おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

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荒唐無稽が足りない

 フィルムセンターの成瀬特集も今週かぎり、水曜夕、初めて見る成瀬作品としてはこれが最後の(今回はという意味。見られなかったのが10本はあるし、入ったのに眠ってしまい見たと言えないのも若干よりもうちょっと多くある)『お國と五平』、私が見た中で一番若い木暮実千代(といってもそんなに若くない)と従者の五平の道行きは、元許婚者で今は夫の仇の山村聰を探す旅。山村がかつて自分に尺八を聞かせてくれたと木暮が口にしただけで、どこで、どんな状況で、と迫る五平、見かけによらずドロドロだ。山村、ダメ侍なので木暮とその父親に見限られ、代りに取った婿を殺して出奔、仇討ちの旅に出た木暮に未練たっぷりで、虚無僧姿で尺八吹き吹きつけ回す。タイトル・ロールの二人、奥方さまは美しい方だ、お供も美男だと科白で言われなくてはわからないのは難点、でも、二人が惹かれあっていて、病に倒れた女主人を寝ずの看病の末、ついに蚊帳をくぐって入った五平がお國の足許に顏を伏せるところはよかった。原作は谷崎だからそりゃそうだろうと思ったり(長旅で痛めた足の手当ては自然な行為でもあるが)、「晴れてめおとに」なっても谷崎は三等車、松子さんは侍女ならぬ女中とさびしく二等車、御主人[それにしても今朝のワイドショーの連中、「天皇の御主人」てそれ何だよ]じゃなくて従者だからお泊まりも別(ただし夜伽はつとめる)、というのを思い出したり。

 それにしても山村、「わしは死にたくない」と堂々と口走る(何回言った?)侍失格ぶりに加えて、その女とは一度やってるんだぜ、ザマー見ろ(「これだけは言うまいと思ったが」)と最後っ屁を放ってから死ぬサイテー男(おかげで五平はおかしくなってしまう)、『山の音』で原節子を泣かせるわずか二年前にはこんな役もやっていたのだ。

 ちらちら目をやっていた『成瀬巳喜男の世界へ』(山根貞雄編、筑摩書房)、もう特集も終ることだしじっくり読みはじめたところ、蓮實論文の凡庸さにやや目を疑い(「やや」であるのは、すでにわかっていたことでもあるから。序文は資料として貴重だし、私などが成瀬50本も見てしまうというのも、蓮實が仕掛けなければそもそもありえなかったことではあるが)、阿部嘉昭『成瀬巳喜男 映画の女性性』(河出書房新社)と一緒くたにしてけなしたくなるものの、熟読していないので今は見送る。
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by kaoruSZ | 2005-10-28 23:18 | ナルセな日々 | Comments(0)
『流れる』で例のアッパッパ(小林信彦もそう書いているから、この呼び方でいいのだった)に白足袋姿で闊歩する賀原夏子が、撮影時三十半ばだったことをあとで知った。あの老けは作っていたのか。妹の山田五十鈴を指してあたしと五つしか違わないのとその若さをいうが、実年齢は賀原の方が下ということになる(ついでに言うと『舞姫』の山村聰、若いと思ったがあれが素で、『山の音』の老いた姿の方がやつしなのだった(『舞姫』から『山の音』まで三年しか経っていない。後者で息子をやった上原謙とは数歳違い。ちなみに、あのときの原節子が三十四である)。

 小林信彦の「映画『流れる』——架空世界の方位学」はさして長くない文章だが、当時の成瀬が「〈文芸映画の名手〉と見られていた」ことや、『浮雲』についての記述——「『浮雲』の成功は」「戦後十年目の大衆の意識の底に眠っていた〈勝利者だったころの甘い記憶とその後の辛かった記憶〉を呼びさましたことにもあったと考えられる」(〈無邪気な侵略者たちのその後〉は、台湾で高砂族を皇民化する官吏の娘——まさに無邪気に時代のイデオロギーに染め上げられた——として育った母のメンタリティとして私には親しいものだ)——など、思いがけない指摘が並んでいる。『流れる』については、そこに住む人々に働いている独自の方向感覚(「川のこちら側の両国」生れの小林もいまだに共有するもの)というのが、同時代を知らずに成瀬を見る者には、まず絶対思いつかない種類のものだった。東京の土着の人間が極めて狭いテリトリーしか知らずに育つのは、小林には東京外だろう、昭和七年に区になるまでは北豊島郡だったところに生れ育った私などにも理解できるが、〈鋸山〉まで川向うとは——。

〈鋸山〉とは、前にも書いたように、「つたの家」にゆすりにやってくる、宮口精二演じるやめた芸者の叔父だが、「名前からして凶々しい彼は、川(隅田川)の向う側、それも考えられぬほど遠い、暗い世界からやってきた、というイメージでとらえられている」んだそうだ。(この世の果て、キンメリイの果てですか?)遠足の行き先なんて生やさしいものじゃなかったんだ! 箱根の向うですか手前ですか的境界線が、大川を挟んで生じているとは。田中絹代以外の「つたの家」の人々はまだ知らないが、『流れる』の女たちは、映画内の時間が終ったあとの遠からぬ将来、そこを追われて〈川向う〉に追いやられる。そのことはすでに観客にはわかっているが、そこがそんな忌まわしい場所に通じていようとは! 「千葉県の鋸山は、地理的には、東京のほぼ南にあたるのだが、〈川向う〉すなわち、東側の人間としてイメージされる」。そんな世界だったら、鉄でできた山があっても不思議はない——もしかして山田五十鈴は、冗談でも、〈鋸山〉を舐めてでもなく言っていたのか?

「〈鬼子母神〉は米子の母親で、蔦奴の叔母にあたる」と小林は書いているが、正しくは蔦奴(=山田五十鈴)と〈鬼子母神〉(=賀原夏子)は父親(父親の方だったと思う)の違う姉妹で、中北千枝子の米子が、山田五十鈴の両親とも同じ妹なのではないか。ともあれ、実妹の山田に高利で金を貸し、杉村春子の利息も取り立てにくる、この人物に与えられた〈鬼子母神〉という名について、「雑司が谷(→)墓地」[原文では矢印が両端につく]、鬼子母神、といった地名のあたえる不快感は相当なものである」と小林は言うのだが、これは全く思いもよらないことだ! (そう感覚できる人はどれくらいるのだろう。)確かに、〈鬼子母神〉の怖いところと、賀原のユーモラスなところが衝突して効果的とは思ったが、そんなネガティヴ・イメージだなんて。ススキミミズクでも作っていそうな所なのに。

 そのあとも方位学の検討は続き、清洲橋の見える料亭(「(いかにもスクリーンプロセスっぽく)見える」と小林は書いている。清州橋ぐらいは私にもわかった)や、仲谷昇と高峰秀子が歩きながら「短い会話を交す大川端」は「両国橋の川下」であるとか、「岡田茉莉子が、むかしの情人と不快な一夜をすごしたあとで戻ってくる」ガード下にあいた穴のようなトンネルの場所(現存するそうだ)にいたるまで、地図の上に同定されている。

「人物が和室の中で立ったまま会話する光景[原文ではここまで傍点]に、ぼくは感動した」と小林は書いている。「家の中が往来のつづきででもあるかのよう」な内外の交流は、小林の言うように「下町風俗」でもあろうが、もう少し一般的に、開放的な夏の家に象徴される、あの映画の、ひいては成瀬の映画を特徴づける(下町ではない『女の中にいる他人』や、昨日書いた『母として女として』の警報器にまでつながる)ものでもあろう。「いかにもこの町らしい、洋食屋風の喫茶店での栗島・山田の会話の背後に、豆腐屋のラッパや〈バタバタ〉と呼ばれた当時の乗物の音」がするのもまた、小林は巧みな「下町風俗」の導入ととらえるのだが、これについても同じだと思う。私自身、前の記事で、喫茶店の中まで入ってくる通りの物音のことを書いたが、豆腐屋のラッパに加えて、具体的な物音をもう一つぐらい挙げたかったのに思いつかなかった。それがここには〈バタバタ〉とある。〈バタバタ〉とは何だろう? ウェブで調べるとオート三輪のことだという。それなら確かに画面でも見たが、この呼び名は知らなかった。

「当時の乗物」というからどんな乗物があったのかと思ったが、オート三輪ならうちの斜め前にあったお湯屋で、この文章が書かれたよりもあとまで現役で使われていた(このお湯屋は、1927年にツェッペリンの飛行船が来航した際、その煙突の向うを横切ってゆくのを二歳の父が見たというから、そのときすでにあったものだ。持主が変わりながら続いたが、数年前廃業した(オート三輪はとっくになくなっていた)。湯屋がなくなってぽっかり空間があいたため、東南を十数階建てのマンションでふさがれた代りに、うちは昇りたての朝日ばかりがやたらとあたるようになった)。親と同居していた頃、燃料にする木材などを運ぶのを毎日のように見ていたので、この車種を見かけなくなったとは思っていたが、絶滅に瀕しているとまではずっとあとまで気づかずにいたらしい。ここの三輪車は新聞にも取り上げられたし(東京版)、TV(東京ローカル)にも出た。すでに別に住んでいた私は、母が知らせてきたので早朝に起きて番組をひとりで見た。オート三輪が外へ向かう瞬間、キャメラが切り返してうちの木戸と繁った緑が、一瞬だが正面からとらえられた。その直後、明治通りを走るオート三輪の雄姿で番組は終っていたから、あれを認めた視聴者は私ぐらいだったろう。両親は寝ていて見そこなったとのことだった。

 もう少々蛇足を続ける。オート三輪という言葉は、子供用三輪車の対語のように、子供の私にはとらえられていたものだ。三輪車には二種類ある——子供の乗る三輪車とオート三輪だ。こういう二分法的分類は、子供には親しい思考法だった(と自分の経験から私は思う)。もう一つ、「オートギッチョ」という言葉があって、これはバッタの一種、イナゴ型ではない頭の細長くとがったのを特に指して(だったと思う)私の父が使っていたものだ。後年、澁澤龍彦がバッタを子供時代に「オート」と呼んだことを書いていて、これは「オートジャイロ」から来ていようとあり、たぶんそのとおりなのだろう(当時健在だった父に私はこの話をしたが、父は興味を示さなかった)。「ギッチョ」の方は、いうまでもなくバッタの立てる音から出ていよう。
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by kaoruSZ | 2005-10-25 15:19 | ナルセな日々 | Comments(0)
 木挽町で道に迷った。歌舞伎座の右横を入った左手(歌舞伎座の面している晴海通りより一本裏の道が左右に走っているのでその道を渡って、さらに向う側の細い道へ入る)にある花屋へ仕事で行こうとして、入る小路を間違えた。二三年に一度くらい行く機会のあるところだが、私は性懲りもなく何度も同じ間違いをしている。その度に今度こそ覚えたと思うのだが、忘れた頃に行くもので、また違う方へ入ってしまう。だいたい勘に頼って歩けば必ず間違い、こっちから電車が来ると思った方角とは必ず逆から電車が来るので、馴染んだテリトリー以外は注意して歩く。特技は「道に迷うこと」と答えてもいいくらい、私が歩けばどんな道でも迷宮になるのだ。この小路か、この小路かと目で探しながら戻ったが、昭和通りへ突き抜けそうになったのでもう一度歌舞伎座裏まで出ようとした。突然、前から来た年配の女の人に、「歌舞伎座はどっちでしょう」と声をかけられた。ここで歌舞伎座がわからないとしたら馬鹿みたいだが、咄嗟に自分のいる位置がつかめない。「今、花屋さんを探していたら、私も迷っちゃったんです」行き先を見定めようと目をきょろきょろさせながら言うと、「スズキさんですか」と脇から問う。花屋の名だと、一拍おいて気がついた。(私の名前ではない。)今そこへ行ってきたのだというその人が、紙に包んだ花束をかかえているのにはじめて気づく。歌舞伎座の塀にそって入ったところだろうという。まさにそのとおりの道を私は進んできたはずなのだが。

 そう言う当人も、そこへ行ったばかりなのに歌舞伎座まで戻る道がわからなくなったとは、私に劣らぬ方向音痴らしい(たぶん、この辺へ来るのははじめてか、片手の指で数えられるくらいなのだろう。それが私と違うところだ)。通りまで出ればすぐわかりますよという私に、あっちが歌舞伎座ですよねと、右手の昭和通り方向を指す。そっちじゃないですよ、こっちの方でしょうと言ううちに、昭和通りと直角に交叉する歌舞伎座裏の道に出る。左手前方に古い喫茶店「樹の花」(最近、一階の洋食屋が廃業し、驚いたことに暗色のステンドグラスの外開き窓が残らず壊され、完全に改装された(何屋だか確かめていない)。落ち着いた外壁の色がせめてもの救いかもしれないが、建物の魅力はその程度では救いようのないほど失われた)の特徴のある窓が見え、自分の居場所がようやくはっきり私にもわかる。そこを行けば歌舞伎座ですよと教え、「新東京ブックサービス」(本屋の名前)の横を入ってすぐのところに花屋の看板を確認する。互いにお礼を言いあって別れた。

 というわけで、花屋で用事をすませたあと、本屋に戻って棚を眺めるうち、『昭和の東京、平成の東京』(ちくま文庫)という書名と小林信彦の名が目に飛び込んできた。もしやと思って目次を見ると、はたしてあった。

  映画『流れる』——架空世界の方位学

『流れる』で、その居住地から〈鬼子母神〉と蔭で呼ばれる(親戚を呼ぶ際に地名を使うのは普通にあることだ)山田五十鈴のhalf-sister 、賀原夏子の住む土地を、私は根拠なしに雑司ケ谷のように思っていたが、なぜ入谷でなく雑司ケ谷だと考えられるかについては、小林信彦が書いた文章があると、どこかで目にしていたのだった。買いもとめて見ると、

  「リュミエール」一九八六年冬号

と文章の初出が記されている。この「リュミエール」なら、私は持ってさえいるかもしれない。それなのに、当時成瀬を全く知らず、興味も持たずに読まなかったとみえる(持っているとしたら)。毎号買ったわけではないから、持っていないのかもしれないが。

 エレヴェーターの開閉ボタンの三角形の表示は無視し、ともかく「右」を押せば閉まると言葉で記憶して以来、あんなに難しかった咄嗟の判断を、私は間違いなくできるようになった。花屋の場所も、「本屋の右を入る」と言語化して覚えれば、二度と迷わずにすみそうだ(問題は、一度そうやって覚えたことが前にもあるような気がすることだ)。
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by kaoruSZ | 2005-10-24 22:16 | ナルセな日々 | Comments(0)
『妻として女として』('61)、妻だの女だの夫婦だのタイトルがまぎらわしいが、これは淡島千景が本妻で高峰秀子がバーをやっていて、高峰が産んだ子を淡島が実子として育てているアレ。ダメ男・森雅之、「すまないと思っている、しかし……」と絶えず一般論にすりかえての言い訳、何も知らなくても笑えるけど、『浮雲』('55)のセルフ・イミテーションやってるやってる(小規模に)と思うとまた可笑しい。昨夕再見の『鰯雲』('58)の木村功も、白い歯をにかーっと見せて笑うのでごまかされそうだけど、その実体は妻と愛人両方とこのままやって行きたい小森(こもりじゃなく、「しょう」もり)。大御所と違いほとんど弁解しする場はないが(しかし、はじめての情事の翌朝、後悔しているのかと女に問われてひとことも答えないのはいただけない)、少年ぽくなる笑顔は黒縁眼鏡で陰気な森と大違いだけど、同キャラだったかとあらためて思う。ちなみに、このときの相手(『鰯雲』のヒロイン)は今回の本妻である淡島千景。

 以上二本とも新文芸坐で一度見ている。『妻として女として』、踏切の警報器ではじまるんだった。次のショットは森一家の家の内部で、それだけのことで線路が近いことをわからせてしまうのだが、しかしそれがプロットに関係してくるかというと全くそんなことはない。だが、すでに六年後の『乱れ雲』で、警報器が鳴り遮断機が行く手を閉ざすのを見ており、さらに、この翌年の『女の座』で、今回同様高峰の息子役になる大澤健三郎が線路に飛び込んで(?)死ぬのをすでに知っている者としては、はっとせずにはいられないし、高峰のバーのママ役は、当然、前年の『女が階段を上る時』を喚起するし、仲代達矢がからめばますますそうだ(ただし、『女が』でママに片思いするバーテン役だった彼は、今回は客である)。大人たちが隠していた真実を知ったあと、星由里子と大澤の姉弟が二人で外に出て踏切の方へ向かって間近で警報器が鳴ることになるが、それ以前、一同が言い争っている間にも、警報器は低く鳴りつづけている。

『妻として』の芸者上がりの粋なお祖母ちゃん、飯田蝶子が達者なものだ。口三味線の小唄(?)のセッション、すごい。『夜ごとの夢』('33)にも出てきたのだから、ずいぶん遡って見たことになるが、私がTVで最初に知った頃(親から名前の読み方を教わり、おばあさん役なのだと聞いた。役というか、本当にお婆さんだったわけだが)の彼女にこれでやっと追いついたことになる。小津作品で見て以来、相対的に若い顔や声に馴れてしまったので、あらためて見ると本当に年を取っていたんだと感じる。高峰、自分の手切れ金の額から女の値段の安さを嘆きつつ、おばあちゃんだったら千円ぐらいね、女の干物だもの、と口が減らない。どこまでも暗くなりそうな話をこういうところが救っている。祖母と二人きりなのは空襲で一家全滅したからだったし、既婚の森と高峰は戦時下で知り合い、昭和十八年に星を産んで十八年が経っているのだから、これは完全な現代劇(当時の)ということになる。

 お妾稼業の女たちが集まってのお喋りの中で、「不倫」という言葉が一度も出てこないことに注意。パートナーに対する不実以外の点で人を道徳的に責めることになるので、片方ないし双方が既婚の場合の性関係を「不倫」と呼ぶのはやめた方がいいとはつねづね思っていることだが、ここでは、既婚の男と性関係を持つ女は男の「浮気の相手」と呼ばれている。そして「浮気は男の甲斐性」でこそあれ、「不倫——人の道にはずれたこと」ではないのだ。「不倫」の現在のような用法は「ワイドショー」ジャーナリズムが作ったものだというのが私の印象だ。私がはじめて「不倫」という言葉を自覚的に読んだのは、新潮文庫の『シャーロック・ホームズの思い出』の訳者あとがきで、『ボール箱』という短篇が「不倫の匂いがする」と発表当時非難を受けたという記述を見たときだが、これは「浮気」の意味ではなく、「人でなし」の方だったと思うし(切り取った耳がボール箱で送りつけられてくる話だから、たぶん猟奇的なニュアンスを含む)、当時の私(子供だったけど)もそう解した。(六十年代半ばの話。)「浮気の相手」が「不倫」に変わったとて女の主体性が出てくるわけじゃなし、女が既婚の場合でも、姦通罪のないところで「不倫」と呼ぶのは偽善でしかあるまい。

 行きそびれていた土曜11時の回(この日は未見だった『舞姫』)、間に合ったのはいいが、はじめの方かなり寝た(悲しいことに、今回もう上映はない)。慢性睡眠不足なのだ。岡田茉莉子のデビュー作で(タイトルの名前に「まり」とかながふってある)、まだ良さが出ていない。声が高過ぎて変だし。高峰三枝子はひたすら美しい。ちゃんと見ればよかったと悔やまれるのは、不意に画面いっぱいに海が広がったり、岡田とその弟がその傍にいる渦を巻く急流を俯瞰で撮ったりの絵に瞠目させられたのと、大団円のカメラワークのせい。夫の山村聰と別れ思い人のもとへ走ろうといったんは決めた高峰が思い直して戻ってくると、闇の中に、温室のようにガラス張りの内部が見通せる部屋(高峰のバレエ教室)だけが明るく照らされている。高峰目線ではなしにキャメラがゆるやかに近づくと、着物姿の山村がひとり佇んでいるのが見える。キャメラの接近、音楽の、そして情感の高まり、喜色を浮かべる山村。切り返し、アップ、引きを駆使して感情を十全に表現しつつ、しかも無言のまま二人が距離を置いて見つめあったままで終らせる、メロドラマのお手本のような素晴しいラスト。
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by kaoruSZ | 2005-10-23 21:43 | ナルセな日々 | Comments(0)

風俗をめぐって

 かつて『雪国』の英訳版の読者は、駒子が布団から畳の上に転がり出るところを、ベッドから床に落ちたように誤解したという。新潮文庫の『卍』には、園子とその夫が食事をしながら畳の上に絵を置いて眺めるくだりについて、わざわざ註釈(むろん谷崎のではない)がほどこされているが、この註釈者は、テーブルで食事をしながら足元の床に絵を寝かせて見るという不可解な情景を未来の読者が思い浮かべる可能性を想定したのだろうか?

 成瀬の『おかあさん』で、美容師になろうとしている中北千枝子が持ってきた着付け練習用の花嫁衣裳を見て、「これ売るの?」と幼い息子が訊く。タケノコ生活を(少なくともその言葉と事実を)知らなければ、笑うこともできないだろう。

 昔の婦人雑誌の附録の洋裁の本には、「夏だけ洋服をお召しになる方のために」というページが必ずあったものだ。

『女人哀愁』の入江たか子は、婚家で不幸な生活を送るが、彼女が日本髪を結っているのを、なんで家の中で芸者みたいな恰好しているんだとか、あんな頭しているから義理の姉妹にいじめられるんだとかサイトで書いている人たちがいるが、あれは、たんに既婚者が結う丸髷だろう。これは想像になるが、新婚だから特別結っていたのではないか。

「私の嫌いな成瀬」というタイトルで、再見した『驟雨』のことを書こうと思っていた(悪口を読みたいと思ってグーグルして、『驟雨』が好き、しかも成瀬のフィルムで一番好きという人がけっこういるので驚く。これと『石中先生行状記』が好きだという人とは友だちになれそうにない)が、翌日見た『流れる』があまりにもよかったので、当然好きなものの方について考えたくなった。でも、今回は、主に、歴史的、風俗的側面にかぎることにする。

『流れる』も『驟雨』も同じ56年の作、『驟雨』はお正月映画だったという(いずれも初見は新文芸座の特集)。この年成瀬はもう一本、『妻の心』も撮っていて、そこでは小林桂樹と高峰秀子が夫婦役だったが、『驟雨』では佐野周二と原節子夫婦の隣家の亭主を小林がやり、『流れる』の高峰は、山田五十鈴の営む芸者置屋「つたのや」のひとり娘。前年の大作『浮雲』は言うまでもなく高峰がヒロイン、『流れる』で若い芸者役だった岡田茉莉子は『浮雲』では温泉旅館の主人加藤大介の、ドキッとするほど美しい(あの眼差し)、退屈しきった妻。『流れる』では加藤は中北千枝子の別れた男(太り過ぎで暑くるしい。シャツの胸ポケットにタバコのパッケージが入っているのは、成人男子はタバコを吸うことに決まっていた時代の男の特徴)、中北は『浮雲』では森雅之の妻で、訪ねて行った高峰の前にいかにも本妻らしい色気のなさで現われた。

『驟雨』は息抜きだろうか。(あの綿密な仕事を「手抜き」と言う勇気はないが。)それにしても、『浮雲』が成瀬の代表作だというのには全く賛成できない。異色作ではないのか。
 
『流れる』も成瀬の多くのフィルム同様季節は夏で、しきりにうちわが動く。山田五十鈴の暮す二階の部屋と、昔の旦那とよりを戻して金を出してもらう覚悟で行ったのに相手が来なかった旅館の座敷には、扇風機もあった。(ちなみにうちで扇風機買ったのは60年、父方の祖母(父の結婚と同時に生さぬ仲の長男の家へ移ったが、地続きなので毎日のようにうちへ来た)がうちで転んで(骨折?)、そのまま座敷で療養(『流れる』の中北の娘、ふじ子ちゃんみたいに)することになり、子供たちを連れて実家に帰省していた母は呼び返され(私は、一度は帰るけれどそのあともう一度来ると騙されて連れ戻されたので、ついて来た母方の祖母が帰るとき、自分は残るのだとはじめて知って大泣きした)、そして、『女の座』で倒れた笠智衆みたいに、寝ている祖母は手土産を持った父の兄姉を呼び寄せて、私の夏休みの絵日記にその姿をとどめることになり、祖母のために扇風機が買われた。)芸者たちが家(置屋)で着ている普段着の浴衣は白地に粗い模様が飛んでいるが、これが普通であり、今どきのようなくどいのはなかったのだと思う。今だとあっさりし過ぎて寝間着に見えてしまうようなのが定番で、女の子の浴衣なら花や金魚で赤い模様も入るが、大人の女は紺一色だったのではないか。山田の姉、賀原夏子が、一度ワンピース(アッパッパと呼んでいいのだろう)を来て「つたのや」に現われるところがあったが、玄関から上がってきた足元は白足袋だ。帰ってゆく賀原を外の路地でとらえたショット、もちろん履いているのは下駄である。下駄は大人にも子供にも身近な履物だった。そうでなければ、『驟雨』の原節子が、下駄の安売りを囲む人垣に入って財布をすられたりはしない。

 朝からつたのやの周りではいろいろな音がしている。開放的な家の構造のせいで音は自然に屋内へ入ってくる。内と外とが自在に交流する。山田と賀原(それとも栗島すみ子だったか)が話をする喫茶店にも豆腐屋のラッパが流れ込んでくる。最後、山田と杉村春子の三味線の競演、それに、二階で高峰がミシンを踏む音が重なる。

「鋸山」こと宮口精二も、そんなふうにして平気で入ってきてしまう。今でも石が出るんですか、という山田のとぼけた発言に、ゆすりに来た宮口、自分はその石工だと答えると、あたしはまた鋸山っていうから鉄でできてるのかと思いましたよ、と山田。(私は、鉄とは思わなかったけれど、山のてっぺんがギザギザなのかと子供のとき思ったものだ。鋸山は遠足の行き先として知られていた。弟は行ったけれど、私は一度も行ったことがない。)

 高峰の夏のワンピースは身頃が伸びて肩をおおったフレンチ・スリーヴで、それにスリットが入ったりもする。ウェストは絞り、スカートはたっぷり広がったデザイン。岡田茉莉子はダーツで身頃を絞ったスーツだった。帰ってきて下着姿になるが、ブラジャーにスリップを重ねた暑そうな恰好だから透けてみえたりはしない。「鋸山」の姪も、始まりの方(始まりの方しか出ないが)で洋装で出かけるとき、ブラウスの背に下着の紐が何本も透けて見えていた(あれを重ねるように雑誌でアドヴァイスされていたもの)。今のように色のついた肩紐や、胸元のレースをわざと見せるなどというのはありえなかった。夏だけ洋装の人のための着物っぽい打ち合わせのデザインを紹介するスタイルブックは、夏の下着の整え方もモデルを使って載せていて(言うまでもなく夏だけの人用ではない)、これがまたガードルをつけ、ガーターベルトでストッキングを吊り、ペチコートをはくという恐るべきもので、私はお菓子を食べながらこういう記事を熱心に繰り返し読んだものだけれど、大人になったら本当にこんな恰好をするのだろうかといぶかしまずにはいられなかった(もちろんその前にすたれてしまった)。むろん、皆が洋装を知らないからこそ、ここまで正式なやり方が解説されていたわけで、それでも、上野松坂屋まで行くのに母がナイロン・ストッキングをはくことだけでも、信じられない思いで子供の私は眺めたものだ。

 女たちがフル下着を付ける日は来なかった。私の母は腋毛を剃らなかったから、自分で仕立てる夏服には必ず袖をつけ、ノースリーブを着ることはけっしてなかった。

『流れる』で高峰秀子は、四角い木枠に釘を打ちつけたと思われる一種の簡易織物器で、縦糸を張った間に横糸をくぐらせて、布の小さなピースを織る手芸をやっている。これは比較的最近もリバイバルして、コースターの作り方等を手芸の本で見ることができるが、母の昔の編物の本には、毛糸で何十枚も織ってかぎ針で接ぎ合わせ、羽織だの、子供のワンピースだのを作る方法が紹介されていた。

 路地に入ってきたゴミの車にバケツを持った住民が近づいて、自分で中身のゴミをほうり込むシーンがあった。東京オリンピック以前はそうやっていたのだろうが、私はこの光景を見たことがない。道端のゴミ箱は覚えがあるが、中身がどうやって回収されているかは知らなかった。というより、それが回収されることなど考えもしなかったし、第一、誰がそこにゴミを入れているのかも知らなかった(今思えばその家の住人だったのだろううけれど)。うちでは裏にゴミ捨て用の大穴があって、ナマモノは埋めたし(これを、ごみを「いける」と言った。あるいは「うめる」。うずめるではなく)、紙類は燃した(「もやした」ではなく「もした」)。だからたぶん、ゴミ収集は利用していなかったのだと思う(新築と同時に、押し入れ、物置、便所があった一画の乗っていた土地と、その裏のゴミ捨て場だった場所は地主(父の長兄)に返却——戦後の仮住まいだった建物を建て替えるとき、そうする約束になっていたのだ——したのでゴミ捨て場もなくなった。ちょうどその頃か少しあとに、ポリバケツを出す方式(袋になったのはもっとあとだ。ゴミ収集車が来たあと、空になったポリバケツを引っ込める主婦が一家に一人はいたのである)になったのだろう。

 ゴミを「もす」穴の向うには、空襲で焼けた昔の家の庭の、繁茂するにまかせた緑があるばかりだったから、人の迷惑にはならなかったのだろう。あるいは、煙が迷惑になるという考え自体、なかったかもしれない。ダイオキシンを出すものもなかったろうし。後年、地獄の類語としての「ゲへナ」についての説明(エルサレム郊外のゴミ捨て場で、煙が絶えなかった)を英和辞典で読んだとき、私は裏でくすぶっていたゴミの穴を思い出した。

 馬の演技は本物の馬にはできないと、『旅役者』の藤原釜足の顏を立てて言っておこう。でも、猫は違う。『流れる』のポン子、悠揚迫らぬいかにも猫らしい演技だったね!
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by kaoruSZ | 2005-10-21 15:54 | ナルセな日々 | Comments(4)

橋と階段

 13日(木)夕『乱れる』。文芸坐で見ているので二度目。冒頭、「高校三年生」を大音量で鳴らしながら宣伝用トラックが右から左へシネスコ画面を走り、次は荷台の人々を縦にとらえたショット、荷台からのショット、角を曲がってさっきとは反対方向から出てくる車のショット、引いたショットという具合に、お手本のようなカット割り。けたたましいこの車が前半を象徴する。

 これも松山善三脚本なのだった。バーでの乱闘、それに先立つ、賞金ほしさにゆで卵をわれ先に口に押し込むホステスたち、成瀬らしからぬ乱れた絵と長ゼリフ……先の車は開店したスーパー・マーケットの宣伝カーだが、スーパー進出のため経営圧迫されて自殺した店主の妻、中北千枝子までが、昨日の高峰を思い出させる熱演——「スーパーがあの人を殺したのよ!」とわめきちらす。(十朱久雄ならずとも、まあ落ち着いてと言いたくなる。)中盤までは説明的な科白と単純な切り返しのやりとり多く、いつものスピードと生彩を欠く。

 しかし、その後の展開は前半の冗長さを償って余りある。科白なしで、「幸司さん、降りましょう、次の駅で」まで行ってしまうのだから……。むしろ、成瀬の演出の確かさを見せつけるために前半の喧しさはあったのかと思ってしまうほどだ。私たちに見せられるのは再び乗物、だが、意味を全く異にしたそれである。故郷の新庄へ帰る(亡夫の弟・加山雄三の求愛を退けるため、彼女は婚家を永久に去るつもりでいる)高峰秀子の前に加山が現われ、最初は立ったままだが、席が空くにつれ段階的に近づいてきて、ついに背中合わせの席になる。このサスペンスはチラシでも説明されるとおりだが、二人の距離が縮まってゆくショットと相互に挿入される、走る列車の外観のショットも見のがせない。それは、最初は左から右へ向かってまっすぐ、次には左下から右上へ向かって(行く手には山が見える。清水から東京へまず向かっているのだ)。次は角度は同じながら、鉄橋を渡る姿をとらえて、その次は俯瞰気味(角度は同じ)といった具合に、見事にヴァリエーションを生み出しつつ、ひたすら一方向への帰ることなき運動を体現する。

 上野駅で、彼らは東北本線に乗り換える。高峰がひとりで席にいると、窓の外には新婚旅行の見送り風景が見える。自らの状況と彼らのそれとの重なりが、高峰の胸によぎらないわけはないだろう。それは彼女と義弟のありうべき出発をも二重写しにしていた。これ以前、清水の、婚家がいとなむ酒屋(繰り返し言及されたように、空襲で焼けた店を、結婚半年で夫に戦死された高峰はひとりで再建し、舅を見送ったあとも姑と同居し、切り盛りしている)の店の中から、斜め前の店頭で、そこの女店員と自分の店の使用人とが話をしているのを高峰は見る。見とがめられたと思って気まずい様子で店員は戻り、彼女の視線を嫌って娘も去るが、あのとき、高峰は羨望の目で——加山の愛の告白のために生じた、それまでには持たなかった感情で——見ていたはずなのだ。

 少し眠りなさい、いや、眠くない、というやりとりのあとに、加山が眠っているのが写し出されるとき、窓の外は霧に閉ざされている。そこに至るまで、窓の外にはさまざまなものが現われ、また、過ぎ去っていたのだが、今、霧は二人を他から切り離して孤立させる。銀山温泉で立ち昇る湯気はこの変形だろう。鋭い加山の視線(間違っても現在の顏を想像するなかれ)を遮断したところで、高峰の決心は行なわれる。無言のうちに、あふれる涙だけでそれは表現される。

 川の両岸に木造の何層にも重なる古い旅館がそびえる銀山温泉。橋と階段。「次の駅」にすぎない大石田がこのような場所を用意していたとは。高峰と加山が同居していた清水の家は、階段だけでなく、小さな橋(揚げ板のような)が台所と座敷つないでいたものだが、それを大がかりなセットにしたものが銀山温泉であるかのようだ。列車で水平の距離をここまで移動してきた二人であるが、今度はこの階段が上下の運動を可能にする。高峰が最後の距離の踏破を拒み、加山がその階段を駆け降り、高峰も玄関まで追いながらあきらめて部屋へ戻る。加山が酔って電話してくるのも東京での反復(どこにいるの、と高峰は同じ問いを発する)であり、高峰が受話器を取るのはその階段の下だった。東京から来たのかと、他に客のいない飲み屋のおかみ浦辺粂子は聞く。彼女にとって、東京とは行ったことのない遠いところであり、ただの名前であり、それはフィリピンの先、息子の終焉の地としてのみ彼女に記憶されているミッドウェーにしても同じことだ。二十五歳の死。戦死か、と呟く加山。それは、障害(形式的な)としての高峰の夫、彼の死せる兄を思い出させずにはおかないが、同時に、彼の死の可能性をも忍び込ませるものである。この温泉の下足番をしてでもあなたと一緒にいたい、と言ったとき、「立ち木のように」生まれた村から一歩も出ない老婆の生をも、彼は可能性として選び取っていたのだった。それがかなわないのなら、ひとり遠くへ行くしかない。駅から乗ったときはロング・シートに並んで腰掛けたバスに、明日は互いに朝一番に乗って去るようにと、二人は互いに相手に言う。

 そして翌朝。窓から何気なく見下ろして、運ばれてゆく担架を高峰は見る。『浮雲』でまだ生きていた高峰を運んだのもその乗物だった。距離をおいて、高峰はもはや手の届かなくなった加山を見る。『乱れ雲』の司葉子と加山は、過去に決定的に起こってしまったがゆえに手のとどかない、改変不可能な出来事の(再)上演を旅館の窓から見たのだが、ここでは彼女は、いまだ現在である距離を踏破すべく走り出す。階段を下り、橋を渡る、和服姿でよろけながら走る。しかし追いつかない。蓆をかぶせられた担架は男たちによって運ばれてゆく。彼女は追いつけない。抱擁を許しながらそれ以上の接近を拒んだとき、彼女は「遠くへ行ってしまって!」という司の科白を口にしたも同然だったのだ。彼を、そして自分を縛った、欲望を縛ると同時に互いを離れがたく縛りもした、遺体の右手の薬指に巻かれたこよりを見て、彼女はようやくそれに気づく。けっして踏破できない距離の向うに彼は行ってしまった。立ちつくす高峰のクロースアップ。見事に抑制されながらふるえる唇、みだれた髪、その息づかいを漲らせたままフィルムは終る。
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by kaoruSZ | 2005-10-14 14:45 | ナルセな日々 | Comments(0)

日々の疲れ

 土日元気出ず、成瀬見るつもりで出かけ、駅の時計で間に合わないのに途中で気づいたりするありさま。結局見られたのは最後(9日夕)の一本のみ。その前に三越の、バッグと靴、半期に一度の大バーゲン(尖った靴なんぞ履かないので、歩きやすいのをそういう機会に探す)で革のスニーカー入手。履き心地いいけれど、37(23.5)では(同色で23がなかった)やっぱり大きかったかも。『おかあさん』('52)、新文芸坐で見ているが、こんなに悲しい話だったか。終って夕飯食べていると、近くのテーブルで年配の男女、田中絹代の旦那さんは誰だったの? と話しはじめる。三島雅夫、と男。そうだったのか。はじめて顏と名前が一致する。香川京子の兄の死の省略の効果、二度目でも強い。倒れた父(これが三島)もまたそうやって死んでゆくかというと(二度同じことはやるまいと予想はつくが)、夏祭りになっても隣座敷で息をしているのだ。そして今度は死ぬところを見せつける(しかしやり過ぎない)。リアル界の男女、あの頃はああやって簡単に子供をもらったりしたのよね、と知り合いだか親戚だかの具体例を出す。私も、この映画の作られた年、私の母の従妹(祖母の兄の娘)が、生まれてすぐ祖母の弟に引き取られたことを思い出していた。本人は実の両親と思って育ったのに、年下のこっちは最初から彼女を貰い子と知っており、赤ちゃんのときヤギの乳を飲んで育ったと本人と育ての母がいうのを聞いて、ああそれはおかあさんのお乳がなかったからだなと思っていたのだ。

 11日(火)、『銀座化粧』('51)。久しぶりに初見の成瀬作品(嬉しい。見そこなったものについては、まだ先の楽しみがあると思うことにしよう)。これも最初は田中絹代と三島雅夫で(三島はすぐに消えて最後にしか戻らないが)、座敷で田中が身支度しながらの会話、あらゆる向きからのショットを試しているかのような、それなのにまったくうるさくならない自然な(実は人工の極致である)カッティングの妙に魅せられる。こっちの方が一年先だが、『おかあさん』よりも成長したかに見える(役柄のせい)香川の美しさ。すごい美人というわけではないが、表情が魅力的だ——このフィルムも、また。12日(火)正午、仕事抜けて歯医者へ。先週奥歯が腫れ、浮き上がって噛めなくなり、リンパ腺も腫れてあとから予約入れたもの。歯茎だけの問題か、金属の下で神経が死んでいるのか、剥がしてみないとわからないと言われ、金属を除くと果たして生きていると判明。そうなるとやはり歯肉が問題。全体としてよくなっていないと不思議がられる。抗生物質と痛み止め(これはもう必要ないが)とうがい薬出される。規則正しい生活の励行と、映画は見られるから大丈夫と平気で睡眠時間削るのをやめなければと、これは自己診断。

 夕、『ひき逃げ』('66)。仄聞してはいたが、これはかなり醜いフィルム。『銀座化粧』の黒白スタンダードのあとで、シネマスコープ(カラーではない)にあまり好感持てないはじまり(スタンダードのつもりで前の方に席取ってしまった)。それでも最初は、横から見た走り抜ける車、その上に平行して高架を入れて撮った電車という、シネスコにふさわしい絵柄に期待もしたし、サーキットでの試走シーン、前日の田中と三島をオートバイに変え、和室をコースに変えたかのごとき巧みさで、建物の中で見守る背広姿の男たちにつなぐあたりまで、画面サイズを生かして気持ちよく見られた。高峰秀子の熱演でいやな予感。弟役の黒沢年男が急を告げに走ったところでもう観客には事態がわかっているのだから、「大変だ、○○ちゃんが事故にあった」「○○!」というやりとり不要。結局、高峰の旦那の脚本の悪さか。高峰、ときどき泉ピン子に見える。司葉子、風呂場でもタオル完全装備アイラインばっちりのお人形さん。『流れ雲』の方がずっと資質を引き出されていたのだ。賀原夏子が濡れ衣で司から解雇を言い渡されてひき逃げをバラし、司が叫びながら階段を駆け上がるあたりで場内失笑、あの調子で通したら人形でも面白かったかも。中山仁との絵にかいたような喫茶店での逢引の図も悪くないもの。高峰の妄想も、その見せ方(露出オーバーにした空想シーンに対する、自室に戻って暗さに沈む現実)も、ガス・ストーブ殺人のオブセッションも面白いのだが、小澤栄太郎に抱き寄せられるあたりは意味不明。人形陸橋から投げ落としたり、ジェット・コースターから放り出したりに場内から笑いが湧くが、これもむしろ好き。狂気を演じる「名演」が鼻につくだけ。成瀬らしい省略が見られなかったのにもかかわらず、最後の方で妙に省略、結末を急いだ。ラストのショット、最低。(しかし「交通戦争」という言葉も死語になった。子供の頃、社会面にそう題した連載があったもの。今思えば、その前に「戦争」という大量死あればこその比喩であった。)小澤はストーリーに都合がいいだけの人物で、しかも『女の中にいる他人』の三橋達也のようにキャラが立ってもいない。目撃者の浦辺粂子、『女の中』の草笛同様、彼女が本当に犯人を見ていることを観客は知っている。だからどちらの場合も、問題は証言の真実性ではない。浦辺の知覚の疑わしさをこの映画は科白で説明するだけだが、近づいてくる小林桂樹と他人のすりかえにより、『女の中』はこれを観客に実際に体験させた。子供がなついていくあたりの描写はよかったが、その子供を結局殺して(筋書きが)、しかも高峰の最後がああだから、成瀬らしからぬ後味の悪さ(それでも、最後までシネスコに合った構図は崩れず)。『女の中にいる他人』と『流れ雲』のあいだにあるとは思えない。言われるほど悪くないとは思うものの、これが遺作でなくてよかった。
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by kaoruSZ | 2005-10-13 09:59 | ナルセな日々 | Comments(0)
 カラー、シネマスコープ、加山雄三といった、吟味したわけではなかろう手持ちの材料でブリコラージュ的に撮られた『乱れ雲』('67)には、それまでの成瀬的なものが至るところに組み込まれている。このことは、ろくに成瀬作品を知らないまま見はじめた新文芸坐での特集でこれを見たときでさえ感知されていた。『乱れ雲』というタイトル自体、『乱れる』『鰯雲』『浮雲』といったそれまでの作の延長上にあるいかにも間に合わせめいたものだ。見終わってから気づいたが、不注意なことに本作の空がどうなっていたか覚えがない(十和田湖は快晴ではなく、終始曇り空のトーンだったような気はするのだが、はっきりしない)。『君と行く道』の千葉早智子が見上げる雲間の月、『桃中軒雲右衛門』の、あれがなければ主人公のマチスモがさらに鼻についたであろう、最後に雲右衛門の見上げる空の雲(亡き人を焼いた煙でもあろう)、淡島千景の耕す畑の上に確かに出ていた鰯雲などは記憶の中からすぐに拾い出せるのだが。小津並みにいい加減な題名のつけ方——『乱れ雲』について言えば、『乱れる』から直接来ているのは言うまでもなく、その前には『流れる』もあった。加山雄三は高峰秀子の相手役として『乱れる』で出たあと、ここでは成瀬の最後のヒロイン司葉子につがわされている。美貌に翳りが差しはじめた(『女の座』を見ている者としてはこう判断してしまう)司葉子と、「ぼかぁ」と発声する〈若大将〉のメロドラマのどこがいいんだと思うと、これがいいのだ。

 交通事故の被害者の妻と、加害者の男とが恋に落ちるという話なら、納得できるような筋になっていると思うだろうが、思い返してどうもそんな気はしない。地の果てということになっているラホールへの赴任が決まった加山が、甘ったれた根性を叩き直してきます、と司に言うが、(全くだよ、叩き直してこいよ)とこっちが言いたくなる甘ったれ・加山の科白は、自分の頭で考えて言っているのではないかと思うほど空疎でおバカで内容なし、それでも恋は発展していってしまうのだ。私たちどうしてこんなに出会ってしまうんでしょう、と司が言うと、もう場内は失笑寸前だが、それでも観客は楽々とついて行けてしまう。ここぞというところで風が吹き、音楽が響く、その音楽も気持ちよく聞ける。

 実家である、兄の未亡人・森光子が切り盛りする旅館に司が戻ってからは、おなじみの開口部の多い日本建築を舞台にしたカメラワークが展開されるが、熱にうなされる加山と一泊することになった司が電話すると、受話器を取った森光子に愛人で家へ入れている他人の夫・加藤大介が戯れかかる。その前に、司もいるところで本妻のことで大ゲンカしたとき、キャメラはおなじみ、「一回外へ出る」をやっていた。建具の一部が素通しになっていて、外へ出ても内部が覗けるのだ(司と加山が泊まることになった部屋でも一度やっていたと思う)。その素通し部分に、このときは雨が降りしきっているのが見える。

 空をきちんと見なかったが風は見た。冒頭で夫との待ち合わせのため官舎を出る司葉子。木々の梢の葉先が繊細にそよいでいた。運命の変転ののち、緑深い山の中で彼女が山菜を取っているところへ加山が来てキスに至るシーンでは、二人の心の揺れにつれて羊歯も揺れて(揺らして?)いた。別の日、十和田湖にボートを漕ぎ出したところで(十和田湖の自然がシネマスコープに映える)、加山雄三が寒けを覚える。帰ろうとして、ボートが上方にフレームアウトして画面が一面の水になり、そこを乱して雨が降りはじめるときの湖面をかすかに波立たせていた風。司が青森を引き揚げようとする加山の下宿を訪ねて(このときの、階段の上と下での二人の表情、秀逸)、タクシーの後部座席に、すなわちシネマスコープ画面の左右に、顏を並べて分け入るのも、山菜取りの場面と同じ緑深い山中であった。そこで、小さな橋を車が渡り、警報器が鳴り、踏切の不吉な赤いシグナル(映画の最初の方で、それは司の夫の死の前ぶれのように点っていた)が点滅し、行く手を遮る列車が通過するまでの長過ぎる時間のあとに、彼らはタクシーのウィンドウがスクリーンであるかのように、起こってしまった事故の残骸を目撃する。運転手の声だけが、カーヴした道を辿る車の座席で映画の観客のように黙って見つめるしかない二人の耳に響く。その先にあらわれた、大きな前庭のある旅館。二人きりになるはずだったその座敷で、サイレンの音を聞きつけて二人は窓辺に立ち、再び二人並んで、さして大きくはない池というか水たまりのようなものの縁を回って、ボンネットのある古風な救急車ともう一台の車(警察車?)が進入してくるのを見る。バックで勢いよく旅館の玄関の前まで入って救急車が停まると、旅館の中から、さっきの事故で運び込まれていたらしい顏を半分繃帯で覆われた男——司の夫と同じ形に繃帯が巻かれているのが憎い——の担架が出てきて、遺体確認時の司そっくりにすがる女とともに後部扉から救急車の中へ消える。変えられない過去が上演されるのを、手の届かない二階席で、再び映画のように二人は見る。

 この直後、室内で司が加山に向かって言葉を発するが、階段の上と下の場面以後、私たちが耳にした科白といえば「事故だな」「こりゃひどい」といった運転手の声と、「あなた、しっかりして」と叫ぶ女の声だけで、実にここまで主演の二人には一言も科白がない。

 以前の記事で「水の上の別れ」に入れてしまったが、加山は東京へ帰ってから出発するのだし、北海道ではないのだから船で発つわけではない。それまで何度も画面を横切った列車とは角度の違う加山の乗った列車が画面を横切るショットに続いて、誰もいない桟橋に立つ、グレイのスカートにブラウス姿の司葉子の後ろ姿をゆっくりと見せもしないでフィルムは終る。あれは、男が出発したあと、十和田湖畔の実家である旅館に戻ってのことなのだろう。だが、あえて言うなら、『まごころ』の入江たか子のようにもういないその人にさよならを言うために水辺にたたずむ必要があったからこそ、成瀬の遺作は最後にこの短いショットを持つことになったのではないか。

蛇足
『乱れ雲』という標題と内容がたぶん関係がないように、小文のタイトルも今回全く関係がない。たんに筆者の心情である……強引に関連づけるなら、ボートから降りて雨の中で司の傘に入って二人が立ちつづけるときの、あれはパラソルとして持ってきたものだと思うのだが、晴雨兼用傘なんだろうか?(だとしたら、当時から兼用傘というものはあったのか)。それとも、たんに日傘で雨をよけているだけなのだろうか。
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by kaoruSZ | 2005-10-08 09:58 | ナルセな日々 | Comments(0)
 闇黒と純白の間であらゆるものが生成する。6日夕、電車に置き忘れて行方不明の傘と病んだ奥歯を抱え、前日の睡眠わずか一時間(それも机に伏して!)のまま『稲妻』('52)に酔う。走行中のバスのフロントグラスをスクリーン内スクリーンのようにとらえた手前に、『秀子の車掌さん』を見たあとではすっかり大きくなったと言いたくなる高峰秀子が乗務しているショット(そのあと、彼女のアナウンスにつれ銀座の柳が窓外を流れてゆく)から、浦部粂子と並んで画面奥へ向かって去る高峰の闇に浮かぶ白いブラウスに至るまで、刻々と変化する黒白の諧調の豊かさに浸った。

 思えば季節が夏の成瀬映画をずいぶん見た気がする。開け放たれ、幾重にも建具が錯綜する家に人々は押し寄せてくる。『女の座』は『東京物語』のパロディのように、笠智衆が倒れ子供たちが集まってきたところからはじまっていた。笠智衆は元気になってしまい、子供たちのなかにはそのまま居座った者もいたが、ここでもまた、血のつながったの、つながらないの取りまぜて、「有象無象」(高峰秀子の言)がひしめくことになる。

 夫を亡くした次姉が、夫の妾で子を産んだばかりの中北千枝子を訪ねるのに高峰が同行するとき、中北の住まいのそばを流れる小さな川も、そこにかかる橋も、二人がそれを渡るとき橋の下をくぐる船も、会見のあと橋の上で話す二人を窓から中北が見ているのも、みんないい。高峰秀子にからむ長姉の愛人・小澤栄の嫌らしさ名演で、彼が次姉ともできてしまったことを高峰が悟るあたりの見せ方もうまい。姉二人、兄一人と高峰の四人で父親も四人、母は浦辺粂子、寝てしまった前回新文芸坐で見たときでさえ、浦辺粂子がいいことだけはわかった。覚えているのは息子に、あんたの父親は立派な男でどんな子が生まれるかと楽しみだったよ、と本人の前で嫌みたっぷりに言うところ、長〜い蕎麦を高峰が食べるところ、一人のお父さんから四人を産んでほしかったと高峰が浦辺に言うところ、二階の窓から稲妻が二筋走るのを見たあと帰る浦辺を送るところぐらいだから、かなり寝てしまっていたわけだが。(その稲妻も、人工的な渦巻きが一瞬クルクルするのを二つ見たと思っていたのだが、今回見たらちゃんとした稲光だったから、あれはどうしたのだろう。スクリーンに見たと信じたものは、まぶたの裏にきらめいたネズミ花火だったのだろうか。)窓にもたれた高峰の姿は覚えているのに。どうも、あの稲妻は花火と交換可能のように、私(私の頭ではなく)には認識されているようだ。(現に今、「稲妻」と打とうとして「花火」と二度打ってしまった。)

『秋立ちぬ』の少女は血縁のない少年を兄にすることができなかったけれど、『女の座』は(ふたたび『東京物語』をなぞるように)、両親と(寡婦である)息子の嫁・高峰秀子が一つ家に住む可能性で終る。もしお嫁に行く場合はわしらの娘として、と笠智衆は言うのだが、『稲妻』の高峰が二階を借りることになった家の女主人も、嫁に行った前の借り手は自分の娘のような気がすると言う。中北が二十万を要求し、姉がそれに対して五万を提示する、そうしたやりとりの中でさえ、しかし、姉の本妻としての権利を声高に主張する高峰の理解できないことには、姉は自分が産んだのではない、しかし亡夫によく似た赤ん坊に引きつけられていた。こうした雑居性ゆえに、高峰は根上淳(若過ぎてわからなかった!)と香川京子の美しい兄妹宅の縁先に腰をおろすことになるのだし、母が二階に間借りさせていた若い娘が書物の詰まった本棚を持ち、壁に絵を飾り、蓄音機で音楽を聞き、両親がそうであったように「火のような恋愛をしたい」と思っていたからこそそのような生活を理想として思い描くことができたのだから、父・母を一人に限る正しさに拘泥しない方がいいというものだ。普段は「二食」[にじき]のつましい生活をしているこの若い娘は、皆の留守に小澤が押しかけてきたときも、二階まで上がってきそうな勢いなのを誰もいないと嘘を言って食い止めてくれたのだった。

 しかし、非血縁の共同体を称揚するあまり血縁をいたずらに蔑する必要もないわけで、産んでほしくなかった、幸せだと思ったことは一度もないと口走る高峰に、あたしだって産むんじゃなかった、そんなことを言われるくらいなら産まなきゃよかったと浦辺が言い返す、他人ならば破滅的な、しかし親子間ではありふれているこうした言葉(内容的に実の親子でなかったらありえぬものだが)の応酬さえ、和解という言葉すらふさわない何事もなかったかのような自然さで終熄に至るのだ。いつの間にか窓の外に降りていた夕闇、そして高峰の目に映る花火——いや、稲妻。母を送ってゆくとき、闇の中には彼女たちの顏と高峰のブラウスばかりが白く浮かぶ。彼女と姉が、はるか彼方まで一直線に続く白く乾いた道をバスに乗って中北千枝子を訪ねた無惨な昼と対極にあるしっとりと滲む闇が画面に満たされ、後ろ姿になったとき、浦辺は黒っぽい着物を着ているので、私たちの目に残るのは高峰の白いブラウスばかりになる。
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by kaoruSZ | 2005-10-08 09:16 | ナルセな日々 | Comments(0)
「水辺は成瀬における死と別れの場所である」と断言してしまった以上、『まごころ』でそれがどうなっているかを見ておかねばなるまい。川に踏み入って足を切った岸辺から父(高田稔)におぶわれて去るとき、信子は父の耳を引っぱって振り向かせ、富子とその母(入江たか子)へのさよならを言わせる。並木道を母と帰りながら、富子は、自分も足が痛いという見えすいた口実で母におんぶしてもらう。そして、母の頭(耳かくしに結っているから耳をひっぱるわけにはいかない)に手をかけて、お母さんもさよならしなければと振り向かせるのだ。変な子だねえ、もう誰もいやしないのに、と母は笑う。もう誰もいないのにさよならを言う、そのさびしさ。母に対して、昔の思いびとに完全にさようならを告げてほしいという娘の心理とこれを解することもできよう。だが、この直後に富子の口から洩れるのは、「信子さんのお父さんていい人ね」という呟きだ。

 これを聞いた母の顏には、一瞬辛そうな色がよぎる。富子に説明したような、遠縁で挨拶をするくらいの間柄だけでは二人がなかったことは、入江たか子の寡黙さを裏切る雄弁な表情や、川で会ったとき二人がほとんど言葉を交わさなかったと富子に聞いて、「そういうときに言ってやればいいのに」と、また、もっとあとでは信子の父について「金だけでは幸せになれないことがわかったろう」と言い捨てる、祖母の言動から窺い知れる。どうやら信子の父は学費を出してくれた資産家の婿養子になることで入江たか子との約束を反故にした、ないしは入江の方から身を引いたといったたぐいのことがあったようなのだ。だが、富子にはそれはわからない。「いい人ね」という言葉にかすかに曇らせた母の眉根は、背中の富子には見られない。彼女の心には「いい人」としての高田の面影ばかりが刻まれた。それはまた、「飲んだくれのろくでなし」と祖母に決めつけられて彼女を泣かせた実の父親像をさらに遠ざけもするだろう。「さようなら」をさせるという行為とは裏腹に、彼女は信子の父を受け入れつつあるのだ。

『まごころ』におけるこの奇妙な(表面的にはほほえましい)別れのシーンの重要性を私たちが悟るのは、永遠の別れになるかもしれない出立を見送る最後のシーンにおいてである。高田の死の可能性が多少なりとも観客の心をかすめるだろう。行き先が戦地だからというばかりではない、すでに川から戻るとき、「もういやしない」高田に、先取りされた別れを母娘は告げていた。さらに、「もういない」父のイメージが写真立てのおぼろな肖像を押しのけてフレームにおさまったとき、それは「ろくでなし」の実父に代わって富子のうちに彼が確固たる位置を占めたことをあらわすのみならず、すでに彼を遺影として示してもいたのだった。時代に迎合した付け足しと見えたエピローグは、その隠された——いや顕示された——意味のだめ押しなのではあるまいか。

 高田が戦死したなら、そのあとには何が起こるだろう。彼の死によって信子もまた、その母が軽蔑的に「父親のない子」と呼んだ富子と同じ身の上になり、生まれていなかったかもしれないことに揺れた子供たちのアイデンティティの危機は去って、シンメトリックな均衡が得られるだろう。そして、高田と入江のあいだの子供は、過去におけると同様、未来においても存在する可能性を断たれるのだ。残るのはただあの人形——子供がひとりで持ち運ぶには大きすぎるにもかかわらず、富子と信子によって運ばれて、二人のあいだを往復した人形だ。丸太のベンチの場面で、富子は信子に、父と母ははじめから同じ家にいるものとあなたは思っていたろうが、お母さんは誰かの娘で、お父さんは誰かの息子だったのよ、それが結婚して一つの家に住むようになるのよ、と教えられる。そんなことわたしだって知っている、と富子は言い返しはするが、それに続く科白は、お母さんはお祖母さんの娘だったし、今も娘で、だから一緒に住んでいるといういささかズレたものである。年齢的には、川の中で信子の身に起こったことを初潮と読み替えることさえできそうだが(なぜ富子の母が駆けつけて手当てをしたかもそれで説明される)、彼女たちの思考は男女間のセックスという単純な事実に至りつくには複雑すぎ、母もまた娘であることの発見の前では、基本的に取り替え可能な父母の結合などかすんでしまう。祖母、母、自分という連鎖。だが彼女たちは母のポジションをとることなく、娘のポジションに終始する。だから人形は彼女たちが母親役になって可愛がるには大きすぎる、「あなたでもわたしでもない」、しかしその二人の関わりから生まれ出た彼女たちの分身めいて、むしろ等身大に足りぬほどのサイズなのではあるまいか。

 そもそも十二歳にもなった女の子が人形で遊ぶというのは、いささか幼すぎる感じがする。しかしそれが、父親なしの処女生殖で生まれた分身だとすれば——。あの人形、半分信子に似て、半分富子に似た、半分他者で、半分自分の、自分が生まれてこなかった可能性を体現する生命なき物体であると同時に、抱きしめるべき愛の対象でもある、彼女たちの二重の分身。ラスト・シーンでは、プラットフォームで万歳を叫ぶ人々に混じり、富子や信子や母たちとともに、人形も〈父〉の出発を見送っていたが、それは当然のことであろう。箱の中にあったときでさえ、すでにその両腕は垂直に上げられて、〈父〉を死へ追いやる万歳のポーズを取っていたのだ。
(をはり)

◆付記◆
 二度目に『まごころ』を見たあと、あの人形が気になってしょうがないので「成瀬巳喜男 人形」で検索をかけたところ、ヒットした中に次の断片があって目を見張りました。

《...まごころ」でもっとも不気味なのは、男女が再会してしまった翌日、唐突に現れる赤ん坊の人形です。巨大な、人間の赤ん坊と ...》
   
 サイト名はThe Bad News Erewhon 、タイトルは死せる可能性そのもの。成瀬について他にもいろいろお書きになっています。人形をあくまで男女間の生まれなかった赤ん坊と見る点で私の解釈とはいくぶん異なりますが(というより、これに触発されて、私は人形を彼女たちのつながりの実体化と捉えることになりました)、Erewhon 氏の明察に導かれることなしには拙文は可能性のままにとどまったことでしょう。記して感謝いたします。
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by kaoruSZ | 2005-10-07 05:38 | ナルセな日々 | Comments(0)