おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

<   2012年 03月 ( 2 )   > この月の画像一覧

塚本邦雄bot
@bot_kunio
歌人 塚本邦雄(1920-2005)の、原則として短歌以外のテクストからの引用をお届けします。★毎月一日のみ短歌特集といたします。
https://twitter.com/#!/bot_kunio


鈴木薫のtwitterは下記です。
https://twitter.com/#!/kaoruSZ
[PR]
by kaorusz | 2012-03-25 15:58 | 文学 | Comments(0)

ある反響

 昨年12月twitter上で@kkpastoと名乗る、今春大学を出て地方公務員になるという人物が、平野智子と私が書いたトールキン論「“父子愛”と囮としてのヘテロセクシュアル・プロット――トールキン作品の基盤をなすもの」(第一章 第二章 第三章)について暴言を吐いた。13日になってこれに気づいた私たちが応答したところ、相手はアカウントを削除して姿をくらました。先方のさえずりと、それに対する鈴木(@kaoruSZ)と平野(@tatarskiy1)の応答をまとめておく。

@kkpasto: LotR)lomelindiの日本語探してたらなんか論文に行きあたったが、何を言ってるのかちょっとよく分からない… 星の光は太陽や月とは違いシルマリルの光と同じってあるけど、星も太陽も月もシルマリルももともとは二本の木からのものだろ?[鈴木註; 太陽と月(作中では異性愛の指標)はモルゴスと蜘蛛に襲われ毒を注入されたあとの二本の木の産物であり、それ以前に存在した「無垢な光」とは区別されている。]
@kkpasto: 長いので途中で読むのやめて注釈見てるんだけど、なんか怖い…そんな視点で見られると怖いよ。論文で普通に論じられてるのが余計に怖い。そういうのは妄想の中に置いておくのがいいんだ…
@kkpasto: アレゼルがエオルにひかれてそのまま森に留まったことと、シンゴルがメリアンにひかれてそのまま留まったことと、ベレグがトゥーリンを探しにきてそのまま留まったことが同じだと申しておる…
@kkpasto: いや、そこまではいい。その理由が愛情によるものだって…前者2人はいいよ?そうでしょうともよ。メリアンがシンゴルに魔法掛けたみたいな言い方は引っかかるが。だが最後のは愛情は愛情でもさ…なあ。
@kkpasto: 前者2つが同じだってのは、ティヌヴィエルと同義語のローメリンディと、マイグリンの別称ローミオンがどっちも意味が同じだって…まあそれは面白い考え方だなあ。薄明の子ねぇ。
@kkpasto: 読めば読むほど怖いこの論文…公の場でこいつらホモだぜって言われてるようなそんな気分…しかも文字通りの内容だから困る。
@kkpasto: フェアノールとフィンウェについてはおいといて、エオルとマイグリンでもそれを言うかね… おい、マイズロスとフィンゴンが相愛の仲とかカップルとか明確に書くな
@kkpasto: おい、シンゴル→フィンウェまで取り扱ってるのかこの論文は。悪い意味でけしからんな… 
@kkpasto: 別にそういう考え方が悪いわけじゃなくて、そういう視点から見た論文はありだろうとは思うけども、そっちの方向へだけ持っていこうとするのはどうかと。これがこの作品の基盤だぜってそんなバカなww
@kkpasto: まあ内容はともかく、『シルマリリオン』って書いてる時点でタカが知れますよね。忘れよう。それがいい。これが女子乙ってやつか…
@kkpasto: トールキンの作品は、深く読めば読むほど馬鹿らしくなる気がする。いや、違う。あの世界の中で深く調べていくことはいいけど、現実と比較した時点でもう…
@kkpasto: モルゴスがシルマリル奪った理由って書いてなかったっけかなあ。シルマリルがフェアノールのあれこれでそれとかホントやめてくれよ。
@kkpasto: ローミオンはマイグリンのことだが、ローメリンディは動物名で、ティヌヴィエルは人物の別称だから全然同じじゃないよね。それぞれの名前が名付けられたときの由来が違うンと違うか?
@kkpasto: もうなんでもいいや…さっさと作業終えて、ジョジョ読もう。馬鹿げたことで時間食ってしまった。
@kkpasto: ホモはいいけど妄想の産物で置いといてほしいんだよ。公に、実はこうだよ!とか堂々と妄想を言うのはやめてよ… そう言った目で見てたかのように原文に書いてある、ってのが嫌だよ。行自体じゃなくて、行間読んでこその妄想だろうが!

@kaoruSZ: @kkpasto
「何を言ってるのかちょっとよく分からない」論文の著者(の一人)です。分らないのなら黙っていればいいものを、なぜ公の場で中傷するのですか。私達はトールキンの作品を人に知られるのが恥しい「妄想」の材料にしているわけではありません。                      

「妄想」の種にすることも二次創作することも全く否定的に考えませんが、しかし私達のしているのは二次創作ではなく「批評」なのです。未邦訳のものも含めたトールキンのテクストを読み込んだ上での「批評」であり、それなりの自負を持ってやっています。こうした仕事に(中傷でなく)反論するにはそれなりの準備と覚悟が必要なことはおわかりでしょうか

貴方がトールキンの作品に同性愛表象を読み込むことを「公の場でこいつらホモだぜって言」うのと同じと考えておられるのはわかりました。それが怖いというのはホモフォビアからというより、腐女子の妄想と取られることを恐れるからですね。

しかし、隠れた同性愛表象というものは別に腐女子の発明ではなく、西洋のハイ・カルチャーの中に脈々と流れているものです。特に同性愛を明示的に表現できなかった過去の時代には。

私達は「腐女子」と自分達のことを思っているわけでは全くありません。もっとも、そう自認する人が私達のような研究をしたとしてもなんら中傷させるいわれはありませんが。

また、「こいつらホモだぜ」云々と言うのと同じという表現は、貴方自身が同性愛や同性愛者の存在を恥ずべきものと考え、蔑視していると受け取られても仕方のないものですよ。

『シルマリルリオン』という邦題を使っていないことでなぜ「タカが知れる」のでしょうか。他の表記と合わせるために採用されたと思われるこの表記は個人的に好みませんし、邦訳が出る以前は『シルマリリオン』と紹介されるのが普通だったものです。(どうでもいいことながら一言)

私たちの読み方でトールキンの作品は全く矛盾なく読めます。もっとも、怖がっている貴方に読めとはいいませんし、読む能力もおありにならないでしょう。これからも自分の考えていることは「妄想の産物」であり人に言えない悪い事だと思い続ければよろしい

しかし、そのような卑屈な態度で生きている限り、他人の仕事について「堂々と妄想を」言っていると決めつける資格などないということだけは肝に銘じて頂きたいと思います。

@tatarskiy1: @kkpasto 貴方がある作品の基盤に同性愛があるということが「ありえないバカなこと」だと思うのは、貴方が同性愛というものを「猥褻で公にすべきでない単なる性的妄想」としか思ってないからでしょう
@tatarskiy1: @kkpasto もっと言えば男性同性愛の表象に魅力を感じるというご自身のセクシュアリティを「恥ずべき」ものだと思っていらっしゃるからですよね。貴方がそうお思いになるのは勝手ですが、他の女性に対してまでそれを押し付けるのはやめていただけませんか?

@kkpasto: どうして今更になってww わざわざご苦労様なことですね。
@kkpasto: いや本当にわざわざ…どういうこった。検索でもしてるのかね。なんか食い違ってる気がするんだが…

@kaoruSZ                                                          平野智子と私の論文を「腐女子の妄想を公にしてけしからん」と中傷した自称腐女子 @kkpasto 「どうして今更になってwwわざわざご苦労様なことですね」「何か食い違ってる気がするんだが」との台詞を最後にツイートに鍵かけたため、上にリツイートした先方の主張消えた。ログは取ってある。

言及から24時間以内にチキンは尻に帆掛けて逃げた。ツイート非表示、twilogの該当ツイート削除という姑息な真似の後、twitter退会して twilogも削除。自尊心低いんだな。悪さを見つかった餓鬼なら餓鬼らしく、来春からの地方公務員ならなおさら、一言非礼を詫びてから消えろよ。

以前公園でカルガモの母子を苛める悪童に遭遇、水遊びする人間の母子父子見て見ぬふりなので一喝したらガキ供平謝り、チキンもリアルで会えば泣いて謝ったろうが、向うで此方を見つけられるなら此方からも見えるのに気づかず泡くって遁走、中学生と見紛う幼稚な奴だが実年齢は平野智子と幾らも変らず。

“『カリガリ博士』という映画には―映画というものは一般にそうであるが―目に見えるものとは別に、どこか深いところに意味がひそんでいる訳ではない。全ては表層に、《観客の目に見えるところに隠されて》いるのだが、物語を性急に追う眼差しはそれを通り過ぎてしまうのである。”(「砂男、眠り男」)

私たちの「カリガリ博士論」から引いたが、トールキンも基本は同じ。「ホモはいいけど妄想の産物で置いといてほしいんだよ(…)公に(…)堂々と妄想を言うのはやめてよ(…)原文に書いてある、ってのが嫌だよ。行自体じゃなくて、行間読んでこその妄想だろうが!」と、読んだチキンがパニックに。

上の連続ツイート[同時期に平野が書き継いでいたもの。ここに再録した]の表現を借りれば「アモラルな自由と美的な表現」こそトールキンが作品の中にひそませた、否、表面に読み取れる形で私たちに遺したものだ。そこにしか真実はない。作者が作品について述べる言葉は多くの場合韜晦に過ぎない。だがテクストは作者が口を噤んでいる事をも残らず語るのだ。

私たちの文章を見つけたナイーヴ(悪い意味)な小娘に、何が「原文に書いてある、ってのが嫌だよ。行自体じゃなくて、行間読んでこその妄想だろうが!」と叫ばせたかと言えば、彼女が知っている同性愛が「こいつらホモだぜ」と蔑まれるアウトカーストかさもなければ政治的に正しい扱いを要求できる「現実」の「当事者」のもの、そして何の権利もない「腐女子の妄想」という貧しさだったからだ。
                                             
伝記的には同性愛者では全くない作家の作品に「男同士の愛」の表象が読み取れると公然と述べられていることは、許される筈のない彼女の「妄想」を白日の下に晒すように思われて、彼女は悪口を並べた挙句、見なかったことにして「忘れよう」と呟いている。あまりにも絵に描いたような反応で、ある意味興味深い……。  
                             
これほどナイーヴでなく、まともな本を読んでおり、そこそこの教養があって、単純に筋書を追うのではない読解というものが可能だと知っている場合でも、いやそうだからこそ、いわゆる二次創作の一方で、“正しい”解釈はそれとは別にあるとちゃんと知っていると主張する層が確実に存在する。裏で「妄想」を楽しむには、人一倍正典について知識を持たなければならないと思い、実際熱心に勉強し、そして妄想は妄想だから「表」へは一切漏らしてはならないと固く信じているのだ。

ここまで自己抑圧の強い女はどこにでも存在するわけではなくて歴史的に作られたもの、つまりある地域と時代にのみ見られるものだ。早い話が彼女たちと似た存在が「やおい少女」と呼ばれた昔には腐女子バッシングなどなかったから、別の問題はあったにしてもこんなふうにこじらせる女はいなかった。 

この一事を見ても過去二三十年の日本での性的解放が、相も変らず男との関係以外のセクシュアリティを女に認めず、男とのカジュアルな性交の自由(と義務)以上のものをもたらさなかったことがよく分るというものだ。tatarskiy1さんの示唆に富むツイート[前出]を最後まで追うことにする。
[PR]
by kaorusz | 2012-03-02 10:35 | 批評 | Comments(0)