おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

カテゴリ: (それ以外の本)( 1 )


レノア・テア『記憶を消す子供たち』(古田利子訳・草思社)

 精神療法を受けるうち幼時の性的虐待の記憶が甦り、実父を告発、といった米国での話は近年耳にするところだし、この種の訴えは現実の起源を持たないとしたフロイトの「発見」が近親姦の事実を隠蔽したと糾弾する本も出ている。甦った記憶が本物という保証はあるのか、偽の記憶が誘導されることはないのかという、素人が当然抱く疑問に、本書の著者は、精神科医としての豊富な経験から答えてくれる。外傷的な体験から、いかに子供が完璧に自分を切り離すか、しかも抑圧された記憶は、本人に知られぬまま、以後の人生にどう影響を及ぼすか。興味深い事例の数々が紹介される。ただ、ノンフィクションにままあることだが、まるで下手な小説のように、語り口は時に、堪え難いまでに通俗的だ。自分の組み立てた謎を、自分で解いているようなところもある。自身作家であるジェイムズ・エルロイを扱うとき、このことは致命的になる。十歳で母親が惨殺され、長じて凄惨な殺人事件を描きつづける彼は、何も隠していない、あるいは、誇示することでしか隠せないのだから。彼らの対話——「子供のあなたにはお母さんの記憶が頭から離れないのは恐ろしすぎた、だからかわりにブラック・ダリアについて考えることにした、そう言ったらどう思われますか?」「そう、あなたの言うとおりだろうな」は、いくらなんでも間が抜けている。狂犬エルロイには、「そうでないとでも誰か言ったかね」ぐらいに突き放してほしかった。)結局著者の筆には時系列に沿わない話は扱いかねるのだ、やっぱりフロイトの「隠蔽記憶について」を読み返そう、などとつい思ってしまうが、こんな言い方は著者が天才でないと難じているだけかもしれなくて、記憶のメカニズムについての示唆に富んだ労作ではある。(初出『季刊幻想文学』)
[PR]
by kaoruSZ | 2004-09-22 14:52 |  (それ以外の本)