おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

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リゾーム ふえてます

○新ブログ開設しました。原則として新しく買った本はすべて載せるなどという恐しいことを思いついちゃいました。財布の中身が時間が経つと本屋のレシートに変化するのと、家内の古本屋化に対処するものです(対処になっていない……)。
「原則として」なのは、恥しい本は載せないと思うので(恥しさの基準があなたと違うかも)。
[新]となっているのは、新しく購入したという意味です。そのうち、再読ないし、ツン読→初読の[旧]も載せてゆくかもしれません。

   ※追記 [新]マークはやめました。

Tous Les Livres http://d.hatena.ne.jp/kaoruSZ/

○先日、二年前の〈ヴィジュアル版〉読書会で使った、洗剤「ボールド」のCMについての、ウェブ上で集めた文章を「きままな読書会」ブログにアップしたのですが、その後、反バックラッシュ本『バックラッシュ!』の宣伝ブログが「ボールド」CM=フェミニズムの陰謀説を載せていたのでトラックバックしたところ、訪問数が突然はね上がりました(鳥も通わぬ一ケタ→前代未聞の二ケタ!)。
検索語も、 「ボールド 洗濯 」「このシャツ 柔軟剤 」「ボールド むさい」「ボールド CM 後輩」と多彩です。 「きままな読書会」は引き続き休会中ですが、たまにはお訪ね下さい。

きままな読書会 http://kimamatsum.exblog.jp/
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by kaoruSZ | 2006-06-15 11:36 | 日々 | Comments(2)
■女性のためのポルノグラフィについての第一の手紙

Date: Thu, 24 Nov 2004

M・・・・様

昨日はお疲れさまでした。久しぶりにああいう研究発表というものに接して、それだけでも刺激になった気がします。(読書会も、この際マンネリを打破しないと……。)

 以下、結論部を読んでの感想をだらだら書きます。
 細谷さんの「脅かされ感」説に対する批判、私も細谷説には違和感があったので(女ならこう感じるはず、というあたり、直観的に)、全面的に賛成です(1)。で、これをつきつめれば、犯されるのが男性の身体ならば脅かされないのか、というIHさんの問題提起に対しても、女の身体を持っているからと言って女性身体の表象により近いポジションにいるわけではない、と主張することができるのではないかと思うのですが、どうでしょう。(とりあえずコミックと小説に限っての話ですが。)

 表象と現実はあくまで別もののだという例として個人的な経験を。私が英語のゲイ・ポルノ、それもSMのハードなのにハマっていたとき(それはそれは見事に書かれているのです)、シンガポールで、駐車中の車にいたずらをしたアメリカ人の未成年者が、ムチ打ち刑の判決を受けるという事件がありました。それで、シンガポールのムチ打ち刑がどういうものかについて、解説が新聞に載ったのですが、日常的に笞打ちの話など浴びるほど読んでいた私なのに、それが実際に国家によって刑罰として行なわれるとなると、ただただ嫌悪を催させるだけのものであって、とてもeroticiseできるようなものではない。あらためてファンタジーと現実の差を思いました。

 話はずれますが、わりと最近、警察の調書というものをとられたことがあるんですよ。というのは、一年前に上司の留守中に変な客があって、適当にあしらって帰したことがあったんですが、その男、実はあちこちの企業を訪ねては脅迫していた暴力団員で、しばらく前に逮捕されたんですね。それで、うちにも来たと自供したので、直接応対した人に任意で話を聞きたいということで。

(中略)

 私の話を聞いて刑事がメモをとり、一人称で作文してくるんですが、できあがったのを見てびっくり。「感じの悪い人なので私は早く帰ってもらいたいと思い」、とか、随所に「私」の感情が捏造されて、「脅える存在」にされていました。暴力団員に対面した「女」の心理というものなんですね、きっと。もちろん書き直してもらいましたが。これだけのことでも腹立たしいのだから、もしも殺人犯だったら、もっともらしく心理を書かれてさぞ不愉快なことでしょう!
 
 閑話休題。夢オチとか、合意の上でのSMとか、暴力性を緩和する状況というのは、一般的に小説としての技巧であろうとも思います。ゲイ・ポルノでもよくあるのを思い出しました(私自身、登場人物を女同士に変えて書いてみたこともあります)(2)。

 竹村さんに対する批判、面白いと思いました(3)。
『絶望論』の著者[清田友則氏]が、竹村さんのことを、エディプス・コンプレックスがわかっていないと言って批判しているんですが、ここでの竹村さんの意見には、その批判があたっているのではないかと思わせるところがあります。「エディプス・コンプレックスがわかっていない」とは、男女の差異がわかっていないという意味ととりあえずとっていいと思います。「ジェンダーからの解放とは「全員男に似る」ということではない」という点については、清田氏も賛成すると思います。彼はもっぱら、竹村さんがまっとうな意見を言いながら、それに対抗して持ち出してくる案がだめ(というより、対案がないじゃないか)、というような批判をしていました。

 で、問題の「多様な差異が抑圧的な意味づけをともなわずに共存できるあり方」という[竹村氏の]言葉ですが、あらためて見るとかなり空疎な言葉にも思えます。ジェンダーの廃絶だけがあって、ジェンダーをめぐって遊ぶ余地が全くない。Mさんの文章を読んでいて、やおいについても、やおいもまたこの意味での「男女の項の入れ替え」であって、だからこそ性別が男であることに固執しているのだと主張できると思いました。

 以上、思いつくままにまとまりのない話ですが、ひとまず忘れないうちに。

 鈴木 薫



(1)ここでMさんは、2002年の日本女性学会総会での細谷実氏の発表について批判している。
この発表については、日本女性学会のニューズレター
http://www.joseigakkai-jp.org/news91.htm に次のようにまとめられている(ただし、
本人の手になるものではない)。

「男性が暴力ポルノを見て不快感を感じたとしても脅かされ感を感じないのではないかと思われること、そこには身体の外形に基づく現実社会におけるポジションが色濃く影を落としているように思われること、したがってリベラリズムにおいてポルノに対する見たい・見たくないの問題を趣味判断の問題と位置付けるのは、この身体の外形に基づくポジションの相違という問題に対する認識を欠いていると思われること」

(2) これは、Mさんの具体的な発表内容に対するコメント。

(3)竹村(和子)氏の、ジェンダーからの解放とは「全員男に似る」ということではない」、単なる「男女の項の入れ替え」ではだめだ、という主張に対してのもの。
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by kaoruSZ | 2006-06-09 16:48 | ジェンダー/セクシュアリティ | Comments(14)

イタタタ……

 目下、肉体に異変が。
     

 腰痛(?)です。
 ?なのは、腰というよりは、背中の筋肉とそれに続く胴体(というか腹壁)に痛みが走るから。
 内臓とか背骨ではなさそうなんで、心配はしていませんが。
 原因不明。というか、日曜日に、お祭のスサノオ神社までSさん、Kさんと都電で往復してSさん宅に戻り、私の持参した黒パンとアジのマリネとチーズとワイン、Kさんが作ったオニオン・スープを楽しく飲み食いし、Sさんがさらにパエリヤを作っているあいだ、ワインが回って畳の上にクッション敷いてゴロゴロしたり起きたりするうち脇腹に痛みが。

 そのときはすぐ治ると思い、何も言わなかったんだけど、翌日だんだんおかしくなって。
 火曜日の朝は、冷えた空気に鼻をすすっても痛み、おそばのつゆをすすっても痛み、それでも熱いシャワーを浴びせたら、よくなったような気がして仕事に出ました。
 でも、自分で冗談を言って一緒に笑ったら……痛い!
 背筋をのばして歩いているか、モニターに背中を丸めてかじりついている(これがよくないらしい)分には痛まないのですが、ちょっとしたはずみで痛みが走る(どんな場合とどんな場合だか、確認する気にもなれず)。

 というわけで、更新はお休み、替りに「きままな読書会」ブログに過去の資料をアップしました。
 いまだにボールドのCMやっているのを見たのが直接の動機。

きままな読書会
   ↓
http://kimamatsum.exblog.jp/

*9日(金)追記。痛むところをかばったための二次的な筋肉痛を残してほぼ治りました。
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by kaoruSZ | 2006-06-07 00:06 | 日々 | Comments(6)