おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

カテゴリ:ナルセな日々( 26 )

子供たちの時間

 十月初めにかけて、池袋新文芸坐でまたも日替り成瀬特集。28本のうち結局12本見る。(ただし『石中~』は嫌いなのでほとんど睡眠にあてる。)


9/24日(水) 石中先生行状記(1950) 夫婦(1953)

26日(金) 妻の心(1956) あらくれ(1957)

27日(土) 流れる(1956) 乱れる(1964)

28日(日) 晩菊(1954) 女が階段を上る時(1960)

10/1(水) 女の座(1962) 女の歴史(1963)

3日(金) 秋立ちぬ(1960) 乱れ雲(1967)


「カルチャー・レヴュー」に書いた分で間違いいくつか見つける。『あらくれ』の舞台は明治でなく大正。「成瀬巳喜男の日々の砕片[かけら](3)――終りへ向かって」で、 

この直後、室内で司が加山に向かって口を開くまで、階段の上と下の場面以降、私たちが耳にした科白といえば、事故現場を見たときの運転手の声と、「あなた、しっかりして」と叫ぶ女の声だけで、実にここまでのあいだ、主演の二人には一言も科白がありません

と書いたが、実際は旅館の玄関で部屋があいているかと問う加山の声があったのだった(二人は一言もことばを交わさぬ、ならよし)。運転手の科白、「事故だな」ではなく「やっちまったな」だった(たしか)。

 次回の「新・映画館の日々」(@『コーラ』)は、「カルチャー・レヴュー」で書き継いだ「成瀬巳喜男の日々の砕片[かけら」」を一応締めて最終回にしようか。だったら副題は「子供の時間」か。

 久しぶりに『女の座』。これも同じ高峰秀子主演の『乱れる』同様、個人商店にかげりが見えはじめた時代の話だとあらためて気づく。道路計画を聞きつけて、土地を売って入る金の分け前を嫁に行った娘たちまでがねらっているのは、『乱れる』の高峰の義妹が店をスーパーにして自分の夫を経営に参加させようとするのと同じ構図。どちらの作品でも、長男の寡婦として家のために尽してきた高峰には、これ以上縛りつけていては気の毒と恩着せがましく再婚が奨められる。

 核家族以前のこれらの家の中で、「嫁」は後継ぎとの関係でのみ安定した「座」を得ていた。『乱れる』では、高峰が嫁いできたとき次男の加山雄三はわずか八歳、夫の戦死後、一人で店を守って戦中戦後を生きた彼女は結局のところ義弟の成長までの中継ぎとしか見なされていなかったのだし、『女の座』の高峰もまた、一人息子の死によって「家」との最も強い(そして唯一の)紐帯を失うことになる。後者の場合は、笠智衆の舅は実の子供たちの狂奔をよそに、後妻の杉村春子とともに高峰を連れ出し、土地と店を売ってこういう小さな家に三人で住むのもよかろうと道端の一戸建てを指し示す。お嫁に行くとしてもその時はわしらの娘として、と。

『女の歴史』では、男(夫、子)が女たちを結びつける(だから男の子しか生まれない)。賀原夏子が言うように、彼女の孫である高峰秀子の息子が不慮の事故で死ぬと、彼女たちは再び「赤の他人」に戻る(この家でお義姉さんだけが他人とは、『女の座』の高峰にも向けられた言葉だった)。この作品では、しかしこのとき、死んだ息子と同棲していた(彼が入籍もして「くれて」いたという)星由里子があらわれて産んだ男の子が再び三人の女を結びつける。

『秋立ちぬ』の子供たちはこうした法則を知らないから、好きな相手でさえあれば家族になれると思っている。父に死なれ、信州から母とともに上京して八百屋をいとなむ伯父のもとに身を寄せた少年は、母が住み込みで働く旅館の娘と仲良くなる。母親、乙羽信子が客の加藤大介と駆け落ちしてしまったとき、少女は彼を自分の家の子として迎え入れたいという当然の望みを持ち、少年に対しても母に頼んであげると請け合う。母に一蹴されても彼女はあきらめない。父が承知すれば母の反対は問題ではないと思い、父が彼女の望みを拒むはずはないと信じている。

 裕福なお嬢様に見えた少女だが、実は旅館は、大阪の「本宅」から会いにくる父が、妾である母にやらせているものだ。だから、父親に望みを叶える力があると見るのは正しいのだが、「赤の他人」の男の子を兄にと望むのがどれほど突拍子もないことか彼女は知らない。大阪の兄と姉の彼女に向ける目は冷たく、父親は彼女の願望を理解すらできない。馬鹿げたお願いで父をわずらわさないよう、彼女は母に叱責される。そのとき母は、金にならない旅館を手放して二人を郊外の共同住宅へ移すという一方的な計画を告げられているところだったのだ。

 デパートで夏休みの宿題の昆虫標本を買おうとした少女を止めて、少年は自分の宝物である生きたカブトムシを貸すことを申し出るが、その直後カブトムシが逃げてしまったと知る。代りの虫を見つけるのが夏の終りまでの少年の課題になる。それは流通する交換可能な商品ではない、絶対的な贈り物になるはずだった。八百屋の店で働く従兄と最初に行った先では見つからず、休みの日に郊外へ連れてゆくというその約束の日、バイクで現われた仲間に誘われて、従兄は彼を置いて走り去ってしまった。

 オートバイとともに希望の遠ざかりゆくまさに絶対絶命のこの時、奇蹟のように(というか、ほとんど冗談のように)彼の希望はかなえられる。信州の祖母から送られてきたりんごの箱を伯父があけると、そこにカブトムシが一匹紛れ込んでいたのだ。食い切れないだろうから少し店に出さないかと言う伯父にはりんごもまた商品なのだが、少年にはカブトムシしか目に入らない。彼はさっそく少女の家である旅館に向かう。しかし、旅館の外には引っ越し荷物を満載したトラックが横づけされており、家の中はは空っぽになっている。少女だけでなくその場所自体が、消え去ろうとしているのだ。カブトムシの先に実はあった目的の消失。少女の両親の会話から観客には何が起こったかがわかる。しかし、少年には物語も大人たちの都合も見通せる場所にはいないからこれは限りなく理不尽な出来事だ。

 彼はデパートの屋上に上る。そこは以前少女と遠い海を見たところだ。青く見えない、しかし近くへ行けば青いと少女が請け合う海を見るべく、彼らはタクシーで(旅館の娘である彼女は運転手につけがきく)勝鬨橋を渡って晴海へ向かった。「遠い場所」は着いてみれば黄色っぽい水の打ち寄せる埋め立て地で、夜を迎えた彼らは家に戻るしかない(そして少年は足を怪我し、二人は警察に送られて戻ってくる。この怪我のため、カブトムシを持って少女のもとへ急ぐ少年は足を引きずっている)。屋上の少年はもはやどこへも行けず、少女の行方を知るすべもない。

 カブトムシを渡すべく少女のもとへ向かう少年の姿は、『まごころ』(1939)の少女・富子が、やはり幕切れ近く、人形を抱えてもう一人の少女・信子のもとを尋ねようとしたとき、足を引きずっていたのと重なる。しかし、彼女たちの人形はカブトムシのようにその向うに真の対象である相手を有する囮ではない。『まごころ』の人形については二年前に考察しているが、http://kaorusz.exblog.jp/m2005-10-01/ そこでも述べたように、「あなたでもわたしでもない子供」、「半分わたしに似て半分あなたに似た子供」、つまりはあたかも彼女たち二人のあいだに生まれたかのような女の子であるからだ。彼女たちの考える家族とその起原は、大人たちの考えるそれとは大いに違う。二人の知識は、父と母ははじめから家にいるものではなく別々の家にいた者が家族となる(『秋立ちぬ』の少年少女は兄妹にもこれが可能だと思っていた)、お父さんは誰かの娘でお母さんは誰かの娘だったのが一つの家に住むようになる、とまではわかっているのだが、「お母さんはお祖母さんの娘だったし今も娘で、だから一緒に住んでいる」という富子の科白は、「女の座」が問題となることのない、家父長的家族ではない彼女自身の家族のことを指している。無論それは規範からは外れるので、富子の母に嫉妬した信子の母(彼女の夫と富子の母はかつて恋仲だった)が言うように彼女は父のいない子である。彼女たちが母親として可愛がるのではない、人形遊びをするにはいささか大き過ぎる彼女たちによって抱えられ、二人のあいだでやりとりされる彼女たちの分身である大き過ぎる人形は、男女のではなく彼女たち自身の絆の実体化に他ならないのだ。
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by kaoruSZ | 2008-10-10 18:38 | ナルセな日々 | Comments(0)
『君と別れて』で、字幕が無地の背景の上にではなく、海景の上にあらわれてびっくりした話は前に書いたが、『限りなき鋪道』でも同じことが起こっていた。どちらも、人物は画面に写っていない空ショット。電話をする男の映像に続いて、 銀座で会おうという声が、声だけ先回りして銀座の風景の上に出る(サイレントだから文字で)のだ。そのままキャメラは、約束に従って二人が会う銀座の街並へ進んでゆく。これはなかなか面白いテクニックで、あるいは私が知らないだけであってさほど珍しいことではなく、同時代の別な監督もこうしたことをやっているのかもしれないと気づいた。それにしても、二本の映画のどちらでもこのやり方が非常に効果的で、たとえポピュラーな方法だったとしても凡手のわざではない。Oさんにこの話をすると、ああ、オーヴァーラップするんでしょ、といわれる。オーヴァーラップ。その言葉で考えたことはなかった。Oさんはそう呼ぶのか。別に間違いではないけれど、しかし私はそうは呼ばない……。なぜだろう? 実景にオーヴァーラップすることが重要なのではなく、文字の背後が実景であることが問題に思えるからだろうか。いったいその違いは何か。トーキーで言えばヴォイスオーヴァーにあたるわけだが。

 Oさん、『君と別れて』はよかったでしょうと言っても賛同してくれない。あまりにもメロドラマでと言う。でも、海辺の村へ行く電車の中がよかったでしょうというと、見落したという。私も前回はよく見てなかったらしいのだが、ヒロインが、私たち何に見えるかしら。恋人同士? 兄妹?と言うと、それまで正面から、シートに並ぶ二人を写していたキャメラは、百八十度回り込み、彼らの上方の同じ画面に、幼い男女の子供のペアの顔を入れ、続いて、今度は反対側の電車の〈外〉から、窓越しに二人の子供を捉える。そして、そのあとも車内にいろいろな組み合わせが二人一組でいる様子を――共通点はどれも仲むつまじいこと――次々に映し出す。幸福そうな人たち。そのあいだも質問は答えられないまま続いている。「兄妹ね」というヒロインの声でこの緊張は解ける。

 Oさんの賛同を得ようとして、でも女優が可愛いでしょうと顔で釣る。現代的な顔だとOさんもようやく頷く。今だってアイドルになれるとウェブにあったと言うと、松浦理英子に似ていないかとOさん。確かに似てるかも。松浦がアイドル顔なのだ。ヒロイン――水久保澄子のその後の悲しい物語をOさんに聞かせる。『君と別れて』の相手役の男優が合わないとOさんけなす。年取ってる。私もそれはそう思う。あらためて見ても、電車の中の科白もほとんど彼女ひとりの自作自演のように見える。でも、それも悪くない。所詮兄妹以上にはなれない相手に彼女は束の間の、実現されるべくもないファンタジーをあじわっているわけで。この男優は、今回はじめて見た野村浩将の与太者シリーズに、三人組の一人として出ていた人。そこではずいぶんよかった。
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by kaoruSZ | 2006-01-27 05:28 | ナルセな日々 | Comments(0)
 あらためて、なんて言っていると忘れるし、どの作品に属す断片かわからなくなる――すでにそうなりかけているので、八日から十五日までに見た演奏つき成瀬(他に野村浩将のが三本あって、これがまたよかった)についてメモしておく。昨年見そこなって今回完全にはじめてだったのは『限りなき鋪道』(1934)。見られてよかった――戦前の銀座の町並みがかいま見られたからばかりではなく、このときすでに成瀬は成瀬だったことが確かめられたからだ。まず、ヒロインを金持ちの男と結びつける原因としての交通事故。封建的家制度下の結婚という『女人哀愁』的主題(ヒロインの最後の演説も同じ。職業婦人に戻るのも)。しかし、瀕死の夫(これも、暴走の結果とはいえ交通事故。頭を包帯で巻かれた人物を、成瀬のフィルムでいったい何人見たことか。交通事故は、遺作に至るまで便利な「口実」として成瀬のフィルムに蔓延する)に付き添ってやらないヒロインは共感を呼ばなかろう。姑(と夫の姉)の態度は、あれは科白で説明されているように「家」のことしか考えないからではありえない。他人に入り込まれることに対する嫌悪、息子/弟を取られた嫉妬からだ。

『生さぬ仲』(1932)は、岡田嘉子の実の母、可哀想。息子の前妻、後妻のどっちに転んでも孫と暮らせる二股膏薬のバアサン、調子いい! 息子が破産して、下獄までしているとき、貧乏は嫌だと、息子の前妻、ハリウッドで女優として成功した岡田嘉子のもとへ孫を連れ去ってしまう。デパート・ガールになった育ての母、観客の紅涙をしぼる。育ての母が交通事故に遭うのは、道に落した人形が車に轢かれそうになって娘が飛び出したのをかばってだった。(その直前、飛行機の玩具も空を飛んでいる。)この献身のおかげで娘も人形も無事。後段、彼女と引き離された幼い娘は、夜、人形を抱いて家を抜け出し、自転車にぶつかる(それで頭を包帯でグルグル)。今回は人形、放置される。人形からの連想もあるが、「本当のお母さん」という問題系、『まごころ』に通じるもの。ついになつかず、育ての母を恋うる娘に、彼女は全財産を与えて失意のうちに米国へ去る。父親、出所してきて、パパ、ママ、ワタシの三角形にババつきの家族、岡田の金も入ってめでたしめでたし。やっぱり岡田嘉子カワイソ! 奪い取るか、さもなければ身を引くかの二者択一しかないんだもの。後妻に全面的に譲る以外には、たまに面会に来るという道もなく、たぶんアメリカへは行ったきり。二度と戻らない。実際には、生さぬ仲の母娘の深い絆というのは、『東京物語』の義理の親たちと原節子の関係同様、ファンタジーにすぎなかろう。
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by kaoruSZ | 2006-01-18 20:34 | ナルセな日々 | Comments(2)

いい加減な目撃者

 小林桂樹の『役者六十年』を読んでいて、山下清を小林が演じた(とははじめて知ったが)『裸の大将』は、最初、成瀬巳喜男が撮るはずで、山下本人や式場隆三郎とも監督と一緒に会ったという記述に出会った。その際、山下は「兵隊の位で言えば」監督は何かを知りたがり、大将だと教えられて尊敬の目で成瀬を見るようになったそうだ。
 それはともかく、面白いと思ったのは、完成した映画を見た山下が、線路の上を犬と汽車に追われて小林が逃げる場面について、「汽車に人が乗っていなかったな」と言ったというエピソードだ。さすが目のつけどころが違う。「落ちること」や、ひるがえるエプロンばかりを見ていた頃の蓮實のように、衛生状態改善を啓蒙する映画の中で、画面を一瞬横切るニワトリしか見ていなかったアフリカの(だったか?)人たちのように。

 以前、山下清の話を教室でした教師のことを書いたが、なるほどこの映画から数年しか経たない頃だったわけで、映画によっても山下清が広く知られるようになった、あるいは、映画化されるほどに有名になった時期だったのだろう。この教師はまた、国語の教科書にあった長めの(二年生にしては)物語を何人かに分けて朗読させ、おもむろに、今読んだところには何が書いてあったかと問うた。私はいぶかしんだ。今読んだのを、彼は聞いていなかったのろうか? もう一度すっかり読めというのか?
 かいつまんで述べるということを、私は知らなかったわけではない。幼稚園で見せられた紙芝居の内容を、家へ帰ると母に語ってきかせ、さらに手紙に書きつづって祖母に送っていたのだから、そうとは知らぬままに要約することの実践をしていたのだった。しかし、「今読んだところ」には渾然として分かち難いひとかたまりのフォルムがあったので、それを言い替えることは承服し難かった。(松浦寿輝が似たような体験を書いている。教科書の文章のうち、重要なところに赤で傍線を引きなさいと言われて引いているうち、どれも重要でないところはないと思われてきて、しまいには「そして」や「しかし」にまでも引きたくなった(のだったか、引いてしまったか)というのだ。)

 小利口な教師はあらすじのまとめ方を私たちに教えたかったわけで、まあそれはいいとしよう。社会生活の中で、要点を言う能力が必要になることは大いにありうるし、啓蒙され、教育された上で、なおニワトリを見ることは可能なのだから。堪え難く思われたのは、細部の無視を彼が平然と行なうことだった。先にあげたのとは別に、同じ教科書にオノマトペを多用した物語があって、教師は自ら朗読してみせたが、不注意のせいか、目でも悪かったのか、それとも無意味な音のつらなりなどどうでもいいと思っていたのか、それをまともに発音しないのだった。まあ、二年生ならこのくらいをやらせておけと教科書編纂者がまとめただけのものだから、今思えばたいした文章だったとも思えないからどうでもいいのだが、何が書いてあったか聞く前にちゃんと読めよと思ったものだ。

 さて、以上が、映画の細部、すなわちフィルムそのものである魅惑的なノイズを無視して、物語を抽出しようとすることに抗するための枕であることはいうまでもない。藤井仁子は、『成瀬巳喜男の世界へ』所収の論文「映画の中にいる他人」(面白い)で、『女の中にいる他人』において小林桂樹が本当に殺人を犯したのか、新珠三千代が本当に夫の飲み物に毒を入れたのかは確定できないと述べていて、これはあくまで物語を読むまいという意思のあらわれでもあるのだが、小林が若林映子の首を絞めるナラタージュ(登場人物のナレーションとともに現出する、いわゆる回想シーン)が真実とは限らないというのはともかく、新珠は最後にナレーションで饒舌に物語るので、少なくとも夫の小林を殺したことは事実として提示されているし、ミステリーあるいはサスペンスとして、物語派をも満足させるだけのつじつまあわせがされ、外見がつくろわれてはいるのだ。だが、逆説的に、ある見せかけとしてのジャンルにおさまることで、その中で最大限に冒険を重ねることが可能になる。ミステリーにおいて心理的な本当らしさはそれほど重要ではない。やたらと殺人が起こるジャンルだと、あらかじめ観客は了解しているからだ。

 小林がナレーションとともに若林映子の首からはずし、枕元の花瓶へ落し込むペンダント。確かに花瓶へ入れたと声は言っているのだが、私は、三度見て、三度目にやっとそれが花瓶に入るのを見届けることができた。一度目は気にしていなかったし、二度目は、一応注意していたのに外へ落ちたように見えたのだ。私があてにならない目撃者であるばかりでなく、そもそも、重要な物的証拠であるはずのそれをしっかり効率よく見せよう――ここが大切ですよと傍線を引いて――という意思が稀薄な感じなのである(ずさんな扱いと以前に書いたのはこのことだ)。これより前、殺人の行なわれた部屋の持主である草笛光子が、部屋の花瓶にこんなものが入っていたと、被害者の夫・三橋達也にペンダントを渡している。花瓶の中に入れたというのは、警察の捜査をまぬがれ草笛によって発見されるために必要だったわけだが、藤井は、女の首からペンダントを取り(首絞めプレイのためである)花瓶に入れたという小林の声とともに画面が展開するとき、誰が前の場面を思い出すだろうかと言う——私はそのことはただちに思い出したのだけれど、逆に、ペンダントが花瓶に入るのを認めえず、小林の証言と事実に齟齬があるのかと誤解しかけた、だめな目撃者(としての観客)であった。

 藤井によれば、もともと脚本では、夫の話を聞いた新珠は三橋に電話して、確かにペンダントが花瓶から出たことを知り、夫が犯人である消しようのない事実に直面することになっていたという。しかし成瀬は、この説明をあまさず切ってしまった。(この結果、ペンダントを花瓶に滑り込ませる場面は宙に浮くことになり、草笛が三橋にそれを渡す場面も物語との緊密な連携を失ったことになる)。草稿と決定稿の関係……ここではたまたま脚本家と監督は別の人間だが、小説家ならひとりでそれをすることになる。そして小説家はけっしてひとりではありえない。

『女の中にいる他人』は、女を殺してしまったばかりの小林桂樹が路上に佇んでいるのを私たちが見出す(むろん私たちはまだそのことを知らない)ところからはじまるが、それが雨上がりの舗道だったという私自身の記憶が正しいのかどうか私には自信がなかった。やたらと雨が降るという印象のために、遡ってそのときも雨のあとだと信じ込んでしまったのかもしれなかった。雨ばかり降っていたのは梅雨のせいだという合理的な理由がありうることに、梅雨が明けて夏になり、と誰かが書いていたので私はようやく気がついた。クライマックスが花火大会なのだから、確かにあれはそれに先立つ梅雨だったのだ。三回目(成瀬作品で三回見たのはこれだけ、あとは二回以下)でようやく、冒頭のシーンで路面が濡れていたのも確認できた。しかも、つぼめた傘を持った通行人が通り過ぎる。意識して分析的に見る前に、最大限に知覚してはいたらしい。

   *

 半月も更新を休んでしまったが、「ナルセな日々」はどうも終わっていないようだ。半月前、〈カルチャー・レヴュー〉用に 「成瀬巳喜男の日々の砕片[かけら]」を書いたものの、どうも調子が出ない(一回ではどうにも終らず、次号へ続くことに)。「ナルセの日々」の断片的なテクストは、相対的に公式な場であるウェブ/メールマガジン上の、まがりなりにも決定版たるべきテクストと、いかなる関係を持ちうるか/えないか? ……目下、読んでいる本は、松澤和宏『生成論の探求—テクスト 草稿 エクリチュール』だ(非常に面白い)。
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by kaoruSZ | 2005-11-15 23:44 | ナルセな日々 | Comments(2)

荒唐無稽が足りない

 フィルムセンターの成瀬特集も今週かぎり、水曜夕、初めて見る成瀬作品としてはこれが最後の(今回はという意味。見られなかったのが10本はあるし、入ったのに眠ってしまい見たと言えないのも若干よりもうちょっと多くある)『お國と五平』、私が見た中で一番若い木暮実千代(といってもそんなに若くない)と従者の五平の道行きは、元許婚者で今は夫の仇の山村聰を探す旅。山村がかつて自分に尺八を聞かせてくれたと木暮が口にしただけで、どこで、どんな状況で、と迫る五平、見かけによらずドロドロだ。山村、ダメ侍なので木暮とその父親に見限られ、代りに取った婿を殺して出奔、仇討ちの旅に出た木暮に未練たっぷりで、虚無僧姿で尺八吹き吹きつけ回す。タイトル・ロールの二人、奥方さまは美しい方だ、お供も美男だと科白で言われなくてはわからないのは難点、でも、二人が惹かれあっていて、病に倒れた女主人を寝ずの看病の末、ついに蚊帳をくぐって入った五平がお國の足許に顏を伏せるところはよかった。原作は谷崎だからそりゃそうだろうと思ったり(長旅で痛めた足の手当ては自然な行為でもあるが)、「晴れてめおとに」なっても谷崎は三等車、松子さんは侍女ならぬ女中とさびしく二等車、御主人[それにしても今朝のワイドショーの連中、「天皇の御主人」てそれ何だよ]じゃなくて従者だからお泊まりも別(ただし夜伽はつとめる)、というのを思い出したり。

 それにしても山村、「わしは死にたくない」と堂々と口走る(何回言った?)侍失格ぶりに加えて、その女とは一度やってるんだぜ、ザマー見ろ(「これだけは言うまいと思ったが」)と最後っ屁を放ってから死ぬサイテー男(おかげで五平はおかしくなってしまう)、『山の音』で原節子を泣かせるわずか二年前にはこんな役もやっていたのだ。

 ちらちら目をやっていた『成瀬巳喜男の世界へ』(山根貞雄編、筑摩書房)、もう特集も終ることだしじっくり読みはじめたところ、蓮實論文の凡庸さにやや目を疑い(「やや」であるのは、すでにわかっていたことでもあるから。序文は資料として貴重だし、私などが成瀬50本も見てしまうというのも、蓮實が仕掛けなければそもそもありえなかったことではあるが)、阿部嘉昭『成瀬巳喜男 映画の女性性』(河出書房新社)と一緒くたにしてけなしたくなるものの、熟読していないので今は見送る。
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by kaoruSZ | 2005-10-28 23:18 | ナルセな日々 | Comments(0)
『流れる』で例のアッパッパ(小林信彦もそう書いているから、この呼び方でいいのだった)に白足袋姿で闊歩する賀原夏子が、撮影時三十半ばだったことをあとで知った。あの老けは作っていたのか。妹の山田五十鈴を指してあたしと五つしか違わないのとその若さをいうが、実年齢は賀原の方が下ということになる(ついでに言うと『舞姫』の山村聰、若いと思ったがあれが素で、『山の音』の老いた姿の方がやつしなのだった(『舞姫』から『山の音』まで三年しか経っていない。後者で息子をやった上原謙とは数歳違い。ちなみに、あのときの原節子が三十四である)。

 小林信彦の「映画『流れる』——架空世界の方位学」はさして長くない文章だが、当時の成瀬が「〈文芸映画の名手〉と見られていた」ことや、『浮雲』についての記述——「『浮雲』の成功は」「戦後十年目の大衆の意識の底に眠っていた〈勝利者だったころの甘い記憶とその後の辛かった記憶〉を呼びさましたことにもあったと考えられる」(〈無邪気な侵略者たちのその後〉は、台湾で高砂族を皇民化する官吏の娘——まさに無邪気に時代のイデオロギーに染め上げられた——として育った母のメンタリティとして私には親しいものだ)——など、思いがけない指摘が並んでいる。『流れる』については、そこに住む人々に働いている独自の方向感覚(「川のこちら側の両国」生れの小林もいまだに共有するもの)というのが、同時代を知らずに成瀬を見る者には、まず絶対思いつかない種類のものだった。東京の土着の人間が極めて狭いテリトリーしか知らずに育つのは、小林には東京外だろう、昭和七年に区になるまでは北豊島郡だったところに生れ育った私などにも理解できるが、〈鋸山〉まで川向うとは——。

〈鋸山〉とは、前にも書いたように、「つたの家」にゆすりにやってくる、宮口精二演じるやめた芸者の叔父だが、「名前からして凶々しい彼は、川(隅田川)の向う側、それも考えられぬほど遠い、暗い世界からやってきた、というイメージでとらえられている」んだそうだ。(この世の果て、キンメリイの果てですか?)遠足の行き先なんて生やさしいものじゃなかったんだ! 箱根の向うですか手前ですか的境界線が、大川を挟んで生じているとは。田中絹代以外の「つたの家」の人々はまだ知らないが、『流れる』の女たちは、映画内の時間が終ったあとの遠からぬ将来、そこを追われて〈川向う〉に追いやられる。そのことはすでに観客にはわかっているが、そこがそんな忌まわしい場所に通じていようとは! 「千葉県の鋸山は、地理的には、東京のほぼ南にあたるのだが、〈川向う〉すなわち、東側の人間としてイメージされる」。そんな世界だったら、鉄でできた山があっても不思議はない——もしかして山田五十鈴は、冗談でも、〈鋸山〉を舐めてでもなく言っていたのか?

「〈鬼子母神〉は米子の母親で、蔦奴の叔母にあたる」と小林は書いているが、正しくは蔦奴(=山田五十鈴)と〈鬼子母神〉(=賀原夏子)は父親(父親の方だったと思う)の違う姉妹で、中北千枝子の米子が、山田五十鈴の両親とも同じ妹なのではないか。ともあれ、実妹の山田に高利で金を貸し、杉村春子の利息も取り立てにくる、この人物に与えられた〈鬼子母神〉という名について、「雑司が谷(→)墓地」[原文では矢印が両端につく]、鬼子母神、といった地名のあたえる不快感は相当なものである」と小林は言うのだが、これは全く思いもよらないことだ! (そう感覚できる人はどれくらいるのだろう。)確かに、〈鬼子母神〉の怖いところと、賀原のユーモラスなところが衝突して効果的とは思ったが、そんなネガティヴ・イメージだなんて。ススキミミズクでも作っていそうな所なのに。

 そのあとも方位学の検討は続き、清洲橋の見える料亭(「(いかにもスクリーンプロセスっぽく)見える」と小林は書いている。清州橋ぐらいは私にもわかった)や、仲谷昇と高峰秀子が歩きながら「短い会話を交す大川端」は「両国橋の川下」であるとか、「岡田茉莉子が、むかしの情人と不快な一夜をすごしたあとで戻ってくる」ガード下にあいた穴のようなトンネルの場所(現存するそうだ)にいたるまで、地図の上に同定されている。

「人物が和室の中で立ったまま会話する光景[原文ではここまで傍点]に、ぼくは感動した」と小林は書いている。「家の中が往来のつづきででもあるかのよう」な内外の交流は、小林の言うように「下町風俗」でもあろうが、もう少し一般的に、開放的な夏の家に象徴される、あの映画の、ひいては成瀬の映画を特徴づける(下町ではない『女の中にいる他人』や、昨日書いた『母として女として』の警報器にまでつながる)ものでもあろう。「いかにもこの町らしい、洋食屋風の喫茶店での栗島・山田の会話の背後に、豆腐屋のラッパや〈バタバタ〉と呼ばれた当時の乗物の音」がするのもまた、小林は巧みな「下町風俗」の導入ととらえるのだが、これについても同じだと思う。私自身、前の記事で、喫茶店の中まで入ってくる通りの物音のことを書いたが、豆腐屋のラッパに加えて、具体的な物音をもう一つぐらい挙げたかったのに思いつかなかった。それがここには〈バタバタ〉とある。〈バタバタ〉とは何だろう? ウェブで調べるとオート三輪のことだという。それなら確かに画面でも見たが、この呼び名は知らなかった。

「当時の乗物」というからどんな乗物があったのかと思ったが、オート三輪ならうちの斜め前にあったお湯屋で、この文章が書かれたよりもあとまで現役で使われていた(このお湯屋は、1927年にツェッペリンの飛行船が来航した際、その煙突の向うを横切ってゆくのを二歳の父が見たというから、そのときすでにあったものだ。持主が変わりながら続いたが、数年前廃業した(オート三輪はとっくになくなっていた)。湯屋がなくなってぽっかり空間があいたため、東南を十数階建てのマンションでふさがれた代りに、うちは昇りたての朝日ばかりがやたらとあたるようになった)。親と同居していた頃、燃料にする木材などを運ぶのを毎日のように見ていたので、この車種を見かけなくなったとは思っていたが、絶滅に瀕しているとまではずっとあとまで気づかずにいたらしい。ここの三輪車は新聞にも取り上げられたし(東京版)、TV(東京ローカル)にも出た。すでに別に住んでいた私は、母が知らせてきたので早朝に起きて番組をひとりで見た。オート三輪が外へ向かう瞬間、キャメラが切り返してうちの木戸と繁った緑が、一瞬だが正面からとらえられた。その直後、明治通りを走るオート三輪の雄姿で番組は終っていたから、あれを認めた視聴者は私ぐらいだったろう。両親は寝ていて見そこなったとのことだった。

 もう少々蛇足を続ける。オート三輪という言葉は、子供用三輪車の対語のように、子供の私にはとらえられていたものだ。三輪車には二種類ある——子供の乗る三輪車とオート三輪だ。こういう二分法的分類は、子供には親しい思考法だった(と自分の経験から私は思う)。もう一つ、「オートギッチョ」という言葉があって、これはバッタの一種、イナゴ型ではない頭の細長くとがったのを特に指して(だったと思う)私の父が使っていたものだ。後年、澁澤龍彦がバッタを子供時代に「オート」と呼んだことを書いていて、これは「オートジャイロ」から来ていようとあり、たぶんそのとおりなのだろう(当時健在だった父に私はこの話をしたが、父は興味を示さなかった)。「ギッチョ」の方は、いうまでもなくバッタの立てる音から出ていよう。
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by kaoruSZ | 2005-10-25 15:19 | ナルセな日々 | Comments(0)
 木挽町で道に迷った。歌舞伎座の右横を入った左手(歌舞伎座の面している晴海通りより一本裏の道が左右に走っているのでその道を渡って、さらに向う側の細い道へ入る)にある花屋へ仕事で行こうとして、入る小路を間違えた。二三年に一度くらい行く機会のあるところだが、私は性懲りもなく何度も同じ間違いをしている。その度に今度こそ覚えたと思うのだが、忘れた頃に行くもので、また違う方へ入ってしまう。だいたい勘に頼って歩けば必ず間違い、こっちから電車が来ると思った方角とは必ず逆から電車が来るので、馴染んだテリトリー以外は注意して歩く。特技は「道に迷うこと」と答えてもいいくらい、私が歩けばどんな道でも迷宮になるのだ。この小路か、この小路かと目で探しながら戻ったが、昭和通りへ突き抜けそうになったのでもう一度歌舞伎座裏まで出ようとした。突然、前から来た年配の女の人に、「歌舞伎座はどっちでしょう」と声をかけられた。ここで歌舞伎座がわからないとしたら馬鹿みたいだが、咄嗟に自分のいる位置がつかめない。「今、花屋さんを探していたら、私も迷っちゃったんです」行き先を見定めようと目をきょろきょろさせながら言うと、「スズキさんですか」と脇から問う。花屋の名だと、一拍おいて気がついた。(私の名前ではない。)今そこへ行ってきたのだというその人が、紙に包んだ花束をかかえているのにはじめて気づく。歌舞伎座の塀にそって入ったところだろうという。まさにそのとおりの道を私は進んできたはずなのだが。

 そう言う当人も、そこへ行ったばかりなのに歌舞伎座まで戻る道がわからなくなったとは、私に劣らぬ方向音痴らしい(たぶん、この辺へ来るのははじめてか、片手の指で数えられるくらいなのだろう。それが私と違うところだ)。通りまで出ればすぐわかりますよという私に、あっちが歌舞伎座ですよねと、右手の昭和通り方向を指す。そっちじゃないですよ、こっちの方でしょうと言ううちに、昭和通りと直角に交叉する歌舞伎座裏の道に出る。左手前方に古い喫茶店「樹の花」(最近、一階の洋食屋が廃業し、驚いたことに暗色のステンドグラスの外開き窓が残らず壊され、完全に改装された(何屋だか確かめていない)。落ち着いた外壁の色がせめてもの救いかもしれないが、建物の魅力はその程度では救いようのないほど失われた)の特徴のある窓が見え、自分の居場所がようやくはっきり私にもわかる。そこを行けば歌舞伎座ですよと教え、「新東京ブックサービス」(本屋の名前)の横を入ってすぐのところに花屋の看板を確認する。互いにお礼を言いあって別れた。

 というわけで、花屋で用事をすませたあと、本屋に戻って棚を眺めるうち、『昭和の東京、平成の東京』(ちくま文庫)という書名と小林信彦の名が目に飛び込んできた。もしやと思って目次を見ると、はたしてあった。

  映画『流れる』——架空世界の方位学

『流れる』で、その居住地から〈鬼子母神〉と蔭で呼ばれる(親戚を呼ぶ際に地名を使うのは普通にあることだ)山田五十鈴のhalf-sister 、賀原夏子の住む土地を、私は根拠なしに雑司ケ谷のように思っていたが、なぜ入谷でなく雑司ケ谷だと考えられるかについては、小林信彦が書いた文章があると、どこかで目にしていたのだった。買いもとめて見ると、

  「リュミエール」一九八六年冬号

と文章の初出が記されている。この「リュミエール」なら、私は持ってさえいるかもしれない。それなのに、当時成瀬を全く知らず、興味も持たずに読まなかったとみえる(持っているとしたら)。毎号買ったわけではないから、持っていないのかもしれないが。

 エレヴェーターの開閉ボタンの三角形の表示は無視し、ともかく「右」を押せば閉まると言葉で記憶して以来、あんなに難しかった咄嗟の判断を、私は間違いなくできるようになった。花屋の場所も、「本屋の右を入る」と言語化して覚えれば、二度と迷わずにすみそうだ(問題は、一度そうやって覚えたことが前にもあるような気がすることだ)。
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by kaoruSZ | 2005-10-24 22:16 | ナルセな日々 | Comments(0)
『妻として女として』('61)、妻だの女だの夫婦だのタイトルがまぎらわしいが、これは淡島千景が本妻で高峰秀子がバーをやっていて、高峰が産んだ子を淡島が実子として育てているアレ。ダメ男・森雅之、「すまないと思っている、しかし……」と絶えず一般論にすりかえての言い訳、何も知らなくても笑えるけど、『浮雲』('55)のセルフ・イミテーションやってるやってる(小規模に)と思うとまた可笑しい。昨夕再見の『鰯雲』('58)の木村功も、白い歯をにかーっと見せて笑うのでごまかされそうだけど、その実体は妻と愛人両方とこのままやって行きたい小森(こもりじゃなく、「しょう」もり)。大御所と違いほとんど弁解しする場はないが(しかし、はじめての情事の翌朝、後悔しているのかと女に問われてひとことも答えないのはいただけない)、少年ぽくなる笑顔は黒縁眼鏡で陰気な森と大違いだけど、同キャラだったかとあらためて思う。ちなみに、このときの相手(『鰯雲』のヒロイン)は今回の本妻である淡島千景。

 以上二本とも新文芸坐で一度見ている。『妻として女として』、踏切の警報器ではじまるんだった。次のショットは森一家の家の内部で、それだけのことで線路が近いことをわからせてしまうのだが、しかしそれがプロットに関係してくるかというと全くそんなことはない。だが、すでに六年後の『乱れ雲』で、警報器が鳴り遮断機が行く手を閉ざすのを見ており、さらに、この翌年の『女の座』で、今回同様高峰の息子役になる大澤健三郎が線路に飛び込んで(?)死ぬのをすでに知っている者としては、はっとせずにはいられないし、高峰のバーのママ役は、当然、前年の『女が階段を上る時』を喚起するし、仲代達矢がからめばますますそうだ(ただし、『女が』でママに片思いするバーテン役だった彼は、今回は客である)。大人たちが隠していた真実を知ったあと、星由里子と大澤の姉弟が二人で外に出て踏切の方へ向かって間近で警報器が鳴ることになるが、それ以前、一同が言い争っている間にも、警報器は低く鳴りつづけている。

『妻として』の芸者上がりの粋なお祖母ちゃん、飯田蝶子が達者なものだ。口三味線の小唄(?)のセッション、すごい。『夜ごとの夢』('33)にも出てきたのだから、ずいぶん遡って見たことになるが、私がTVで最初に知った頃(親から名前の読み方を教わり、おばあさん役なのだと聞いた。役というか、本当にお婆さんだったわけだが)の彼女にこれでやっと追いついたことになる。小津作品で見て以来、相対的に若い顔や声に馴れてしまったので、あらためて見ると本当に年を取っていたんだと感じる。高峰、自分の手切れ金の額から女の値段の安さを嘆きつつ、おばあちゃんだったら千円ぐらいね、女の干物だもの、と口が減らない。どこまでも暗くなりそうな話をこういうところが救っている。祖母と二人きりなのは空襲で一家全滅したからだったし、既婚の森と高峰は戦時下で知り合い、昭和十八年に星を産んで十八年が経っているのだから、これは完全な現代劇(当時の)ということになる。

 お妾稼業の女たちが集まってのお喋りの中で、「不倫」という言葉が一度も出てこないことに注意。パートナーに対する不実以外の点で人を道徳的に責めることになるので、片方ないし双方が既婚の場合の性関係を「不倫」と呼ぶのはやめた方がいいとはつねづね思っていることだが、ここでは、既婚の男と性関係を持つ女は男の「浮気の相手」と呼ばれている。そして「浮気は男の甲斐性」でこそあれ、「不倫——人の道にはずれたこと」ではないのだ。「不倫」の現在のような用法は「ワイドショー」ジャーナリズムが作ったものだというのが私の印象だ。私がはじめて「不倫」という言葉を自覚的に読んだのは、新潮文庫の『シャーロック・ホームズの思い出』の訳者あとがきで、『ボール箱』という短篇が「不倫の匂いがする」と発表当時非難を受けたという記述を見たときだが、これは「浮気」の意味ではなく、「人でなし」の方だったと思うし(切り取った耳がボール箱で送りつけられてくる話だから、たぶん猟奇的なニュアンスを含む)、当時の私(子供だったけど)もそう解した。(六十年代半ばの話。)「浮気の相手」が「不倫」に変わったとて女の主体性が出てくるわけじゃなし、女が既婚の場合でも、姦通罪のないところで「不倫」と呼ぶのは偽善でしかあるまい。

 行きそびれていた土曜11時の回(この日は未見だった『舞姫』)、間に合ったのはいいが、はじめの方かなり寝た(悲しいことに、今回もう上映はない)。慢性睡眠不足なのだ。岡田茉莉子のデビュー作で(タイトルの名前に「まり」とかながふってある)、まだ良さが出ていない。声が高過ぎて変だし。高峰三枝子はひたすら美しい。ちゃんと見ればよかったと悔やまれるのは、不意に画面いっぱいに海が広がったり、岡田とその弟がその傍にいる渦を巻く急流を俯瞰で撮ったりの絵に瞠目させられたのと、大団円のカメラワークのせい。夫の山村聰と別れ思い人のもとへ走ろうといったんは決めた高峰が思い直して戻ってくると、闇の中に、温室のようにガラス張りの内部が見通せる部屋(高峰のバレエ教室)だけが明るく照らされている。高峰目線ではなしにキャメラがゆるやかに近づくと、着物姿の山村がひとり佇んでいるのが見える。キャメラの接近、音楽の、そして情感の高まり、喜色を浮かべる山村。切り返し、アップ、引きを駆使して感情を十全に表現しつつ、しかも無言のまま二人が距離を置いて見つめあったままで終らせる、メロドラマのお手本のような素晴しいラスト。
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by kaoruSZ | 2005-10-23 21:43 | ナルセな日々 | Comments(0)

風俗をめぐって

 かつて『雪国』の英訳版の読者は、駒子が布団から畳の上に転がり出るところを、ベッドから床に落ちたように誤解したという。新潮文庫の『卍』には、園子とその夫が食事をしながら畳の上に絵を置いて眺めるくだりについて、わざわざ註釈(むろん谷崎のではない)がほどこされているが、この註釈者は、テーブルで食事をしながら足元の床に絵を寝かせて見るという不可解な情景を未来の読者が思い浮かべる可能性を想定したのだろうか?

 成瀬の『おかあさん』で、美容師になろうとしている中北千枝子が持ってきた着付け練習用の花嫁衣裳を見て、「これ売るの?」と幼い息子が訊く。タケノコ生活を(少なくともその言葉と事実を)知らなければ、笑うこともできないだろう。

 昔の婦人雑誌の附録の洋裁の本には、「夏だけ洋服をお召しになる方のために」というページが必ずあったものだ。

『女人哀愁』の入江たか子は、婚家で不幸な生活を送るが、彼女が日本髪を結っているのを、なんで家の中で芸者みたいな恰好しているんだとか、あんな頭しているから義理の姉妹にいじめられるんだとかサイトで書いている人たちがいるが、あれは、たんに既婚者が結う丸髷だろう。これは想像になるが、新婚だから特別結っていたのではないか。

「私の嫌いな成瀬」というタイトルで、再見した『驟雨』のことを書こうと思っていた(悪口を読みたいと思ってグーグルして、『驟雨』が好き、しかも成瀬のフィルムで一番好きという人がけっこういるので驚く。これと『石中先生行状記』が好きだという人とは友だちになれそうにない)が、翌日見た『流れる』があまりにもよかったので、当然好きなものの方について考えたくなった。でも、今回は、主に、歴史的、風俗的側面にかぎることにする。

『流れる』も『驟雨』も同じ56年の作、『驟雨』はお正月映画だったという(いずれも初見は新文芸座の特集)。この年成瀬はもう一本、『妻の心』も撮っていて、そこでは小林桂樹と高峰秀子が夫婦役だったが、『驟雨』では佐野周二と原節子夫婦の隣家の亭主を小林がやり、『流れる』の高峰は、山田五十鈴の営む芸者置屋「つたのや」のひとり娘。前年の大作『浮雲』は言うまでもなく高峰がヒロイン、『流れる』で若い芸者役だった岡田茉莉子は『浮雲』では温泉旅館の主人加藤大介の、ドキッとするほど美しい(あの眼差し)、退屈しきった妻。『流れる』では加藤は中北千枝子の別れた男(太り過ぎで暑くるしい。シャツの胸ポケットにタバコのパッケージが入っているのは、成人男子はタバコを吸うことに決まっていた時代の男の特徴)、中北は『浮雲』では森雅之の妻で、訪ねて行った高峰の前にいかにも本妻らしい色気のなさで現われた。

『驟雨』は息抜きだろうか。(あの綿密な仕事を「手抜き」と言う勇気はないが。)それにしても、『浮雲』が成瀬の代表作だというのには全く賛成できない。異色作ではないのか。
 
『流れる』も成瀬の多くのフィルム同様季節は夏で、しきりにうちわが動く。山田五十鈴の暮す二階の部屋と、昔の旦那とよりを戻して金を出してもらう覚悟で行ったのに相手が来なかった旅館の座敷には、扇風機もあった。(ちなみにうちで扇風機買ったのは60年、父方の祖母(父の結婚と同時に生さぬ仲の長男の家へ移ったが、地続きなので毎日のようにうちへ来た)がうちで転んで(骨折?)、そのまま座敷で療養(『流れる』の中北の娘、ふじ子ちゃんみたいに)することになり、子供たちを連れて実家に帰省していた母は呼び返され(私は、一度は帰るけれどそのあともう一度来ると騙されて連れ戻されたので、ついて来た母方の祖母が帰るとき、自分は残るのだとはじめて知って大泣きした)、そして、『女の座』で倒れた笠智衆みたいに、寝ている祖母は手土産を持った父の兄姉を呼び寄せて、私の夏休みの絵日記にその姿をとどめることになり、祖母のために扇風機が買われた。)芸者たちが家(置屋)で着ている普段着の浴衣は白地に粗い模様が飛んでいるが、これが普通であり、今どきのようなくどいのはなかったのだと思う。今だとあっさりし過ぎて寝間着に見えてしまうようなのが定番で、女の子の浴衣なら花や金魚で赤い模様も入るが、大人の女は紺一色だったのではないか。山田の姉、賀原夏子が、一度ワンピース(アッパッパと呼んでいいのだろう)を来て「つたのや」に現われるところがあったが、玄関から上がってきた足元は白足袋だ。帰ってゆく賀原を外の路地でとらえたショット、もちろん履いているのは下駄である。下駄は大人にも子供にも身近な履物だった。そうでなければ、『驟雨』の原節子が、下駄の安売りを囲む人垣に入って財布をすられたりはしない。

 朝からつたのやの周りではいろいろな音がしている。開放的な家の構造のせいで音は自然に屋内へ入ってくる。内と外とが自在に交流する。山田と賀原(それとも栗島すみ子だったか)が話をする喫茶店にも豆腐屋のラッパが流れ込んでくる。最後、山田と杉村春子の三味線の競演、それに、二階で高峰がミシンを踏む音が重なる。

「鋸山」こと宮口精二も、そんなふうにして平気で入ってきてしまう。今でも石が出るんですか、という山田のとぼけた発言に、ゆすりに来た宮口、自分はその石工だと答えると、あたしはまた鋸山っていうから鉄でできてるのかと思いましたよ、と山田。(私は、鉄とは思わなかったけれど、山のてっぺんがギザギザなのかと子供のとき思ったものだ。鋸山は遠足の行き先として知られていた。弟は行ったけれど、私は一度も行ったことがない。)

 高峰の夏のワンピースは身頃が伸びて肩をおおったフレンチ・スリーヴで、それにスリットが入ったりもする。ウェストは絞り、スカートはたっぷり広がったデザイン。岡田茉莉子はダーツで身頃を絞ったスーツだった。帰ってきて下着姿になるが、ブラジャーにスリップを重ねた暑そうな恰好だから透けてみえたりはしない。「鋸山」の姪も、始まりの方(始まりの方しか出ないが)で洋装で出かけるとき、ブラウスの背に下着の紐が何本も透けて見えていた(あれを重ねるように雑誌でアドヴァイスされていたもの)。今のように色のついた肩紐や、胸元のレースをわざと見せるなどというのはありえなかった。夏だけ洋装の人のための着物っぽい打ち合わせのデザインを紹介するスタイルブックは、夏の下着の整え方もモデルを使って載せていて(言うまでもなく夏だけの人用ではない)、これがまたガードルをつけ、ガーターベルトでストッキングを吊り、ペチコートをはくという恐るべきもので、私はお菓子を食べながらこういう記事を熱心に繰り返し読んだものだけれど、大人になったら本当にこんな恰好をするのだろうかといぶかしまずにはいられなかった(もちろんその前にすたれてしまった)。むろん、皆が洋装を知らないからこそ、ここまで正式なやり方が解説されていたわけで、それでも、上野松坂屋まで行くのに母がナイロン・ストッキングをはくことだけでも、信じられない思いで子供の私は眺めたものだ。

 女たちがフル下着を付ける日は来なかった。私の母は腋毛を剃らなかったから、自分で仕立てる夏服には必ず袖をつけ、ノースリーブを着ることはけっしてなかった。

『流れる』で高峰秀子は、四角い木枠に釘を打ちつけたと思われる一種の簡易織物器で、縦糸を張った間に横糸をくぐらせて、布の小さなピースを織る手芸をやっている。これは比較的最近もリバイバルして、コースターの作り方等を手芸の本で見ることができるが、母の昔の編物の本には、毛糸で何十枚も織ってかぎ針で接ぎ合わせ、羽織だの、子供のワンピースだのを作る方法が紹介されていた。

 路地に入ってきたゴミの車にバケツを持った住民が近づいて、自分で中身のゴミをほうり込むシーンがあった。東京オリンピック以前はそうやっていたのだろうが、私はこの光景を見たことがない。道端のゴミ箱は覚えがあるが、中身がどうやって回収されているかは知らなかった。というより、それが回収されることなど考えもしなかったし、第一、誰がそこにゴミを入れているのかも知らなかった(今思えばその家の住人だったのだろううけれど)。うちでは裏にゴミ捨て用の大穴があって、ナマモノは埋めたし(これを、ごみを「いける」と言った。あるいは「うめる」。うずめるではなく)、紙類は燃した(「もやした」ではなく「もした」)。だからたぶん、ゴミ収集は利用していなかったのだと思う(新築と同時に、押し入れ、物置、便所があった一画の乗っていた土地と、その裏のゴミ捨て場だった場所は地主(父の長兄)に返却——戦後の仮住まいだった建物を建て替えるとき、そうする約束になっていたのだ——したのでゴミ捨て場もなくなった。ちょうどその頃か少しあとに、ポリバケツを出す方式(袋になったのはもっとあとだ。ゴミ収集車が来たあと、空になったポリバケツを引っ込める主婦が一家に一人はいたのである)になったのだろう。

 ゴミを「もす」穴の向うには、空襲で焼けた昔の家の庭の、繁茂するにまかせた緑があるばかりだったから、人の迷惑にはならなかったのだろう。あるいは、煙が迷惑になるという考え自体、なかったかもしれない。ダイオキシンを出すものもなかったろうし。後年、地獄の類語としての「ゲへナ」についての説明(エルサレム郊外のゴミ捨て場で、煙が絶えなかった)を英和辞典で読んだとき、私は裏でくすぶっていたゴミの穴を思い出した。

 馬の演技は本物の馬にはできないと、『旅役者』の藤原釜足の顏を立てて言っておこう。でも、猫は違う。『流れる』のポン子、悠揚迫らぬいかにも猫らしい演技だったね!
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by kaoruSZ | 2005-10-21 15:54 | ナルセな日々 | Comments(4)

橋と階段

 13日(木)夕『乱れる』。文芸坐で見ているので二度目。冒頭、「高校三年生」を大音量で鳴らしながら宣伝用トラックが右から左へシネスコ画面を走り、次は荷台の人々を縦にとらえたショット、荷台からのショット、角を曲がってさっきとは反対方向から出てくる車のショット、引いたショットという具合に、お手本のようなカット割り。けたたましいこの車が前半を象徴する。

 これも松山善三脚本なのだった。バーでの乱闘、それに先立つ、賞金ほしさにゆで卵をわれ先に口に押し込むホステスたち、成瀬らしからぬ乱れた絵と長ゼリフ……先の車は開店したスーパー・マーケットの宣伝カーだが、スーパー進出のため経営圧迫されて自殺した店主の妻、中北千枝子までが、昨日の高峰を思い出させる熱演——「スーパーがあの人を殺したのよ!」とわめきちらす。(十朱久雄ならずとも、まあ落ち着いてと言いたくなる。)中盤までは説明的な科白と単純な切り返しのやりとり多く、いつものスピードと生彩を欠く。

 しかし、その後の展開は前半の冗長さを償って余りある。科白なしで、「幸司さん、降りましょう、次の駅で」まで行ってしまうのだから……。むしろ、成瀬の演出の確かさを見せつけるために前半の喧しさはあったのかと思ってしまうほどだ。私たちに見せられるのは再び乗物、だが、意味を全く異にしたそれである。故郷の新庄へ帰る(亡夫の弟・加山雄三の求愛を退けるため、彼女は婚家を永久に去るつもりでいる)高峰秀子の前に加山が現われ、最初は立ったままだが、席が空くにつれ段階的に近づいてきて、ついに背中合わせの席になる。このサスペンスはチラシでも説明されるとおりだが、二人の距離が縮まってゆくショットと相互に挿入される、走る列車の外観のショットも見のがせない。それは、最初は左から右へ向かってまっすぐ、次には左下から右上へ向かって(行く手には山が見える。清水から東京へまず向かっているのだ)。次は角度は同じながら、鉄橋を渡る姿をとらえて、その次は俯瞰気味(角度は同じ)といった具合に、見事にヴァリエーションを生み出しつつ、ひたすら一方向への帰ることなき運動を体現する。

 上野駅で、彼らは東北本線に乗り換える。高峰がひとりで席にいると、窓の外には新婚旅行の見送り風景が見える。自らの状況と彼らのそれとの重なりが、高峰の胸によぎらないわけはないだろう。それは彼女と義弟のありうべき出発をも二重写しにしていた。これ以前、清水の、婚家がいとなむ酒屋(繰り返し言及されたように、空襲で焼けた店を、結婚半年で夫に戦死された高峰はひとりで再建し、舅を見送ったあとも姑と同居し、切り盛りしている)の店の中から、斜め前の店頭で、そこの女店員と自分の店の使用人とが話をしているのを高峰は見る。見とがめられたと思って気まずい様子で店員は戻り、彼女の視線を嫌って娘も去るが、あのとき、高峰は羨望の目で——加山の愛の告白のために生じた、それまでには持たなかった感情で——見ていたはずなのだ。

 少し眠りなさい、いや、眠くない、というやりとりのあとに、加山が眠っているのが写し出されるとき、窓の外は霧に閉ざされている。そこに至るまで、窓の外にはさまざまなものが現われ、また、過ぎ去っていたのだが、今、霧は二人を他から切り離して孤立させる。銀山温泉で立ち昇る湯気はこの変形だろう。鋭い加山の視線(間違っても現在の顏を想像するなかれ)を遮断したところで、高峰の決心は行なわれる。無言のうちに、あふれる涙だけでそれは表現される。

 川の両岸に木造の何層にも重なる古い旅館がそびえる銀山温泉。橋と階段。「次の駅」にすぎない大石田がこのような場所を用意していたとは。高峰と加山が同居していた清水の家は、階段だけでなく、小さな橋(揚げ板のような)が台所と座敷つないでいたものだが、それを大がかりなセットにしたものが銀山温泉であるかのようだ。列車で水平の距離をここまで移動してきた二人であるが、今度はこの階段が上下の運動を可能にする。高峰が最後の距離の踏破を拒み、加山がその階段を駆け降り、高峰も玄関まで追いながらあきらめて部屋へ戻る。加山が酔って電話してくるのも東京での反復(どこにいるの、と高峰は同じ問いを発する)であり、高峰が受話器を取るのはその階段の下だった。東京から来たのかと、他に客のいない飲み屋のおかみ浦辺粂子は聞く。彼女にとって、東京とは行ったことのない遠いところであり、ただの名前であり、それはフィリピンの先、息子の終焉の地としてのみ彼女に記憶されているミッドウェーにしても同じことだ。二十五歳の死。戦死か、と呟く加山。それは、障害(形式的な)としての高峰の夫、彼の死せる兄を思い出させずにはおかないが、同時に、彼の死の可能性をも忍び込ませるものである。この温泉の下足番をしてでもあなたと一緒にいたい、と言ったとき、「立ち木のように」生まれた村から一歩も出ない老婆の生をも、彼は可能性として選び取っていたのだった。それがかなわないのなら、ひとり遠くへ行くしかない。駅から乗ったときはロング・シートに並んで腰掛けたバスに、明日は互いに朝一番に乗って去るようにと、二人は互いに相手に言う。

 そして翌朝。窓から何気なく見下ろして、運ばれてゆく担架を高峰は見る。『浮雲』でまだ生きていた高峰を運んだのもその乗物だった。距離をおいて、高峰はもはや手の届かなくなった加山を見る。『乱れ雲』の司葉子と加山は、過去に決定的に起こってしまったがゆえに手のとどかない、改変不可能な出来事の(再)上演を旅館の窓から見たのだが、ここでは彼女は、いまだ現在である距離を踏破すべく走り出す。階段を下り、橋を渡る、和服姿でよろけながら走る。しかし追いつかない。蓆をかぶせられた担架は男たちによって運ばれてゆく。彼女は追いつけない。抱擁を許しながらそれ以上の接近を拒んだとき、彼女は「遠くへ行ってしまって!」という司の科白を口にしたも同然だったのだ。彼を、そして自分を縛った、欲望を縛ると同時に互いを離れがたく縛りもした、遺体の右手の薬指に巻かれたこよりを見て、彼女はようやくそれに気づく。けっして踏破できない距離の向うに彼は行ってしまった。立ちつくす高峰のクロースアップ。見事に抑制されながらふるえる唇、みだれた髪、その息づかいを漲らせたままフィルムは終る。
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by kaoruSZ | 2005-10-14 14:45 | ナルセな日々 | Comments(0)