おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

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 朝のTVで、今年前半の日本の人口が減少した(出生数が死亡数を下回った)と伝えられる。画面を見やると、「コメンテーター」席には荒俣宏と黒いドレスを着て首に赤い花をつけた女がいて、後者がしゃべりはじめた。アメリカにいると日本のこういうニュースに対し、日本はもっと移民を入れろとすぐに言われる、でも私はそうは思わない。では、どう思うのか? と注視すると、友人たちからべティ・ブーヴに似ているとよく言われたと——えええええっ? それっておもいやり? それとも悪意?——エッセイに書いている紅一点の横綱審議会委員を若くしたよう(べティ・ブーヴのようではないことは言うまでもない)な女は言う。それより、自然の中に男の子を集めて、オトコオトコした男を作れば、少子化などは解消する。さすがにアラマタが、オトコオトコしたオトコだから子供を持つというわけではないでしょうと脇から口を出すが、赤い花のチョーカーを巻いたべティ・ブーヴ似ではない女は、でも、男がなよなよしているから女がなんたらこうたらと言うがもちろんそこで時間切れ、CM後は話題が変わっている。

 なるほどねえ。女が女らしくなくなったからホモが増えたとかつてのアメリカでは言われたそうだが、日本ではそこまでゲイ・ピープルが顕在化してないからね。女の強さも足りないんだろう。育児が上手な男を育てる方がまだ現実的な感じがするが。オトコはとにかく押し倒してでもやってしまって、あとは女に育てさせるというわけか。胸の大きい女性を見たらむらむらっとくる男を育てるんだと息まく将棋差しとも同じ発想だ。それにしても、ヘテロセクシズムとホモフォビアが手をたずさえているのをこんなにもやさしく絵解きしてくれるなんて、みんなにも見てもらいたかったね、朝の電気紙芝居。

 もうひとつ、次の言説などどうだろう。レイプする体力(三浦朱門参照)だの元気(誰だっけ)だのよりも、むしろ求められているのはヒツジのような従順さだ。

集団就職が盛んだった時代、[就職先の社長らの勧めで、青年たちは]何も文句を言わないでどんどん家庭をつくって、うんと子供を産んで(略)日本は生命力にあふれていました。個を無視しているからいけないとか、自己決定がどうとか、そういうくだらないことは誰も言わなかった。

「新しい教科書をつくる会」名誉会長の西尾幹二が、八木秀次との共著『新・国民の油断』で上のように書いているのだそうだ。電気メスによる包皮切除手術でペニスが焼け焦げてしまった男の赤ん坊を女の子として育てさせ、そして女としてのアイデンティティを持たせるのに失敗した性科学者ジョン・マネーを告発した『ブレンダと呼ばれた少年』が八木秀次の「あとがき」つきで扶桑社から復刊されたなんて、グロテスクなジョークみたいだけど本当のこと。そうとなると笑ってばかりもいられない(しかし、上記のように笑ってしまう発言ばかり。彼ら、ほんとに、自分の言っていること——それが何を意味するか——を知らないし、おまけに、他人の言葉の意味も理解できない)。彼らにすり寄られたのでは(その意味が本当にわかったら)ミルトン・ダイアモンド(マネーの批判者)だって嬉しくあるまい。まして、自殺したデイヴィッド(ブレンダと呼ばれた少年が成長して自ら選んだ名前)においてをや。そのへんのことも含めて、よくまとめられた記事が東京新聞のウェブ版にあるのを知った。関心のあるかたはどうぞ[残念、リンク切れ]。

★東京新聞の記事はもう見られないので、macskaさんのサイトを紹介しておきます。利用されて、やっぱりミルトン・ダイアモンドも怒ったよ。ミルトン・ダイアモンド博士が「ジェンダー・フリーを明言」 前後の記事も必見。
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by kaoruSZ | 2005-08-25 17:20 | 日々 | Comments(0)
 フィルムセンターの成瀬特集、監督の百歳誕生日の20日からはじまる。きのう火曜日、『噂の娘』('35)と『雪崩』('37)の二本立て見る。日曜日に三本見ようかと思案していたが、土曜朝、従兄から電話で、兄三人姉三人あった父のきょうだいで唯一残る伯母(父の姉、従兄にとっては叔母)が脳梗塞で入院中という。いとこたち三兄弟(女、男、男の順で、電話してきたのは二番目の男の子[還暦の]、もともと「エ」は年上で「オト」は年下、性別による分類ではないから「兄弟」としておく)と新越谷駅前で翌日正午に待ち合せることになり、まずは行きそびれていた美容院を日曜の九時に予約。当日は髪を切って戻りあわただしく出かける。駅の路線図で北千住-新越谷間の駅の多さをはじめて知り、早く出てきてよかったと思うが、東武線ホームの駅員に聞くと十五分で着くと言われる。途中はとばして行くのだ。十一時半には着いてしまう。新越谷は拾ってもらうのに便利な地点というだけで、どこだかわからない(私には)、不案内な土地を車は進む。

 いとこたちは1945年前後の生まれだ。私のうちは表通りから横丁を入ったところ、伯母の家は通りへ出てすぐのところで、私が中学の頃、通りの拡張事業で伯母一家は引っ越した。車中でも昼食をとったファミリー・レストランでも、知らなかったhistoireが盛んに語られる。私たちの祖母は東武線沿線の出身なのだが、車が橋(どこの川だか知らない)を通るとき、43年生まれの従姉が、空襲のときここまで大八車を引いて逃げてきたと言う(彼女が引いたわけではもちろんない。うちの方は直撃されたわけではないので、親類に空襲による死者はいないが家は全焼した。祖母の実家近くで、祖母と三人兄弟の母親である伯母は、畑のあいだの道を歩いていてB29の機銃掃射を受け、走って薮だか林だかに飛び込んだことがあるという)。祖母の実家で休んだのち、さらに遠く(いとこたちの父方の親戚?)まで行きバラックに住んだという。そこまで歩いたの? まさか。東武線で行ったのだろうと三人で言い合う。誰も直接の記憶は持たず、下の従兄は生まれてさえいない。

 そこから帰ってくるあたりからははっきり覚えている、私の父がトラックで迎えにきたと従姉が言う。(父が運転免許を取ったのは後年だから、同乗してきたということだろう。)私には初耳のことばかりだ。祖父が第一回の卒業生で子も孫も通った小学校の話になって、三階建ての鉄筋校舎の屋上に空襲を知らせる拡声器が残っていたと、一番若い従兄が言う(私にとって「おくじょう」とは上野松坂屋の屋上遊園地のことだったから、そしてデパートに行く楽しみは「おもちゃ/本売場」「屋上」「食堂」の三点セットだったから、学校に屋上があると聞いて心が躍った。「学校には屋上があるんでしょ?」小学校に上がる前にこの従兄に聞いて、「デパートの屋上じゃないよ」と笑われたとき、私は大きく頷いて、そんなことは考えたこともないという顏をして一生懸命とりつくろったものだったが——屋上にそんなものがあったとは知らなかった。一時は全学年にいとこがいたという学校に、私は六年生になった彼以外誰もいなくなった年に入学しているのだが)。もともと校庭は掘り下げられていて、校舎の床下には大水のときのための船がしまわれていた、戦後、大量の土を入れて一階の床の高さにまで校庭を上げたと同じ従兄(聞いた話?)。床下に船が吊り下げられていたという話は父から聞いていたけれど、そんな方式とは知らなかった。ガラスのない窓をベニヤ板でふさいで授業をしていた、二部授業だったと従姉。鉄筋校舎は内部は焼失したが残ったという話は、創立七十周年誌で私も読んでいる。空襲でトイレが全部壊れており、教室が三階でもいちいち下まで行っていた、それがまた汚くてね、と上の二人。でも、その壊れたトイレが立派だったの、御影石でと従姉。その校舎だと思うけど、建てるときお祖父さんが寄付をして東京市長からもらった感謝状がうちにあるよと、ようやく私が口をはさむ。

 伯母は以前から痴呆がある上、これで半身麻痺になったが、やられたのが右なので言葉は出る。紹介してと看護師にうながされ、前から見舞いにきて親身に世話をしている従姉にはすぐに名前を呼び、私のことは「兄の子」と言う。男二人は誰だかわかってもらえなかった。帰るときもう一度私の名前をたずねると(一度名告っている)、「**ちゃん」と父の愛称を答えた。私の名は父の名の一部なので「**ちゃん」と呼べなくはないけれど、そう呼ばれたことはない。一方、父は、兄姉に幾つになってもそう呼ばれていた。(少なくとも「**ちゃん」の子であることは伯母にもわかったのだろう。)伯母は昭和二十年の三月九日、着物の詰まった箪笥三棹を疎開させるため駅に運び、その夜東京大空襲、しかし駅は焼けなかったので構内に置かれたままの着物は無事だったという(この話はたしか父から聞いた。父は一月に招集されて満州に行っていたから直接の経験ではない)。戦後の仮住まいで父が同居していたのはこの伯母だ。私の母への手紙で父が書いている再婚話は結局成立しなかったようで、それでも父たちの結婚までには娘とともに日暮里に越し、そのあとに何も知らない私が生まれたわけだ。

 寝不足のため、『噂の娘』のはじまりでつい眠ってしまう。ラスト・シーンから推測して、床屋での会話ではじまっていることは確かだが。見合いの終りのあたりから頭はっきりする——眠っている場合ではなかった。

 藤原釜足(『鶴八鶴次郎』のマネジャー(「番頭」)役もよかったし、戦後の成瀬作品でも活躍しているのを先日の新文芸座で見た名脇役。子供の頃、変わった名前なのでTVドラマのクレジットで覚えた)が、姉の見合い相手の男が妹の方とつき合っているのを知って「今の若い人のやることはスピードがあってさっぱりわからない」と言うのを、七十年後に聞けばほほえまずにはいられないが、それにしてもこの若い映画のやることはスピードがあってすばらしい。男が妹と隅田川で船に乗っているのを橋の上から姉が目撃するときの、船がくぐり抜ける橋の上からと下からの(妹たちは橋上の姉に気づかないが、キャメラは動く船上から、欄干越しに見下ろす姉をふりあおぐ)一瞬の切り返しのすごさは誰が見てもわかるだろうが、それ以外の、たんに役者が喋ったり座ったり寝ころんだり歩いたりキャメラが切り返したり近づいたり徐々に引いたり雨が降ったりというだけで……どうしてそれがいいのかは説明できず——役者もいいし声もいいとは言えるが——ただ、見てくれとしかいいようがないのだが、どこからどこまでこれはまぎれもなく映画なのだ。
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by kaoruSZ | 2005-08-24 16:19 | ナルセな日々 | Comments(0)

青虫なんかこわくない

 原爆被爆者が子供たちの前で体験を話したところ、黒焦げになったとか目玉が飛び出たとかいう話は子供がショックを受けるのでやめてほしいと親から苦情を言われたという記事を新聞で目にした。この記述から私が連想したのは、「女性向けポルノグラフィ」を研究するMさんと知り合うことになった研究会での出来事だ。彼女は「レディース・コミック」について発表し、配られたレジュメには、実際のコミックのコマやそれに対比させるための男性向けエロ・マンガのコマをコピーした資料もついていたのだが、発表のあと最初に出た質問は、大学の授業の際Mさんはそうした資料を事前の断わりなしに学生に配っているのかというものだった。そうだとしたら問題だというのだ。

 私が感心し、驚き、また首をかしげもしたことに、Mさんはそれに対して、これから配る資料には性的な表現が含まれていると事前に断わっていると答えた。また、聞きたくない人は教室を出てもいいと言っているというのだった。しかし——学生はMさんの授業を強制的に取らされているわけではないだろう。男の教師が女子学生を前にしてセクハラ表現をするのとはわけが違う*。もともとセクシュアリティについての授業だとわかっているものの中での、この自己検閲は何だろう? (だが、これはどうやら私が無知なだけで、Mさんの周到な返答からもわかるように、すでに明確に問題として共有されていることらしかった。)
 
 小学生のとき、校庭の花壇で見つけた青虫を男の子が枝の先にとまらせ、女の子たちに突きつけてキャーキャー言わせていたことがあった。私はうんざりして、そんなのこわくないやとばかり(実際こわくも気持ち悪くもなかったので)、枝の青虫をつまみ上げた。ところが、勢いあまって指のあいだで青虫をつぶしてしまったもので、さすがに気持ち悪かったし、第一かわいそうだったし、つぶしちゃったぞと男の子にははやされるしで閉口した。

 私は勝気でも〈おてんば〉だったわけでもなく、むしろおとなしい子供だったのだけれど、近所の子たちと暗くなるまで遊ぶというような経験が全くない、言ってみれば社会化の足りない子供だった(虫をこわがってキャーキャーいうのも社会化の結果である)。庭の中だけで遊び、トカゲを手づかみにしていたので青虫も(当時は)平気だったらしい(ちょっとこの時は頑張りすぎたようだが)。だが、女の子が青虫を突きつけられたときに期待される通常の反応とはそういうものではなかったのだ。同様に、性的な表現に遭遇したら目をそむけなければならず、そうしなければ非難されかねない。(その結果、自ら目をそむけるという倒錯に陥る。)

 かつて西部劇を模したウィスキーのコマーシャルが抗議を受けて中止になったという話を御存じだろうか。実際に見ていない人に教えるけれど、あれがレイプを連想させたというのは本当だ(ヒステリックな婦人団体が過剰な読み込みをしていちゃもんをつけたというのは中傷である)。馬に乗った男に囲まれてなぶられる若い女の映像をTVで見た翌日、地下鉄の通路に、砂にまみれて横たわる無表情な彼女が全紙大で並んでいた。こういうことかと私は内心思ったし、一緒にいた同僚の女性は、前夜のCMを見ていないにもかかわらず、気持ち悪がり、いぶかしみ、嫌がっていた。

 そうしたものを公共の場で押しつけられたくないというのならわかる。男のための性的表現に充満した世界の不快さをいうのならわかる。(後年、青虫ならぬ勃起男根を電車の中で突きつけられたことがあるけれど、そのときも私の覚えたのは一方的に驚かされる不快さだったから、少し離れた席に移って観察してやった。)Mさんに質問した人は、性的なトラウマ経験のある女性の場合そうした表現に接してひどいフラッシュバックが起こることがあるのを強調し、配慮の必要を言うのだったが、しかし私は強い違和感と反感を覚えた。Mさんの発表を聞いて、真先に口を出ることがそれか? 女性のための性的表現がテーマの会に、それを言いに来たのか? 

 自分が気持ちよくなるための、自分のオナニーのための〈ポルノグラフィ〉——男のためのものと違って、それはけっして既製品が用意されているわけではない——を子供のときから探し求め(そして見つけ)てきたMさんや私と違って、(これは質問者から離れて一般的な話としていうのだが)被害者としての性にばかり注意が集中する女たちがいるのだ。終了後の飲み会で、私は「孔明華物語」のチラシ[内容は当サイトに載せているのと同じ]を、露骨な性的表現が含まれているから嫌な人は取らないでと、皮肉を言いつつ配った。

*大学のフランス文学の教師に、「外国語の上達にはポルノを読むのが一番。ぼくたちの頃は春本と言ったな、しゅんぽん」と教室でのたまわった人がいた(いうまでもなくお爺さんである。もはや御存命ではあるまい)。セクハラ概念のなかった時代の女子学生にとって、こういうとき期待されていたのは顏を赤らめることだったのだろう。私はにらみつけたけれど、それは性的なものを忌避してではなく、彼の単にマジョリティにすぎない偏った性的嗜好(それ以外世の中にないと彼は思っている)を強制されている不愉快さからだった。
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by kaoruSZ | 2005-08-18 04:45 | 日々 | Comments(0)

テクストの快楽?

 出たことは知っていたが、直接的にはここで読んだせいで八月八日に図書館にインターネット予約(初めてだ)した『やおい小説論』(永久保陽子、専修大学出版局)、今日チェックすると2だった予約者人数は1に——つまり、八日に借りていた人から私の前に予約していた人の手に移っており、その人が返せば即私に回ってくるとわかる。いちいち足を運んでいるひまがない状態なので、最寄りの館まで持ってきてくれるのは有難い。

 予約した際、ついでに思いついて検索すると、フローベール全集、今では南千住図書館に移っているとわかる。開架にあったのを読んだのは二十年以上前の話、その後棚から消えて、検索カードを繰って探し(個人的には愛着のある身振り。木製抽出の並ぶあれを図書館が全廃し、パソコン検索に切り替えたときはバカじゃないかと思った。パソコンは一台きりで、先客がいればもう使えないのだから) 、書庫に入れられてしまったと知る。自分で梯子段に乗って探し、借り出した。(それでも残っているのならまし。日比谷図書館はもはや現物を置いていない。)初稿『感情教育』も『ブヴァールとぺキュシェ』(文庫で読めるのとは訳者が違うはず)も申し込みさえすれば翌日にでも届くとわかるが、今は忙しすぎて無理。いずれ再読するとしよう。

 さて、『やおい小説論』だが、著者の永久保さんとは実はお会いしたことがある。数年前私が某所でやおいについて発表したとき来て下さって(こっちは「やおい」と「コミケ」で博士号を取ろうとしている人が各一人やってきたと知ってびっくり)、何を対象に論じているかをはっきりさせた方がいいと役に立つアドヴァイスももらっている。ただし、彼女が対象としているのはいわゆる「ボーイズラブ」小説であり、論文別刷もいただいたけれど、あまり訴えるものではなかった。「テクストの快楽」を標榜しているのだが、「テクストの快楽」なんて持ってくるほどの対象かね、というのがまずある。「役に立つアドヴァイス」というのはけっして皮肉ではないが、私はジャンル横断的に対象を見出したいのだというのが逆にはっきりしたということでもある。

 夏コミに行った翌十四日夕、新宿でYさんに会って、お借りしていた「ボーイズ」のうちお友だちの蔵書だけを返し、残りは引き続き手元におかせてもらう。「描写」のない小説に「快楽」はないので、なかなか読み進めないのだ。
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by kaoruSZ | 2005-08-17 00:11 | 日々 | Comments(0)