おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

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tatarskiyの部屋(29)

下に転載したのは最初8月5日に裏アカでツイートした文章だが、それをRTした藤本由香里氏が、私を「極論を述べる過激派」扱いしつつご自身の「穏当な私見」を述べる踏み台にした結果、私の発言の文脈をまるで理解しない人々によるRTと無礼なエアリプが殺到したため、一度やむをえず削除して藤本氏に抗議した後、8月7日に再投稿したものである。おまけとして事の顛末を述べた8月15日のツイートとkaoruSZさんのコメントも載せておいた。

今読み返しても、この程度の現実的な認識を述べたに過ぎない見解を「利用はしたいが絶対に自分が同じだと思われては困る過激な発言」としか受け取れないデフォルトの卑屈さには呆れるばかりだが、一応はプロの批評家として名が通っているはずの人からしてそれ程に貞淑従順な自意識の持ち主であったこと自体が、「どれ程女を見下したミソジニー的な罵倒に対しても、それがゲイ男性からのものであればうかつに反論してはいけないし、どうしてもしたい場合は可能な限りの気遣いが必要」だという男尊女卑そのものの前提が、いかに深く“腐女子”やBLを云々する人々に内面化されている(いた)かを物語ってくれているだろう。それも結局は女性のセクシュアリティや性表現自体が、それを擁護しようとしているつもりの人々にすら、ヘテロ男性をモデルとした「性欲=暴力」という図式の“女版”としか考えられていないために、あたかも「女にも反省すべき罪がある」ことを認めることが“公平”であるかのように誤解されているためであろう。

私はずっとそうした「暴力=原罪」的なセクシュアリティ観こそが間違いの元であり、それは性的快感の根源である受動性(受身で愛される/犯されるというファンタジー)を自身のものとしては決して認めえず「女のものとして」蔑視する他ない制度的なヘテロ男性のメンタリティこそが“スタンダード”とされていることに由来していることを説明してきた。批評家や研究者ではない一個人として出来ることは既に十分に行ったつもりでいるし、本当はそうしたあまりに基本的な啓蒙からはもう引退したつもりでいたのだが。なんにせよ、これまでに書き溜めてきた論考で十分にカバーできる範囲の問題なので、以下のリンク先から参照して欲しい。
tatarskiyの部屋(4)
tatarskiyの部屋(7)
tatarskiyの部屋(27)


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tatarskiy @black_tatarskiy 8月5日
「同性愛者でなければ同性愛表現をしてはいけないというのはおかしい」という話。これだけ見ればもっともなようだが、その前段になっている、BL叩きの口実として「腐女子の描いたBLは同性愛者に失礼」と言われ続けていた話の本質は完全に男尊女卑の問題なので、実は話がずれてしまっている。

そもそもずっと(女性)同性愛だろうが異性愛だろうが男が女を描くことは「当然」である上に男の描いた女は「生身の女より高級」「女の手本」でさえあるという前提がまかり通ってたのに、女の描く男はそれが同性愛表象か以前に「女の描いた男だというだけで」嘲笑の対象だったんだから完全な非対称。

ぶっちゃけ、腐女子に対する「同性愛者でないのに云々」は、本質的にそういう「当然の前提としての男尊女卑」をストレートにそのまま吹っかけたのでは流石にもっともらしく聞こえないからこその“カモフラージュ”に過ぎなかったと思う。当然本音は完全なるミソジニーで1ミリの正当性もありゃしないが。

そして決まってこういう話になると「同性愛者の腐女子もいる」みたいな方向に話がズレるんだけど、要は「話の都合で」いつのまにかレズビアンが名誉ゲイ扱いになってるわけだ。この話のおかしさについても以前に書いているのでこちらを参照してほしい→http://kaorusz.exblog.jp/21519413/

要はBLや腐女子云々の話に対しての「同性愛と異性愛」「同性愛者と異性愛者」という問題の設定自体が欺瞞的なわけで、構造としての男尊女卑の問題を隠蔽することになってしまう。本質はあくまで「男が女を描くこと」と「女が男を描くこと」の非対称=権力差の問題であることを誤魔化させてはならない。


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tatarskiy@black_tatarskiy 8月15日
先日の藤本由香里氏に迷惑を被った一件の話http://twilog.org/black_tatarski/date-140805あの時は一刻も早く切り上げたかったからあえて突っ込まなかったけど、向こうがRTを取り消したんじゃなくて、私がRTされたのを全て削除してから向こうの便乗ツイートを削除しろと言っただけなんだよね。

(続き)http://twilog.org/black_tatarski/date-140806要は“踏み台”を消されてしまった以上、脈絡もなく私の名前を晒して過激派扱いしてる意味不明なツイートだけ残しておいても仕方ないからこっちの要求に従う他に道がなかっただけ。あれ以上向こうの面子を傷つけて逆ギレされても厄介だったから、最低限のことしか言わなかったけど、明らかに「踏み台に使った素人の反応」なんて考えてもいなかったのが明白だった。そのくせ私の中傷ストーカーから太鼓持ちされれば「私も貴方の言う通り自分が正しいと思いますが、相手が嫌がるからやめてあげたんです」と面の皮の厚い台詞を吐いてたのには呆れた。

そもそもご当人が、腐っても有名人でプロの文筆家のくせに無名の素人を盾に使って「私はここまで過激じゃありませんが」なんて姑息なエクスキューズを用意しなければ物申せないような卑小な御仁でなければこんなくだらないトラブルは起きようがなかったのだが。次に私以外の人がダシにされないよう願う。


鈴木薫@kaoruSZ 8月15日
tatarskiyさんの再投稿されたtwはこちら。
https://twitter.com/black_tatarski/status/497076121427382272
この一連に含まれるリンク先を読めばコンテクストはより明らかになろうが、これは彼女がネット上で地道に積み重ねてたきたいわゆる“腐女子”に対する啓蒙活動の一環であり、「極論だしそこまで言うと違うと思うが私も以前から同じようなことを考えていた」などと、自分が矢面に立つ気のない人間にお手軽に利用されていいようなものではない。
第一、ここでの主眼は、レズビアンを名誉ゲイに回収して“腐女子”を孤立させる詐術への批判な訳で、「こんな極端な奴と同じだとは思われたくはないが利用はしたい」という人の考えていたのとは「同じようなこと」でさえないだろう。

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by kaoruSZ | 2014-09-02 17:48 | 批評 | Comments(0)