おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

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※見よ眠れる船を――折口信夫の『文金風流』(2)


 郎女は死ぬだろう。當麻にしばしとどまった彼女は、再び人知れず立ち去って、ただ一人残りの行程を辿るだろう。「浪に漂ふ身」「水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ) く白玉なる」身とは、水底のエクスタシーに沈むとは、死の予行演習であった。「山越しの阿彌陀像の畫因」で、折口もしきりに畳みかけていたではないか。

四天王寺には、古くは、日想觀往生と謂はれる風習があつて、多くの篤信者の魂が、西方の波にあくがれて海深く沈んで行つたのであつた。熊野では、これと同じ事を、普陀落渡海と言うた。觀音の淨土に往生する意味であつて、淼々たる海波を漕ぎゝつて到り著く、と信じてゐたのがあはれである。(…)日想觀もやはり、其と同じ、必極樂東門に達するものと信じて、謂はゞ法悦からした入水死(ジユスヰシ)である。(…)さう言ふことが出來るほど、彼岸の中日は、まるで何かを思ひつめ、何かに誘(オビ)かれたやうになつて、大空の日を追うて歩いた人たちがあつたものである。

「思ひつめ、何かに誘(オビ)かれたやうになつて」當麻へやって来た郎女が、このような者たちの一人であるのは誰にでもわかる。しかし、彼女は、それを最後まで歩き切った人とは思われていないのである。

【九月三日】tatarskiyさんから電話あり、『死者の書』序章の大津の独白後、二では語りの視点は俯瞰になり、月光の照らす山、谷、川筋、さらに難波江即ち大阪湾の光る水面にまで語り及ぶ、つまり郎女のやって来た道筋に加え、語られない最後の行先まで、要するに物語の舞台のすべてを、あらかじめ見せているのだという。一見たんなる地形の説明のようだし、二上山に入って郎女の魂を招び返そうとする人々が、塚穴の底から響く甦った大津の声を聞く(明らかに集団催眠である)結びばかりが注目されてしまうが、実はこの部分が重要なのだと。

 その部分を読んでみよう。

月は、依然として照つて居た。山が高いので、光りにあたるものが少かつた。山を照し、谷を輝かして、剩る光りは、又空に跳ね返つて、殘る隈々までも、鮮やかにうつし出した。
足もとには、澤山の峰があつた。黒ずんで見える峰々が、入りくみ、絡みあつて、深々と畝つてゐる。其が見えたり隱れたりするのは、この夜更けになつて、俄かに出て來た霞の所爲(セヰ)だ。其が又、此冴えざえとした月夜をほつとりと、暖かく感じさせて居る。
廣い端山(ハヤマ)の群(ムラガ)つた先は、白い砂の光る河原だ。目の下遠く續いた、輝く大佩帶(オホオビ)は、石川である。その南北に渉つてゐる長い光りの筋が、北の端で急に廣がつて見えるのは、凡河内(オホシカフチ)の邑のあたりであらう。其へ、山間(アヒ)を出たばかりの堅鹽(カタシホ)川―大和川―が落ちあつて居るのだ。そこから、乾(イヌヰ)の方へ、光りを照り返す平面が、幾つも列つて見えるのは、日下江(クサカエ)・永瀬江(ナガセエ)・難波江(ナニハエ)などの水面であらう。


 これはミニアチュアだ。それを俯瞰で撮っているのだ。なんという巧みな、全知の語り手による客観描写(という詐術)。

 ありえないことだが、もしこの小説が郎女の一人称で書かれていたら、読者はこの娘の「異常さ」に気づかずにはいないだろう。彼女が幻を見る人であることを知り、大津皇子の存在を疑ったことだろう。

 序章で語りは、「彼[か]の人」のモノローグにぴったりよりそって来た。ほとんど、「彼」が「我」であるかのように、墓の中の「おれ」は語りつづける。「尊い姉御」つまり大伯皇女[おおくのひめみこ]が墓の外で歌をうたいあげた時にはそれが聞えたというが、これは二で、魂まぎ人たちの声が大津に届き、彼の耳に彼らの声が届くのを自然に見せるための伏線だ。郎女の魂を呼び返そうとする男たちは、大津の非業の死とそれにまつわる物語で頭が一杯で、その話を互いにしあい(読者に聞かせ)、大津の塚の前で「こう こう こう」と呼ばわって塚の中から洩れる唸りを聞いてしまい、飛び上がって四散する。

 彼らが自己催眠によって大津の甦りを確信したように、読者も作品内世界での彼の実在を信じてしまうのだ。さても折口の技の巧みなことよ。

 月光の照らす「白い砂の光る河原」は不吉である。かつてそうした水辺のどこか(磐余[イハレ]の池の堤)で、大津は、「鴨みたいに、首を捻ぢちぎられ」たのだから。日下江・永瀬江・難波江の「光りを照り返す」水面は不吉である。郎女は山を越え、海に至って、白玉の身をそこに沈めることになろうから。そして山中の光る川筋には、いかに細くて目にとまらなかろうと、安良たちが身を乗り出した、崖下の谷底を流れるものも含まれていよう[後日の註:これは崖下でなく、その前に渥美が水に入ったり、青い淵に見入ったりする川を挙げるべきであった]。安良は未遂だが、郎女が海まで行くのは必然で、『文金風流』の照姫も観客の前では心中せず、此の世の外へ向う船に乗るのだ。

 安良は死なない。「(前篇終)」と記された先がどう続くはずだったにせよ、安良には未来がある。「女子供」ではなくなる未来が。安良がどうなるかと言えば、折口になるのだ。十年後には彼は、当時の自分と同年齢の教え子たちの“春のめざめ”を見つめつつ、思い出を甦らせて『口ぶえ』を書くだろう。

 そして長い時が経ち、「夢の中の自分の身が、中將姫の上に」なる夢を見て、当時の自分、即ち安良を、女に換えた『死者の書』を書く。郎女の閨を訪なう骨の指もつ死者と、彼女が幻視する白玉の指の俤びとの対立は、二人の上級生の間で、霊と肉、「浄らかなもの」と「けがらわしいもの」との間で引き裂かれ、葛藤する当時の安良の意識の投影に他ならない。しかし、安良のような、予定調和的に止揚すべき霊と肉との単純な二元論は郎女にはあてはまらない。なぜなら、女である郎女は、最初から不浄の側に割りつけられているのであり、そうでなければ、女人結界を破ったとして寺に留めおかれることもなかったからだ。

 郎女とは何者か。郎女の客観的な立場は、大伴家持と郎女の叔父・恵美押勝のパートによく描き出されている。南家の姫君が神隠しに遭い、「當麻の邑まで、をとゝひ夜(ヨ)の中に行つて居た」と聞いて家持が思いにふけるのは、姫の父に代って実権を握りつつある押勝(五十を過ぎているが三十代のように美しく、家持の長女を息子にくれとせがんでいて父同士で歌のやり取りをしているーー「先日も、久須麻呂の名の歌が屆き、自分の方でも、娘に代つて返し歌を作つて遣し た。今朝も今朝、又折り返して、男からの懸想文(ケサウブミ)が、來てゐた」)ーーのことである。「五十になつても、若かつた頃の容色に頼む心が失せずに ゐて、兄の家娘にも執心は持つて居るが、如何に何でも、あの郎女だけには、とり次げないで居る」と以前人づてに知った家持は、「其を聞いて後、家持自身も、何だか好奇心に似たものが、どうかすると頭を擡(モタ)げて來て困つた。仲麻呂[押勝のこと]は今年、五十を出てゐる。其から見れば、ひとまはりも若いおれなどは、思ひ出にまう一度、此匂(ニホ)やかな貌花(カホバナ)を、垣内(カキツ)の坪苑(ツボ)に移せぬ限りはない。こんな當時の男が、皆持つた心をどりに、はなやいだ、明るい氣がした」というのだ。

「當時の男が、皆持つた」というのは目眩ましで、男同士で恋文の贈答をし、相手の女関係を仄聞しただけで忽ち「若い色好みの心」を刺戟されて浮き浮きしてしまうというのには男色の匂いがぷんぷんするが(「當時の男が、皆持つた」とはそちらのことかもしれない)、それはひとまず措くとして、ここでの郎女は、第一に、誰のものになるのかが男たちに取沙汰される性的対象物である。 たとえそれが、結局は神の嫁にしかなるまいという、諦めに落ち着くとしても。実際、郎女に文を渡そうとする男は大勢いるが(『文金風流』の狂女は世俗化された郎女であろう)、すべて阻止され本人は知らぬ。郎女が語部の婆から聞き、夢に見る大津皇子は、だから彼女が初めて目のあたりにした求婚者とも言えよう。

 現に、「女盛りをまだ婿どりなさらぬげの郎女さまが、其力におびかれて、この當麻(タギマ)までお出でになつたのでなうて、何でおざりませう」と語部の婆は暗示をかける。しかし姫は信じない。彼女の幻視する美しい俤びとと過去の因縁話などには何の関係もないことが直観的にわかっているからだ。

「大津皇子と彼のために機を織る中将姫との直線関係」(持田)など無い。墓の中の死者の、「おれには、子がない。子がなくなつた。(…)子を生んでくれ。おれの子を。おれの名を語り傳へる子どもを――」という独語は、郎女が振り捨ててここまできたものの象徴でこそあれ、彼女の望んでいるものなどではない。

『春のめざめ』や『飈風』を、確かに折口は読んだのだろう。思春期や性欲を主題とした文学を目のあたりにし、小説でそういうものを書けるのだし書いてよいのだと 知り勇気づけられもしたことだろう。だが影響はそれまでだ。折口は、これは違う、自分が読みたい(書きたい)のはこのようなものではない、そういう作品は 自分で書くしかないと痛切に思ったことでもあろう。それはヴェデキントや谷崎の小説が異性愛を描いているのに対し、折口が同性愛者だったからということではない。『春のめざめ』や『飈風』の同性愛版を作ればいいということではない。同性愛者の性の目覚めを描けばいいというものではない。

 そうではなく、少年少女が何も分らないまま子供を作ってしまうとか、男が女に接して淫蕩の血が目覚め遊女を相手に荒淫の限りを尽し実を滅ぼすとかいったものが、ラディカルな性表現だと信じられている世界にあって、どうしようもなく鈍感で蒙昧な俗情と結託したその前提を崩さなければならなかったのだ。

 湯上りの安良の、「ふりかへると斜に傾いた鏡のおもてに、ゆらゆらとなびいて」「うつつてゐ」た自らの鏡像――「大理石の滑らかな膚を、日が朗らかに透いて 見せた、近頃になつてむっちりと肉づいた肩のあたり、胸のやはらかなふくらみ」――が、夢の中の郎女の「白玉なる身」に通じることはすでに述べた。安良の未分化な身体は自らの受動性を、女という、男にとって当然の性的対象として外在化し、穢れとしての女と自分を峻別し、自分の平穏を乱し、悪しき欲情を搔き立てるそもそもの原因と見なされた女を本質的には憎みながら欲望する、ヘテロセクシュアリティの体制にはまだないのである。

 だから彼の注意は自分自身に、先ほどのように鏡を見ながら「ふと腕をあげて、項のあたりにくみあはせる。ほそやかな二の腕のまはりに、むくむくと雪を束ねる。自身のからだのうちに潜んでゐた、不思議なものを見るやうに、好奇の心が張りつめて來た」と、自分の感覚と自分自身に集中している。

 あらためて『口ぶえ』を――『死者の書』の先行作品と気づいて――読んでみると、最初の方だけでも『死者の書』との類似の多さに驚くのだが、この裸体の描写は、すでに、開巻まもない、安良がシャツなしでじかに上着を着て登校したため、体操教師の上着を取れという命令に従い得ず、手荒に上衣を剝がれた上、号令をかけるべく壇上へ追いやられた際にもあったものである。

彼は壇上に顕れた。彼の状態は、一すぢの糸もかけて居ないのである。彼の顔は、青白く見えた。心もち昂(アガ)つた肩から、領(エリ)へかけて、ほのぼのと 流れる曲線、頤から胸へ、胸にたゆたうて臍のあたりへはしるたわみ、白々として如月の雪は、生徒等の前に――」と、白さを強調した「雪」という隠喩がここにも使われている。「同年級の生徒のある者は、さすがにいたましい目をして、彼を見た。

「一すぢの糸もかけて居ない」いたましさ。『死者の書』の郎女が 入り日の中に幻視したのち夢で見た、「明るい光明の中に、胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現(ゲン)じた」「白々と袒(ヌ)いだ美しい肌」の初出はこれ だったのだ。「いたましさ」が、「いとほしさ」に変ったのだ。

あゝ肩・胸・顯はな肌。――
冷え冷えとした白い肌。をゝ おいとほしい。郎女は、自身の聲に、目が覺めた。夢から續いて、口は尚夢のやうに、語を逐うて居た。おいとほしい。お寒からうに――


「神の嫁」という題名で「横佩垣内の大臣家の姫の失踪事件を書かうとした(…)その時の構圖は(…)藕絲[はすいと]曼陀羅には、結びつけようとはしては居なかつたのではないかと思ふ」という折口自身の証言は、本当のことだろう。最初にあったのは、衣服をとられ、「一すぢの糸もかけぬ」雪の膚[ハダエ]を人目に晒すという、空想の方なのだろう。その空想が、無数の蓮糸で織り成した布で「寒くないよう」裸体を覆うという合目的的で合法的な筋書へと逆転した時、それは姫の失踪事件と結びついて、折口に『死者の書』のプロットを可能にさせたのだろう

 その日、安良がシャツを着てこなかったのは、汗かきなので「寝間を出るから、ねつとりと膚がたるんでゐる様に感ぜられた」ためと説明される。雨の朝、教室の「窓ぎはにゐる安良は、吹きこむ細かな霧に湿うた上衣の、しつとりと肌を圧する感覚を、よろこんでゐた」と、ひたすら自分の感覚に忠実な安良である。

 体操に先立つ国語の時間、教師が読本[とくほん]を読む声が安良の耳に入ってくる。「教師は今、おもしろ相に『こゝにおいて、ふりっつは、その狼を戸にむかつて、力まかせにうちつけるよりほかには、しかたがなかつた』と大きな声でいつた」。しかし狼と戦い勇ましく制圧するその話は、安良には「おもしろ」くない。「安良は、はじめから、この教科書の内容に、興味はなかつた。岩見重太郎や、ぺるそいすの物語に、胸をどらしたのも、二三年あとに過ぎ去つてゐた」。

 岩見重太郎やペルセウスという選択も意味ありげだが、まずは、ふりっつの話を、自分の欲望に合わせて、彼がどう変えたか見てみよう。

それでも、ふはふはした雪のうへに、ふりっつの白い胸から、新しい血の迸るありさまをおもひ浮かべてゐた。その夢のやうな予期が、人間の力を思はせる、やすらかな結局になりさうなのを、つまらなく感じた。


 またしても白い胸、そして雪が、この受苦の少年が安良自身であることを容易に指し示す。

「ふりっつ」の話は、直ちに『仮面の告白』の、少年時代の「私」が殺された王子が甦るのが気に入らなかった、同巧の挿話を思い出させる。それを男性同性愛者に特有などと言うつもりはないし、折口と三島が似ているとさえ思わないが、少なくとも彼らは「狼を戸にむかつて、力まかせにうちつける」ことに快感を覚える攻 撃的な大人の男ではなく、成長した男にはあるまじき受動的なファンタジーに浸っているのである。続く体操の時間の出来事について、持田氏は「そのひそかな 愉悦感を罰せられたかのように、今は安良自身が白い胸を露わに皆の前に立たされているのである」と言うが、これは事態の半分しか明らかにしていまい。確かにそれは罰として起り、安良を易々と従わせるが、しかしその罰自体が安良の幻想を実現させるものなのだ。安良の内面の「ひそかな」願望であったものが、衆人環視の下、彼自身の身に現実化するのだ。彼は欲望を満足させ、しかもそのことを罰せられない。なぜならそれ自体が罰なのだから)。

「同年級の生徒のある者は、さすがにいたましい目をして、彼を見た」というが、この「ある者」とは誰だろう。なぜ、「ある者」であって、複数の生徒ではないのだろう。「一すぢの糸もかけていない」白い胸に注がれる目は安良が鏡の中の自分を見つめる目でもある。「同年級の」「ある者」もまた、スペクタクルとしての 安良を見て楽しみたいのだ。そのうしろめたさを伴う「いたましい目」で相手を見た。「ある者」は安良の分身にして共犯者であり、いたましいのは、目であり安良の姿でもある。

 マゾヒズムはサディズムの単なる逆転ではなく、法に従うことで法を無効にするものだと説いた哲学者の説を援用するまでもあるまいが、「蝦蟇(ガマ)といはれてゐる」「太い声の」「大きな教師」の意図は完全に無効にされており、壇上から生徒らに号令をかける安良の「澄み透つた声は、生徒らの耳に徹した。俘虜 [トリコ]のやうに見えた彼は、きびしいゑみを含んで、壇をおりて来る」。

 体操の時間のこの事件は、この小説で描かれる学校生活のうち二日目にあたる。これに先立つ一日目、彼は、遅刻しかけて教室に駆け込み、汗かきのせいで級友に頭が火事だとからかわれる。この二場面をまとめて持田氏は「受苦のあと甦る神のように、安良も同級生や教師に辱められた後必ず一種の昇華を得ている」と言うのだが、これではベクトルが逆ではないか。ここでは「辱め」自体が、一種の「昇華」としての快楽なのだから。彼は白昼夢として展開される欲望(の俘虜[とりこ]であること)から解放されて壇をおりて来たのだ。その後にあるのはむしろオーガズム後の鎮静であろう。持田氏が一日目の「昇華」として引いている一文、「しばらくして、 安らかな涼しい心地が、彼に帰つて来た」も、そう解釈した方が平仄が合うというものだ。

 これに続く叙述は次の通りである。

その時間は、とうとう先生は、出なかつた。 生徒らは、のびのびした気分で、広い運動場に、ふっとぼうるを追ひまはつた。
 安良は朝の光を、せなか一ぱいに受けて、苜蓿草[ウマゴヤシ」の上に仆れて ゐた。青空にしみ出て来る雲を、いつまでも見入つてゐる。


 現在形で記された、一瞬がそのまま永遠になる少年の時。持田氏の紹介している、中学教師時代の折口作の教え子を題材にした歌三種のうち、「白玉をあやぶみいだ」く一首が『死者の書』に通ずることはすでに述べたが、もう一首、「くづれ仆す若きけものを なよ草の床に見いでゝ かなしかりけり」は、まさしくこの時の安良の姿ではないか。その日ついに出なかった、そこにいない(恐らくは)若い「先生」は仆れてゐる安良を背中の方から眺めているのだし、見られているのに気づきもせず、「青空にしみ出て来る雲」にいつまでも見入る者とは、そのまま不在の「先生」の過去なのである。

 郎女の「俤びと」のオリジンが『口ぶえ』の安良の裸身であり、一すぢの糸もかけていない裸にされる「いたましさ」から無数の糸で織った布地で「いとほしい」裸身を覆うことへと変形されていること。それが當麻寺の曼荼羅の伝説とうまく接続されたのだ(折口は、芸術家が白昼夢をいかに加工して社会的に受け容れられる形にするかについて書かれたフロイトの「詩人と空想すること」も共感を持って読んだに違いない)。あれは全く阿弥陀仏などではない(実は郎女もそれが阿弥陀ほとけではないかと思ってそう呼んでいるだけなのがちゃんと書かれている。肌の白さが強調され金色の髪を垂らしている阿弥陀如来などいない)。

 これをキリストの像だとする研究は以前からあるようだ。俤びとではなく、壇上に立って見上げられる安良について持田氏は、「胸から血を流すふりっつの幻想と重り、磔刑のキリスト像を強く強く連想させる」と言っている。それはその通りなのだが、その際重要なのは、そもそも磔刑のキリスト像自体が、狼に嚙まれて血を流すふりっつや裸にされて衆目に晒される安良と同じく、マゾヒスティックでエロティックなイメージだということではないか。

 持田氏はホモフォビックな男の研究者とは違うので、折口の奇怪な一首「基督の眞はだかにして血の肌[ハダエ] 見つつわらへり 雪の中より」を引いて、「真裸で衆目に晒され、血を流しその後よみがえるキリスト」を「官能的イメージを軸としながら」とまでは言うのだが、そこでスサノオやヤマトタケルを並列し、「彼らと通底する一旦卑しめられる神として折口を強く引きつけた」とまとめることで、台無しにしてしまうのだ。

 まして「一度は処刑されながら、その後水の女である中将姫との交感によって新しい神としてよみがえる『死者の書』の大津皇子の中にも、キリストのイメージが色濃く看取される」に至っては何をか言わんやである。語部の婆のせいで郎女の夢の中に出てくるようになった幻に甦りもへったくれもあるものか。

中将姫の前に示顕する大津皇子は、白い胸と黄金の髪を持ち、憂わしげに姫を俯瞰する若く美しい神である。

だからそれ、大津じゃないって!
(ついでに言えば、中将姫でもない。)

体操教師に 上衣を剝がされ壇上に立たされる少年安良の造型にも、既に磔刑のキリストを具体像とする、傷つき賤しめられる神のモチーフの萌芽が見られる。

 いや、違う。先に安良の身体が「如月の雪」「むくむくと雪を束ねる」と形容され、彼の空想の中で、ふりっつの白い胸から血は白雪の上に迸る(それがキリストと重なるのは、そもそも磔刑像がそうした図像の一つだったからだ)。基督の血の肌[ハダエ]の短歌は、まさに裸体と血と雪の三位一体である。

 俤びとが「冷え冷えとした」「白い」肌を持つのは無論こうしたイメージにつらなるものであるからだが、その時にはエロティックな含意は、変形され、隠されている(郎女はひたすら、寒さから救うためにその裸体を覆いたいという欲望に駆られているかに描かれる)。しかしこれは神のモチーフなどではなく、折口の作品を貫くモチーフなのであり、「傷つき賤しめられる神」は、復活ゆえにではなく、その傷ゆえにエロティックな価値を持つのである。


もう口ぶえは吹かない 1 【見よ眠れる船を――折口信夫の『文金風流』(4-1)】へ続く
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by kaoruSZ | 2015-09-18 19:01 | 文学 | Comments(0)
※見よ眠れる船を(1)

『死者の書』をあらためて読み、これははっきり南家郎女を主人公とする芸術家小説だと判った。郎女は作品を完成するが、それは (そして彼女がなぜそれを作ったのかは)同時代の誰にも理解されない(実は、というか結果的に、これはこの小説と折口が未だに理解されていないこととパラレルになっている)。

『死者の書』続篇は、以前、tatarskiyさんの解釈を聞き、はじめて読んだ。この草稿は、旅の左大臣(藤原頼長と同定される)が、予定を変えて當麻寺に立ち寄る手前で中断しているのだが、tatarskiyさんはこの先を、頼長は寺で郎女作の曼荼羅を見たのち、夢の中でその作者と邂逅すると推定している。郎女には、のちの世の理解者にぜひとも伝えたかったことがあったのだ。要するに夢幻能の形式である。

 頼長は、郎女が作品ゆえに得る、時を隔てた理解者であるが、それ以前に、美しく、教養があり、自由に振舞える力ある者である。すでに『死者の書』本篇にこのような男たちは登場していた。大伴家持と恵美押勝がそれで、彼らは一方的に郎女の噂はするが、彼らの世界と郎女の世界とは交わることがない。そして実はそれこそが郎女の孤独の核心を成す。

 折口のラジオドラマ『難波の春』は、『死者の書』続篇の内容を考える上で、極めて重要な資料たりうる。ここにも家持が登場し、夢の中で東歌の女作者に出会う。そして作品の真実を彼女から聞かされるのだ(『難波の春』については以前連続ツイートした。参考までに)。

『死者の書』の内容紹介と称するものを見ると、家持と押勝は当然省略、大津皇子の死霊を異様に重視、俤[おもかげ]びととこれを同一視(ムリ)、郎女の曼荼羅で大津も郎女も救われたと、映画パンフレットの「あらすじ」並みの捏造だ。「絶対的に現代的」な作家がそんなものを書くわけがないのに。

 まず、作中での現実のレヴェルと、そうでないレヴェルを分けねばなるまい。いくら目立とうと大津皇子は後者だし、作品の因となる郎女の幻視もそうだ。男たちの世界が一方にあり、一方には、そこで話題にされるだけの郎女が、失踪し、発見され、物忌み中に手仕事をする世界がある。この対立という現実から一切がはじまっているのだ。

『死者の書』を本気で紹介しようとすると、巧みなというよりはひねくれた折口の構成に、舌を巻くと言うよりは舌打ちしたくなる。序章で大津に思うさま喋らせ、二では二上山中で、失踪した郎女の魂[タマ]呼ばひする者たちが、あたかも本当に死者の声を聞いたかに思わせて、三で寺と庵の描写説明に行数を費やした挙句、ようやくヒロインを登場させるのだから。

 素直な人はここまでの記述のせいで、死人が郎女を誘[おび]き寄せたか、あるいは二上山中で「こう こう こう」と騒いだのが死者を目覚めさせたと(おや、どっちだろう?)思うだろう。だが、それは、人に耳を傾けてもらえなくなった時代遅れの語部の婆が、郎女が来たのをこれ幸いと.恐い死者の話を聞かせ、信じさせようとしたようなものだ。

「語部の古婆(フルバヾ)の心は、自身も思はぬ意地くね惡さを藏してゐるものである。此が、神さびた職を寂しく守つて居る者の優越感を、充すことにも、なるのであつた」と書く折口もまた、意識していようといまいとこの古婆だと今回気づいた。石室で目覚めて、死に際に思いを残した女の代りを現世に求める死者の話とはそのようにして語られたものなのであり、「人の語を疑ふことは教へられて居なかつた」郎女でさえ、「言ふとほり、昔びとの宿執が、かうして自分を導いて來たことは、まことに違ひないであらう」と認めつつ、なぜその罪びとと、光り輝く雲の上に自分が見た俤とが同一なのかと訝るのは、至極当然なのである。

『死者の書』は幻想小説ではない。少なくとも「超自然」の介入があるわけではないという意味ではそうである。要するにここにお化けは出ていないのだ。先へ行って郎女は、帳臺に近づく「つた つた つた」という足音を聞き、「細い白い指、まるで骨のやうな――帷帳[トバリ]を摑んだ片手の白く光る指」を見ることになるが、これは語部の婆に聞かされた話のせいで見た夢として説明がつく。何よりも(評者に無視される)男たちの会話の中で、藤原南家の姫が神隠しに遭ったことは取沙汰されても、二上山の死人が目覚めたなどとは言われていないわけで、いかに大津のパートが姫の主観で語られていなかろうと、これは現実のレヴェルにある話ではないと考えるのが妥当なのだ。

 もちろん死者の語りは欠くべからざる部分、それなしでは小説がはじまることのなかった、また標題の拠ってきたるところにもなったパートであり、ブリコラージュする人としての折口が、 中将姫伝説、来迎図、日想觀、山越しの阿彌陀像と拾い集めて、作品の統一をもたらすものとして最後に見出したピースでもある。閨に忍んでくる骨の指(と、先ほどの引用でも明記されていないところがかえって恐しい)の死人と、夕陽に荘厳されて雲の上に現れ出る俤びととは別物である。大津もまた「天の神々に弓引いた」天若日子の一人であるゆえ「顏清く、聲心惹く」のだという語部の婆の返事は答えになっておらず、この齟齬は最後まで解消されることはない。

 墓の中での目覚めと独白という、現在『死者の書』の導入部になっているものについて今述べたことは、言うまでもなく、『山越しの阿彌陀像の畫因』においては、折口が『死者の書』の起源について、「横佩垣内の大臣家の姫の失踪事件を書かうとして、尻きれとんぼうにな」り、「その後もどうかすると之を書きつがうとするのか、出直して見ようと言ふのか、ともかくもいろいろな發足點を作つて、書きかけたものが、幾つかあつた」、つまり折りにふれ繰り返し試みながら果さないでいたのが、ある時についに作品の真のはじまりに到達したと語っているエピソードに相当する。周知の通り、その「發足點」は折口の見た「夢」であった。

 中断していた小説に関して「少し興が浮びかけて居たといふのが、こぐらかつたやうな夢をある朝見た。さうしてこれが書いて見たかつたのだ。書いてゐる中に、夢の中の自分の身が、いつか、中將姫の上になつてゐたのであつた」と折口は書いている。そしてそれを「死者の書」という小説として書くことが「亦、何とも知れぬかの昔の人の夢を私に見せた古い故人の爲の罪障消滅の營みにもあたり、供養にもなるといふ樣な氣がしてゐたのである」

 これについては有名な加藤守雄の証言がある。「ある朝、奇妙な夢を見た。中学生のころ、友人だった男が夢の中に現れて、自分に対する恋を打ちあけた。その 人がそんな気持ちを持っていたとは、その当時はもちろんのこと、いまのいままで、ついぞ思っても見なかった。夢の中で告白されて、はじめてそうだったのか と思いあたることがあった。まるで意識していなかったのに、三十年も過ぎてから、夢に見たことが不思議でならない。それを絵解きして見よう、そう思って書き出したのが、『死者の書』になった」と折口から聞いたというのだ。

『山越しの阿彌陀像の畫因』という文章は、タイトルからして、本当なら「『死者の書』縁起」とでもすべきものがずらされており、「私の物語なども、謂はゞ、一 つの山越しの彌陀をめぐる小説、といつてもよい作物なのである」と控えめに称しながら、実は唯一無二の彼の作品について、書いている時には意識していなかったことまでもあとになって気づき、しかも誰もそう読んではくれないので自ら書いたものだ。「これを書くやうになつた動機の、私どもの意識の上に出なかつた部分が、可なり深く潛んでゐさうな事に氣がついて來た。それが段々、姿を見せて來て、何かおもしろをかしげにもあり、氣味のわるい處もあつたりして、 私だけにとゞまる分解だけでも、試みておきたくなつたのである」と、これもつつましやかに折口は書いているが、いや、到底、「私だけにとゞまる分解」などではありえない。精神分析という語が何度も使われているのはかりそめではない。

 しかし折口は「日本人總體の精神分析の一部に當ることをする樣な事になるかも知れぬ。だが決して、私自身の精神を、分析しようなどゝは思うても居ぬし」などと高慢と謙遜の織りまざったようなことを書いたので、小説を読む能力に欠陥があり、しかもホモフォビックな人々は、日本人の宗教観を絵解きしたものと解釈してすませるようだ。勿論ここでは折口の「精神分析」だの、伝記的事実それ自体だのではなく、あくまで小説が問題なのだが、実際に三十年前の折口を彼自身が描いた小説があるのになぜ比較しようと思わないのか(と、tatarskiyさんに言われ、今度は『口ぶえ』を再読しなければならなくなった)。

『死者の書』について考察をはじめたのは、そもそも郎女と『文金風流』の女主人公との類似を確認するためなので、必要以上に横道にそれるのは避けたいが、しかし『口ぶえ』については、なるほど主人公の少年安良[ヤスラ]の身の上が、夢の中で「いつか、中將姫の上になつてゐた」と言っても全くおかしくない。むしろそれで辻褄が合う。

  南家郎女は女になった安良であり(どういう点においてであるかはこれから説明する)、折口の「中学生のころ、友人だった男」の変形された甦りとしての死者に出会う者であり、折口が観察した、同時代の、自由を求めて苦闘する女でもある。いや、むしろ、自由に生きることが不可能な女と言うべきなのだが、最後のものは、繰り返しになるが、「女嫌ひ」と称される折口がそんなものを描こうとは、誰も夢にも思っていまい。だから郎女は、何やら作者の手中で操られている傀儡のようにしか見なされず、彼女のパッションは誰にも(周りの者にも読者にも)理解されないのだ。

『死者の書』における現実/非現実のレヴェルははっきり分けて考えるべきであり、また分けられることを先に見たが、同様に、郎女にとっての善きものと悪しきものの区別もまた、多くの読者が見誤るのとは異なり、判然としている。

 要するに、大津の死霊は、郎女の見る俤びと=阿弥陀ほとけではないのであり、前者が鎮魂ないし昇華されて後者になったりはしないのである。これが、『口ぶえ』における主人公の性意識と対応することは、tatarskiyさんに指摘された。具体的には、彼と関わる二人の上級生、岡澤と渥美として具現されていると言うべきなのだが、前者は安良を「肉欲」の対象として、手紙を渡したり、つけ回したりし、後者は「浄らかな人」として、安良の憧れの対象であるのだ。これだけでもそのまま郎女にとっての大津と俤びとであるが、加えて、安良が岡澤と渥美それぞれと川で泳ぐ場面があることは、郎女が寝入りばなに死霊の訪れを受けてのち、夢で等身大の白玉を抱いて水底に沈む、美しいくだりを思い起こさせずにはいない。

『口ぶえ』で「激しい息ざし、血ばしつた瞳、ひしびしと安良に壓しかかる觸覺」と描写される岡澤に、安良は水泳の最中、水中で抱きつかれ頬に接吻される。一方、夏休みに西山の寺に籠る渥美からの手紙に応えて、安良は彼を訪ねてゆき、一緒に川で泳ぐことになるが、彼らは「裸形をはぢらふやうに」離れて衣服を脱ぐ。激しい反発と極端な抑圧の危うい均衡は、自分が実は岡澤に惹かれてもいて、渥美に対する気持ちも同じところから来ているという自覚によって破れずにはいない。二人の少年がとどのつまりはともに死のうとして崖の上から身をのり出すところで、『口ぶえ』は未完のまま中断している。

『口ぶえ』から四半世紀のち、安良が(折口がではない)女になった郎女の上に、その出来事はどう起こったか。前者の、渥美に呼ばれての大阪から奈良への旅を、俤びとという幻を追っての、都から當麻への西へ向かう旅として逆向きになぞり、そこで、折口の若き日の思い出の中の男(たち)の甦りである、大津皇子=天に弓引く天若日子が、この世に心残して、藤原家当代の姫君の中から最も美しい娘を求めてやって来ると、婆に吹き込まれた郎女は、「俤に見たお人には逢はずとも、その俤を見た山の麓に來て、かう安らかに身を横へて居る」はずが、横たわる床に忍び寄る足音を聞き、「その子の はらからの子の/處女子(ヲトメゴ)の一人/一人だに/わが配偶(ツマ)に來よ」という、婆の聞かせた歌が甦る。

帷帳(トバリ)がふはと、風を含んだ樣に皺だむ。
ついと、凍る樣な冷氣――。
郎女は目を瞑つた。だが――瞬間睫の間から映つた細い白い指、まるで骨のやうな――帷帳(トバリ)を掴んだ片手の白く光る指。

 咄嗟に阿弥陀ほとけの名を唱えて郎女は逃れるが、
白い骨、譬へば白玉の竝んだ骨の指、其が何時までも目に殘つて居た。帷帳(トバリ)は、元のまゝに垂れて居る。だが、白玉の指ばかりは細々と、其に絡んでゐるやうな氣がする。

 骨の指なのか、白玉の指なのか。言葉の(夢の)詐述[しごと]は、「山の端に立つた俤びとは、白々(シロヾヽ)とした掌をあげて、姫をさし招いたと覺えた。だが今、近々と見る其手は、海の渚の白玉のやうに、からびて寂しく、目にうつる」と、骨と白玉のダブルイメージのうちに、郎女を「海の渚」へ導く(たぶん折口は、「夢の仕事」についてのフロイトの記述を、深い実感を持って読んだろう)。

「渚と思うたのは、海の中道(ナカミチ)である」。左右から波が打ち寄せてくるそこを歩きながら、郎女は砂に混じる白玉(真珠)を拾おうとするが、「玉は皆、掌(タナソコ)に置くと、粉の如く碎けて、吹きつける風に散る」。しかしついに白玉は彼女のものになる。

姫は――やつと、白玉を取りあげた。輝く、大きな玉。さう思うた刹那、郎女の身は、大浪にうち仆される。浪に漂ふ身……衣もなく、裳(モ)もない。抱き持つた等身の白玉と一つに、水の上に照り輝く現し身。
 姫はそのまま水底へ沈む。
水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ)く白玉なる郎女の身は、やがて又、一幹(ヒトモト)の白い珊瑚の樹である。脚を根、手を枝とした水底の木。頭に生ひ靡くのは、玉藻であつた。玉藻が、深海のうねりのまゝに、搖れて居る。

 これを読んで第一に連想されるのは、アポロンの求愛を逃れようとしたダフネが月桂樹に化ったエピソードだ。ギリシアのあの変身する女たちの一人に、郎女はここで身をやつしているのではあるまいか。もう一つ、白玉と珊瑚へのこの変身は、シェイクスピアの『テンペスト』で、父王の船が嵐で難破したと知り、父親が死んだと思って悲しむフェルディナンド王子に、エアリエルが歌う、
Of his bones are coral made; 
Those are pearls that were his eyes;

を思い出させる――彼の骨は珊瑚になった、この真珠は彼の眼であった。あまりの一致に、これは私が知らないだけで誰かが指摘しているかもしれないと思うが、もしそうでないとしたら、それは「日本」だの「古代」だので折口が出来上がっているという思い込みのせいだろう。

 その時代、「大陸から渡る新しい文物」はまず太宰府に入った。「あちらの物は、讀んで居て、知らぬ事ばかり教へられるやうで、時々ふつと思ひ返すと、こんな思はざつた考へを、いつの間にか、持つてゐる――そんな空恐しい氣さへすることが、ありますて」と家持に洩らす、恵美押勝の気持ちはそのまま折口のものだろう。「唐から渡つた書などで、太宰府ぎりに、都まで出て來ないものが、なかなか多かつた。學問や、藝術の味ひを知り初めた志の深い人たちは、だから、大唐までは望まれぬこと、せめて太宰府へだけはと、筑紫下りを念願するほどであつた」。蓮糸で織った布地に絵を描こうとて、郎女が奈良の館に取りにやらせたのが、「大唐の彩色(ヱノグ)」であるのもゆえなき細部ではあるまい。

 郎女が「大浪にうち仆され」たあとの記述を、さらに細かく見てみよう。

浪に漂ふ身……衣もなく、裳(モ)もない。抱き持つた等身の白玉と一つに、水の上に照り輝く現し身。


 郎女は一糸纏わぬ姿となり、「等身の白玉と一つに」抱き合った裸身が水の上で輝いている。そして海底に沈むと、「水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ)く白玉なる郎女の身」と言うのだから、もう白玉は対象ではなく、完全に一体となってしまって、彼女自身が白玉なのである。ナルシスティックでエロティックな夢。このあと、月光が水底にさし入って、郎女は水面に出て息をつき、即ち夢だったことを知る。

  そして仰ぎ見る天井の板には「幾つも暈(カサ)の疊まつた月輪の形が、搖(ユラ)めいて居て」そこに彼女は、再び俤びとが現れるのを見る(それもまた夢なのだが)。

胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現(ゲン)じた。白々と袒(ヌ)いだ美しい肌。(…)乳のあたりと、膝元とにある手――その指、白玉の指(オヨビ)。

 夢の中で「抱き持つた」、そして彼女自身がなっていた白玉が、再び距離を取り戻して、彼女の寝姿を見下ろしている(この豊かな肉体が、骨の指を持つ死霊の対極にあることは強調されていい)。

 ところで、この「白玉なる身」という表現は、次のように記述される 安良の身体にもふさわしいのではなかろうか。

ふりかへると斜に傾いた鏡のおもてに、ゆらゆらとなびいて安良の姿がうつつてゐる、大理石の滑らかな膚を、日が朗らかに透いて見せた、近頃になつてむっちりと肉づいた肩のあたり、胸のやはらかなふくらみに、思ひ無げな瞳をして、ぢつと目を注いでゐた。

 湯上りに、鏡に映った自身の姿に見入る場面である。鏡が水鏡めいていること、裸体の描写に男性と特定される要素が薄いこと、膚を大理石に喩えていることなどが一見して目につく。

『「口ぶえ」試論』で持田叙子は、安良が飛鳥の古寺の「大理石の礎」を思い浮べることについて、ここで安良の膚の比喩に使われた「大理石」の一語にも言及しつつ、 メレジェコフスキーの『背教者ジウリアノ』において、「陰鬱なキリスト教世界」に対してジウリアノ(ユリアヌス)の憧れる古代ギリシア世界が大理石に代表されることから、「こうした大理石のもつ意味に、折口は知らず知らずのうちに影響されているのではないだろうか、それゆえに安良は大和飛鳥のイメージとして、実際には稀有な「大理石の礎」のイメージを思い浮べてしまうのではないであろうか」と言っている。折口の西洋的教養の拠って来るところを、このように具体的に指摘して貰えるのはまことにありがたい。しかしこの大理石とは、端的にGreekの指標ではなかろうか。

 理想化された古代ギリシアの同性愛。晴朗な空にそびえる大理石の神殿と、ヴィンケルマン的な純白の神々の像。鏡の中の安良の肉体は、その石像とナルシスティックに同一視される。ヴィクトリア朝から二十世紀初頭の英国においてヘレニズムに傾倒した文学者たちを、折口が知らなかったわけもあるまい。

 先に見た郎女の夢が、オヴィディウスやシェイクスピアの引用と、フロイトから学んだ知によって織りなされ、純粋に日本的なものなどほとんど見当らないように、ここでも彼の構築する作品は「西洋渡りの新しい文物」を「基」に成り立っている。「大理石の」は、衣の下の鎧のように、真実を覗かせているのである。

「こうした大理石のもつ意味に、折口は知らず知らずのうちに影響されているのではないだろうか」という修辞的設問は、だから到底成り立ちうるものではない。「大理石」は、古代ギリシア=男同士のエロティシズムという含意ゆえに呼び込まれたのであり、意識的なものでしかありえない。第一、飛鳥の古寺に大理石を使ったものなどまずないと、折口が知っていなかったとも思えない。知っていたからこそ、わざと出したのであろう。大理石の礎の寺がほとんどないように(一つだけあるそうだ)、金の垂れ髪の阿弥陀仏など例がないのに、「俤びと」に平気でそのような容姿を与えたのは、「知らず知らず」やったことではないだろう。

 持田氏の論文から論旨とは別に一つ教わったのは、折口が中学教師時代(『口ぶえ』発表と同時期)、自分の教え子たちを題材に短歌を詠んでおり、のちに連作「生徒」の中に組み入れて『海やまのあひだ』に収録された三首のうち、一首が
白玉をあやぶみいだき ねざめたる 春の朝けに 目のうるむ子ら
だったことだ。これは白玉を抱く夢を見てめざめた郎女であり、そのプロトタイプではないのか。

 ただし持田氏は、『口ぶえ』とヴェデキントの『春のめざめ』との関連を議論するためにのみこれらの歌を出してきており(「生徒」については、折口自身が、「『この連作はうえできんと[原文傍点]の「春のめざめ」を下に踏んでをり、』と述べている」そうだ)、この歌と『死者の書』の関連についての言及は見当らない。

『春のめざめ』は、性について無知なまま、少年少女が関係を持って、少女が妊娠し云々という、当時としては衝撃的な内容であるが、「少年少女の性欲の具体的な描写などは全く無い」「淡々とした」ものであり、それに比べると『口ぶえ』の描写は「蒸せかえるような熱気を孕んでいる」と持田氏は言い、もう一つの先行作品として谷崎潤一郎の『颱風 』を挙げて、その類似と相違を述べる。しかし、確かにこれらの作品は折口に影響を与えたであろうが、言うまでもなく最大の違いは、『口ぶえ』における欲望と憧憬[しょうけい]が同性に向けられていることだ。無知な少年少女は勿論、「初めて女体に接」して「淫蕩の血が目覚め」た男が「荒淫の限りを尽して頓死」する、 「根太や膿、血などのおぞましいもの」に満たされた『颱風』も、折口からはあまりにも遠い。

 無論持田氏は、「同じように身体感覚に注目しながらも、「口ぶえ」にはそうしたダイナミズムはない。折口は、メリヤスシャツの肌ざわり、目覚めの倦怠感、 寝汗など、少年の身体の内側に刻まれる繊細で微弱な日常のリズムを据え、そのことによって返って生々しく少年の性愛に迫るのである」と結論し、それはその通りで『口ぶえ』の特徴をよく捉えていると思うが、その「性愛」が男同士のものであることがなぜ名指されないのかが、解せない、

 勿論、主人公と岡澤や渥美との関係について持田氏は、「安良は二人の上級生に心惹かれるが、二人は対極のタイプである」「かたや肉欲、かたや精神性を強調される岡沢と渥美」「岡沢と安良の水中シーンをなそるかのように、西山の谷川で二人が泳ぐ場面がある」と、適切な指摘をしており(私もこの論考の元となった連続ツイートの途中で読み返し、多くの示唆を受けた)、『口ぶえ』がそういう話であることは、小説を読んでいない者にも容易に理解されうるのだが、最終的に持田氏は、同性愛のモチーフそのものについての考察は無しで済ませている。

 この詰めの甘さが、『死者の書』においては「大津皇子と彼のために機を織る中将姫との直線関係に」「構図が凝集」され、「最終部の大津皇子の復活に向けて鮮明な浄化感を形成しているのに比べ、「口ぶえ」の最終部は糸の切れた風船のようにたよりない。渥美と安良は蓬々と吹く夕風の中、途方にくれて見つめ合う。彼らを導くものはもはや死しかない。しかし悩みつかれ、万策つきてお互いをみつめるその蒼ざめた少年の顔の哀れこそ、この時点での折口の最も描きたいものではなかったか」という散漫な結論部に至るのを見る失望感は大きい。

 まず、郎女が機を織ったのは大津のためではないし、最終部で彼の復活を示す記述は全くない。「郎女が、筆をおいて、にこやかな笑(ヱマ)ひを、圓(マロ) く跪坐(ツイヰ)る此人々の背におとしながら、のどかに併し、音もなく、山田の廬堂を立ち去つた刹那、心づく者は一人もなかつたのである。まして、戸口に消える際(キハ)に、ふりかへつた姫の輝くやうな頬のうへに、細く傳ふものゝあつたのを知る者の、ある訣はなかつた」というのが『死者の書』の最後から二番目の段落である。浄化感はおろか、安良と違って郎女には、見つめ合う目すらなかったのだ。

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by kaoruSZ | 2015-09-09 19:41 | 文学 | Comments(0)

彼〔か〕の船は此の世の涯より
汝〔なれ〕が幽〔かそ〕けき欲望〔のぞみ〕すら
叶へむとして来〔きた〕るなり。
ボードレール「旅への誘い」


【七月十六日】折口の戯曲について、先日またtatarskiyさんから電話で聞く。『文金風流』というのだが、検索しても全集の収録リストに出てくるばかりだ。論じている人いないのか。手すさびとしか思われていないのか。溝口か成瀬に黒白で撮らせたかったような話というか、聞きながらそういう映像で浮かんだ。

  語り物の知識などさっぱりなので初めて知る名前だが、豊後節の祖で、実在した宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじょう)が主人公。といっても、『死者の書』が中将姫伝説に取材しながら全く別なものに書き換えているのと同じく、豊後掾の前身が侍というのも、それ以外の登場人物も、皆折口の創作らしい。そして『死者の書』の郎女に相当する女がここにもいる。

 一言でいえば才能があってもどうにもならない女、女であるためにそれを生かすことのできない女、豊後掾がそうであるように自由には生きられない女だ。もう一人、狂女がいて、実はこの二人を合わせたのがかの郎女というわけだ。 

  狂女の話の方で登場する僧の物語には、明言されない男色がかかわっているらしい。だがそれは脇筋で、メインは女(姫君である)に同情した豊後掾が、彼女との心中を承知する話。実は彼の得意は心中物で、文金風と呼ばれた髪型・衣裳のダンディズムばかりか、心中までも真似る者が続出、相対死[あいたいじに]は 禁止され豊後節は弾圧されたというのは歴史的事実らしいが、面白いのは、姫君がそれに憧れたわけではなく(それではボヴァリー夫人だ)、二人が恋人同士ではないことだ。当時、この反メロドラマを誰が理解しえたのか。折口の作家としての才能の凄さは弟子に“伝えることのできる”学者としての業績を軽く超える。そうあらためて確信しつつ、今度コピーをもらって読むのを楽しみにしている。

【八月五日】おとといtatarskiyさんから、『文金風流』、コピーを糸で綴じたのを恵贈さる。歌舞伎台本(ラジオドラマではなかった)で、実質生前未発表作。凄い。ミイラの棺を開けたらみづみづしい色あざやかな花束が現れて、それが目の前で塵と化したのではなく、今時ひらいたどんな花より鮮やかに咲きつづけているという凄さである。

  解題によれば雑誌『新演劇』の脚本募集に応じたものというが、不採用だったという意味なのか、それとも実際応募しなかったのか、いづれにせよ上演されていないのだろう。また、まともに読まれたこともないのだろう。tatarskiyさんの認めた『死者の書』との類似に、これまで誰も気づいた形跡がない以上。

『死者の書』などよりよほど“普通に”理解できる筋書を持つ、巧みに構成され、洗練された戯曲なので、上演されたことがないのが惜しまれるし、歌舞伎台本としても完成されたものだと思われる。あまりに完璧過ぎて、もし実際に審査されたとしても、当時の人にはその新しさが分らなかったに違いないほどに。

  風俗壊乱の廉で江戸を追われた浄瑠璃語り豊後掾の実話に、折口は武士という前身と、姫君との“心中”という結末を接いで『文金風流』を仕立てた。序幕で主人公の存在は、姫路城下の花見の幔幕の中から聞える謡の美声の主としてまず感知される。このあと彼は、同輩が狂女を斬ろうとするのをやめさせようとして誤って相手を殺してしまい、武士を捨てて出奔するのだが、その場で切腹しようとしたのを止めた僧、慶円に、「此芸能もて世に立たれたら、恐らく天下第一の名人となられる」と言われる。

 これが、彼が豊後掾になる発端なのだが、慶円も実は偶然そこに居合わせただけではない。後の豊後が助けたお兼は、「文ひろげの狂女」とあだ名され、「あまた家中[かちゅう]の人々より彼に寄せたる艶書の数々」を「喜んで披露しある」いている(豊後に殺された男もかつてお兼に文を遣った一人である)。しかし彼女が好きになったのは慶円だけで、その結果今のようになった、つまり彼自身は与り知らぬ事ながら、自分に叶わぬ思いを抱いて狂ってしまったと慶円は語る。これは、道成寺から奇妙に内実を抜き去ったエピソードで、慶円の傍観者性(手出しをした豊後との対比に於ても)を際立たせる。

 第二幕は江戸の芝居小屋横ではじまる。大入りで入れず、豊後をいわば出待ちする人々の会話だけで十五年後の彼の状況を髣髴とさせる、折口の手腕は水際立っている。序幕でも彼の容姿は家中[かちゅう]の侍女たちから、「あのお容子であのお声」「あんな男を持つ人は、どうした果報の姫御前であらうぞ」と言われていたが、ここでは専ら男たちによって彼の美しさが語られる。

町人一 したが文金の声も声だが、男振りと来ちや一層たまらないや、業平が絵馬堂から抜け出した様な顔をして、三日月なりの小袖に、片身変りの片衣をひつかけて、舞台を斜めに、見物の方を向いて坐つた容子なざあ、女の子にやほんに眼の毒といふもんさあ。
町人二 いかな役者もあの男と並べた日には、お月様の前に出た星よりももつとみじめだ。あの男が結ひ出して、当時流行[ハヤリ]の文金髷、この辺[あたり] にもたくさん見えるが、あのまつ黒な大たぶさに、金糸を高く結び上げた恰好なんぞ、何ともかとも言はれない。あの時ばかりは何だかこちとら野郎に生れて来たのが、まゝならねえやうな気がすらあ。女の子にとつちやたまるめえ。


 江戸っ子の町人二人、本当は自分が「たまらねえ」のが見え見えなのに、女の子がと言っているところが可笑しい。

 あるいは、「あの声を聞いたが最期、家も名聞も打ちやらかして、思ふお方と死にたくならあな」――だから結婚していてよかったという男。これに続く会話からは、折口のユーモアのセンスも窺われよう。「いつもと違って歌から芝居に持ち込んだ」、つまり芝居とコラボレートした豊後の新作は「文ひろげ」といい、 文金風の髪型・ファッションのみならず、情死まで流行らせた彼は、「若い身でこれ聞かねば、江戸に生れた甲斐のない娘・息子の仲間外れぢやといふ程な浄瑠璃」として、若い男女の熱狂的な支持を得ている。

 ここで、序幕の反復めいた事件が起る。先ほどは狂女が殺されかけたが、今度はお忍びの姫君一行が悪御家人に因縁をつけられたのを、小屋から出てきた豊後が助ける。侍三人を向うに回し、鮮やかな立ち回りで相手を制圧する伊達男は、文武両道のスーパースターだ。豊後が去り、人々が散ったあとに、傍の茶屋の中から、一部始終を見ていた慶円が現れ、文ひろげの狂女までが登場するが、慶円の顔を覗き込んでも判別はつかない。

 豊後の向かった先は兄弟子・都千中の住いである。第二場はそれに先回りして、千中の妻で芸者上がりのおこのが、自宅で家主と対坐するところからはじまり、込み入った事情を 会話だけで明かす。家主は、芸一筋で頑固一徹(そのため家賃が払えない)の千中に、檀那衆に稽古をつけて援助を受けることを奨め、「此頃流行 [ハヤリ]の豊後節は、こちらの弟々子[オトトデシ]で、京から一処に下つた国太夫半中と言つた男が初めたんだとか言ふことだが、此頃は猿若の芝居に出て、時にはお大名の館へも上り、高家の姫君様迄が忍んで聴きに御座るげな。兄弟子が蹶落されてゐて、残念だとは思はないのかねい」と言うが、千中は国太夫即ち豊後の新作の節回しに意見することしか頭にない。 

 河東節の名手おこのを芸を捨てるのを条件で娶った千中の話は、一見昔ながらの芸道ものだが、実は慶円と狂女お兼、そして豊後と照姫のカップルと重ねられることで新たな意味を持つ。これは芸道ではなく芸術の話であり、折口は絶対的に現代的(absolutely modern)な書き手なのだ。

 豊後は千中の意見を容れず、千中は豊後の援助の申し出を断って、兄弟弟子の縁どころか、亡き師に代り師弟の縁も切ると宣言、盆ぎりで立ち退かねばならぬから、二日後には京へ帰ると豊後を追い出す。するとおこのが、情熱の失せたまま夫婦を続ける気はなくなったから自分はとどまって尼になると言い出し、二人は“熟年離婚”を決める。  

  第三幕は第二幕と同じ元文五年(その二日後)の設定で、これは実在の豊後の没年だが、彼はその二年前に江戸八百八町の芝居小屋お構いになって帰京しており、また心中も史実ではない。だから作品においては照姫との関係こそが重要なのは当然だが、それは語り手が虚構として語ったものを自らなぞって死ぬことになるという意味ではない(それでは豊後節に煽られて死ぬ者と同じになってしまう。千中は彼らを、「おぬしの浄瑠璃聞いて死ぬる者が多いとの噂、何を盲千人の世の中、文句は訣[わか]つても、節につまされて死ぬといふことはあるまい。高々、死んでも浮き名が謳はれたい阿呆どもぢや」と言っている)。ここでは、そう思ったのは間違いだった(芸の素晴しさで感動させているわけではないと千中は豊後をそしっている)という話になっているが、真実は、大衆には文句、即ち物語しか分らぬという方にあろう。 

 逆に言えばここでの折口の営為は、見る目を持たぬ多数派にも分る文句(メロドラマ)として二人の関係を織り成しつつ、選ばれた少数の耳には間違いなくその節[ふし]を届かせんとするものなのである。

 第三幕は、大名家下屋敷の大川べりにある垣の切り戸から「白無垢の袿[ウチカケ]が逆に懸けてある」長持ちが運び出されるという、ただならぬ情景ではじまる。船で去るのを陰ながら見送るのは照姫づきの埴科、急死したのは乳母の篠の井、埴科の独白によれば姫君は「お乳[ち]殿のおしつけで、何一つ欠点[オロカ]のないお育ち、とりわけ、糸竹の道は家中は素[モト]より、検校、勾当の間にも、をさをさ及ぶものもない御鍛錬」。糸竹とは管弦、音曲のこと。これはつまり序幕で侍女らが、「去年京から下つた宝生の太夫も、舌を捲いたと聞いた」と噂していた、豊後と同様の才の持ち主で照姫があるということだ。

 しかし武士を捨てても生きられる豊後と違い、「惜しやこれ程の芸能持つて、お生れ遊ばし乍ら、大名の姫君とあるお身の不肖、聞き知るもののない御殿帳台の中に持ち腐れに遊ばさうと、わたしも素より好きの道とて、いとほしがつてお思ひ遣り申したが」誤りだったと埴科が述懐する通り、姫君にはそもそもそれを生かす道がない。

「永のお気鬱をお霽し申さうとて」「お気発散の御為とて」姫を外出させたと埴科の科白はさりげないが、要するに照姫は以前から鬱だったのであり、それは彼女が封建時代の姫君などではなく、折口がそうしたものを描くとは誰も思わぬのであろう自由に生きたいと望む女、近(現)代の自我のある女だからだ。

【八月十七日】
『死者の書』久方ぶりに通読する。青空文庫に感謝(現代仮名遣い版なんて愚かしいものまで揃えることは全くないけど)。さらにtatarskiyさんから、富岡多恵子の『釈迢空ノート』について電話で聞く。tatarskiyさん、『文金風流』の狂女のモデルが分ったと言って……うーん、これは決定だね。安珍清姫の形式を借りながら内容が抜けている理由もそれで説明がつくし、第二幕終りの狂女再登場時の、「十五年経つた割合ひに若い顔をして」というト書きに感じた妙なリアルさもそこから来たものかと気づく。

 詳しくは富岡の本手に入れてから書くが(図書館飛んで行こうとしたが土日閉館時間が早くて果さず)、背景が判ってみれば、「叔母が部屋で召し使うたる」女が自分を「隙見し」、「様々思ひ悩んだ末、心みだれて狂ひ出」たと「叔母より承り、存じもよらぬ事とは申しながら、罪深い事致したと」と慶円が言うのは、少なくともそう言わせる折口は、とぼけているのだ。

 幼少時に寺に迎え入れられた跡継ぎでありながら、師の坊(恐らくは愛人)に死なれ、出奔する慶円は、明らかに折口の投影だが、彼はまた、相手と関ることのない傍観者でもある。その分、物語の案内役であり、豊後に芸で生きることを奨めて、まるで作者のように筋書きを進めた人でもあるのだが、その 彼が唯一積極的にその手もてする行為は、姫と豊後が死ぬために入った船のもやいを解くことである。

 この第三幕第二場の幕切れは一篇の幕切れでもあるのだが、読み返すとこの辺り、全くリアリズムに則っていない。前段で姫は尼寺へ入ることに、豊後は江戸での公演禁止と決り、これが最後と豊後が謡った翌朝、おこのと別れ京へ上る千中と、橋上で和解し見送った豊後の前に、切り髪姿の姫が現れるが、その後を例の悪御家人どもが追って来る。

 そんなところへ今さら三悪人が出てくる道理がないので、これはもう「一人の手を捻ぢ、一人の肩を抑え、一人を踏んで(…)色々悪侍をあしらうて、果は二人を斬り、一人を川へ投げ込む」という豊後大活躍の場を作るために過ぎないが、同時に、第二幕で姫一行を助けた時の、「侍三人を色々にあしらうて、とゞ一人を 当て身で仆し、一人を踏まへ、一人を後向きの立身に捻ぢ上げる」の変形された繰り返しでもあり、序幕で狂女を救った出来事の反復でもある。

 あの時はこうした形ばかりの立ち回りではなく、相手の命を奪った事件が彼の運命を変え、また、『文金風流』一篇を可能にしたが、今また同じ型が反復されるのは、これから彼が姫との決定的な関係に踏み入ることの徴でもあろう。

 また慶円は、まだ千中が去る前から、上手から出て様子を窺っているのが観客から見えているのだが、この僧、序幕でその場に居合わせたことについては詳しくいきさつが語られ、第二幕でもお盆の経を頼まれた茶屋のうちより騒動を目撃したと一応の説明がなされているけれど、もうここでは何の因果もなしに柳の陰に立っている。

 今は尼となった姫君と豊後が「一処に」死ぬことを決め、「此処で死んでは、お家の名折れ」と、豊後が「あれにて」と船を指し、二人が入ると「僧せはしく出て、艤ひを解」き、船の簾を上げて豊後が「断末魔の苦悩を救ひの御経[オンキヤウ]」を頼み入るが、実は十五年後の江戸に慶円が来ていることを、豊後はこの時まで知らなかったはずである。観客は何の疑いも持つまいが。

 一方、文ひろげの狂女の第二幕第一場での登場はいささか不気味ながら、続く第二場での豊後の科白「十五年前、国を出る砌、ちと恩を受けた方のみよりの者、江 戸で計らず廻りあひ、見るに見かねて連れ戻りました」で合理的に説明される。老婆をつけて「うちに養うて」あるのだが、脱け出し「狂ひ回る」こともあるという。

 だが、船が河心へ出るのを橋上から僧が見送り「黙拝」するところへ、「突然橋向うから出る」狂女は、婆の目を盗んで出てきた訳ではあるまい。「船中から幽かに念仏の声。続いて悲鳴」という修羅場にただただ「黙禱」を続ける僧を補完して、最後の絵を完全なものにするために、彼女は枠組の外、物語の外からやって来たのだ。

「狂女橋詰へ出て、文を両手で捧げて、拡げる。」これが最後のト書きであり、あとは「静かに幕」という指定があるばかりだ。狂女が掲げる文、男たちの恋文とは何だろう。少なくとも、心中する男女の称揚や鼓舞に繋がるものでないことは確かだ。慶円が狂女との因縁を打ち明けるよりも前、侍女らが豊後(の前身)に語った、お兼発狂のいきさつは、慶円のものとはいささか異なっていた。奥の中老(慶円の叔母である)に仕えた町人の娘お兼は、「大勢の殿方に思ひを寄せられ、聞かねば死んで呪ふと言ふもあり、心に従はずば殺さうと囃すお侍衆もあつて、あんまり恐さ、煩さゝにとりのぼせて、とうとう正銘の気違ひになりました」。そして自分の恋文を人前で読まれて頭に血が昇った男に斬りかかられたところを豊後が助けるのだから、「文ひろげ」という行為はどう見ても恋の側に立つものではなく、文をよこす男たちへの揶揄でさえありうるものだ。そして僧慶円と狂女の奇妙なカップルは、「思ひ合うたる二人の心、うそいつはりのないからは、二人連れ立ち死出の旅」と、美しい紋切型で謳われる、豊後と照姫の関係を異化するものに他ならない。

 乳母篠の井の死ではじまる第三幕第一場に戻って、誰にも解る「文句」(=紋切型)が、当事者たちと観客に、豊後と照姫の愛-死を納得させるに至る過程を辿らなくてはならないが、その前に、せっかく『死者の書』を再読したことでもあり、『文金風流』と『死者の書』の類似について押えておきたい。

見よ眠れる船を――折口信夫の『文金風流』(2)へ
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by kaoruSZ | 2015-09-08 19:22 | 文学 | Comments(0)