おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

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『トニオ・クレーゲル』の新訳が『トーニオ・クレーガー』のタイトルで出ているのを見つけた(平野卿子訳、河出文庫)。併録は未読の「マーリオと魔術師」(1930年)。出版された当時の挿絵が使われ、「マーリオ」の方はなんとハンス・マイトである。これが決め手となって購入(ハンス・マイトは、いとこたちからのお下がりだった岩波少年文庫の忘れがたい一冊『くろんぼのペーター』(エルンスト・ヴィーヘルト作)の挿絵画家。それ以外では全く見たことがなく、今回「訳者あとがき」で生没年をはじめて知った)。

「訳者による「解説」(「あとがき」との二本立て)の結びには、(「マーリオと魔術師」の)「魔術師チポッラのイメージは、どこか映画『カリガリ博士』の主人公カリガリ博士に重なる。時代的にも近く(一九一九年製作)、装束も似ているが、なによりその不気味な雰囲気や怪奇な印象という点で、相通じる要素があるからだと思う」とあるが、類似はその程度のものではなかった(トーマス・マンはもちろん『カリガリ』を見て、そしてあの映画の意味がわかって書いたのだろう)。語り手と家族は、滞在しているイタリアの海辺のリゾート地で“魔術師”チポッラのショーを訪れるが、チポッラは舞台に呼び出した客を催眠術によって自在に操る。このチポッラが、カリガリ同様、国民を催眠術にかけて踊らせたファシストの独裁者をあらわし、この小説は「ファシズムの心理学」を表現したものだと、声高に言い立てられてきた事実がまず符合するのだ。

 そうした読解については、実際、訳者も(『カリガリ』との類似はなぜか指摘されていないが)、「チポッラは独裁者、一方の観客をその彼に心ならずも操られていく国民と見ることができよう」と述べており、ルカーチが小説中の場面について「ヒトラーを望まなかったにもかかわらず、十年以上も抵抗することなく服従したドイツ市民階級の無気力を見事に描き出したと述べている」ことを引いて、「奇怪な魔術師を前に、ひそかな反感と嫌悪感を抱きながらも去ろうとしない観客――語り手を含めて――に、当時のヨーロッパ人全体の無気力を見ることもできるだろう」、「大戦後六十五年を経て、世界各地にちらほらと極右政党の台頭のきざしのあるいま、この作品はひとつの貴重な警告として、私たちがあらためて目を向けるべきもの、いや、いつの時代にも立ち帰るべきものだと思う」と、既存の解釈を何の疑いもなく受け入れた、もっともらしい文句を並べている。

 実際に「マーリオと魔術師」を読んでみよう。まず、タイトルに注目。これはマーリオと魔術師の話なのだ。前者は語り手ともなじみの二十歳[はたち]のウェイターで、ショーの最後に――これをもって最後にならざるをえなかったのだが――客席から舞台に上げられ、自らの意思に反することをさせられた結果、屈辱のあまりピストルを取り出してチポッラを射殺する。それではこれは、他の観客はチポッラのなすがままだったのに、最後に英雄的な青年が悪いファシストを倒すという寓話なのだろうか?(『カリガリ博士』の場合、病院長(権力者)が実は狂人だったという結末が、告発者の方が狂人だったというどんでん返しによって弱められたと中傷されてきた。平野智子と筆者による論考あり。)
 
 そうではあるまい。「いまになってみると、ことの本質からいって、ああなるよりほかなかったように思える」と語り手も最初から認めるチポッラの死は、マーリオに衆人環視のなかで、彼が思いを寄せる娘だと思い込ませて、自分にキスさせた結果である。「チポッラがしなをつくって歪んだ肩をくねらせている様子は、吐き気を催させるようないやらしさだった。たるんだ目で恋いこがれるようにマーリオを見つめ、甘ったるい微笑を浮かべた唇の間から、欠けた歯がのぞいている」といった具合――。

 だが、まだ笑い声が続いている間に、愛撫されていたチポッラは、椅子の脚のそばで例の鞭を振った。するとマーリオは夢から覚めて飛び上がって、後ずさりした。目が据わっている。そして、身体を前にかがめたまま、両手を重ねて汚された唇におしつけた。それから何度も指の節でこめかみをたたいてから、くるりと向きを変えて階段を駆け下りた。その間も拍手は鳴り響いていた。チポッラは膝に手を下き、肩を揺すって笑っている。

 確かに、いささか悪ふざけがの度が過ぎたとは言えよう。しかし、チポッラのしたことは、死をもって償わなければならないほどの罪なのか? 実は初めの方で、語り手一家が浜で出くわした不愉快な事件が語られていた。水着を砂だらけにしてしまった八つになる娘に、親たちが海で水着を洗うように言い、娘が「裸になって数メートル離れた海へ走って行き、水着をゆすいで戻ってきた」ことが、公序良俗に反したと“愛国的”なイタリア人たちの憤激を買い、「海水浴場の規定や精神はもとより、わが国の名誉をも恥ずべきやり方で傷つけた」と言われて、語り手一家は罰金を払うことになったのである。

 このエピソードが不当だと語り手とともに思った読者も、チポッラの死には、驚き、悲劇的だと感じても、結局は納得してしまうに違いない。何より、作者がそう書いているからだ。マーリオは要するにホモセクシュアル・パニックに襲われたのだろう。同性愛者に誘惑されて驚きと嫌悪のあまり殺してしまったとしても、やむをえない行動であり、一時的な心神喪失に陥ったのだから責任能力はない……ゲイ・バッシング弁護のこうした主張から、イヴ・コゾフスキー・セジウィックが、ゲイ・バッシャーの性的アイデンティティの不確かさという前提を引き出したのは周知の通りだ。マーリオの場合、ヘテロセクシュアルな欲望と信じたものの背後(実は表面)から、不意にホモセクシュアルなものが出現(実は初めから見えていた)したのである。

 しかし、このようにはっきり見えているものを、また例によって、誰も指摘しないようだ。カフェで働いていると聞いて、チポッラはマーリオを酌人と――ガニュメデスと呼んでさえいるのだが(それも二度)。マーリオは「二十歳でずんぐりしている。髪は短く刈り込まれており、額が狭く、まぶたが厚ぼったい[…]ひしゃげた鼻にはそばかすが散っており[…]このぼってりした唇は、垂れた眼とあいまって素朴な憂愁とでもいう感じを彼に与えていた」と描写される。映画版のタッジオよりもこういう顔の方に関心を持つ男性がいることは容易に想像されよう。年齢不詳だが若くはない、そしてせむしで醜いチポッラの最期は、『ヴェニスに死す』の美少年にアッシェンバッハが触れるようなことがあったらどうなっていたかを書いているとも言えよう(かなり自虐的だ)。「マーリオと魔術師」を書いた頃はまだ五十代だったマンは、七十を越えた晩年に、実際、若いウェイターに恋していたことが日記の出版で明らかになっている。

「マン自身、この作品について『個人的なものと政治的なもの』が結びついていると言い、『ファシズムに対する批判を公然と表明する』と述べている」と指摘して、訳者は当然のように「ファシズム批判説」の論拠にしているが、自らの作品において「個人的なものと政治的なもの」がどう結びついているか――マンがそれについて何を言おうとしたか、そして何を言えなかったかを、一瞬でも疑わなかったのだろうか?(しかし、公人としてのマンが何を言おうと、作品では一目瞭然だ)。「ただ当時、ドイツではまだナチは現実的な脅威となっておらず、[マンは]ドイツでもイタリアと同じようなことが起こるとは思っていなかった」そうである。なるほど、これはクラカウアーの「『カリガリ』はヒトラーの予兆だった」説のよい反証となる。『カリガリ』は『マーリオ』より十年も前なのだから。魔術師が観客に催眠術をかけたって? いやいや、彼らはみな、以前からホモフォビアという長く続く強力な催眠術にかけられていて、観客も読者も批評家も(ついでに、ファシズム批判の書としてこの小説を即座に発禁にしたムッソリーニ政権も)、マーリオの行為が肯とされていると読みちがえたのだ。

  ごらんの通り、小説の訳文自体には文句のつけようがない。ハンス・マイトの簡潔なタッチは、上記のマーリオの特徴をもよくとらえており、また、水着を脱ぎ捨てて仁王立ちになった女の子の「ガラのように痩せた」裸や、傍で囃し立てる少年たち(『ヴェニスに死す』の映画で見られるような水着姿)を描きとどめて、『くろんぼのペーター』の暗く、北方的で、夢魔的な、憂愁に満ちた絵とはまた異なるけれど、人体の描き方が一目でそれとわかる特徴を示していて懐かしい。
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by kaoruSZ | 2011-08-27 14:14 | 文学 | Comments(0)

ちょっと違うんでェw

 拙ブログについて、繰り返し好意的に言及して下さってる方を見つけたんだけど――。

 私が、「腐女子の幻想はゲイ男性の貧相な性愛感から彼らを救う」と書いていると、そして、それは“名言”だと……。
 まさか、そんなこと私言ってないからw

 これは、石田論文を批判した2008年の「ウェブ評論誌コーラ」掲載の記事のことでしょう。

http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/eiga-4.html

 コンラッドにしてもトールキンにしても、私はこういう男性たち(彼らが「ゲイ男性」かどうかはともかく。というか、そう呼ぶ必要さえ全くないと思うけれど)の、あるいは「ゲイ・エロティック・ライティング」のアメリカ作家たちの豊かな「幻想」に感嘆こそすれ、「ゲイ男性の貧相な性愛感[ママ]」なんて微塵も思ってないから。

 あ、腐女子は現実のゲイに配慮すべきかなんて、贋の問題を立てる連中の「貧しさ」なら思うけどね。

 ついでに言うと、腐女子がどうこうなんて文章を私は書かない。少なくとも、腐女子とやらを実体化して主語に据えたりはしない。

 で、リンク先に元の文章はあるけれど、そこでは名前を確認していなかった研究者というのは、リンダ・ウィリアムズというアメリカのフィルム・スタディーズの人。ポルノ映画について本を書くためにポルノ映画をたくさん見たけれど、結婚している女である私向けでは全くない男同士のフィルムに萌えた[意訳]と、出来上がった本のあとがきで言っているわけ。

 彼女を腐女子と呼ぶとしたら――そうだねえ、パムクの『わたしの名は紅』に出てくる、十七世紀の細密画家を“ゲイ”と呼ぶようなものじゃない?

 その先を終りまで引用しておく。三年前の文章だから、私自身、立ちどまって他人の書いたもののように読むところがあるけれど、特に注釈のいる文章じゃないでしょう。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

 既婚の女のためのポルノグラフィが考えにくいのは、彼女の性的欲望が家庭内に封じ込まれ、もっぱら夫との関係のうちにあると考えられるからだろう。それは生殖という目的に添って組織されたセクシュアリティを持ち、思春期に月経がはじまって自分が女であることを自覚し、異性間性交し、妊娠し、出産し、子育てをして、更年期を迎える女だ。

 だが、むろん、そんな女などどこにもいない

 彼女は現実の異性愛に飽きたらず、ゲイのイメージを利用したのだろうか? これは必要悪であり、いつの日か「[異性]愛の再発明」(ランボー)が実現した暁には、男との性愛における彼女のみじめさは取り除かれ、彼女はもはやゲイポルノに性的昂奮を覚えなくてすむようになるのだろうか? いや、異性愛が再発明されることがあるとすれば、それは異性愛が唯一の「正しい欲望」ではないと認められる時だろう(それに、再発明される日まで異性愛のすべてが〈悪〉というわけでもあるまい――そこまで異性愛を「ガチ」と思い込まずともいい)。

 ゲイポルノで「萌え」られる彼女は、幸いなことに真理に――彼女の「正しい欲望」に――至りつくことがない。

 彼女は女であることのみじめさから救われるためにゲイのイメージを利用したのだろうか? いや、むしろ、彼女はやおい化することによって、男のファンタジーを救うのだ。彼女の欲望はゲイのファンタジーを「やおい的なもの」にする。同じものに性的昂奮を覚えても、その主体が女であれば「やおい」である――だから、(やおいが差別するのではなく)「やおい」は差別語なのだ。だが、そのとき、ゲイのファンタジーもまた(ひいてはゲイ・アイデンティティそのものも)、それが仮の命名に過ぎず、自分が単一の実体ではなく複合的に構成されたフィクションであることを、「自律」したものではありえぬことを明かすだろう。享楽する者の身元をそのとき誰が尋ねようとするだろう?

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by kaoruSZ | 2011-08-20 14:41 | ジェンダー/セクシュアリティ | Comments(0)
(承前)

 逆転させた物言いで人を驚かすことが好きだったロラン・バルトは、「驚異の旅」の作者ジュール・ヴェルヌは実は旅を書いたのではない、ブルジョワ的閉じこもりを書いたのだと言ったが、この小説の分身との同居は、紛れもなくそうした閉じこもりである。船は旅立ちの象徴かもしれないが、より深層のレヴェルでは閉域の象徴であり、人を船旅に誘うものは完全に閉じこもる喜びなのだとバルトは説く。外へ(この場合は、無風状態のせいで閉じ込められた湾の最奥部から外界へ)向かっているように見えながら、実はどこまでも内へ向かう情熱。小屋、テント、洞窟、樹上の家(秘密基地?)のたぐいに対する子供っぽい惑溺。閉所に引きこもり、自分だけの夢想に浸ること。バルトに言わせると、こうした閉じこもりこそが、幼年期とヴェルヌに共通する本質である。船とは「完全な閉じこもり、できるだけ多くの品物を手元に置くことの喜び、絶対的に限定された空間を所有することの喜び」の象徴だ。内部は暖かく、限定され、外では嵐(無限)が吹き荒れている(バルトがこの閉じこもりを愛していることは間違いない)。

 もっとも、われらが船長の場合、ノーチラス号の大がかりな旅と違って、禁欲的な独身者[シングル]の部屋での、分身[ダブル]とのほんの数日間のトリップであるが。(ハンス・へニー・ヤーンの短篇にもこんな船長がいた。嵐のなかで鉤が腹に刺さった水夫を船長室に運び入れ、自分のベッドに寝かせて手術をほどこし、全快するまでとどめ置き、そして元の持ち場に返した。彼は、特に美しいわけではない、麻酔で意識を失った白い身体を、時々夢のように思い出すことはあっても、けっして認識に至ることはなく、船に安全に守られて、子供時代と変わらず夢想に耽るのである。)

いつものように彼は舷窓から外を見つめていた。時折り風が吹き込んで顔に当たった。船はドックに入っているみたいだった。それほど穏やかに、水平にすべっていた。船が進んでも水音一つたたず、影のごとくしんとしずまりかえって、まるで幻の海のようだった。

 これはレガットが去る前の日の描写だが、外界はあたかも夢想の結果としてそこに存在するかのようだ。だが、船長自身が言うように「これがいつまでも続くはずはない」。レガットは暗い海へ泳ぎ出し、船長は船を操って湾の外へ出なければならない。

 ノーチラス号の舷窓から見える生物を、ヴェルヌは博物図鑑から引き写して書いた。かの潜水艦は世界中を回ろうと、何一つ未知のものは見出さなかったはずである。コンラッドのように経験豊かな元船長なら、そんなことはなかっただろうか? 『青春』(1898年執筆)ではじめて東洋(ジャワ)にたどりついたマーロウ(コンラッドの小説に繰り返し登場する語り手)は、「空にむかって静かに立つ」棕櫚の葉を、「ずっしりと重い金属で鋳られた葉っぱのようにきららかに静かに垂れ下がっている大きな葉」のあいだにのぞく茶色の屋根を、桟橋を埋めた、その動きが波のように端から端へと伝わってゆく、とりどりの色の膚を持つ人々を、「ひろびろとした湾、輝く砂浜、はてしない、変化にとんだ豊かな緑、夢のなかの海のように青い海、もの珍しげな顔の群集、燃えるように鮮やかな色彩――そのすべてを映し出す水、岸辺のゆるやかな曲線、桟橋、静かに浮かんでいる船尾の高い、異国風の船」(土岐恒二訳)を見るが、それらは「あの昔の航海者たちの憧れた東洋」、「太古さながら神秘に満ちた、きららかで陰鬱な、生気にあふれつねに変わらぬ、危険と期待に満ちた東洋」であり、マーロウが、そしてコンラッド自身が、東洋はおろか、まだ海さえ知らなかった頃から知っていた――たとえばボードレールの「髪」や「異邦の薫り」や「前世」の中に潜んでいた――ものではなかったか?

『秘密の共有者』のはじめの方に、一等航海士が自室のインク壺の海に溺れ死んだ「哀れな蠍」を見つける挿話が出てくるが、この短篇自体、コンラッドの現実の航海からというよりも、「地図と版画が大好きな子供」(ボードレール)の欲望に端を発する、一つのインク壺からそっくり出てきたものではないだろうか?

『武人の魂』のトマソフの場合、変則的な(ないし偽装された)三角関係の下で、外部では刻々と戦争が近づく中、女の私室に匿われて夢を見ていたが、船長がその分身と閉じこもる部屋は、言ってみれば、(『武人の魂』では必要だった)現実の女――口実としての異性愛関係――を排除した、船という女のL字形の胎内である。この部屋を〈クローゼット〉と呼ぶことができよう。船長が秘密そのものであり秘密を分かち合いもする男をそこに隠すからばかりではない。実際、室内には、「着物が数着、厚いジャケツが一、二着、帽子、防水着などが、かぎ型の針にぶら下がったりしていた」と最初に紹介されており、船長が部屋に戻ってきた時、誰かの足音を聞きつけて身を隠していたレガットが「そっと出てくる」のは、「奥まったほうにぶら下がっている着物の後から」である。「灰色の寝間着」にはじまって、最後の「ぺらぺらの帽子」に至るまで、衣服は一貫してレガットの換喩である。

 衣類をめぐっては、間一髪の事件も起こる。にわか雨で濡れた上衣を船長が手すりにかけておいたのを、給仕が持って船長室へ入ろうとしたのだ。船長は給仕を怒鳴りつけ、レガットに急を知らせるとともに、「すっかりびくびくしてしまって、声を抑えることも、内心の動揺を隠すこともできず」、一緒に夕食のテーブルについていた二人の航海士に、船長はおかしいという確信を深めさせることになる。上衣を室内に掛けてすぐに出てくるだろうと思った給仕は、しかしいっこうに現われない。

突然私は奴がどういう理由からか知らないが、浴室の扉を開けようとしているのに気づいた(それがはっきり聞こえたのである)。もうおしまいだ。浴室は人間一人がやっとなのだ。私の声は咽喉にひっかかり、体じゅうが固くなった。

 給仕が出て来ると、船長は、助かった! でも、レガットは行ってしまったのだと思う。

私の分身は現われた時のように、ふっと消えてしまったのか。だが、現われた時の説明はつくけれど、消えたのは説明がつくまい……私はゆっくりと暗い私室に入り、扉をしめ、ランプをつけてから、しばらくの間ふり向く勇気が出なかった。やっとふり向くと、彼が奥まったところに直立不動で立っているのが見えた。

 この瞬間、ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』で、家庭教師が見ているものが他の登場人物には見えていなことに読者が気づく瞬間のように、誰もが抱くであろう疑問と戦慄が船長をもとらえる。
「彼は肉体を持った存在なのかという逆らえない疑いが私の心を貫いた」
「ひょっとすると私以外の目には見えないのだろうか」
「幽霊にとりつかれたみたいだ」

 しかし、レガットは存在しているのである。給仕が入ってきた時、彼はとっさに浴槽の中に身を隠し、給仕は浴室に腕だけを入れて上着をかけたのだった。手で船長に合図することで、レガットは狂気から彼を引き戻す。気分が悪いから真夜中まで起こすなと航海士に命じて引きこもった寝室で、彼らは再びしのびやかに語り合う。レガットは船から島に向かって泳ぎ出ると言い、船長はためらうが、ついに翌日の晩にそうするという了解に達し、それは次のような美しい言葉で語られる。

「理解されているって思えればいいんです」と彼はささやいた。「もちろん理解してくれてますよね。理解してくれる人を得られて心から満足しています。まるでそのつもりであなたがあそこで待っていてくれたみたいだ」そして、私たち二人が話すときはいつだって他人に聞かれるのは具合が悪いかのように、相変わらず囁き声で言いそえた。「素晴らしいこともあるものですね」

◆独身者の船出

 真夜中、船長はデッキに上がり、船の向きを島のほうへ変えさせる(一等航海士は仰天する)。陸から吹く風に乗って湾を出るという口実で(レガットを行かせるという理由がなければ、そんな危険なことはやらなかった)。ふたたび夜が来ると、船長は船を、できるかぎり島に接近させる。声を聞くのも、目を見かわすのも、もうそれが最後になる時が近づく。「二人の目と目が会った。数秒が過ぎた。とうとう、お互いに見つめ合ったまま、私は手を伸ばしてランプを消した」。食料庫にいた給仕を理由をつけて上に行かせて、船長はレガットに声をかける。「次の瞬間、彼は私のそばを通り抜けた――もう一人の船長が階段のそばをそっと通り――狭い暗い廊下から……引き戸を抜けて……私たちは帆の格納室で、帆の上に四つん這いになっていた」。その先には後甲板の貨物積み込み口が、船長がそう命じたので二つ開かれている(なぜ二つなのだろう?)。暗闇の中でふと思いついて、船長は自分の帽子を脱いでレガットにかぶせようとする。

彼は私が何を思っているのか考えたらしかったが、やがて私の意図がわかり、急におとなしくなった。まさぐり合っていた二人の手と手が会い、一瞬の間しっかり握ったまま動かなかった……手と手が別れた時も、どちらも、一言も言わなかった。

 次の行で、船長は「食料庫の扉のそばに静かに立って」おり、給仕が戻ってくる。だから、給仕が甲板へ駆け上がってから戻ってくるまで、船長はそこから動かなかったと、格納室の中の描写は、船長の想像、妄想、その他何でもいいが、まるきり起こらなかったことで、格納室の中にレガットなどいないと考えることもできるが、いずれにせよもはやレガットは二度と登場しない。

 一等航海士が船長の腕を信用せず、パニックになりかかる中、船長が、いまだ自分と一体化していない船が動いているのを確認できたのは、海面でレガットに与えた帽子が前方へ動くのが見えて、船が後ろへ進みはじめたことの指標になったからだった。陸地に上がったレガットが太陽に頭を焼かれるのを気づかって帽子を与えたのだから、首尾よく岸にたどり着けたとしても、そこに帽子が残されているのは不吉でさえあるのだが、船長が帽子に気づいた時の、「黒い水面に白いものが。ちかちかする燐光がその下を通り過ぎた」という記述は、出会った夜、ほの暗いガラスに似た水面に青白く浮かんでいたレガットの裸体の反復であり、「かすかな燐光が、まるで夜空に稲妻が音もなく束の間のひらめきを見せるように、眠っている水面でちかちかと光った」その出現の時の再演である――だが、今回は、もうそこにいないレガットの痕跡としての――。

「ノーチラス号と酔っぱらった船」と題した短いエッセイで、ロラン・バルトがネモ船長の潜水艦の対立物としたのは、〈私〉と名告り出る〈酔っぱらった船〉であった。曳き手の手を離れてひとり河を下り、海に出て、見、夢想し、追い、泣き、語る、よるべない船、人間のいない船、まだ海を見たことがなかった(しかしボードレールは読んでいた)少年ランボーが書いた、「無限に触れる眼」と化した船である。閉域から逃れるには人間を排除して船だけにする必要があるとバルトは指摘していた。『秘密の共有者』の船長にとって、船との一体化とは女とペアになることではなかった。自らの受動性の外在化を女として回収することではなかった。船長のファンタジーはもう一人の自分との親密な閉じこもりであったが、コンラッドにとって海の上の男だけの世界が、そういう秘密とそういう冒険につながる場所(そして素材)であったことは明らかだ。ホモエロティックな東洋[オリエント]は、船長のファンタジーと通底する、そうしたイメージの集積場であった。レガットと過ごす秘密の日常ののち、彼を岸に泳ぎつかせ、船も操舵しおおせた船長は、今や船と一体化した独身者なのである。


(まだ続きますがここでひとやすみ)
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by kaoruSZ | 2011-08-19 09:43 | 文学 | Comments(0)
3 分か(ち持)たれた身体――The Secret Sharer

  これまで述べてきた二作に比べ、『秘密の共有者』(1909年執筆)は、より抽象度の高い、言ってみれば現代的な作品と言えよう。別に、世紀の転換期の伯爵だの、ナポレオンのロシア遠征を迎え撃ったロシア軍の挿話だのが古くさいというわけではないし、たとえ歴史的事実や風俗の知識がなくとも、私たちは記憶の中からなんとなくそれらしいイメージを取り出して、コンラッドの文章を視覚化しおおせるだろう。しかし、この短篇には、コスチューム・プレイをやめてセットも簡略にしたような趣きがある(これは比喩ではなく、実際、主人公はほぼ全篇パジャマで通している)。もちろん、帆船の操作などというものは現代ではまず見られないから、これもまた映画の記憶でも引っ張り出すしかないのだが、作者と同郷の貴族(『伯爵』のモデルの)から聞いた話だの、母方の大叔父から伝えられた戦争時の悲惨な体験談だのが小説の細部をかたちづくっているようには、コンラッドがはじめて船長として経験した航海とこの小説は関係しているわけではない。同僚を殺した船員の話は別にあるらしいが、それもまた材料の一つで、そこから抽出されたのは、『伯爵』の〈私〉や『武人の魂』の老士官のような第三者の声を介さない、直接的な一人称の語りによる、自意識の純粋なドラマである。しかし、この意識は、物語がはじまってすぐ、レガットという侵入者によってshare(一つのものを共有する/半分ずつ分かち持つ)されることになるのだから、単一で純粋な声によって唯一の真実が明らかにされるというわけでは全くない。むしろ、題名に(そして以下に)見るように、ここでは真実=秘密は、分かち持たれることでいっそう謎めいたものとなっている。

◆彼女[ふね]と人魚[マーマン]

  シャム湾の最奥部に停泊して風待ちをする帆船のデッキでひとり当直に立つ、船長として新米であるばかりか、急な任命のせいで船と船員たちに対してよそ者で、しかも、「自分自身にとってもいささかよそ者」(以下、引用は基本的に『コンラッド中短篇小説集3』(人文書院)小池滋訳によるが、変更を加えた部分がある)であり、「自分というものの理想の姿」に自分がどこまで一致するかまだ確信を持てないでいる若い船長が発見する、船腹に下がった縄梯子の先に浮かぶ「長く伸びた青白いもの」、「何だろうと思うより早く、人間の裸体が突然発するような燐光が、夜空を音もなく走る夏の稲妻めいて、眠っている水の中でちらちらと光」って可視化する、「二つの足、長い脛、緑がかった気味の悪い[cadaverous]燐光に首まで浸かった広い鉛色の背中」、最初「首なし死体」かと疑われた、水をかく腕が「不気味なくらい銀色で、魚のよう」に見える、「魚のように黙りこくったまま」の裸の男が、孤独な船長の欲望が形をとったものであるのは間違いない。「まるで海の底(実際、そこがこの船にいちばん近い陸地だが)から現われ出た」ように、それは彼自身の奥底から意識の水面に浮上してきたのだ。そうでなければ、おそろいの寝間着をまとい、船のなかでただ二人の“よそ者”として、「互いに全く同じ姿勢で向かい合った」相手が、「誰かと話がしたかったのです。何を話すつもりだったかもわかりません……多分『いい晩ですね』とか何とか」などと、どうして口にしたりするだろう。これはまさしく船長自身の欲望であり、語り手は、自分が言いたいと思っていたことを、他者の声でささやきかけられているのだ。「あなたが――まるで私の来るのを待ってでもいたように――とても穏やかに声をかけてくださったので、もうちょっと[梯子に]つかまっていようと思いました」とレガットが言うのは、語り手が誰かの来るのを待っていたところに彼がまさに現われたことを示すものである。

 むろんそれはあとになってわかったことだ。レガットを見つけるまでは、すべては潜在意識にとどまっていた。表面的には、日が沈んで星が輝き出す以前、部下を遠ざけた〈私〉は〈私の船〉と水入らずだった――「前途に長い航海をひかえている船は、果てしない静けさのうちに浮かび、帆柱の影は夕陽を受けて東のほうに遠く伸びていた。いまデッキにいるのは私だけ。船中物音一つせず――あたりには動くもの、生きもの一つとてなく(…)私と船とはこれからの長い困難な仕事――人間の目からは遠く離れ、私たちを眺めるもの、裁くものとしては、ただ空と海しかないところで、私も船もともども生き抜かねばならぬとさだめられた仕事を、成し遂げる力が果してあるかどうか、自ら吟味しているようであった」と語られ、「まるで信頼しきった友の肩のようなつもりで、私の船の手すりの上に軽く手を置いて」いたのだから。だが、日の入りとともに「数知れぬ星が見おろしてはいたものの、船と静かに心を通わせ合う楽しさはもうすっかりなくなってしまった」。なぜなら、昼のまばゆさが翳るや否や、「群島の内海」の「島のてっぺんの向うに」マストの先がのぞいていることに、船長が気づいてしまったからである。なぜ、それだけのことが、船との調和を失わせたのか。理由は、その船、セフォーラ号から、逃亡者レガットがやがて語り手の船にまで泳ぎつくことになるからという以外に考えられない。

 まるで「信頼しきった友」の肩のように、彼が手すりに手を置いていた船――それは女友達である。日本語訳には全く反映されていないが、英文では船が女であることは代名詞で確認されつづけている。引用したくだりの原文の一部を挙げる。“She floated at the starting point of a long journey, very still in an immense stillness, the shadows of her spars flung far to the eastward by the setting sun. At that moment I was alone on her decks. There was not a sound in her—(…)” 彼女はしかし、語り手とまだ馴染んでおらず(「信頼しきった友」というのも彼の側の思い入れであり)、つかのまの交流はこうして日没とともに、さらにはレガットの登場によって決定的に中断される。

 レガットと差し向かいになるや、船長は「友」となるべき船のことを、全く忘れ去ってしまったかのようだ。そもそも、船長自ら五時間の当直をするなどという「異例の処置」をとったのは、「まるで独りぼっちで夜の時を過ごせば、私にとって見ず知らずの船員が乗り組んでいる見ず知らずの船と仲好くなれるとでも思っているみたいだ」と自ら言うとおり、船と馴れ親しむことが目的の一つ(むしろ第一の)であった。実際、デッキにたたずむうち、「この船とて特に他と変わった船でなし、乗組員もそうだし、海だって何か思いがけぬ出来事を一発お見舞いして、私をうろたえさせようと待ちかまえているわけでもなかろう、と自分で自分を納得させて」気が楽になっていたのだし、レガットが現われる直前には、次のような感慨が心をよぎってさえいたのだ――「突然私は嬉しくなってきた。陸の不安に比べて海がなんと平安なことか[suddenly I rejoiced in the great security of the sea as compared with the unrest of the land]――心をかき乱す問題も起こらず、訴えるものは至極まっとうで、目ざすところも単純素朴な、海という根元的でしかも倫理的な美しさを備えた、この安全な生活[that untempted life]を選んでよかった、と」

 しかし、そこもまた安全な場所というわけではなかった。たとえ凪のさなかであろうと、海は平安を保証してくれたりはしない。the great security of the seaなどありはしない。海はまさしくその平安のただなかから、船長の意識の凪に乗じてその表面へ、untempted lifeなど望むべくもない、誘惑そのものを送ってよこしたのだから(まるで“ソラリスの海”である)。そして、「船長室にあのよそ者がいるのだから、私は自分の命令と一体ではなかった。というよりむしろ、私はすっかり船と一体になってはいなかった。私の一部はそこにいなかった」と、のちに語り手自身、はっきり自覚することになるように、レガットの存在は彼が「船と一体に」なることを妨げるものなのだ。風が出てきたと知らされ、レガットを船室に残して出て行かねばならなくなった時、語り手は「私は船と知り合いになるために出て行こうとしていた」と言っている。二人は目を見かわし、船長は部屋の奥のレガットの定位置を指さして自分の唇に指をあて、相手は「何かあいまいな――いささか謎めいた身振りをし、まるで残念というように、かすかに微笑んだ」

 この場合は一時の別れのしるしであるが、最後に彼らが本当に別れる時、船長は「いまや、私は立ち去らんとしている秘密の他人のことはすっかり忘れて、この俺は船にとって全くの他人なんだということだけが思い出された。俺は船を知っていない。船のほうでやってくれるだろうか。うまく操縦に答えてくれるだろうか」と言っている。そして船がついに帆に風をとらえて進みはじめると、「そして私は船と一体になった。そうだ! この世の何ものといえども、私と船とをひき離すことはできない。船乗りと、彼が最初に操縦する船とが暗黙のうちに知り合い、無言のままで愛し合い、心と心が完全に通い合おうとする時に、何ものも暗影を投ずることできないのだ」と高らかに宣言するのだから、船長はレガットがいなくなってようやく彼女[ふね]とのヘテロセクシュアルな関係にシフトしえている。だから、レガットとの関係をホモセクシュアルと呼ぶことは、明示されていない(あるいは存在しない)ものをあえて読み込むことではなく、むしろ構造的な必然である。

◆幻の肉体

 夜の海から上がってきたレガットは、魚か死骸かと見誤られかねなかったのみならず、亡霊のような存在でさえある。むろんコンラッドはこれを幻想小説としては書かなかったから、レガットは、貨物船セフォーラ号から逃げてきた現実の殺人者(嵐の際、適切な命令を下せない老船長に代って船を救い、これを妨害する水夫を死なせた)であり、セフォーラ号の船長の訪問はレガット(ただし会話の中に殺人犯の名前は出ない)の実在を証すものだろう。この亡霊は最初の日、船長の寝棚で熟睡するし、毎朝、船長のためのコーヒーを飲むし、レガットが船を離れて島に泳ぎついた後のために、船長が絹ハンカチに金貨をくるんで手渡すと、それを寝間着の下の素肌の腰にくくりつけるし、むき出しの頭を太陽に焼かれながら彼がさまよい歩かなくてもいいようにと、船長が最後に与える「ぺらぺらの帽子」は、「私が彼の肉体に突然感じた憐れみの表現」[the expression of my sudden pity for his mere flesh]であるのだから、船長の寝室でレガットは確かに肉体を持って存在しているのだろう。

 しかし、まだ彼が縄梯子を上がってもこないうちに、「この静まりかえった真っ暗な熱帯の海を目の前にして、私たち二人はすでに奇妙に心が通い合っていた」と船長には感じられ、「彼はすぐその濡れた体を私が着ているのと同じ灰色の縞模様の寝間着で隠し、まるで私の分身みたいに私の後について船尾へとやって来た」[強調は以下、引用者による]のであり、「灰色の亡霊のような私の寝間着」を着た、船長と同じ黒髪の相手は、「夜の中で、暗い大きな鏡の底の自分の影と向かい合っているみたいだった」と、はなから通常のリアリズムは放棄されているのだから、彼が現実の人間というより船長のダブルと見なしうることは、強調され、誇示されている――むしろ読者は(最も不注意な読者でさえも)そう見なすよう、繰り返し誘われるのだ。パジャマのサイズがぴったりだったり、同じ商船学校の出であると判明したりするのは、まだ偶然と片付けられないこともなかろうが、人を殺したことについて、「まるで私たちは着ているものだけでなく、経験まで同じだと言わんばかり」に彼が訴えると、語り手は理解できると思うし、「私の分身が決して殺人鬼なんかでないこともわかっていた」と言い、「私は彼にこまごました事情を尋ねようとは思わなかったし、彼もとぎれとぎれに、その出来事のざっとのあらましを語っただけだった。私はそれ以上知りたいとは思わなかった。私がもう一着の寝間着を着たもう一人の自分であるかのように、事件のなりゆきが私にはよくわかったからだ」と、彼らはたちまち驚くべき相互(?)理解に達してしまうのだ。

 もしも一等航海士にそうしているところを見られたら、「きっと彼は、俺は物が二つに見えるのかなとかあるいは、変てこな船長が自分の灰色の幽霊と舵輪のそばで話しあってるとは、こりゃ気味の悪い魔法の現場に出くわしたかな、と思ったことだろう」と心配になり(一番普通にありそうなこと、つまり、見知らぬ誰かと話しているところを見つかるのではという心配ではなく)、「君はすぐ私の個室に隠れたほうがいいな」と言って船長が歩き出すと、「私の分身もついて来」る。「実際は彼は私に全然似ていなかった」と船長は言う。

だが、私たちが寝台の上にかがみ込み、並んでささやきあい、共に黒い髪の頭を寄せあい、共に背中を戸口のほうに向けて立っているところへ、誰かが大胆に扉をそっと開けたとしたならば、二人になった船長の一人が、もう一人の自分と忙しくささやきを交しているという、気味の悪い光景をまのあたりに見たことであろう。

 そうだろうか。容易に予想のつくことだが、レガットの姿はついに船長以外の誰にも見られることなく終る。レガットが横たわり、片腕を目の上にあてがい、「こんなふうに顔をほとんど隠してしまうと、私がその寝台に寝ているのとそっくりだったに違いない。しばらくの間私はもう一人の自分を見つめてから、真鍮の棒から下がっている二枚の緑色のカーテンを注意深く引いた」。寝椅子で眠り込んだ船長に朝のコーヒーを運んできた給仕は、引かれたカーテンを見ただけだが、その向うにレガットがいると知っている船長は、自分が同時に二箇所にいると感じている。食事の時も、「食卓の上座に坐っていると、真正面に見えるあの扉の向こうの寝台に寝ている私自身の姿――私の人格ばかりか、私の行動次第でどうにでもなるもう一人の秘密の私の姿が絶えず目についた」。ゆり起こして浴室に入るように言うと、「彼は幽霊のように、物音一つ立てずに消えた」。〈私〉は給仕を呼び、部屋の掃除を命じておいて風呂に入る。「その間じゅう、ひそかに私と生命を共有する男はその狭い場所に直立不動で立っていた。昼の光で見ると、彼の顔はひどくやせこけていて、かすかに寄せたいかつい、濃い眉毛の下に、瞼が垂れ下がっていた」

 こうした描写は、船長につきまとう幻――つまりは彼の幻覚で、他の人間には見えない存在でレガットがあっても不思議はない、という印象を、絶えず読者に与えるものだ。L字形をしているため、都合よく奥まで見通せない部屋で、レガットは壁に何枚も吊り下げられた衣類の蔭で折畳み椅子に掛けており、〈私〉は机に向かいながら、「私の背後の戸口から見えないところに」いる「分身」を意識している。「ときどき肩越しにちらとふり返ると、ずっと奥のほうに彼の姿が見えた――低い椅子の上でじっと身をかたくし、はだしの足を揃え、腕を組み、頭を垂れ、身動きひとつせずに坐っていた。誰だって私だと思うだろう」。こうしてほとんど魅せられたようにレガットを見つめ、「しょっちゅう肩越しにふり向かないではいられなく」なっている時に、ボートの接近が知らされて、彼はセフォーラ号の老船長(アーチボルドとかいう名の)の訪問を受ける。船長は礼儀正しく客人に視線を向けて話をするが、壁一つ隔てた向うにはがいる。

私が本当に見ていたのはもう一人の男だった。灰色の寝間着を着て、はだしの足を揃え、腕を組み、黒い髪の頭を垂れて、低い腰掛けに坐り、私たちの言葉を一言洩らさず聞いているあの男だ

 語り手はレガットにあまりにも同一化しているため、言外にレガットのために弁明し、相手が「奴はセフォーラ号みたいな船の一等航海士にふさわしい男でなかったのですな」と言っただけで、「もう既に私は、ひそかに私と船室を共有するあの男としっかり一体となって、考えたり感じたりしていたものだから、自分自身が、セフォーラ号みたいな船の一等航海士にふさわしい男ではないぞと、面と向かって申し渡されたような気が」する始末だ。レガットのことを単刀直入に訊かれたら平気でしらを切れる自信のない語り手の船長は、自分から船室の中を見せることさえして(「彼は私の後から入ってきてあたりを見廻した。利口な私の分身は消えていた。私はまんまとやりおおせたのだ」)、セフォーラ号の船長を送り出す。うまく行ったのは、アーチボルド船長が「私を見て何か自分の探している男のことを思い出し、自分がはじめから疑い、嫌っていた若造にどこか奇妙に似てやしないかという気がして、少なからずうろたえた」からだろうと語り手は「後になってやっと思いつく」が、これは限りなく妄想に近い。

◆closure/closet

 分身を船室に残してデッキにいるのが、船長には苦痛になってくる。船長室にいても苦しいのは同じだが、「しかし、全体として彼といる時のほうが、二つに引き裂かれた感じがしなかった」。風が出て、「はじめて足の下で彼女[ふね]が自分だけの命令で動き出し」ても、「船長室にあのよそ者がいるのだから(…)私はすっかり彼女[ふね]と一体になってはいなかった。私の一部はそこにいなかった。二つの場所に同時にいるという感じが、身体的にも影響した。まるで秘密を持っているという気分が、私の魂にまで染みとおってしまったかのようだった」。そのため船長は、一等航海士の耳にそっとささやきかけそうになったり、羅針盤を見るのに忍び寄ってしまって舵手を驚かせたりする。さらには、そこにいない自分をいちいち船長室から連れ戻さなければならないので、とっさの判断が難しくなる。あの船長はおかしいと船員たちが思っているのは明らかだ。「おまけに怪談話まで出た」――というのは、船長室から物音がするのを聞いたばかりの給仕が、後ろから船長に声をかけられて飛び上がったのであるが、これは皮肉にも、レガットが幽霊ではなく、船長以外の人間にも感知可能な実在であることを読者に確認させる。

私のすすめに従って、彼はほとんどいつも浴室に居続けだった。そこがだいたいいちばん安全な場所であった。いったん給仕の掃除が済めば、どんな口実にもせよ、誰もそこへ入り込むことはできない。極めて狭い場所だった。肘を枕にして、脚を曲げ、床に寝転がっているときもあった。灰色の寝間着を着て、黒い髪を短く刈っているので、まるで平然とした、我慢強い囚人みたいに、折畳み椅子に坐っている姿を見かけるときもあった。夜になると、私は彼を寝台にこっそり連れ込み、いっしょに小声で話したものだった。

 この閉じこもりは、消灯後の寄宿舎での声をひそめての、中学生のお喋り(小説か映画で知った)を思い起こさせるものだ。もっとも、舎監が点検に来たり、羽根枕を投げ合ったりはしないが。船長室のロッカーの中の罐詰の貯えを、船長はレガットに与える。

堅パンはいつでも手に入れられた。だから彼は鶏のシチューとか、鵞鳥の肝臓のパイとか、アスパラガスとか、牡蠣とか、いわしなど――ありとあらゆる罐詰のまやかしの珍味をあれこれと食べて暮らしたのである。

 こうしたこまごまとした記述が連想させるのは、ロビンソン・クルーソーが粘土をこねて作る素焼きの器や、混ざっていた砂のせいで釉薬をかけたように見えるつややかな陶器や、苦労して収穫したわずかな小麦とそれを挽いて作った貴重なパンといった同種の細部(もっとずっと詳しいが)、そしてそれを読みながら企まれた、家具を馬車や馬に見立てての室内旅行、絨毯の上での水泳、幻の食料を食べるふりをする、子供部屋から一歩も出ないままの無人島生活ではなかろうか。大人になっており、食料が現実に存在するここでは、それはちょっとした屋内でのピクニックだ。先へ行ってレガットが「できるだけ早く、カンボジヤ海岸沖合の島に私を棄てていかなくちゃいけません」と言い出すと、船長は「島に棄てるって! これは少年冒険小説じゃないんだよ」と抗議し、「もちろんそうです。少年小説じゃありません」とレガットは答えるが、実際のところ、これは少年冒険小説なのである

(この項続く)
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by kaoruSZ | 2011-08-19 04:29 | 文学 | Comments(0)
(承前)

 しかし、トマソフがこの男に嫉妬を覚えることはなく、むしろ感嘆の対象であった。相手のほうでも若い彼を引き立てるようなそぶりを見せたり、世馴れた忠告をしてくれたりしたこともあって、トマソフはド・カステルにすっかり感服していた。「当時のフランス軍人が持っていた威信は、貴公たちにはとても想像がつくまい」と老士官は語る。

奥の間[プティ・サロン]に招き入れられたとき、トマソフは、洗練の極みのような二人がソファに掛けているのを見ることになった。彼らの間で何か特別の話が交わされているところを、自分が邪魔してしまったような気持だったという。二人が自分のほうを訝しげに見たように思ったが、はっきり邪魔をしたと思い知らされるようなことはなかったそうだ。

 ここではトマソフは、女主人をめぐる対等なライヴァルというより、自分には理解できない言葉が行き来する、両親の寝室に入り込んだ幼いエディプスのようだ。だが、“両親”に当惑があったとしても、彼を叱責することはない。それどころか、「あの噂が本当かどうか、あなたにお確かめ願えるとありがたいのですが」と女はド・カステルに言い、「あれはたんなる噂などではありません」と男は答えて部屋を出てゆく。しかも、「女はトマソフのほうを向くと、『あなたはわたくしと一緒にここにいらしてね』と言ったそうだ」。まるで、「今夜はあの子と一緒にいてやりなさい」と母が父から言われた晩のプルーストの語者のようではないか。しかも、幼い語者と違って、彼にはそのことに罪悪感を覚える理由はなかったから、「トマソフはもともと出ていく気などなかったのだが、こうはっきり言われて、いっそう幸せな気持ちになった」。そうこうするうち、ムッシュー・ド・カステルが帰ってくる。

外の世界のことをすっかり忘れていたトマソフの夢心地はここで破られた。トマソフは、フランス士官の見事な立居振舞い、悠揚迫らざる態度を目の当たりにし、あらためて、この男こそこれまでに知った誰よりも優れた人物だ、との思いに打たれずにはいられなかった。その思いはトマソフを苦しめた。目の前のソファに座っている、そんな輝ける二人こそ、それぞれがお互いのためにこそ作られたような存在ではなかろうか、と不意にトマソフは思ったのだ。

 自分が場違いな闖入者ではないかと思われ、二人が何を話しているのか理解できないというのは、やはり子供のポジションであろう。しかも母ばかりか、父からも同じように愛され、彼にそむくことなど夢にも思ったことのない子供の。噂が真実なのは疑問の余地もないと、ド・カステルは低い声で女に告げ、「それから二人はトマソフのほうに視線を向けた」。真っ赤になりながらも、「彼はぼんやり微笑みながら二人を見ていた」。

 わけがわからないながら、“両親”の関心はやはり彼の上にあるのである。女が立ち上がり、「フランス士官も腰を上げたので、トマソフも慌ててそれに倣ったが、自分一人が暗闇の中にいるような思いを味わいながら、彼の心はひどく苦しんでいた」。ド・カステルが女に言う謎めいた言葉に、「トマソフは、ますます自分が濃い闇に閉ざされた気分になったそうな。彼は士官のあとについて部屋を出た。そしてそのまま外に出た。そうするように期待されていると思ったからだという」

 トマソフを包む闇が霧散し、真相が明らかになるのは、母の胎内のように心地よく保護してくれた女の私室から出て間もない、ド・カステルとの路上での別れに際してである。フランス士官は、明日、皇帝ナポレオンがロシアの全権公使を逮捕し、随員も全員、国事犯として拘留されるのだと告げる。女は、彼にそうやってトマソフを助けるよう、父にとりなしをする母のように説得していたのだ。

「感謝の念もさることながら、トマソフはこの未来の敵の示してくれた雅量に対する驚嘆の念に圧倒される思いだったのだ。血を分けた兄弟でも、ここまでしてくれただろうか! トマソフは必死に相手の手を握ろうとしたが、フランス士官はしっかりマントに身をくるんでいた。たぶん宵闇のため、トマソフの動きに気づかなかったのだろう」。かくして開戦前夜に、全権公使一同は無事フランスを脱出したのだと老士官は語る。トマソフはむろん、「残酷な試練から自分を救い出してくれた二人に、無限の感謝の念を育んでいた」。しかし、女のほうは、ここで物語からあとかたもなく消えてしまう。「とにかく彼にとって、それが彼女の最後の思い出になったのだから。もっとも当時は、トマソフもそんなことは夢にも思っていなかった。しかし、それが彼女の姿の見納めとなったのだ」と老士官の言うとおり――。

◆白いマントと輝く髪

 だが、トマソフとド・カステルの縁はそれで終ったわけではなかった。母の胎内めいた夢見る部屋から永久に放逐されて、彼らは死屍累々の冬の荒野でめぐりあうのだが、その時のことは語り手自身が目撃している。月光に照らされた雪原を、巡察に出ていたトマソフが帰ってきたのだ。

ところが、彼の傍らをもうひとつの人影がこちらへ進んでくるではないか。わしは最初、わが眼を疑った。これには心底驚いた! その人影は、きらきら輝く羽根飾りの付いた兜をかぶり、白いマントに身をくるんでいた。[…]まるで、トマソフが軍神マルスを捕虜にしたかのような風情だった。わしには、彼がこの燦然と輝く幻の戦士の腕を取って進んでくるのが直ちにわかった

 しかし、近づいてくると、その男は軍神どころではなく、トマソフに支えられてようやく歩いており、「兜はぺしゃんこだった。傷だらけの顔はすっかり凍傷でやられ、疥癬でぼろぼろになった髭に覆われていた」。パリでの別れ際には、ド・カステルの身体にはマントが巻きついていてトマソフの手をはばんだが、今や「竜騎兵の立派な白いマントは無残に引きちぎられ、焼け焦げで穴だらけになっていた。わずかに形を留めている長靴の上から巻いた古ぼけた羊皮が、その足をなんとかくるんでいた」という有様で、聞けば、トマソフの乗馬に自分からぶつかってきて脚にしがみつき、哀れだと思って頭を撃ち抜いてくれと頼んだというのだ。焚火の明りの中で、「軍服を着せられた案山子のような」士官はトマソフをようやく認める。

『あなたでしょう、わかりますよ。あの女性の恋人だった若いロシア人だ。あなたは、あのとき私に礼を述べたはず。借りを返してもらいましょう。さあ、この身を解放する一発で借りを返してください。あなたは名誉を重んじる軍人でしょう。私にはもう、折れたサーベルさえもない。わが身の零落を思えば、身の縮む思いがする。あなたには、私が誰だかわかっているはずだ。』

 トマソフは語り手にロシア語で言う。「『これがあの人なんだ、あの例の……』わしが頷くと、トマソフは苦しそうな調子で話し続けた。『これが、輝くばかりの洗練の極みにあった人だよ。男たちからは羨まれ、あの女からは愛されていた。それが今は、死ぬことさえも叶わず、ぞっとするような……惨めな存在になり果てている。この人の眼を見てみろ、ああ、恐ろしい。』」結局、朝になってトマソフは、彼の望み通りにしてやる。「そう、トマソフは約束を果たした。ド・カステルは、運命に導かれるようにして、自分を完璧に理解してくれた男の許にやって来たのだ」

「そう、たしかにトマソフはやった。だが、彼がやったのは何だったのだろうか? 一人の武人の魂が、信念も勇気も喪失するような、死よりも辛い運命から、もう一人の騎士の魂を救い出すことで、かつての借りを百倍にして返したということなのか。そう理解してよいかもしれない。だが、わしにはよくわからない。たぶん、トマソフ自身にしても、よくわかっていないのではあるまいか。」

 例の副官は「トマソフが冷酷にも捕虜を射殺した」と言いふらし、トマソフはやがて除隊願いを出して故郷に引きこもったという。言うまでもなく副官の言うことは真実ではない――だが、『武人の魂』について容易に信じられてしまうことよりは真実に近いのではないか。上に引いたように、語り手自身が「わからない」と繰り返す以上、少なくとも 一方が他方に恩を受け、その返礼として、もはや死しか望まない相手の望みを、騎士道精神にのっとって叶えてやった話だと片付けてしまう前に、もうちょっと慎重であるべきだろう。すべてそうした事柄は、ある状況を成立させるための口実なのだから。もしそれだけのことであれば、あおむけに倒れたフランス士官の傍に跪いて帽子を取ったトマソフの髪が、「おりしも降り始めた粉雪の中で金色に輝いていた」ことなど、述べる必要はなかっただろう。

 こうして、語り手が目撃した、私たちも明らかに見たはずのものの意味は、結局のところ伏せられたまま終っている。語り手は謎を謎のままにとどめる共犯者の役割を担っているが、彼が美青年トマソフに向ける眼差しは、唇の一件でもわかるように、副官によって強調され、反復されながら補完されている。憎まれ役の副官はその意味で徹頭徹尾、語り手の忠実な“副官”であると言えよう。

 この短篇に関しては、ウェブ上で、特に見るべき解釈を探し出せなかった。なお、例のコンラッド=お笑い路線の研究書が言うには、「老人をとやかくいう若造どもに、老士官が叱りつけながら話す、という枠組は、「名誉と信義」を重んじた時代の美学が、今では顧られなくなっていることをあぶりだしている。この作品の発表が第一次大戦中だったため、反戦のメッセージを読みとる向きもあった。しかし語りまくっておきながら「このわしは生まれつき無口」とすっとぼけてみせる語り手には飄々たるユーモアが漂い、単なる説教とはほど遠い「歴史の息遣い」が生きている」のだそうだ。
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by kaoruSZ | 2011-08-18 06:26 | 文学 | Comments(0)
2 金髪の少尉――The Warrior’s Soul

 目下参照している『コンラッド短篇集』は、出版は2005年とけっして古くない。訳者による「解説」では、「七〇年代から始まり、今日も依然として盛んなポストコロニアル批評」によって、「植民地主義・帝国主義と文学作品との関連が綿密に論じられるようになった最近の時流の中で」、コンラッドの『闇の奥』が「従来とは異なる視点から考察されることが目立ってきた」ことが指摘されている。「ナイジェリア出身の詩人・作家」某が「コンラッドを人種差別主義者[レイシスト]と「断定的に呼ん」で以来、これに賛成であろうとなかろうと「それを無視して『闇の奥』論を進めることができにくくなっているのがアカデミズムの大勢と言えそうである」というのだ。

 それに対して、訳者は次のように述べる。

レイシスト・コンラッドというのが不変の作家像であり続けるわけではなかろう。ポストコロニアリズムに昏い筆者には、『闇の奥』に限らずとも、長篇はいうに及ばず、一見わかりやすそうな短篇でさえ、難解なところを数多く含むコンラッドの作品は、多種多様な読みを許しているのだろう、というごく月並みな思いしかない。

 見識であろう。ただし私には、「多種多様な読み」が無事共存しうるとは思えないので、時流に乗った政治的な言説で作品をあげつらい、自分が「正義」の側に立っていることを確認する人間が増えた結果、コンラッドの作品を本質的に構成しているものが見過ごされることこそが問題だと思われる。コンラッドに関する限り(実は限らないのだが)、日本は鎖国状態としか思えない。むろん、“出島”では情報更新されていて、英語で普通に読めるようなことも、仲間うちでは論じられているのかもしれないが、それを専門外の読者にまで紹介する動機が今やないのだろうか。

 図書館で、そうした専門の研究者の一人なのであろう人の著書を見つけた。それによるとコンラッドは、まさしく「それぞれの時代によってさまざまな「作家像」を担わされ、時代に「奉仕」させられてきた作家」であって、次々とレッテルを貼りかえられてきたのだという。「帝国主義のかかわりという点でも、ベルギーのコンゴ政策が非難を浴びていた時期には、『帝国主義の糾弾者、白人の良心の代表者』とされ、アフリカの植民地が独立国になって声を上げだすと、逆に『帝国主義の同調者、白人の偽善と無反省の代表者』というそしりを受ける。こうした海外の動向に、日本は後塵を拝して従うのみ、という構図が長らくコンラッド研究のパターンになってきた」(武田ちあき『コンラッド――人と文学』勉誠出版、2005年)。

 さらに著者は、「文学とは本来、時代とともに生きて成長するもので」あり、「時代の変化が、作品に新たな解釈を生む。批評理論の発展が、文学に新たな可能性を開く」のだから、「その意味でコンラッドは、きわめて手ごたえのある作家なのだ」と、むしろ肯定的にとらえ、「起伏に富むコンラッド批評の歴史を経た今だからこそ、そしてディコンストラクション、ポストモダニズム、カルチュラル・スタディーズなどの批評理論が文学と現実の解釈に提供した視点の数々を使いこなせる今だからこそ、見えてきたコンラッドの『作家像』」を自分は提案するのであり、それも「今後の批評理論や文学研究の発展により、いずれは凌駕されていく」はずのものだが、「しかし現時点において可能な限り総合的で説得力に富むものを」提供するのだと主張する。

 こうした“進歩主義的”見解について筆者がコメントすべきことは何もない。ただ、この本の内容が、「現時点において可能な限り総合的で説得力に富む」とは全く感じられなかった。岩波文庫の訳者は、「レイシスト・コンラッド」などという軽薄なレッテルはどうせ一時の流行で長続きしまいと踏んでいて、事実それは正しかろう。しかし、武田のようにポスコロ的なものをたんに素通りして、これまで深刻、真面目、重厚に受け取られてきたコンラッドの小説は、実は笑える面白噺なんだと言い立てたところで、コンラッドの“作家性”の抑圧(“ポスコロ”はそれをやっている)が止むわけではない。

 ただし、武田の本には、『伯爵』について、“「名誉」に準じようとする伯爵の高潔さは、日本の切腹の美にまでたとえられている。その一方、街中で目が合い、心ひかれた美貌の青年が、じつは自分に気があるのではなく自分をねらう強盗である、と判明する間抜けさは、イタリア映画『ベニスに死す』よりもなさけない。”とあるので、そういう話だということはきちんと書いてある。しかし、「それぞれの時代によってさまざまな「作家像」を担わされ」てきた「歴史的変遷」を言うのだったら、『伯爵』が長い間どう読まれずに来たかについても言及しなくてはならないだろう。これでは、同性愛のモチーフが、この一篇に限って、たまたま存在するかのようだ。英語圏では今や常識となっていると思われる、コンラッドの作品の――作家のではないにしても――セクシュアリティを全く押えていないのでは、海外の研究の「後塵を拝し」えてさえいないのではないか。

 また、上の引用に続いて「たまたま所持金がわずかで、いつも持っている時計も修理中、という、強盗もあきれるほどの襲いがいのなさも、かなりダサい。しかも、非常用の金貨を携帯していたことにあとになって気づき、それをはたいて腹ごしらえしているところを同じ強盗に見つかってののしられるに至っては、あまりにも間が悪い。思わぬ形で「ずるい嘘つきのケチじじい」を演じるはめになり、ピエロになりさがってしまう。この「誤解の転落ケース」は(…)むしろ笑いを誘うのである」とあるが、いくらコンラッドは笑えるお話で眉間に皺を寄せて読むものではないと言い立てたところで、政治的なものによる官能性の抑圧をはねのけられるものでないのはすでに述べた通りだ。

 実は、伯爵が被害を語る部分には、なんとなく引っかかっていた(笑えるとかピエロとかいう気はしなかった)。実質的な被害は何もなかったのである。どうしてだろう(むろん、どうしてコンラッドがそのように設定したかという意味だ)。伯爵の被害が精神的なものであるのを強調するため? 大金は取られなかったし、時計も指輪もそのまま手元にある。ネットでなか見検索できるコンラッドの研究書(英文)や、途中までなら読める英文論文を片っ端から見ていて、金品を奪われたという伯爵の話自体、事実とは異なるのではないかという解釈に出会い、なるほどと思った。

 閑話休題。二番目に検討するコンラッドの短篇は、やはり岩波の短篇集にある『武人の魂』(1917年)である。この小説も、語り手に媒介されている点は、『伯爵』と同じだ。だが、黒髪、漆黒の口髭、赤い唇の南イタリアの不良とは対照的に、『武人の魂』で〈私〉の口を通して描き出されるのは、北国の金髪碧眼の軍人である。そして語り手は、モスクワから退却するナポレオン軍を追い、パリに入城した経験を持つ「長い白い口髭を蓄えた」老士官で、「トマソフは、わしたちの中で最年少の将校だった。つまり、掛け値なしの若さが彼にはあったというわけだ」と、かつて知っていた同僚の士官について語る。読者が最初に受けるかもしれない印象に反して、彼は今時の若い連中に向かい、彼らの軟弱さをいましめたり、騎士道精神を鼓舞したりしようというのではない。彼の話すトマソフの物語の意味同様、老士官の語りの動機は曖昧なままである。

◆“情人の唇

 老士官の回想の中のトマソフは、まず、敗残兵の群れの中で剣を鞘に収めようとする、馬上の姿として登場する。彼らは実のところ、ナポレオンの大遠征軍にこの時はじめて遭遇したのだが、もはや魂の抜けたようなフランス兵は身を守ろうという身ぶりすら示さず、さればこそトマソフも(語り手の士官も)早々に剣を収めてしまったというわけだった。

遠目に見れば、汚れやら、あの戦役がわしらの顔に刻んだ独特の刻印やらで、彼だっていっぱしの軍人に見えたろうさ。だが、近寄って彼の眼を覗き込めば、少年とは言わぬまでも、トマソフが本当にまだ若い男だということがすぐわかったろうな。/彼の眼は青かった。秋の空を思わせるような青さだった。そして、夢見るような、楽しげな、無邪気で人を信じて疑わない表情の眼だったよ。額を飾る美しい金髪は、平和なときであれば、見る人は金色の王冠と形容しただろう。

 またしても “過剰なもの”と言うべき男の美しさの記述が突出している箇所である。何に対して過剰かと言えば、これをたとえば「歴史小説」と称して片付けてしまうような立場に対してだ。ふたたび訳者の「解説」を参照するなら、「この短篇は歴史小説の好篇として比較的評価が高い」のだそうだ。「主人公トマソフのような、ナポレオン戦争でパリを経験した青年将校が、遠くロシア革命につながる最初の帝政ロシアに対する反乱であるデカブリストの乱(一八二五)に加わっていったのではないか、また、「西欧人の眼に」のテロリスト・ハルディンの伯父で、デカブリストの乱に関係して銃殺された思われる人物もトマソフのような人物ではなかったのか、と様々に連想の広がる作品」と想像を広げる訳者は、この作品自体についてだけは語らない。やはり、“過剰なもの”は無視されてしまうようだ。

 だが、老士官もその副官も、無視するどころではない。自分がトマソフのことを、まるで小説の主人公のように扱っていることに自覚的な老士官は、自分の副官に比べれば、こんな言い方なぞ大したことはないのだと言いわけをする。「奴は、どんなつもりで言ったか知らぬが、トマソフは情人の唇[lover’s lips]をしていると吐(ぬ)かしおったわ。副官の奴はそんな言い方で、形のよい唇と言うつもりだったのかもしれぬが、たしかに、トマソフは形のよい唇をしていた。(…)トマソフが話しているときなど、副官は聞こえよがしに、あの情人の唇を見てみろよ、とよく言ったものだ。」[強調は原文]

◆仮初の三角形
 
 副官は本当に、いったいどんなつもりでそう言ったのか――副官の(他の)発言について、「真実というのはとてつもなく不条理なものだから、ときに馬鹿者の前に姿を顕すこともある」と語り手も言っているのだから、意地の悪い副官の発言には相当の注意が払われてしかるべきであろう。そんなふうに冷やかされるのも、「ある程度、身から出た錆だったかもしれぬ」と老士官は言う。なぜなら、トマソフは恋物語の主人公であるという印象を、彼自身が好んでした話によって、進んで皆に与えていたからである(しかし、詳しい話は語り手だけが聞いている)。戦争の前年、軍事使節団に随行してパリに駐在していたトマソフは、そこで社交界の中心の、サロンの女主人の知遇を得る。

ともあれ、トマソフはそこに入った。全く無知な若者がだ。まわりを見れば、堂々たる地位にある錚々たる顔ぶればかり。それがどういうことか、貴公たちもわかっていよう。風刺家の言い草を借りれば、せり出した腹、禿げ頭、入れ歯の持ち主ばかり、というわけだ。そんな連中の中に、もぎたてのリンゴのようにみずみずしい、紅顔の美男子が混じっている図を想像してみるがいい。謙虚で、ハンサムで、ものに感じやすい、すべてに称賛の眼差しを投げかけている若い野蛮人の姿を。

 純朴なトマソフは、女に対する一途な献身によって、正式な面会時間以外にも出入りを許されるようになる。ある日、早めの時刻に訪れると先客があった。腹のせり出した名士ではなく、「三十は越していると見えたフランス軍の将校だった。この客もまた、ある程度、彼女から懇意にされていたのだろう」。

 実は『武人の魂』は、若いトマソフとサロンの女主人との恋物語ではなく、不意に横合いから現われて、彼女を通じて彼と関係することになった、このフランス士官とトマソフの関係についての話である。その証拠に、トマソフについては前述のように克明に描写されていながら、女の外見についてはひとことも書かれることがない。老士官の語りはその理由を次のように合理化している。

だがトマソフはまことに手際よく、そういう細部には係わらずに話を進めた、と言っておかねばなるまい。誓って言うが、彼女の髪が黒かったか金髪だったか、その眼が鳶色だったか、碧眼だったか、はたまた、彼女の背丈にせよ顔立ちにせよ顔の色にせよ、そういうことは何ひとつ聞いていないのだから。トマソフの恋は、女の肉体的印象などをはるかに超えた高みにまで達していたのだろう。だからこそ、その女のことを、ありきたりの決まり文句を使って、わしに描写してみせようなどとはしなかったのだ。 [強調は引用者による]

 もっともらしくこう言いながら、年長のフランス士官については、背丈にせよ顔立ちにせよ顔の色にせよ、トマソフの眼や髪と同じように、ちゃんと彼は描写している。

この士官は、そんな軍人の素晴らしい見本のような存在だった。参謀本部付士官で、おまけに最上流階級の出であった。女のように念入りな身づくろいだったが、男らしい堂々たる体格だった。いかにも世慣れた人物という雰囲気を伴った礼儀正しい落ち着きをいつも湛えていた。石花石膏[アラバスター]を思わせる白い額が、健康そうな頬の色と見事に調和していた。[強調は引用者]

(この項続く)
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by kaoruSZ | 2011-08-17 15:28 | 文学 | Comments(0)
こんな気候の中にいてもジムはみずみずしさを失わなかった。彼がもし女だったら――と、私の友人は手紙に書いていた――花の盛りというところだな――慎み深く咲いているんだ――スミレみたいに。けばけばしい熱帯の花じゃなく。
                        ジョゼフ・コンラッド『ロード・ジム』
 
よしや空と海はインクのように黒くとも……
                        シャルル・ボードレール「海」
  

 ジョゼフ・コンラッドの小説をはじめて読んだ。もちろん、名前はあちこちで目にしていたし、船員上がりで、成人後に習得した英語で書いた、ポーランド生れの小説家であることは知っていた。たぶん、コッポラの『地獄の黙示録』の原作者というのが一番通りのいい説明だろう。しかし、面白いからぜひ読めという記述にも人にも会ったことはなかったし、雑誌が特集を組んだという覚えもない。日本でも古くから読まれていたはずだが、ポピュラーな作家ではもはやなくなっているのかもしれない。今回、彼の本を手に取ることになったのは、一緒に評論を書いている(http://kaorusz.exblog.jp/322048/)平野智子が、あるアンソロジーでたまたま読んだという『秘密の共有者』について話してくれたからだ。とりあえず、岩波文庫の『コンラッド短篇集』(中島賢二編訳)を読んでみた。まずはその一篇、『伯爵』について述べる。

1 コンラッドの “ナポリに死す”――Il Conde

『伯爵』(1908年)は奇妙な話である。“ナポリを見て死ね”を副題とするこの短篇は、名前の出てこない語り手が、ナポリで短いあいだ交流のあった“伯爵”について語るという形式を取る。国立博物館の、ヘルクラネウムやポンペイから出土したブロンズ像の前で、〈私〉は伯爵と近づきになるが、それ以前から、同じホテルに滞在し、“イル・コンデ”と呼ばれてうやうやしく応対されている、白髪に白い口髭、気さくで身綺麗な、高級な香水と上質の葉巻の匂いを漂わす、非のうちどころのない老紳士を見知っていた。話好きの伯爵は、やもめで、ボヘミアの貴族に嫁いだ娘がおり(彼自身、アルプスの向うのどこかが故国で)、なすべきことは何も無く、ナポリの気候のおかげで持病のリューマチからも解放されて、気楽な暮らしをしているらしい。続けて三夜、良き話し相手との晩餐をともにした〈私〉が、病気の友人を見舞うために十日ばかり留守にして戻ってみると、伯爵の身にとんでもないことが起きていた。残りのページは、伯爵から聞いた事件の叙述にあてられ、ナポリから永遠に去る伯爵の出立を〈私〉が見送るところで終る。

◆事件

 十日前、語り手を駅に送ってホテルへ戻ったのち――帰り道では、カフェでアイスクリームを食べながら新聞を読み、夕食のために着替えて食事をすませ、葉巻をくゆらせながら他の泊り客と言葉をかわし、しかるのち国立公園で催される音楽会に向かった――伯爵は、辻馬車で海岸まで行き、公園の海岸沿いに続いている長い並木道を徒歩でたどって、音楽を聴きに集まった上流人士に合流する――「彼もその人込みに身を投じ、人々の流れに身を任せながら、音楽に耳を傾け、まわりの顔を眺めて、心静かに楽しみに浸っていた」。しかし、カフェでレモネードを飲み、さらに歩き回るうち、「伯爵は、人込みの中で誰もが味わう、息苦しいような雰囲気に飽きてきて、少しずつ楽団から離れていった。並木道のほうは、楽団のそばとは対照的に闇が濃く、人気もなく、清々しい涼しい空気を約束してくれるように思われた」。彼が若い男にナイフで脅され、金を奪われたのはこの暗闇の中である。緊急用に金貨を身につけていた伯爵は、気もそぞろなままレストランに入るが、なんと客の中にさっきの犯人らしき男がいる。物売りに尋ねると、名家の「若様[カヴァリエーレ]」で、カモッラ党(マフィアのような犯罪秘密結社)のリーダーだという。近づいてきた若者は、彼だけに聞こえる罵倒の言葉を投げつけて去る。話しながら伯爵は震えていた。その後一週間、床についた伯爵は、ある決心を語り手に告げる――「やっと床から起き上がれるようになったから、この地を去る支度をしているところです、と彼は話してくれた。二度と南イタリアには戻らないつもりで。/他の気候の土地に行けば、まる一年と生きられないと確信していたはずなのに!」

私がどんなに説得してみても効果はなかった。伯爵は一度、「あなたはカモッラ党がどういうものか御存じないんですよ。私はもう眼をつけられてしまいましたからね」と言ったが、それが臆病ゆえの言葉でないのは明らかだった。自分の身がどうこうされるというようなことを恐れていたわけではなかった。品位を重んじる繊細な気持が、屈辱的な体験で汚されてしまったことに、伯爵は耐えられなかったのだ。過度の名誉心を傷つけられた日本の侍でも、彼ほどの決意を持ってハラキリに臨みはしなかったろう。故郷に戻ることは、気の毒な伯爵にとって、間違いなく自殺であったのだから

 日本の読者の目にはいささか唐突な「侍」(原文はJapanese gentleman)の登場だが、実は「ハラキリ」の比喩は、伯爵がナイフを突きつけられるところですでに出ていたものであり、これについては後で立ち戻ることになるだろう。ともあれ、伯爵の死は、すでに決定された事柄であるかのようだ。実際、駅頭で伯爵を見送る語り手は、「彼は間違いなくナポリを見た! そう、伯爵は万般見つくしてしまった。そして今、彼は墓へと向かっていく。国際寝台列車会社の特等車に乗り、トリエステ、ウィーンを経由して墓へと戻っていくのだ」と断言する。 “ナポリを見て死ね!”――一篇はこの格言で締めくくられる。語り手は、ナポリを“見た”伯爵が、まさに死へ向かって出発したと言っているのである。

 しかし――ここに書かれているのは本当にそういう話だろうか? 伯爵は何を見たというのだろう。“ナポリ”とはいったい何なのか。ちなみに、訳者のあとがきでは、この短篇は「ナポリに根を張っていた政治的・犯罪的秘密結社、カモッラ党メンバーからの理不尽な暴力に精神的に傷つき、自殺に等しい死を選ぶ老貴族が描かれる」と解説されており、訳者も語り手と同意見である――〈私〉の語りに何の疑いも抱いていない――ことがわかる。しかし、私が最初に「奇妙な」と呼んだのは、そんな話では全くない。

◆美を見た者は

 奇妙なのは、第一に、強盗がむやみに美しいことである。そのことは、この短いテクストの中で、二度も言葉を尽くして述べられている。音楽会に集まってきた人々が紹介される際、その“タイプ”は次のように書かれる――

伯爵が話してくれたところによれば、一番目立ったのは、南イタリア特有のタイプの若者だったそうである。白面の肌も綺麗な顔色、赤い唇、漆黒の口髭、横目をつかったり顔をしかめたりすると驚くほど魅力的な、澄んだ目元を持った若者だった。

 むろんこれはまだ強盗の描写ではない。カフェで、「ちょうどそんなタイプの若者の一人と」相席になったと語られるのみだ。暗い表情をした若者と伯爵は、そこでは交渉を持たなかったが、「その後、楽団の近くを歩き回っているとき、伯爵は、その若者が一人だけで人込みの中をぶらついているところを二度ほど見たように思った。一度は眼が合った。さっきの若者にちがいないと思ったが、なにせ、そんなタイプの男はたくさんいたので、はっきりとは確信が持てなかった」。そして伯爵は暗い並木道のほうへ入ってゆき、「やがて、オーケストラの音も遠のいた。そこで、彼はもう一度引き返して、再び辺りをそぞろ歩いた。こんなことを何度か繰り返しているうちに、伯爵は近くのベンチに人がいることに気がついた」。

 伯爵が〈私〉に語ったところによると、そこにいたのは、「カフェで、暗く沈んだ顔をしていた男ですよ。人込みの中で会った男です。でも、本当のところは何とも言えません。この国には、そのようなタイプの若者はたくさんいますから」。二度、三度、伯爵はベンチに接近する。つと、青年は立ち上がり、「ほとんどそれと気づかぬうちに」、「伯爵の眼の前に立ちはだかると、低い穏やかな声で、すみませんが、あなた(シニョーレ)、煙草の火を貸してもらえませんか、と言った」。結局、この男が強盗に豹変するのだが、その外見がようやく描写されるのは、伯爵がレストランに入った後である。

伯爵は、注文したリゾットが早く来ないかとあたりを見回した。すると、なんと! 左手の壁を背にして、あの男が座っているではないか! 彼はシロップかワインの瓶と氷水の入った水差しを前に置いて、一人ぽつねんとテーブルに座っていた。滑らかなオリーブ色の頬、赤い唇、粋に跳ね上げた漆黒の小さな口髭、少し重たげな長い睫毛で隠された美しい黒い瞳(め)、そして、いくつかのローマ皇帝の胸像のみに見られる、残忍で不満げな独特の表情。間違いない、あの男だ。しかし、それはいくらでもいるタイプだ。伯爵は急いで眼を逸らした。向こうのほうで新聞を読んでいる若い士官も同じタイプだった。さらに遠くのほうでドラフトゲームに興じている二人の若者もそっくりだった。/伯爵は、あの若者の幻影に永久にとり憑かれるのでは、と空恐ろしくなり、思わず顔を伏せた。

 要するに、それが伯爵の “タイプ”なのだろう。「あの若者の幻影に永久にとり憑かれるのでは」? なに、出会う前からとりつかれていたのだ。〈私〉は何も気づかぬまま、読者に情報を提供しているが、これは伯爵の一人称だったら出せない効果で(まさにそのために語り手はいる)、語られているのはあくまで〈私〉が「眼に浮かべる」伯爵、つまり語り手の目を通した彼である。〈私〉は伯爵をすっかり理解しているかのように振舞っているが、実は知り合って間がないのであり、おしゃべりには向いていても、伯爵にとってとうてい真実を明かせる相手とは思えない。にもかかわらず、彼が見た伯爵像を素朴な読者は信じることになる。伯爵が語り手に聞かせたこと、あるいはそこから語り手の引き出したことしか私たちには伝えられない。とはいえ、それは語り手の思惑を越えて私たちに与えられる重要な手がかりだ。

 伯爵は〈私〉に真相を語っていない――彼の眼に映る伯爵像から、一ミリでもはみ出すようなことはけっして。それでもなお、〈私〉の口を通して二度までも語られる若者の美しさは、あたかも伯爵にそれほどの傷を負わせたのが、その圧倒的な美そのものであることを示すかのようだ。伯爵との出会いを語りながら、〈私〉は博物館の展示品についての伯爵の意見を、いかにもどうでもいいことのように――「ついでに言えば」と前置きして(しかもカッコ書きで)引いていた――「(ついでに言えば、彼[伯爵]は、大理石のギャラリーに並べられたローマ皇帝の胸像や立像は好きになれない、と話していた。強すぎて、決然たる感じが出すぎているのが、どうも自分の趣味に合わないのだ、と言っていた)」。しかし、「いくつかのローマ皇帝の胸像のみに見られる、残忍で不満げな独特の表情」という、すでに引いた文句をあわせ読めば、伯爵の本音がどこにあるかは容易に推測される。ローマ皇帝の大理石像は、その尊大でサディスティックな表情が、彼にとってあまりに魅惑的であったため、その前を黙って過ぎるわけにはいかなかったのだろう――あえてそうした発言によって、その事実を否定してみせねばならなかったほどに。

 公園の暗がりで、若者の求めに応じてマッチを取り出そうとした伯爵は、「胸骨のすぐ下」、「日本の侍がハラキリを始めるときに最初に刀を当てる、まさにその部位」を何かが押すのを感じる。それは「長いナイフ」であり、現金は渡しても亡妻からの贈物と父の遺品の二つの指輪を渡すのを拒んだ彼は、覚悟を決めて目を閉じる――「人の身体で一番痛みに敏感な鳩尾にぐっと押し当てられた、刃渡りの長い尖ったナイフで」、腹を「ぐりっと抉られるのを」覚悟しながら――

突然、伯爵は、悪夢のような圧迫感が敏感な部位から取り除かれたのを感じた。眼を開けてみると、すでにその男の姿はなかった。(…)しかし、ナイフが消えた後も、ぞっとするような圧迫感はいつまでも残っていた。

 それにしても伯爵は、なぜ、わざわざ、人気のない暗がりへ入って行ったのか(不自然さを感じさせないよう、もっともらしい理由づけ――「清々しい涼しい空気」を求めて――がなされているが)。さらには、ベンチに腰かけた若者の周りをうろついたりしたのか(「私は、彼がいつもながらの物静かな態度物腰で、南国の夜の香しさと、距離をおいたことで気持よく和らげられた音楽の響きを、心ゆくまで楽しんでいるさまを眼に浮かべることができる」と、語りは言いくるめる)。そもそもタバコの火を借りるとは、時間や道を訊くのと同じ、古い手ではないだろうか? 要するに、この短篇は、コンラッド版『ヴェニスに死す』ではないかと私には思えたのである。ただし、手を触れえない美少年を遠くから眺めることとは対極にある、向うから攻撃されて外傷を負うという形の――。

“ナポリを見て死ね”とは、つまるところ「美を見た者は、早くも死に囚われている」(プラーテン)ということではないか。それまで後ろ指さされることとは無縁だった、「人生の喜びも悲しみも、結婚、出生、死といった自然の流れによって定められ、上流社会の慣習によってあらかじめ規定され、国家によって守られたものだったに違いない」、要するに“自然の流れ”にそって制度の枠内で生きてきた伯爵は、もののはずみ(?)で暗い道に踏み迷っての自己発見の結果、死にまで追いやられようとしている(ヴェネツィアではとどまることがアッシェンバッハを斃したが、ここでは逆に、去ることが死を意味する)のではないだろうか(ちなみに『ヴェニスに死す』は1912年発表。『伯爵』の四年後である)。

◆別の読み方?

 たぶん、私が知らないだけなのだろう、と私は考えた。これだけはっきり書かれているものが(私の要約だけですでに真相に気づいた方もおられよう)見過ごされていることはよもやあるまい。まだ、岩波文庫の「解説」にまでは、反映されていないとしても――。そこで、“ジョゼフ・コンラッド 同性愛”と打ち込んで(さらに“伯爵”を加えて)検索してみたが、何も出ない。コンラッドについての日本語の論文はあるが、箸にも棒にもかからないレヴェルである。専門の研究者はというと、どうもコンラッドに関してポストコロニアリズム的にしか興味がないようだ。一般の人のブログで、「身内の冠婚葬祭を繰り返すうちに、いつしか自分のまわりには誰もいなくなって」しまっている伯爵という、語り手の判断をそのまま受け入れた同情的な感想ならあった。語り手並みに人の好い方らしい。

 ところが――ためしに英語でいくつかキーワードを打ち込んだところ、またしても驚いたことに、私が嗅ぎつけたようなことはすでに常識であるらしかった。たとえばここ   
http://dansemacabre.art.officelive.com/ilconde.aspx――『伯爵』のテクスト全文と短評であるが、それによるとこの小説は、ナポリで快適な生活をしていた老紳士が、「若い男の形を取った人生の暗黒面」に出会うことを余儀なくされてナポリを出てゆく話だと長いあいだ思われてきたが、「何年か前から、それとは別の読み方が出てきた。伯爵を無辜の被害者ではなく、その運命の共犯者と見る読み方である。この読み方は、伯爵はセックスの相手にする若い男を漁るため、演奏会へ行く通常の道から故意に外れたと主張する」。この読み方では、伯爵は、強盗に襲われたのではなく、ハッテン場で恐喝に遭った。「伯爵はもはやナポリが安全とは思えないからではなく、恐喝と暴露を恐れてナポリを去る」(John G. Peters)というのである。

 なるほど、辻馬車を途中で降りて暗い並木道を行くのも、若者と相席になったあとの挙動もそれで腑に落ちる。恐喝とは思いつかなかったが、要するに、黙って眺める片思いから、強盗/殺人の被害者まで幅があるのだ(ドミニック・フェルナンデスは短篇『シニョール・ジョバンニ』で、『ヴェニスに死す』を引き合いに出しながら、この両極端の間に引き裂かれた美術史家ヴィンケルマンを描いていた)。こういう説はすでに1970年代に出ていたらしい。

 しかし、伯爵がハッテン場の常連だったとしても(「ヨーロッパ全土から次々とやって来る旅行者の中から、一日だけの、ときには一週間の、場合によっては一カ月に及ぶこともある仮初の友人を見つけて、暮らしていたらしい」とはそういう意味だったか)、恐喝と言ってしまったのでは、話がいかにも切りつめられてしまうのではないか。伯爵が〈私〉に聞かせた単純な物語には、思いがけない過剰な情動が伴っている。ちょうど、顕在夢が、その内容に不釣り合いな強い情動を備給されているように(むろんそれは別な体験に属するのであり、表面に見てとれるのはその置き換えなのである)。それは、伯爵が無垢な被害者ではなく、男漁りをしていたのだと気づかない読者にも、明らかに感じ取られるであろう、最も素朴な読者にさえ、熱に浮かされたような強度として迫ってくるはずのものだ。これを「恐喝」の結果と置き換えてしまったのでは、すべての推理小説で最後に種が明かされるのと同様、興を殺ぐのではあるまいか。いずれにせよ、そこにホモエロティシズムが充填されていることは見間違いようがない。長いナイフを「敏感な部位」に押しつけられた伯爵は、完全に自己を放棄し、無防備に身をさしだしている。

◆「彼の美しい年老いた顔」

 平野智子にも『伯爵』を読んでもらった。ローマ皇帝の像についてのトピックが、生きた若者の「残忍で不満げな表情」として反復されていることを指摘してくれたのは彼女である。そう、伯爵は、嫌いだとわざわざ言明しなければならないほど、「残忍な」若者が好きなのだ。伯爵は確かに恐喝を受けたのかもしれないが、と平野は言った。要するに、夜中に散歩していてハイドに殺されてしまう、あの年寄りの議員のようなものだろう……。

 あの年寄り――ロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説で、夜道でハイドに殺されるサー・ダンヴァーズ・カルーは、光文社文庫版の『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』では「年配の上品な紳士」と表現されているが、エレイン・ショウォールターの『性のアナーキー』で引用されている当該箇所では「老齢の美男子」と訳されていて、原文のaged and beautifulはこちらの方が近いのだろう。ショウォールターの示唆によれば、傍(はた)からは老人がハイドに道でも尋ねているかと見えたのは、年を取っても容姿に自信のあったカルー議員が、夜道で男に声をかけて殴り殺されたのである()。われらが伯爵も、カルー同様、「美しく老いた顔」(his handsome old face)をしている。そして、ロンドンの上院議員同様、闇に紛れて男をハントするため、目的地の手前でわざわざ馬車を降りて暗い道を行き、また、目をつけた若者がいるテーブルに進んで同席して自らを提示したのだ。しかし、運命的な出会いの相手が醜く不快なハイドではなく、澄んだ目元の、美しい黒い口髭の、そして「ぎょろっと眼を光らせ、白い歯をぎりぎりと軋らせ」る時は「ぞっとするほど残忍な様子」の若者であることは、コンラッドのこの短篇をきわ立って特徴づけている。

 一方には、語り手と伯爵が国立博物館で見たような、ヴィンケルマン的、ヴェニスに死す的彫像やブロンズ像があるのだろう。そして一方の極には、言うまでもなく、オリーヴ色の肌、赤い唇、漆黒の口髭等々で構成された生身の肉体がある。フェルナンデスに言わせると、ヴィンケルマンは手の届かない上流階級の金髪の青年およびその等価物である純白の大理石像と、手を伸ばせば届く(実際には困難だった)後者の間で引き裂かれていた。しかし、伯爵は、美術品への穏当な愛の表明(ディレッタントや目利き[コネスール]のものではないが、「実に的を射た感想」が伯爵からは聞けたと〈私〉は言っている)と、オリーヴ色の若者相手の実践の、両方にたずさわっていたのである。アッシェンバッハと違って、彼にあっては芸術と現実はなだらかに続いており、朝には逸楽的なローマ人が遺したブロンズの男性ヌードを鑑賞しながら芸術を語り(「彼の審美眼は、修養で得たものというより、ごく自然なものだった」と語り手は言う)、夕にはそうした美を体現する生ける彫像を探しに行くことができた。語り手のそうした言葉の意味も、そこまでわかってはじめて理解できるというものだ。

 自らも以前カプリに別荘を借りていたことがあるという(カプリ島が何で有名であったかは言うまでもない)伯爵は、ナポリ湾周辺に別荘を建てた古代ローマの貴族について話しながら、「ローマの上流人士たちは、辛いリューマチに特に罹りやすかったのだと思っている」とつけ加えていた。これを聞いた〈私〉は、「彼は、世の中の普通の物知り以上にローマ人について知っているわけではなく、自分の体験に鑑みて言ったにすぎないと」思い、彼自身が南イタリアでリューマチから解放されたことに単純に結びつけてしまうが、ローマ人の生活についてなら、伯爵には他にも「自分の体験に鑑みて」言えることがあったのである。

◆ナポリを見た者

 ヴィンケルマンが同宿の強盗に殺され、カルーがハイドの手にかかったことを思えば、『伯爵』の運命は彼の生活同様、相対的に穏当なものと見えるかもしれない。しかしそれは紛れもなく「死」という言葉で――“ナポリを見て死ね”という言葉で――表現されうるようなものなのだ(なぜ彼が「死」にまで至るのかを、名誉心だの繊細さだのという言葉で考察してきた人が大勢いるに違いない)。「“ナポリを見て死ね”とは過剰に自惚れた諺であり、すべて過剰なものは、哀れな伯爵の上品な中庸とは趣味が合わなかった」[拙訳]と語り手は言う。しかし、ナイフを突きつけてくる若者の美以外に、『伯爵』におけるどんな“過剰なもの”がありえよう。そして、語り手には中庸=穏健の人としか見えなかった伯爵は、実は、過剰なものに身を捧げる用意のある人だった。鈍感な語り手も、「伯爵は、この諺の自惚れた精神に、奇妙なほど忠実に従ったと言えるのではなかろうか」と言っている。だが、 “彼は間違いなくナポリを見た!”とパセティックに断言する語り手には、皮肉にも“ナポリ”の意味がわかっていない。伯爵は間違いなく“ナポリを見た”のであるが。

 無邪気な語り手、無邪気な読者はナポリを見ていないのだと平野智子は言う。『ヴェニスに死す』の、ようやく得た社会的地位に縛られ、抑圧された哀れな作家と違って、伯爵はその身分と財産に守られ、身過ぎ世過ぎにわずらわされずに、葛藤のない、欲しいもの(男)は金で得られる生活を送ってきた。しかし、ある日、これ以上無い至高のものに思いがけず出会ってしまったため、そしてそれは、他で探しても見つからない、けっして手に入らないものであるために、生き続けること自体が無意味な状態に陥ってしまったのだと。なるほど、そういう解釈なら、「恐喝」(だけ)に還元するのと違って納得がゆく。『ヴェニスに死す』を書く以前にトーマス・マンに『伯爵』を読む機会がありえたかどうかはわからないが(1926年には、マンはドイツ語訳のコンラッド作品集第一巻に序文を書いている)、もし読んだのなら読めなかったはずはないから、伯爵を、そしてここまで大胆に書けた作家をねたましく思いつつ、お得意の「芸術家小説」に変換してあの本を書いたのだと根拠のない想像をしてみることもできる。

 これについては拙稿「In Queer Street――ポールの奇妙なケース」で触れた。掲載誌『ポールの場合』購入は「ロワジール館別館で見た」とお書き添えの上、こちらまで。
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by kaoruSZ | 2011-08-15 18:33 | 文学 | Comments(0)