎兵連隊でもそういう風潮が見られたことは間違いない。それは、連隊内の生活に暖かさと刺戟を加えていた。部下の頚が太すぎると愚痴をこぼす将校もいた。それを聞いて、優秀な戦車指揮官にそんなことを要求するのは不当だと思ったことを覚えている。下級将校がより集まって、自分達の容姿を競いあったりすることもあった。(46)

 立ち読みした本だが、『エロス身体論』で小浜俊郎は男女の非対称性を言うのに、女が男に惹かれるのにまるきり容姿が関係ないような書き方をしていた。しかも、男の側の容姿がこのようにひどくても、と具体的に書き並べるので、読者は立ち止まって記述の真実性に疑いを抱くと同時に、そこまで言いつのらねばならぬほど著者は容姿にコンプレックスがあるのかという意地悪な気持ちを掻き立てられる。
 一方、プロ野球選手会のストライキのニュースを見た荷宮和子が、「古田のルックスって、男としては間違いなく『いい男』だけど、女だったら間違いなく『ブス』だよな」と思った。「この種のコンセンサスが世の中に存在しているために、女に生まれてしまった側は不公平感から逃れられないわけだが、しかし、これをどうにかする方法が有り得るのか、と考えると、「うーん……」にならざるを得ない、とも思うのである」(『フェミニズムはなぜ没落したのか』)と書いているのも、筆者としては「うーん……」である。どうにかする方法がありうるかというより、どうなったら荷宮さんは満足なのか? 古田レベルの女が「いい女」とされればいいのか?(別に古田選手に恨みがあるわけではないが。)それ以前に、本当に男は顏ではないのか? 『なぜ没落したのか』がオウム真理教にも言及していたことからの連想だが、あの事件が発覚した当時、ある友人はあの醜男について行くというのがどうしても理解できない、と言っていた。(では、ペ・ヨンジュンならどう? 「オヤジ」が韓流ブームをバカにするのはたんなる嫉妬だ。彼と彼めがけて押しかける若くも美しくもない日本人女性たちの出会いは、「物事の子供っぽい裏面」(イジドール・デュカス)であり、子供っぽくも単純な真実を物語っているのではないか。)

「もちろん」仲間たちはモリスとは違って「女にも興味を示し」、女を買っていた。モリスは、誰もが巻き込まれているこうした男女間のゲームの傍にいながら(売春宿まで、はじめて行く仲間を送って行ってやったりもしている)、それにけっして加わることなしに、魅力的な若者たちと世界を巡っていたかのようだ。着いた港で友人と食事に行ったときのことを思い出すと、「なんとなく幸せな気分になる、ちょうど、女の人が、楽しかりし青春時代の初めて男と一緒に外出した夕べのことを思い出した時と同じようなものだろう」と言い、巧みな筆で映画の一場面のように切り取ったディーテイルを描き出す。
 忘れがたい友人オットーの肖像にモリスは三ページあまりを費やしているが、ここでは、「私はオットーを愛していたのだ」(49)というステイトメントと、夜、トラックの荷台に二人寄り添い、スエズ河畔を走っているとき、オットーがモリスの肩に腕を回して、「ちくしょう——君が女だったらなあ」(50)と言ったという回想を紹介しておけば十分だろう。
 軍隊時代を振り返ってモリスはこう総括する。

これが私の青春時代——少女時代の代用であった。

 除隊したモリスはジャーナリズムの世界に入る。通信社の海外派遣員になり、世界を気ままに旅行する生活に乗り出す。当時男でなければ絶対につけなかったであろう職業、のちに名声のさ中で打ち捨てることになる職業だ。モリスによれば、そうした行動的な生活自体、実は周囲との違和感の結果だったという。

 私は軍隊が大好きだったが、真にその一員になることはできなかった。この男性社会に身を置くことは楽しかったが、長くいるわけにはいかないということもわかっていた。また、いわゆる観察者の役割がなんとなく気に入り、それを職業とするまでになったが、それでもときどき、観察者であるよりも当事者になりたくてたまらなくなることがあった。ちょうど、子供のころ、東西両方の風景を自分のものだと思いながら、自分がそのどちらにも属していないことを感じていたように、私は今も、自分が人類のどの区分にも属していないような気がしている。(52-53)
 
 この世の中で、独立しているということは素晴らしいことである。また、自分が特異な存在であることを知るのは、誇らしいことにちがいない。しかし、完全に独自な存在で、仲間が全くいないということになると、人は、現実を、幻想のように感じるようになるものらしい。(53)
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by kaoruSZ | 2004-12-16 11:22 | 読書ノート(1) | Comments(0)

1974年のTRANSSEXUAL(11)

(Jan Morris“Conundrum”についてのノート)

男たちのあいだで

 性別適合手術はもちろん、ホルモンを使うことさえなかった時代に、男の恰好をして男たちの中で働き、男として生きた女性たち(アメリカの話だったと思う)について書かれた本を読んだことがある。彼女たち——彼らというべきか——の一人は、男同士の場合にのみ男たちが見せる、女に対するときには絶対に見せない態度の魅力について証言を残している。過去の無名のFTMトランスジェンダーは、あくまで男として男たちの中にあることに喜びを見出していたのだが、モリスが男に変装して男の社会に潜り込んだ女性に自分をなぞらえるとき、いうまでもなくそのようなケースは想定されていない。とはいえ、モリスもまた、そのような状況を楽しんでいたことには変わりない。

男性社会に潜り込んだ女の人は、誰にも見咎められずに盗み聞きがでいるという、特権的な立場におかれたような気もするにちがいない。一人の男として男たちの間にいるのがどんな気分のものだったか、私はもう忘れてきているし、今後もそのような状況に置かれることは、絶対にないといっていいだろう。しかし、それは、非常に楽しい体験であった。みんなが私に対して何の別け隔てもない態度を示してくれるのが、意外に思えた。みんなに受け入れられたことで、私は奇妙な満足感をおぼえた。(43-44)

 これはモリスが自分を男ではないと思っているため、男として受け入れられたことを「意外」と言っているのだが、同時にモリスは、性的対象としての「男」ならびに男だけの世界では「女」となりうる自分の魅力についても、けっして鈍感なわけではない。

 ところで、男性社会に潜り込んだ女の人の心を最も強くとらえるのは、何といっても、ハンサムで溌溂とした若い男たちにとりまかれている楽しさであろう。当時私は、その楽しさをあまり意識していなかったが、それをおおいに楽しんでいたことは間違いない。/(……)まわりの人たちは、ときどき本能的に、私の中に女を感じていたらしい。そういうことは、その後もよく起こった。女の人がそれを感じとってくれると、私は気が楽になった。その人の前で男らしいふりをするのは、気骨の折れることだったからだ。男は、それを感じとると、思いもかけないくらい親切にしてくれるのだった。したがって、私は、軍隊でも、ラーンシング・カレッジにいたころと同じように、庇護者にはこと欠かなかった。私の本が盗まれると、誰かがとり返してきてくれた。議論に負けそうになると、必ず誰かが支援にのりだしてきてくれた。英国機甲軍団の訓練所に入っていた時も、私のポンコツオートバイがなかなか始動しなくなって困っていたりするとすぐ誰かが手を貸してくれた。サンドハーストで私と同室だった士官候補生は、私の頼む雑用を、何でも、つまらないことほど熱心にやってくれた。勝手な憶測かもしれないが、彼はむしろ喜んで、その雑用をやってくれていたような気がする。
 こうした取り扱いを受けているうちに、私は、自分が切羽詰まった状況に追い込まれることなど絶対にないと思うようになっていった。そうなる前に、必ず誰かが、仲裁してくれたり、許してくれたり、私にかわって矢面に立ってくれたりするものと、勝手に決め込んでしまったのだ。こういう心理は、女なら誰でも、身に覚えがあるにちがいない。
(44-45)

 女が甘やかされ、依存心が強くなること。むろんそれは、肝心なところで権力を奪われていることの裏返しなのだが、後年、手術後のモリスも、若いころと同様に、これを不愉快でないと言っている。男に「なった」ことで他人の態度が変わった、以前にように軽く見られず丁重な態度で遇されるようになった、自分の中身は変わらないのにという意味のことを書いていたのは、たしかMTFの虎井まさ衛さんだったと思うが、モリスの場合はその逆で、ウェイターから軽く扱われるようになる。「もちろん、私にも、いすをひいたり、コートを着せかけたり、ドアを開けたりというような、習慣的に女性に対してはらわれる敬意は、ちゃんとはらってもらえる。しかし、そんなのはとるに足りない敬意であって、いっしょにいる男性だけが正式の客と見做されているということが、私にはよく分かるのであった」(211)

 けれども、そういうことはすぐに「ごく自然」に感じられるようになったとモリスは言う。「習慣と環境の力」はそれほど強いのだと。(まさに、「女はこうして作られる」である。)

「ふつうの女がもっと若いころにそれ[女に対するさまざまな制約]に適合していったのと同じような経過をたどって、それに適合しようとしていたのであった。もちろん、それは、決して不愉快なことではなかった。男たちの恩に着せるような態度が頭にくることはあっても、親切にされるのは非常に嬉しかった」(211-212)

 モリスは〈セクハラ〉にさえ「適合」するだろう。とはいえ、それは百数十ページ先のことだ。今は男として男たちのあいだにいたモリスの話をもう少し続けることにしよう。
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by kaoruSZ | 2004-12-09 09:38 | 読書ノート(1) | Comments(0)

1974年のTRANSSEXUAL(10)

(Jan Morris“Conundrum”についてのノート)

男の世界へ

 暴力に嫌気がさしてカレッジを飛び出したモリスは、英国陸軍に志願し、第二次大戦中でヴェネツィアにいた第九槍騎兵連隊に着任する。十七歳だった。だが、走りづかいの少年というわけではない——下士官である。モリスは言う——「なんとなく、栄誉やロマンスを求めて軽騎兵に変装して戦場に潜り込んだ数奇な物語のヒロインにでもなったような気分だった」(37)。この連隊というのが、たとえば日本の軍隊などからはおよそ想像できない、優雅な紳士の社交場なのだ。「軍隊での生活は、私を男に仕立てあげるどころか、逆に私の女らしさを一層自覚させることにしかならなかった」(37-38)というモリスは、「華やかさとクラブのような閉鎖性で知られていた」「粋で華麗な組織」(38)にしたがって、イタリアからエジプトへ、パレスチナへと移動——転戦ではない——して、至極家庭的な、連隊内での生活を送る。「私が在籍していた第二次大戦直後の時期には、第九槍騎兵連隊は比較的穏やかな任務についていて、完全な成人男性の世界での生活は不思議な優しさと思いやりに満ちているという印象を私にもたらしたのであった」(39)

 のちにこの連隊が解散することになったとき、モリスはジャーナリストとして取材に行って、ある軍曹から、「こういう連隊が長い間うまくやってこれた秘密の一つは、イギリスの階級制度にあると思います。つまり、そのために、兵隊たちは将校を羨んだりしなかった。差別があるのは当り前だと思っていたんですよ」(40)と言われる。「将校と兵士の間には、はっきりとした、深い溝があった」(39)というわけだ。モリス自身は、こういう差別はなくした方がよいと考えて、上官というよりも仲間として部下に接し、部下の方でも特別の信頼を示してくれたと回想する。そして、「将校たちの間には強い家族的な意識があって、まるで軍隊にいるような雰囲気ではなかった。年齢は無視され、階級もあからさまに問題にされるようなことはなかった。誰に対しても特別な敬語は使われなかった。連隊長は「ジャック連隊長」「トニー連隊長」などと呼ばれ、他の人はみんなクリスチャン・ネームで呼ばれていた。将校間の敬礼は、便宜上習慣的に行なわれているにすぎなかった」(40)「当時はまだ、こういう仲間のあいだでは、それなりの教養や品性が要求されていたものだった」(41)

 ところで、もし女の人が、うまく若い男に変装して、二十[はたち]前の男たちの閉ざされた特殊な社会に潜り込んだとしたら、その人はどういう気がするだろうか? ちょっと想像してみていただきたい。/というのは、自分がまさにそういう状況に置かれていると、私には感じられたからだ。軍隊でまず痛感したのは、私が、他の同年配の男たちとは根本的に異なっているということであった。他の同僚たちと同様、女の子たちとの交際をおおいに楽しんだが、私は決して、彼女たちと寝たいとは思わなかった。同僚たちの心を占めていたような性的欲求は、まるで感じなかった。私の性的欲求はもっと漠然としていて、接合よりも愛撫を求めていたのだ。私は、ほんとうは、男の愛を求めていたのであろう。しかし、そうだとしても、その欲求は抑制されていた。性別[ジェンダー]に関しては、私と友人たちとの間では、チーズとチョーク、ドンドン叩く音とセレナーデ位の差があることがわかった。兵士たちの心を一つに結びつけ、数多くの苦難に対して勇敢に立ち向かわせる男性的な衝動——まさに男性的な感覚であるその衝動を、私はどうしても実感としてとらえることができなかった。(42-43)

 チーズとチョーク。また難しい比喩を。「ドンドン叩く音とセレナーデ」とは、リズムとメロディーの変形というわけだが……。

 もし女が男だけの世界に潜り込んだとしたら、その女の人は、まず、津々たる興味にとらえられるにちがいない。敵陣に忍び込んだスパイや、伝統あるロンドンのクラブに招待されたディナー・ゲストのように、彼女は、他の人びとの行動を観察するのに熱中することだろう。私も、まさにそうだった。第九槍騎兵連隊で、この社会の形態や態度に対して人類学的とも言えるような興味を抱くようになったおかげで、私は今日の職業にたずさわることができたのだと思っている。文筆家として必要な分析力や観察力も、連隊内にすわって、誰にも気づかれずに分析や観察をくりかえしているあいだに身につけたものだ。それによって、私は、自分が他の人たちとはかけ離れた、全く別個な存在だということを悟った。他の人びとの行動には、男性的な性的衝動が深くかかわりあっていたのに対し、私の場合、それがまったく見られなかったからである。(43)
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by kaoruSZ | 2004-12-05 22:35 | 読書ノート(1) | Comments(0)

1974年のTRANSSEXUAL(9)

(Jan Morris“Conundrum”についてのノート)

確 信

 C.S.ルイス(この人は有名な「ナルニア」の作者で、もともと神学者のはずだ)は、「『男らしさ』と『女らしさ』の違いを、リズムとメロディー、握りしめた手と開いた手の違いにたとえている」(35)のだそうだ。うーん、わかるようなわからないような。甥のピアノの発表会に行ったとき、写真屋のニイチャンが記念写真を撮るのに、男の子は手を握って左右の膝の上に置き、女の子は開いた手を膝の上に重ねるよう指示しているのを見て一驚したものだけれど、そういうやつかな? ともかくべつべつであれば、二元論になりさえすれば、それでいいのだろうか。それとも、何か深遠な意味がそこにはあるのだろうか。「ハーモニー」と「チョキ」にした手をそれぞれ加えて、いっそ三分法にしちゃあどうだ?

てなことはモリスはまったく思わないので、「たしかに、私が自分の内部に聞いたものは、メロディーであって、ドラムの響きやファンファーレではなかった。また、私の理性が時にうちにこもることがあっても、感受性は、いつも外部に向かって開きすぎるぐらいに開いていた」とルイスに賛同する。

私のような状態を『性別[ジェンダー]混乱』(gender confusion)と呼ぶことが一時流行ったが、こんなばかげた呼び方はない。ピアノの下で自己認識したあの時以来、私は、自分の性別[ジェンダー]に対していささかの疑念も抱いたことはないもだ。他人[ひと]には打ち明けなかったが、私の確信は変わらなかった。それを変えさせることは、何物をもってしても不可能であったろう。その確信にくらべれば、身体や器官や道具[原文傍点]がちがっていることなど、とるに足りないことに思えた。したがって、私は、それらにまるで興味を感じなかったのである。(35)

 モリスが見落していること、それは、女性のセックスを持って生まれてきた子供が、モリスのように何ものにもゆるがされない確信をもって自分は女だと認識するかどうかということだ。モリスやC.S.ルイスのいうジェンダーは、非歴史的なものである。当然だろう。地上のナルニアがその影でしかないような永遠のナルニアが存在する。それまで読んできたナルニアがほんの入口でないような素晴しい世界が、ナルニア物語が登場人物の事故死で終ったあとにはじまり、それを書きあらわすことはルイスの力ではなしえない。永遠に女性的なジェンダーを自分が所有しているとモリスは確信している。セックスなど永遠の影にすぎず、完璧なジェンダー=魂こそは永遠だ。それでもクリスチャンならざるモリスは影を求める。名状しがたいものが地上においてなしとげられることを求める。

 とはいっても、肉体の魅力に全く無関心だったわけではない。私は、ときどき、世俗的な人生を送りたいという、奇妙な欲求に悩まされることがあった。妙なことに、自分が、誕生から死に至る決まりきった人間のいとなみから締めだされていて、それを、自分には関係のない出来事として、遠くから、あるいはガラス越しに見ているような気がしていたのだ。他の人びとの生活は、この営みに密接しているが故に、私の生活よりも現実的で、家庭的な存在になっているのだと思っていた。要するに、私は、母親になりたいと思っていたのである。そして、自分が母親になれないと分かっていたからこそ、処女懐胎に憧れていたのにちがいない。私はいつも赤ん坊が大好きだった。ときどき中年の独身女性が可愛さのあまり赤ん坊を誘拐してしまうという事件が起こるが、そういう女性の心理に匹敵するぐらい、赤ん坊が好きだったといっていいだろう。したがって、後に母親となるような年齢に達した時、自分が依然としてその能力を備えていないことに気づき、次善の策として父親になったのである。(35-36)

 赤ん坊を誘拐する中年の独身女性の心理などというものは、普遍的なものでも非歴史的なものでもないといってもはじまるまい。自分にとってはすべては明解だったとモリスは言う。「私は、性別[ジェンダー]が女なのに性[セックス]が男だという間違った身体に生まれてきた。したがって、完全な姿になるためには、その一方を他方に合わせるしかないのだ。私は、この問題を四十年間考えつづけてきた。そして今では、完全な解決は不可能——残念ながら、母親になった男というのは、奇跡としてさえ存在しない——だということを知っている。しかし、それでもなお、それ以外の解決策というのは考えられないのである」(36)

 なるほど、処女が子を産む方が、男が子を産むよりやっぱりありうることだったのだ——奇蹟としてだけれども。〔3章終り〕
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by kaoruSZ | 2004-12-05 18:36 | 読書ノート(1) | Comments(2)

1974年のTRANSSEXUAL(8)

(Jan Morris“Conundrum”についてのノート)

セックスとジェンダー?

 それが、セックス(性)だったのだ。それがジェンダーと別のものだということが、私にはすぐに分かった。いや、私の内部にある、私が「女性」だと確信している要素とは異質だということが分かったと言った方がいいだろう。人間関係と密接に関連しているその要素と、干し草のなかでのボルソ−ヴァーのいななきとの間には、直接的なつながりはないということも感じた。考えてみれば、もしその時相手をしてくれる下級生がいなかったら、ボルソーヴァーは自分だけでいななくために、一人で干し草の中に駆け込んだことは間違いない。したがって、私の感じたことは、間違いなかったわけだ。 (34)

 今の私たちには馴染み深いが、邦訳の出た1976年当時には明らかにそうではなかったこれらの概念を、ここでモリスは導入する。昨今新聞紙上に「ジェンダー」が登場するときは「(社会的、文化的性)」と説明がついているものだが、ここでは、「セックス」に較べて異様に長い割註が二行組で付されている——(元来は言葉の性別を意味する文法用語。精神医学・心理学に導入され、日本では、あまり適切ではないが「性別」と訳すのが定説となっている)
 だが、この「性別」は、生物学的な——性器の違いによる——性別という基盤に上乗せされる「文化的性」の謂ではない。モリスによれば、セックス(性器/性行為)がどうであろうと、ジェンダーはそれとは無関係に「内部」に——より深く、より本質的で、唯一の真実として——ある。だからモリスは、そのセックスが原因で女であるわけではない。(いや、モリスのみならず、女性器(女の「セックス」)を持つ者もまたそうだということになろう。)

 性別(ジェンダー)というのは、私の考えでは、肉体とは全く関係のない、もっと本質的なものなのである。それは、魂であり、才能であり、その人をとりまいているものであり、感じ方を支配するものであり、明暗を与えるものであり、内なる音楽であり、一挙一動の中にひそんでいるものであり、生殖器や卵巣やホルモンが作りだす愛と人生よりもっと真実な愛と人生を作りだすものだといっていいだろう。それは、人間の本質であり、霊魂であり、完全なる統一体の断片なのである。

 通常は性器がもたらすeffectと考えられているそれらの特徴を、モリスは性器から切りはなそうとする。ごらんのように、それは物質を離れたプラトニズム的本質主義 ——「ホルモン」でなく「霊魂」——に近づくが、モリスはむしろ「霊魂」の側にこそ〈実体〉があるのだと主張する。「性別[ジェンダー]が性[セックス]に付随した想像上の概念ではないこと」 を、モリスはC.S. ルイスの文章を借りて私たちに説く。

「性別[ジェンダー]というのは、ある実体を表わす言葉で、その実体は、性[セックス]よりも基本的なものである。性というのは、要するに、全ての生物体を器官 によって二つに分類するものにすぎない。『女の性[セックス]』は『女性の性別[ジェンダー]』が備えている多数の属性の中の一つにすぎないのだ。我われは『男』『女』という性の区別などたいした意味を持たないような次元にある実体として『男らしさ』『女らしさ』をとらえなければならない」(35)

 美しい花がなくとも、花の美しさは存在するということか。だが、昨今驚くべき速さで広まった「性同一性障害」についての言説を見るなら、今や「脳」こそが「霊魂」だと信じられていることは明らかなのだから、私たちはモリスを笑うことはできない。
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by kaoruSZ | 2004-12-02 09:15 | 読書ノート(1) | Comments(0)

1974年のTRANSSEXUAL(7)-2

(承前)

とにかく、それは、あの大聖堂が私に約束してくれたものではなかった。女性たちが息を殺した声で初夜を語るとき、心の中に想い描いているものではなかった。(33)

 モリスの言いつのる内容はひかえめに言ってかなり奇妙なものだ。「女性たちが息を殺した声で初夜を語るとき、心の中に想い描いているもの」? だとしたら、たとえジェイムズ・モリスが女性性器を具えていて、身体が「結びついた」としても、それはとうていそのような期待に応えられるものではなかったに違いない。上記の引用文には実はさらに驚くべき言葉——「処女懐胎とは程遠いものだった」が続く。

その行為は、新たな悩みも作りだした。私の身体が、開き、与え、征服されることを熱望した時でも、私の道具がそれに応じなかったからだ。私の道具は、別な機能を果たすように作られていた。それが私の身体についているのは、何かの間違いだとしか思えなかった。/求婚者たちは、私が一番好きだった人でさえ、私が燃えないのを物足りなく思ったにちがいない。しかし、私は、故意にそうしていたわけではない。身体を求められるのが嫌だったわけでもない。ただ、彼らほどそれに熱中できなかったというだけのことなのだ。

 では、何だったら、モリスは「熱中でき」たのだろう。何にだったら「燃え」たのか。どんな状況においてなら、彼の「道具」は「応じた」のだろう? モリスはそれを書かない。そもそも、処女マリアが手本とされる「女性」は、いかなる状況でなら「燃え」ることができるのか? モリスが「求婚者たち」とのシーンで勃起しないとしたら、それはそもそも男として快楽を得ることが彼には禁じられているからだ。ペニスを使って自慰をすることは、自分が男であることを思い出させてしまうゆえに、モリスの避けたかったことに違いない。
 とはいえ、この本にそうしたあからさまな記述は一切ないし、干し草置場での「初めての性体験で、最も生なましく私の記憶に残っている、最も官能的な印象は、正直に言って、「上級生・ボルソーヴァー」[これは映画のタイトルによるのではないかと思われるが未確認]のぎこちない抱擁や、情熱の吐息、私のズボンを脱がせようと焦る手の動きといったものではない」と、否定形(「といったものではない」)でしかモリスは体験を伝えない。その代りとして、モリスは「現実効果」をあげうる描写を置く。「それ[ 最も官能的な印象]は、身体の下に感じた、かすかに腐食した干草の温かい感触と、下の納屋から漂ってきた発酵したリンゴの香りなのである

 触覚と嗅覚という五感の中でも下位の感覚に頼るいかにも「文学的」な描写をスクリーンにすることで、この文は干草の上でモリスが見、聞き、触れ、味わい、嗅いだ、それ以外のことに言及するのを巧みに回避しおおせている。
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by kaoruSZ | 2004-11-15 11:42 | 読書ノート(1) | Comments(0)

1974年のTRANSSEXUAL(7)-1

(Jan Morris“Conundrum”についてのノート)

干草の感触、リンゴの匂い

 回想を記すジャン[Jan ;これは男女どちらでも通用する名前]・モリスはもともとはジェイムズ・モリスという名前で、セックス[性器]について言えば男であった。だから、が自分は女であると主張するなら、それとは別の何ものかに依拠する必要がある。
 それが「ジェンダー」だ、とモリスが主張することになるのはけだし当然であろう。聖歌隊の少年だったときは男女の身体の違いさえ知らず、ただ神に女の子にして下さいと祈るばかりだったモリスは、パブリック・スクールに入ると女の代りに追い回されることに喜びを見出すが、その果てにセックスが主役となるとき、当惑を覚えることになる——。

それが具体的な性行為にまで発展してくると、私は、反撥といわないまでも、かなりの抵抗を感じた。その行為が、私の美的感覚に、どうしてもなじまなかったからだ。調和するものは、何もなかった。私たちの身体は結びつかなかった。また、恋愛ごっこのあいだは誰彼かまわず相手をしても別に害はなく、楽しかったが、密接な肉体関係を結ぶとなると、それほど親しくない者を相手にするのは、野蛮なことだとしか思えなかった。(32-33)

 ゲイ男性ならもっと気軽に関係を結ぶだろうが、女性——少なくとも、当時モリスが生きていた社会と階級の女性——はそうではあるまい。自分が同性愛者でないとはもっとあとでモリスが明言していることだが、しかしこれはが男が好きでなかったということではない。モリスはあくまでも男が好きなのだが、男のままでその愛を実践したのでは、同性愛になってしまうのだ。そしてずっとあとのページでモリスが記すところによれば、「人間は誰でも、肉体的にも精神的にも互いに愛し合う権利と能力を持っているという考えに基づき、全ての性的関係を容認している私は」——このようにはじまった文章が次のように結ばれるのに、人は驚くに違いない——「これまでずっと、同性愛者の感情に注意を払ってきたが、どうも、同性愛者の悲哀と本質は、彼等に子供ができないということに代表されるような気がしている」(85)
 
 子供、子供、子供——。「子供なんて不幸な女の慰み物よ」という、「罪のなかの幸福」(バルベー・ドルヴィリ)のヒロインの台詞を教えてやりたくなってしまうが、考えてみればジャン・モリスこそ、その不幸な女、しかも、子供を産むことはできないので、慰めすら得られぬ女に他ならないではないか。ドルヴィリの短篇小説のヒロインは愛人の妻を男と共謀して殺すのだが、罪の意識に少しもさいなまれることなく、男との愛の生活を全うする。しかしモリスには自分を求めてくる男との性的充足は許されない。なぜだろう。身体が「結びつかない」? それくらい、何ほどのことがあろう。生殖につながるために誤解されているが、異性間性交はたんにそれを行なう人間が多数派であるという以上の意味を持つ行為ではない。まして、「人間は誰でも、肉体的にも精神的にも互いに愛し合う権利と能力を持っている」と言うモリスなのに。(この項続く)
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by kaoruSZ | 2004-11-15 11:37 | 読書ノート(1) | Comments(0)

1974年のTRANSSEXUAL(6)

(Jan Morris“Conundrum”についてのノート)

パブリック・スクールで

他の人たちも同じ問題で悩んでいるのかもしれないと思って、友人の一人に、そっと探りを入れてみたこともあった。もしかしたら、男の子はだれでも女の子になりたいと思っていて、私のように悩むのがあたりまえなのではないだろうか? こんな考えが、ときどき私の心を捉えることがあったからだ。歴史も宗教もマナーも、そろって、女性を崇高な讚えられるべき存在として扱っているのだから、そういうことも充分あり得るような気がしていた。(29)

 この発想自体、なかなか面白い。相手の友人は、「私の質問をくだらない冗談として受けとり、たくみにうけながしてしまった」という。それはそうだろう。

 私の通っていた高校は前身が東京市立中学で、当時は女子の定員が少なく、一クラスが男36人に女12人という構成だったが、ある日、国語の男性教師が、異性に生まれていたらよかったと思う者は手をあげるようにと言ったことがあった。私は手をあげたが、そのとき、女子はほとんどがそうだろうと思っていたので、意外な少なさに驚いた記憶がある。男子はそれ以上に少なかった。はーいと元気よくあげた男の子は、「女は得だもの」と口走っていたようだ。しかし、一番印象に残っているのは、教師がその直後、「ぼくも女に生まれればよかったと思ったことがあるけど、今はやっぱり男に生まれてよかったと思う」と言ったことである。何が「やっぱり」なのか、その説明はなしに彼は授業に戻ってしまったけれど、いかにも自己満足的な中年男の言明は心に澱のように残った。今思うと、彼の自己満足が、そのまま、女に生まれた者に対する否定、侮蔑、哀れみ等につながるのを、それなりに感じ取っていたのだという気がする。

 不意に浮かび出てきた自分の思い出を記したあとでは、「私のジレンマが生殖器に起因しているなどとは、思いもよらなかった」というモリスの陳述を、さほど不自然なものとしてではなく受け取れるように思う。(「今でも、そうではないような気がしている」とモリスは続ける)。(29-30)確かに私も、ペニスを欲しかったわけではないし、他の女の子たちが私同様自らの性別に不満を持っているだろうと思い込んでいたのは、もっぱら社会的な要因によっていたと思う(後年、身体的に男になりたいと強く思う時期を経験することがあって、そのときは反対に、「男にだったら私だってなりたい」(社会的に有利だから)と言った友人を、何もわかっていない、と思ったものだが)。

 ただし、モリスの場合、女について社会的にも身体的にも知っていたわけではない。なにしろ、モリスが知っていた女とは、もっぱら処女マリアとしての女なのだから……。パブリック・スクールに「進学すると、すぐ、人間の生殖について、非常に詳しく教えられたが、その仕組みは、私には、まるでつまらないものに思えた。今でもそう思っている」と断言するモリスは、あとで見るように、自分は母親になりたかったのだと言う(36)。どうやらそれは、処女のまま受胎し出産する母親だったようだ。

どんな生物にも何の苦もなく処理できて、人工的にも簡単に再現することのできる生殖の営みなど、このうえもなく無味乾燥に思えたので、私は、マリアの処女懐胎が賛美されていることに、何の不思議も感じなかった。私は、今でも、風や日光、音楽や想像力からの生誕に対して、強い憧れを抱いている。そして、生誕の秘密や私の謎が、単にペニスやヴァギナ、睾丸や子宮にかかわる問題だとは、どうしても思えずにいる、私の謎が、身体の器官ではなく、私の自我そのものに関連していたからである。(30)

 ラーンシング・カレッジでの経験について、モリスは二つのことを書いている。一つは、暴力的な男らしさへの嫌悪である。すでに第二次大戦がはじまっており、カレッジ自体オックスフォードから田舎へ疎開していたが、そこでモリスは、監督生と呼ばれる上級生たちから「いちばんよく殴られ」る生徒であり、行軍演習でも配属の士官に暴力をふるわれる。原因は些細なことであり、そのためにいつも怯えて過ごさねばならなかった。もう一つが「性[セックス]に関すること」で、それをモリスは、「楽しかったこと」として回想する——。

監督生の力強い手がティーショップのテーブルの下でこっそりと私の身体に触れてくるのを感じる時、私は、前の週に彼に殴られたことなど忘れて、空き箱の上で泣き叫ぶ哀れで卑屈な子供としてではなく、もっと大人びた、自信と自制心を持った自分のほんとうの姿で、その監督生に接することができ
た。
(32)

 当時の自分は、「美貌とまではいかなくとも、健康でスラリとしたかなり魅力的な少年だったとモリスは言う。ずっとあとの章で、四十代の手術前のモリスがホルモン投与により男女どちらともつかない姿になるのを私たちは読むことになるが、そのときの彼も、若返ってなかなか魅力的だったらしい。

イギリスの学校制度が現在のような形をとっているかぎり、そういう少年が求愛の対象になることは避けられない。私もそういう立場に立たされ、ほんとうは少女だという私の確信が、それまでになかった新しい形で満足させられたのだった。少年たちの間の淡くはかないロマンスにおいて少女役をつとめることは、私にはきわめて自然に思われた。そして、そのプラトニックな側面を、私は大いに楽しんだのである、追いまわされるのは楽しかったし、讃美されるのは嬉しかった。また、六年生の中に何人かの庇護者を持つことは、実用的でもあった。階段の陰で接吻されるのも、楽しかった。寮の中で一番ハンサムな上級生が、休日に私とデートしようとして苦労しているのを見ると、私はすっかり得意になった。(32)

 要するに、『アナザー・カントリー』や『モーリス』で私たちにもおなじみになった世界なのだけれど、ジャン・モリスに萌える人はあまりいまい。男性読者が自分の性生活にばかり興味津々なのにモリスは驚いており、彼らを満足させるようなことは自分の本には書かれていないと言っているが、モリスが、おおかたは性について男性よりはるかに無関心だと信じていた女性読者を満足させるものもここにはない。なぜなら、こうして描かれたモリスには、性欲を持った主体を感じさせるものがおよそ欠けているからだ。
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by kaoruSZ | 2004-11-11 19:54 | 読書ノート(1) | Comments(1)

1974年のTRANSSEXUAL(5)

(Jan Morris“Conundrum ”についてのノート。ようやく2章へ)

大聖堂の中で

 成長するにつれモリスは、自分が「偽りの生活」をしているとはっきり感じるようになる。本性は女でありながら、男の外観をかぶり、男に化けて生活している——。本性と外観が調和した本来の姿になるために、女の子の身体に移し変えられることを熱望する——こうした考えは、家庭や家族の影響ではなく、オックスフォードの生活によって形成されたのだと、私は思っている。(15)一九三六年、モリスは九歳で聖歌隊員のための学校に入り、オックスフォードの一員になる。中世に創立された少年十六人だけの寄宿学校で生活し、毎日クライスト・チャーチの大聖堂での礼拝に参加することになったのだ。私を作りあげたのは、オックスフォードである。(16)とモリスは言う。

クライスト・チャーチでの生活は、私の内部に、処女崇拝の感情を育てあげていった。この、奇跡と脆弱さに対するあこがれが、ゲーテの『ファウスト』の最終行に「われらを引きあげて行く」と述べられている「永遠の女性」——真の女らしさに対するあこがれと同一のものだということを、私は後になって気がついたのである。(17)

 先回りして言うと、2章の最後でモリスは、性を転換したいという衝動は、ふつうの人には、奇怪なものに思えるかもしれない。けれども、私は、それを、恥ずべきことだと思ったことはない。不自然なことだと思ったことさえない。私は、まったく、ゲーテと同意見なのである。(28)と述べている。女性性へのあこがれ、それが、女を対象とする男からのそれではなく、あこがれの対象になることへと変換されて語られるのだ。3章のはじめではこうも言う。「もしかしたら、男の子はだれでも女の子になりたいと思っていて、私のように悩むのがあたりまえなのではないだろうか? こんな考えがときどき私の心をとらえることがあった(……)歴史も宗教もマナーも、そろって、女性を崇高な讚えられるべき存在として扱っているのだから、そういうことも十分あり得るような気がしていた

 だが、真の女らしさとは何であろう。それについて考える前に、モリスが例によって官能的な文章で描き出す、オクスフォードの美しさを見てみよう。聖歌隊の少年たちが午後になると遊ぶ運動場が気に入りの場所だったとモリスは語り、マーヴェルの「庭」を引き合いに出す。そこはまさしくモリスにとってのエデンだった。

隅の方に大きなクリの木が三本あって、むせるような甘い香りに満ちた静かな夏の昼さがり、私はよく、その木の下の丈の高い草むらの中に寝ころがって、誰に見咎められることもなく、恍惚とした時を過ごした。カエルがあちこちで跳ねまわり、私を飽きさせなかった。目の前の草の上では、バッタが身を震わせていた。オックスフォードの鐘が、ものうげに時を告げた。(……)マーヴェルは、エデンの園もアダムが一人だけで散策している時が最もすばらしかったにちがいないと述べているが、私が今日までに、いくつかの都市をはじめ、土地、風景などに対して感じてきた陶酔は、まさに性的なものだたといっていいだろう。それは、肉体的な性的感覚よりも純粋で、しかも、激しさに於いてけっして劣ることはなかった。この、手軽に得られる、やや歪んだ陶酔に私が親しむようになったのは、あの遠い昔の、むせるような薫りに満ちた(……)オックスフォードの夏の午後以来なのである。(20)

 イヴのいないアダムならぬ草むらの中でイヴになりたいと夢見る幼いアダムは、はるかな未来にその願いを叶えることになるだろう。しかし彼女のアダムを得ることはけっしてない。そのことは、だがその追い求めるのが「肉体的な性的感覚」ではなく、むしろ処女崇拝、処女のまま母親になることであったと知れば、さほど不思議ではないかもしれない。

 大聖堂での礼拝のあいだ、モリスは我が身に起こっている神秘的な現象について思いに沈む。(24)本当にキリスト教を信じたことは一度もないと言いつつも、「性転換症がしばしば神秘的な装いを帯びる」という学者の指摘を紹介し、性を超越した人々を古代人が神聖視したことや、自分の親しい友人たちが、「私の苦悩の中に一種の啓示のようなものを見出している」ことを引き合いに出し、他のどこよりも、大聖堂で、自分の謎に没入するようになったと言う。(25)
 
 毎日、大聖堂にいるあいだだけは、自分の本来の姿に立ちかえることができた。子供なりに、一種の解脱の域に達していたといっていいだろう。ピンクと白と緋色の礼服につつまれ、音楽や言葉や装置に啓発されて、私は少年であることを離れ、神聖で無垢な境地をさまよっていた。あのクリの木の下での陶酔よりも直接的ではなかったが、もっと完全に解放されていたその恍惚境に、私は今でもあこがれている。おそらく、修道女たちも、このような境地を味わっているのであろう。(26-27)

 いつの日か、身体の殻を脱ぎすてて自分の本来の姿になること——(27)確かにこれはそのまま修道女たちのものだとしてもおかしくない願いではあろう。

 大聖堂の心がそれを是認し、私の願いを完全に理解してくれていることを、私は確信していた。どうして、そうでないわけがあろう。礼拝は、その最も崇高な側面で、私が女の本質だと考えているものを切望していたのだ。また、私たちの礼服自体私たちの男らしさを否定しているように思えたし、すべての福音書の中で不思議で優雅な存在として扱われている謎の存在・処女マリアこそ、キリストの物語に現われる人物の中で最も美しく、キリスト本人よりもはるかに完全で神秘的だと、私には思えたのだから……。(27) 

「そして神よ、どうか私を少女にしたまえ。アーメン」(27)祈りの言葉のあとの一瞬の沈黙のあとに、モリスは胸の中で唱える。けれども、神がどうやって私を少女にするのかなどということは、まるで考えていなかった。自分の願望の内容を、詳しく具体的に考えたこともなかった、だいたい、裸の女体などほとんど見たこともなかったので、男女の身体がどう違うかということさえよく知らずに、理屈ぬきで、ただ本能から祈っていただけだったのだ。(28)

 問題の本質が性器の違いでなければ、性器はそのままで「女」として生きればよい(それが可能なら)とも考えられるが、性器がそのままでは他の人々から「女」として扱われないので、そのことが問題なのか? やがてパブリック・スクールに進学したモリスは生殖について詳しく学び、また上級生たちの愛の対象とされるが、そうしたことが彼の確信にどう影響することになるか、それは次回に。〔2章は1回で終り!〕
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by kaoruSZ | 2004-11-06 09:46 | 読書ノート(1) | Comments(0)

1974年のTRANSSEXUAL(4)

「女の魂」 

 自分は人と違うというモリスの漠然たる意識は、やがて——事後的に——トランスセクシュアルとしての自覚に収斂してゆく。
 牧歌的な子供時代の記述の直後に、診断が——分類がはじまる。「性転換症」や「服装倒錯」といった単語を、私たちはカタカナ語とすることで和らげ、おどろおどろしさを拭い去ってきたが、そうした単語はリアルタイムにこの翻訳を読んだ人々にとっては、今日トランスセクシュアルやトランスヴェスタイトという語で私たちが知っているものとはおよそ異なっていたはずだ。十数年前(ぐらいかもっと前)、アメリカの刑事もののドラマに「女装の男」(一般の人はそう見ただろう)が出てきた——当時二ヶ国語で聞けるテレビを持っていたので録画していたのだが、吹替えで聞くと「君はおかまなんかじゃない、本当の女性だ」という科白が、オリジナルでは“You are not transsexual”だった。「性同一性障害」という語が驚くべき速さで人口に膾炙する以前、それは「おかま」だったのである。

 モリスの記述は、これとは全く異なっている。彼女の分類に関する認識は、今日私たちが知っているものとほとんど変わらない。
 トランスセクシュアル——ここでは「性転換症」——の原因と見なされているものについて、先天説(遺伝、胎児に対するホルモンの影響)、環境説(乳幼児期の環境すなわち両親との関係で女々しい男の子、おてんばな女の子が育つ)、そのミックス(「生まれたての子供はすべて、完全に男でも完全に女でもないので、心理学でいう『刻印づけ』のされやすい子供が、環境によってこのような現象を起こすことになるというのだ。」[「刻印づけ」とはインプリンティングであろう])をモリスは紹介し、どの説が正しいのかはわからないが、今でも恐らく何十万人という人がこの現象に苦しんでいるに違いなく、「最近やっと、この現象は『性転換症』と名づけられ、同性愛や衣裳倒錯症と、はっきり区別されるようなったのである」と述べ、さらにその違いを的確に説明する。

……性転換症は、まったく異質のものといっていいだろう。性的な趣向の問題でもない。性行為の相手に誰を選ぶかという問題でもない。だいたい、性行為とは何の関係もないのだ。ただ、一生の間、心の底から、自分の身体は間違いで、ほんとうは反対の性なのだと確信しているだけにすぎない。そして、真の性転換症の場合、この確信から解放された者は、一人もいないのである。(12)

 そしてモリスはここで突然、「魂」なるものを持ち出してくる。先にあげた原因(とされる)から「性転換症」が生じるというような観点を自分はとらない、なぜなら自分の問題は「魂のジレンマ」だったのだからと主張する。いや、正確に言うなら、この直前に、幼年時代に着いての記述を自分は簡単に終らせたが、「じっさい、その頃のことは、夢のようにぼんやりとしか思い出せないのだから許していただきたい」と言い、「といっても、思い出を傷つけたくないためにペンを鈍らせた部分がないわけではない」と続ける。(13)これらの記述は徴候的だ。意識的にも無意識的にも幼年時代については抑圧すると、はっきり告げているに等しい。

このジレンマを別にすれば、私の幼年時代は実に楽しかった。(13)

 それ以来モリスをつねに悩ますようになった問題の起源となるようなことはけっして起らなかった「楽しい」幼年期。それにしても「魂」とは何か? そもそも「魂」に性別があるのだろうか。(あるからこそ、女の魂は間違って入った男の身体を抜け出して、真の女の身体に入りたいと望むのだとモリスは答えるだろう。) 
 なんだか「リボンの騎士」みたいになってきたが——。
 ともあれ、「魂」に関してのモリスの見解を写しておこう。

 いずれにしても、私は、この謎の現象を、まったく別の観点でとらえている。もっと深遠なところに起因する、もっと重要な意味を持った現象だと信じているのだ、単に性だけの問題ではない。おそらく、魂の概念、自我の概念に関連した、一体感の問題なのであろう、それは、私の生活の全ての側面に関連していた。性的衝動だけではなく、 視覚、聴覚、嗅覚、建造物や風景に対する感覚、交遊関係、愛情、悲哀、精神的充足、肉体的満足感などの全てに影響を及ぼしていた。性の問題というよりは、それよりはるかに大きな問題であった。私は、それを、肉体や頭脳のジレンマではなく、魂のジレンマだと思っているのである。(14)〔1章終り〕
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by kaoruSZ | 2004-10-27 23:42 | 読書ノート(1) | Comments(11)