おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

カテゴリ:文学( 24 )

夢は永遠に類似物に帰着する類似物である。 モーリス・ブランショ

今朝、谷崎潤一郎の短篇『過酸化マンガン水の夢』(1955年)をはじめて読む。夢の生成過程を身辺雑記的リアリズムの文体でたどることが、そのまま、小説がいかに生成されるかの実演となってゆく驚くべきドキュメント。(2014年3月25日)


『過酸化マンガン水の夢』は、 谷崎と明らかに同一視される主人公が「予」の一人称で語る、「家人」以下、親族の女三人とともに上京した八月八日、九日の出来事と、熱海の自宅へ帰って見たその夜の夢の話である。「予」は、初日は女たちともども「日劇小劇場ミュウジックホール」の「ストリップショウ」を見たあと、田村町の中華料理店で夕食、翌日は、「アンリ・ジョルジュ・クルウゾオ」の『悪魔のやうな女』を日比谷映画劇場で見て、「大丸地下辻留」で鱧料理という、眼と口腹の慾をともに満たしたあげく、帰宅する。ところが、「御馳走の食ひ過ぎ」で腹が張っている上に、心臓に異状を覚える事態になり、不安を紛らわすため睡眠薬を飲んで「半醒半睡の境に入る」

「予」の身体的状況は、それまでに詳細に記述された「食べたもの」の結果だが、彼がその状態で見るものもまた、そこに至るまでに積み重ねられた言葉の結果である。二日に渡る美食は改行の無い文章でページをびっしり埋めていたが、不注意な読者にも分るように、ここでもう一度おさらいがされる。「鱧の真つ白な肉とその肉を包んでゐた透明な半流動体」という記述は、「白い肉」つながりで、日劇の舞台の「実演」で入浴シーンを演じた春川ますみ(「予」が一番魅せられた娘)を呼び起こし、さらに、「葛の餡かけ………ぬるぬるした半流動体に包まれていたのは鱧ではなくて春川ますみ」とあからさまな重ね合せがなされる。この、類似による横滑りが、言葉の、そして夢の技法であるのは言うまでもない。彼が見た映画の記憶もまた、「昼の残滓」としてこの生成に奉仕する。

「校長ミシェルが浴槽にゐる。シモーン・シニョレの情婦がミシェルを水中に押し込んでゐる。(…)濡れた髪の毛がぺつたりと額から眼の上に蔽ひかぶさり、その毛の間から吊り上つた大きな死人の眼球が見える」――『悪魔のやうな女』の冒頭には、見ていない人に結末を言うなという断り書が出たという。そう記しながら、平気で「予」は、食べたもの同様、懇切丁寧に、誰が犯人かは勿論、映画の細部に至るまで、微に入り細をうがって描写し尽しているのだが、これは、それらが鱧や中華料理と同列の夢の素材として、徹底的に利用されるからこそである。

 夢と言うよりは「半醒半睡の」入眠時幻覚として(といっても、そう思っている時すでにそれは夢なのだが)現れてくるものは、回想であるとと同時にその場で生成される幻覚、スクリーンに見る物質的な投影と主観的には変ることのない現実性を持つイメージだ。それを実況的に語りつつ、「その時もう一つ奇怪な幻想が這入つて来た」と「予」は告げる。「もう一つ奇怪な幻想が」――それは「予の書斎」の、「予の専用の水洗式の洋式便所」の便器の中の情景だ。ここで、今食事中の方はと断った方がいいのかもしれないが、しかし「予」自身も、「日本式水洗ではあまり露骨で見るに堪えないが、洋式のものは水中に沈んでゐるのでアルコール漬の摘出物を見るやうに冷静に観察し得る」と言っているし、私自身、パン屋兼カフェのカウンターでパンを食べ終り、珈琲の残りを飲んでいる時、このくだりにさしかかったが問題はなく、後述するように、夢の中の物はつねにそれとは別の何かなのだから、諒とせられたい。表題の「過酸化マンガン水」の名がここではじめて出てくるのだが、それがたとえば足穂風の理科趣味として受け取られることこそあれ、便器に注ぎ入れる赤い消毒薬だなどと誰が想像するであろうか。

 しかし、それはあくまで現代から見てのことであって、当時の人々には消毒薬として知られた名前だったらしい。つまりこの名前だけで、それが赤い液体の夢であることは当然理解されたものであるようだ。
 
 語り手は、過去に、「便通の度毎に水が真紅に染まるのに気づき」不安な数日を過したことがある。しかし、「それは朝食にレッドビーツ(サラダ用火焔菜)を好んで食べるのが原因であることが分り、安心した」。胃潰瘍の下血と違い、「レッドビーツの場合は実に美しい紅色の線が排泄物からにじみ出て、周辺の水を淡い過酸化マンガン水のやうに染める。予はその色が異様に綺麗なので暫時見惚れてゐることがある。その紅い溶液の中に浮遊してゐる糞便も決して醜悪な感じがしない」

「過酸化マンガン水」とは、ネット検索したところでは、「過マンガン酸カリウム水溶液」が誤ってそう呼ばれていたとのことである。 「分析試薬としてお馴染みの過マンガン酸カリウム水溶液も,その昔チフスやコレラなど消化器系伝染病の患者の排泄物の殺菌処理に使われました.谷崎潤一郎の「過酸化マンガン水の夢」という作品はまさにこの強い紅紫色がテーマになっています」http://www.kagakudojin.co.jp/special/qanda/index07.htmlと、恰好の解説があった。「過酸化マンガン水」とは、そもそもそういう用途に使われるもので、ここでも、その結果、水を赤く染めていたというわけだ。また、谷崎は「奇怪な幻想」と呼んでいるが、「予」は食べ過ぎでお腹が張っているのだから、ここで排泄物が登場するのは実はなんら不思議ではない。

「予」が「決して醜悪な感じがしない」と言うそれは、「他の物体の形状を思ひ起させ、人間の顔に見えたりもする」。そういうが早いか、たちまちそれは思ったものそのものになる。すなわち、「シモーン・シニョレの悪魔的な風貌に」変り、紅い溶液の中から「予」を睨むのである。「予は水を流し去ることを躊躇してぢっと視つめる」。すると顔は、「粘土が崩れ出したやうに歪み、曲りくねつて又一つに固まり、ギリシア彫刻のトルソーのやうになる」。シニョレの顔変じて、「高祖の崩後呂后に妬まれて手足を断たれ、眼を抜かれて 厠の中に置かれた」戚夫人、すなわち「人豚」になっているのを「予」は見る。

「予が過酸化マンガン水の美しい紅い溶液の中に四肢を失つた人間の胴体、牝豕(めすぶた)の肉のかたまりに似たものが浮かんでゐるのを見てゐると、『御覧、その水の中にゐるのは人豚だよ』と云ふ者がある。振り返ると予の 傍に漢の皇太后の服装をした婦人が立つてゐる。『あッ、この人豚は戚夫人ですね』と云つて予は思はず眼を蔽ふ。予は予の傍にゐる貴婦人が呂太后であり、予自身は考恵帝であることを知る」

「透明な半流動体」に包まれた「鱧の真つ白い肉」―「葛の餡かけ」―「ぬるぬるした半流動体に包まれていたのは鱧ではなくて春川ますみ」と、故意に混同され、ひとつながりにされた食欲と性欲の対象は、「予」によって消化され、というか、ほとんどどそのままの形で肛門から出てきて、過酸化マンガン水の紅い溶液の中に浮ぶ。これは男の出産の夢、昼のものとして重ねた言葉が変形されて作品をかたちづくるのと同様に、腹に食べ物を詰め込んだ結果、排泄物として形成された作品を、水中の異形のものとして見出す夢なのだ。血かと思われた水に混じる紅い液体は、レッドビーツであり、過酸化マンガン水であり、しかもなお分娩に際して排出される血液を含んだ体液でもある。その中に浮んでいるのは、彼の作品であると同時に、四肢を失い眼をえぐられた人間、すなわち去勢された彼自身に他なるまい。

 彼をそのような目にあわせたのは『悪魔のやうな女』のシモーヌ・シニョレのような女なのだろう。彼女は睡眠剤を飲ませた愛人を浴槽で溺れさせる(「予」が帰宅した夜、睡眠剤を飲むのと重なる。また、一日目の午後、旅館で昼寝をしようとして、暑さと建築工事の騒音のため、「已むを得ず」「久しく用ひたことのなかつた睡眠剤を少量服」したのもすでに伏線であった)。

 さらに、すでに引用した「その毛の間から吊り上つた大きな死人の眼球が見える」とはまるでバタイユの眼球譚のようだが、本当は、死人ではなく生きていた男 (ポール・ムーリス演じる校長ミシェル)が、殺された時と同じ恰好で浴槽に漬かっているのを、シニョレが、共犯として抱き込んだ校長の妻(夫は死んだと信じている)に見せ、するとミシェルが「満身にびつしより水をしたゝらしつゝ浴槽から立ち上」るので、心臓の悪い妻は白目を剝いてその場でショック死するが、この時ムーリスが「死に顔を一層怖く見せるために嵌めていた義眼を「両手を眼の中にさし込んで」取り出す」のは、観客の方が目を蔽いたくなる去勢の実演だったのである。

「予」が浴槽ならぬ便器の中に見出すのは、最初シニョレの顔であるが、これはもちろん、本当は自分であるのが偽装されているのだ。これに先立ち、東京から戻っていったん就寝した「予」は、傍の「家人」が夢にうなされ呻き声を上げたので揺り起こす。その後、彼自身が睡眠剤を飲んで夢の実況語りとなるのだが、在京二日目の午後、女達は「予」とは別行動をしながら、やはり日比谷映画へ行って同時刻に同じ映画を見ていた。しかし「予と約束した時間に遅れることを懸念し、中途で退場」したと聞いた語り手は、「いつたい家人は彼女自身が心臓が悪いと医者に云はれてゐ、平素ショックを受けることを恐れてゐた」ので、「中途で退場したところを見ると、矢張幾分ショックを恐れる気持があつたのかと察せられる」と言っていた。その時には他人事[ひとごと]だったものが全て、ここでは「予」にもかかわってくることになる。

 即ち、妻の心臓の弱さが彼にも伝染したかのように、「久しく起らなかつた脈拍の結滞」――「何か心臓に異状のあることが察せられあまり気持のよいものではない」が「起りつゝあ」ると感ぜられるのである。「過食する時に起り易い」と医師に忠告されていたそれは、「此の二日間の鮎や牡丹鱧や八宝飯や芙蓉魚翅の祟りであること云ふまでもなし」なのだから、作品の素材をぎっしりと詰め込んで腹を脹らせたあげくに〈女〉になって出産しなければならなくなるのは当然だろう。夢に先立っては、「家人」の心臓の不調に倣うかに、「胃の真上の鳩尾の辺」がピクリピクリとしたし、夢の終りで、「御覧、その水の中にゐるのは人豚だよ」と言われた時は「目を蔽ふ」しぐさをしているが、これは前日、映画館でミシェルが「両手を眼の中にさし込んでその義眼を取り出した時」、「予の隣席にありし婦人が微かに『あッ』と言つて顔を」蔽った身振りを正確になぞっているのだ。

 勿論それは、婦人に倣うしぐさによって自らを女性化すると同時に、「目を蔽ふ」身振りによって、逆に、蔽わねばならぬ眼が失われていないことを証明しているのであり、「予自身は孝恵帝であることを知る」とある通り、水中の女の顔(女である彼自身の顔)も、眼球損傷と去勢の不安を伴うミシェル‐人豚のイメージも己からは切り離し、最終的には帝である男としての自身を確認しているのだと言えよう。

 水中の顔は、これより三十七年前に発表された『人面疽』を思い出させる。若い谷崎の映画への強い関心を窺わせるこの短篇では、女優の膝に醜い男の顔が取り憑く。正確には、小説内映画としてそういうフィルムがあり、主演女優は身に覚えのないうちにそのような作品を撮られてしまったと主張する。女が「膝の腫物」にガーゼをあて、固い靴下をぴったり穿いていたにもかかわらず、人面疽が歯で靴下を食い破り「鼻から口から血を流しながら、げらげらと笑つて居る」というグロテスクな場面をクライマックスとするこの短篇について、野崎歓は次のように書いている。「美しい女の脚に隠された秘密の暴露とは、すなわち女の恥部の暴露であり、結局のところは性器の露出そのものではないか」

「ここで成就されているのは、自らが女性性器にとって代わり、恥部そのものと化すことによって、女性におけるファロスの不在をなおも隠蔽しようとする、究極のフェティシストの欲望なのである。しかもそのそのとき、彼はすでに四肢も胴体も失い、ただ醜い顔だけの存在となりはてて女の脚に張りついている。それはいわば度を越して去勢されてしまっ たものの姿なのだし、捨て去られたファロスが浮遊していって女の脚に取り憑いたという奇怪な図でもある」(『谷崎潤一郎と異国の言語』)

 一見して、『人面疽』のヘテロ‐男根中心主義[ファロサントリスム]は紛れもない。野崎は、女の顔の美と性器の醜の「不整合」こそがエロティシズムの源だという有名な言説も援用しているが、ここで抑圧されているのが《美しい男の顔》であるのは言うまでもなく、あらためて見るなら、ジョルジュ・バタイユは何とミソジナスでホモフォビックであることか。

 野崎は、バタイユについて、「女性性器の『おぞましさ』に拘泥するそうしたエロティシズム論には、いかにも古典的フロイト主義の分析をまぬがれないような、去勢コンプレックスや女性恐怖の影が色濃く落ちている」とコメントし、「ただし、おぞましさを『恐ろしい醜男』の顔で置き換える 「人面疽」の映画のシナリオには、さすがに谷崎的な「Masochisten」ぶりが横溢しているではないか」と谷崎ならではの特質を抽出し、さらにそれを映画技法そのものへと繋げる――「焼き込み」すなわち一度撮影した上にさらに別の絵を撮影する「二重焼き[ダブル・エクスポジャー]」が映画の驚異を可能にするというのだ。「そもそもここで語られている人面疽とは、まさに女の脚と男の頭の『ダブル・エクスポジャー』そのものではないか」

 間然するところのない論のはこびであるが、今私たちが問題にしている短篇を、これとともに読んでみたとするとどういうことになろうか。

 小説内映画「人面疽」は、これまでの引用でも分るように、勝ち誇るファロス(しかもそのクロースアップ)の、けたたましい哄笑で終るフィルムである。ガーゼや靴下で押え込まれていたのを食い破って出現してきたそれは、母の腹を破って出てきた胎児さながらで(のちの『エイリアン』での、口から強姦された男の胸を突き破って出てきた怪物の孵化をも思わせる)、確かに出産の一方法ではあるのだろう。 対する『過酸化マンガン水の夢』の「夢」では、男が水洗便器の中に、赤い液体に浸かった女としての自身を見る。それは女の顔から、胎児の不定形と可塑性のうちに変容し、手足を切断された「人豚」という肉塊になる。最後に、それは「戚夫人」と呼ばれ、見ている彼は「孝恵帝」と呼ばれて夢は終る。

 名づけることによるこの同定は、しかし仮のものでしかないだろう。“それ”は本当は何なのか。『人面疽』の「二重焼き」は、女の脚と男の頭にはっきり分けられるものを、たんに重ねたに過ぎなかった。観客の前に露出することのできない、見せることのできない女性器の代りに、ファロスたる男の顔が大写しになる。 だがこの場合、それと重ねて“エクスポジャー”された女の脚とは、そもそも女にファロスが無い事に耐えられない視線がそれに直面する寸前に見出したファロスの代理なのだから、なんのことはない、それはファロスの二重写しであって、女など存在しないのだ(だからこそ主演女優には、映画を撮られた記憶がないのだろう)。

 先程の引用において女性器は「秘密」「恥部」「おぞましさ」と呼ばれ、隠されるべき何ものかとして扱われていた。一方、男の頭――人面疽――の方は、 membreの切断という点で明らかに去勢を受けたものでありながら、頭部=男根という上下の入れ換えによって「捨て去られたファロス」でもありえ、 女性の「ファロスの不在をなおも隠蔽しようと」してその脚に取りつくが、それが隠すものは、(脚自体がファロスの代理なのだから)ファロスの不在でさえないだろう。『人面疽』において起こっていたのはこうした奇怪な事態であった。「鼻から口から血を流しながら」という「人面疽」の最期の姿は、 それが実は女性器であり、開口部から血を流しているありさまであると見ることが可能である。しかしそれは、通常、女性器とは受け取られまい。人面疽‐男の顔がいかに醜悪であろうと、それはスクリーンに絶対“エクスポジャー”されてはならない女性器のように「おぞましい」ものではついにありえないのだから。

『過酸化マンガン水の夢』においては、『人面疽』ではあからさまに流されていた血が、もはや血と呼ばれることすらない。最初血であることを心配された液体は、レッドビーツの色素へ、過酸化マンガン水へと横滑りして、男性(皇帝)であることを辛うじて保証された谷崎のまなざしの下で静かに“それ”を浸している。『卍(まんじ)』の光子が偽の流産を演じるのに血のりを使ったことを思い出させる、偽の血液に浸された、男根でも女性器でもないものが、その誕生の起源を語る物語を谷崎に綴らせた。『過酸化マンガン水』は、こうして作品の誕生の光景に私たちを立ち会わせるものになったのだ。
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by kaoruSZ | 2016-01-09 09:50 | 文学 | Comments(0)
召喚と再会
 渥美の手紙を受け取った後の安良の行動は、いささかならず異常である。「どの道をどう来て山にかゝつたのか、どう考へても思ひ出されない。叔母や母の許しをうけたといふ記憶もなかった」という状態で、渥美の滞在する西山の寺へ辿りつく。そのあとで経緯がもう一度語り直され、以前は休暇の度に訪れていた父のさとの北河内へ行くと、もう休みが十日もないのにという叔母の反対もきかず家を出て、同地へ嫁いでいる姉の家に滞在、三日後、今度は大阪へ帰ると言って、引き止めるのを振り切り、「京街道を北へ北へ行つて、大きな河を三つも越えて、わき道へそれてからは、唯むにむさんに山をめあてに進んで来た」という。 どうもまるで大蛇にでも変身したような。

 富岡氏は、「安良が、このひとり旅から帰ってすぐ、手紙の呼び出しに応じ、アリバイを作りに父の実家へいくことさえして、『むにむさんに山をめあてに』善峯寺へ向ったのは、旅での忘れられぬ思い出をのこした『若者』が寺に待っているからではなかったのか」と書くが、これは完全に折口と安良を混同している。

 折口は確かに桜井駅で、「若者」藤無染と知り合ったのだろう(富岡氏が想像するように、汽車を待っていた十三歳の少年相手の行為があった訳ではなく、実際にはもっとゆっくり進んだと思うが)。帰阪後手紙を受け取り、飛び立つ思いで善峯寺へ向ったかもしれない。だが、安良を突き動かしているのは、「若者」ではない。一年前別れた渥美である。

 渥美のモデルを折口の中学での片思いの相手だとする人々に対抗して、富岡氏は、彼らは「小説」に騙されており、藤無染こそがモデルで、「若者」は渥美と同一人物だとしている。中学での同級生は「おとり」で、藤無染がそこに隠されているというのだ。そうだろうか。「小説」が隠しているのはその程度のものだろうか。

 折口には確かに少年の日に停車場で声をかけてきた年上の男が、『死者の書』に至る生涯のミューズとなったのだろう。だがそれは安良の与り知るところではない。五年前無染を亡くした二十六歳の折口が、その経験を『口ぶえ』にとどめようとしたことは疑いない。彼はしかし安良には自身とは違う運命を与えたのだ。

 先程引いた富岡氏の、「安良が、このひとり旅から帰ってすぐ、手紙の呼び出しに応じ、(…)『むにむさんに山をめあてに』善峯寺へ向ったのは、旅での忘れられぬ思い出をのこした『若者』が寺に待っているからではなかったのか」については、「“夢の仕事”が辿られるのを見るような鮮やかな分析」と評したし、作品の中に現実の反映を突き止め、藤無染を発見した功績に対しては今もそう思っている。だが、そこで分析されたものは安良の夢ではない。書かれたものから現実へ至ることはできても、書かれたものを現実によって説明することはできない。それはすでに別の連関の中に入り込んでしまっているからだ。

 安良が寺に駆けつけるくだりについても、氏は、「『どの道をどう来て山にかゝつたのか、どう考へても思ひ出されない』ほど心せいて」と言うが、折口は初めての恋人との逢引に心せいていたかも知れないけれど、安良はそうなのではあるまい。小説の中の安良は、別の理由でオカシクなっているのである。

「姫は、何處をどう歩いたか、覺えがない。唯家を出て、西へ西へと辿つて來た」(『死者の書』)。郎女の場合も、いきなり到着があって、事情があとからついて来たが、安良もまず寺に、こちらは夕刻に着く。郎女は朝日の照らす壮麗な寺院を見るが、安良は、「渥美は早朝から和尚さまに連れられて峰づたひに花の寺まで行つた」と知る。女人結界を破った郎女よりも待遇は上と言うべきだろう、勧められて湯に入り、「渥美君はこんな処にゐて、しまひには坊さんにせられるのではないだらうか。花の寺とやらから帰つたあの人のあたまが、最前の番僧のやうに剃りまろめられてゐたらどうしよう」と思ったりしながら食事をすませ、ランプを据えた机にひとり凭って渥美を待つ。

そのうち、つひ昼の疲れが出てうとうとすると、ものゝけはひを感じてふと目があいた。ふりむくと、音を立てぬやうに襖をしめてゐる渥美の細やかな後姿が目につく。

 富岡氏は「渥美少年の登場の仕方に不自然な感じがある」と言うが、不自然どころではあるまい。うたたねは夢の指標だが、この場合はここから夢というよりも、これ以前からすでに異次元に入っていたことの駄目押し的な強調だろう。折角何かに気づいても富岡氏は、「不自然といえば、先の渥美の恋文も中学生の手紙にしては小説ゆえの「つくりごと」の不自然さというより、事実を「つくりごと」にしそこねたような不自然さがある」と、すぐに見当外れにそれてしまう。

 別に幽霊が出ている訳ではないので霊視能力は必要ないが、小説を読む能力がないと“恋文”も読めない。渥美と言葉を交し、「やすらかにこだはりのない口ぶりが、彼の予期とは非常にちがつてゐた」「これがあゝした手紙を書いた人だらうか、何やらだまされたやうな気もちになつて来る」と安良は思うので、先に手紙を読んでみよう。

 渥美の手紙は、安良に思いを寄せる上級生岡沢からの絵はがきと一緒に届く。これは偶然ではない(小説は現実ではないので、偶然はありえない)。富士山の写真に、「これより富士へのぼるべく候。詳細は帰阪の上申しあぐべく候。尚倍旧の御愛顧を請ふ」とある葉書に彼は噴き出す

「倍旧の御愛顧を請ふ、と書いた彼の男のさもしい心もちを、せゝらわらわずにはゐられなかつたのである。(…)しかし、その下から、自身の浅はかさをあざける心もちが湧いて来るのを、ぢつとおさへて、状袋の裏をかへすと、京・西山にて渥美泰造とあるのが、ちらと目にうつゝた。咄嗟に、穴にでもむぐりこみたいやうな気がして、顔が赤くなるのを感じた。彼の胸には大きな期待がこみ上げて来た。

 岡沢への嘲笑と自らへのあざけりは表裏一体、岡沢の妄執は「裏をかへす」なら渥美に寄せる自身の思い、渥美の「愛顧」を願うさもしさに赤面しながらも、岡沢同様便りをくれた渥美へのふくれ上がる期待が抑えられないのだ。 「もつとおちついた静かな心、さういふ心地で渥美の手紙を読みたい。いつも渥美とはなす時の、さはやかな気分で見なければならぬやうに思はれ」て、階下へ降り庭に出て「倉の影」の「不浄口へかよふ空地」に立った安良は、「穢れはてた心には、清らかな人の手紙を手に触れることさへ憚られ」つつ封を切る。
 
……山の上の静かな書院の月光の中でひろびろと臥[ネ]てゐると淋しくもありますが、世の中から隔つたといふ心もちがしみじみと味はれます」(と、手紙ははじまる。)「わたしは心からあなたに来ていたゞきたいと思うてますが、また、気にしてくださいますな、来ていたゞいて自身の思うてゐることの万分の一もいへないだらうといふ心がゝりがあります。やはり手紙で書きませう。どうしたといふのでせう。わたしはあなたとおはなしをしてゐるとなんだかかうわくわくしておちついた気になれないのです。かう書いて見ると手紙がまた非常にもどかしく感ぜられて来ました。どうすれば、いゝのでせう。来てくださいとはえまうしませぬ。かういつたしだいですから。けれども来て頂かなければまた怨むかも知れませぬ。わたしには判断が出来なくなつてしまひました。お心に任せるほかはありませぬ。あなたの御判断をわたし自身の判断として仰ぎます。訣のわからぬへんなことを書くやつと御おもひになりませうが……

 長いがあえて全文を引いた。確かにへんな手紙である。「安良は、とび立ちさうになるのをおさへることはむつかしかつた。けれども、その時、ほのかに渥美を怨む心が、ふつと胸を掠めてとほつた」。とび立ちそうになるのは分る。だが、なんで渥美を「怨む」のか。

 あらためてこれを読んでわかったことがある。「中学生のころ、友人だった男が夢の中に現れて、自分に対する恋を打ちあけた」という折口の夢、『死者の書』執筆 の契機となった夢の原型はこれだったのだ。自分のフィクションをなぞる形で折口は夢を見た。本当は渥美がこんな手紙をくれる筈はないのである。

 富岡氏は口ぶえの「主人公の相手のモデルを、加藤守雄は、中学校の同級生で、友人に頼んで写真までもらった辰馬桂二だとしているが、そのように決めてかかっていいものかどうか」と言い、辰馬は折口の一方的な「アコガレ」で心中するような仲ではなかったと言うが、モデルというものは何もかも一致せねばならぬといつ決まったのか。富岡氏が何のためらいもなく「恋人」と呼ぶ渥美は、実際には安良の片思いの相手としてしか読めないから(富岡氏にも加藤守雄にも分らなかったろうが)、その意味では、辰馬桂二はまさしく、渥美のモデルと呼ぶに相応しい。

 安良が渥美を追ってゆく善峯寺は、十代の折口が無染を追って行った場所だから渥美=無染と富岡氏は主張したい訳だが、折口は折口、安良は安良で何の差し障りもなく、却って折口が現実の出来事をどう使ったか分るというものだ。二十六歳の折口には無染の思い出なしでは『口ぶえ』は書けなかった。だが、彼の小説中の人物はそんなことは知らない。無染どころか折口のことも覚えていない。

 安良が覚えているのはただ渥美のことだけだ。 それも、停車場で見知らぬ「若者」から渥美の名を言われ、「渥美々々、彼は深いねむりのどんぞこよりひき起されたやうな気がした」時以前には、五月六月七月とゆっくり叙述が進んで来ながら、一度も意識に上らず誰にも言及された事のなかった渥美である。

 しかし、来てほしいとかき口説きつつ行きまどう手紙から感じられるものは、どうも安良の記憶にある渥美とは微妙に食い違うようだ。渥美らしくないと思うような文面なのだ。

安良はいく度も幾度も読みかへした。しかし、どうも彼の胸にしつくりと納得の行かぬ処があるやうに思はれる。(…)あの朗らかな、木海月を噛む歯ざはりを思はせるしなやかなことばで、はればれとした瞳をしてもの言ふ人に、どうしてこんな手紙が書けるのだらう。

 渥美に書けない手紙なら、それは渥美が書いたものではないからではないか? 

 書かれているのがそのまま自分の気持ちであるのを安良はいぶかしんでいる。「『わたしはあなたとおはなしをしてゐるとなんだかかうわくわくしておちついた気になれないのです』実際、安良自身がいつも感じてゐることなのだ」。

「安良自身がいつも感じてゐること」を、どうして渥美が書けるのだ。

「あなたの御判断をわたし自身の判断として仰ぎます」とは、自他の境がゆらいでいるのか、それともはじめから「わたし」ひとりしかいないのだろうか。もしかしたらこれはジュリアン・グリーンの『地上の旅人』のような小説ではあるまいか。

 しかし安良はそんなことは考えず、思いは「けがれた/浄らか」の二元論へ収斂してゆく。

一年生の頃から、渥美の名を聞くと、軟らかなけばで撫でられた楽しい気もちになるのがくせだつた。自身でも、なぜさうなるのだかわからなかつた。きのふかへりの汽車のなかでとつくりと考へて見たが、どうもそれが岡沢に対する心地と、さのみちがつたものでないと思ひあたつて、不愉快な念に閉された。かふいふむさい処に根ざした心で、浄らかな人を見るといふことが、なんだか渥美を汚すやうな気がした。その渥美が、自身らとおなじ心もちでゐようとは信ぜられない。

「どうしてこんな手紙が書けるのだらう」と思いながらも、安良には」渥美がなお「近づきがたい人のやうに見え」、「自身には「倍旧の御愛顧を」と書いてよこした岡沢が似合はしく思はれて、悲しくなる」。岡沢には付け文され、つきまとわれ、後ろから抱きつかれたり、頬にキスされたりしているのだ。

「穢れはてた心」と「清らかな人」の対立は、「すべての浄らかなものと、あらゆるけがらはしいもの」とも言われたし、手紙の届く直前には「西行や芭蕉のあゆんだ道、さういふ道が白じろと彼の前につゞいてゐる。安良がその道へ行かうとすると、どこからともなく淡紅色の蛇がちよろちよろと這ひ出して来て、ゆくてを遮つた」と前段の蛇が殆どパロディ的に出てきていた。性に対する「けがらはしさ」の意識は、安良がこのように思い悩む、「もつとおちついた静かな心」「いつも渥美とはなす時の、さはやかな気分で」渥美の手紙を読みたいと願って来た筈の、「倉の影」の「不浄口へかよふ空地」での最後の描写に見事に形象化されている。

ひそやかな昼ざかりに、かういふ人目にない処に踞んで、油汗を流しながら、もの思ひに耽つてゐる自身の姿が、なんだか岩窟にせなをまるくしてゐる獣のやうに目にうつる。裏通の粉屋で踏む碓[イシウス]の音が、とんとんと聞え出して、地響がびりびりと身うちに伝はる。倉の裾まはりには、どくだみの青じろい花が二つばかりかたまつて咲いてゐた。安良は手をのべて花を摘んだ。黴の生えた腐肉のやうな異臭が鼻をつきぬいた。彼は花を地に叩きつけた。さうして心ゆくまで蹂躪[フミニヂ]つた。五つの指には、その花のにほひは、いつまでもいつまでもまつはつてゐた。

 ちょっと先走るが、『口ぶえ』は、ロマン主義的な死を超えた愛の物語のパロディでもあるだろう。ポーは既にパロディだが、『ヴェラ』とか『死女の恋』とか。そして折口の場合、『死者の書』もそうだが、超自然は全く関わらない。そこが「絶対的に現代的」な作家のゆえんで、一時的に超自然が侵入したなどということもない。

 渥美の手紙が変なのは、そこまで思いつめた手紙をよこすのがいかにも唐突で、いつの間に向うが安良を好きになったのか、読者にも彼自身にも分らないからだ。こんな場合でなければ、安良はもっと驚いていたことだろう。片思いのはずの相手が、自分が望んでいることを、自分と同じ強さで、自分に望んできたのだから。  

 会って話したい。しかし会ったところで思うことの万分の一も言えぬだろうから、やはり手紙で書く。でも書いて見ると、今度は手紙がもどかしい。これは少しも変な文面ではない。普通に恋しているものの心情で、ただそう名づけられていないだけである。だが、安良には渥美にそう言われる覚えはないのだ。

 こういう事情だから、来てくれとは言えないと渥美は言い、すぐにつけ加える。

けれども来て頂かなければまた怨むかも知れませぬ。
 
 これは引っかかる。「また」とは、まるで、以前、渥美が安良を怨むような事件があったかのようではないか。けれども、これが安良の心の反転したものであり、 安良が思っていることを渥美の言葉として読んでいるのだとしたら、過去のどこかで、渥美に怨みを持ったのは安良の方なのだ。これを読んで、安良は飛び立つ思いで渥美を訪ねようと思う。

けれども、その時、ほのかに渥美を怨む心が、ふつと胸を掠めてとほつた。

 まるで、先に言われてはじめて応えを返せる木霊のようではないか。

 相手からの手紙に自分の内心が書かれているのを見出すという現象は、実際に渥美にじかに相対すると、今度は、自分の考えを見抜かれるという事態に取って代られる。夜、隣の布団の渥美が眠ったのかと思って名前を呼ぶと、眠れないのかと言われ、「彼はすつかり渥美に心をよみつくされたやうに感じて消え入りたくなつた」。

 また、翌日、山の頂上まで登ろうかどうしようかという時、「人ずくなゝ寺のうちにゐても、唯二人でないといふことが、彼には不満であつたのだ」と語られるや、「『そんならのぼりまへう』恐ろしいまでに自身の胸のうちを直感した渥美のことばに、彼はぎくりとした」となる。急な山道で、途中で彼は息苦しくなる。「静かに胸のあたりに手をやつて、心のうちに、せつない胸をなでゝくれる友の手を思うた」。すると渥美が即座に言うのだ。動悸がしますか、撫でたげまへう。

彼はまた驚かされた。汗にづゝくりぬれた胸を露はして、抗ふこともなく渥美のするまゝにまかせてゐる。

 こうなるともう、内心を見抜かれるとは、心に思うだけで即座に叶えられる世界に等しい。
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by kaoruSZ | 2015-10-08 18:52 | 文学 | Comments(0)
蛇を呼び出す
 テクストを直接参照しないで小説について書くというのは、たとえツイッターであっても無論誉められた話ではないのだが、論者が引用したり、かいつまんでくれたりするのに甘え、とりあえずそれに頼っていた。ところが、『口ぶえ』を読み返してみて驚いた。こんな変な話だったか? 憧れの渥美、大和旅行からの帰阪後に手紙が来る以前には、全く登場していないではないか。

 つまり、声をかけてきた若者に学校名を言って、「あの学校に、渥美といふのがありませう、知つてますか」と問われるのが『口ぶえ』での渥美(という名)の初出であり、それ以前には一度も言及がないのだ。

渥美々々、彼は深いねむりのどんぞこよりひき起されたやうな気がした。「渥美、えゝ、ゐます」 

 いったい何だろう、これは。「えゝ、ゐます」って、その記憶、渥美の名を聞いた途端に作られたものじゃないか? 夢の中なら普通にあることだが。

 渥美は従弟にあたるが「久しく逢ひません」という相手は、「まだ時間はありますよ、外へ出ちやどうです。こゝは暑くてたまらんですよ」と、畑の中を横切って堤の方へ彼をいざなうが、そこは「月がゆらゆらと上つて来た。夏涸れに痩せた水は、一尺ほどの幅で彼の足もとを流れた。月見草が、ほのぼのと咲いて、そゞろはしい匂が二人を包んだ」と、何とも雰囲気たっぷりなのだ。

「…知つてますか馬追といふのです。それ、あちらに鳴いてるでせう。あれが松虫。おや鈴虫もだ、ねえいゝ声でせう」


 そう話しかけられても、「胸がせまつて一言もいひ出せない」安良。「渥美の名を聞いた時に、彼の心は不思議なほど動揺を感じた。その渥美の従兄といふ人と、かういふ処で出逢つたといふことが、いひしらずなつかしい心地に彼を導いた」。柳田に「渥美も大きくなつたでせうね。どうです。成績の方は」と訊かれ、ようやく「えゝようでけます。いつでも特待生の候補になつてます」とすらすらと答えるが、そんな記憶どこにあったんだ。極め付けは「やはらかな光にほのめく月見草は、夜目にたよたよと、渥美のおもかげをおもはせてゆれてゐる」って、何なんだこれは。

 彼らの会話を意味のないもののように言ったが、間違いだった。

 多分これ以前に「涼しい目をあげて安良をぢつと見た」雑魚取りの少年を「どうも、あの顔には見おぼえがある。いつ見た人だらう、と記憶に遠のいてゐさうな顔を、あれこれと、胸にうかべて見た。しかしものごゝろがついてから、逢うた顔ではない、といふ心もちがする。もつともつと、古い昔に見たのだ。或は、目をあいて夢を見たねんねいの瞳におちた、その影ではなかつたらうか、とも疑つた」というのが伏線だったのだろう。「記憶に遠のいてゐさうな顔」と言うのは、これが祖父の実家の古い社を訪ねる旅だったからで、しかし彼の生れる前に行き来は絶えているので、実際に知った顔ではありえなかったろう。

「従兄という名で渥美の分身が現れたようでもあるのだが、富岡氏の言うとおりであれば、そもそも若者の方がオリジナルで、渥美はそこから派生したのか?」と、私は渥美のモデルとしての現実の藤無染の意味で書いたが、小説では、オリジナルとしての渥美よりその代理である「従兄」の方が先行し、そこから贋の記憶として渥美が誕生したという事なのか。

 それにしても、渥美がたよたよと風にゆれる月見草のおもかげなのに対し、「その若者は骨々しい菱形の顔をした男であつた」という(一見)写実風の断言――。

汽車が来た。若者は窓によつて、「失敬」といつて、すてっきをぷらっとほうむにひいて出て行つた。
その若者は骨々しい菱形の顔をした男であつた。


 堪らなくなってtatarskiyさんに電話した。若者との出会い以前に、渥美の名が一度も現れぬことを、私の見落しでないのを確認してから、「骨々しい菱形の顔」とは何と思うかと問うた。彼女は口ごもっていたが、「口笛を吹くと蛇が出ると言うけど」と言った。

 思いがけないものまで出てしまった。確かに『口ぶえ』と題された小説に、一度も口笛が出てこないのは謎であったのだ。末尾に「前篇終」とあるので後篇でわかるはずだったと一応は納得していた。だが、その理由で「口ぶえ」というのならぴったりだ。今回読むまで忘れていたが、実は蛇は、小屋の中に安良が幻視(というかレトリックというべきか)するより前にも姿を見せてはいた。

彼は一歩塚の方へ踏み入つて、ぎよつとして立ちすくんだ。毛孔が一時に立つて、冷汗がさつと滲んだ。蛇だ。むらむらと恐怖がこみあげて来る。しかし、静かな心もちがすぐ彼に帰つて来た。安良は、ぢつと目をさだめて見た。淡紅(トキ)色の細紐が草のうへになびいてゐたのである。胸はまだどきどきしてゐる。

 それ自体が隠喩の絵解きである文章だが、蛇が塚(墓)にいたのも見逃せない。その直後、小屋の中に安良が見る蛇は比喩のみだ(無論正体は絡みつくトキ色の手足だろう)。そして停車場で会った「若者」の形容は、蛇という言葉抜きで行われた。プラットホームに引いて去ったのは本当にステッキだろうか。そもそも安良はこの男と現実に出会ったのだろうか(現実の折口が桜井駅で藤無染と出会っていたとしても何の保証にもならない)。渥美からの手紙は本当に来たのだろうか。これ以前、長谷寺で、彼は「太い円柱が処々に立つ」舞台の上で白い幻に出会っている。

ふとふりむくと、堂の立蔀に身をよせてすうつと白い姿がうごく。安良は瞳を凝して、身じろぎもせなかつた。白い姿もぢつと立ち止まつて動かない。安良は恐る恐る近よつて行つた。白い姿はだんだん輪廓が溶けて行つて、夢のやうに消えてしまつた。

 明らかに安良は幻を見る人なのだ。後篇でこの白い分身に合理的解決がなされたとも思えない。

 tatarskiyさんから電話あり、口笛とは伝統的に「魂呼ばひ」でもあるのだと教えられる。『死者の書』の二上山の上で、月光の中、南家の郎女を探して行われていたものもそれであり、あの時はそれに応えて大津皇子が甦った(と捜索隊は信じて逃げ去った)。『口ぶえ』の月射す河原も言ってみれば死後の景で、二人は渥美のことをすでに死者のように話している。死者の思い出にように話題にしている。だから「月見草のおもかげ」なのだと。 

 そういえば長谷寺で幻に遭うのも月夜の出来事で、『死者の書』の、大津の墓の中の語りから一転して俯瞰図になる二章冒頭では、月照る下に「白い砂の光る河原」が見えていた。

 九月二十九日朝と夕、tatarskiyさんと電話で話し、『口ぶえ』最後まで解ってしまった。最後というのは、後篇の結末までの折口の構想すべて、後篇で何が明らかにされるのかのすべてである。どうしてそんなことが分るかと言えば、折口が前篇で手がかりを全部出しているからだ。後篇ではそれに答えが与えられることになるだろう。こんなものが出てくるとは夢にも思わなかったが、ために折口の現実の恋人の話もかすむ。

「後篇でこの白い分身に合理的解決がなされたとも思えない」と先に書いたが、勿論「合理的解決」はなされるのだ。そしてその解決は、「あの時から安良は オカシかった」というものでしかありえない。あまりにもさりげなく書かれているので、読み過してしまうのだろうか。持田論文では、メレジェコフスキーの小説でユリアヌスが古代神殿で白い女神の幻に出会うくだりが引き合いに出されていたが、そんな牧歌的なことを言っている場合ではなかった! 怪異譚でも幻想小説でもなくて(これは『死者の書』も同じ)、それなのにリアリズムに反することが出てくるとしたら、語り手がおかしくなっているのだ。

 しかし安良は狂人ではなく詩人である。少なくともこの小説が終る時にはそうなっているはずだ。これは作者と同様、芸術家になるべき少年のイニシエーションの話で、それを折口は、自分の伝記的事実を全面的に貸し与えつつ、自分とは異なる一典型として書こうとしたのだ(なお、狂人と詩人とはナボコフが『青白い焔』で使っている分類だが、 狂人でなく詩人とはっきり書いてあるのに、キンボートを狂人と思い込んでいる人が多いのには驚く)。

 月光の下で現れ消えた、白い幻が当然のように語られた時、すでに安良の“狂気”ははじまっていたと言える。ちなみに私がこのくだりで連想したのはフロイトによる『グラディーヴァ』の分析で、あれは真昼だが、古代の廃墟で主人公が見た幻は、そのあと現実の女として彼の前に現れて、最後には《本当に》彼の幼なじみ(忘れ難い歩き方をその記憶に残した)であることを明かす。こうして、古代の浮彫として見出したグラディーヴァ像にしか興味を持てなくなっていた考古学者の青年の理想の女が現実の女と一致するという、ある意味非常におめでたい(男たちが誤読して感動する際の『未来のイヴ』のようにおめでたい)小説だが、同じように渥美とは、安良とは子供の頃に会っているのではないかとも考えた。だがこれは、目元涼しい雑魚とりの少年を見るくだりにまんまと引っかかったのである。

「ものごゝろがついてから、逢うた顔ではない、といふ心もちがする。もつともつと、古い昔に見たのだ」とは、安良が夢みがちな文学少年だからそんなことを考えたわけではない。それはもっと近い過去に逢った顔、思い出すことを抑圧している顔の代りなのだ。ちょうどハノルトが幼なじみの代りに浮彫を見出したように。

「学校の後園に、あかしやの花が咲いて、生徒らの、めりやすのしやつを脱ぐ、爽やかな五月は来た」と『口ぶえ』は書き出される。だがそれ以前に勿論四月があり、三月があったのである。冬があり、前の年の秋があり、夏があったのである。物語はとうの昔にはじまっていたのに、読者はそれを教えられていなかった。

「このごろ、時をり、非常に疲労を感じることがあるのを、安良(ヤスラ)は不思議に思うてゐる。かひだるいからだを地べたにこすりつけて居る犬になつて見たい心もちがする。この気持ちを、なんといひ表してよいか知らぬ彼は、叔母にさへ、聴いて貰ふわけにはいかなかつた」とはじまる、安良によりそってその心理と生理を細やかに語るかに見えるのは、最も信頼できない種類の語り手だ。安良の不安定さや、心ここになさげな様子や、天候や季節や植物と一体となって自分の感受性の中で生きているかの如き動物的な様子(彼自身「犬」と言っている)は、読者がそう思い込まされるような“春のめざめ”のせいではない。

安良の今の状態は、小説のはじまる以前のある出来事の結果なのだ。その事件は、読者からは勿論、彼自身からも隠されている。安良の防衛が破れるのは、疑いもなく、「渥美」の名が彼の従兄・柳田の口から発せられ、「渥美々々、彼は深いねむりのどんぞこよりひき起されたやうな気がした」時である。だがそれは覚醒ではなく、より深い混迷への入口だった。

 先に私は、渥美に関する記憶はこの瞬間生じたものではないかと疑い、代理である柳田との出会いが先にあり、その後にオリジナルが捏造されたのではと疑ったが、そうではなかった。柳田に会って安良に渥美の記憶が甦ったのは確かだが、それは歪んだ記憶であったのだ。

 白い幻との遭遇の際、奇妙なことが起っていると読者が気づかないのは、それ以前に、乳母の家で十年前に空想したことを、安良が現在経験しているかのように思い出すくだりがあるからだろう。感受性の極度に強い、想像力豊かな子だからと見過してしまうのだろう。しかし、鬼婆の幻想の場合、安良はまだ、それが空想や回想だという認識は手放していなかった。

 白い幻影を見た翌日、彼は何に出会うか。まず塚の辺りで、「長く淡紅(トキ)色の紐が、露深い叢に流れてゐる」のを蛇と見間違う。それから、「道が二股にわかれてゐる」手前の野番小屋を覗いて、「淡紅色の蛇が、山番の裸体の肩や太股に絡みついてゐる」のを目撃する。そして道を下って行き、「灯ともし頃になつて」若者に声をかけられるのだが、実はその前にも蛇はいた。目を閉じて男の肩や太股に絡みついた蛇が浮ぶのと、停車場での出会いの間を繫ぐのは次の文章だ。

昼すこし下つて、焼けつくやうな白砂のうへに大杉が影をおとす三輪の社頭に立つてゐた。山颪が今越えた峰のあたりから吹きおろす。
紐手巻塚 [ヲダマキヅカ]杉酒屋の娘の恋物語を、幾度かにれがみかへしながら、遥かな畷を辿つて行く。


 ここで安良が反芻しているのは、「妹背山女庭訓」の、蘇我入鹿を倒すために、愛した男の犠牲となって死んでゆく酒屋の娘お三輪の物語(そういえば入鹿の卵塔も前日安良は見ている)。三輪の大物主神は言うまでもなく蛇身であり、男の着物の裾に糸をつけた針を刺して追跡する三輪山伝説の細部は、「紐手巻塚 [ヲダマキヅカ]杉酒屋の恋物語」にも引用されている。

 そして直後に出会う男は「骨々しい菱形の顔を」しておりステッキを蛇の尾の様に引いて去る。この蛇づくめは、「『淡紅色の蛇』のからみ合い、という幻視はあまりにもわかりやすい性的な象徴だが」(富岡)で済まされるようなものではない。幻視以前に、テクストの上に蛇が繰り返し呼び出されているのだ。

 では何が蛇を呼び出しているのか。口ぶえである。勿論安良が吹いたわけではなく、本文では一度も吹かれず、文字も出ないが、それでも本文の前に置かれたその言葉が、蛇を召喚しているのだろう。後篇でも多分口ぶえは直接には出ない。ただ、夜、口笛を吹くと蛇が出るという伝承がどこかで言及されるのだろう[これはあとで考えを改めた]。

 これまで誰も思わなかったことだが、『口ぶえ』は死者を甦らせる話なのだ。『死者の書』の成立に折口が実際に見た夢と、「故人」への思いがかかわることは折口自身が書いているが、それを大津皇子の「復活」に結びつけて特異な幻想小説だとする、見当違いの批評が長年なされてきた。一方で、『口ぶえ』は、折口の自伝的な事実に添った、自然主義的な作品と信じられてきたのだ。

 今回判ったのは、『死者の書』と『口ぶえ』が、外見も結末も違うが、双子のような作品だということだ。若い女と男がそれぞれ失踪する。少年は助かるが、娘は作品を残し海に消える。郎女はそもそもなぜ出奔したのか。それをきちんと考えた者がいなかったのと同様、誰も本文がはじまるより前に、安良に何があったか考えなかったのである。

『死者の書』の郎女も『文金風流』の照姫も、自らの属する共同体には不必要な(「女の分」を越える)能力を持った女であり、そのため最終的に此の世で生きられなくなる。しかし安良は違う。十五歳になりながら女を追いかけないのは「勉強一まき」だからと周囲も認め、訪ねてきた乳母からは、「小ぼんちやん、いつまでも、をなごなんて欲しいおもひなはんなや」と、隣人からは「なあ、ぼんぼん。わてらな、若い時分には盆いふと、なかなか家にぢつとひてしまへなんだで。湯帷子[ユカタ]がけで外い出て、をなごおひかけまんね。(…)あんたらそれから見るとえらいもんだんな。結構やな。やつぱり学問のりきだつしやろ。なんちうても学問やらんとあかん」とからかい混じりながら言われ、「祖父も、父も、歌や詩を作り、古典にも多少の造詣は持つてゐた」というその父から、幼時に俳句を口うつしで教わり、「家といふものより、もつとしみじみと自身には親しまれる世界のある心地が」する彼は、実際、そういう自身のあり方を認められた身で、将来家を離れて学問に生きることが可能なのだ。

 それなのになんで安良は、突然の渥美の呼び出しに応えた上に、「みんな大人の人が死なれん死なれんいひますけれど、わては死ぬくらゐなことはなんでもないこつちつげや思ひます」と言う渥美に従い、死のうとするのか。「前篇」の終りに突然渥美が現れ、これまでのいきさつの説明もないまま、闇雲に心中へ突き進む、筋の運びを誰もおかしいと思わなかったのか。

 それとも折口はその程度の下手な作家で、自分の体験を粉飾した若書きの未完の原稿を残したとしか思われていないのか。彼が男を好きだったからあのような情熱が描かれている、くらいに解されているのか。とんでもない。これは計算され尽した巧緻な作で、伏線は残らず張られ、すべての答えは用意され前篇だけでその謎解きの後篇が推し量れるようになっている。「このあとどういう展開になるのか、無論、原稿がない以上、確実には何もわからない」(『釋迢空ノート』解説)とは怠惰なだけだ、後篇が書かれれば間違いなく傑作となり、バッドエンドでない同性愛小説の先駆けにもなったものを。

 先に、自分の外に理想の男を設定していないところが三島と違うと書いたけれど、これは勇み足だった。テクストのはじまる前の出来事がその時はまだ見えていなかった。三島との違いを言うなら、いくら自伝的要素を貸し与えても『仮面の告白』には芸術家としての彼自身が書かれていないが(三島自身そのことは、ものを書く人間でない以上この主人公は自分と違うと、一種の逃げ的に言っていたと思うが)『口ぶえ』は感受性の鋭い少年が芸術家になる、まさにそれ自体が主題の芸術家小説なのである。

 かつて天沢退二郎はつげ義春の『ねじ式』を論じて、切断された腕の血管をねじで接合され、ねじを締めると片腕が痺れるようになった主人公について、つまりこの少年は芸術家になったのだと書いていたが、安良もまた、ただ一度の死を死ぬのではなく、渥美との道行を生き延びてひとりで帰ってくることで、生と死を自在に行き来する者としての芸術家になったのである(三島は向う側へ自ら越えてしまったが)。

 それに先立ち、彼は渥美を失わなければならなかった。だが実は、小説のはじまるより以前に渥美は見失われていたのであり、そのことが安良を、一種の麻痺に陥らせていた。それが、従兄と名乗る柳田に出会って、彼が渥美の名を口にすることによって動揺させられ、家に帰った安良のもとには渥美からの手紙が届き、彼はもう一度渥美に会いに行くことになったのだ。

 これはオルフェウスの地獄下りに比すべき話であり、時期がお盆に設定されているのも偶然ではないのだが(これは偶然かもしれないが『文金風流』もお盆の話だ)、書かれてから一世紀の間、その真実は誰にも気づかれぬままだったとおぼしい。


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by kaoruSZ | 2015-10-07 04:47 | 文学 | Comments(0)
まえおき
 七月十六日以来、ツイッターを利用して『文金風流』について書いていたが、登場する照姫と、『死者の書』の郎女の類似を述べようとして、後者について通常行われている解釈があまりに真実と違うので、『死者の書』に寄り道することになった。まず、大津皇子は、郎女の夢(と人々の語り)の中にしか存在せず、超自然的な出来事など何も起こっていないことを確認して、大津の亡霊が阿弥陀仏の姿に化って供養が完成するといった、物語の捏造を退けようと努めた。また、彼女の孤独は、女に許される水準から抜きん出た知性を持ってしまったところから来ることを示し、大津に誘びかれて彼の裸身を覆う布を作る「機織る乙女」になるといった、受動的な器ないし操り人形としてこの女主人公を捉える俗説を排そうとした。しかし、大津の存在が重要であること――初めて真に『死者の書』が書きはじめられる地点に折口を到らせ、自分がその小説を書かねばならぬ真の理由を初めて覚らせた事件そのものである夢の結果が「彼[か]の人」である事に鑑み、「三十年も過ぎてから、夢に見たことが不思議でならない。それを絵解きして見よう、そう思って書き出したのが、『死者の書』になった」と折口から加藤守雄が聞いた、その三十年前の彼自身がどういうふうであったかを髣髴とさせる『口ぶえ』を読み返そうとした。 
 しかしここで私は一つ思い違いをしていた。夢を見た時折口は五十二歳、三十年では中学時代に遡り得ない。実はそのことは、年齢を確かめた時に気づいていたが、二十二歳なら大学を出て中学校教師になった時期、かつての自分の年頃の生徒に接して思い出が甦り、それが『口ぶえ』執筆を促し、またこの頃、その友人と最後に会う機会を持ったのかと解釈したのだ。

 持田叙子氏の『「口ぶえ」試論』には、教師時代の折口の、その名も「生徒」という短歌連作が引かれており、すでに述べたようにその中に、私は、夢の中で白玉を抱く郎女を思わせる、「白玉をあやぶみいだき ねざめたる 春の朝けに 目のうるむ子ら」(青春の朝に目を潤ませているのは、『口ぶえ』の安良に認められる特徴でもある)や、「くづれ仆す若きけものを なよ草の床に見いでゝ かなしかりけり」という、『口ぶえ』で安良がそれと同じ動作をする生徒と、それを「愛[かな]し」と思って見つめる「われ」という構図を発見して、自分の予見が裏づけられたと考えた。

 また、これもすでに述べたが、飛鳥の古寺の「大理石の礎」という存在しないものを安良が思うことについて、陰鬱なキリスト教世界に対し晴朗な古代ギリシアを代表するものであるからで、メレジェコフスキーから「知らず知らずのうちに」折口が影響された結果ではとの、持田氏の見解に対し、大理石とは端的に古代ギリシアと同性愛を指し、折口は当然意識的にやっているのだと指摘した。

 なぜなら、「大理石」とは他ならぬ安良自身が鏡に己が身を映すくだりで「大理石の滑らかな膚を、日が朗らかに透いて見せた、近頃になつてむっちりと肉づいた肩のあたり、胸のやはらかなふくらみ」と、あからさまにナルシスティックでホモエロティックかつ両性具有的な描写に使われている言葉だからだ。

 この「大理石の」身体が、それから三十年後に書かれる『死者の書』では、郎女が幻視する「俤びと」の、「白玉の」指や上半身、また夢の中で「白玉」と一体となって水底に沈む郎女の、「白玉の身」になっているとは、これまでにまとめた分で書きもしたが、まだ中途であって論じ終えていないことでもある。

 折口の夢から遡ること「三十年」の『口ぶえ』に、『死者の書』の起源を探ろうとしたのは間違いではなかった。見つかったのは、たんに、彼が自身の少年時代をモデルにした安良が、どのように描かれているかだけではなかった。これもまたすでに書いたが、この二つの小説の細部の関連を注意深く読むならば、体操教師の手で上着を剝がれた「如月の雪」と形容される「いたましい」安良の裸体が、『死者の書』では、「明るい光明の中に、胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現(ゲン)じた」「白々と袒(ヌ)いだ」「いとほしい」俤びとの半身に変っているのが認められよう。また、「一すぢの糸もかけて居ない」雪の膚[ハダエ]を衆人の目に晒すという、ナルシスティックでマゾヒスティックな安良‐折口の空想の方が先にあり、それが、多くの糸(で織った布)によって、寒さを防ぐ目的で(雪やその換喩としての白さとは寒さの喩でもある)裸体を覆うという合法的な筋書へと、(無論、無意識に)変形されたのであろうこともすでに述べた。

 このようにテクストの検討自体は問題なく進んだのだが、やはり私は思い違いをしていたのだった。単純に、富岡多惠子の『釋迢空ノート』が解明した事実関係を知らなかったということだが。富岡氏が明らかにしたところによれば、三十年前即ち明治四十二年、折口は、片思いの対象だったらしい元同級生とは比較にならない、大切な人と死別している。(ついでに幾つか訂正を。件の夢を見た時点で五十二歳と思いそう書いたが、正確には昭和十三年(一九三八年、折口五十一歳)のことのようだ。大学卒業が一九一〇年、教員になるのはその翌年なので、二十二歳で教師というのもありえなかった。『口ぶえ』執筆は二十六歳の時になる。)

 三十年遡って到りつくべき時は、中学時代ではなく、その人・藤無染の死の年(一九〇九年/明治四十二年)だったのだ。初めて上京して国学院に入る際、折口は彼の部屋にいきなり同居している。これは当然以前から知り合いだったからだと富岡氏は考えるのだが、折口は自作の年譜にその名を明記しながら、関係は勿論、彼が何者なのかさえ、話さず、知らせず、書き残さなかった。加藤守雄が調べようとしたがわからず、その後誰も調査した形跡のないこの人物について、折口の伝記的事実と夥しい彼の短歌を突き合せることで、富岡氏は事実を突き止めてゆく。「『藤無染』が具体的に姿をあらわしはじめると、なんのことやらわからなかった短歌の連作が、ドラマティックに動き出すのを見る思いがすることがあった。『藤無染』というピースをはめこむと、一挙に絵柄がはっきりするジグソーパズルのような気さえしたこともあった」と富岡氏が言う過程の幾らかは、この本を読みながら追体験できよう。

 こうして見出された物語は驚くべきものである。「『情況証拠』の積み重ねによる」推量は本文ではてきるだけさし控えたという「追記」の中身を先に記すなら、折口は中学二年、十三歳のとき初めて一人旅を許されて大和廻りをした時、現在のJR奈良線桜井駅で、二十二歳の僧侶・無染に出会ったのではないかと富岡氏は「推量する」。「一泊の大和旅行から帰ってすぐ、京都西山・善峯寺に滞在する無染からの誘いの書状にこたえて善峯寺に行った、とも推量する」

 京都西山――『口ぶえ』の読者ならすぐおわかりになるろう。初めての泊りがけの一人旅を終え、安良が帰宅してから二日後、上級生の渥美から手紙が届く。その中身を読むや、安良は母や同居の叔母に嘘をついて、渥美の滞在する西山・善峯寺へ赴く。実際には、旅先で知り合った男から折口が呼び出されたのを、小説ではそのように変形したと、富岡氏は「推量」しているのだ。

 相手を藤無染と同定しない「本文」での「推量」は、さらに大胆でさえある。というのも、『口ぶえ』が大胆なテクストであるからだ。一人旅の安良は、「灯ともし頃になつて疲れきつたからだを、ある停車場のべんちによせかけてゐた。(…)突然、彼の脇に歩みよつた若者がある。/『君は大阪ですか』/『ええ』」

 大阪のどこか、中学はどこかまでを聞き出して、一高生の柳田と名乗る相手は、渥美というのは自分の従弟だと言って、安良を駅から連れ出し、堤に座って話をする。十三歳の折口は、こうやって桜井駅で「若者」に声をかけられたのではないかと、富岡氏は言うのだ。

安良が帰宅するとすぐに受け取る、「京・西山にて」と書かれた手紙は、じつはこの「若者」からだったのではないか。
(中略)
安良が、このひとり旅から帰ってすぐ、手紙の呼び出しに応じ、アリバイを作りに父の実家へいくことさえして、「むにむさんに山をめあてに」善峯寺へ向ったのは、旅での忘れられぬ思い出を残した「若者」が寺に待っているからではなかったのか。


“夢の仕事”が辿られるのを見るような鮮やかな分析だ。

 また、富岡氏は、『口ぶえ』の次のような細部に注目している。「若者」に“偶然”出会う前、安良は、蜜柑畑の中の野番小屋に近づいていた

つきあげ戸から覗きこんだ彼は、そこにあさましいものを見て、思はず二足三足後じさりした。小屋のなかゝらは、はたちあまりのがつちりした男が、愚鈍なおもゝちに、みだらなゑみをたゝへて、驚いたといふ風に戸にいざり出て、こちらを見つめてゐた。

安良はをりをりあとをふりかへつた。さうして蹲つて、耳をそばだてた。深い檜林には、人音も聞えなかつた。目を閉じると、淡紅色の蛇が、山番の裸体の肩や太股に絡みついてゐるのが、まざまざと目にうつゝた。

 駅での若者との出会いを経て安良は帰宅するが、一人旅ではなく、斉藤と言う同級生と一緒だと嘘をついていたので、留守の間にそれが露見したふうはなく、母や叔母が「何も知らぬ容子に胸を撫でる」。そのあとの叙述――

その夜は大きな蚊帳のなかに、唯一人まじまじとしてゐた。露原にわだかまる淡紅色の蛇が、まのあたりにとけたりほぐれたりして、ゆらゆらと輝いて見える。(中略)夜なべに豆をひく隣の豆腐屋の臼の音が聞える。あたまから蒲団をかづいて、その下で目を固く閉ぢた。蒸れかへるやうななかで、自身の二の腕を強く吸うて、そのまゝ凝つて行く人のやうにぢつとしてゐた。しかし、そのうち汗や湿気に漂うて、彼は昏々と深い眠りにおちた。

 なるほど、そう言われて見ると、「若者」との場面で“検閲” されたものが、前後に滲み出てきたかのようだ。若者との会話自体は、勉強も大事だが運動をよくしろと渥美に言ってくれなどと、ほとんど夢の中の会話のように意味がなく、従兄という名で渥美の分身が現れたようでもあるのだが、富岡氏の言うとおりであれば、そもそも若者の方がオリジナルで、渥美はそこから派生したのか?

 富岡氏は、「渥美を、中学同級のアコガレびととしているのは、「おとり」で、渥美と若者は同一人物だとすれば、すべてツジツマが合ってくる」と書く。(なんでも「加藤守雄も中村浩も」「『小説』にまんまとだまされて」、渥美を、折口の夢に現れた中学時代の同級生・辰馬桂二と、ほとんど同定しているのだという。)

 先に引用した、駅で出会った「若者」とのエピソードの前後に置かれた二つのくだりについて、富岡氏は言う。

これはあきらかに、この大和へのひとり旅で、安良少年がはじめてのなんらかの性的体験をしていることを示しており、この体験は、渥美とは無関係で、むしろ突然あらわれた、渥美の従兄だという「若者」との出会いがそこにかかわっている気配がある。
 
 また、

『淡紅色の蛇』のからみ合い、という幻視はあまりにもわかりやすい性的な象徴だが、『自身の二の腕を強く吸う』というのは体験の回想、或いは反復のように思える。そしてこれは、現実の体験が小説に『使われている』のではないか。

 エクリチュール以前の現実の探求に関して、富岡氏の「推量」は感嘆すべきものであり、私は全面的に信用する気でいる。ここで引いた解釈も、面白いと思うし、基本的に反対することはない。ただし、短歌が対象の場合であれば、折口の歌はほとんど日記のように折口の人生と重なって見えたから問題がなかったが、小説になるとそうではない。

『口ぶえ』もまた短歌と同様、ある時期の折口の人生を模した「物語」であるかに見える。だが、これは、あくまで「見える」だけであり、この類似は作品にとっては偶然に過ぎない(本当は短歌も同じだが)。作品は「現実」とは別の構造を持つのであり、折口の歌の場合、そのずれが相対的に目立たないだけだ。

 たとえば先程の「自身の二の腕を強く吸う」というのが「体験の回想、或いは反復」であり、「現実の体験が小説に『使われている』」のだろうという話でも、「現実の体験」は作品の中に置かれる時、その意味はあくまでも、それまで書かれた言葉との関係の中にしかない。だから「自身の二の腕を強く吸う」とは、まず何よりも、その前に読まれる「淡紅色の蛇が、山番の裸体の肩や太股に絡みついてゐる」の、「回想、或いは反復」であろう。「わだかまる淡紅色の蛇が、まのあたりにとけたりほぐれたりして、ゆらゆらと輝いて見える」という幻視ではおさまらず、安良はそれを、自分の身体で表現‐再現しているのだ。

 また、「『淡紅色の蛇』のからみ合い、という幻視はあまりにもわかりやすい性的な象徴」と富岡氏が言うイメージにしても(闇の中に見る蛇は一匹の様に思えるが)、蜜柑畑の小屋を覗いた安良が何を見たのかは必ずしも明らかではない。彼を「思はず二足三足後じさり」させた「あさましいもの」とは何なのか。

「愚鈍なおもゝちに、みだらなゑみをたゝへて、驚いたといふ風に戸にいざり出て」こちらを見ている「がつちりした若い男」が、彼の拒否する(実は惹かれてもいる)上級生・岡沢の同類なのはすぐ分るが、いざり出てこちらを見つめる足萎えめいた男から、いったいなぜ「をりをりあとをふりかへ」りつつ、安良は必死に逃げるのか。

「淡紅色の蛇が、山番の裸体の肩や太股に絡みついてゐる」とは、雷神たちがその上に蹲る、黄泉のイザナミをも連想させる姿だ。『死者の書』はオルフェとしての折口が三十年後に敢行した地獄下りであろうが、この森番は、墓で目覚める「彼[か]の人」を遥かに予告するようにも見える。無論大津は「つた つた つた」と足音をさせて忍び寄るがそれは郎女の夢の中でのこと、昼の光に晒されれば、正体はこれと変らぬ(あるいはそれ以上の)「あさましさ」なのではないか。それは安良あるいは折口が旅で知り合った「若者」の反面でもあり(でなければ安良は床の中で、あのように熱心に闇の中で出会いを反芻しはしないだろう)、郎女の「俤びと」と死霊の解消不可能な分裂の起源でもある。とはいえその出会いは本当にあったのか。折口にとってはあったとしても、安良にとってはそうでないとも、あるいは夢の中でしか起らなかったとも言えるかもしれない。まるで夢の中の出来事のように、テクストの表面から消去されたのは正しかったのかもしれない。

 なぜなら、自分の腕を吸って眠りに落ちる安良のナルシシズムとオートエロティシズムは、他の男に向ける眼差しに先立って、またそれ以上に『口ぶえ』を特徴づけるものであり、自分の外に自分のなりたい理想の近江を創造した三島と違い、折口は、現実の自分より美しい、鏡を見て自足する少年として安良を創造したのだから。

別セリーで書いたが、https://twitter.com/kaoruSZ/status/644923237621587973 富岡氏のやっているのは「作家の人生を理解するために作品を役立てること」であって、短歌の場合はそれがうまく行っていたのだった。折口が意図的に隠したものを補うことで、もとの連関に戻してやり、文脈が通るケースだったからだ。それが作品の構造を見つけることだったからだ。だが、『口ぶえ』や『死者の書』は、「現実にあったこと」をそこから見つけるための資料として読んでいたのでは、何も理解できないたぐいの書き物だ。そして作品を理解することなしに作家の人生を理解することなどありえない。

 長い年月、誰もそんなことができるとは思いもしなかった調査をした富岡氏のお陰で、今では私たちは折口が出会いから九年後に無染の死に遭い(上京して同居した翌年、無染は結婚、その翌年長女誕生、さらに翌年妻は結核で死亡、翌年無染自身も結核で死去)、『口ぶえ』はその四年後に二十六歳の青年によって書かれた、輝かしい青春の形見であることを知っている。四半世紀後、夢に見た「古い故人の罪障消滅と供養」のために折口は小説を書いた。何が供養になるのか、罪障とは何に対しての罪なのか。はっきりしているのは、供養と称しながら故人を骨の化け物として甦らせるのが小説を書くことだということだ。

2 http://kaorusz.exblog.jp/24969092/ へ

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by kaoruSZ | 2015-10-07 04:46 | 文学 | Comments(0)
※見よ眠れる船を――折口信夫の『文金風流』(2)


 郎女は死ぬだろう。當麻にしばしとどまった彼女は、再び人知れず立ち去って、ただ一人残りの行程を辿るだろう。「浪に漂ふ身」「水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ) く白玉なる」身とは、水底のエクスタシーに沈むとは、死の予行演習であった。「山越しの阿彌陀像の畫因」で、折口もしきりに畳みかけていたではないか。

四天王寺には、古くは、日想觀往生と謂はれる風習があつて、多くの篤信者の魂が、西方の波にあくがれて海深く沈んで行つたのであつた。熊野では、これと同じ事を、普陀落渡海と言うた。觀音の淨土に往生する意味であつて、淼々たる海波を漕ぎゝつて到り著く、と信じてゐたのがあはれである。(…)日想觀もやはり、其と同じ、必極樂東門に達するものと信じて、謂はゞ法悦からした入水死(ジユスヰシ)である。(…)さう言ふことが出來るほど、彼岸の中日は、まるで何かを思ひつめ、何かに誘(オビ)かれたやうになつて、大空の日を追うて歩いた人たちがあつたものである。

「思ひつめ、何かに誘(オビ)かれたやうになつて」當麻へやって来た郎女が、このような者たちの一人であるのは誰にでもわかる。しかし、彼女は、それを最後まで歩き切った人とは思われていないのである。

【九月三日】tatarskiyさんから電話あり、『死者の書』序章の大津の独白後、二では語りの視点は俯瞰になり、月光の照らす山、谷、川筋、さらに難波江即ち大阪湾の光る水面にまで語り及ぶ、つまり郎女のやって来た道筋に加え、語られない最後の行先まで、要するに物語の舞台のすべてを、あらかじめ見せているのだという。一見たんなる地形の説明のようだし、二上山に入って郎女の魂を招び返そうとする人々が、塚穴の底から響く甦った大津の声を聞く(明らかに集団催眠である)結びばかりが注目されてしまうが、実はこの部分が重要なのだと。

 その部分を読んでみよう。

月は、依然として照つて居た。山が高いので、光りにあたるものが少かつた。山を照し、谷を輝かして、剩る光りは、又空に跳ね返つて、殘る隈々までも、鮮やかにうつし出した。
足もとには、澤山の峰があつた。黒ずんで見える峰々が、入りくみ、絡みあつて、深々と畝つてゐる。其が見えたり隱れたりするのは、この夜更けになつて、俄かに出て來た霞の所爲(セヰ)だ。其が又、此冴えざえとした月夜をほつとりと、暖かく感じさせて居る。
廣い端山(ハヤマ)の群(ムラガ)つた先は、白い砂の光る河原だ。目の下遠く續いた、輝く大佩帶(オホオビ)は、石川である。その南北に渉つてゐる長い光りの筋が、北の端で急に廣がつて見えるのは、凡河内(オホシカフチ)の邑のあたりであらう。其へ、山間(アヒ)を出たばかりの堅鹽(カタシホ)川―大和川―が落ちあつて居るのだ。そこから、乾(イヌヰ)の方へ、光りを照り返す平面が、幾つも列つて見えるのは、日下江(クサカエ)・永瀬江(ナガセエ)・難波江(ナニハエ)などの水面であらう。


 これはミニアチュアだ。それを俯瞰で撮っているのだ。なんという巧みな、全知の語り手による客観描写(という詐術)。

 ありえないことだが、もしこの小説が郎女の一人称で書かれていたら、読者はこの娘の「異常さ」に気づかずにはいないだろう。彼女が幻を見る人であることを知り、大津皇子の存在を疑ったことだろう。

 序章で語りは、「彼[か]の人」のモノローグにぴったりよりそって来た。ほとんど、「彼」が「我」であるかのように、墓の中の「おれ」は語りつづける。「尊い姉御」つまり大伯皇女[おおくのひめみこ]が墓の外で歌をうたいあげた時にはそれが聞えたというが、これは二で、魂まぎ人たちの声が大津に届き、彼の耳に彼らの声が届くのを自然に見せるための伏線だ。郎女の魂を呼び返そうとする男たちは、大津の非業の死とそれにまつわる物語で頭が一杯で、その話を互いにしあい(読者に聞かせ)、大津の塚の前で「こう こう こう」と呼ばわって塚の中から洩れる唸りを聞いてしまい、飛び上がって四散する。

 彼らが自己催眠によって大津の甦りを確信したように、読者も作品内世界での彼の実在を信じてしまうのだ。さても折口の技の巧みなことよ。

 月光の照らす「白い砂の光る河原」は不吉である。かつてそうした水辺のどこか(磐余[イハレ]の池の堤)で、大津は、「鴨みたいに、首を捻ぢちぎられ」たのだから。日下江・永瀬江・難波江の「光りを照り返す」水面は不吉である。郎女は山を越え、海に至って、白玉の身をそこに沈めることになろうから。そして山中の光る川筋には、いかに細くて目にとまらなかろうと、安良たちが身を乗り出した、崖下の谷底を流れるものも含まれていよう[後日の註:これは崖下でなく、その前に渥美が水に入ったり、青い淵に見入ったりする川を挙げるべきであった]。安良は未遂だが、郎女が海まで行くのは必然で、『文金風流』の照姫も観客の前では心中せず、此の世の外へ向う船に乗るのだ。

 安良は死なない。「(前篇終)」と記された先がどう続くはずだったにせよ、安良には未来がある。「女子供」ではなくなる未来が。安良がどうなるかと言えば、折口になるのだ。十年後には彼は、当時の自分と同年齢の教え子たちの“春のめざめ”を見つめつつ、思い出を甦らせて『口ぶえ』を書くだろう。

 そして長い時が経ち、「夢の中の自分の身が、中將姫の上に」なる夢を見て、当時の自分、即ち安良を、女に換えた『死者の書』を書く。郎女の閨を訪なう骨の指もつ死者と、彼女が幻視する白玉の指の俤びとの対立は、二人の上級生の間で、霊と肉、「浄らかなもの」と「けがらわしいもの」との間で引き裂かれ、葛藤する当時の安良の意識の投影に他ならない。しかし、安良のような、予定調和的に止揚すべき霊と肉との単純な二元論は郎女にはあてはまらない。なぜなら、女である郎女は、最初から不浄の側に割りつけられているのであり、そうでなければ、女人結界を破ったとして寺に留めおかれることもなかったからだ。

 郎女とは何者か。郎女の客観的な立場は、大伴家持と郎女の叔父・恵美押勝のパートによく描き出されている。南家の姫君が神隠しに遭い、「當麻の邑まで、をとゝひ夜(ヨ)の中に行つて居た」と聞いて家持が思いにふけるのは、姫の父に代って実権を握りつつある押勝(五十を過ぎているが三十代のように美しく、家持の長女を息子にくれとせがんでいて父同士で歌のやり取りをしているーー「先日も、久須麻呂の名の歌が屆き、自分の方でも、娘に代つて返し歌を作つて遣し た。今朝も今朝、又折り返して、男からの懸想文(ケサウブミ)が、來てゐた」)ーーのことである。「五十になつても、若かつた頃の容色に頼む心が失せずに ゐて、兄の家娘にも執心は持つて居るが、如何に何でも、あの郎女だけには、とり次げないで居る」と以前人づてに知った家持は、「其を聞いて後、家持自身も、何だか好奇心に似たものが、どうかすると頭を擡(モタ)げて來て困つた。仲麻呂[押勝のこと]は今年、五十を出てゐる。其から見れば、ひとまはりも若いおれなどは、思ひ出にまう一度、此匂(ニホ)やかな貌花(カホバナ)を、垣内(カキツ)の坪苑(ツボ)に移せぬ限りはない。こんな當時の男が、皆持つた心をどりに、はなやいだ、明るい氣がした」というのだ。

「當時の男が、皆持つた」というのは目眩ましで、男同士で恋文の贈答をし、相手の女関係を仄聞しただけで忽ち「若い色好みの心」を刺戟されて浮き浮きしてしまうというのには男色の匂いがぷんぷんするが(「當時の男が、皆持つた」とはそちらのことかもしれない)、それはひとまず措くとして、ここでの郎女は、第一に、誰のものになるのかが男たちに取沙汰される性的対象物である。 たとえそれが、結局は神の嫁にしかなるまいという、諦めに落ち着くとしても。実際、郎女に文を渡そうとする男は大勢いるが(『文金風流』の狂女は世俗化された郎女であろう)、すべて阻止され本人は知らぬ。郎女が語部の婆から聞き、夢に見る大津皇子は、だから彼女が初めて目のあたりにした求婚者とも言えよう。

 現に、「女盛りをまだ婿どりなさらぬげの郎女さまが、其力におびかれて、この當麻(タギマ)までお出でになつたのでなうて、何でおざりませう」と語部の婆は暗示をかける。しかし姫は信じない。彼女の幻視する美しい俤びとと過去の因縁話などには何の関係もないことが直観的にわかっているからだ。

「大津皇子と彼のために機を織る中将姫との直線関係」(持田)など無い。墓の中の死者の、「おれには、子がない。子がなくなつた。(…)子を生んでくれ。おれの子を。おれの名を語り傳へる子どもを――」という独語は、郎女が振り捨ててここまできたものの象徴でこそあれ、彼女の望んでいるものなどではない。

『春のめざめ』や『飈風』を、確かに折口は読んだのだろう。思春期や性欲を主題とした文学を目のあたりにし、小説でそういうものを書けるのだし書いてよいのだと 知り勇気づけられもしたことだろう。だが影響はそれまでだ。折口は、これは違う、自分が読みたい(書きたい)のはこのようなものではない、そういう作品は 自分で書くしかないと痛切に思ったことでもあろう。それはヴェデキントや谷崎の小説が異性愛を描いているのに対し、折口が同性愛者だったからということではない。『春のめざめ』や『飈風』の同性愛版を作ればいいということではない。同性愛者の性の目覚めを描けばいいというものではない。

 そうではなく、少年少女が何も分らないまま子供を作ってしまうとか、男が女に接して淫蕩の血が目覚め遊女を相手に荒淫の限りを尽し実を滅ぼすとかいったものが、ラディカルな性表現だと信じられている世界にあって、どうしようもなく鈍感で蒙昧な俗情と結託したその前提を崩さなければならなかったのだ。

 湯上りの安良の、「ふりかへると斜に傾いた鏡のおもてに、ゆらゆらとなびいて」「うつつてゐ」た自らの鏡像――「大理石の滑らかな膚を、日が朗らかに透いて 見せた、近頃になつてむっちりと肉づいた肩のあたり、胸のやはらかなふくらみ」――が、夢の中の郎女の「白玉なる身」に通じることはすでに述べた。安良の未分化な身体は自らの受動性を、女という、男にとって当然の性的対象として外在化し、穢れとしての女と自分を峻別し、自分の平穏を乱し、悪しき欲情を搔き立てるそもそもの原因と見なされた女を本質的には憎みながら欲望する、ヘテロセクシュアリティの体制にはまだないのである。

 だから彼の注意は自分自身に、先ほどのように鏡を見ながら「ふと腕をあげて、項のあたりにくみあはせる。ほそやかな二の腕のまはりに、むくむくと雪を束ねる。自身のからだのうちに潜んでゐた、不思議なものを見るやうに、好奇の心が張りつめて來た」と、自分の感覚と自分自身に集中している。

 あらためて『口ぶえ』を――『死者の書』の先行作品と気づいて――読んでみると、最初の方だけでも『死者の書』との類似の多さに驚くのだが、この裸体の描写は、すでに、開巻まもない、安良がシャツなしでじかに上着を着て登校したため、体操教師の上着を取れという命令に従い得ず、手荒に上衣を剝がれた上、号令をかけるべく壇上へ追いやられた際にもあったものである。

彼は壇上に顕れた。彼の状態は、一すぢの糸もかけて居ないのである。彼の顔は、青白く見えた。心もち昂(アガ)つた肩から、領(エリ)へかけて、ほのぼのと 流れる曲線、頤から胸へ、胸にたゆたうて臍のあたりへはしるたわみ、白々として如月の雪は、生徒等の前に――」と、白さを強調した「雪」という隠喩がここにも使われている。「同年級の生徒のある者は、さすがにいたましい目をして、彼を見た。

「一すぢの糸もかけて居ない」いたましさ。『死者の書』の郎女が 入り日の中に幻視したのち夢で見た、「明るい光明の中に、胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現(ゲン)じた」「白々と袒(ヌ)いだ美しい肌」の初出はこれ だったのだ。「いたましさ」が、「いとほしさ」に変ったのだ。

あゝ肩・胸・顯はな肌。――
冷え冷えとした白い肌。をゝ おいとほしい。郎女は、自身の聲に、目が覺めた。夢から續いて、口は尚夢のやうに、語を逐うて居た。おいとほしい。お寒からうに――


「神の嫁」という題名で「横佩垣内の大臣家の姫の失踪事件を書かうとした(…)その時の構圖は(…)藕絲[はすいと]曼陀羅には、結びつけようとはしては居なかつたのではないかと思ふ」という折口自身の証言は、本当のことだろう。最初にあったのは、衣服をとられ、「一すぢの糸もかけぬ」雪の膚[ハダエ]を人目に晒すという、空想の方なのだろう。その空想が、無数の蓮糸で織り成した布で「寒くないよう」裸体を覆うという合目的的で合法的な筋書へと逆転した時、それは姫の失踪事件と結びついて、折口に『死者の書』のプロットを可能にさせたのだろう

 その日、安良がシャツを着てこなかったのは、汗かきなので「寝間を出るから、ねつとりと膚がたるんでゐる様に感ぜられた」ためと説明される。雨の朝、教室の「窓ぎはにゐる安良は、吹きこむ細かな霧に湿うた上衣の、しつとりと肌を圧する感覚を、よろこんでゐた」と、ひたすら自分の感覚に忠実な安良である。

 体操に先立つ国語の時間、教師が読本[とくほん]を読む声が安良の耳に入ってくる。「教師は今、おもしろ相に『こゝにおいて、ふりっつは、その狼を戸にむかつて、力まかせにうちつけるよりほかには、しかたがなかつた』と大きな声でいつた」。しかし狼と戦い勇ましく制圧するその話は、安良には「おもしろ」くない。「安良は、はじめから、この教科書の内容に、興味はなかつた。岩見重太郎や、ぺるそいすの物語に、胸をどらしたのも、二三年あとに過ぎ去つてゐた」。

 岩見重太郎やペルセウスという選択も意味ありげだが、まずは、ふりっつの話を、自分の欲望に合わせて、彼がどう変えたか見てみよう。

それでも、ふはふはした雪のうへに、ふりっつの白い胸から、新しい血の迸るありさまをおもひ浮かべてゐた。その夢のやうな予期が、人間の力を思はせる、やすらかな結局になりさうなのを、つまらなく感じた。


 またしても白い胸、そして雪が、この受苦の少年が安良自身であることを容易に指し示す。

「ふりっつ」の話は、直ちに『仮面の告白』の、少年時代の「私」が殺された王子が甦るのが気に入らなかった、同巧の挿話を思い出させる。それを男性同性愛者に特有などと言うつもりはないし、折口と三島が似ているとさえ思わないが、少なくとも彼らは「狼を戸にむかつて、力まかせにうちつける」ことに快感を覚える攻 撃的な大人の男ではなく、成長した男にはあるまじき受動的なファンタジーに浸っているのである。続く体操の時間の出来事について、持田氏は「そのひそかな 愉悦感を罰せられたかのように、今は安良自身が白い胸を露わに皆の前に立たされているのである」と言うが、これは事態の半分しか明らかにしていまい。確かにそれは罰として起り、安良を易々と従わせるが、しかしその罰自体が安良の幻想を実現させるものなのだ。安良の内面の「ひそかな」願望であったものが、衆人環視の下、彼自身の身に現実化するのだ。彼は欲望を満足させ、しかもそのことを罰せられない。なぜならそれ自体が罰なのだから)。

「同年級の生徒のある者は、さすがにいたましい目をして、彼を見た」というが、この「ある者」とは誰だろう。なぜ、「ある者」であって、複数の生徒ではないのだろう。「一すぢの糸もかけていない」白い胸に注がれる目は安良が鏡の中の自分を見つめる目でもある。「同年級の」「ある者」もまた、スペクタクルとしての 安良を見て楽しみたいのだ。そのうしろめたさを伴う「いたましい目」で相手を見た。「ある者」は安良の分身にして共犯者であり、いたましいのは、目であり安良の姿でもある。

 マゾヒズムはサディズムの単なる逆転ではなく、法に従うことで法を無効にするものだと説いた哲学者の説を援用するまでもあるまいが、「蝦蟇(ガマ)といはれてゐる」「太い声の」「大きな教師」の意図は完全に無効にされており、壇上から生徒らに号令をかける安良の「澄み透つた声は、生徒らの耳に徹した。俘虜 [トリコ]のやうに見えた彼は、きびしいゑみを含んで、壇をおりて来る」。

 体操の時間のこの事件は、この小説で描かれる学校生活のうち二日目にあたる。これに先立つ一日目、彼は、遅刻しかけて教室に駆け込み、汗かきのせいで級友に頭が火事だとからかわれる。この二場面をまとめて持田氏は「受苦のあと甦る神のように、安良も同級生や教師に辱められた後必ず一種の昇華を得ている」と言うのだが、これではベクトルが逆ではないか。ここでは「辱め」自体が、一種の「昇華」としての快楽なのだから。彼は白昼夢として展開される欲望(の俘虜[とりこ]であること)から解放されて壇をおりて来たのだ。その後にあるのはむしろオーガズム後の鎮静であろう。持田氏が一日目の「昇華」として引いている一文、「しばらくして、 安らかな涼しい心地が、彼に帰つて来た」も、そう解釈した方が平仄が合うというものだ。

 これに続く叙述は次の通りである。

その時間は、とうとう先生は、出なかつた。 生徒らは、のびのびした気分で、広い運動場に、ふっとぼうるを追ひまはつた。
 安良は朝の光を、せなか一ぱいに受けて、苜蓿草[ウマゴヤシ」の上に仆れて ゐた。青空にしみ出て来る雲を、いつまでも見入つてゐる。


 現在形で記された、一瞬がそのまま永遠になる少年の時。持田氏の紹介している、中学教師時代の折口作の教え子を題材にした歌三種のうち、「白玉をあやぶみいだ」く一首が『死者の書』に通ずることはすでに述べたが、もう一首、「くづれ仆す若きけものを なよ草の床に見いでゝ かなしかりけり」は、まさしくこの時の安良の姿ではないか。その日ついに出なかった、そこにいない(恐らくは)若い「先生」は仆れてゐる安良を背中の方から眺めているのだし、見られているのに気づきもせず、「青空にしみ出て来る雲」にいつまでも見入る者とは、そのまま不在の「先生」の過去なのである。

 郎女の「俤びと」のオリジンが『口ぶえ』の安良の裸身であり、一すぢの糸もかけていない裸にされる「いたましさ」から無数の糸で織った布地で「いとほしい」裸身を覆うことへと変形されていること。それが當麻寺の曼荼羅の伝説とうまく接続されたのだ(折口は、芸術家が白昼夢をいかに加工して社会的に受け容れられる形にするかについて書かれたフロイトの「詩人と空想すること」も共感を持って読んだに違いない)。あれは全く阿弥陀仏などではない(実は郎女もそれが阿弥陀ほとけではないかと思ってそう呼んでいるだけなのがちゃんと書かれている。肌の白さが強調され金色の髪を垂らしている阿弥陀如来などいない)。

 これをキリストの像だとする研究は以前からあるようだ。俤びとではなく、壇上に立って見上げられる安良について持田氏は、「胸から血を流すふりっつの幻想と重り、磔刑のキリスト像を強く強く連想させる」と言っている。それはその通りなのだが、その際重要なのは、そもそも磔刑のキリスト像自体が、狼に嚙まれて血を流すふりっつや裸にされて衆目に晒される安良と同じく、マゾヒスティックでエロティックなイメージだということではないか。

 持田氏はホモフォビックな男の研究者とは違うので、折口の奇怪な一首「基督の眞はだかにして血の肌[ハダエ] 見つつわらへり 雪の中より」を引いて、「真裸で衆目に晒され、血を流しその後よみがえるキリスト」を「官能的イメージを軸としながら」とまでは言うのだが、そこでスサノオやヤマトタケルを並列し、「彼らと通底する一旦卑しめられる神として折口を強く引きつけた」とまとめることで、台無しにしてしまうのだ。

 まして「一度は処刑されながら、その後水の女である中将姫との交感によって新しい神としてよみがえる『死者の書』の大津皇子の中にも、キリストのイメージが色濃く看取される」に至っては何をか言わんやである。語部の婆のせいで郎女の夢の中に出てくるようになった幻に甦りもへったくれもあるものか。

中将姫の前に示顕する大津皇子は、白い胸と黄金の髪を持ち、憂わしげに姫を俯瞰する若く美しい神である。

だからそれ、大津じゃないって!
(ついでに言えば、中将姫でもない。)

体操教師に 上衣を剝がされ壇上に立たされる少年安良の造型にも、既に磔刑のキリストを具体像とする、傷つき賤しめられる神のモチーフの萌芽が見られる。

 いや、違う。先に安良の身体が「如月の雪」「むくむくと雪を束ねる」と形容され、彼の空想の中で、ふりっつの白い胸から血は白雪の上に迸る(それがキリストと重なるのは、そもそも磔刑像がそうした図像の一つだったからだ)。基督の血の肌[ハダエ]の短歌は、まさに裸体と血と雪の三位一体である。

 俤びとが「冷え冷えとした」「白い」肌を持つのは無論こうしたイメージにつらなるものであるからだが、その時にはエロティックな含意は、変形され、隠されている(郎女はひたすら、寒さから救うためにその裸体を覆いたいという欲望に駆られているかに描かれる)。しかしこれは神のモチーフなどではなく、折口の作品を貫くモチーフなのであり、「傷つき賤しめられる神」は、復活ゆえにではなく、その傷ゆえにエロティックな価値を持つのである。


もう口ぶえは吹かない 1 【見よ眠れる船を――折口信夫の『文金風流』(4-1)】へ続く
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by kaoruSZ | 2015-09-18 19:01 | 文学 | Comments(0)
※見よ眠れる船を(1)

『死者の書』をあらためて読み、これははっきり南家郎女を主人公とする芸術家小説だと判った。郎女は作品を完成するが、それは (そして彼女がなぜそれを作ったのかは)同時代の誰にも理解されない(実は、というか結果的に、これはこの小説と折口が未だに理解されていないこととパラレルになっている)。

『死者の書』続篇は、以前、tatarskiyさんの解釈を聞き、はじめて読んだ。この草稿は、旅の左大臣(藤原頼長と同定される)が、予定を変えて當麻寺に立ち寄る手前で中断しているのだが、tatarskiyさんはこの先を、頼長は寺で郎女作の曼荼羅を見たのち、夢の中でその作者と邂逅すると推定している。郎女には、のちの世の理解者にぜひとも伝えたかったことがあったのだ。要するに夢幻能の形式である。

 頼長は、郎女が作品ゆえに得る、時を隔てた理解者であるが、それ以前に、美しく、教養があり、自由に振舞える力ある者である。すでに『死者の書』本篇にこのような男たちは登場していた。大伴家持と恵美押勝がそれで、彼らは一方的に郎女の噂はするが、彼らの世界と郎女の世界とは交わることがない。そして実はそれこそが郎女の孤独の核心を成す。

 折口のラジオドラマ『難波の春』は、『死者の書』続篇の内容を考える上で、極めて重要な資料たりうる。ここにも家持が登場し、夢の中で東歌の女作者に出会う。そして作品の真実を彼女から聞かされるのだ(『難波の春』については以前連続ツイートした。参考までに)。

『死者の書』の内容紹介と称するものを見ると、家持と押勝は当然省略、大津皇子の死霊を異様に重視、俤[おもかげ]びととこれを同一視(ムリ)、郎女の曼荼羅で大津も郎女も救われたと、映画パンフレットの「あらすじ」並みの捏造だ。「絶対的に現代的」な作家がそんなものを書くわけがないのに。

 まず、作中での現実のレヴェルと、そうでないレヴェルを分けねばなるまい。いくら目立とうと大津皇子は後者だし、作品の因となる郎女の幻視もそうだ。男たちの世界が一方にあり、一方には、そこで話題にされるだけの郎女が、失踪し、発見され、物忌み中に手仕事をする世界がある。この対立という現実から一切がはじまっているのだ。

『死者の書』を本気で紹介しようとすると、巧みなというよりはひねくれた折口の構成に、舌を巻くと言うよりは舌打ちしたくなる。序章で大津に思うさま喋らせ、二では二上山中で、失踪した郎女の魂[タマ]呼ばひする者たちが、あたかも本当に死者の声を聞いたかに思わせて、三で寺と庵の描写説明に行数を費やした挙句、ようやくヒロインを登場させるのだから。

 素直な人はここまでの記述のせいで、死人が郎女を誘[おび]き寄せたか、あるいは二上山中で「こう こう こう」と騒いだのが死者を目覚めさせたと(おや、どっちだろう?)思うだろう。だが、それは、人に耳を傾けてもらえなくなった時代遅れの語部の婆が、郎女が来たのをこれ幸いと.恐い死者の話を聞かせ、信じさせようとしたようなものだ。

「語部の古婆(フルバヾ)の心は、自身も思はぬ意地くね惡さを藏してゐるものである。此が、神さびた職を寂しく守つて居る者の優越感を、充すことにも、なるのであつた」と書く折口もまた、意識していようといまいとこの古婆だと今回気づいた。石室で目覚めて、死に際に思いを残した女の代りを現世に求める死者の話とはそのようにして語られたものなのであり、「人の語を疑ふことは教へられて居なかつた」郎女でさえ、「言ふとほり、昔びとの宿執が、かうして自分を導いて來たことは、まことに違ひないであらう」と認めつつ、なぜその罪びとと、光り輝く雲の上に自分が見た俤とが同一なのかと訝るのは、至極当然なのである。

『死者の書』は幻想小説ではない。少なくとも「超自然」の介入があるわけではないという意味ではそうである。要するにここにお化けは出ていないのだ。先へ行って郎女は、帳臺に近づく「つた つた つた」という足音を聞き、「細い白い指、まるで骨のやうな――帷帳[トバリ]を摑んだ片手の白く光る指」を見ることになるが、これは語部の婆に聞かされた話のせいで見た夢として説明がつく。何よりも(評者に無視される)男たちの会話の中で、藤原南家の姫が神隠しに遭ったことは取沙汰されても、二上山の死人が目覚めたなどとは言われていないわけで、いかに大津のパートが姫の主観で語られていなかろうと、これは現実のレヴェルにある話ではないと考えるのが妥当なのだ。

 もちろん死者の語りは欠くべからざる部分、それなしでは小説がはじまることのなかった、また標題の拠ってきたるところにもなったパートであり、ブリコラージュする人としての折口が、 中将姫伝説、来迎図、日想觀、山越しの阿彌陀像と拾い集めて、作品の統一をもたらすものとして最後に見出したピースでもある。閨に忍んでくる骨の指(と、先ほどの引用でも明記されていないところがかえって恐しい)の死人と、夕陽に荘厳されて雲の上に現れ出る俤びととは別物である。大津もまた「天の神々に弓引いた」天若日子の一人であるゆえ「顏清く、聲心惹く」のだという語部の婆の返事は答えになっておらず、この齟齬は最後まで解消されることはない。

 墓の中での目覚めと独白という、現在『死者の書』の導入部になっているものについて今述べたことは、言うまでもなく、『山越しの阿彌陀像の畫因』においては、折口が『死者の書』の起源について、「横佩垣内の大臣家の姫の失踪事件を書かうとして、尻きれとんぼうにな」り、「その後もどうかすると之を書きつがうとするのか、出直して見ようと言ふのか、ともかくもいろいろな發足點を作つて、書きかけたものが、幾つかあつた」、つまり折りにふれ繰り返し試みながら果さないでいたのが、ある時についに作品の真のはじまりに到達したと語っているエピソードに相当する。周知の通り、その「發足點」は折口の見た「夢」であった。

 中断していた小説に関して「少し興が浮びかけて居たといふのが、こぐらかつたやうな夢をある朝見た。さうしてこれが書いて見たかつたのだ。書いてゐる中に、夢の中の自分の身が、いつか、中將姫の上になつてゐたのであつた」と折口は書いている。そしてそれを「死者の書」という小説として書くことが「亦、何とも知れぬかの昔の人の夢を私に見せた古い故人の爲の罪障消滅の營みにもあたり、供養にもなるといふ樣な氣がしてゐたのである」

 これについては有名な加藤守雄の証言がある。「ある朝、奇妙な夢を見た。中学生のころ、友人だった男が夢の中に現れて、自分に対する恋を打ちあけた。その 人がそんな気持ちを持っていたとは、その当時はもちろんのこと、いまのいままで、ついぞ思っても見なかった。夢の中で告白されて、はじめてそうだったのか と思いあたることがあった。まるで意識していなかったのに、三十年も過ぎてから、夢に見たことが不思議でならない。それを絵解きして見よう、そう思って書き出したのが、『死者の書』になった」と折口から聞いたというのだ。

『山越しの阿彌陀像の畫因』という文章は、タイトルからして、本当なら「『死者の書』縁起」とでもすべきものがずらされており、「私の物語なども、謂はゞ、一 つの山越しの彌陀をめぐる小説、といつてもよい作物なのである」と控えめに称しながら、実は唯一無二の彼の作品について、書いている時には意識していなかったことまでもあとになって気づき、しかも誰もそう読んではくれないので自ら書いたものだ。「これを書くやうになつた動機の、私どもの意識の上に出なかつた部分が、可なり深く潛んでゐさうな事に氣がついて來た。それが段々、姿を見せて來て、何かおもしろをかしげにもあり、氣味のわるい處もあつたりして、 私だけにとゞまる分解だけでも、試みておきたくなつたのである」と、これもつつましやかに折口は書いているが、いや、到底、「私だけにとゞまる分解」などではありえない。精神分析という語が何度も使われているのはかりそめではない。

 しかし折口は「日本人總體の精神分析の一部に當ることをする樣な事になるかも知れぬ。だが決して、私自身の精神を、分析しようなどゝは思うても居ぬし」などと高慢と謙遜の織りまざったようなことを書いたので、小説を読む能力に欠陥があり、しかもホモフォビックな人々は、日本人の宗教観を絵解きしたものと解釈してすませるようだ。勿論ここでは折口の「精神分析」だの、伝記的事実それ自体だのではなく、あくまで小説が問題なのだが、実際に三十年前の折口を彼自身が描いた小説があるのになぜ比較しようと思わないのか(と、tatarskiyさんに言われ、今度は『口ぶえ』を再読しなければならなくなった)。

『死者の書』について考察をはじめたのは、そもそも郎女と『文金風流』の女主人公との類似を確認するためなので、必要以上に横道にそれるのは避けたいが、しかし『口ぶえ』については、なるほど主人公の少年安良[ヤスラ]の身の上が、夢の中で「いつか、中將姫の上になつてゐた」と言っても全くおかしくない。むしろそれで辻褄が合う。

  南家郎女は女になった安良であり(どういう点においてであるかはこれから説明する)、折口の「中学生のころ、友人だった男」の変形された甦りとしての死者に出会う者であり、折口が観察した、同時代の、自由を求めて苦闘する女でもある。いや、むしろ、自由に生きることが不可能な女と言うべきなのだが、最後のものは、繰り返しになるが、「女嫌ひ」と称される折口がそんなものを描こうとは、誰も夢にも思っていまい。だから郎女は、何やら作者の手中で操られている傀儡のようにしか見なされず、彼女のパッションは誰にも(周りの者にも読者にも)理解されないのだ。

『死者の書』における現実/非現実のレヴェルははっきり分けて考えるべきであり、また分けられることを先に見たが、同様に、郎女にとっての善きものと悪しきものの区別もまた、多くの読者が見誤るのとは異なり、判然としている。

 要するに、大津の死霊は、郎女の見る俤びと=阿弥陀ほとけではないのであり、前者が鎮魂ないし昇華されて後者になったりはしないのである。これが、『口ぶえ』における主人公の性意識と対応することは、tatarskiyさんに指摘された。具体的には、彼と関わる二人の上級生、岡澤と渥美として具現されていると言うべきなのだが、前者は安良を「肉欲」の対象として、手紙を渡したり、つけ回したりし、後者は「浄らかな人」として、安良の憧れの対象であるのだ。これだけでもそのまま郎女にとっての大津と俤びとであるが、加えて、安良が岡澤と渥美それぞれと川で泳ぐ場面があることは、郎女が寝入りばなに死霊の訪れを受けてのち、夢で等身大の白玉を抱いて水底に沈む、美しいくだりを思い起こさせずにはいない。

『口ぶえ』で「激しい息ざし、血ばしつた瞳、ひしびしと安良に壓しかかる觸覺」と描写される岡澤に、安良は水泳の最中、水中で抱きつかれ頬に接吻される。一方、夏休みに西山の寺に籠る渥美からの手紙に応えて、安良は彼を訪ねてゆき、一緒に川で泳ぐことになるが、彼らは「裸形をはぢらふやうに」離れて衣服を脱ぐ。激しい反発と極端な抑圧の危うい均衡は、自分が実は岡澤に惹かれてもいて、渥美に対する気持ちも同じところから来ているという自覚によって破れずにはいない。二人の少年がとどのつまりはともに死のうとして崖の上から身をのり出すところで、『口ぶえ』は未完のまま中断している。

『口ぶえ』から四半世紀のち、安良が(折口がではない)女になった郎女の上に、その出来事はどう起こったか。前者の、渥美に呼ばれての大阪から奈良への旅を、俤びとという幻を追っての、都から當麻への西へ向かう旅として逆向きになぞり、そこで、折口の若き日の思い出の中の男(たち)の甦りである、大津皇子=天に弓引く天若日子が、この世に心残して、藤原家当代の姫君の中から最も美しい娘を求めてやって来ると、婆に吹き込まれた郎女は、「俤に見たお人には逢はずとも、その俤を見た山の麓に來て、かう安らかに身を横へて居る」はずが、横たわる床に忍び寄る足音を聞き、「その子の はらからの子の/處女子(ヲトメゴ)の一人/一人だに/わが配偶(ツマ)に來よ」という、婆の聞かせた歌が甦る。

帷帳(トバリ)がふはと、風を含んだ樣に皺だむ。
ついと、凍る樣な冷氣――。
郎女は目を瞑つた。だが――瞬間睫の間から映つた細い白い指、まるで骨のやうな――帷帳(トバリ)を掴んだ片手の白く光る指。

 咄嗟に阿弥陀ほとけの名を唱えて郎女は逃れるが、
白い骨、譬へば白玉の竝んだ骨の指、其が何時までも目に殘つて居た。帷帳(トバリ)は、元のまゝに垂れて居る。だが、白玉の指ばかりは細々と、其に絡んでゐるやうな氣がする。

 骨の指なのか、白玉の指なのか。言葉の(夢の)詐述[しごと]は、「山の端に立つた俤びとは、白々(シロヾヽ)とした掌をあげて、姫をさし招いたと覺えた。だが今、近々と見る其手は、海の渚の白玉のやうに、からびて寂しく、目にうつる」と、骨と白玉のダブルイメージのうちに、郎女を「海の渚」へ導く(たぶん折口は、「夢の仕事」についてのフロイトの記述を、深い実感を持って読んだろう)。

「渚と思うたのは、海の中道(ナカミチ)である」。左右から波が打ち寄せてくるそこを歩きながら、郎女は砂に混じる白玉(真珠)を拾おうとするが、「玉は皆、掌(タナソコ)に置くと、粉の如く碎けて、吹きつける風に散る」。しかしついに白玉は彼女のものになる。

姫は――やつと、白玉を取りあげた。輝く、大きな玉。さう思うた刹那、郎女の身は、大浪にうち仆される。浪に漂ふ身……衣もなく、裳(モ)もない。抱き持つた等身の白玉と一つに、水の上に照り輝く現し身。
 姫はそのまま水底へ沈む。
水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ)く白玉なる郎女の身は、やがて又、一幹(ヒトモト)の白い珊瑚の樹である。脚を根、手を枝とした水底の木。頭に生ひ靡くのは、玉藻であつた。玉藻が、深海のうねりのまゝに、搖れて居る。

 これを読んで第一に連想されるのは、アポロンの求愛を逃れようとしたダフネが月桂樹に化ったエピソードだ。ギリシアのあの変身する女たちの一人に、郎女はここで身をやつしているのではあるまいか。もう一つ、白玉と珊瑚へのこの変身は、シェイクスピアの『テンペスト』で、父王の船が嵐で難破したと知り、父親が死んだと思って悲しむフェルディナンド王子に、エアリエルが歌う、
Of his bones are coral made; 
Those are pearls that were his eyes;

を思い出させる――彼の骨は珊瑚になった、この真珠は彼の眼であった。あまりの一致に、これは私が知らないだけで誰かが指摘しているかもしれないと思うが、もしそうでないとしたら、それは「日本」だの「古代」だので折口が出来上がっているという思い込みのせいだろう。

 その時代、「大陸から渡る新しい文物」はまず太宰府に入った。「あちらの物は、讀んで居て、知らぬ事ばかり教へられるやうで、時々ふつと思ひ返すと、こんな思はざつた考へを、いつの間にか、持つてゐる――そんな空恐しい氣さへすることが、ありますて」と家持に洩らす、恵美押勝の気持ちはそのまま折口のものだろう。「唐から渡つた書などで、太宰府ぎりに、都まで出て來ないものが、なかなか多かつた。學問や、藝術の味ひを知り初めた志の深い人たちは、だから、大唐までは望まれぬこと、せめて太宰府へだけはと、筑紫下りを念願するほどであつた」。蓮糸で織った布地に絵を描こうとて、郎女が奈良の館に取りにやらせたのが、「大唐の彩色(ヱノグ)」であるのもゆえなき細部ではあるまい。

 郎女が「大浪にうち仆され」たあとの記述を、さらに細かく見てみよう。

浪に漂ふ身……衣もなく、裳(モ)もない。抱き持つた等身の白玉と一つに、水の上に照り輝く現し身。


 郎女は一糸纏わぬ姿となり、「等身の白玉と一つに」抱き合った裸身が水の上で輝いている。そして海底に沈むと、「水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ)く白玉なる郎女の身」と言うのだから、もう白玉は対象ではなく、完全に一体となってしまって、彼女自身が白玉なのである。ナルシスティックでエロティックな夢。このあと、月光が水底にさし入って、郎女は水面に出て息をつき、即ち夢だったことを知る。

  そして仰ぎ見る天井の板には「幾つも暈(カサ)の疊まつた月輪の形が、搖(ユラ)めいて居て」そこに彼女は、再び俤びとが現れるのを見る(それもまた夢なのだが)。

胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現(ゲン)じた。白々と袒(ヌ)いだ美しい肌。(…)乳のあたりと、膝元とにある手――その指、白玉の指(オヨビ)。

 夢の中で「抱き持つた」、そして彼女自身がなっていた白玉が、再び距離を取り戻して、彼女の寝姿を見下ろしている(この豊かな肉体が、骨の指を持つ死霊の対極にあることは強調されていい)。

 ところで、この「白玉なる身」という表現は、次のように記述される 安良の身体にもふさわしいのではなかろうか。

ふりかへると斜に傾いた鏡のおもてに、ゆらゆらとなびいて安良の姿がうつつてゐる、大理石の滑らかな膚を、日が朗らかに透いて見せた、近頃になつてむっちりと肉づいた肩のあたり、胸のやはらかなふくらみに、思ひ無げな瞳をして、ぢつと目を注いでゐた。

 湯上りに、鏡に映った自身の姿に見入る場面である。鏡が水鏡めいていること、裸体の描写に男性と特定される要素が薄いこと、膚を大理石に喩えていることなどが一見して目につく。

『「口ぶえ」試論』で持田叙子は、安良が飛鳥の古寺の「大理石の礎」を思い浮べることについて、ここで安良の膚の比喩に使われた「大理石」の一語にも言及しつつ、 メレジェコフスキーの『背教者ジウリアノ』において、「陰鬱なキリスト教世界」に対してジウリアノ(ユリアヌス)の憧れる古代ギリシア世界が大理石に代表されることから、「こうした大理石のもつ意味に、折口は知らず知らずのうちに影響されているのではないだろうか、それゆえに安良は大和飛鳥のイメージとして、実際には稀有な「大理石の礎」のイメージを思い浮べてしまうのではないであろうか」と言っている。折口の西洋的教養の拠って来るところを、このように具体的に指摘して貰えるのはまことにありがたい。しかしこの大理石とは、端的にGreekの指標ではなかろうか。

 理想化された古代ギリシアの同性愛。晴朗な空にそびえる大理石の神殿と、ヴィンケルマン的な純白の神々の像。鏡の中の安良の肉体は、その石像とナルシスティックに同一視される。ヴィクトリア朝から二十世紀初頭の英国においてヘレニズムに傾倒した文学者たちを、折口が知らなかったわけもあるまい。

 先に見た郎女の夢が、オヴィディウスやシェイクスピアの引用と、フロイトから学んだ知によって織りなされ、純粋に日本的なものなどほとんど見当らないように、ここでも彼の構築する作品は「西洋渡りの新しい文物」を「基」に成り立っている。「大理石の」は、衣の下の鎧のように、真実を覗かせているのである。

「こうした大理石のもつ意味に、折口は知らず知らずのうちに影響されているのではないだろうか」という修辞的設問は、だから到底成り立ちうるものではない。「大理石」は、古代ギリシア=男同士のエロティシズムという含意ゆえに呼び込まれたのであり、意識的なものでしかありえない。第一、飛鳥の古寺に大理石を使ったものなどまずないと、折口が知っていなかったとも思えない。知っていたからこそ、わざと出したのであろう。大理石の礎の寺がほとんどないように(一つだけあるそうだ)、金の垂れ髪の阿弥陀仏など例がないのに、「俤びと」に平気でそのような容姿を与えたのは、「知らず知らず」やったことではないだろう。

 持田氏の論文から論旨とは別に一つ教わったのは、折口が中学教師時代(『口ぶえ』発表と同時期)、自分の教え子たちを題材に短歌を詠んでおり、のちに連作「生徒」の中に組み入れて『海やまのあひだ』に収録された三首のうち、一首が
白玉をあやぶみいだき ねざめたる 春の朝けに 目のうるむ子ら
だったことだ。これは白玉を抱く夢を見てめざめた郎女であり、そのプロトタイプではないのか。

 ただし持田氏は、『口ぶえ』とヴェデキントの『春のめざめ』との関連を議論するためにのみこれらの歌を出してきており(「生徒」については、折口自身が、「『この連作はうえできんと[原文傍点]の「春のめざめ」を下に踏んでをり、』と述べている」そうだ)、この歌と『死者の書』の関連についての言及は見当らない。

『春のめざめ』は、性について無知なまま、少年少女が関係を持って、少女が妊娠し云々という、当時としては衝撃的な内容であるが、「少年少女の性欲の具体的な描写などは全く無い」「淡々とした」ものであり、それに比べると『口ぶえ』の描写は「蒸せかえるような熱気を孕んでいる」と持田氏は言い、もう一つの先行作品として谷崎潤一郎の『颱風 』を挙げて、その類似と相違を述べる。しかし、確かにこれらの作品は折口に影響を与えたであろうが、言うまでもなく最大の違いは、『口ぶえ』における欲望と憧憬[しょうけい]が同性に向けられていることだ。無知な少年少女は勿論、「初めて女体に接」して「淫蕩の血が目覚め」た男が「荒淫の限りを尽して頓死」する、 「根太や膿、血などのおぞましいもの」に満たされた『颱風』も、折口からはあまりにも遠い。

 無論持田氏は、「同じように身体感覚に注目しながらも、「口ぶえ」にはそうしたダイナミズムはない。折口は、メリヤスシャツの肌ざわり、目覚めの倦怠感、 寝汗など、少年の身体の内側に刻まれる繊細で微弱な日常のリズムを据え、そのことによって返って生々しく少年の性愛に迫るのである」と結論し、それはその通りで『口ぶえ』の特徴をよく捉えていると思うが、その「性愛」が男同士のものであることがなぜ名指されないのかが、解せない、

 勿論、主人公と岡澤や渥美との関係について持田氏は、「安良は二人の上級生に心惹かれるが、二人は対極のタイプである」「かたや肉欲、かたや精神性を強調される岡沢と渥美」「岡沢と安良の水中シーンをなそるかのように、西山の谷川で二人が泳ぐ場面がある」と、適切な指摘をしており(私もこの論考の元となった連続ツイートの途中で読み返し、多くの示唆を受けた)、『口ぶえ』がそういう話であることは、小説を読んでいない者にも容易に理解されうるのだが、最終的に持田氏は、同性愛のモチーフそのものについての考察は無しで済ませている。

 この詰めの甘さが、『死者の書』においては「大津皇子と彼のために機を織る中将姫との直線関係に」「構図が凝集」され、「最終部の大津皇子の復活に向けて鮮明な浄化感を形成しているのに比べ、「口ぶえ」の最終部は糸の切れた風船のようにたよりない。渥美と安良は蓬々と吹く夕風の中、途方にくれて見つめ合う。彼らを導くものはもはや死しかない。しかし悩みつかれ、万策つきてお互いをみつめるその蒼ざめた少年の顔の哀れこそ、この時点での折口の最も描きたいものではなかったか」という散漫な結論部に至るのを見る失望感は大きい。

 まず、郎女が機を織ったのは大津のためではないし、最終部で彼の復活を示す記述は全くない。「郎女が、筆をおいて、にこやかな笑(ヱマ)ひを、圓(マロ) く跪坐(ツイヰ)る此人々の背におとしながら、のどかに併し、音もなく、山田の廬堂を立ち去つた刹那、心づく者は一人もなかつたのである。まして、戸口に消える際(キハ)に、ふりかへつた姫の輝くやうな頬のうへに、細く傳ふものゝあつたのを知る者の、ある訣はなかつた」というのが『死者の書』の最後から二番目の段落である。浄化感はおろか、安良と違って郎女には、見つめ合う目すらなかったのだ。

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by kaoruSZ | 2015-09-09 19:41 | 文学 | Comments(0)

彼〔か〕の船は此の世の涯より
汝〔なれ〕が幽〔かそ〕けき欲望〔のぞみ〕すら
叶へむとして来〔きた〕るなり。
ボードレール「旅への誘い」


【七月十六日】折口の戯曲について、先日またtatarskiyさんから電話で聞く。『文金風流』というのだが、検索しても全集の収録リストに出てくるばかりだ。論じている人いないのか。手すさびとしか思われていないのか。溝口か成瀬に黒白で撮らせたかったような話というか、聞きながらそういう映像で浮かんだ。

  語り物の知識などさっぱりなので初めて知る名前だが、豊後節の祖で、実在した宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじょう)が主人公。といっても、『死者の書』が中将姫伝説に取材しながら全く別なものに書き換えているのと同じく、豊後掾の前身が侍というのも、それ以外の登場人物も、皆折口の創作らしい。そして『死者の書』の郎女に相当する女がここにもいる。

 一言でいえば才能があってもどうにもならない女、女であるためにそれを生かすことのできない女、豊後掾がそうであるように自由には生きられない女だ。もう一人、狂女がいて、実はこの二人を合わせたのがかの郎女というわけだ。 

  狂女の話の方で登場する僧の物語には、明言されない男色がかかわっているらしい。だがそれは脇筋で、メインは女(姫君である)に同情した豊後掾が、彼女との心中を承知する話。実は彼の得意は心中物で、文金風と呼ばれた髪型・衣裳のダンディズムばかりか、心中までも真似る者が続出、相対死[あいたいじに]は 禁止され豊後節は弾圧されたというのは歴史的事実らしいが、面白いのは、姫君がそれに憧れたわけではなく(それではボヴァリー夫人だ)、二人が恋人同士ではないことだ。当時、この反メロドラマを誰が理解しえたのか。折口の作家としての才能の凄さは弟子に“伝えることのできる”学者としての業績を軽く超える。そうあらためて確信しつつ、今度コピーをもらって読むのを楽しみにしている。

【八月五日】おとといtatarskiyさんから、『文金風流』、コピーを糸で綴じたのを恵贈さる。歌舞伎台本(ラジオドラマではなかった)で、実質生前未発表作。凄い。ミイラの棺を開けたらみづみづしい色あざやかな花束が現れて、それが目の前で塵と化したのではなく、今時ひらいたどんな花より鮮やかに咲きつづけているという凄さである。

  解題によれば雑誌『新演劇』の脚本募集に応じたものというが、不採用だったという意味なのか、それとも実際応募しなかったのか、いづれにせよ上演されていないのだろう。また、まともに読まれたこともないのだろう。tatarskiyさんの認めた『死者の書』との類似に、これまで誰も気づいた形跡がない以上。

『死者の書』などよりよほど“普通に”理解できる筋書を持つ、巧みに構成され、洗練された戯曲なので、上演されたことがないのが惜しまれるし、歌舞伎台本としても完成されたものだと思われる。あまりに完璧過ぎて、もし実際に審査されたとしても、当時の人にはその新しさが分らなかったに違いないほどに。

  風俗壊乱の廉で江戸を追われた浄瑠璃語り豊後掾の実話に、折口は武士という前身と、姫君との“心中”という結末を接いで『文金風流』を仕立てた。序幕で主人公の存在は、姫路城下の花見の幔幕の中から聞える謡の美声の主としてまず感知される。このあと彼は、同輩が狂女を斬ろうとするのをやめさせようとして誤って相手を殺してしまい、武士を捨てて出奔するのだが、その場で切腹しようとしたのを止めた僧、慶円に、「此芸能もて世に立たれたら、恐らく天下第一の名人となられる」と言われる。

 これが、彼が豊後掾になる発端なのだが、慶円も実は偶然そこに居合わせただけではない。後の豊後が助けたお兼は、「文ひろげの狂女」とあだ名され、「あまた家中[かちゅう]の人々より彼に寄せたる艶書の数々」を「喜んで披露しある」いている(豊後に殺された男もかつてお兼に文を遣った一人である)。しかし彼女が好きになったのは慶円だけで、その結果今のようになった、つまり彼自身は与り知らぬ事ながら、自分に叶わぬ思いを抱いて狂ってしまったと慶円は語る。これは、道成寺から奇妙に内実を抜き去ったエピソードで、慶円の傍観者性(手出しをした豊後との対比に於ても)を際立たせる。

 第二幕は江戸の芝居小屋横ではじまる。大入りで入れず、豊後をいわば出待ちする人々の会話だけで十五年後の彼の状況を髣髴とさせる、折口の手腕は水際立っている。序幕でも彼の容姿は家中[かちゅう]の侍女たちから、「あのお容子であのお声」「あんな男を持つ人は、どうした果報の姫御前であらうぞ」と言われていたが、ここでは専ら男たちによって彼の美しさが語られる。

町人一 したが文金の声も声だが、男振りと来ちや一層たまらないや、業平が絵馬堂から抜け出した様な顔をして、三日月なりの小袖に、片身変りの片衣をひつかけて、舞台を斜めに、見物の方を向いて坐つた容子なざあ、女の子にやほんに眼の毒といふもんさあ。
町人二 いかな役者もあの男と並べた日には、お月様の前に出た星よりももつとみじめだ。あの男が結ひ出して、当時流行[ハヤリ]の文金髷、この辺[あたり] にもたくさん見えるが、あのまつ黒な大たぶさに、金糸を高く結び上げた恰好なんぞ、何ともかとも言はれない。あの時ばかりは何だかこちとら野郎に生れて来たのが、まゝならねえやうな気がすらあ。女の子にとつちやたまるめえ。


 江戸っ子の町人二人、本当は自分が「たまらねえ」のが見え見えなのに、女の子がと言っているところが可笑しい。

 あるいは、「あの声を聞いたが最期、家も名聞も打ちやらかして、思ふお方と死にたくならあな」――だから結婚していてよかったという男。これに続く会話からは、折口のユーモアのセンスも窺われよう。「いつもと違って歌から芝居に持ち込んだ」、つまり芝居とコラボレートした豊後の新作は「文ひろげ」といい、 文金風の髪型・ファッションのみならず、情死まで流行らせた彼は、「若い身でこれ聞かねば、江戸に生れた甲斐のない娘・息子の仲間外れぢやといふ程な浄瑠璃」として、若い男女の熱狂的な支持を得ている。

 ここで、序幕の反復めいた事件が起る。先ほどは狂女が殺されかけたが、今度はお忍びの姫君一行が悪御家人に因縁をつけられたのを、小屋から出てきた豊後が助ける。侍三人を向うに回し、鮮やかな立ち回りで相手を制圧する伊達男は、文武両道のスーパースターだ。豊後が去り、人々が散ったあとに、傍の茶屋の中から、一部始終を見ていた慶円が現れ、文ひろげの狂女までが登場するが、慶円の顔を覗き込んでも判別はつかない。

 豊後の向かった先は兄弟子・都千中の住いである。第二場はそれに先回りして、千中の妻で芸者上がりのおこのが、自宅で家主と対坐するところからはじまり、込み入った事情を 会話だけで明かす。家主は、芸一筋で頑固一徹(そのため家賃が払えない)の千中に、檀那衆に稽古をつけて援助を受けることを奨め、「此頃流行 [ハヤリ]の豊後節は、こちらの弟々子[オトトデシ]で、京から一処に下つた国太夫半中と言つた男が初めたんだとか言ふことだが、此頃は猿若の芝居に出て、時にはお大名の館へも上り、高家の姫君様迄が忍んで聴きに御座るげな。兄弟子が蹶落されてゐて、残念だとは思はないのかねい」と言うが、千中は国太夫即ち豊後の新作の節回しに意見することしか頭にない。 

 河東節の名手おこのを芸を捨てるのを条件で娶った千中の話は、一見昔ながらの芸道ものだが、実は慶円と狂女お兼、そして豊後と照姫のカップルと重ねられることで新たな意味を持つ。これは芸道ではなく芸術の話であり、折口は絶対的に現代的(absolutely modern)な書き手なのだ。

 豊後は千中の意見を容れず、千中は豊後の援助の申し出を断って、兄弟弟子の縁どころか、亡き師に代り師弟の縁も切ると宣言、盆ぎりで立ち退かねばならぬから、二日後には京へ帰ると豊後を追い出す。するとおこのが、情熱の失せたまま夫婦を続ける気はなくなったから自分はとどまって尼になると言い出し、二人は“熟年離婚”を決める。  

  第三幕は第二幕と同じ元文五年(その二日後)の設定で、これは実在の豊後の没年だが、彼はその二年前に江戸八百八町の芝居小屋お構いになって帰京しており、また心中も史実ではない。だから作品においては照姫との関係こそが重要なのは当然だが、それは語り手が虚構として語ったものを自らなぞって死ぬことになるという意味ではない(それでは豊後節に煽られて死ぬ者と同じになってしまう。千中は彼らを、「おぬしの浄瑠璃聞いて死ぬる者が多いとの噂、何を盲千人の世の中、文句は訣[わか]つても、節につまされて死ぬといふことはあるまい。高々、死んでも浮き名が謳はれたい阿呆どもぢや」と言っている)。ここでは、そう思ったのは間違いだった(芸の素晴しさで感動させているわけではないと千中は豊後をそしっている)という話になっているが、真実は、大衆には文句、即ち物語しか分らぬという方にあろう。 

 逆に言えばここでの折口の営為は、見る目を持たぬ多数派にも分る文句(メロドラマ)として二人の関係を織り成しつつ、選ばれた少数の耳には間違いなくその節[ふし]を届かせんとするものなのである。

 第三幕は、大名家下屋敷の大川べりにある垣の切り戸から「白無垢の袿[ウチカケ]が逆に懸けてある」長持ちが運び出されるという、ただならぬ情景ではじまる。船で去るのを陰ながら見送るのは照姫づきの埴科、急死したのは乳母の篠の井、埴科の独白によれば姫君は「お乳[ち]殿のおしつけで、何一つ欠点[オロカ]のないお育ち、とりわけ、糸竹の道は家中は素[モト]より、検校、勾当の間にも、をさをさ及ぶものもない御鍛錬」。糸竹とは管弦、音曲のこと。これはつまり序幕で侍女らが、「去年京から下つた宝生の太夫も、舌を捲いたと聞いた」と噂していた、豊後と同様の才の持ち主で照姫があるということだ。

 しかし武士を捨てても生きられる豊後と違い、「惜しやこれ程の芸能持つて、お生れ遊ばし乍ら、大名の姫君とあるお身の不肖、聞き知るもののない御殿帳台の中に持ち腐れに遊ばさうと、わたしも素より好きの道とて、いとほしがつてお思ひ遣り申したが」誤りだったと埴科が述懐する通り、姫君にはそもそもそれを生かす道がない。

「永のお気鬱をお霽し申さうとて」「お気発散の御為とて」姫を外出させたと埴科の科白はさりげないが、要するに照姫は以前から鬱だったのであり、それは彼女が封建時代の姫君などではなく、折口がそうしたものを描くとは誰も思わぬのであろう自由に生きたいと望む女、近(現)代の自我のある女だからだ。

【八月十七日】
『死者の書』久方ぶりに通読する。青空文庫に感謝(現代仮名遣い版なんて愚かしいものまで揃えることは全くないけど)。さらにtatarskiyさんから、富岡多恵子の『釈迢空ノート』について電話で聞く。tatarskiyさん、『文金風流』の狂女のモデルが分ったと言って……うーん、これは決定だね。安珍清姫の形式を借りながら内容が抜けている理由もそれで説明がつくし、第二幕終りの狂女再登場時の、「十五年経つた割合ひに若い顔をして」というト書きに感じた妙なリアルさもそこから来たものかと気づく。

 詳しくは富岡の本手に入れてから書くが(図書館飛んで行こうとしたが土日閉館時間が早くて果さず)、背景が判ってみれば、「叔母が部屋で召し使うたる」女が自分を「隙見し」、「様々思ひ悩んだ末、心みだれて狂ひ出」たと「叔母より承り、存じもよらぬ事とは申しながら、罪深い事致したと」と慶円が言うのは、少なくともそう言わせる折口は、とぼけているのだ。

 幼少時に寺に迎え入れられた跡継ぎでありながら、師の坊(恐らくは愛人)に死なれ、出奔する慶円は、明らかに折口の投影だが、彼はまた、相手と関ることのない傍観者でもある。その分、物語の案内役であり、豊後に芸で生きることを奨めて、まるで作者のように筋書きを進めた人でもあるのだが、その 彼が唯一積極的にその手もてする行為は、姫と豊後が死ぬために入った船のもやいを解くことである。

 この第三幕第二場の幕切れは一篇の幕切れでもあるのだが、読み返すとこの辺り、全くリアリズムに則っていない。前段で姫は尼寺へ入ることに、豊後は江戸での公演禁止と決り、これが最後と豊後が謡った翌朝、おこのと別れ京へ上る千中と、橋上で和解し見送った豊後の前に、切り髪姿の姫が現れるが、その後を例の悪御家人どもが追って来る。

 そんなところへ今さら三悪人が出てくる道理がないので、これはもう「一人の手を捻ぢ、一人の肩を抑え、一人を踏んで(…)色々悪侍をあしらうて、果は二人を斬り、一人を川へ投げ込む」という豊後大活躍の場を作るために過ぎないが、同時に、第二幕で姫一行を助けた時の、「侍三人を色々にあしらうて、とゞ一人を 当て身で仆し、一人を踏まへ、一人を後向きの立身に捻ぢ上げる」の変形された繰り返しでもあり、序幕で狂女を救った出来事の反復でもある。

 あの時はこうした形ばかりの立ち回りではなく、相手の命を奪った事件が彼の運命を変え、また、『文金風流』一篇を可能にしたが、今また同じ型が反復されるのは、これから彼が姫との決定的な関係に踏み入ることの徴でもあろう。

 また慶円は、まだ千中が去る前から、上手から出て様子を窺っているのが観客から見えているのだが、この僧、序幕でその場に居合わせたことについては詳しくいきさつが語られ、第二幕でもお盆の経を頼まれた茶屋のうちより騒動を目撃したと一応の説明がなされているけれど、もうここでは何の因果もなしに柳の陰に立っている。

 今は尼となった姫君と豊後が「一処に」死ぬことを決め、「此処で死んでは、お家の名折れ」と、豊後が「あれにて」と船を指し、二人が入ると「僧せはしく出て、艤ひを解」き、船の簾を上げて豊後が「断末魔の苦悩を救ひの御経[オンキヤウ]」を頼み入るが、実は十五年後の江戸に慶円が来ていることを、豊後はこの時まで知らなかったはずである。観客は何の疑いも持つまいが。

 一方、文ひろげの狂女の第二幕第一場での登場はいささか不気味ながら、続く第二場での豊後の科白「十五年前、国を出る砌、ちと恩を受けた方のみよりの者、江 戸で計らず廻りあひ、見るに見かねて連れ戻りました」で合理的に説明される。老婆をつけて「うちに養うて」あるのだが、脱け出し「狂ひ回る」こともあるという。

 だが、船が河心へ出るのを橋上から僧が見送り「黙拝」するところへ、「突然橋向うから出る」狂女は、婆の目を盗んで出てきた訳ではあるまい。「船中から幽かに念仏の声。続いて悲鳴」という修羅場にただただ「黙禱」を続ける僧を補完して、最後の絵を完全なものにするために、彼女は枠組の外、物語の外からやって来たのだ。

「狂女橋詰へ出て、文を両手で捧げて、拡げる。」これが最後のト書きであり、あとは「静かに幕」という指定があるばかりだ。狂女が掲げる文、男たちの恋文とは何だろう。少なくとも、心中する男女の称揚や鼓舞に繋がるものでないことは確かだ。慶円が狂女との因縁を打ち明けるよりも前、侍女らが豊後(の前身)に語った、お兼発狂のいきさつは、慶円のものとはいささか異なっていた。奥の中老(慶円の叔母である)に仕えた町人の娘お兼は、「大勢の殿方に思ひを寄せられ、聞かねば死んで呪ふと言ふもあり、心に従はずば殺さうと囃すお侍衆もあつて、あんまり恐さ、煩さゝにとりのぼせて、とうとう正銘の気違ひになりました」。そして自分の恋文を人前で読まれて頭に血が昇った男に斬りかかられたところを豊後が助けるのだから、「文ひろげ」という行為はどう見ても恋の側に立つものではなく、文をよこす男たちへの揶揄でさえありうるものだ。そして僧慶円と狂女の奇妙なカップルは、「思ひ合うたる二人の心、うそいつはりのないからは、二人連れ立ち死出の旅」と、美しい紋切型で謳われる、豊後と照姫の関係を異化するものに他ならない。

 乳母篠の井の死ではじまる第三幕第一場に戻って、誰にも解る「文句」(=紋切型)が、当事者たちと観客に、豊後と照姫の愛-死を納得させるに至る過程を辿らなくてはならないが、その前に、せっかく『死者の書』を再読したことでもあり、『文金風流』と『死者の書』の類似について押えておきたい。

見よ眠れる船を――折口信夫の『文金風流』(2)へ
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by kaoruSZ | 2015-09-08 19:22 | 文学 | Comments(0)

晝顔―Beau de jour (上)


 わが友が私を主人公にして書いた話に私がいろいろ不満のあることは確かだけれども、その内実に関してはとかく誤解があるようだ。それらが事実と異なっていると私が非難したというのは「事実」ではない。私は、彼が『凶暴な猫の冒険』[近日公開]の中で描いてみせた、かの愛すべきメイドとは違うのだ。この娘は、彼がクイーン・アン街にいたとき短いあいだ仕えていたが、私の最初の訪問の際、シャーロック・ホームズが自分について、あれこれ言いあてるのではないかと恐れていた。むろん私には、彼女が見抜かれるのではと思っていた程度のことは、彼女が私たちの周りをうろうろしている間にわかってしまったが、雄の孔雀じゃあるまいし、ところかまわず尾羽根を広げたりはしない。この田舎娘が主人に語ったところでは、小説というのは「事実」を書くものだと思っていたので、それまで、私を主人公にした彼の小説は、すべて「本当にあったこと」を「そのまま」書いたと信じていたそうである。私の友は、お伽話で「私」と名乗る者の語る出来事がとうてい現実にはありえない例を挙げ、彼女の認識を改めようと試みたが、彼女は、彼のような有名な小説家が自らの名を名乗っての語りが、お伽話と同じレヴェルで絵空事でありうるなどとは思ったこともなかったので、すっかり混乱してしまったという。

 私は、「何度となく、僕ら二人のささやかなお伽話の出発点となった、あの部屋」という、私たちの下宿をさして彼が『空家の冒険』で使った(私の台詞であるが、むろん私がそう言った「事実」はない)言いまわしが好きだ。もっとも、公刊されている版では「お伽話」が「冒険」になっているが。「お伽話」だと、なんだか自分がシャーロック・ホームズよりもむしろR・L・スティーヴンスンの『新アラビア夜話』の主人公にでもなった気がして楽しいし、私が呼ぶ子を吹き鳴らすとレストレードとその部下(Lestrade and his merry men)が空家に飛び込んでくるというクライマックスも、私の中では現代風の無味乾燥な建築の中に、突如ロビン・フッドとその愉快な仲間か、さもなければお伽の国の兵隊が出現したように変換されるのである。

 そして「事実」云々を言うなら、シャーウッドの森の住人や玩具めいた兵隊はもとより、レストレードと部下たちもそこにとどまることはできないだろう。ついでに、彼らに取り押えられ、私をにらみつけているセバスティアン・モラン大佐(及びそのありそうもない空気銃)や、モリアーティの亡霊も消え失せて(互いに会ったこともない彼らは、私のファイルのMの項でしか隣り合わせたことがなく、わが友が粉飾を重ねて捏ね上げた同名の神話的人物と比べれば、取るに足らぬ小悪党でしかない)、あとに残るのは文字どおりの空いた部屋ばかりだ。いみじくも「空家の冒険(The Adventure of the Empty House)」と題されたお伽話の舞台となったあの部屋は、だから本当にemptyであり、空虚で無意味な空間なのである。「事実」にこだわるなら、221bの真ん前のカムデン・ハウスは、少なくとも一八九四年春には空家でなかったことを強調しておこう。ブラインドには夜遅くまで仕事をする人影が映り、それがベイカー街を挟んだ暗い部屋の奥からも見られた。むろんそこには実物大の蝋人形など置かれていなかったから、残念ながら膝立ちでそれを動かすハドスン夫人の活躍の機会もなかった。人目を引くために用意された大道具小道具をとっぱらってみれば、あとには私たちの再会しか残らないのであり、通りを隔てた、煌々と明りのともるカムデン・ハウスの二階とは対照的に、私たちの部屋はインク壺の底のように黒闇の中に沈んでいた。そしてそれこそが『空家の冒険』において語られなかったことなのである。

 彼の書くものにおいて私がつねに感嘆措くあたわざる思いがしたのは、あの空っぽの部屋に象徴される空虚な舞台に、大衆の好みに叶う道具立てや人物を手際よく配置して、謎の提示から解決にいたるめざましい物語を組織する手腕ではなかった。そうした物語とは別にある、注意深い読者にしか見えないものだった。私の方法として彼が提示したものは、むしろ彼自身の作品に対して適用されねばならないだろう。その際に重要なのは、あらかじめ謎とされたところには謎はなく、あくまで自分の目で機巧(からくり)を発見しなければならないということだ。だが大衆はつねにファサードに魅了され、たかだかシャーロック・ホームズが解いてみせる謎にしか興味を持たない。彼自身、自分の書くものが読み捨ての大衆小説と見なされて、批評の対象にすらならないことに、しばしば苦しみ、苛立った。だが、彼は、その困難な試みをけっしてあきらめはしなかったのだ。  

 たとえば『最後の事件』の場合、力強い叙述が人々を引きつけ、物語の内容が読者の心を揺り動かしもしただろう。だが、当事者である私から見れば、これは彼がいかに自分の作品の中に秘密を巧みに隠し、かつそれが心ある人の目には読み取られるよう、工夫を凝らしたかという見本である。力強いと言えば聞えはいいが、実のところかなり荒唐無稽な話なのに、それが問題にされることはほとんどなかった。後年、『空家の冒険』を原稿の形で見せられた時、私は自分が姿を消していた、そして彼が私を死んだものと思っていた三年間に、自分がチベットを旅したり、メッカやハルトゥームを訪れたりしたことにされている(それを得々と彼に語っている)のにあきれたものだ。私はハガードの小説の登場人物ではない。シゲルソンというノルウェー人の名を騙って探検旅行記を書いたとまで言われたのでは、もう怒る気にもなれなかった。ここでの私はただの法螺吹きであり、チベットで“She”と会った(シャーロック・ホームズ対洞窟の女王!)と書かれなかったのがせめてもの救いというものだ。ついでに言えば、モンペリエにしばらく滞在はしたが、そこでコールタール誘導体の研究をした覚えはない。当時私は、兄のマイクロフトから回してもらった諜報の仕事でヨーロッパを移動することが多かったが、兄が送ってくれるストランド・マガジンが受け取れないほど遠くへ行くことは絶対になかった。そこに見出す、わが友が私の物語を書き継いでいたシリーズと、短い送り状に記された彼の消息、それだけが私の渇を癒やし、私をかろうじてこの世に繋ぎとめているものだったのだから。 

 要するに、ああしたものは皆、彼一流の韜晦とお遊びと煙幕なのである。「本当にあった」話を絶対に「そのまま」書くことなく(書くことができず)、しかし表現することをけっしてあきらめなかった彼の筆は、虚実のあわいに成立する危うい「冒険」にすべてを賭けた。「シャーロック・ホームズの冒険」の劈頭を飾る短篇第一作『ボヘミアの醜聞』、スカンディナヴィアの王族と、アメリカ生まれの「世間には正体不明のいかがわしい女として記憶されている今は亡きアイリーン・アドラー」(と彼は書いている)のあいだの揉め事を私が調停した一件をもとにしたあのフィクションに、すでに彼の方法論(メソッド)は明らかだ。「世間には正体不明のいかがわしい女として記憶されている」――読者はこの文を、一般には身持ちの悪いあばずれくらいに思われていたが、それは誤解で、シャーロック・ホームズが一目置くほどの女だったという意味と思うことであろう。実際、この短篇のアドラーはそう見える。しかし、その真の意味は、「世間にはその事実は知られていない」が、本当は「男」だったというものだ。〝彼女〟の正体は彼の非ホームズ作品『時計だらけの男』の、不慮の死を遂げた青年だと言えば、当たらずとも遠からずだろう。むろん本名はアイリーンでもアドラーでもない。もっとも、〝ボヘミアン・スキャンダル〟を表沙汰にされるのではと、某王族(こうした重要でない人物に、架空の長々しい名前や肩書や大袈裟な衣装を与えてダミーにするのは彼の典型的なやり口だ)に気を揉ませた当の人物は、時計だらけの青年のように薄命ではなく、小説発表時の一八九一年にはパートナーともども健在だったし、今も亡くなったとは聞いていない。後で述べるが、「今は亡き」と彼が付けたのには理由があったのだ。

 
 スカンディナヴィアの――正確に言えばデンマークの王子の一人で、継承順位から見て王位に就く可能性はまずない、身分の高さの割には気楽な身の上の人物が、ベイカー街をお忍びで訪ねてきたのは一八八八年のことだった。ワルシャワで見失った彼のオフィーリアを追って、世紀の終りの大英帝国の首都に至ったのである。わが友がでっち上げたいけすかない訪問者と違い、いたって気さくなプリンスであり、地味な、だが細部に至るまで気を抜かない、ロンドンっ子に何の遜色もない垢抜けた出で立ちで、ツイードのスーツに合わせたタイには緑柱石(ベリル)のタイピンをあしらっていたが、この宝石が、彼の描いたヴァージョンではブローチとなって、アストラカンの毛皮を前身頃 と袖口に付けたダブルの上着の威風堂々たるボヘミア王が赤い絹の裏地を見せて跳ね上げている、濃紺のマントの襟元を留めていたのには笑ってしまった。いかにも北欧人らしい金髪にライトブルーの目、つやつやしたピンクの頬をしたこの殿下は、彼がモデルの虚構内人物同様、結婚を控えた身であったが、女優でアルト歌手の愛人との関係もそのまま続けるつもりでいたところ、相手はいつの間にかそれまで専属だったワルシャワのオペラ座も退団して、ふっつり消息を絶ってしまった。しかも手許に置いておかれては剣呑な品を持ち去っていたので、慌てて手を尽して探させたところ、英国人の弁護士と一緒に彼の故国にいることが判明し、急遽渡英してきたというわけだった。

 ニュージャージー出身の「世間には正体不明のいかがわしい女として知られた」アイリーン・アドラーのことなら私も少しは知っていたので、当初、恋人の性別も、〝ボヘミアン・スキャンダル〟(このダブル・ミーニングを使いたいばかりに、わが友は依頼人をボヘミア王にしたのである)であることも誤魔化そうとした殿下に、事件については包み隠さず話してもらわなければ困ると釘を刺しておいて、駆け落ちしたカップルの様子を探りに行った。最初のうち弁護士のノートンが、たんに法律上の問題の相談に乗っている友人なのか、それとも足繁く通ってくるのは恋人だからか(男女なら最初から迷わなかったのだが)見極められずにいたところ、思いがけず彼らの結婚式に立ち会うことになった顛末のいくらかは、必要な修正を加えて『ボヘミアの醜聞』に移されている。未練たらたらだった殿下に引導を渡し、ブツを返してくれるようアドラーを説得した。高額で買い戻す上に手切金も別に用意するという王子の言葉を伝えたのだが〝彼女〟は身の安全のため品物は持っていたい、金はびた一文受け取る気はないと言ってこれを拒んだ。

『ボヘミアの醜聞』のヴィルヘルム・ゴッツライヒ・ジギスモンド・フォン・オルムシュタイン陛下は絵に描いたような高慢な王様であり、アイリーン・アドラーは地球上のどんな男も虜にする美女であるが、これはお伽話というものだ。このアドラーは、たぶん作者の狙いどおり、バイエルン王の愛妾だったローラ・モンテスを思わせるなどと評されたものだったが(ちなみにわが友はオーストラリアでの幼年時代に、金鉱掘りの男どもをめあてにはるばる巡業に来た、落ちぶれたローラ・モンテスのダンスを見ているそうだ)、実際の〝彼女〟は、アメリカの田舎の気のいいあんちゃんだった出自を時にのぞかせないでもない、実にさばさばした人柄だった。もちろん、歌と演技の才能はたいしたものだったし、その気になればいくらでも妖艶に見せることができた。私たちはそれより何年も前、ロンドンで一度だけ公演を聴いているが、帰り道でわが友が、「人形のように綺麗なひとだし、天使のような声だが、目を閉じて聴いていると男だか女だかわからなくなる時がある」と鋭いことを言った。「ワルシャワ帝室オペラのプリマドンナでありながらコントラルトだ。そこに彼女の秘密がある」と私は答えた。彼は全く訳がわからないという表情だったので、私は歌手が実は男であることを教えてやった。驚嘆し、どうしてそんなことを知っていると言うので「蛇の道はヘビさ」と答えると、「なるほど、君もときどきそんなふうに変装して性別不明に思えることがある」と彼は言った。この時の記憶が、『ボヘミアの醜聞』では男装したアドラーが私たちをつけてきて、「シャーロック・ホームズさん、こんばんは」と声をかけるという展開になったのだろう。「どこかで聞いたような声だが」と作中の私は言うが、それはたぶん私自身の声なのである。

 アドラーは弁護士のノートンとは、ロンドンにいた頃すでに知り合っていたのだが、仕事でワルシャワに行った彼と偶然再会すると、デンマークの王子とは別れ、仕事も辞めて愛に生きることに決め、王子が万一怒りのあまり復讐を考えた時のために例のものを持ち出して英国に戻り、いささか怪しい書類を揃えて(私が立会人になった結婚式の時はそれで少々手間取ったのである)本物の結婚証明書を得たあとは、夫とアメリカに渡るつもりでいた。品物が何かは人物の特定に繋がるので明かせないが、写真ではない。それとは全く関係なく、私が以前から引出しに入れていてthe womanと呼んでいた写真があり、私から来歴も聞いていたので、わが友はこれを話に織り込むために小説では写真にしたのである。

 スティーヴンスンを愛するのと同じくらいエドガー・ポーを愛するわが友は『盗まれた手紙』の細部を大胆に取り込んでいるけれど、路上で捕まえて身体検査ができるのは、盗まれたのが手紙だからである。今回の品の場合は身につけて歩くのはとても無理だ。だが、写真にしたので、そこまで細かくポーをなぞることも可能になった。外で騒ぎを起こしてその隙にというのもポーだが、パリの素人探偵の場合と違い、アドラーの自宅付近に動員されたエキストラの規模といったら常軌を逸している。これは、この情景がリアリズムに基づくのではなく、一種のスペクタクルとして描かれているからだが、こうした方法への注目が当時も今もほとんどないのも、彼が通俗読物の作家と見なされてきた証拠だろう。

 現実のアイリーンは殿下への別れの手紙に自分のポートレートを添えて私に託し、私は殿下にそれを渡した(むろん私は写真を欲しがったりなぞしなかった)。そして、明日、彼らはアメリカ行きの汽船に乗るが、殿下がどうしても品物を取り戻したいとあれば少々荒っぽい手段を取る用意もある。しかし〝彼女〟は今後、妻として生きてゆくつもりでいるから、自分の真のセックスを公表して彼に迷惑をかける心配はまずないと請け合った。「本当は私が買い戻したいのは彼女の心です」と王子は完璧な英語で言った。「もしもそれが買い戻せるものならば」そして、それが無理ならこれ以上は追わぬと言い、手紙を開くとその内容も私の言葉を裏付けるものだったので、彼は嘆息しつつもアイリーンの写真を大切に手帳のあいだにはさみ込み、気前のいい謝礼を払ってくれた上、渋い古金の嗅煙草入れを私に下賜して国へ帰った。

 だからシャーロック・ホームズを手玉にとったアイリーン・アドラーという、あの誰もが好きなお話は、彼の頭から出てきた作り事にすぎないのだ。さらに言えば、女嫌いで、色恋沙汰にうとく、自分の思考に感情を交えることを海老料理に混じった砂粒のごとく嫌悪する、論理一辺倒の朴念仁というはなはだ魅力を欠いた探偵の肖像を描いてみせた上で、その彼にしてなお忘れえぬ一人の女性がいるとか、彼の視野の中では彼女が女なるものの全体を覆い隠しているので、彼にとって女といえば彼女しかいないのだという盛り上げ方も同様だが、物語の効果のためのこうした演出に文句をつけようとは思わない。しかし彼は、その女――the woman――に私が恋しているわけではないという明快な言明が、おおかたの読者の貧弱な理解力を越えることに十分な認識がなかったようだ。その結果、私は、アイリーン・アドラーとはどういう関係だったのかという質問に、後年まで悩まされることになった。ホームズさん、彼女は本当に恋愛対象ではなかったのですか? 本当は恋人だったのでしょう? 確かに私の同類だが……。わが友は、私が彼にインデックス・ファイルの中からアドラーの名前を探させて、ユダヤ教のラビと、深海魚に関する研究論文を書いた参謀将校の間にそれを見出した(もちろんAの項目にではない)と記しているが、それは、女性の名がそこに載っているはずのないファイルだった。それにしても、ラビ、オペラ歌手、参謀将校という、このどう見ても脈略のない取り合せにどういう共通点があるのかと、疑った者はいないのだろうか。WE ARE EVERYWHERE! そもそも私のファイルに名前があるというだけで、同類であり、まっとうではないのである。全く、〝彼女〟が何者か知った上で質問をするがいい!

 私は女をことさら嫌いなわけではない。ただ無関心なだけだ。これははっきり言っておきたいが、女への関心を四六時中毛穴から滲み出させているような男が、実は女を憎んでおり、女を罰したいという欲望に苛まれているのは、その男が犯罪者であるか否かにかかわらず珍しいことではない。そうした欲望ほど私にとって無縁なものはないのである。私が色恋沙汰に向かないかどうかは、この先に書かれる事柄によって明らかになろう。確かに、相手が女性である場合はそうかもしれない。そして私が感情的な人間であるか否かは、そうではないと書いたわが友が一番よく知っている。そうそう、良い機会だから、ここで一つだけ訂正しておきたい。彼は、ホームズは以前はよく女の浅知恵を馬鹿にしたがアドラーの事件以来そういうことはなくなったと書いているけれども、私は、女を貶めるようなそうした文句を吐いたことは一度もない。仮に私がそうした男だったとして、「アドラーの事件」が、そのような認識を改めさせる何ものも含んでいなかったこともこれまでの説明でおわかりだろう。先の記述は、彼が通俗的な読者に迎合するという悪しき誘惑に屈した稀な瞬間の一例なのである。

「今は亡きアイリーン・アドラー」には別の意味が隠されている。「『今なお忘れえない』唯一の女、彼女のせいでもはや他の女は目に入らず、女と言えば彼女しか思い浮かばない女」。今ではどこを走っていたのかもうわからない列車の中ではじめてあの話を読んだ時、この〝女〟とは私のことだと確信したと言ったら、読者は私の頭がどうかしていると思うだろうか。

 アイリーン・アドラーは私だ! なぜなら、私こそが、彼の“the woman”であるのだから。ボヘミア王はアドラーを、「世に知られた怪しい女(well-known adventuress)」と呼んでいる。怪しい女adventuressとは何か。最近は駱駝に乗って砂漠を横断するような女もいるから、adventuressとはそのような男まさりの婦人でもあるのだろう。だが、当時はもっぱら、男を籠絡する芳しからぬ評判の婦人を指していう語であった(ちなみに、実際のデンマークのプリンスは、元恋人に対してこのような言葉を使いはしなかった)。だが、男性形のadventurerなら、単に冒険者の意味となる。私たちの共有する部屋が繰り返しその出発点になり、彼がその伴侶となった冒険にたずさわる者。つまり〝彼女〟とは、世に知られた「シャーロック・ホームズの冒険」の主人公以外の何ものでもないのである。わが友は、私が“adventuress”でもあると知った時、怖じ気をふるって私と縁を切ろうとしたのだった。そのために私たちはライヘンバッハの滝まで行くことになり、私は死んだと見せかけて彼の前から姿を消した。『ボヘミアの醜聞』で、彼は私の喪に服しながら、アイリーン・アドラーにかこつけて、「今は亡きシャーロック・ホームズ」への追憶と讃美を語っていた。ロンドンを遠く離れた場所で私がこれを見た時どんな気持ちがしたかは想像してもらうしかない。

 わが友によって私はしばしば、不当にも、理性を万能として情緒的なものを排する、鼻持ちならぬ男として戯画化されている。『四つの署名』で私は、すでに刊行された『緋色の研究』において彼がロマンスにページを割き過ぎていると文句を言うが、これは私がロマンスを解さないからではなく、わが友が、私との「ロマンス」――彼が私に興味を抱き、舞台の俳優を見るように私を見つめ、私を謎と見なしてそれを解きたいと思い、私が何ものか知りたいと望んでいる――に十分な紙幅を与えていなかったからだ。私はその視線に応え、彼に自分を見せびらかし、感嘆されることを願ったのだ。彼が私の探偵術をほめたたえた時、私がほんのり頬を上気させたと彼は書いている。探偵術をほめられたホームズは、「美貌をほめられた小娘よろしく」はにかむのだと。これを読んで私が赤面したことは言うまでもないが、彼は肝心な点を見落して(あるいは書き落して)いる。誰にほめられてもはにかむわけではない。好きな相手にほめられたからに決まっているではないか。

『ボヘミアの醜聞』は彼が往診の帰りにベイカー街で、かつては自分も住んでいた建物のドアを目にして、もう一度私に無性に会いたくなり、見上げるとブラインドをおろした明るい窓に私のシルエットが行き来するのが見えて、懐しさのあまりベルを鳴らし、階段を上って行くところからはじまる。このブラインドの人影は『空家の冒険』のダミーのそれですっかり有名になってしまったが、蝋人形を狙撃するモラン大佐は、重ねて言うが存在しなかったのであり、こちらの方が先行し、本質的なのである。このドアは夢の入口であり、このくだりは現実にはありえない夢のはじまり、語り手の夢の中への入場だ(もしも映画にするなら、最後に彼が同じように二階の窓を見上げる時、そこは闇に閉ざされているだろう)。現実にもこんなことは起こるはずがなかった。彼は新婚生活の幸福と新しい職業生活の確立で忙しく、私のことなど忘れてしまい、向うからわざわざ私を訪ねることなどありえなかったし、私は新家庭に招かれてもけっして行こうとはしなかった。不意にこちらから顔を出して誘い出さないかぎり、私たちの冒険はそのまま立ち消えていただろう。

 突然訪ねてきた彼を物語の中のシャーロック・ホームズは無言で迎えるが、それでもこの再会を喜んでいるらしかった(と彼は言う)。これは死者との夢の中での邂逅に他ならない。すべてが追憶の光に照らされ、すべてがこの世ならず美しい。本物のどんな女にもまさる輝くばかりのアイリーン・アドラーの家で繰り広げられ、私の演技をわが友が窓の外から見たことになっている情景は舞台にかけられたそれであるが、同時にこの舞台は魔法にかけられてもいよう。それは私が魔術師のように鮮やかな手並みを見せて喝采に応えるという、私たちが初めて会った時、大学病院の実験室で私のささやかな成果を彼に見せた時の記憶の召喚に他ならない。

 小説ではアドラーとノートンはヨーロッパへ去ったことになっているが、すでに述べたように現実の彼らは、アドラーの故郷である米国へ向かった。なぜ彼は彼らの行き先をヨーロッパとしたのか? これが掲載された「ストランド」をはじめて読んだ列車の中で、私にはすぐにわかった。私たちの、ロンドンからブリュッセルへ、シュトラスブルクへ、ジュネーヴへ、そしてローヌ川の渓谷を経て、恐ろしい滝の傍で終る道行に合わせるためである。小説の中のシャーロック・ホームズはアドラーの家政婦から、ノートン夫妻はヨーロッパへ発ち、もう戻ることはないと告げられる。そして私は気づいたのだ。最初、友人なのか恋人なのかはっきりしないと言われる彼らがであるのかを。仕事を辞め、引退して二人で暮らしたい、許されるならこのような場所で。これはスイスの山中で、もしも生き延びることがあればと、私が彼に語った夢ではないか。どこまでも追ってくる振り払い得ない(実際の彼らの場合はそうではなかったが)脅威から逃れ、ヨーロッパへ脱出して仕合せになったカップル。ライヘンバッハで私を失ってしまった(と信じていた)わが友は、この二人のケースをありうべかりし私たちとして描いたのである。


晝顔 Beau de jour (中)へ続く

縦書きビューア推奨です。
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by kaoruSZ | 2013-05-22 23:05 | 文学 | Comments(0)

晝顔―Beau de jour (中)

『醜聞』の最後で、彼は私がアドラーの写真に見入り、彼女をthe womanと呼んで、引出しに今も入れていると言っている。もし私が本当に死んだと思っていなくて、どこかで私に読まれるかも知れないとわかっていたら、彼はそう書くのをためらったかもしれない。私のthe womanの写真は、マイクロフトがそのままの状態にしておいてくれたベイカー街の下宿の部屋の引出しに、当時もそのまま入っていたし、今はこれを書いている机の引出しに昔と変らず収められているが、それはアドラーではないからだ。このような変更はthe womanへの冒瀆だと、(生きていれば)私が思うかもしれないと彼は思ったであろうし、実際、彼の下に戻ってきてからそう訊かれたこともある(そんなことは全くないと私は答えた)。

「これは誰なの」その写真がはじめて彼の目に触れてそう訊かれたとき、私はジェラール・ド・ネルヴァルの「アルテミス」の詩句を引いて答えた――〝C'est la Mort - ou la Morte. (それは死 ― あるいは死んだ女……)〟 the womanの声を私は聴いたことがない。それを偲ぶとしたら一番近いものはヴァイオリンの音色だろう。彼が小説中のthe womanにIrene Adlerと名づけたことを私はこよなく思っている。実際、これ以上の命名はありえまい。これをイレーネと訓んで、その姓もまた示すようにドイツ系だと思う者はそう思えばよろしい。アメリカ生まれだからアイリーンだろうと思う人もいるだろうし、もちろん本名ではありえないのだが、この方がまだ正しい解釈だ。これはぜひアイリーンと発音されねばならないだろう。フルネームは私のthe womanの実名の一種のアナグラムにもなっている。彼女について私が話したことを覚えていて、いわば彼女を記念してこういう名前にしてくれたことは嬉しかったし、彼に感謝したいと思った。

『ボヘミアの醜聞』に私は、「今は亡きホームズ」への彼の思いをはっきり読み取ったのだった。こういう読者は私以外にありそうにないが、私という読者が存在していることを彼は知らない。私はその瞬間、彼に会いにイギリスに飛んで帰りたかった。ニームから帰国して彼の診察室にまっすぐ向かったあの夜のように。彼のメッセージを確かに受け取ったと知らせ、私の変らぬ気持ちを伝えたかった。しかしそれは不可能だった。彼には妻がいた。当時私は彼女の健康状態について全く知らなかったし、実は彼自身もそうだった。ホームズものを書いていると彼は寝食を忘れ、どうしてもこれだけ書いてしまいたいと書斎から出ず、医業も滞るようになった。彼の健康を気づかう妻に、これが自分の代表作になるよと目を輝かした。やがて妻の健康が損なわれはじめたが、彼は最初のうちほとんど気にとめず、机の前を離れることがなくて、気がついた時は手遅れだった。私との別れから二年後に、ストランド・マガジンのインタヴューに答えて、彼は私を「私の失われたミューズ」「私のインスピレーションの源」と公然と呼んでいる。明らかに彼は私を、ポーの「私の魂、サイキ」や、「ユラリウム」や、「天使たちがレノアと名づけた類い稀なる輝く乙女」に匹敵するような、男のミューズとして語っているのだ。

 ポーの短篇では周知のとおり画家の妻が、夫が彼女の頬から赤みを奪ってその肖像を画布に定着してゆくに従って衰弱し、絵が完成したとき彼女は死んでいる。私の友の場合、夫のミューズになることのなかった妻は、彼が永遠に失われたと信じる追憶の中のミューズに霊感を受けつつ創作にわれを忘れているあいだに、その傍で弱ってゆき、ついには血を吐いて死んで行った。これをグロテスクと見るのは読者の自由であるが、いずれにせよ私がこうしたことを知るのはずっとあとであり、彼の妻がそれほど早くこの世を去るとは想像もせず、具体的に思い描く未来は空白であった。ただ、与えられた仕事に没頭することが、『空家の冒険』で私の言葉として紹介されているとおり、悲しみを癒す唯一の薬だった。彼の場合もそれは同じで、その成果が、私がはるかロンドンの匂いを運んでくる「ストランド」を開いて見出す彼の新作だったのである。

『最後の事件』のモリアーティとシャーロック・ホームズの対決も、すでに述べた方法論によって彼が捏造したものである。モリアーティことモーティマー元教授は、確かに私の人生にとっても重要な役割を果たした人物で、地方の大学での教え子との〝ボヘミアン・スキャンダル〟の噂が広まって辞職に追い込まれ、ロンドンに出てきて、男色バーと曖昧宿兼阿片窟の経営にたずさわる一方、そのネットワークを使ってさまざまの悪行に手を貸しはしたけれど、ロンドン中の犯罪に彼がかかわっているとか、あれもこれもモリアーティの陰謀だとか、犯罪界のナポレオンだとか――わが友の書き立てたことときたら、もう一度彼の弟が訴えを起こしても不思議はないほどの言いようである。むろんそれは、わが友が大衆の好みをよく知っていたからに他ならない。お伽話には悪役――しかもその極端な形の――が不可欠なのである。モリアーティ(このおなじみの名前で呼ぶことにするが)の店は、公刊された作品の中にも変形されたかたちで登場する。一つだけ挙げるなら、『唇のねじれた男』でセントクレアのもう一つの顔はただの物乞いにまで縮小されてしまっているが、あの男はモリアーティの腹心であり、様々な姿に身をやつすことにおいて、またそれ以外の意味においても私の同類であった。わが友は、私がその種の場所で潜入捜査をしていることは早くから知っていた。しかし、私にとってそこが二重の意味で〝ハント〟の場だと気づいたのはかなり後だったし、 モリアーティに関しては、私の長年の努力と警察の機動力がその組織を崩壊させることになる数ヶ月前になってやっと知ったのである。

 モリアーティと私は対決などしたことはない。私は何度か彼を見かけたし、向うも私の姿は見ているが、シャーロック・ホームズとしての私は一度も認めたことがないからだ。その界隈に出入りするうち、私はフレッドという若者と知り合った。彼はジェイムズ・モリアーティの年の離れた愛人だった。いや、言い直そう。モリアーティの愛人だったからこそ、私は彼に近づいたのだ。可愛らしい顔立ちの性格のいい若者ではあった。アイルランド移民の子で、自分の知的能力よりも低い教育しか受けていなかった。知的好奇心が旺盛で、藝術的センスもあり、モリアーティに惹かれたのも、主に彼がフレッドの周囲には皆無だった、教養あるインテリだったからだろう。モリアーティにとっては教え子との関係の反復だったのか。いずれにせよ、彼がフレッドにとって、性的にも知的にも手ほどきを受けた教師だったのは間違いない。

 フレッドを誘惑するのは簡単だった。私はまさか、「謙遜を美徳と呼ぶ者には同意できない。論理的な人間はあらゆる出来事を正確にありのままに観察しなければならない。自分への過小評価は自分の能力を誇張するのと同様に事実に反している」と主張するほど鉄面皮ではないが、この種の仕事に困難を感じたことがない。急いでつけ加えておくが、これはあくまで〝仕事〟の場合で、そうでない時にどんな苦しみを嘗めることになったかはこの先で明らかになるだろう。ともあれ、フレッドの年上の恋人は、私のせいでにわかに色褪せてしまった。恋の魔法が解けて、彼をそのありのままの姿――長年欲望を抑え込んできた、冴えない容貌の、何百人もいる同類と変らぬ、田舎の凡庸な(元)大学教師、ようやく欲望を解放したと思ったら社会の圧力にあえなく屈することになった負け犬、反社会的事業によって小金を稼ぐ初老の男――で見るようになり、彼より先に私を〝先生〟として選んでいればよかったと思うようになったのだ。

 それでも彼はなかなかモリアーティと別れようとしなかった。そうしたいと言いながらためらっていた。生活の基盤がすべてモリアーティの下にあったからだけでなく、私と違って彼には情があったからである。むろん私は、彼にモリアーティから離れられたのでは都合が悪いので、彼と手を切らないよう、だが私との関係はできるかぎり悟られないようにと助言した。組織の内情に通じ、しかもモリアーティに甘やかされているこの若者は、恰好の情報源であった。モリアーティは恐らく他に男ができたのに気づいたであろうが、相手が私とは最後まで知らず、あえて追求するだけの度胸もなかった。フレッドは父親に可愛がられて育った末っ子だったが、敬虔なカトリックの父親と違って自分のことを理解も支持もしてくれる、もう一人の父親として自由思想家のモリアーティを見出したのだった。しかし、モリアーティがなぜそれほどまでに社会を憎み、敵対しようとするのか、まだ若く、荒い風に当たってこなかった彼には到底理解できず、その行為の正当性に疑問を抱きはじめたところだった。

 フレッドのそうした悩みを、私は巧みに利用した。彼の相談に乗るふりをして、モリアーティへの反感を煽り、裏切りをそそのかし、なおも彼が口ごもっていることを吐き出させるため、犯罪研究家で顧問探偵のシャーロック・ホームズ氏に手紙を書くよう勧めた。彼は情報を十ポンドで買う。事前情報を彼に流せば、小遣い稼ぎができる上、モリアーティのせいで不幸になろうとしている人々に対する、彼の良心の咎めを解消できる。名前を耳にしたことくらいあるだろうと言うと、「知ってるよ、ジョン・H・ワトスンの小説だろう」と彼は言った。「でも、あんなのは通俗だから読まなくっていいって、ジムが」私は笑いをこらえて、あれは小説でモデルはまた違うんだと言い(彼は疑わしげな顔をして私を見た)、この男は警察ではないので、彼の年長の恋人の身の安全を脅やかすようなことにはならないと請け合った。

 すぐにではなく、また頻繁にではなかったが、フレッドは郵便で情報をよこすようになった。回りくどいやり方で十ポンド札が彼には届いた(そのことを私に話すことはなかったが、金が入ったからと言って私に一杯おごってくれた)。彼の署名は「ポーロック」で、ベイカー街にわが友がたまたま訪れている時にポーロックからの手紙が届き(しかもそれは暗号になっていた)、私は彼に、重大人物の周辺にいるこの風変りな協力者について話してきかせた(すでにお気づきの方もあろうが、この時のことを、彼は『恐怖の谷』というマニエリスティックなブリコラージュ小説に利用している)。Eをギリシア風に手書きするのは耽美主義者好みで、むろんモリアーティの影響だった。 

 一方で私は彼に対し、モリアーティの情人であるフレッドとの交際についても隠さなかった。この若い男が私に内通し、その結果、モリアーティの天下が終りを迎える日も近いと(もちろん、私がこの若者をモリアーティから寝取ったことは話さなかった)。本人も耽美主義に憧れたに違いないモリアーティが、教育すれば完璧なダンディを作れると夢見ているのかもしれないこの青年が、ポーとコールリッジとワイルド、それにジュール・ヴェルヌを愛読しているとは話したが、ドクター・ワトスンの小説について何を言ったかを伝えるのははばかられた。

 長々とフレッドのことを書いてきたのには理由がある。わが友が私を避けるようになったのは、私の全面的な協力の下、ロンドン警視庁がモリアーティの店やアジトを急襲して、異例の大量検挙を行なって以来のことであるからだ。警察の発表によれば、首魁は幾つかあった隠れ家の一つで、拳銃で自らの頭を撃ち抜いて死に、そのそばに若いフレドリック・Mが同じ銃で死んでいるのが発見された。モリアーティが自決しているのを見つけたMが後追いをしたものと見られた。

 この直前、私は人気のない昼の酒場の片隅にフレッドを呼び出し、彼の名前は知られていないからしばらく身を隠すようにと勧めた。自分が警察官ではないが捜査関係者で、何のために彼に近づいたかも教えてやった。彼は真青な顔をして聞いていたが、ただ一言、「ジムはどうなるの?」と尋ねた。「罪にふさわしい償いをすることになるね」と私が答えると、彼は立ち上がり、「シャーロック・ホームズさんに助けてもらおう」と言った。「これからベイカー街に行ってみる」
 私が笑い出したので彼はその場に立ちすくんだ。笑いつづける私を無表情な目が見つめていた。私はようやく笑いやむと、自分の本当の名前を明かした。彼はつぶらな目をしていたが、その灰色の目がこの時はさらに、これまでに見たこともない大きさに見開かれ、全身が硬直した。震える唇で彼は私に言った。「悪魔、この小賢しい悪魔!」そして私に唾を吐きかけると、いっさんに店を走り出た。
  


 のちに『最後の事件』と呼ばれることになる出来事のはじまりは、わが友が私をそれとなく避けるようになったことだった。できるかぎり、私はそれに気づかないふりをしようと努めた。まるで私が気づきさえしなければ無かったことにできるかのように。
 彼を誘い出そうとしたり、単に会おうとしたりして家に行くと、これから出かける用事があると言われた。そういうことさえ、以前はないことだった。彼は私の用事を最優先にしたし、それがどうしても無理な時は事情を説明したからだ。
 それから、彼の妻が出てきて、夫は徹夜のあとで眠っているとか、何時の汽車に乗る予定だとか、まだ帰らないとか言うようになった。最後の場合は、彼が帰宅するのを物陰から確かめた直後のことだった。最初私は、彼女が私を彼から遠ざけようとしているのではないかと疑った。しかしこの自己欺瞞は長くは続かなかった。私が彼女のせいと思い続けていたとしたら、観察力を疑われてしかるべきだったろう。彼が明らかに私を避けている、他ならぬ彼が。私が誘えば間違いなくやって来て、私を見守ってくれ、私の見事な腕前に賞賛を惜しまなかった彼が。

 その頃私はフランス政府に頼まれて、現地に赴いて捜査をすることになっており、その前に彼と話しておきたかった。しかしそれが叶わないまま出発の日を迎えてしまい、私は重い心を抱いて海を渡った。ナルボンヌとニームから彼に手紙を送った。通常私は、手紙というものはまず出さない。電報を打てるところへは電報を打つし、仕事で必要があればむろん書くが、それはその時々の目的に最適化した形でである。相手に対し最大限の効果を上げるべく、その際はインクの色から切手まで注意深く選ぶのであり、私の仕事一般について要求される入念な心遣いをここでもけっして怠らない。私の個人的印象を良くするためとか、自己表現のためとかではない。相手に思わせたいとおりの私になりきるためだ。言ってみれば、私に私心というものがないように、私信というものはないのである。自分の気持ちをああでもないこうでもないと、紙の上を行きつ戻りつくどくど書きつらねるのが私の趣味ではないように、人気挿絵画家の桜ん坊の図案入りとかチヨガミとかの、レターセットで文通する女学生じゃあるまいし、私は便箋、封筒に凝ったりしない。その私が手紙を出したのだった。しかも二通。これがいかにただならぬことであるかは、むろん彼にはわかっていた。だからその手紙に返事をしないというのも、忙しくてつい延び延びにというようなものではありえなかった。

 何があったのか。この時点でまだ私にはわからなかった。だが、この些細な(と私は思おうとしたが、明らかにそうではなかった)徴候は、私たちの関係の不安定さを、それがいかなる堅固な基盤も、継続の保証も持たず、確実な何ものにも支えられておらず、彼が私たちの冒険を本にする際、好んでそう呼んだ、良き市民の義務や彼らの善良な妻子や立派な肖像画に描かれて顕彰されるべき彼らの徳とは何の関係もない、真面目に扱う必要のない架空の「お伽話」としか世間からは見なされず(むろん彼は一種の皮肉と矜持をこめてこの語を使っているのであるが)、彼がそう望むだけでいつでも打ち切られうるものであるのを見せつけられることになった。正直に言おう、その時点で私は気が狂わんばかりになった。
 

 二通目の手紙で、私ははっきり返事がほしいと書いてやった。愚かしくも私は数日間手紙を待ちつづけた。しまいにはフロント係は、私の顔を見ただけで口をNonの形にし、かぶりを振るようになった。希望を捨てないのは私の美徳の一部だろうか。決定的な宣告がすでに手許に来ているのに、私はそれを開くのを延期し続けているのだった。遅かれ早かれすべてを知ることになるだろう。その時に心を満たすのはもはや、何をもってしても取り除き得ない絶望だけだろう。私は仕事に専念することで、そうしている間だけはこの事実を忘れようと努めた。それによって少しでも精神のバランスを保とうとした。皮肉なことに、時間がかかると思われていたかの地での仕事は、この集中が幸いして予想よりも早く片づいた。私の明晰な頭脳と水際立った手腕がこの時ほど口を極めて賞賛されたことはなかったし、英本国の外でこれほどまでに私の名が人々の口の端(は)に上ったためしもなかった。以前、ところも同じフランスで、二ヶ月以上も捜査に没頭して事件を解決した直後、心身の疲労で倒れたように、仕事が終ると私は虚脱状態に陥った。あの時はリヨンから電報を打つと、彼はすぐさまロンドンから駆けつけてくれたのだった。そして三日後には一緒にベイカー街に戻り、さらに一週間後には静養のため、彼の軍隊時代の旧友の田舎の家の客となっていた。四年前、とても信じられないが、たった四年前のことだ。四月だった。ちょうど今頃だったのだ。

 私は夢を見た。単純な夢だった。リヨンのデュロン・ホテルでそうだったように、彼が私を迎えにきたのだ。電報も打ってないのによく判ったね。新聞で見たんだと彼は言った。病院の住所と病床の私の写真まで出ていたというので、いつ写真を撮られたのかと私はしきりに首をひねった。さあ、ベイカー街のわが家に帰ろう。わが家、と彼が言う、その言葉は胸に甘く響いた。都合のいいことに、夢の中では彼は今でもベイカー街で私と暮しているらしかった。そのくせ、本当は彼が結婚していることもよくわかっていたのだが、それを言うと彼にその事実を思い出させてしまうと思い、黙っていた。

 目を開けると涙で頬がぬれていた。はじめは喜びの涙だったのが、夢であることがはっきりするにつれて絶望の涙になった。それは頬を横につたい、耳へと流れ込み、姿勢を変えるとたちまち枕に広がった。もう二度とそうやって彼が迎えにくることはない。これまでちゃんと見ようとしてこなかったものを、今は目をつぶっていてさえ直視するしかなかった。
 彼が私を拒絶するようになったのは、モリアーティの事件の際に私が何をしたかがわかってしまったからだろう。私は油断していた。彼の観察力を見くびっていた。彼が、そう思われがちであるような、探偵の引き立て役などでないことを忘れ、どうせわからないとたかをくくって、手がかりを平気で見せてしまっていたのだ。

 彼は気づいたのだ。密告者ポーロックの正体がフレッドだということに。そしてフレッドが自殺したと聞いても私が眉一つ動かさなかったばかりか、冷笑していたことを思い出したのだろう。フレッドを仲間に引き入れたことについて、私は他に、何を彼に話したろう? 私の手管についても、私は彼に仄めかしていたのに違いない。私の言葉のはしばしを繋いで彼は真相に到達したのだ。そして私をおぞましいと思うようになったのだ。私の男たちとの関係についてはそれ以前から察しがついていたはずで、彼に知られていると私が気づいていることも彼にはわかっていただろう。

 けれども互いにわかっていることと、それを実際に口に出すこととはまた違う。話してしまって彼が私を受け入れるという保証はないのだ。どんな男でもいともたやすく手玉に取れるのだと私が彼にひけらかす動機は一つしかなかった。彼に嫉妬させたかった。私の価値を教えることで彼に私を欲しいと思わせたかった。そうした自分自身の心理について、私は顔と顔を合わせて見るように明らかに、あたかも他人の犯罪心理や犯罪の機序を分析するように知り尽くしているつもりだった。わが友についても、あの時期に妻を求め、家庭を作った理由は振り返って見れば明白で、私に機がなかっただけだと思っていた。実際、私との冒険もこれが最後になるだろうと言っていたくせに、私が誘いをかければ彼は必ず出てきたのだ。

 そもそもなぜモリアーティを敵視して、彼を破滅させることに少なからぬ情熱を傾けてきたのか、フレッドのことでなぜ私があのように冷淡だったか。それ以前に、なぜこの仕事に私が携わるようになったのか。そこまで話さなければ彼は納得しないだろう。私への反感を和らげて私を許す気にはならないだろう。だがそれは説明できないこと、私自身、わかっていても言葉にはしたためしのないことだった。自分の明晰さを私は過信していた。自惚れていた。私は私自身さえ、鏡の中の影のようにおぼろにしか見ていない。もし彼が話を聞いてくれるなら話したい。話せる相手は彼しかいない。私の感情生活について、誰にも言ったことのない決定的なことを打ち明けたい。しかし、この状態では、以前にもましてそれはありえないことになってしまった。()。

 彼が完全に私と関係を断つつもりでいる。それだけでも真っ暗な穴の中に突き落されるようなことであるのに、このような仕打ちを受けたことで、かえって私の方では、彼から離れることなど考えられず、彼なしでは生きられないとわかってしまった。フランスの捜査関係者に別れの挨拶もせず、私は船上の人となった。ただ彼に会うことだけを思って海峡を渡った。

 バーゼルで私は彼にこうしたことをすべて打ち明けた。それまで私が彼に言っていなかった最大の秘密は父に関することだった。不慮の事故で、滞在先のロンドンで亡くなったとだけは話してあったが、父の死が兄と私に与えた深刻な影響は、私がなぜ探偵という職業をはじめたか、また、マイクロフトがどうしてあのような非社交的な私生活を送っているかにかかわるものだ。モリアーティがどうして私にとって最大の敵と目されるようになったかもそのことが説明してくれる。わが友はこの件について完全に了解してくれたが、ここでその詳細に立ち入るのは、私だけでなく兄にまでかかわることであるので御勘弁願いたい。


 その晩、診察室にいた彼に会えたのは偶然に過ぎなかったのだろう。すでに妻は寝ている時間で、家中でそこだけ明りがともっていた。フランスにいるとばかり思っていたので、ベルを鳴らしたのが私とは思わなかったのだろう。こちらの顔をひと目見て彼がぎょっとしたのがわかった。私だったからではない。あまりのやつれようにである。だが、私の言葉にはもっと驚いたに違いない。フランスだったんじゃないのか、もう仕事は終ったのかという問いかけにもろくろく応えず、「モリアーティが追いかけてくる。もう死ぬしかない」と繰り返すばかりだったのだから。
 もちろん私はモリアーティがすでにこの世の人ではないのを知っていた。だが、君に見捨てられたら死ぬしかないとは言えない以上、そうでも言うしかないではないか。いや、計算してそんな台詞を吐いたのではない。その言葉は口から自然に出てきた。私はその狂人になりきっていた。

「君は疲れているんだ。一週間ほど旅行にでも出て静養したほうがいい。必要ならぼくも一緒に行こうか」と彼は言った。「リヨンから帰った時もそうしたっけね」
 それでは彼もあの時のことを忘れたわけではないのだと思ったが、すぐに苦々しい思いが甦ってきた。「奥さんがいるんだろう? 仕事もあるんだろう? 君には無理だ」唇を嚙んで横を向いた。
「妻や仕事のことより今の君の方が心配だ。明日の朝、すぐにでも発とう」
 この男はなんと口がうまいのだろう、と私は思った。女性に対する時はいつもこの調子で、私のことも女並みにあしらっているのだ。私を避けつづけ、手紙の返事もよこさなかったくせに、君の方が心配とは、どの面下げて言うのだろう。

晝顔 Beau de jour (下)へ続く

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by kaoruSZ | 2013-05-22 23:03 | 文学 | Comments(0)

晝顔―Beau de jour (下)

「あいにくヘイター大佐は旅行中なんだ。湖水地方から絵はがきをもらったところでね。だからライゲートはだめだけれど、もっと遠くへ行こうか。どこに行きたい? いっそ外国に行く?」
「どこでもいい。どこでも同じことさ、ぼくには」君と一緒なら、と声には出さずつけ加える。
「それなら、今夜は泊まっていくね?」彼は言ったが、彼の妻と顔を合わすのも、彼が彼女に旅行の許可を求めるのを見るのも耐えられなかったので私はかぶりを振った。仕方がない、と彼は言った。そして、翌朝必ずヴィクトリア駅に来るようにと言って私を送り出した。

 診療所を出ると、私はまっすぐペルメル街の兄のところへ向かった。ベイカー街の部屋で一人になるのは耐え難かった。マイクロフトはこれまでのことを私が少しは話したり、話さなくても察しがついていたりした唯一の相手だったが、さすがに私の様子には驚いたことだろう。ワトスンと明日の朝一番に旅に出ることにした、もう戻ってこられないかもしれないから後のことは頼むと言っただけで、すぐに事情を察してくれ、それ以上何も訊かなかった。ただ、「自分にできることなら何でもする」と言い、旅先で何かあれば必ず連絡することを私に約束させた。

 翌朝、駅で落ち合うと、彼はすでに一等車室を予約していた。かなり早くに来て待っていたらしかった。妻に何と言い訳したのだろうという考えが浮かんだが、口には出さなかった。余談になるが、この時、私たちをはたから見ていた人がいて、彼の妻が捜索願を出した時、その証言でホームズが彼を連れ出したとされた。「ゆうべはどこにいたの?」彼が訊き、「兄のところさ」と私は答えた。このやりとりのうちに、列車はおもむろに動き出していた。ゆっくりと過ぎ去ってゆくプラットフォームを見やった時、背の高い男が群集を懸命にかき分けながらやって来て、大きく手を振るのが見えた。「あ、モリアーティだ!」私は叫び、彼はぎょっとした顔になって振り返り、手を振って私たちを見送る兄の姿を認めた。列車は急激に加速して、次の瞬間、勢いよく駅を離れた。向き直って私を見つめる彼の表情は痛ましげだった。

 むろん私は実の兄を死人と見間違えたりしない。しかし、モリアーティと兄が似ているとは前から思っていたのであり(兄のように太っていないところと年齢を除けば)、彼の店に変装して入り込み、間近にその姿を見た数少ない機会に、私はしばしば、この場に兄が現われて、二人がウィリアム・ウィルスンとその分身のように向かい合ったらどうだろうと想像したものだ。だから、ホームに兄の姿を見つけ、咄嗟に「モリアーティ」の名が出たのは、私にとってみれば必ずしも突拍子もないことではなかった。もちろん彼には、私がもう本当に気が狂ったとしか思えなかったろう。

 彼は何を思って一緒に出発したのか。その時点では目的地も定めていなかった。私をここまで追いつめたのは自分の拒絶以外にありえないと、直観的に理解したには違いない。今ここで少しでも自分に拒絶されたと感じれば、私はすぐにでも死を選ぶのではないか。だから私の〝妄想〟にしばらくは付き合ってやろうと決めたのだろう。しかし今は一緒でも、彼はいつまでもこうしていられる身ではない。遅かれ早かれ妻の下へ帰らねばならない。この最初からわかり切った結末を思って私は苦しみ、彼に去られる前に自分から姿を消そうと、カンタベリー駅に停車中、列車が動き出す寸前に降りてしまった。いや、その瞬間はほとんど何も考えられず、頭の中が空っぽになって飛び降りたのだ。当然のことながら彼は私を追ってきて、捕まえることはできたものの、揉み合う私たちの前を、私たちの荷物を載せた列車はスピードを上げて走り去った。なぜ逃げ出したのかと問われて私は「モリアーティが追ってきていた」と答えた。そう答えるしかなかったのだ。

 荷物をカレーで無事回収すると、私たちはブリュッセルに向かった。二日間の滞在中に、私は思い立って彼を誘って汽車に乗り、ミディという駅で降りた。駅前にカフェがあった。多分ここだろう。せっかくだからべルギービールを注文し、用意の本を取り出した。鞄の底に入れられて私と一緒にあちこち旅した、手擦れしたごく薄い本だ。何の飾りもない表紙に表題が印刷されている。
  Une Saison en L'Enfer
「ランボーじゃないか」彼が言う。
「一八七三年七月十日――」と私は言った。「二人の詩人はここで汽車を待ちながら酔っ払ったあげく、ヴェルレーヌがランボーに捨てられそうになり、外の舗道で相方に拳銃を発射したんだよ」 
「へえ、ここだったのか」彼は急に天井を見上げ、興味深そうにあたりを見回す。

 彼にはわかっているのだろうか。彼らと私たちの隠微な類似を。ブルジョワ家庭に招き入れられた反逆児は二十八歳のヴェルレーヌをそそのかし、年長の詩人は、妻と生まれてまもない息子を置いて、ランボーとともにパリを出奔、ロンドンへ、ブリュッセルへと放浪の旅を続けた。ランボーの倍近い年を重ねた分別ざかりの私たちは、逆にロンドンから大陸に渡り、こうしてブリュッセルに来て、そしてリュクセンブルクを経てシュトラスブルクへ向かおうとしている(かつての少年詩人は私たちと同世代である。とうに詩を捨て、今はアフリカで武器商人をしており、パリの詩壇を馬鹿にしきっているとか)。
 彼はどこまで私と一緒に来るつもりなのか。手紙を無視し、二度と会いたくないと思ったくせに、顔を見たらほだされたのか。私の弱りっぷりを目のあたりにして、今は刺戟しないで調子を合わせるべきだと思ったのか。それともそういうエクスキューズを得たからこそ、いきなり私と国外へ出るなどという思い切ったことができたのか。

 彼は黙って出てきたのだろうと思っていた。妻がまだ寝ているうちに、使用人には、急患があって往診に行くとでも誤魔化して。考えてみれば説明のしようなど無いのだから。自分でも自分の動機に気づかずに、彼は私を死なせないためという表向きの理由の下に大胆なことをやっている。私に惹かれていることにそこまで無自覚なのか。事件にかこつけて誘いに来るのは、実は誘惑していたとようやくわかったのか。わかったとして、自分もポーロックのように翻弄され、破滅させられると恐れたのか。今度のことで私の本性を思い知り、遠ざける気になったのか。そうだとしたらなぜいつまでもついてくるのか。
 
『地獄の季節』のページを繰って私は求める詩句を探した。「錯乱」の章にそれはあった。声低く私は誦した。「マ・サンテ・フィ・ムナセ ラ・テルール・ヴネ ジュ・トンべ・ダン・デ・ソメィユ・ドゥ・プリュズィゥール・ジュール……」

わたしの健康は脅やかされた。恐怖は来た。幾日もの眠りに落ち込んでは起き上がり、この上なく悲しい夢また夢を見つづけた。死出の旅へとこの身は熟し、わたしの弱さは、影と旋風の國キムメリイの果て、世界の果てへと危難の道を辿らせた。

「これは今のぼくのことさ」と私は言った。「君も知るとおりぼくの健康は脅やかされた。恐怖とはモリアーティのことだ。君はどこまで危難の道をぼくと一緒に辿るつもりなんだ?」
「ぼくはどこまでも君と一緒だよ、ホームズ」
 彼はどうしてこんなに優しいのだろう。昔馴染みの病人に対するいたわりか。生殺しにされるより死んだ方がいいこともあるのだが。たとえ一緒に来てくれても、望みのものが手に入らないとしたら同じ、いや、もっと悪いのだが。

 三日目。私たちは遠くシュトラスブルクまで来た。彼には知らせず私はロンドンに電報を打っていた。彼の搜索願が出ていないか警察に問い合わせたのである。夜になってホテルに戻ると返事が来ていた。それを彼に見せて私は言った。
「君は帰れ」
「なんで」
「ぼくといるのははもう危険だ。これ以上ぼくと一緒にいればロンドンでの立場を失うことになる。君は帰って仕事に戻ってくれ。これは真剣な話だ」
 ホテルの食堂で、私たちは三十分もやりあった。外から見ればぼくたちが駆け落ちしたとしか見えないぞ、と私は言った。今ならまだ間に合うからぼくに構わず帰るがいい。ぼくのためという大義名分があるものだから、君は無自覚に――。
「お客さま」不意に耳元で声がした。支配人がテーブルの横に立っていた。「どうかなさいましたか」
「いや……大丈夫」

 あやしまれるほど大きな声を出していたのか。他人の目にどう見えているかなど、その瞬間まで私は全く自覚がなかった。数少ない客たちの目が私たちに向けられている。私はヒステリー女のように金切り声を上げていたのだろうか。支配人は立ち去った。友は立ち上がると、腕をつかんで私を部屋に連れて行った。腋の下に冷や汗が流れ、私は広い肩に寄りかかった。このまま彼が抱きすくめてくれたら……。だが、彼は私をベッドに掛けさせると、自分が寝る支度をはじめた。と言っても、私が逃げ出すのを恐れ、眠らずに見張っていようというのだった。同じ部屋に寝ても、どんなに私のことを気づかってくれたとしても、私は監視人と隣り合わせのベッドにいるだけなのだった。距離がなければ監視は成立しない。この距離はどうしても詰めることのできないものだった。私と私の終焉のあいだに立ちふさがって邪魔をするこの男を私はほとんど憎みはじめていた。

 私は眠らなかった。彼がついに睡魔に負けて静かな寝息を立てはじめると、私は身じまいを整えて、最初から解いていなかった荷物をまとめ、足音を忍ばせて部屋を出た。二人分の宿代を精算して、ひんやりとした夜の空気の中に出る。頭上には満天の星。「モノーベルジュ・エテ・ア・ラ・グランドゥルス メゼトワール・オ・シエル・アヴェ・タン・ドゥ・フル‐フル(大熊座がぼくの宿だった 空ではぼくの星たちが 優しくさらさら鳴っていた)」乾いた舌で私はひとりごちた。彼が帰らないのなら私が出てゆく。このままでは世界の果てへ行き着くばかりだ。

 私は駅で捕まった。二人ともほとんどものを言わず、ただ二度と放すまいと、彼の指が私の両手首を痛いほど握っていた。最終の夜行列車の出発時刻が迫っているのを見て、このままジュネーヴへ向かって旅を続けようと彼は言った。従うしかなかった。乗換駅で停車した時、もう逃げないからここで降りて休ませてくれと私は頼んだ。夜が明けかけていた。交代したばかりのフロント係に私たちはどう見えたろう。よろよろと入ってきて部屋を頼む疲労困憊した男二人……。

 語るべきことはもうあとわずかしか残っていない。私はそれを短く、しかし正確に述べようと思う。それを私が喜んで長々と書きたがっているなどとは思わないで頂きたい。それでも重要な細部を省略することはできないだろう。私の友は『最後の事件』で、シュトラスブルグで三十分間話し合ったあと、結局一緒に旅を続けることにし、夜のうちにジュネーヴまでの旅程をかなりこなしたと、嘘にならない(というか、読者にはわけがわからなかったであろう)最低限のことを書いているが、これはどういう意味かと尋ねてきた人がいないのが私には不思議である(「事実」は、右のように、夜中にホテルを(予定外に)チェックアウトし、途中でまた一緒になって、ジュネーヴより手前のそこまで辿りついたという次第)。

四月二十八日、バーゼル。私たちはその日いちにちホテルの部屋にとどまった。夜もずっとそこにいた。翌二十九日の早朝、私たちを見送ったのが同じフロント係であったとしたら、私たちを前日の朝の客と認めることさえ難しかったに違いない。実際には別人だったので、もとからそんなに楽しげで仕合せそうな二人組と私たちを思ったことだろう。私たちは再び車中の人となった。ジュネーヴまでの旅程を私たちはおおかた寝て過ごした。

 星空の下の長い道が過ぎ去って、明るい空の下に彼とともに歩み出た時、世界は何と美しく見えたことか。モリアーティを追うという長期にわたる大きな目標が消滅し、そして私がなぜそれを目標にしてきたかという真の理由を彼に話したことで、私が探偵という仕事を始め、そしてこれまで続けてきた(強迫的な)動機の、その大半もまた消滅したのだった。ロンドンの闇の世界に惹きつけられる理由はもう私にはないのだ。そのためだろう、これまでになく、今身を置いている大自然に私の注意は惹きつけられた。
「こんなに生き生きしている君を見るのははじめての気がする」そう彼に言われて、私はそんなことを話してきかせた。間もなくそこから永遠に旅立とうというこの時になって、私ははじめて世界の眩い美しさに目を開き、一木一草までが心に触れてくるように思われた。
「驚いたね」と彼は言った。「ぶな屋敷の一件でウィンチェスターに行った時でさえ、君は田舎の春ののどかで美しい風景をよそに、孤立してある家々の中で起りうる、摘発されない犯罪にしか思いをいたさなかったのに」
「君の冒険の記録もここで終るね。ぼくが宿敵モリアーティを倒し、経歴の頂点を極めたところで」私は友に語りかけた。
「残念ながらホームズ、ぼくにはもうそれだけの時間はない。ぼくたちの最後の事件の記録は書かれることがないよ」
「いいさ。もう、そんなことはどうでもいいほど仕合せなんだから」と私は言った。「でも――もしも、もしも夢見ることが許されるなら、引退して、どこかこういう自然の中で、君と二人で静かに暮らせたらと思うよ。本当に、そういうことができたらどんなにいいかしらん。小さなコテージを手に入れて、どこかの水辺で」

 夢のような一週間、私たちはローヌ川沿いの渓谷をさまよい歩き、ロイクにそれて、まだ雪深いゲミ峠を越え、インターラーケンを経てマイリンゲンに立ち寄った。それは仕合せな旅だった。空は藍色に澄みわたり、私たちは尽きることのない光の中を歩んでいるかと思われた。それでも夜はまたやってきたが、それは休息といたわりに満ちた別の時間のはじまりだった。風は額に涼しく、水は甘かった。そして夜の終りに、新たな永遠の一日がまた開始された。足下には春の若草が萌え、頭上には冬の処女雪が残っていた。自分たちが死に場所を求めていることを私たちは一瞬たりとも忘れることがなかったが、それは私たちが分かちあっている幸福を少しも損なうことがなかった。一方で、どれほど幸福であっても、つきまとう影のように私たちの罪は拭い去ることのできないものだった。英国へ戻れば、私たちのしていることは収監に値する犯罪なのだ。

 一度、ゲミ峠を越え、憂愁に満ちたダウベン湖のほとりを歩いていて、右の尾根から巨大な岩がはずれて転がり落ち、音立てて背後の湖に消えたことがあった。あの場所では春の落石はよくあることだとガイドは弁解するように言ったが、私は何も言わずに、ただ傍の友にほほえみかけた。石に当たって二人して死ぬならそれもよいと私たちは目で語っていたのだ。別れる時このガイドは、あなたがたはまるで新婚旅行の男女のように仲がいいと洩らした。なかなか目の利くガイドである。

 マイリンゲンの小さな村に到着し、ペーター・シュタイラーの経営する「英国旅館」に泊ったことはわが友が書いているとおりである。五月四日の午後、私たちはそこを出発した。その先は、丘を越えてローゼンラウイの村に泊まるようにと言われていた。しかし私たちはそこへ行くつもりはなかった。私たちの真の目的地は、丘を半分ほど登ったところにある、ペーターからもぜひ立ち寄って見て行くようにと念を押されていた、ライヘンバッハの滝であった。

 滝の描写をくだくだしく繰り返す必要はないだろう。そこは実に恐ろしい場所だった。
「オ・コンファン・デュ・モーンド・エ・ドゥ・ラ・シメリイ、パトゥリ・ドゥ・ローンブル・エ・トゥルビヨン(影と旋風の國キムメリイの果て、世界の果てに)」絶壁の上で、彼は私の耳に口を寄せて囁いた。影の國の恐しい裂け目は、艶やかな黒い岩石で表面を覆われた、磨き上げられた暗い鏡にも似た垂直の壁だった。雪解けで水量を増した奔流がそこへどっと流れ込み、はるか下で黒い岩に当たって砕け、白い飛沫を上げている。〝つむじ風(トゥルビヨン)〟を模すかのように水は渦巻き、泡立って、人間の叫びにも似た声が奈落の底から立ちのぼる。世界の涯はこのように滝になって落ちているのか。 彼を伴い、辿ってきた「危難の道」は、ここで本当に終りなのか。私をここまで連れてきたのは私の弱さだったのか。本当に、私たちの生きられるところはこの世界にはないのだろうか。

 その時、スイス人の若者が一人、滝の上へ続く細い道をこちらへ向かって走ってくるのが見えた。見守るうちに私たちの前に至り、封筒を友に手渡したが、そこには今しがた後にしてきたホテルの紋章があった。私たちと入れ替りに到着した病気の英国人の容態が思わしくなく、スイス人医師を拒んで同胞の医師の診察を求めているという、私がすでに知っている文面を、彼は私に読んで聞かせた。「どうも、世界の果てまで来ても追っ手はかかるようだよ、ホームズ」そう言って彼は肩をすくめた。患者が女で肺病の末期云々という『最後の事件』の記述は、こののち彼の妻が発病して死に至った経緯が彼に書かせたものだ。私はそこまでロマネスクな想像力の持ち主ではない。それに、その簡潔な文面が、それだけでこの常ならぬ時にさえ、わが友の正義感と職業意識を刺戟し、持ち前の他人への優しさと心遣いを引き出すのに十分であることを知っていた。

「行ってくればいいよ。いや、ぜひ行きたまえ。ぼくはここで待っている」
 一瞬、彼はためらった。この恐しい場所に私を一人で置いて行きたくなかったのだ。それからスイス人の若者の方を向くと、自分が戻るまで、ガイドとして私の相手をしながらその辺を散策していてくれるよう頼んだ。彼が財布を取り出して多額のチップを与えたので青年は恐縮した。彼の姿が見えなくなると、私は自分も財布を出して、若者に約束の金の残りを渡した。若者は喜色満面で、しばらくは「英国旅館」に近づかないようにという私の注意に大きく頷いた。

 青年が去ると私は無為の中にひとり残された。私たちは本当に一緒に死ぬつもりでここへ来たのであり、わが友は今なおそう思っていよう。ここへ戻って私と滝へ飛び込むのだと、この瞬間も信じているのだ。だが、彼を死なせるわけにはいかなかった。そのために私が取りうる、これが最良の方法だった。ただ自分のためだけにあるこの空白の中で、私は手帳を取り出して彼への短い手紙を認め、ページを破り取ると、彼が戻ってきた時すぐに見つかる岩を選び、目印としてアルペンシュトックを立てかけた。シガレット・ケースで注意深く紙片を押えた。

 これだけの仕事を終えてしまうと私は自由になった。一切を捨てた男のように私は自由であり、心は深淵へ舞い落ちる木の葉のように軽やかだった。自分自身を含めた世界へのあらゆる気づかいから解放された今、全人類からさえ切り離された恐るべき自由が、しばし私をどこでもないところに憩わせてくれよう。日は天頂にあった。あらゆるものが抗いがたく固有の色と輪郭をそなえ、影を失い、二度と闇に紛れることのない光を放って大いなる秩序と晴朗さのうちに一切が動きを停めたこの瞬間、混沌は限りなく遠ざかり、夜は二度と訪れることがないかと思われた。いかにささやかであろうとも、自らの運命をこの手に握った心地よさを私はつかのま味わった。そして私が目を閉じると夜はそこにあった。まぶたの裏ではなおも色彩が渦巻いていようとも、間もなくそこには形あるものが残らず没し去る、仕切り壁のように厚い闇しか存在しなくなるだろう。最後に私は別れたばかりの最愛の友を自分の心から切り離した。それは言ってみれば崖っぷちにつかまっている自分の指を、一本一本、自分の意思で剝がしてゆくようなものだった。そして墜ちて行ったのは彼の方だった。私は彼を女との泥の中の幸せへ帰してやったのだ。もはや生きる理由はなかった。有無を言わせぬ水の力は、石炭のように黒く輝く竪穴状の巨大な裂け目へ、緑の柱となって放たれていた。自らの重みに身をゆだねて落下する、飛翔と紛うその瞬間を私は夢見た。滝壺の黒い岩のごつごつした縁を乗り越えてあふれた水は、再び流れとなってほとばしり、永遠に休息を知らない深淵は沸き返っていた。厚い水煙が蒸気釜のような音を立てて絶え間なく湧き上がる、途切れることなく生成する渦と、嗄れることのない叫び、耳を聾するどよめきの中で、私は自分が完全に平静であり、心は鎮まって乱れも曇りもなく、脈が規則正しくしっかりと打ち、身体には精気が漲っていることに満足だった。今なら自分の人生が無駄ではなかったと信じて心穏やかに死ねる。そう思いながら、泡立ち、荒れ狂う深淵の咆哮へ身を乗り出した。

*   *   *

ワトスン君
騙してごめん。でも、ぼくを君から引き離し、君の前からいなくなるにはこうするより他なかった。どうか許してほしい。愛している。誰よりも。そして君を愛したどんな人よりも。君にはどんなに感謝してもし足りない。楽しかったね。この一週間は夢のようだ。ついさっきまで、このまま死んでもいいくらい仕合せだった。君のおかげで人と生まれて味わいうる最上の喜びを味わうことができた。ありがとう。君が一緒に死ぬと言ってくれたことだけでぼくは満足だ。愛の頂点を極めた今、たとえ命を捨てても惜しくはない。英国を離れる前に、あとのことはみな兄のマイクロフトに頼んできた。君は死んではいけない。奥さんによろしく。いつまでも君の忠実なる友、シャーロック・ホームズ




晝顔  Beau de jour (上)
晝顔  Beau de jour (中)

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by kaoruSZ | 2013-05-22 23:00 | 文学 | Comments(0)