おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

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tatarskiyの部屋(22)‐1

今年7月の10日過ぎ頃にtwitter上で祭りになっていたものだが、高校の男子水泳部を題材にしたテレビアニメ「Free!」のキャラクターに対する、男性視聴者からの「あんな奴らは男じゃなく女だ」というホモフォビックな反応への女性からの反発のツイートと、それに対する無理解丸出しの中傷めいたツイート、そして更に私自身がそうした中傷に対する反論としてツイートしたものをまとめてみた。リアルタイムで話題を追っていなかった人にも、下記を一読すれば何が問題だったのかは一目瞭然だと思う。

実はこの後にまったく見当違いな被害妄想から“腐女子”叩きに便乗するツイートをした「自称百合好き」のせいで更にくだらない方向に話がそれていってしまったのだが、私はそれについても徹底した批判を行なった。そちらの顛末についてはこちらの記事(tatarskiyの部屋(22)-2及び 3 を参照してほしい。

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和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月10日
「Free!」のキャラを「女じゃねーか」「女でいいじゃん」って言う奴いるけど、あんな女は現実にいないから^^それは男に都合のいい妄想をテンプレート化したものに「女」と名付けているだけだから^^現実と妄想の区別つけて、自分の妄想を女に押し付けるのいい加減にしろよチンカスども^^

ネコクロ @gata_negra13 7月10日
@amezaiku えええ!?そんなこというチンカスがいるなんて…どこが「女」なんでしょうかね?ああいう天然な性格=「女」とか笑えちゃいますよ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月10日
@gata_negra13 なんか女っぽいとかカマ臭いとか色々あるんですけど、一番突っ込みたかったのは「会話が女同士にしても違和感が無い」とかいうコメントがあって「いやあるよ!」って叫びたかったです。

まきは岩鳶高校水泳部雑用係 @nejimakipero 7月12日
そういえばFree!の感想で男の人が「なんか女子の考える男子の日常って感じで気持ち悪い」って言ってたけど、京アニ女子の日常がリアル女子の日常だと思ってる皆様にその言葉をそっくりそのままお返ししときますね

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
私がFree! の女キャラについてこんなに言うのって、ここで許したら「やっぱり男の欲望は上位のもので、女の欲望は下等だから、どんな場合でも前者を優先させるべきなんだ」という認識を許容し続けることになるので「男の欲望は自然で当然」を否定するためにも口うるさく叫び続けます。

海燕 @kaien 7月12日
ぼくは「こんな男/女はいない」という言葉がキャラクター造形への批判になりえるとは思わないんだよね。現実にはいないような個性だから魅力的なんじゃないか? どこにでもいるような性格のキャラなら現実を見ればいいじゃん。眠狂四郎とか金田一耕助は「こんな奴いない」からこそ魅力的なのでは。


和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
私のあの主張は「女という幻想を現実にまで押し付ける男性ジェンダー」についての言及も含まれているのに、なんで「フィクションは現実と違うから楽しいんだよ」になるんだよ。ふざけんなよ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
「フィクションの男キャラへの批判」ではなく「”男”が”これこそ女である”という主張をし、それが通ってしまうことの異常性」を指摘してんだけど。そこになんの違和感も覚えないの?


海燕 @kaien 7月12日
ある性別向けの作品を異性が見て違和を感じ、それを意見として表明する。そのことそのものは問題ない。ただ、その意見がなかなか建設的な議論にまで至らず、「こんな奴いない」レベルの浅い批判にとどまってしまい、それに対する反論も同レベルでなされてしまうという事態は好ましくないと思うのです。


海燕 @kaien 7月12日
「こんな奴いない」「こんなこと現実に起こるはずがない」というのは、およそフィクションに対する最も浅薄な批判なのではないかと思うんだよね。現実を超克したいという願い、より素晴らしく、より美しく、より鮮やかに、という思いから作られたものに対し「これは現実ではない」と批判するとは……。


和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
RT>「こんな奴いない」ではなく「これは○○だ」という決めつけを強者が行うことを問題視してのあの批判なんだけど、いい加減現実の関係性丸無視で「どっちもどっち」に持っていくの止めろよ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
私が指摘しているのは「現実にこのキャラがいるかいないか」ではない。「女と名付けられたテンプレート」が現実に存在し、それが権力となっているのだ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
私はいかなる場合でも「女性性」と「男性性」を並べることは心情的にも理論的にもしたくはない。


海燕 @kaien 7月12日
「「「Free 」のキャラを「女じゃねーか」「女でいいじゃん」って言う」ことが「”男”が”これこそ女である”という主張」をしているとは受け取りませんでした。この言葉だけだと「(フィクションで描かれた女キャラクターそのものじゃねーか」「女キャラでいいじゃん」とも受け取れるかと。



和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
RT>男の妄想の女ジェンダーと現実の女を綺麗に分けられていると本気で信じているのならおめでたいことだ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
結局いつもの「女性差別なんてないだろ」の人間か…

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
男の妄想と現実の女が綺麗に切り離されているっていうのならなんで某ゲームで「三次元はもういらない」って宣伝文句が出たんだよ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月12日
フィクションに限った話しではなく「男の造った女」は現実の女に対して凄まじい重圧を発揮するんだよ。だからこそフィクションでも男の造った女キャラは許されて女が造った男キャラは許されないんだよ。「(男の造った)本当の女はそんなことしない」から。全部地続きなんだよ


ねこ@がんばらない @naruhodowakaran 7月12日
ヘテロ男としてアニメを見てきた身として思うけど、アニメのほとんどはヘテロ男による女性幻想、妄想に満ちている。そういう妄想ってアニメに限らず様々なメディアから溢れでていて、我々の生活を覆っているわけで、それが女性にとってどれほどの抑圧になってるかってことはまず前提にされるべきだよね

ねこ@がんばらない @naruhodowakaran 7月12日
「Free!」を見て、アニオタ男が「こんな男はいない」「こんな筋肉ありえない」とか吠えたり、腐女子のBL消費をキモいとか言ったりするのって、まんまお前らの美少女アニメ消費に言えることだからっていう批判が出てくるのは当然だなって思うわ。

ねこ@がんばらない @naruhodowakaran 7月12日
そういった議論が建設的じゃないとしてもそういうカウンターをミソジニーヘテロ男は沢山浴びたほうがいいって思うわ。自分の女性幻想の消費がいかに女性への抑圧になってうるかということについてもっと自覚的になれって意味で。

ねこ@がんばらない @naruhodowakaran 7月12日
生産量が圧倒的に違うと思うんだよね。99%の男性による女性幻想の生産物に対して、女性による男性幻想の生産物って1%にも満たないんじゃないかな。その1%を男性が必死に叩いてるのを見ると鏡見ろって言いたくなる。

ねこ@がんばらない @naruhodowakaran 7月12日
だから個人的には「Free! 」みたいな美少年アニメはもっと出てきたらいいなって思うし、腐女子のBLとかも「いいぞ!もっとやれ!」って感じで応援している。

ふて☆ねこ @futeneco 7月13日
こんな女はいない!と、散々言っといて、こんな男はいない!に反論するなんてという御意見。いや、そこ同じじゃないし、そもそもこんな男いないwwに対する反論じゃん。そこの非対称性は理解しとけよなぁ。なんだこれ。


tatarskiy @black_tatarskiy 7月12日
RT↑今更ですが、和紙子さんの意見に賛成なのと、一連の流れを見て私からも補足。「男の描いた理想の女像」と「女の描いた理想の男像」はいかなる意味でも対等ではないし、同列に批判もしくは許容されるのが当然なんてことはありえない。

というか一連の流れを見ると、「男と女」という単語の並びを見たとたんに脊髄反射的に「お互い様」と言い立てまくりたがる阿呆が大勢いるようだ。本当はそれこそが自覚の無いミソジニーの発露としか思えないんだが。ぶっちゃけ権力関係の隠蔽だよね?

「男と女」だと判断力が狂う向きにもわかるように説明するが、例えば「大人の考えた理想の子供像(純真無垢だとか学校の先生に褒めてもらえるような良い子だとか)」が子供にとっては抑圧であり、時にありのままのその子であることを許さない暴力でありうる、ということを否定する人はいないだろう。

逆に「子供の考えた理想の大人像」というものがあるとしても、それは「大人の考えた理想の子供像」と同等の権力を持ったものではありえないことは誰にでもわかるだろう。後者が現実の子供にとっては従うべき規範として働くのに対し、前者によって現実の大人が抑圧されることなどありえない。

それと、今回の「Free!」の一件でもそうだったけど、一般に男が男キャラに対して「こんな男いない」と言い立てるのは「女っぽいから」という理由でだけど、女が女キャラに対して「こんな女いない」と言いたくなるのは「過度に“女らしい”から」で、つまりは完全に非対称だ。

これはそもそも「女らしさ」というのが「男にそんなものがあるのは恥でしかない」属性の寄せ集めだから。つまり男は日々女性に対して「俺にそんなものがあるのは恥でしかないが、お前がそれを内面化するのは義務である」というダブルスタンダードの押し付けを当たり前のようにやっているわけだ。

で、この「男にとっては恥」になるものの中でも最大のタブーといえるのがずばり「同性と親密な関係を持つこと」つまりはホモフォビアで、だから今回の「Free!」の男キャラに対しての「こんな奴らは女だ」という反応がミソジニーとホモフォビアが見事に一体になったものだったのも当然の帰結。

そして「男らしさ」というのはあくまで「女っぽくなんかないこと」であり、つまり「男らしさ」も「女らしさ」も「なにが男にふさわしい/ふさわしくないか」も皆「男が決めたこと」でしかなく、これはもっと言えば「なにが“リアル”か」そのものを「男が決めている」ということ。

彼らが一体何を「リアルでないことにしたい」かといえば、端的に言ってしまえば「男が女のように美しいこと」「そうした“女のような男”が同じ男と親密になること」の二つに尽きる。そしてこの二つへのタブー視と嫌悪――ホモフォビアとミソジニー――は、私たちの現実の日常そのものを覆っている。

今回の「Free!」の男キャラへの彼らの反感も、そうした彼らの「現実の日常でのホモフォビアとミソジニー」が「そのままフィクションへの評価に持ち込まれた」に過ぎない。つまりは完全に権力者による権力の行使であり、それに対して女性から反発や非難が起こったのは権力者への当然の抗議である。

それを「リアルな異性が描けないのはお互い様」だの「フィクションはありえないから楽しい」だのとは片腹痛いし、それ自体が男=権力者の一方的な横暴を隠蔽する暴力である。男の描く「女らしさ」とは、女にとっては断じてフィクションではなく、日々彼女に押し付けられている「現実の規範」そのものだ。

(ブログへの掲載に際して誤字脱字を補い、↓を↑に変えてあります)

2へ続く http://kaorusz.exblog.jp/20773748/
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by kaoruSZ | 2013-10-17 08:44 | 批評 | Comments(0)

tatarskiyの部屋(22)‐2

1から続く http://kaorusz.exblog.jp/20773717/

以下は実際の経緯としては、テレビアニメ「Free!」のキャラクターに関しての男性視聴者のホモフォビックな反応とそれに対する女性からの反発で始まった話題(記事リンク)から続いているもので、「“腐女子”が百合を好きな人を不当に中傷している!」というツイートに対する反論として私も参戦したものだが、一読すればわかるように、こんなそもそもの本題とまったく関係ない馬鹿馬鹿しい展開に陥ってしまったのは、どうも日頃から“腐女子”及びBLに対して被害妄想的な偏見を抱いているらしい自称百合好き(にーにー@00kate22)が、それまで誰も持ち出していなかった「けいおん」という作品名を持ち出しつつ「“腐女子”が水泳アニメdisられた腹いせに百合を叩いてる!」という見当違いなフレームアップを行なったからである。

つまり、そもそもの本題だった「Free!」キャラに対する男性からの「あんな奴らは男じゃなく女だ」という決め付けの不当さと、それがまかり通る男女の権力差に対する指摘としての「男性向けにつくられた百合アニメの女だって、女からすれば偏っていて不自然だ」という「権力者=男性へのカウンター」としての当然の反応に対して、「百合アニメは自分のような女も見てるのに腐女子はそれを無視して馬鹿にしている」という、まったく現実の女性差別と、そもそも“女”とは“男ではないもの”(もしくは“男にあるまじきもの”)である以上、“女性像”というものは必然として“男らしくないもの”として決定されるものであるという、善悪以前の根源的な非対称性を無視した妄言()を吐いたわけであるが、これは「にーにー@00kate22」本人の被害者意識とは裏腹に、実際にはミソジナスでホモフォビックな権力者としての男性を免罪する “権力の犬”としての振る舞いに過ぎない。

要するに「女らしい女は女の自分だって好きなのにそれを無視してる!」と言い出したに等しいわけだが、これがどれだけナンセンスであるかは馬鹿でない人には自明の話でしかあるまい。

不運だったのはそれを批判した「和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku」さんが「にーにー@00kate22」にブロックされていて当該の妄言自体を直接RTできなかったのもあって、何が発端かを把握もせずに“腐女子”叩きに参加する百合豚(あえて“豚”と言っておく)が後を絶たなかったことだが、そもそもそれまでの経緯と「何が問題なのか」を把握していれば絶対にありえない差別的な反応に過ぎないだろう。今回の一件における百合豚たちの態度の悪さには、彼ら彼女らの“腐女子”に対する被害者面とは裏腹の、本質的には名誉男性的な思い上がりなしにはありえないような無礼な見下しが滲んでいた。私が以下の通りの徹底した反撃を行なった後にはだいぶ沈静化したようであるが、そもそもの元凶だった「にーにー@00kate22」はそ知らぬ顔を決め込んでいる。これまでも被害妄想的な“腐女子”ヘイトが見え隠れする、認知そのものに病的な問題のある御仁だと思っていたが、これからも好きなだけ汚物としての妄言を垂れ流したいのなら、ぜひ鍵アカにするかチラシの裏にでも書いていてもらいたい。

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にーにー@00kate22 7月13日
自分たちはけいおんを散々現実の女はあんなんじゃないんですけどーwwって笑っといて、水泳アニメdisられたら、けいおんとか百合持ちだして反論しようとするのって超ずるくね?


和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月13日
何故か知らんがいつの間にか「お前らはけいおんを”こんな女いない”と言っておいて自分達が同じこと言われたらけいおんを持ち出して怒るのか」みたいなこと言っている奴が出たんだけど、どうしてそうなった?

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月13日
「こんな男いない」だけではなく「これは女だ」が通ることも問題だと言っているんだけど。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月13日
なんか「けいおんは男オタクだけのものじゃなくて私のような女も見るのに」という馬鹿女がわいたから説明するけど、そもそも「けいおん」のみに言及した話しではないし、「造られた女像」がいかに強い権力があるかってことはまず、「女はけいおんを見ない」という認識がある程度→

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月13日
→共有されて自分自身も内包している所から、頭回らないのかな?その上での「権力への反発として女が造られた女を否定することの必要性」と「男が女の妄想とされるものを否定する時の権力」が重要なんだけどな。さっきから他にもわいている「どっちもどっち」の似非平等主義もいい加減にしろよな

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月14日
こういうのを見るたびに「腐女子死ね」と言われ続けるという経験の無いのに「私も女オタですけど、その感覚は分からないな~」って言い出す百合豚ノマ豚女は黙っててくれないかなと思うのね。お前らが抑圧を感じてないのは分かったから


三枝 @Pitalacta 7月16日
←百合豚ノマ豚女

三枝 @Pitalacta 7月16日
腐豚死んどけ


和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
RT>いいよな。簡単にそういうこと言えて周囲から「マナーがなっていない」とか言われることのない立場の女オタクは…


宇井彩野@百合人企画@niyari_niyari 7月17日
抑圧を感じてることを語ったときに「わかんないな~」とか言われるのムカつくのはわかる話だけど、なんでそこで「百合豚ノマ豚女」とかって言葉使う必要があるのか…ていうかひどい言葉を使う対象が違うっしょ。ジャンル関係ないっしょ

aki @saphir_ 7月17日
こういうのやめて欲しいですしおすし。BL好きと百合好きと異性愛もの好きが被ってないと思うなよ? そしてこういう、どれかに属するひとが他を叩くみたいなアレで息苦しくなるんだわ。 https://twitter.com/amezaiku/status/356227462763511809


和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
RT>阿呆が出た。私も百合好きで男女もの少女漫画愛好家だよ。その「言っている本人」が「被っている可能性」を考えない時点で分裂しているのはこいつ自身だ。「百合も男女も嫌いな腐女子がなんか言っている!」って思い込んでいやがる頭の悪い偏見野郎は黙っていろ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
そもそも私の主張は「ジャンルがどうの」ではなく「抑圧を自身が受けたことがないから”そんなものない”と考える人間」に対してのものだ男が「男だって辛いんだから女性差別とか言うな」と言い出すのと同じ。論の主軸すら見えない馬鹿は黙っていろ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
さっきの私に絡んできた馬鹿がRTされまくっている。とりあえずあれを正しいと思い込んで「そうだよ!皆一緒だよ!」って方向に持っていきたがる馬鹿は私の先程の呟きを見てからにしてほしいですね。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
だから百合豚とノマ豚関係は嫌いなんだよ。「腐女子への差別なんて知らない!でも自分達も同じくらいの知名度が欲しい!」ってのが一定数でわくから。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
というかあれを「自分達の立場じゃ抑圧を理解できない」ではなく「百合好きと男女好きをないがしろにしている><」になる人間が一定数いるのを見ると百合や男女を好きになると頭が著しく悪くなる呪いでもあるのかと疑うレベルで酷いんだが。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
腐女子への抑圧が男女百合へは無いことを男女のジェンダー差から語る語る→百合や男女好きな女を蔑ろにしている!→腐女子への抑圧を百合男女好きは理解できないなら黙っていれば?→百合や男女好きな女をryという経緯なんだがお前ら被害者ぶって腐女子を黙らせたいだけだろ?

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
今まで言うの避けていたけどさ、やっぱ言うわ。百合好き女と男女好き女は被害者ぶって腐女子差別を語るのを妨害するクズが多いわ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
自分達の好きなものを「ノーマル」と呼んだり人を「腐った女」と言える立場であることに無自覚な時点でクズなんですけどね。それでもわりと言葉を選んで我慢してきたけどさすがにこうも「百合好きと男女好き女を蔑ろにしている!」と被害者ぶればなんでも許されると思い込んでいるクズが多いと限界だわ

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
私が「百合豚ノマ豚」と言ったことを問題視している奴がいるので言っておくが私は「カウンターとしての暴言」を全て封じてお綺麗な政治的に正しい世界を造ろうとは一切思っていないのでそういった考えからの批判は気色悪さに鳥肌が立つだけです。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
「これは暴言だからこんな言い方しちゃ駄目でしょ」しか言わず「何故そのような批判が出たか」には目を向けようとしない。相手を押さえ込んで上位に立ち「自分の決めた正しいやり方」を主張するしか脳の無いのは猿以下です。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
猿との対話は不可能なのでやりたかないですが、その猿以下の主張を広め、論点をズラして必死で自分を正当化させる馬鹿が多いのが腹立たしいです。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
一部じゃ何故か私が「けいおん!」を批判していることになっているが、遡れば分かるが、私は最初けいおん!は一切出して無いからな勘違いしてけいおん!がどうのと言い出した奴に反論しただけ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
もうぶっちゃけるとさ。百合豚とノマ豚の女にはジェンダーの話題の時は一切関わりたく無いわ。「女オタクだし、あっちの意見も聞くべき」とか思っていたけど毎回毎回毎回毎回、男女のジェンダー差について腐女子を中心に語ると「百合や男女を蔑ろにしないで」って絡んでくるんだけどさ。いや→

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
→自分達の存在を主張したいってのは分かるが、それってこの話題の時に必要無いよね?だって女に興奮する女がいるからってジェンダー差が無くなるわけじゃないからね。「レズビアンのように女に興奮する女もいるんだから女を性的対象としてのみ扱うのは男性社会のせいではない」とか言われたら→

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
→違うでしょ?存在の主張とジェンダー差の話しは違う所でしようよそうじゃないと話しが進まないんだよ!これってまんま女性差別の話題の時に「男だって差別を受けているのになんで女ばっかり」って言い出す男と一緒なんだよ。そっちの話しも大切だけど下手に絡ませたら主軸をブレさせるだけだよね?→

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
→そんで「主軸をブレだせたい」という行動にでる理由は「そっちの話しはたいしたこと無いんだからこっちの話ししろよ」っていう自身の考えがマジョリティであるべきという強者理論だよね?そんなものに乗る理由はこっちにはねーから。マイノリティについて話したいように見せかけて→

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
→自身をマジョリティとして権力が欲しいなんてクズですね。もう我慢の限界だ。今後腐女子中心にジェンダー差の話題をしている時に「百合は男女は~」って言い出す豚に一切餌はやんねぇ。片っ端からブロックするんでそのつもりで!

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
これで軽蔑したり、私を差別主義扱いする奴が出てもお好きにどうぞ。正直もう疲れたんだよ。女性差別の話題の時に「男性差別が~」って言い出すやからの相手をしている時とまっっっっったく同じ疲れ方。こんなもん背負うなんてもうご免だ。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
これだって本来は「男の造った女像」に対する反発って女が協力すべきじゃないの?なんで女同士で「私だって女に興奮するし~」って言い合わなきゃなんないんだよ。だいたい「女に興奮する女」が表明できないのって男性社会のせいであって攻撃対象が違うだろ。あ、弱いものいじめしできないクズだからか

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月17日
@black_tatarskiy 的確な批判ありがとうございます。書き上がっていたのに気づかなくて申し訳ありませんでした。明らかに違う意味の言葉を乱暴に繋げようとする人間が一人でも反省することを祈るばかりです。(この文でも気付かない人間はもうどうしようもないかもしれませんが)


tatarskiy @black_tatarskiy 7月18日
@amezaiku ありがとうございます。こちらこそ返信が遅れてすみませんでした。ところで今度は馬鹿な勘違い百合豚に絡まれたようですね。この手の話題については私が以前に書いたのがあるので→http://kaorusz.exblog.jp/18567610/ こちらを参照するように言ってやって下さいな。


和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月18日
@black_tatarskiy お気遣いありがとうございます。以前にも同じことがありましたね。その時と同じ面々を見かけるんですが、なんというか「反省とかしないのか」と力が抜けてしまいます。まともに相手をしたらろくな目に合わないので反論だけして後は関わらないようにつとめます。


tatarskiy @black_tatarskiy 7月18日
↑上のエントリにも書いたことだが「ちゃんと男女も百合も好きだよ」アピールしてる(させられてる)腐女子なら山ほど見るけど、いわゆる百合豚やノーマルカプ厨が「ちゃんとBLも好きだよ」なんて一生懸命言わされてるのかね?当事者が「それを好きなことを懺悔しなければならない」のはBLだけだよ。

tatarskiy @black_tatarskiy 7月18日
あと「人数としては腐女子のが多いからマジョリティだ」とか寝言こくなよ。どうしてもそう言い張りたいなら事のついでに「女は人類の半数なんだからマジョリティだ。差別なんかされてるはずない」とでも言ってみろよ。「前者は成り立つけど後者は成り立たない」ってのはただのダブスタだから!


ふて☆ねこ @futeneco 7月17日
女百合ヲタだかLGBTだか知らないが、フェミっぽいこと言ってる人達が続々と馬脚をあらわしてて、本当に本当にひどすぎる。すでに本人から説明されてる通りだが、せめて何に対する批判か見てから言ってくれよ。もう構造の問題が分からないならそれっぽいこと言うのやめろよ。

ふて☆ねこ @futeneco 7月17日
@_surtsey こういう、現状は男による女像(作り手が女性かは無関係です。構造として女性像がどう作られているかの話なので)が溢れていることを相対化して大したことないじゃん、ずるいとまで言う人がいるからじゃないですか。https://twitter.com/00kate22/status/355866530686304257



(上記の★印のついた私のツイートをRTして)

終末ヒロインよる子 @Yrzu_nainu 7月18日
そこ全然対等じゃないんだよね。例えば百合好きの人が男はいらんって言うのと腐女子が女はいらんって言うのとでは、後者の方がブスが美少女に嫉妬してて醜いw的な扱いされて言いにくい雰囲気があって男女カプや女の子も好きなふりをしなきゃいかん風潮があるというか。>RT


ハルカは分身などしない @noruhine 7月18日
それはあるけど、なぜそれを百合好きに言うよ、殴ってくるやつに言えよ、がFA


tatarskiy ?@black_tatarskiy 7月18日
@noruhine 今回@amezaikuさんにおかしなことを言って「殴って」きたのは百合豚(←あえて“豚”といっておきます)の方ですよ。経緯くらい確認して下さい。私が参照先として挙げたエントリの事例でも加害者は自称百合好きでした。


ハルカは分身などしない @noruhine 7月18日
当然、百合とBLは同じものじゃないし、比較するには条件が違いすぎると思うんだけど、そこで敵として百合好きやヘテロ好きの女子を叩いたらそれこそ泥試合というか、本当の敵の思うつぼというか…


tatarskiy ?@black_tatarskiy 7月18日
@noruhine 私に言わせればあなたも敵ですよ?都合のいいときだけ「自分たちは本当の敵じゃないのに」ですか。虫のいい話ですね。


ハルカは分身などしない ?@noruhine 7月18日
フェミが、自覚のない名誉男性をボコボコにしてもしょうがないのと一緒な気がする


tatarskiy ?@black_tatarskiy 7月18日
@noruhine男女でも百合でも「ちゃんと女をいいと思って女に同一化できる女」はある種の名誉男性です。だから彼女たちは“腐女子”のように叩かれることはない。そしてこれは当然現実のレズビアンの社会的立場とは何の関係もありません。少しは自覚があるなら反省してくださいね。

tatarskiy @black_tatarskiy 7月18日
@noruhine そして、「自覚のない名誉男性」は当然厳しく批判されるべきです。それ自体が「差別構造に加担して利益を得ている」ことなんですから。それは男や構造への批判と同時に行なわれてなんら矛盾しません。それくらいのことは貴方でも論理的に理解できますよね?


ハルカは分身などしない @noruhine 7月18日
@black_tatarskiy 都合のいい時だけ、とか言われても、私はどちらかというと腐女子当事者なんですけども…。そこで、百合ヲタという属性そのものを殴り返したら、同じ穴の狢じゃないのかと思ったまでです。


tatarskiy @black_tatarskiy 7月18日
@noruhine まったくもって陳腐な言い逃れですね。件のエントリでの加害者だった自称百合好きも最後は「自分はわりと腐女子でもある」とか言い出して批判をかわそうとしてましたよ。貴方がBLを好きだろうが好きじゃなかろうがそんなことは何の言い訳にもなりません。

構造的にまったく非対称なんですよ。「男女好き」や「百合好き」を名乗る側は、「そうした方が都合のいい」場合に応じて、腐女子やBLを「あんなのとは違う」といって切断することも、「それも好きだ」と言って領有することも自在です。

しかし“腐女子”の側には、男女や百合を「あんなのとは違う」と切断するメリットなどまるでありません。それどころか少しでも差別や不利益を逃れようとして「男女や百合も好きです」と“差別構造”への忠義立てを示さざるをえない場合がほとんどです。

あなたが私に「自分も腐女子だ」とか言い出したのは、今回の「私と貴方との会話」という極めて限定された局地的な場面において、「腐女子という属性を領有した方が有利に振る舞える」という状況が生じたからですよね?でも、世間における大半の場面ではその逆なんですよ?

一番有利なのは言うまでもなく「腐女子だと思われないこと」。そう思われるのは避けられない場合でも、「女のくせに“女”を嫌っているだなんて思われないように」男女や百合も好きですと言わずにはいられない。彼女たちにそう言わせているのは紛れも無い権力からの脅しです。

「自称百合好き・男女好き」には、こうした構造的な「権力からの脅し」など存在しません。それは「“女”の表象を欲望する」こと自体が制度的な男性のヘテロセクシズムのコードによって構造的に正当化されているからであり、早い話が「ヘテロ男様の好みに適うものは偉い」のです。

これは当然「“男”の表象を欲望する」ことへの異常視・蔑視と表裏一体であり、BLや“腐女子”差別はその極めてわかりやすい例です。つまり権力の後ろ盾があるのはあくまで「自称百合好き・男女好き」の側であり、こうした差別構造に相乗りできる立場にあるわけです。

そして本当に人を「殴る」=「差別する」ことができるのは、権力者やその後ろ盾のある“権力の犬”ならではの特権です。つまり貴方ご自身も含めた「自称百合好き」はいくらでも“腐女子”を殴ることが可能ですが、その逆は構造的に不可能です。

これは「女による男差別」が構造的に不可能なのと全く同じです。貴方に良識がおありなら、「FA」なんて高慢ちきな捨て台詞を吐く前に、まずご自分が強者の特権を自覚して「自分は権力の犬ではない」という身の証を立てるべきでしたね。それとも弱い者いじめの方がお好きですか?

まあ、貴方にとっては“腐女子”なんて「それまでの経緯の確認もせずに脊髄反射で当り散らしてもいい」ような“目下の者”だったんでしょうね。ともかく、今後は「不公平な権力関係を考慮もせずに」「感情のままに暴言を吐く」ような見苦しい真似は慎まれますように。では失礼を。


3へ続く http://kaorusz.exblog.jp/21287837/
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by kaoruSZ | 2013-10-17 08:43 | 批評 | Comments(0)

tatarskiyの部屋(22)‐3

※2017年5月追記
下の本文は4年前の記事ですが、私は率直に言って今では“百合”という単語を女性同性愛に冠する事自体に倫理的な問題があると考えているので、前置きとして以下のリンクを追加しておきます。

********************

2から続く http://kaorusz.exblog.jp/20773748/

tatarskiy @black_tatarskiy 7月19日
最後に補足。ここまでの文章をちゃんと読んできた方ならおわかりだろうが、ある“腐女子”の人が「男女や百合も好き」だと表明している場合、問題なのは「彼女が本当に男女や百合を好きなのか」ではなく、「その表明の有無によって彼女に対する周囲の扱いが違う/違うと思われている」ことである。

だから「腐女子にも百合オタはいるのに~」とか、頭の悪い台詞を能天気にのたまっている奴は何もわかっていない。問題は、男同士だけでなく百合や男女も好きな方が“望ましい”と思われていること、そう表明した方が有形無形の軋轢を避けられるというインセンティブ=圧力が存在していることそのもの。

そして「同じ人がどっちも好きなことだってあるのに~」という馬鹿に言っておくが、たとえ「どっちも好き」だと言っていようが、それは必然として「いざとなれば百合を足場にBLを切り捨てる」もしくは「百合をアリバイにBL嗜好を言い訳する」ことが出来るというだけの非対称な“保険”であり、「BLを足場に百合を切り捨てる」「BLをアリバイに百合嗜好を言い訳する」ような“その逆”のパターンはありえないものだ。これは本質として「百合が好きなことはBLが好きなことよりも正しく、望ましい」からであり、ついでに言えば、こうした見えざる規範は「女にだけ」課せられたものである。

「男女や百合も好き」という表明そのものが全て“有罪”だとまでは言うまい。だが、もし彼女が「男女や百合が好きではない」場合にも、「彼女がBLが好きであること」が彼女が有形無形の圧力に晒されていい理由であってはならないだろう。

私個人は「男女や百合も好きだよ」と言うことは決してするまいと思っている。だがそれは私が「男女や百合が好きか好きではないか」とはまったく関係ない。もし私がそう発言すれば、その瞬間に私の発言は構造的な差別からのある種のお墨付きを得てしまうからだ。

この件に限らず、私は自分を「有利にしてくれる」属性を身に纏って発言することは可能な限りしたくない。人が私の発言の価値をどう判断するかは、純粋に「発言そのもの」の内容に拠ってほしい。痩せ我慢かもしれないが、それが私の個人的な流儀である。今回の発言も、そのように読まれて欲しいと思う。


和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月19日
あのハルカなんちゃらって人も含めて百合豚ノマ豚と話しが噛み合わないと思っていたら経緯の確認もせずに「腐女子が攻撃したに決まっている!自分達は何時も被害者!」って悲劇のヒロインぶっていたのか。本当にクズだなこいつら。

和紙子@腐女子であることは罪ではない @amezaiku 7月19日
ブロックしてしまったから詳しい内容は見れなかったけどあの百合豚「私も腐女子ですよ!だかこれは無効ね」って言い出したのか散々「百合好きとして攻撃してきた腐女子から百合好きを守る」って態度なのに批判されたら腐女子を持ち出せば済むと思い込んでいたのか。本当にクズ!


(ブログへの掲載に際して誤字脱字を補い、↓を↑に変えてあります)
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by kaoruSZ | 2013-10-17 08:42 | 批評 | Comments(0)

晝顔―Beau de jour (上)


 わが友が私を主人公にして書いた話に私がいろいろ不満のあることは確かだけれども、その内実に関してはとかく誤解があるようだ。それらが事実と異なっていると私が非難したというのは「事実」ではない。私は、彼が『凶暴な猫の冒険』[近日公開]の中で描いてみせた、かの愛すべきメイドとは違うのだ。この娘は、彼がクイーン・アン街にいたとき短いあいだ仕えていたが、私の最初の訪問の際、シャーロック・ホームズが自分について、あれこれ言いあてるのではないかと恐れていた。むろん私には、彼女が見抜かれるのではと思っていた程度のことは、彼女が私たちの周りをうろうろしている間にわかってしまったが、雄の孔雀じゃあるまいし、ところかまわず尾羽根を広げたりはしない。この田舎娘が主人に語ったところでは、小説というのは「事実」を書くものだと思っていたので、それまで、私を主人公にした彼の小説は、すべて「本当にあったこと」を「そのまま」書いたと信じていたそうである。私の友は、お伽話で「私」と名乗る者の語る出来事がとうてい現実にはありえない例を挙げ、彼女の認識を改めようと試みたが、彼女は、彼のような有名な小説家が自らの名を名乗っての語りが、お伽話と同じレヴェルで絵空事でありうるなどとは思ったこともなかったので、すっかり混乱してしまったという。

 私は、「何度となく、僕ら二人のささやかなお伽話の出発点となった、あの部屋」という、私たちの下宿をさして彼が『空家の冒険』で使った(私の台詞であるが、むろん私がそう言った「事実」はない)言いまわしが好きだ。もっとも、公刊されている版では「お伽話」が「冒険」になっているが。「お伽話」だと、なんだか自分がシャーロック・ホームズよりもむしろR・L・スティーヴンスンの『新アラビア夜話』の主人公にでもなった気がして楽しいし、私が呼ぶ子を吹き鳴らすとレストレードとその部下(Lestrade and his merry men)が空家に飛び込んでくるというクライマックスも、私の中では現代風の無味乾燥な建築の中に、突如ロビン・フッドとその愉快な仲間か、さもなければお伽の国の兵隊が出現したように変換されるのである。

 そして「事実」云々を言うなら、シャーウッドの森の住人や玩具めいた兵隊はもとより、レストレードと部下たちもそこにとどまることはできないだろう。ついでに、彼らに取り押えられ、私をにらみつけているセバスティアン・モラン大佐(及びそのありそうもない空気銃)や、モリアーティの亡霊も消え失せて(互いに会ったこともない彼らは、私のファイルのMの項でしか隣り合わせたことがなく、わが友が粉飾を重ねて捏ね上げた同名の神話的人物と比べれば、取るに足らぬ小悪党でしかない)、あとに残るのは文字どおりの空いた部屋ばかりだ。いみじくも「空家の冒険(The Adventure of the Empty House)」と題されたお伽話の舞台となったあの部屋は、だから本当にemptyであり、空虚で無意味な空間なのである。「事実」にこだわるなら、221bの真ん前のカムデン・ハウスは、少なくとも一八九四年春には空家でなかったことを強調しておこう。ブラインドには夜遅くまで仕事をする人影が映り、それがベイカー街を挟んだ暗い部屋の奥からも見られた。むろんそこには実物大の蝋人形など置かれていなかったから、残念ながら膝立ちでそれを動かすハドスン夫人の活躍の機会もなかった。人目を引くために用意された大道具小道具をとっぱらってみれば、あとには私たちの再会しか残らないのであり、通りを隔てた、煌々と明りのともるカムデン・ハウスの二階とは対照的に、私たちの部屋はインク壺の底のように黒闇の中に沈んでいた。そしてそれこそが『空家の冒険』において語られなかったことなのである。

 彼の書くものにおいて私がつねに感嘆措くあたわざる思いがしたのは、あの空っぽの部屋に象徴される空虚な舞台に、大衆の好みに叶う道具立てや人物を手際よく配置して、謎の提示から解決にいたるめざましい物語を組織する手腕ではなかった。そうした物語とは別にある、注意深い読者にしか見えないものだった。私の方法として彼が提示したものは、むしろ彼自身の作品に対して適用されねばならないだろう。その際に重要なのは、あらかじめ謎とされたところには謎はなく、あくまで自分の目で機巧(からくり)を発見しなければならないということだ。だが大衆はつねにファサードに魅了され、たかだかシャーロック・ホームズが解いてみせる謎にしか興味を持たない。彼自身、自分の書くものが読み捨ての大衆小説と見なされて、批評の対象にすらならないことに、しばしば苦しみ、苛立った。だが、彼は、その困難な試みをけっしてあきらめはしなかったのだ。  

 たとえば『最後の事件』の場合、力強い叙述が人々を引きつけ、物語の内容が読者の心を揺り動かしもしただろう。だが、当事者である私から見れば、これは彼がいかに自分の作品の中に秘密を巧みに隠し、かつそれが心ある人の目には読み取られるよう、工夫を凝らしたかという見本である。力強いと言えば聞えはいいが、実のところかなり荒唐無稽な話なのに、それが問題にされることはほとんどなかった。後年、『空家の冒険』を原稿の形で見せられた時、私は自分が姿を消していた、そして彼が私を死んだものと思っていた三年間に、自分がチベットを旅したり、メッカやハルトゥームを訪れたりしたことにされている(それを得々と彼に語っている)のにあきれたものだ。私はハガードの小説の登場人物ではない。シゲルソンというノルウェー人の名を騙って探検旅行記を書いたとまで言われたのでは、もう怒る気にもなれなかった。ここでの私はただの法螺吹きであり、チベットで“She”と会った(シャーロック・ホームズ対洞窟の女王!)と書かれなかったのがせめてもの救いというものだ。ついでに言えば、モンペリエにしばらく滞在はしたが、そこでコールタール誘導体の研究をした覚えはない。当時私は、兄のマイクロフトから回してもらった諜報の仕事でヨーロッパを移動することが多かったが、兄が送ってくれるストランド・マガジンが受け取れないほど遠くへ行くことは絶対になかった。そこに見出す、わが友が私の物語を書き継いでいたシリーズと、短い送り状に記された彼の消息、それだけが私の渇を癒やし、私をかろうじてこの世に繋ぎとめているものだったのだから。 

 要するに、ああしたものは皆、彼一流の韜晦とお遊びと煙幕なのである。「本当にあった」話を絶対に「そのまま」書くことなく(書くことができず)、しかし表現することをけっしてあきらめなかった彼の筆は、虚実のあわいに成立する危うい「冒険」にすべてを賭けた。「シャーロック・ホームズの冒険」の劈頭を飾る短篇第一作『ボヘミアの醜聞』、スカンディナヴィアの王族と、アメリカ生まれの「世間には正体不明のいかがわしい女として記憶されている今は亡きアイリーン・アドラー」(と彼は書いている)のあいだの揉め事を私が調停した一件をもとにしたあのフィクションに、すでに彼の方法論(メソッド)は明らかだ。「世間には正体不明のいかがわしい女として記憶されている」――読者はこの文を、一般には身持ちの悪いあばずれくらいに思われていたが、それは誤解で、シャーロック・ホームズが一目置くほどの女だったという意味と思うことであろう。実際、この短篇のアドラーはそう見える。しかし、その真の意味は、「世間にはその事実は知られていない」が、本当は「男」だったというものだ。〝彼女〟の正体は彼の非ホームズ作品『時計だらけの男』の、不慮の死を遂げた青年だと言えば、当たらずとも遠からずだろう。むろん本名はアイリーンでもアドラーでもない。もっとも、〝ボヘミアン・スキャンダル〟を表沙汰にされるのではと、某王族(こうした重要でない人物に、架空の長々しい名前や肩書や大袈裟な衣装を与えてダミーにするのは彼の典型的なやり口だ)に気を揉ませた当の人物は、時計だらけの青年のように薄命ではなく、小説発表時の一八九一年にはパートナーともども健在だったし、今も亡くなったとは聞いていない。後で述べるが、「今は亡き」と彼が付けたのには理由があったのだ。

 
 スカンディナヴィアの――正確に言えばデンマークの王子の一人で、継承順位から見て王位に就く可能性はまずない、身分の高さの割には気楽な身の上の人物が、ベイカー街をお忍びで訪ねてきたのは一八八八年のことだった。ワルシャワで見失った彼のオフィーリアを追って、世紀の終りの大英帝国の首都に至ったのである。わが友がでっち上げたいけすかない訪問者と違い、いたって気さくなプリンスであり、地味な、だが細部に至るまで気を抜かない、ロンドンっ子に何の遜色もない垢抜けた出で立ちで、ツイードのスーツに合わせたタイには緑柱石(ベリル)のタイピンをあしらっていたが、この宝石が、彼の描いたヴァージョンではブローチとなって、アストラカンの毛皮を前身頃 と袖口に付けたダブルの上着の威風堂々たるボヘミア王が赤い絹の裏地を見せて跳ね上げている、濃紺のマントの襟元を留めていたのには笑ってしまった。いかにも北欧人らしい金髪にライトブルーの目、つやつやしたピンクの頬をしたこの殿下は、彼がモデルの虚構内人物同様、結婚を控えた身であったが、女優でアルト歌手の愛人との関係もそのまま続けるつもりでいたところ、相手はいつの間にかそれまで専属だったワルシャワのオペラ座も退団して、ふっつり消息を絶ってしまった。しかも手許に置いておかれては剣呑な品を持ち去っていたので、慌てて手を尽して探させたところ、英国人の弁護士と一緒に彼の故国にいることが判明し、急遽渡英してきたというわけだった。

 ニュージャージー出身の「世間には正体不明のいかがわしい女として知られた」アイリーン・アドラーのことなら私も少しは知っていたので、当初、恋人の性別も、〝ボヘミアン・スキャンダル〟(このダブル・ミーニングを使いたいばかりに、わが友は依頼人をボヘミア王にしたのである)であることも誤魔化そうとした殿下に、事件については包み隠さず話してもらわなければ困ると釘を刺しておいて、駆け落ちしたカップルの様子を探りに行った。最初のうち弁護士のノートンが、たんに法律上の問題の相談に乗っている友人なのか、それとも足繁く通ってくるのは恋人だからか(男女なら最初から迷わなかったのだが)見極められずにいたところ、思いがけず彼らの結婚式に立ち会うことになった顛末のいくらかは、必要な修正を加えて『ボヘミアの醜聞』に移されている。未練たらたらだった殿下に引導を渡し、ブツを返してくれるようアドラーを説得した。高額で買い戻す上に手切金も別に用意するという王子の言葉を伝えたのだが〝彼女〟は身の安全のため品物は持っていたい、金はびた一文受け取る気はないと言ってこれを拒んだ。

『ボヘミアの醜聞』のヴィルヘルム・ゴッツライヒ・ジギスモンド・フォン・オルムシュタイン陛下は絵に描いたような高慢な王様であり、アイリーン・アドラーは地球上のどんな男も虜にする美女であるが、これはお伽話というものだ。このアドラーは、たぶん作者の狙いどおり、バイエルン王の愛妾だったローラ・モンテスを思わせるなどと評されたものだったが(ちなみにわが友はオーストラリアでの幼年時代に、金鉱掘りの男どもをめあてにはるばる巡業に来た、落ちぶれたローラ・モンテスのダンスを見ているそうだ)、実際の〝彼女〟は、アメリカの田舎の気のいいあんちゃんだった出自を時にのぞかせないでもない、実にさばさばした人柄だった。もちろん、歌と演技の才能はたいしたものだったし、その気になればいくらでも妖艶に見せることができた。私たちはそれより何年も前、ロンドンで一度だけ公演を聴いているが、帰り道でわが友が、「人形のように綺麗なひとだし、天使のような声だが、目を閉じて聴いていると男だか女だかわからなくなる時がある」と鋭いことを言った。「ワルシャワ帝室オペラのプリマドンナでありながらコントラルトだ。そこに彼女の秘密がある」と私は答えた。彼は全く訳がわからないという表情だったので、私は歌手が実は男であることを教えてやった。驚嘆し、どうしてそんなことを知っていると言うので「蛇の道はヘビさ」と答えると、「なるほど、君もときどきそんなふうに変装して性別不明に思えることがある」と彼は言った。この時の記憶が、『ボヘミアの醜聞』では男装したアドラーが私たちをつけてきて、「シャーロック・ホームズさん、こんばんは」と声をかけるという展開になったのだろう。「どこかで聞いたような声だが」と作中の私は言うが、それはたぶん私自身の声なのである。

 アドラーは弁護士のノートンとは、ロンドンにいた頃すでに知り合っていたのだが、仕事でワルシャワに行った彼と偶然再会すると、デンマークの王子とは別れ、仕事も辞めて愛に生きることに決め、王子が万一怒りのあまり復讐を考えた時のために例のものを持ち出して英国に戻り、いささか怪しい書類を揃えて(私が立会人になった結婚式の時はそれで少々手間取ったのである)本物の結婚証明書を得たあとは、夫とアメリカに渡るつもりでいた。品物が何かは人物の特定に繋がるので明かせないが、写真ではない。それとは全く関係なく、私が以前から引出しに入れていてthe womanと呼んでいた写真があり、私から来歴も聞いていたので、わが友はこれを話に織り込むために小説では写真にしたのである。

 スティーヴンスンを愛するのと同じくらいエドガー・ポーを愛するわが友は『盗まれた手紙』の細部を大胆に取り込んでいるけれど、路上で捕まえて身体検査ができるのは、盗まれたのが手紙だからである。今回の品の場合は身につけて歩くのはとても無理だ。だが、写真にしたので、そこまで細かくポーをなぞることも可能になった。外で騒ぎを起こしてその隙にというのもポーだが、パリの素人探偵の場合と違い、アドラーの自宅付近に動員されたエキストラの規模といったら常軌を逸している。これは、この情景がリアリズムに基づくのではなく、一種のスペクタクルとして描かれているからだが、こうした方法への注目が当時も今もほとんどないのも、彼が通俗読物の作家と見なされてきた証拠だろう。

 現実のアイリーンは殿下への別れの手紙に自分のポートレートを添えて私に託し、私は殿下にそれを渡した(むろん私は写真を欲しがったりなぞしなかった)。そして、明日、彼らはアメリカ行きの汽船に乗るが、殿下がどうしても品物を取り戻したいとあれば少々荒っぽい手段を取る用意もある。しかし〝彼女〟は今後、妻として生きてゆくつもりでいるから、自分の真のセックスを公表して彼に迷惑をかける心配はまずないと請け合った。「本当は私が買い戻したいのは彼女の心です」と王子は完璧な英語で言った。「もしもそれが買い戻せるものならば」そして、それが無理ならこれ以上は追わぬと言い、手紙を開くとその内容も私の言葉を裏付けるものだったので、彼は嘆息しつつもアイリーンの写真を大切に手帳のあいだにはさみ込み、気前のいい謝礼を払ってくれた上、渋い古金の嗅煙草入れを私に下賜して国へ帰った。

 だからシャーロック・ホームズを手玉にとったアイリーン・アドラーという、あの誰もが好きなお話は、彼の頭から出てきた作り事にすぎないのだ。さらに言えば、女嫌いで、色恋沙汰にうとく、自分の思考に感情を交えることを海老料理に混じった砂粒のごとく嫌悪する、論理一辺倒の朴念仁というはなはだ魅力を欠いた探偵の肖像を描いてみせた上で、その彼にしてなお忘れえぬ一人の女性がいるとか、彼の視野の中では彼女が女なるものの全体を覆い隠しているので、彼にとって女といえば彼女しかいないのだという盛り上げ方も同様だが、物語の効果のためのこうした演出に文句をつけようとは思わない。しかし彼は、その女――the woman――に私が恋しているわけではないという明快な言明が、おおかたの読者の貧弱な理解力を越えることに十分な認識がなかったようだ。その結果、私は、アイリーン・アドラーとはどういう関係だったのかという質問に、後年まで悩まされることになった。ホームズさん、彼女は本当に恋愛対象ではなかったのですか? 本当は恋人だったのでしょう? 確かに私の同類だが……。わが友は、私が彼にインデックス・ファイルの中からアドラーの名前を探させて、ユダヤ教のラビと、深海魚に関する研究論文を書いた参謀将校の間にそれを見出した(もちろんAの項目にではない)と記しているが、それは、女性の名がそこに載っているはずのないファイルだった。それにしても、ラビ、オペラ歌手、参謀将校という、このどう見ても脈略のない取り合せにどういう共通点があるのかと、疑った者はいないのだろうか。WE ARE EVERYWHERE! そもそも私のファイルに名前があるというだけで、同類であり、まっとうではないのである。全く、〝彼女〟が何者か知った上で質問をするがいい!

 私は女をことさら嫌いなわけではない。ただ無関心なだけだ。これははっきり言っておきたいが、女への関心を四六時中毛穴から滲み出させているような男が、実は女を憎んでおり、女を罰したいという欲望に苛まれているのは、その男が犯罪者であるか否かにかかわらず珍しいことではない。そうした欲望ほど私にとって無縁なものはないのである。私が色恋沙汰に向かないかどうかは、この先に書かれる事柄によって明らかになろう。確かに、相手が女性である場合はそうかもしれない。そして私が感情的な人間であるか否かは、そうではないと書いたわが友が一番よく知っている。そうそう、良い機会だから、ここで一つだけ訂正しておきたい。彼は、ホームズは以前はよく女の浅知恵を馬鹿にしたがアドラーの事件以来そういうことはなくなったと書いているけれども、私は、女を貶めるようなそうした文句を吐いたことは一度もない。仮に私がそうした男だったとして、「アドラーの事件」が、そのような認識を改めさせる何ものも含んでいなかったこともこれまでの説明でおわかりだろう。先の記述は、彼が通俗的な読者に迎合するという悪しき誘惑に屈した稀な瞬間の一例なのである。

「今は亡きアイリーン・アドラー」には別の意味が隠されている。「『今なお忘れえない』唯一の女、彼女のせいでもはや他の女は目に入らず、女と言えば彼女しか思い浮かばない女」。今ではどこを走っていたのかもうわからない列車の中ではじめてあの話を読んだ時、この〝女〟とは私のことだと確信したと言ったら、読者は私の頭がどうかしていると思うだろうか。

 アイリーン・アドラーは私だ! なぜなら、私こそが、彼の“the woman”であるのだから。ボヘミア王はアドラーを、「世に知られた怪しい女(well-known adventuress)」と呼んでいる。怪しい女adventuressとは何か。最近は駱駝に乗って砂漠を横断するような女もいるから、adventuressとはそのような男まさりの婦人でもあるのだろう。だが、当時はもっぱら、男を籠絡する芳しからぬ評判の婦人を指していう語であった(ちなみに、実際のデンマークのプリンスは、元恋人に対してこのような言葉を使いはしなかった)。だが、男性形のadventurerなら、単に冒険者の意味となる。私たちの共有する部屋が繰り返しその出発点になり、彼がその伴侶となった冒険にたずさわる者。つまり〝彼女〟とは、世に知られた「シャーロック・ホームズの冒険」の主人公以外の何ものでもないのである。わが友は、私が“adventuress”でもあると知った時、怖じ気をふるって私と縁を切ろうとしたのだった。そのために私たちはライヘンバッハの滝まで行くことになり、私は死んだと見せかけて彼の前から姿を消した。『ボヘミアの醜聞』で、彼は私の喪に服しながら、アイリーン・アドラーにかこつけて、「今は亡きシャーロック・ホームズ」への追憶と讃美を語っていた。ロンドンを遠く離れた場所で私がこれを見た時どんな気持ちがしたかは想像してもらうしかない。

 わが友によって私はしばしば、不当にも、理性を万能として情緒的なものを排する、鼻持ちならぬ男として戯画化されている。『四つの署名』で私は、すでに刊行された『緋色の研究』において彼がロマンスにページを割き過ぎていると文句を言うが、これは私がロマンスを解さないからではなく、わが友が、私との「ロマンス」――彼が私に興味を抱き、舞台の俳優を見るように私を見つめ、私を謎と見なしてそれを解きたいと思い、私が何ものか知りたいと望んでいる――に十分な紙幅を与えていなかったからだ。私はその視線に応え、彼に自分を見せびらかし、感嘆されることを願ったのだ。彼が私の探偵術をほめたたえた時、私がほんのり頬を上気させたと彼は書いている。探偵術をほめられたホームズは、「美貌をほめられた小娘よろしく」はにかむのだと。これを読んで私が赤面したことは言うまでもないが、彼は肝心な点を見落して(あるいは書き落して)いる。誰にほめられてもはにかむわけではない。好きな相手にほめられたからに決まっているではないか。

『ボヘミアの醜聞』は彼が往診の帰りにベイカー街で、かつては自分も住んでいた建物のドアを目にして、もう一度私に無性に会いたくなり、見上げるとブラインドをおろした明るい窓に私のシルエットが行き来するのが見えて、懐しさのあまりベルを鳴らし、階段を上って行くところからはじまる。このブラインドの人影は『空家の冒険』のダミーのそれですっかり有名になってしまったが、蝋人形を狙撃するモラン大佐は、重ねて言うが存在しなかったのであり、こちらの方が先行し、本質的なのである。このドアは夢の入口であり、このくだりは現実にはありえない夢のはじまり、語り手の夢の中への入場だ(もしも映画にするなら、最後に彼が同じように二階の窓を見上げる時、そこは闇に閉ざされているだろう)。現実にもこんなことは起こるはずがなかった。彼は新婚生活の幸福と新しい職業生活の確立で忙しく、私のことなど忘れてしまい、向うからわざわざ私を訪ねることなどありえなかったし、私は新家庭に招かれてもけっして行こうとはしなかった。不意にこちらから顔を出して誘い出さないかぎり、私たちの冒険はそのまま立ち消えていただろう。

 突然訪ねてきた彼を物語の中のシャーロック・ホームズは無言で迎えるが、それでもこの再会を喜んでいるらしかった(と彼は言う)。これは死者との夢の中での邂逅に他ならない。すべてが追憶の光に照らされ、すべてがこの世ならず美しい。本物のどんな女にもまさる輝くばかりのアイリーン・アドラーの家で繰り広げられ、私の演技をわが友が窓の外から見たことになっている情景は舞台にかけられたそれであるが、同時にこの舞台は魔法にかけられてもいよう。それは私が魔術師のように鮮やかな手並みを見せて喝采に応えるという、私たちが初めて会った時、大学病院の実験室で私のささやかな成果を彼に見せた時の記憶の召喚に他ならない。

 小説ではアドラーとノートンはヨーロッパへ去ったことになっているが、すでに述べたように現実の彼らは、アドラーの故郷である米国へ向かった。なぜ彼は彼らの行き先をヨーロッパとしたのか? これが掲載された「ストランド」をはじめて読んだ列車の中で、私にはすぐにわかった。私たちの、ロンドンからブリュッセルへ、シュトラスブルクへ、ジュネーヴへ、そしてローヌ川の渓谷を経て、恐ろしい滝の傍で終る道行に合わせるためである。小説の中のシャーロック・ホームズはアドラーの家政婦から、ノートン夫妻はヨーロッパへ発ち、もう戻ることはないと告げられる。そして私は気づいたのだ。最初、友人なのか恋人なのかはっきりしないと言われる彼らがであるのかを。仕事を辞め、引退して二人で暮らしたい、許されるならこのような場所で。これはスイスの山中で、もしも生き延びることがあればと、私が彼に語った夢ではないか。どこまでも追ってくる振り払い得ない(実際の彼らの場合はそうではなかったが)脅威から逃れ、ヨーロッパへ脱出して仕合せになったカップル。ライヘンバッハで私を失ってしまった(と信じていた)わが友は、この二人のケースをありうべかりし私たちとして描いたのである。


晝顔 Beau de jour (中)へ続く

縦書きビューア推奨です。
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by kaoruSZ | 2013-05-22 23:05 | 文学 | Comments(0)

晝顔―Beau de jour (中)

『醜聞』の最後で、彼は私がアドラーの写真に見入り、彼女をthe womanと呼んで、引出しに今も入れていると言っている。もし私が本当に死んだと思っていなくて、どこかで私に読まれるかも知れないとわかっていたら、彼はそう書くのをためらったかもしれない。私のthe womanの写真は、マイクロフトがそのままの状態にしておいてくれたベイカー街の下宿の部屋の引出しに、当時もそのまま入っていたし、今はこれを書いている机の引出しに昔と変らず収められているが、それはアドラーではないからだ。このような変更はthe womanへの冒瀆だと、(生きていれば)私が思うかもしれないと彼は思ったであろうし、実際、彼の下に戻ってきてからそう訊かれたこともある(そんなことは全くないと私は答えた)。

「これは誰なの」その写真がはじめて彼の目に触れてそう訊かれたとき、私はジェラール・ド・ネルヴァルの「アルテミス」の詩句を引いて答えた――〝C'est la Mort - ou la Morte. (それは死 ― あるいは死んだ女……)〟 the womanの声を私は聴いたことがない。それを偲ぶとしたら一番近いものはヴァイオリンの音色だろう。彼が小説中のthe womanにIrene Adlerと名づけたことを私はこよなく思っている。実際、これ以上の命名はありえまい。これをイレーネと訓んで、その姓もまた示すようにドイツ系だと思う者はそう思えばよろしい。アメリカ生まれだからアイリーンだろうと思う人もいるだろうし、もちろん本名ではありえないのだが、この方がまだ正しい解釈だ。これはぜひアイリーンと発音されねばならないだろう。フルネームは私のthe womanの実名の一種のアナグラムにもなっている。彼女について私が話したことを覚えていて、いわば彼女を記念してこういう名前にしてくれたことは嬉しかったし、彼に感謝したいと思った。

『ボヘミアの醜聞』に私は、「今は亡きホームズ」への彼の思いをはっきり読み取ったのだった。こういう読者は私以外にありそうにないが、私という読者が存在していることを彼は知らない。私はその瞬間、彼に会いにイギリスに飛んで帰りたかった。ニームから帰国して彼の診察室にまっすぐ向かったあの夜のように。彼のメッセージを確かに受け取ったと知らせ、私の変らぬ気持ちを伝えたかった。しかしそれは不可能だった。彼には妻がいた。当時私は彼女の健康状態について全く知らなかったし、実は彼自身もそうだった。ホームズものを書いていると彼は寝食を忘れ、どうしてもこれだけ書いてしまいたいと書斎から出ず、医業も滞るようになった。彼の健康を気づかう妻に、これが自分の代表作になるよと目を輝かした。やがて妻の健康が損なわれはじめたが、彼は最初のうちほとんど気にとめず、机の前を離れることがなくて、気がついた時は手遅れだった。私との別れから二年後に、ストランド・マガジンのインタヴューに答えて、彼は私を「私の失われたミューズ」「私のインスピレーションの源」と公然と呼んでいる。明らかに彼は私を、ポーの「私の魂、サイキ」や、「ユラリウム」や、「天使たちがレノアと名づけた類い稀なる輝く乙女」に匹敵するような、男のミューズとして語っているのだ。

 ポーの短篇では周知のとおり画家の妻が、夫が彼女の頬から赤みを奪ってその肖像を画布に定着してゆくに従って衰弱し、絵が完成したとき彼女は死んでいる。私の友の場合、夫のミューズになることのなかった妻は、彼が永遠に失われたと信じる追憶の中のミューズに霊感を受けつつ創作にわれを忘れているあいだに、その傍で弱ってゆき、ついには血を吐いて死んで行った。これをグロテスクと見るのは読者の自由であるが、いずれにせよ私がこうしたことを知るのはずっとあとであり、彼の妻がそれほど早くこの世を去るとは想像もせず、具体的に思い描く未来は空白であった。ただ、与えられた仕事に没頭することが、『空家の冒険』で私の言葉として紹介されているとおり、悲しみを癒す唯一の薬だった。彼の場合もそれは同じで、その成果が、私がはるかロンドンの匂いを運んでくる「ストランド」を開いて見出す彼の新作だったのである。

『最後の事件』のモリアーティとシャーロック・ホームズの対決も、すでに述べた方法論によって彼が捏造したものである。モリアーティことモーティマー元教授は、確かに私の人生にとっても重要な役割を果たした人物で、地方の大学での教え子との〝ボヘミアン・スキャンダル〟の噂が広まって辞職に追い込まれ、ロンドンに出てきて、男色バーと曖昧宿兼阿片窟の経営にたずさわる一方、そのネットワークを使ってさまざまの悪行に手を貸しはしたけれど、ロンドン中の犯罪に彼がかかわっているとか、あれもこれもモリアーティの陰謀だとか、犯罪界のナポレオンだとか――わが友の書き立てたことときたら、もう一度彼の弟が訴えを起こしても不思議はないほどの言いようである。むろんそれは、わが友が大衆の好みをよく知っていたからに他ならない。お伽話には悪役――しかもその極端な形の――が不可欠なのである。モリアーティ(このおなじみの名前で呼ぶことにするが)の店は、公刊された作品の中にも変形されたかたちで登場する。一つだけ挙げるなら、『唇のねじれた男』でセントクレアのもう一つの顔はただの物乞いにまで縮小されてしまっているが、あの男はモリアーティの腹心であり、様々な姿に身をやつすことにおいて、またそれ以外の意味においても私の同類であった。わが友は、私がその種の場所で潜入捜査をしていることは早くから知っていた。しかし、私にとってそこが二重の意味で〝ハント〟の場だと気づいたのはかなり後だったし、 モリアーティに関しては、私の長年の努力と警察の機動力がその組織を崩壊させることになる数ヶ月前になってやっと知ったのである。

 モリアーティと私は対決などしたことはない。私は何度か彼を見かけたし、向うも私の姿は見ているが、シャーロック・ホームズとしての私は一度も認めたことがないからだ。その界隈に出入りするうち、私はフレッドという若者と知り合った。彼はジェイムズ・モリアーティの年の離れた愛人だった。いや、言い直そう。モリアーティの愛人だったからこそ、私は彼に近づいたのだ。可愛らしい顔立ちの性格のいい若者ではあった。アイルランド移民の子で、自分の知的能力よりも低い教育しか受けていなかった。知的好奇心が旺盛で、藝術的センスもあり、モリアーティに惹かれたのも、主に彼がフレッドの周囲には皆無だった、教養あるインテリだったからだろう。モリアーティにとっては教え子との関係の反復だったのか。いずれにせよ、彼がフレッドにとって、性的にも知的にも手ほどきを受けた教師だったのは間違いない。

 フレッドを誘惑するのは簡単だった。私はまさか、「謙遜を美徳と呼ぶ者には同意できない。論理的な人間はあらゆる出来事を正確にありのままに観察しなければならない。自分への過小評価は自分の能力を誇張するのと同様に事実に反している」と主張するほど鉄面皮ではないが、この種の仕事に困難を感じたことがない。急いでつけ加えておくが、これはあくまで〝仕事〟の場合で、そうでない時にどんな苦しみを嘗めることになったかはこの先で明らかになるだろう。ともあれ、フレッドの年上の恋人は、私のせいでにわかに色褪せてしまった。恋の魔法が解けて、彼をそのありのままの姿――長年欲望を抑え込んできた、冴えない容貌の、何百人もいる同類と変らぬ、田舎の凡庸な(元)大学教師、ようやく欲望を解放したと思ったら社会の圧力にあえなく屈することになった負け犬、反社会的事業によって小金を稼ぐ初老の男――で見るようになり、彼より先に私を〝先生〟として選んでいればよかったと思うようになったのだ。

 それでも彼はなかなかモリアーティと別れようとしなかった。そうしたいと言いながらためらっていた。生活の基盤がすべてモリアーティの下にあったからだけでなく、私と違って彼には情があったからである。むろん私は、彼にモリアーティから離れられたのでは都合が悪いので、彼と手を切らないよう、だが私との関係はできるかぎり悟られないようにと助言した。組織の内情に通じ、しかもモリアーティに甘やかされているこの若者は、恰好の情報源であった。モリアーティは恐らく他に男ができたのに気づいたであろうが、相手が私とは最後まで知らず、あえて追求するだけの度胸もなかった。フレッドは父親に可愛がられて育った末っ子だったが、敬虔なカトリックの父親と違って自分のことを理解も支持もしてくれる、もう一人の父親として自由思想家のモリアーティを見出したのだった。しかし、モリアーティがなぜそれほどまでに社会を憎み、敵対しようとするのか、まだ若く、荒い風に当たってこなかった彼には到底理解できず、その行為の正当性に疑問を抱きはじめたところだった。

 フレッドのそうした悩みを、私は巧みに利用した。彼の相談に乗るふりをして、モリアーティへの反感を煽り、裏切りをそそのかし、なおも彼が口ごもっていることを吐き出させるため、犯罪研究家で顧問探偵のシャーロック・ホームズ氏に手紙を書くよう勧めた。彼は情報を十ポンドで買う。事前情報を彼に流せば、小遣い稼ぎができる上、モリアーティのせいで不幸になろうとしている人々に対する、彼の良心の咎めを解消できる。名前を耳にしたことくらいあるだろうと言うと、「知ってるよ、ジョン・H・ワトスンの小説だろう」と彼は言った。「でも、あんなのは通俗だから読まなくっていいって、ジムが」私は笑いをこらえて、あれは小説でモデルはまた違うんだと言い(彼は疑わしげな顔をして私を見た)、この男は警察ではないので、彼の年長の恋人の身の安全を脅やかすようなことにはならないと請け合った。

 すぐにではなく、また頻繁にではなかったが、フレッドは郵便で情報をよこすようになった。回りくどいやり方で十ポンド札が彼には届いた(そのことを私に話すことはなかったが、金が入ったからと言って私に一杯おごってくれた)。彼の署名は「ポーロック」で、ベイカー街にわが友がたまたま訪れている時にポーロックからの手紙が届き(しかもそれは暗号になっていた)、私は彼に、重大人物の周辺にいるこの風変りな協力者について話してきかせた(すでにお気づきの方もあろうが、この時のことを、彼は『恐怖の谷』というマニエリスティックなブリコラージュ小説に利用している)。Eをギリシア風に手書きするのは耽美主義者好みで、むろんモリアーティの影響だった。 

 一方で私は彼に対し、モリアーティの情人であるフレッドとの交際についても隠さなかった。この若い男が私に内通し、その結果、モリアーティの天下が終りを迎える日も近いと(もちろん、私がこの若者をモリアーティから寝取ったことは話さなかった)。本人も耽美主義に憧れたに違いないモリアーティが、教育すれば完璧なダンディを作れると夢見ているのかもしれないこの青年が、ポーとコールリッジとワイルド、それにジュール・ヴェルヌを愛読しているとは話したが、ドクター・ワトスンの小説について何を言ったかを伝えるのははばかられた。

 長々とフレッドのことを書いてきたのには理由がある。わが友が私を避けるようになったのは、私の全面的な協力の下、ロンドン警視庁がモリアーティの店やアジトを急襲して、異例の大量検挙を行なって以来のことであるからだ。警察の発表によれば、首魁は幾つかあった隠れ家の一つで、拳銃で自らの頭を撃ち抜いて死に、そのそばに若いフレドリック・Mが同じ銃で死んでいるのが発見された。モリアーティが自決しているのを見つけたMが後追いをしたものと見られた。

 この直前、私は人気のない昼の酒場の片隅にフレッドを呼び出し、彼の名前は知られていないからしばらく身を隠すようにと勧めた。自分が警察官ではないが捜査関係者で、何のために彼に近づいたかも教えてやった。彼は真青な顔をして聞いていたが、ただ一言、「ジムはどうなるの?」と尋ねた。「罪にふさわしい償いをすることになるね」と私が答えると、彼は立ち上がり、「シャーロック・ホームズさんに助けてもらおう」と言った。「これからベイカー街に行ってみる」
 私が笑い出したので彼はその場に立ちすくんだ。笑いつづける私を無表情な目が見つめていた。私はようやく笑いやむと、自分の本当の名前を明かした。彼はつぶらな目をしていたが、その灰色の目がこの時はさらに、これまでに見たこともない大きさに見開かれ、全身が硬直した。震える唇で彼は私に言った。「悪魔、この小賢しい悪魔!」そして私に唾を吐きかけると、いっさんに店を走り出た。
  


 のちに『最後の事件』と呼ばれることになる出来事のはじまりは、わが友が私をそれとなく避けるようになったことだった。できるかぎり、私はそれに気づかないふりをしようと努めた。まるで私が気づきさえしなければ無かったことにできるかのように。
 彼を誘い出そうとしたり、単に会おうとしたりして家に行くと、これから出かける用事があると言われた。そういうことさえ、以前はないことだった。彼は私の用事を最優先にしたし、それがどうしても無理な時は事情を説明したからだ。
 それから、彼の妻が出てきて、夫は徹夜のあとで眠っているとか、何時の汽車に乗る予定だとか、まだ帰らないとか言うようになった。最後の場合は、彼が帰宅するのを物陰から確かめた直後のことだった。最初私は、彼女が私を彼から遠ざけようとしているのではないかと疑った。しかしこの自己欺瞞は長くは続かなかった。私が彼女のせいと思い続けていたとしたら、観察力を疑われてしかるべきだったろう。彼が明らかに私を避けている、他ならぬ彼が。私が誘えば間違いなくやって来て、私を見守ってくれ、私の見事な腕前に賞賛を惜しまなかった彼が。

 その頃私はフランス政府に頼まれて、現地に赴いて捜査をすることになっており、その前に彼と話しておきたかった。しかしそれが叶わないまま出発の日を迎えてしまい、私は重い心を抱いて海を渡った。ナルボンヌとニームから彼に手紙を送った。通常私は、手紙というものはまず出さない。電報を打てるところへは電報を打つし、仕事で必要があればむろん書くが、それはその時々の目的に最適化した形でである。相手に対し最大限の効果を上げるべく、その際はインクの色から切手まで注意深く選ぶのであり、私の仕事一般について要求される入念な心遣いをここでもけっして怠らない。私の個人的印象を良くするためとか、自己表現のためとかではない。相手に思わせたいとおりの私になりきるためだ。言ってみれば、私に私心というものがないように、私信というものはないのである。自分の気持ちをああでもないこうでもないと、紙の上を行きつ戻りつくどくど書きつらねるのが私の趣味ではないように、人気挿絵画家の桜ん坊の図案入りとかチヨガミとかの、レターセットで文通する女学生じゃあるまいし、私は便箋、封筒に凝ったりしない。その私が手紙を出したのだった。しかも二通。これがいかにただならぬことであるかは、むろん彼にはわかっていた。だからその手紙に返事をしないというのも、忙しくてつい延び延びにというようなものではありえなかった。

 何があったのか。この時点でまだ私にはわからなかった。だが、この些細な(と私は思おうとしたが、明らかにそうではなかった)徴候は、私たちの関係の不安定さを、それがいかなる堅固な基盤も、継続の保証も持たず、確実な何ものにも支えられておらず、彼が私たちの冒険を本にする際、好んでそう呼んだ、良き市民の義務や彼らの善良な妻子や立派な肖像画に描かれて顕彰されるべき彼らの徳とは何の関係もない、真面目に扱う必要のない架空の「お伽話」としか世間からは見なされず(むろん彼は一種の皮肉と矜持をこめてこの語を使っているのであるが)、彼がそう望むだけでいつでも打ち切られうるものであるのを見せつけられることになった。正直に言おう、その時点で私は気が狂わんばかりになった。
 

 二通目の手紙で、私ははっきり返事がほしいと書いてやった。愚かしくも私は数日間手紙を待ちつづけた。しまいにはフロント係は、私の顔を見ただけで口をNonの形にし、かぶりを振るようになった。希望を捨てないのは私の美徳の一部だろうか。決定的な宣告がすでに手許に来ているのに、私はそれを開くのを延期し続けているのだった。遅かれ早かれすべてを知ることになるだろう。その時に心を満たすのはもはや、何をもってしても取り除き得ない絶望だけだろう。私は仕事に専念することで、そうしている間だけはこの事実を忘れようと努めた。それによって少しでも精神のバランスを保とうとした。皮肉なことに、時間がかかると思われていたかの地での仕事は、この集中が幸いして予想よりも早く片づいた。私の明晰な頭脳と水際立った手腕がこの時ほど口を極めて賞賛されたことはなかったし、英本国の外でこれほどまでに私の名が人々の口の端(は)に上ったためしもなかった。以前、ところも同じフランスで、二ヶ月以上も捜査に没頭して事件を解決した直後、心身の疲労で倒れたように、仕事が終ると私は虚脱状態に陥った。あの時はリヨンから電報を打つと、彼はすぐさまロンドンから駆けつけてくれたのだった。そして三日後には一緒にベイカー街に戻り、さらに一週間後には静養のため、彼の軍隊時代の旧友の田舎の家の客となっていた。四年前、とても信じられないが、たった四年前のことだ。四月だった。ちょうど今頃だったのだ。

 私は夢を見た。単純な夢だった。リヨンのデュロン・ホテルでそうだったように、彼が私を迎えにきたのだ。電報も打ってないのによく判ったね。新聞で見たんだと彼は言った。病院の住所と病床の私の写真まで出ていたというので、いつ写真を撮られたのかと私はしきりに首をひねった。さあ、ベイカー街のわが家に帰ろう。わが家、と彼が言う、その言葉は胸に甘く響いた。都合のいいことに、夢の中では彼は今でもベイカー街で私と暮しているらしかった。そのくせ、本当は彼が結婚していることもよくわかっていたのだが、それを言うと彼にその事実を思い出させてしまうと思い、黙っていた。

 目を開けると涙で頬がぬれていた。はじめは喜びの涙だったのが、夢であることがはっきりするにつれて絶望の涙になった。それは頬を横につたい、耳へと流れ込み、姿勢を変えるとたちまち枕に広がった。もう二度とそうやって彼が迎えにくることはない。これまでちゃんと見ようとしてこなかったものを、今は目をつぶっていてさえ直視するしかなかった。
 彼が私を拒絶するようになったのは、モリアーティの事件の際に私が何をしたかがわかってしまったからだろう。私は油断していた。彼の観察力を見くびっていた。彼が、そう思われがちであるような、探偵の引き立て役などでないことを忘れ、どうせわからないとたかをくくって、手がかりを平気で見せてしまっていたのだ。

 彼は気づいたのだ。密告者ポーロックの正体がフレッドだということに。そしてフレッドが自殺したと聞いても私が眉一つ動かさなかったばかりか、冷笑していたことを思い出したのだろう。フレッドを仲間に引き入れたことについて、私は他に、何を彼に話したろう? 私の手管についても、私は彼に仄めかしていたのに違いない。私の言葉のはしばしを繋いで彼は真相に到達したのだ。そして私をおぞましいと思うようになったのだ。私の男たちとの関係についてはそれ以前から察しがついていたはずで、彼に知られていると私が気づいていることも彼にはわかっていただろう。

 けれども互いにわかっていることと、それを実際に口に出すこととはまた違う。話してしまって彼が私を受け入れるという保証はないのだ。どんな男でもいともたやすく手玉に取れるのだと私が彼にひけらかす動機は一つしかなかった。彼に嫉妬させたかった。私の価値を教えることで彼に私を欲しいと思わせたかった。そうした自分自身の心理について、私は顔と顔を合わせて見るように明らかに、あたかも他人の犯罪心理や犯罪の機序を分析するように知り尽くしているつもりだった。わが友についても、あの時期に妻を求め、家庭を作った理由は振り返って見れば明白で、私に機がなかっただけだと思っていた。実際、私との冒険もこれが最後になるだろうと言っていたくせに、私が誘いをかければ彼は必ず出てきたのだ。

 そもそもなぜモリアーティを敵視して、彼を破滅させることに少なからぬ情熱を傾けてきたのか、フレッドのことでなぜ私があのように冷淡だったか。それ以前に、なぜこの仕事に私が携わるようになったのか。そこまで話さなければ彼は納得しないだろう。私への反感を和らげて私を許す気にはならないだろう。だがそれは説明できないこと、私自身、わかっていても言葉にはしたためしのないことだった。自分の明晰さを私は過信していた。自惚れていた。私は私自身さえ、鏡の中の影のようにおぼろにしか見ていない。もし彼が話を聞いてくれるなら話したい。話せる相手は彼しかいない。私の感情生活について、誰にも言ったことのない決定的なことを打ち明けたい。しかし、この状態では、以前にもましてそれはありえないことになってしまった。()。

 彼が完全に私と関係を断つつもりでいる。それだけでも真っ暗な穴の中に突き落されるようなことであるのに、このような仕打ちを受けたことで、かえって私の方では、彼から離れることなど考えられず、彼なしでは生きられないとわかってしまった。フランスの捜査関係者に別れの挨拶もせず、私は船上の人となった。ただ彼に会うことだけを思って海峡を渡った。

 バーゼルで私は彼にこうしたことをすべて打ち明けた。それまで私が彼に言っていなかった最大の秘密は父に関することだった。不慮の事故で、滞在先のロンドンで亡くなったとだけは話してあったが、父の死が兄と私に与えた深刻な影響は、私がなぜ探偵という職業をはじめたか、また、マイクロフトがどうしてあのような非社交的な私生活を送っているかにかかわるものだ。モリアーティがどうして私にとって最大の敵と目されるようになったかもそのことが説明してくれる。わが友はこの件について完全に了解してくれたが、ここでその詳細に立ち入るのは、私だけでなく兄にまでかかわることであるので御勘弁願いたい。


 その晩、診察室にいた彼に会えたのは偶然に過ぎなかったのだろう。すでに妻は寝ている時間で、家中でそこだけ明りがともっていた。フランスにいるとばかり思っていたので、ベルを鳴らしたのが私とは思わなかったのだろう。こちらの顔をひと目見て彼がぎょっとしたのがわかった。私だったからではない。あまりのやつれようにである。だが、私の言葉にはもっと驚いたに違いない。フランスだったんじゃないのか、もう仕事は終ったのかという問いかけにもろくろく応えず、「モリアーティが追いかけてくる。もう死ぬしかない」と繰り返すばかりだったのだから。
 もちろん私はモリアーティがすでにこの世の人ではないのを知っていた。だが、君に見捨てられたら死ぬしかないとは言えない以上、そうでも言うしかないではないか。いや、計算してそんな台詞を吐いたのではない。その言葉は口から自然に出てきた。私はその狂人になりきっていた。

「君は疲れているんだ。一週間ほど旅行にでも出て静養したほうがいい。必要ならぼくも一緒に行こうか」と彼は言った。「リヨンから帰った時もそうしたっけね」
 それでは彼もあの時のことを忘れたわけではないのだと思ったが、すぐに苦々しい思いが甦ってきた。「奥さんがいるんだろう? 仕事もあるんだろう? 君には無理だ」唇を嚙んで横を向いた。
「妻や仕事のことより今の君の方が心配だ。明日の朝、すぐにでも発とう」
 この男はなんと口がうまいのだろう、と私は思った。女性に対する時はいつもこの調子で、私のことも女並みにあしらっているのだ。私を避けつづけ、手紙の返事もよこさなかったくせに、君の方が心配とは、どの面下げて言うのだろう。

晝顔 Beau de jour (下)へ続く

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by kaoruSZ | 2013-05-22 23:03 | 文学 | Comments(0)

晝顔―Beau de jour (下)

「あいにくヘイター大佐は旅行中なんだ。湖水地方から絵はがきをもらったところでね。だからライゲートはだめだけれど、もっと遠くへ行こうか。どこに行きたい? いっそ外国に行く?」
「どこでもいい。どこでも同じことさ、ぼくには」君と一緒なら、と声には出さずつけ加える。
「それなら、今夜は泊まっていくね?」彼は言ったが、彼の妻と顔を合わすのも、彼が彼女に旅行の許可を求めるのを見るのも耐えられなかったので私はかぶりを振った。仕方がない、と彼は言った。そして、翌朝必ずヴィクトリア駅に来るようにと言って私を送り出した。

 診療所を出ると、私はまっすぐペルメル街の兄のところへ向かった。ベイカー街の部屋で一人になるのは耐え難かった。マイクロフトはこれまでのことを私が少しは話したり、話さなくても察しがついていたりした唯一の相手だったが、さすがに私の様子には驚いたことだろう。ワトスンと明日の朝一番に旅に出ることにした、もう戻ってこられないかもしれないから後のことは頼むと言っただけで、すぐに事情を察してくれ、それ以上何も訊かなかった。ただ、「自分にできることなら何でもする」と言い、旅先で何かあれば必ず連絡することを私に約束させた。

 翌朝、駅で落ち合うと、彼はすでに一等車室を予約していた。かなり早くに来て待っていたらしかった。妻に何と言い訳したのだろうという考えが浮かんだが、口には出さなかった。余談になるが、この時、私たちをはたから見ていた人がいて、彼の妻が捜索願を出した時、その証言でホームズが彼を連れ出したとされた。「ゆうべはどこにいたの?」彼が訊き、「兄のところさ」と私は答えた。このやりとりのうちに、列車はおもむろに動き出していた。ゆっくりと過ぎ去ってゆくプラットフォームを見やった時、背の高い男が群集を懸命にかき分けながらやって来て、大きく手を振るのが見えた。「あ、モリアーティだ!」私は叫び、彼はぎょっとした顔になって振り返り、手を振って私たちを見送る兄の姿を認めた。列車は急激に加速して、次の瞬間、勢いよく駅を離れた。向き直って私を見つめる彼の表情は痛ましげだった。

 むろん私は実の兄を死人と見間違えたりしない。しかし、モリアーティと兄が似ているとは前から思っていたのであり(兄のように太っていないところと年齢を除けば)、彼の店に変装して入り込み、間近にその姿を見た数少ない機会に、私はしばしば、この場に兄が現われて、二人がウィリアム・ウィルスンとその分身のように向かい合ったらどうだろうと想像したものだ。だから、ホームに兄の姿を見つけ、咄嗟に「モリアーティ」の名が出たのは、私にとってみれば必ずしも突拍子もないことではなかった。もちろん彼には、私がもう本当に気が狂ったとしか思えなかったろう。

 彼は何を思って一緒に出発したのか。その時点では目的地も定めていなかった。私をここまで追いつめたのは自分の拒絶以外にありえないと、直観的に理解したには違いない。今ここで少しでも自分に拒絶されたと感じれば、私はすぐにでも死を選ぶのではないか。だから私の〝妄想〟にしばらくは付き合ってやろうと決めたのだろう。しかし今は一緒でも、彼はいつまでもこうしていられる身ではない。遅かれ早かれ妻の下へ帰らねばならない。この最初からわかり切った結末を思って私は苦しみ、彼に去られる前に自分から姿を消そうと、カンタベリー駅に停車中、列車が動き出す寸前に降りてしまった。いや、その瞬間はほとんど何も考えられず、頭の中が空っぽになって飛び降りたのだ。当然のことながら彼は私を追ってきて、捕まえることはできたものの、揉み合う私たちの前を、私たちの荷物を載せた列車はスピードを上げて走り去った。なぜ逃げ出したのかと問われて私は「モリアーティが追ってきていた」と答えた。そう答えるしかなかったのだ。

 荷物をカレーで無事回収すると、私たちはブリュッセルに向かった。二日間の滞在中に、私は思い立って彼を誘って汽車に乗り、ミディという駅で降りた。駅前にカフェがあった。多分ここだろう。せっかくだからべルギービールを注文し、用意の本を取り出した。鞄の底に入れられて私と一緒にあちこち旅した、手擦れしたごく薄い本だ。何の飾りもない表紙に表題が印刷されている。
  Une Saison en L'Enfer
「ランボーじゃないか」彼が言う。
「一八七三年七月十日――」と私は言った。「二人の詩人はここで汽車を待ちながら酔っ払ったあげく、ヴェルレーヌがランボーに捨てられそうになり、外の舗道で相方に拳銃を発射したんだよ」 
「へえ、ここだったのか」彼は急に天井を見上げ、興味深そうにあたりを見回す。

 彼にはわかっているのだろうか。彼らと私たちの隠微な類似を。ブルジョワ家庭に招き入れられた反逆児は二十八歳のヴェルレーヌをそそのかし、年長の詩人は、妻と生まれてまもない息子を置いて、ランボーとともにパリを出奔、ロンドンへ、ブリュッセルへと放浪の旅を続けた。ランボーの倍近い年を重ねた分別ざかりの私たちは、逆にロンドンから大陸に渡り、こうしてブリュッセルに来て、そしてリュクセンブルクを経てシュトラスブルクへ向かおうとしている(かつての少年詩人は私たちと同世代である。とうに詩を捨て、今はアフリカで武器商人をしており、パリの詩壇を馬鹿にしきっているとか)。
 彼はどこまで私と一緒に来るつもりなのか。手紙を無視し、二度と会いたくないと思ったくせに、顔を見たらほだされたのか。私の弱りっぷりを目のあたりにして、今は刺戟しないで調子を合わせるべきだと思ったのか。それともそういうエクスキューズを得たからこそ、いきなり私と国外へ出るなどという思い切ったことができたのか。

 彼は黙って出てきたのだろうと思っていた。妻がまだ寝ているうちに、使用人には、急患があって往診に行くとでも誤魔化して。考えてみれば説明のしようなど無いのだから。自分でも自分の動機に気づかずに、彼は私を死なせないためという表向きの理由の下に大胆なことをやっている。私に惹かれていることにそこまで無自覚なのか。事件にかこつけて誘いに来るのは、実は誘惑していたとようやくわかったのか。わかったとして、自分もポーロックのように翻弄され、破滅させられると恐れたのか。今度のことで私の本性を思い知り、遠ざける気になったのか。そうだとしたらなぜいつまでもついてくるのか。
 
『地獄の季節』のページを繰って私は求める詩句を探した。「錯乱」の章にそれはあった。声低く私は誦した。「マ・サンテ・フィ・ムナセ ラ・テルール・ヴネ ジュ・トンべ・ダン・デ・ソメィユ・ドゥ・プリュズィゥール・ジュール……」

わたしの健康は脅やかされた。恐怖は来た。幾日もの眠りに落ち込んでは起き上がり、この上なく悲しい夢また夢を見つづけた。死出の旅へとこの身は熟し、わたしの弱さは、影と旋風の國キムメリイの果て、世界の果てへと危難の道を辿らせた。

「これは今のぼくのことさ」と私は言った。「君も知るとおりぼくの健康は脅やかされた。恐怖とはモリアーティのことだ。君はどこまで危難の道をぼくと一緒に辿るつもりなんだ?」
「ぼくはどこまでも君と一緒だよ、ホームズ」
 彼はどうしてこんなに優しいのだろう。昔馴染みの病人に対するいたわりか。生殺しにされるより死んだ方がいいこともあるのだが。たとえ一緒に来てくれても、望みのものが手に入らないとしたら同じ、いや、もっと悪いのだが。

 三日目。私たちは遠くシュトラスブルクまで来た。彼には知らせず私はロンドンに電報を打っていた。彼の搜索願が出ていないか警察に問い合わせたのである。夜になってホテルに戻ると返事が来ていた。それを彼に見せて私は言った。
「君は帰れ」
「なんで」
「ぼくといるのははもう危険だ。これ以上ぼくと一緒にいればロンドンでの立場を失うことになる。君は帰って仕事に戻ってくれ。これは真剣な話だ」
 ホテルの食堂で、私たちは三十分もやりあった。外から見ればぼくたちが駆け落ちしたとしか見えないぞ、と私は言った。今ならまだ間に合うからぼくに構わず帰るがいい。ぼくのためという大義名分があるものだから、君は無自覚に――。
「お客さま」不意に耳元で声がした。支配人がテーブルの横に立っていた。「どうかなさいましたか」
「いや……大丈夫」

 あやしまれるほど大きな声を出していたのか。他人の目にどう見えているかなど、その瞬間まで私は全く自覚がなかった。数少ない客たちの目が私たちに向けられている。私はヒステリー女のように金切り声を上げていたのだろうか。支配人は立ち去った。友は立ち上がると、腕をつかんで私を部屋に連れて行った。腋の下に冷や汗が流れ、私は広い肩に寄りかかった。このまま彼が抱きすくめてくれたら……。だが、彼は私をベッドに掛けさせると、自分が寝る支度をはじめた。と言っても、私が逃げ出すのを恐れ、眠らずに見張っていようというのだった。同じ部屋に寝ても、どんなに私のことを気づかってくれたとしても、私は監視人と隣り合わせのベッドにいるだけなのだった。距離がなければ監視は成立しない。この距離はどうしても詰めることのできないものだった。私と私の終焉のあいだに立ちふさがって邪魔をするこの男を私はほとんど憎みはじめていた。

 私は眠らなかった。彼がついに睡魔に負けて静かな寝息を立てはじめると、私は身じまいを整えて、最初から解いていなかった荷物をまとめ、足音を忍ばせて部屋を出た。二人分の宿代を精算して、ひんやりとした夜の空気の中に出る。頭上には満天の星。「モノーベルジュ・エテ・ア・ラ・グランドゥルス メゼトワール・オ・シエル・アヴェ・タン・ドゥ・フル‐フル(大熊座がぼくの宿だった 空ではぼくの星たちが 優しくさらさら鳴っていた)」乾いた舌で私はひとりごちた。彼が帰らないのなら私が出てゆく。このままでは世界の果てへ行き着くばかりだ。

 私は駅で捕まった。二人ともほとんどものを言わず、ただ二度と放すまいと、彼の指が私の両手首を痛いほど握っていた。最終の夜行列車の出発時刻が迫っているのを見て、このままジュネーヴへ向かって旅を続けようと彼は言った。従うしかなかった。乗換駅で停車した時、もう逃げないからここで降りて休ませてくれと私は頼んだ。夜が明けかけていた。交代したばかりのフロント係に私たちはどう見えたろう。よろよろと入ってきて部屋を頼む疲労困憊した男二人……。

 語るべきことはもうあとわずかしか残っていない。私はそれを短く、しかし正確に述べようと思う。それを私が喜んで長々と書きたがっているなどとは思わないで頂きたい。それでも重要な細部を省略することはできないだろう。私の友は『最後の事件』で、シュトラスブルグで三十分間話し合ったあと、結局一緒に旅を続けることにし、夜のうちにジュネーヴまでの旅程をかなりこなしたと、嘘にならない(というか、読者にはわけがわからなかったであろう)最低限のことを書いているが、これはどういう意味かと尋ねてきた人がいないのが私には不思議である(「事実」は、右のように、夜中にホテルを(予定外に)チェックアウトし、途中でまた一緒になって、ジュネーヴより手前のそこまで辿りついたという次第)。

四月二十八日、バーゼル。私たちはその日いちにちホテルの部屋にとどまった。夜もずっとそこにいた。翌二十九日の早朝、私たちを見送ったのが同じフロント係であったとしたら、私たちを前日の朝の客と認めることさえ難しかったに違いない。実際には別人だったので、もとからそんなに楽しげで仕合せそうな二人組と私たちを思ったことだろう。私たちは再び車中の人となった。ジュネーヴまでの旅程を私たちはおおかた寝て過ごした。

 星空の下の長い道が過ぎ去って、明るい空の下に彼とともに歩み出た時、世界は何と美しく見えたことか。モリアーティを追うという長期にわたる大きな目標が消滅し、そして私がなぜそれを目標にしてきたかという真の理由を彼に話したことで、私が探偵という仕事を始め、そしてこれまで続けてきた(強迫的な)動機の、その大半もまた消滅したのだった。ロンドンの闇の世界に惹きつけられる理由はもう私にはないのだ。そのためだろう、これまでになく、今身を置いている大自然に私の注意は惹きつけられた。
「こんなに生き生きしている君を見るのははじめての気がする」そう彼に言われて、私はそんなことを話してきかせた。間もなくそこから永遠に旅立とうというこの時になって、私ははじめて世界の眩い美しさに目を開き、一木一草までが心に触れてくるように思われた。
「驚いたね」と彼は言った。「ぶな屋敷の一件でウィンチェスターに行った時でさえ、君は田舎の春ののどかで美しい風景をよそに、孤立してある家々の中で起りうる、摘発されない犯罪にしか思いをいたさなかったのに」
「君の冒険の記録もここで終るね。ぼくが宿敵モリアーティを倒し、経歴の頂点を極めたところで」私は友に語りかけた。
「残念ながらホームズ、ぼくにはもうそれだけの時間はない。ぼくたちの最後の事件の記録は書かれることがないよ」
「いいさ。もう、そんなことはどうでもいいほど仕合せなんだから」と私は言った。「でも――もしも、もしも夢見ることが許されるなら、引退して、どこかこういう自然の中で、君と二人で静かに暮らせたらと思うよ。本当に、そういうことができたらどんなにいいかしらん。小さなコテージを手に入れて、どこかの水辺で」

 夢のような一週間、私たちはローヌ川沿いの渓谷をさまよい歩き、ロイクにそれて、まだ雪深いゲミ峠を越え、インターラーケンを経てマイリンゲンに立ち寄った。それは仕合せな旅だった。空は藍色に澄みわたり、私たちは尽きることのない光の中を歩んでいるかと思われた。それでも夜はまたやってきたが、それは休息といたわりに満ちた別の時間のはじまりだった。風は額に涼しく、水は甘かった。そして夜の終りに、新たな永遠の一日がまた開始された。足下には春の若草が萌え、頭上には冬の処女雪が残っていた。自分たちが死に場所を求めていることを私たちは一瞬たりとも忘れることがなかったが、それは私たちが分かちあっている幸福を少しも損なうことがなかった。一方で、どれほど幸福であっても、つきまとう影のように私たちの罪は拭い去ることのできないものだった。英国へ戻れば、私たちのしていることは収監に値する犯罪なのだ。

 一度、ゲミ峠を越え、憂愁に満ちたダウベン湖のほとりを歩いていて、右の尾根から巨大な岩がはずれて転がり落ち、音立てて背後の湖に消えたことがあった。あの場所では春の落石はよくあることだとガイドは弁解するように言ったが、私は何も言わずに、ただ傍の友にほほえみかけた。石に当たって二人して死ぬならそれもよいと私たちは目で語っていたのだ。別れる時このガイドは、あなたがたはまるで新婚旅行の男女のように仲がいいと洩らした。なかなか目の利くガイドである。

 マイリンゲンの小さな村に到着し、ペーター・シュタイラーの経営する「英国旅館」に泊ったことはわが友が書いているとおりである。五月四日の午後、私たちはそこを出発した。その先は、丘を越えてローゼンラウイの村に泊まるようにと言われていた。しかし私たちはそこへ行くつもりはなかった。私たちの真の目的地は、丘を半分ほど登ったところにある、ペーターからもぜひ立ち寄って見て行くようにと念を押されていた、ライヘンバッハの滝であった。

 滝の描写をくだくだしく繰り返す必要はないだろう。そこは実に恐ろしい場所だった。
「オ・コンファン・デュ・モーンド・エ・ドゥ・ラ・シメリイ、パトゥリ・ドゥ・ローンブル・エ・トゥルビヨン(影と旋風の國キムメリイの果て、世界の果てに)」絶壁の上で、彼は私の耳に口を寄せて囁いた。影の國の恐しい裂け目は、艶やかな黒い岩石で表面を覆われた、磨き上げられた暗い鏡にも似た垂直の壁だった。雪解けで水量を増した奔流がそこへどっと流れ込み、はるか下で黒い岩に当たって砕け、白い飛沫を上げている。〝つむじ風(トゥルビヨン)〟を模すかのように水は渦巻き、泡立って、人間の叫びにも似た声が奈落の底から立ちのぼる。世界の涯はこのように滝になって落ちているのか。 彼を伴い、辿ってきた「危難の道」は、ここで本当に終りなのか。私をここまで連れてきたのは私の弱さだったのか。本当に、私たちの生きられるところはこの世界にはないのだろうか。

 その時、スイス人の若者が一人、滝の上へ続く細い道をこちらへ向かって走ってくるのが見えた。見守るうちに私たちの前に至り、封筒を友に手渡したが、そこには今しがた後にしてきたホテルの紋章があった。私たちと入れ替りに到着した病気の英国人の容態が思わしくなく、スイス人医師を拒んで同胞の医師の診察を求めているという、私がすでに知っている文面を、彼は私に読んで聞かせた。「どうも、世界の果てまで来ても追っ手はかかるようだよ、ホームズ」そう言って彼は肩をすくめた。患者が女で肺病の末期云々という『最後の事件』の記述は、こののち彼の妻が発病して死に至った経緯が彼に書かせたものだ。私はそこまでロマネスクな想像力の持ち主ではない。それに、その簡潔な文面が、それだけでこの常ならぬ時にさえ、わが友の正義感と職業意識を刺戟し、持ち前の他人への優しさと心遣いを引き出すのに十分であることを知っていた。

「行ってくればいいよ。いや、ぜひ行きたまえ。ぼくはここで待っている」
 一瞬、彼はためらった。この恐しい場所に私を一人で置いて行きたくなかったのだ。それからスイス人の若者の方を向くと、自分が戻るまで、ガイドとして私の相手をしながらその辺を散策していてくれるよう頼んだ。彼が財布を取り出して多額のチップを与えたので青年は恐縮した。彼の姿が見えなくなると、私は自分も財布を出して、若者に約束の金の残りを渡した。若者は喜色満面で、しばらくは「英国旅館」に近づかないようにという私の注意に大きく頷いた。

 青年が去ると私は無為の中にひとり残された。私たちは本当に一緒に死ぬつもりでここへ来たのであり、わが友は今なおそう思っていよう。ここへ戻って私と滝へ飛び込むのだと、この瞬間も信じているのだ。だが、彼を死なせるわけにはいかなかった。そのために私が取りうる、これが最良の方法だった。ただ自分のためだけにあるこの空白の中で、私は手帳を取り出して彼への短い手紙を認め、ページを破り取ると、彼が戻ってきた時すぐに見つかる岩を選び、目印としてアルペンシュトックを立てかけた。シガレット・ケースで注意深く紙片を押えた。

 これだけの仕事を終えてしまうと私は自由になった。一切を捨てた男のように私は自由であり、心は深淵へ舞い落ちる木の葉のように軽やかだった。自分自身を含めた世界へのあらゆる気づかいから解放された今、全人類からさえ切り離された恐るべき自由が、しばし私をどこでもないところに憩わせてくれよう。日は天頂にあった。あらゆるものが抗いがたく固有の色と輪郭をそなえ、影を失い、二度と闇に紛れることのない光を放って大いなる秩序と晴朗さのうちに一切が動きを停めたこの瞬間、混沌は限りなく遠ざかり、夜は二度と訪れることがないかと思われた。いかにささやかであろうとも、自らの運命をこの手に握った心地よさを私はつかのま味わった。そして私が目を閉じると夜はそこにあった。まぶたの裏ではなおも色彩が渦巻いていようとも、間もなくそこには形あるものが残らず没し去る、仕切り壁のように厚い闇しか存在しなくなるだろう。最後に私は別れたばかりの最愛の友を自分の心から切り離した。それは言ってみれば崖っぷちにつかまっている自分の指を、一本一本、自分の意思で剝がしてゆくようなものだった。そして墜ちて行ったのは彼の方だった。私は彼を女との泥の中の幸せへ帰してやったのだ。もはや生きる理由はなかった。有無を言わせぬ水の力は、石炭のように黒く輝く竪穴状の巨大な裂け目へ、緑の柱となって放たれていた。自らの重みに身をゆだねて落下する、飛翔と紛うその瞬間を私は夢見た。滝壺の黒い岩のごつごつした縁を乗り越えてあふれた水は、再び流れとなってほとばしり、永遠に休息を知らない深淵は沸き返っていた。厚い水煙が蒸気釜のような音を立てて絶え間なく湧き上がる、途切れることなく生成する渦と、嗄れることのない叫び、耳を聾するどよめきの中で、私は自分が完全に平静であり、心は鎮まって乱れも曇りもなく、脈が規則正しくしっかりと打ち、身体には精気が漲っていることに満足だった。今なら自分の人生が無駄ではなかったと信じて心穏やかに死ねる。そう思いながら、泡立ち、荒れ狂う深淵の咆哮へ身を乗り出した。

*   *   *

ワトスン君
騙してごめん。でも、ぼくを君から引き離し、君の前からいなくなるにはこうするより他なかった。どうか許してほしい。愛している。誰よりも。そして君を愛したどんな人よりも。君にはどんなに感謝してもし足りない。楽しかったね。この一週間は夢のようだ。ついさっきまで、このまま死んでもいいくらい仕合せだった。君のおかげで人と生まれて味わいうる最上の喜びを味わうことができた。ありがとう。君が一緒に死ぬと言ってくれたことだけでぼくは満足だ。愛の頂点を極めた今、たとえ命を捨てても惜しくはない。英国を離れる前に、あとのことはみな兄のマイクロフトに頼んできた。君は死んではいけない。奥さんによろしく。いつまでも君の忠実なる友、シャーロック・ホームズ




晝顔  Beau de jour (上)
晝顔  Beau de jour (中)

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by kaoruSZ | 2013-05-22 23:00 | 文学 | Comments(0)

幻の女の冒険(前篇) 

 ここに叙べようとする事件の真相は公表すれば多大な波紋を呼ぶ性質のものなので、はるかな年月が過ぎてなお、発表は問題外としても単にこの話題を取り上げることすら、ためらわれるほどである。どんなに言葉を選んでも、少なくとも私の生存中は公にするのは難しいと思ってきたし、今も思っている。とは言え、かつて私は『チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン』と題してこれを短篇に仕立てたこともある。本当にミルヴァートンの家に忍び込んだのかと訊かれたことは数知れず、あれは冗談ですよと何度答えたか分らない。時には、実際にやったとしてそれを認めると思いますかと訊き返したこともある。むろん金庫破りについては断固否定した。シャーロック・ホームズは女中を口説いて容易にたらし込むほどの凄腕なのかと尋ねてくるのはもともと悪意を持った連中なので、私は一度ならず、女中は知らないが馬丁やコックなら簡単に手なづけるだろうと答えて二の句を継げなくさせた。彼らがホームズと私の「噂」を広めるのに少なからず貢献したであろうことは言うまでもない。

 フィクションであることをいかに強調しようと人々の好奇心は容易に止まず、長い年月にわたって、表題の人物のモデルの現実の死について私の小説に手がかりを求めようとする者が後を絶たなかった(そして例外なく見当はずれに終った)。とりわけ、物語の最後で私たちが見出す女性の写真に関して、由緒正しい貴族にして高名な政治家だった人物の、たまたま小説発表に先立って逝去した未亡人の名が取沙汰されたのは、思いがけぬ偶然とはいえ、故人と遺族に申し訳ないことであった。だが、そんな出来事も、老い先短い人々の、いやましに黄昏の色を加える回想の中にしか存在しなくなった今日、この事件に関する唯一の、真実の証言を残しておいてもいいのではないか。少なくとも、あの時に書いた言葉を今こそ繰り返すことができるだろう。事件の中心人物がこの世の裁きの及ばぬところへ去った今、筆を抑えることさえ心がけるなら、誰にも害の及ばぬ形でこれを記述することができるかもしれない、と。わが友シャーロック・ホームズ氏にとっても私にとっても、これは生涯唯一無二の体験の記録である。


 今は遠い昔となった凍てつく冬の六時頃であった。ホームズと私は例の夕方の散歩から帰ってきた。ホームズがランプの火を大きくすると、卓上に置かれた一枚の名刺がその光に照らし出された。一瞥するや、彼は嫌悪の叫びを発して、名刺を床に払い落した。私はそれを拾い上げた。

   仲介代理業 
   チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン
   ハムステッド
   アプルドア・タワーズ

「誰なの」私は尋ねた。
「ロンドン一の悪党さ」ホームズは座を占めると暖炉の火に足を伸ばした。「裏に何か書いてあるかい」
 私は名刺をひっくり返した。
「今夜十時に裏口より御来駕乞う C・A・M」
「まだ時間はあるな。ねえ、君、動物園で蛇の前に立って、するすると動きまわるあのしなやかな毒持つ生き物、あのおぞましい邪悪な目やひしゃげた顔を見ると、背筋がぞくっとして鳥肌が立ってくるだろう? ミルヴァートンってそんな感じなんだ。僕はこれまで五十人からの悪人を相手にしてきたが、その中の最悪の男にさえ、こいつから受けたような嫌悪感は持たなかった。それでも僕はこいつとの取引を避けられないんだ」

「いったい何者なんだ」
「恐喝王だよ、ワトスン。秘密だの悪い噂だのをミルヴァートンに握られたが最後、蛇ににらまれた蛙のようにおしまいなんだ。富や名声を持つ者の立場を危うくするような手紙類を、こいつは非常な高値で買いあさる。恩知らずの召使やメイドばかりじゃない、上流階級の純真な御婦人の愛やら信頼やらを言葉巧みにかすめ取る、紳士の仮面をかぶったならず者もこいつの客さ。それから、純真とは言えまいが、正真正銘の紳士が下層の若者を愛して裏切られるケース。たまたま知ったんだけど、そうした紳士の二行の手紙に対して、あの蛇は七百ポンド支払った。最終的にその貴族にして政治家の、良き家庭人として知られ、それまで経歴にしみ一つなかった紳士は、銃で自分の頭を吹っ飛ばして果てた。さらに卑劣なことには、要求した額を払えない相手には、あるいは、払えたとしてもこいつの好みに特に叶う相手の場合は、男女は問わないんだが、身体で払うよう求めるんだ。僕は、ある夫人が要求に屈してこいつに身をまかせた翌日、耐え切れずに自殺したのを知っている。実のところ、夫に秘密を知られるのを恐れるこうした貞淑な夫人こそ、こいつの大好物なのさ」

 あまりのことに言葉を失っている私を見つめて彼は身震いした。
「およそ市場に流通しているものは、すべてミルヴァートンのところへ集まってくる。この大都会には、その名を聞いて青ざめる人間が何百人といる。誰が、いつ、どこで、こいつの餌食になるかは予測できない。金なら唸るほどある上に、狡猾だから、目先の利益のために急いで投資を回収する必要はないんだ。儲けが最大になる時まで、切り札は何年も手元にとっておく。ロンドン一の悪党とさっき言ったけど、かっとなって連れ合いを殴るごろつきと、すでにはち切れそうな財布にさらに金を詰め込むために、じわじわと人の心をいたぶり、苛み、真綿で首を絞め上げるこういう輩が、そもそも較べものになると思うか?」
 ホームズがこのように激しい感情を剝き出しにして話すのは珍しいことだった。

「しかしどう考えても」と私は言った。「そんな奴は法の手が放っておかないだろう?」
「理屈はそうだけど実際には無理だよ。たとえば奴を捕まえて投獄してみたところで、出てくるまでの数ヶ月、破滅を先延ばしにするだけだとしたら、脅迫されている婦人になんの利益がある? 犠牲者は反撃なんかしない。もし奴が後ろめたいところのない人物をゆすれば、もちろん反撃の余地はあるけれど、あいつときたら悪魔のようにずる賢い。駄目だね、奴と戦うには別の手で行くしかない」
「それで、どうしてそんな奴が君を呼び出したんだ」
「それは──」ホームズは一瞬口ごもった。「高名なある依頼人から、気の毒な事件の処理をまかされたからさ。ミルヴァートンはその婦人が無分別な若い時代に書いた手紙を、大金を支払わなければ配偶者に送ると言っている。僕は彼と会ってできるだけ好條件で取引してくれと頼まれたんだ」

 通常、ホームズは依頼人の実名を私に(私にだけは)伏せることはまずなかったので、この言葉の濁し方は引っかかった。しかしすぐに、私を信頼しないのではなく、よほど秘密を要求される要人の内室なのだろうと思い直した。
「それにしてもその女性の夫君は、寬い心を持ってはいないのかね。結婚前のことなんだろう。許してくれると思えるだけの信頼が、お互いのあいだにないのかしらん。ほら、あのヒルトン・キュービット夫人だって」と、私は以前の事件を引き合いに出した。「夫の愛が自分の過去を許容するほど深いと信じられれば、彼にすべてを打ち明けてあの悲劇を回避し、幸せな結婚生活を全うすることもできたと思うんだが」
「そうかもしれない、そうでなかったかもしれない」とホームズは言った。「助けられなかった依頼人のことはともかく、今回の件にかぎって言えば、かの婦人の夫は十分寛大な心の持主だと思うし、送りつけられた手紙を読んでもたぶん動じないだろう。問題は、僕の依頼人がとてつもなく自尊心が高くて、彼に手紙を読まれるくらいなら死を選ぶくらいの心持ちでいることなんだ」
「僕なら、手紙を送りつけられてもそのまま読まずに火中に投じるね」
 ホームズの片頬をすばやい笑みがよぎった。「君ならそうするだろう、ワトスン。だが、今回の依頼人の場合、もう一つ問題があってね。夫にだけでなく、世間に対しても、知られては都合の悪いことを公にすると脅されている。そうなれば夫にも大変な迷惑がかかる。いや、迷惑なんてもんじゃない、今の職にもとどまれまいし、社会的に息の根を止められるだろう。もとより婚姻関係の破綻はまぬかれない」

「いったいそんなことをしてそいつに何の利益があるんだ」私は憤慨して言った。「他人の幸せを踏みにじって何が面白い。第一、そんな無体なことをしても、金が取れなければ、たんに人を破滅させるだけで、元も子もないというものだろう」
「そのとおり、女性を破滅させてもミルヴァートンには一文にもならない。大金を吹っかけるより、妥当な金額で折り合いをつけた方が絶対に得なはずだ。ところが、こいつは僕に言ったことがあるんだ、ワトスン。秘密を一つ暴いてみせれば、それだけで間接的に少なからぬ利益が上がる。同様の案件はいくらもあるので、時々残酷な見本を示しておけば、金を出ししぶっている連中もたちまちずっと物わかりがよくなるんだと」
 ロンドン市民の取り澄ました日常のすぐ下に、それも生活のためにやむなく犯罪に手を染める下層階級というわけではない人々の中に、このように憎むべき輩のいることを知って、私はあらためてホームズの仕事が根を下ろしている闇の奥深さを垣間見る思いがした。「ホームズ、君は前にもこの男とかかわったことがあるのかい」
「一、二度ね」声の調子であまり話題にしたくないことが察せられたが、それでも彼は言葉を継いだ。「何しろ、仕事柄、秘密には通じている奴だからね。ずいぶん前の話だけど、奴に気があるようなふりをして近づいたことがあるんだ。もちろん、シャーロック・ホームズとは知らせずにだが、あとになって向うもこっちの正体をつきとめて来た。あの時は必要な情報を全部引き出したあとで手ひどく振ってやったから、今でもうらんでいるはずだよ」
「そんな私怨があったんじゃ、交渉人としては具合が悪いだろう」
「なあに、いつかはけりをつけなきゃゃならなかったんだから、これを好機と思うべし、さ」

 ホームズは暖炉の前の椅子に深く腰をおろし、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、あごを胸元に埋め、赤く輝く熾火を見つめて身じろぎもしなかった。半時間ほど黙ったままそうしていたが、やがて決意を固めたように勢いよく立ち上がると自分の寝室に入って行った。しばらくして、山羊髭を生やした粋な身なりの若い職人が、クレイ・パイプをランプで吸いつけ、威張った足取りで通りへ階段を降りて行った。「遅くなるから先に休んでいてくれたまえ、ワトスン」そう言い残し、ホームズは夜の街に消えたのである。私はその時、彼が確かにチャールズ・オーガスタス・ミルヴァートンを相手に闘いを開始したことはわかっていた。だが、その闘いが、あのような異様なものになるとは夢にも思わすにいた。


 翌朝、私が目を覚まして居間へ入って行った時、ホームズの姿はなかったが、浴室でしきりに水音がするのが聞えた。やがて朝食の用意がととのい、顔が映るほど磨き上げられたポットから注いだ湯気の立つコーヒーを前にテーブルについていると、タオルにすっぽり身を包んだホームズが入ってきた。
「おはよう、ホームズ。先にやってるよ」
「おはよう、ワトスン」ホームズは応えたが、声がおかしかった。
「風邪でもひいたの?」返事はなく、振り向いた私が見たのは、自分の部屋へ入って行くホームズの後ろ姿だった。
 結局ホームズは、その朝、食事をとらず、私が寝室をのぞくと、少し眠りたいからと言って毛布をかぶってしまった。その日私は雑誌の編集者とランチの約束があり、午後は別の編集者と仕事の打ち合せの上、彼の案内で出版社の社主と会食した。社主は私が長篇を書くなら好條件で買い取りたいと言い、私は浮き浮きと帰ってきてホームズに真っ先に知らせようとしたが、彼はすでに寝室に入った後だった。私は自分の寝室で連載用の原稿を書きはじめ、興に乗って明け方まで書き続けたが、気がつくと部屋着姿のホームズが寝室の入口に立っていた。

「邪魔しちゃったかな」
「いや、ちょっと前だったらそうだったけど」と私は言った。「そろそろ寝ようと思っていたところさ。具合はどうだい」
 私は蠟燭を吹き消したが、それでもあたりは水のような仄明りに満たされていた。冬のしらじら明けが近づいていたのだ。私は立ち上がると、自分の幸運についてホームズに話そうとしたが、友はそっと手をあげてそれを遮った。
「ずいぶん筆が進んだね、ワトスン」思いのほか明るい声で彼は言った。「連載決定おめでとう。君が書きたがっていた歴史小説か。冒険小説も出版できそうじゃないか」
「君のやり方は知っているが」私は嘆息した。「驚いたね。聞いてみれば例によって簡単なことなんだろうが」
「そのとおりさ。君の右手の中指の左側に広がっているインクの丸い染みは、長時間ずっと書き続けていなければそんなに大きくはならない。誰と会うかはおとといの散歩の時に聞いているが、昼間食事をした相手は雑誌編集者だから、頼まれたのは連載に違いない。歴史小説なのは、机の上に広げた資料から推測がつく。それから、晩餐を御馳走してくれた出版社のお偉いさんだが、ホームズものの愛読者だろう」
「そう言ってたよ! なんでそんなことまでわかるんだ」
「昨日のモーニング・ポストで、彼、インタヴュー記事で愛読書を訊かれ、H・R・ハガードとドクター・ワトスンのホームズものと答えていたんだが、見落したようだね。ホームズものはストランドが独占しているからいくら好きでも参入は無理だ。君にハガードばりの冒険小説を書かせてみたいと思うんじゃないかと考えたんだが正解だったね。なあに、君が書く“ホームズ”の推理と較べたら月とすっぽん、とんと沍えないあてずっぽうさ」

 ホームズは面白くもなさそうに言ったが、私は声を上げて笑い、そのせいでさらに幸福感が増すのを感じた。疲れていたが、眠くなかった。頭は沍えたままで、身体もむしろ余韻のように力を残していた。
「ホームズ」その背中に腕を回した途端、私はそんな時間に部屋の入口に立っていたホームズの意図を読み誤ったことに気がついた。私が触れると彼はびくっとして私の手から逃れ、二三歩あとずさった。私は驚いて彼の顔を見たが、その時、それまで蔭になっていて読み取れなかった表情が光の中にはっきり見え、私は相手があごが尖って見えるほどやつれており、大きな目の周囲にも隈ができているのを認めた。「どうしたんだ」
「風邪……うつすといけないから」ホームズは私の問いを誤解して答えた。だが、風邪などではないと私は直観的に悟っていた。
「ちゃんと食事しなくちゃ駄目じゃないか」
「食べてるよ。ハドスンさんが心配して特別に用意してくれたからね」

 私のさぐるような視線を避けるかのように、彼は白い両手を上げて顔を覆ったが、その時、袖口が落ちて、あらわれた手首に生々しいあざが並んでいるのが見えた。片方の手に五つ、もう一方の手にも五つ、計十箇の、四本の指と親指のあと。「どうしたんだ、その手」
 ホームズの顔がさっと紅潮して私の手を振り払い、両手を灰色の部屋着の袖に隠した。「ちょっと立ち回りがあってね」彼はほほえもうとしたが、それが途中で凍りついて苦しげな表情になった。
「見せてくれ。他に怪我はないのか」私はなおも言ったが、彼は両手を背中に回して拒んだ。
「大したことじゃない」
「取引はどうなったの」
「あとで話す。元気になったらね」ホームズはそう言って私に背を向けると自室に向かい、すばやく身体をすべり込ませて扉を閉ざしてしまった。

 しかしホームズは元気にならなかった。それから数日、彼は明らかに様子がおかしく、何を訊かれてもうわの空で、必要なことにもろくろく言葉が帰ってこず(仕事のことについては目処がつくまで私に話さないこともあるのでそれ以上詮索はしなかったが)、いや、それ以前に、ピリピリしていて声をかけるのもはばかられる状態だった。それでも夜になると、最初の晩とはまた違う職人風に身をやつし、行き先も告げずに出かけて行った。あるいは昼間もいない時があったが、そうかと思うと一日ベッドで過ごす日もあった。私の方は相変らずミューズの訪れが続いており、その間は何もかも忘れて執筆に没頭した。そうでなかったらもっと彼を気づかったに違いないのだが、それでも、彼が私に話したいと思った時のためにつねに彼に対して心を開いていようとは努めた。私の仕事が忙しい時、とりわけ昼夜逆転して、深夜、寝室で書いている時はそれぞれのベッドで休むのが不文律になっていたが、そもそもホームズはこれを好まず、ただ私の首っ玉にしがみついているためだけでも同じベッドで寝たがるのがいつものことで、それが自室から出てこないというのは尋常ではなかった。あれ以来、明らかに私は拒まれていた。

 けれどもついに、風が唸りながら狙いすました猛禽のように窓ガラスに襲いかかってがたがた音を立てる夜、帰宅して変装を解き、暖炉の前に腰をおろしたホームズは突然こう叫んだ。「なんて素晴しい夜だ!」
「この天気がかい、ホームズ」
「僕の目的にはぴったりなんだよ。ワトスン、僕は今夜、ミルヴァートンの家に押し入るつもりだ」
 私は耳を疑った。「なんだって、ホームズ……正気か?」
 ホームズはまっすぐ私を見た。ここ数日の混乱から恢復したその目は完全に正気だった。「それ以外、方法はないんだよ」
「馬鹿なことはやめてくれ。いったいどういうつもりなんだ」私は半ば驚き、半ば腹を立てていた。「君はなんにも話してくれないが、僕はそんなに信用に値しない男か」
「ワトスン君、心配かけてすまない。うるさく質問したりしないで黙って見守っていてくれてありがたいと思っている。僕は心から感謝してるよ」
 ホームズの口から出るには殊勝過ぎる言葉に私はむしろ途惑った。
「だけどこれは僕の問題なんだ──むろん依頼人のためだけれど。ミルヴァートンとは過去のいきさつがあるからね。これは僕の撒いた種で、僕が刈り取らなきゃならない。君に迷惑をかけるわけにはいかないんだ」
「何を水くさいことを言ってる。及ばずながらこのワトスン、君のためならいつでも手を貸す用意があるぞ」
「あいつの目的は──」私の昂奮を冷ややかに見下ろしてホームズは言った。「僕の依頼人なんだよ。先夜の会見でそれがはっきりした。受け入れる余地のない條件だろう? 押し入って強奪する以外に、あの手紙を取り戻す方法はない」
「後生だからホームズ、自分が何をしようとしているか考えてくれ。他に方法があるはずだ」私は叫んだ。この時はまだ、なぜホームズがそこまでするのか、まるでわかっていなかったのだ。

「ワトスン、これは十分考えた上でのことだ。僕はもともとけっして早まった行動をするたちじゃないし、もし他に手段があれば、ここまで荒っぽい、しかも危険と判っているやり方なんかしやしない。問題をはっきりと公正な立場から見てみよう。僕のしようとしているのは、あいつによって不当な目的に使われようとしている物を奪い返す、ただそれだけなんだ。厳密に言えば犯罪だとしても、これが道義的に許容しうる立場だということは認めるだろう?」
「確かに、それだけなら道義的には許容できるかもしれん」
「道義的に正当だとすると、残るは身にふりかかる危険の問題だけだ。もしも今夜、思いどおりにならなければ、あの悪党は脅しを実行するだろう。そして彼女を破滅させるだろう。僕にできるのは依頼人を見棄ててその運命に追いやるか、それともこの最後の切り札を切るかだ。僕は自尊心と面目にかけて奴との決着をつけたいんだ。一人の女性が名誉を失おうとして必死に助けを求めている時、紳士たる者、わが身の危険などかえりみるものではないという意見に、君は賛成してくれると思うが」

「確かにそのとおりだが」私はためらった。「君が引き受けようとする危険が大き過ぎやしないか」
「ワトスン、君だから本当のことを言うけど、僕の依頼人は、実は相手の言うだけのものをすでに支払ったんだよ。奴の言いなりになったんだ」
 私は息を呑んだ。「何てことだ──」
「だけど、あいつはそれでも満足しなくて、手紙の一部だけを返したものの、肝心な部分は手元に残している。しかも、要求に応じたことそのものが、新たなゆすりの材料に加わっているんだ。このままではきりがない。僕の依頼人は今の生活を壊したくない。今の夫は彼女にとって、他の何ものにも代えがたい存在だ。だが、今夜再びミルヴァートンは、彼女から二回目の支払いを受けるべく待っている。僕はそこへ乗り込んで行って、破滅するのはどっちか、はっきり分らせてやるのさ」
「あまり気は進まないが、やるしかなさそうだな」私は言った。「何時に出る?」
「君は来なくっていいんだよ」
「じゃあ、君も行かせない」私は叫んだ。「名誉にかけて言っておくが、それから、生まれてこのかた、こうすると言ったことに反したことは一度もないが、 君がこの冒険に僕を連れて行かないのだったら、僕は今すぐ馬車を拾い、警察に直行して、君がしようとしていることを話してやる」
「君に助けてもらえることなんてないんだ」
「なんでそんなことがわかる? 何が起るかわかったものじゃないだろう。ともかく、僕はもう決めているんだから。自尊心や面目があるのは君だけじゃないんだぜ」
 ホームズは眉をひそめて黙っていたが、不意に明るい表情になって私の肩に手を置いた。「わかったよ、ワトスン、そうしよう。何年も同じ部屋で一緒に暮らしてきたんだから、同じ檻の中で終るのも悪くないかもしれないな。君、音がしない靴を持ってるかい」
「ゴム底のテニスシューズがある」
「結構。覆面はどうする」
「黒い絹で二つ作ろう」
「君という男はこういう仕事に生まれつき向いているんじゃないかしらん。是非それを作ってくれ。出かける前に軽く夕食をとろう。そして観劇帰りの二人連れに見えるよう正装しようじゃないか」

 時間になって寝室から出てきたホームズを見て、私はあっと驚いた。ヴェールの付いた帽子の下にはつややかな黒髪が結い上げられ、黒いマントの裾から黒と見紛う暗い緋色の絹のドレスが覗いている。もっとも、スカートを引き上げてみせると、そこにはズボンを穿いた脚と、ゴム底の軽い靴に包まれた足があったが。ほっそりした手がヴェールを上げ、非のうちどころのない化粧をほどこした顔があらわれた。確かにホームズでありながら、意志の強そうな美しい女性としか思えない顔がそこにあった。
「驚いたよ、ホームズ」長手袋に隠したその手を取って私は言った。
「歳月も彼女を枯れさせること能わず、また習慣もその変幻自在の才を朽ちさせることを得ず」誇り高い頭を上げると、クレオパトラの科白でホームズは応えた。
「だけど、どうして女性に?」
「ミルヴァートンは、今夜、僕の依頼人を待っている。今夜の僕は依頼人の代理だからね。ねえ、ワトスン、今夜僕のしようとしているのはただの押し込みなんかじゃないんだよ」ホームズは再びちかぢかと私の目を覗き込んだ。先刻の判断が間違いであったことを私は知った。彼は恢復していなかった。それは奥でちらちらと鬼火の燃える狂気の目だった。「僕は今夜、あいつを殺してやるつもりなんだ」

「ホームズ、どうしてそこまで! 君は君が追いかける殺人犯と同列になり下がるつもりか」
「ワトスン、僕がこれからやろうとしていることは、結果として多くの人を救うことになるんだ。これは殺人犯のけっしてしないことさ」彼は私から目をそらし、風が窓格子をつかんだ狂人のように力いっぱい揺すぶっている窓の方を見やって続けた。「無理してついて来なくていいんだよ。これはミルヴァートンと僕とが正面切って渡り合う、いわば一騎打ちなんだから。最初の手合わせでは手ひどく一本取られたが、二度と同じ過ちは犯さない。僕にしたことを後悔して、血の涙を流しながら地獄へ行くようにしてやる」
「ホームズ、僕はそれを見届けるよ。立ち会って見届ける。何があってもついて行くし、何を見ることになっても君から離れたりしない。いったい君は、僕が“見る”だけで“観察”できないと思ってるのかい。僕は僕の小説に出てくる“鈍い”ワトスンとは違うんだ」
 その時、窓の外で稲妻が閃き、闇に沈んでいた室内と美しい横顔とを浮び上がらせたので私は息を呑んだ。耳をつんざく雷鳴が通り過ぎる一瞬、私は自分の推測が正しかったことを確信した。痛ましさで胸がいっぱいになったが、すぐに、これが友への、私の愛と忠誠とを証明する千載一遇のチャンスだという思いが湧き上がってきた。ホームズが私の方に向き直った。
「さあ、ミルヴァートンを殺しに行こう」

幻の女の冒険(後篇) 
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by kaoruSZ | 2013-04-30 23:08 | 文学 | Comments(0)
幻の女の冒険(前篇) 

 固い決意をこめてゆっくりと発せられたその言葉を聞くと、私は鳥肌が立ち、首の後ろの毛まで逆立つ思いだった。彼が私の手を取って握りしめたので背筋がぞくっとした。というのは、一般には「空家の冒険」として知られている、ホームズが三年間の不在から帰還した際の出来事の中で、そうやってホームズに手を引かれて暗がりを進んだことを思い出したからだ。
 と言っても、あそこに書いたほとんどは実際には起こらなかったことであり、突然帰ってきたホームズに手を取られた私が、蛇に魅入られた蛙のように(最初ホームズを見たとき私は失神してしまった)ベイカー街の古巣に引き込まれたというだけの話であり、ホームズが死んだと信じて、あの懐しい部屋から繰り返し冒険へ出発した私たちのお伽話を書くことで作家となった私の前に思いがけず戻ってきたホームズに、ついて行けば今度こそおしまいだと思いながらついて行き、そして私たちの新しい生活と新しい物語がそこからはじまったというだけのことなのだが。

 あの時と違うのは、私がホームズに一方的に引きずられているのではなく、はっきりと自分の意思で行動をともにしていることだった。ホームズがミルヴァートンを殺そうとして失敗するようなことがあればこの手でとどめを刺すつもりだった。病み上がりの元軍医としてあの部屋で彼と暮しはじめたばかりの頃、そしてそれからの数年間、原稿を何度出版社に送ってもはかばかしい返事が返ってこず、何の後ろ盾も定職もないまま、鬱屈して、ホームズの気持にも気づかずにそのヴァイオリンに耳をかたむけていた若い日を私は思った。そして医者の仕事に戻ることを決心して、彼から離れ、一家を構えて、もはやホームズと冒険に出ることもないだろうと思い、それでも彼に誘い出されて、のちの「ホームズもの」になる材料を書きとめたノートだけが増えてゆき、しかしホームズが、実は、私が自分もその一員と信じ込んでいた善良な市民には想像もつかぬ形で裏の領域に入り込んでいることを知っておぞ気をふるい、次第に彼の呼び出しにも応えなくなり、彼との関わりを断つ決心をし、フランスからの手紙にも返事を書かずにいるうちに、ついにホームズが深夜、私の診察室に現われて、ライヘンバッハの滝で終る道行に連れ出されたあの時代を。

 私はなんと変ってしまったのだろう。なんと遠くまで来てしまったのだろう。あのことがなければ私は(メアリの病気があんなに早く進まなければ)父親になっていたかもしれないし、少なくともメアリをあれほど苦しめることにはならなかったに違いない(彼女の善良な魂に安らぎあれ!)。町医者を続け、再婚して家族を養っていたかもしれない。イギリスを離れ、アルプスの山中をさまよったあの時、私たちは一度世界の外へ出てしまったのだ。もうこのまま死んでもいい。そう私が言うのを聞いて、妻の下へ私を返す決心をしたとホームズは言った。ホームズは身を隠し、私は帰ってきたが、それはもはや同じ私ではなかった。ストラスブールとマイリンゲンの間で私は別人になってしまい、二度とメアリの忠実な夫には戻れなかった。

 とはいえイギリスに戻ってみるとすべては夢であったかと思われた。深い喪失感の中で、二度と会えないホームズとの日々を必死で呼び返そうとし、のちに『シャーロック・ホームズの冒険』と『思い出』としてまとめられる短篇を書き継ぐことでかろうじて自分を支えたあの月日がなければ、私は暇な医者の手すさびとして二つの長篇を出しただけの、無名のアマチュア作家で終っていたかもしれない。兄のように独り寂しく死ぬことだけは避けたいと思い、家庭の幸せを求めた私が、今、私の運命を変えた、職業も家も手放させて自分との生活に引き戻した、私を破滅させるかもしれない、私のミューズであり恋人である秘密の共有者に導かれ、人殺しの片割れとなるべく道を急いでいるとは。だが、そのことに何の後悔もないと私は思った。あの時ホームズは私を信じられないでいた。私が彼を置いてまた出て行ってしまうのではないかと疑い、恐れていた。彼の思いに気づかずに結婚し、三年間彼に姿を隠させた償いに、私は時にホームズから理不尽なことを言われても黙って耐えてきた。だが、耐えるだけでなく彼への愛を積極的に証明するチャンスが、今、めぐってきたのだ。これによって私は彼に示すことができるだろう。私が何を措いても守るべきはホームズと、ホームズとの生活であり、それが危機に瀕している今、それ以上に考慮に値するものは何一つないのだのと。

 オックスフォード街で私たちは馬車を拾い、ハムステッドまで行った。そこで馬車を返すと、身を切るような風の中、私は厚地の外套の襟元までボタンをはめ、ホームズはマントをきっちり巻きつけて、ヒースの原のへりにそって歩き出した。
「実際は押し入る必要などないのさ」昂奮を押し殺した声でホームズは言った。「奴は逢引と信じて、裏門にもヴェランダの扉にも鍵をかけずに待っている。扉の内側は書斎で、書類を入れた金庫はその中にある。書斎の奥が寝室でミルヴァートンはそこにいる。猛犬を飼っており、夜の間はそいつが放されて庭をうろついているが、女が来るというので繋がれているはずだ」
 ここだ、とホームズが言って、私は、私たちがミルヴァートン邸の傍に達したことを知った。裏門から難なく敷地に入り、私たちは月桂樹の茂みを横切った。周囲を庭に囲まれた宏壮な屋敷は、どの窓にも明りが見えず、静まりかえっている。そこへ忍び寄る前に、私は黒絹のマスクで顔の上半分を覆った。あとで使おうと言って、ホームズもマスクと脱いだ手袋をしまい込んだ。タイル貼りのヴェランダが建物に沿って延びており、その奥に窓が幾つかと扉が二つあった。

「こっちの扉だ」ホームズが囁いた。「奴は寝室にいるはずだから、まず君の隠れ場所を確保しよう」片手で私の手をつかんだまま扉の一つを押すと、それはたやすく開いて私たちは中へ入った。暖炉が燃え、煙草の煙が濃く立ち込める別世界で私たちはほっと息をついた。火は盛んに燃えており、室内は明るく照らし出されていた。暖炉の横に背の高い緑色の金庫が見える。「あの間仕切りカーテンの向うが寝室だ」ホームズが私に囁いた。暖炉の反対側の横にもどっしりしたカーテンが下りており、外から見えた張り出し窓を覆っているのだと思われた。私たちがそこから入ってきたヴェランダへの扉はその向かい側にあるのだった。
「あのカーテンの後ろに隠れていてくれ。僕はもう一度入り直す」ホームズは窓を指して言い、私の手を離すと音もなくヴェランダへすべり出た。私は足音を忍ばせてそのとおりにし、すぐに抜けるよう懐の拳銃を握りしめた。すぐに扉が叩かれた。もう一度、さらにもう一度、もっと強く叩く音がした。

 寝室との境のカーテンが微かに波打つように揺れた。鋭いカチッという音がして、電灯の眩い光が昼のようにあたりを照らし出した。本能的に、私はカーテンの合わせ目を閉じて息を殺した。強い葉巻の臭いが鼻をつき、足音がゆっくりとヴェランダへ向かう。好奇心に抗しかねて、私はカーテンの隙間を細くあけ、電灯の光の下ではじめてチャールズ・ミルヴァートンを見た。大きな頭の五十がらみの小柄な男で、髪には白いものが混じり、肉づきがよく、ひげのない丸顔に金縁の眼鏡、口の端からは黒く長い葉巻が突き出している。着ているのは軍服のようなデザインのスモーキング・ジャケットで、濃い赤紫地に黒い別珍の襟があしらわれていた。ヴェランダのドアの把手を引くと、「鍵はあいているぞ」と滑らかな声が言った。「そのまま入ってくれてよかったんだ」
 部屋の奥にミルヴァートンが戻ろうとした時、こちらに顔が向いたので、私は再び隙間を閉じた。緊張のため鋭くなった私の耳に、入ってくるホームズの微かな衣擦れの音が届いた。一呼吸置いて、私はまた合わせ目を開いた。

 ミルヴァートンは暖炉の前の赤い革貼りの椅子に腰をおろしていた。上体をそらせ、脚を伸ばして、葉巻はなおもその口から尊大な角度で突き出ていた。その視線の先に、明るいところへ引き出された生贄のように、電灯の光をまともに受けて、長身の、ほっそりした、黒髪の女が立っていた。顔はヴェールで覆われ、マントにあごを埋めている。その息づかいは速く、しなやかな身体全体が強い情動に震えていた。
「時間に正確なのは昔どおりだな」ミルヴァートンは言った。「おや、どうした、なんで震えているんだ? ああ、それでいい。しゃんとしたまえ。さて、仕事の話だが」彼は机の引出しからノートのようなものを取り出した。「君の望んでいるものは金庫の中だ。約束通り、代償を払ってくれればお渡ししよう……おや、これは──」
 ホームズは一言も喋らずに、ヴェールを上げ、マントを床に落ちるままにして、夜会服に包まれた優美な全身をあらわにしていた。黒髪に縁取られた端正な顔がミルヴァートンと向かい合い、強い意志を表わす濃い眉の下で長い睫毛が灰色の目を昏くしていた。まっすぐな薄い唇は危険な笑みをたたえていた。

「君は女に生まれていても十分私の獲物だったな」ミルヴァートンは身体をゆすって笑った。ホームズの表情は変らないまま、眉の間の縦皺が深くなるのが見えた。「誇り高くて強情な女というのも私の好みでね。そういう女のプライドを打ち砕いて従わせるというのはいいものだ。こうして見ると、君はそういう女に扮するのにぴったりの女優だ」
 ミルヴァートンは立ち上がると、葉巻を手に、ゆっくりとホームズのまわりを一周しながら、美術品でも嘆賞するように眺め入った。そして、あいている手を彼の肩にかけて手近な椅子に座らせると、葉巻を置き、身をかがめてその唇に接吻した。私のいるところからはミルヴァートンの、てらてらと電灯の光を反射している薄くなった頭頂部と、両脇にだらりと垂らしたホームズの腕の先で白い指が引きつるのが見えた。私はもう少しでカーテンの蔭から飛び出して、ミルヴァートンの禿げ頭を銃把でぶちのめすところだった。しかしその時、ミルヴァートンが不意に鋭い悲鳴を上げ、ホームズの両肩を突き飛ばしたので彼は横ざまに床に倒れた。

 ミルヴァートンは口を押えて立ちつくし、私は今の声が外に洩れなかったかと耳を澄ましたが、何の物音もしなかった。床から身を起こしたホームズは、帽子とかつらが脱げ落ちていた。口の周りに赤いしみが広がり、それは口元から手を離したミルヴァートンの方も同様だった。口紅と彼自身の血を手で拭うと、ミルヴァートンは床に薄赤い唾を吐いた。
「こんな真似をしたところでどうにもならないぞ」その発音から察するに、ホームズは奴の舌を完全には噛み切ってやらなかったようだった。「私がここで騒ぎ立てさえすれば、使用人が駆けつけてお前は逮捕される。第一、そうなったら困るのはそっちだろう。どうしたんだ、このあいだはずいぶんとおとなしい子猫ちゃんだったの……」
 ミルヴァートンは言葉を途切らせた。いつの間にかホームズの手に黒光りするリヴォルヴァーが握られていて、その銃口が彼の顔にまっすぐ向けられていたのだ。
「金庫を開けるんだ」

「私を殺せるはずはない」声を震わせてそれでもミルヴァートンは言った。「そんなことをしたら貴様もおしまいだ」
「お前が金庫にしまっているものを公表されたらどの道おしまいなのさ」ホームズは低い声で言った。「彼が読むことを恐れているんじゃない。何があろうと彼は僕の味方だし、僕を愛してくれる。だが、僕たちの関係が世間に知れて糾弾され、万が一にも彼と引き離されるようなことがあれば、それこそ僕は生きちゃいられない。あの夜、だからこそ、僕は心乱れて、そこの扉から入ってきて、お前に慈悲を乞うたんだ。そしてお前は僕をあざ笑った。今も一生懸命笑おうとして、唇がひきつるのを止められないようだな、臆病者め。そう、お前は僕と、ここでもう一度こんなふうに対決することになろうとは夢にも思わなかった。しかしあの夜、これからも言いなりになると約束しさえすれば、お前は喜んで無防備な一対一の差し向いで会うと知ったんだ」

 二人はしばらく無言でにらみ合っていたが、やがてミルヴァートンが肩をすくめると、暖炉の脇の背の高い金庫に近づいた。跪いてダイヤルを操作し、磨き込まれた真鍮の握りをつかんで厚い扉が重々しく開かれたところでホームズが命じた。「よし、そこから離れるんだ」そして暖炉の反対側の壁際に彼を立たせると、拳銃をつきつけたまま、カーテンの蔭の私に声をかけた。「ワトスン君、出て来い」
 私が姿をあらわすとミルヴァートンは明るい灰色の目を見張り、それから破顔一笑した。「これはこれは。はじめてお目にかかりますな。あなたがこの御婦人の献身的なナイトか」さすがに、私が彼に向けた軍隊式の拳銃を見ると、その丸い顔から笑みが消えた。
「ワトスン、金庫の中のものをすべて暖炉に放り込むんだ」
 ミルヴァートンは顔色を変えた。「待て。貴様に関係のあるものだけ持って行けばすむはずだろう」
「いや、残らず焼いてやる、お前はもうこれ以上、僕にしようとしたように、他人の人生を破滅させることなんかできやしない。これ以上、僕にしたように、他人の魂を踏みにじったりできやしない。僕は世の中から害悪を一つ取り除いてやるんだ」その顔は暖炉の炎に照らされて悪鬼のようだった。
「やめろ、それは私の財産なんだ」私が拳銃をなおもミルヴァートンに向けながら、片手で書類の最初の束を金庫から引き出すと恐喝者は叫んだ。
「汚れたその財産のために命を捨てたいのか」ホームズは相手の鼻先に拳銃を突き出した。
「私のその財産の中から、ケチな情報を欲しいばかりに」不意にミルヴァートンの声が嘲るような調子に変わった。「昔、さんざんサービスしてくれた顔の綺麗な小僧っ子がいたものだが。それが“奥さん”になるとこうも変るものか。いくらか薹は立ったが、柄にもなく操立てして嫌がるのを無理やりというのも、なかなか乙なものだったぞ」

 ホームズの拳銃が震え出した。右手を左手が押えて引金を絞ると見えた刹那、ミルヴァートンが思いがけないすばやさでその腕を下から払った。拳銃が宙に飛んだ。同時に、私がミルヴァートンに飛びかかり、その頭を銃の台尻で殴りつけた。
「ワトスン、どくんだ」
 言われて私は反射的に飛びのいた。ホームズは、拾い上げ、構え直した拳銃を、頭を押えて唸っているミルヴァートンに向け、二フィートもない距離から続けざまに引金をひいた。「食らえ、食らえ、食らえ」ホームズの甲高い声が響いた。ミルヴァートンの身体は二つに折れて激しく咳き込み、テーブルにつかまって立ち上がろうとしてその上に突っ伏した。それでも身を起こしてよろよろと足を踏みしめようとしたところを、もう一発撃ち込まれてあおむけにひっくり返った。「畜生」かすれた声でそう叫んだきり動かなくなった。ホームズはじっと見下ろしていたが、足を上げると、その顔を柔らかい靴底で踏みにじった。それからもう一度覗き込んだが、相手は何の声も立てず、ぴくりともしなかった。
 
 ホームズは肩で息をしていたが、拳銃を胸もとに押し込むと、機敏な足取りで廊下に通じる扉に近づき、錠を下ろした。同時に、遠くから人声がして、それが次第に大きくなりながら慌しい足音が近づいてきた。驚くべき冷静さで、ホームズは今度は金庫のところへ行き、手紙の束を腕いっぱいに抱えると暖炉の火の中に投げ込んだ。二度三度それを繰り返し、金庫が空になる頃には、誰かがノブをがちゃがちゃ回し、扉を激しく叩いていた。ホームズはすばやく周囲を見回した。テーブルの上にミルヴァートンのノートが、持主の血にまみれて残っているのを見ると、燃えさかる書類の中にそれを投じ、帽子とかつらを拾い上げてそれも無雑作に投げ入れた。髪の焦げる臭いが立ちのぼった。炎がヴェールや造花を舐めて脆い塊に変えるあいだに、覆面をつけ、ドレスを脱いで小脇に抱え、マントを元通り身にまとった。それから彼は、ヴェランダへ通じる扉から鍵を抜き、私を先にして出ると外から鍵を掛けた。「こっちだ、ワトスン。この方向へ行けば塀を越えられる」

 こんなに早く異変が家中に伝わるとは思いもよらないことだった。振り返ると、宏い家全体が煌々と明りをともして闇に浮び上がっていた。正面扉が開け放たれ、馬車道へ人々が飛び出してきた。庭にも人があふれて、私たちがヴェランダから姿をあらわすのを目ざとく見つけた男が一人、声を上げて追ってきた。潅木の茂みの間を縫うように走るホームズに私は続き、少し離れて先頭の男があえぎながら駈けていた。行く手を遮るのは六フィートの塀だったが、ホームズは女の服をその向うに投げ込むと、よじ登って乗り越えた。私が彼に倣った時、先頭の追っ手が私の足首をつかんだが、私は足をばたつかせて振りほどき、ガラス片の植わった笠石を這うようにして越えた。何かの茂みにうつぶせに落ちたところをすかさずホームズに助け起こされ、私たちはハムステッドの広大なヒースの野へと走り出た。二マイルも走ったろうか、ホームズがついに足を止めて耳を澄ませた時、背後は静まりかえっていた。ここまでくればもう安心、追っ手を振り切ったのだ。闇の中で私たちは言葉もなく抱きしめ合い、まだ息を切らしている唇を重ねた。
 

「もう起きるの?」私はシーツの下から手を伸ばすと、ホームズが着ようとしていたシャツの裾をつかんだ。
「レストレードが来る」私は彼の腰に腕を回したが、ホームズはその腕をはずして私の掌に接吻した。「君はまだ寝ていればいい」
 そうと聞いては寝ているわけにいかなかった。事の成り行きをぜひ見届けねばならない。私たちがいぶせき居間でゆっくりと朝食をしたため、朝のパイプをくゆらせているところに、しかつめらしく、もったいぶった、ロンドン警視庁のレストレード警部が案内されてきた。
「おはようございます、ホームズさん、ワトスン先生」と彼は言った。「早速ですが、目下ご多忙でしょうか」
「君の話を聞けないほどじゃないよ」
「もしも、今これといった事件を手がけておいででなければ、ゆうべハムステッドで起きたばかりの事件に、手を貸していただけないかと思ったのです」
「ほう」ホームズは言った。「どんな?」
「殺人です。富裕な人物が自宅の居間で至近距離から弾丸を撃ち込まれるという、非常に劇的な、注目すべき事件です。この種の事件にホームズさんがことのほか洞察力がおありなのはよく存じていますので、アプルドア・タワーズまでご足労願え、助言を頂戴できるなら非常にありがたいのです。どこにでもあるような犯罪では全くありません。殺されたミルヴァートン氏にはわれわれも以前から目をつけていまして、まあ、ここだけの話ですが、ちょっとした悪党でしてね。恐喝目的で手紙や書類を買い集めていることで知られていたんです。それも残らず、犯人たちに焼かれてしまいました。金目のものは盗られていません。かなり地位のある人物が、書類が外に出るのを防ぐ目的だけでやった可能性が高いのです」

「犯人たちと言ったね」ホームズは言った。「複数犯なのか」
「ええ、二人組でした。もうちょっとで現行犯で捕まえられたんです。足跡が残っており、人相も分っています。すぐに見つけますよ。一人は結構すばしこい奴でしたが、もう一人は庭師の下働きに捕まりかけて、小ぜりあいの末逃げおおせました。中背のがっしりした男で、 角張った顎、太い首、口髭を生やし、顔の上半分を隠すマスクをつけていました」
「どうも漠然としてるな」シャーロック・ホームズは言った。「それだけならどこにでもいそうな男じゃない」
「実は、ホームズさんが興味をお持ちになるに違いない点は他にあるんですよ。ミルヴァートン氏には同じ時刻に、女性の訪問者があったのです」
「ほう」
 ホームズの関心を惹くのに成功したと信じて、レストレードは嬉しそうに揉み手をした。

「夜の十一時に女客があると言われて、メイドが裏門のかんぬきを掛けないままにしたそうです。犯人もそこから侵入したと思われますが、ここに一つ不思議なことがあるのです」レストレードはもったいぶって言葉を切り、ホームズと私はじっと次の言葉を待った。「私たちは、オックスフォード街からチャーチ・ローまで男女の二人連れを乗せたという辻馬車を見つけました。時間も事件の直前で、ぴったり符号します。観劇帰りらしく正装しており、女は黒いマントにヴェールの付いた帽子、ちらりと見えたその顔は、秀でた鷲鼻、きりっとした眉に鋭い目で、薄い唇の、それほど若くはないが、すらりとした、とびきりの美人だったそうです。一方、男の方は女よりも背が低いくらいで、人相も体つきも、ミルヴァートン家の庭師の手伝いの言うところと一致します。仲睦まじい様子で夫婦に見えたと馭者が証言しています。私が直接尋問したんですが、あんな女神のような女に惚れられるなんて幸運な男もあるものだと嘆息していました。この二人がミルヴァートン邸の庭を足早に横切るのを、メイドの一人が窓から見ています。客が忍んでくるのは知っていたので、二人であっても不審には思わなかったと言っています。彼女は寝つけずにずっと外を見ており、銃声がして騒ぎになったあと、ヴェランダから男二人が逃げ出すのも目撃しました。ところが、もう一人の男が入るのと、女が出て行くのは見なかったと言うのです。要約しましょう。女は確かにミルヴァートン邸に足を踏み入れた。しかし逃げる姿を大勢の人たちに見られたのは男二人です。二人目の男はどうやって入り、女はどうやって逃げたのか。さあ、ホームズさん、この謎をどう解かれますか」

「残念だが君の力にはなれそうにもないよ、レストレード」ホームズはあっさり答えた。「実を言うとミルヴァートンのことなら、僕もいささか心得ている。ロンドンで指折りの危険な奴と見なしていたさ。そして同時に、法律の手が及ばない犯罪もあるのを知っているから、そういう犯罪に対しては、ある程度、私的な制裁も許されると思っている。いや、議論の余地はないよ。僕の心はもう決まっているんだ。僕は被害者よりも犯人たちに共感するから、この事件を扱うことはこの先もありえない」
 ついに諦めてレストレードが辞去しようと背を向けた時、ホームズと私は目を見合わせた。ホームズはその長い人差指を唇に当てた。そして警部の足音が階段を遠ざかると、元の椅子におさまって私に言った。「連中が無実の人間を捕まえるようなことが万一あれば、その時は反証を挙げてやるさ。そうでもないかぎり手出しは無用だ。何か見つけられるとは全く思っていないけどね」

 そのとおりになった。ホームズが途中で投げ捨ててきたドレスさえ、警察が見つけることはなかったのである(あのあたりの浮浪者と古着屋を当たる才覚がレストレードにあれば見つかったろうとホームズは言った)。十分な時間が経ってこれを材料に短篇を書いた時、私は庭師の下働きが証言し、レストレードが説明した犯人の特徴について、「それじゃワトスン君の人相と言っても通るじゃないか」とホームズが応じ、レストレードが面白がるという愉快な細部をつけ加えた。ホームズの女装について言えば、あれほど見事に本物の女として無理なく通るのは、いや、それ以上に見えるのは、私の知るかぎりでは他にはアイリーン・アドラーと名乗っていた「いかがわしい女として一般には知られていた」人物だけだ。“彼女”の写真をホームズが手元に取っておいたというのは『ボヘミアの醜聞』の中でのみの話で(“ボヘミア王”から実際に贈られたのは嗅ぎ煙草入れてある )、ホームズは確かに彼のthe womanの写真を生涯大切に篋底に秘めていたが、それが彼の恋愛対象だなどと主張するのは、私の小説の「アドラー」が「ホームズ」の恋愛対象だと(そうではないと明記したのにそう思いたがる読者があとを絶たない)言うのと同じくらい馬鹿げている。かの記念すべき短篇第一作との関連を匂わすために、私は『チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン』の最後に、ホームズとワトスンがリージェント・サーカスの手前にあった貴顕紳士、その夫人、世に知られた名花の写真をショウ・ウィンドウに掲げた店を訪れる挿話を入れた。だが、たとえ、彼らがそこに見出したとされる「微妙なカーヴを描く鷲鼻、きわ立った眉、引き結ばれた唇、その下の小さいが強い意志を示す頤」が誰かの写真と一致しようとそれはただの偶然に過ぎない。ゆめお間違いなきよう願うものである。


縦書ビューア推奨です
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by kaoruSZ | 2013-04-30 23:07 | 文学 | Comments(0)
例のしょうもないBBCのドラマについての批判から派生したゴタゴタで嫌気が差したせいで、すっかりツイッターから遠ざかってしまっていた。あちらもいずれ始末をつけねばなるまいが、気分転換も兼ねて書いていた今のところwebでは発表する予定の無い文章が相当な量になったので、その一部を元に書き直したものを以前の「モリアーティはどこから来たか?」の続編としてアップしてもらうことにした。今回も主にモリアーティ教授に関する話題であるが、他にも追加した事柄がいくつかある。

まず「最後の事件」と「恐怖の谷」のベイカー街の部屋での導入部を読み合わせて得られる情報を照合し、前者と後者が矛盾した場合は後者の情報が偽りであることを心に留めて読解すること。そしてその結果として得られる真実であろう主な情報は以下の通りである。

● ワトスンは「最後の事件」で提示される会話以前にモリアーティについてホームズから話を聞いたことはない。当然、マクドナルド警部のような警察の人々にもモリアーティ教授の話をした事実は無い。

● モリアーティが大学時代に書いた著書は「二項定理に関する専門書」であり、「小惑星の力学」ではない。

● モリアーティは名門の生まれであり、立派な教育を受けて数学者としての将来を嘱望されていたが、あるスキャンダラスな噂のために大学を追われる破目になり、ロンドンで軍人相手の個人教師となった。つまり、彼は一度スキャンダルのために社会的信用と輝かしい将来を失った過去がある、脛に傷持つ身なのであり、現在の社会的地位は決して高いとは言い難く、「恐怖の谷」で言われているような「誰にも疑われない非の打ち所の無い名士」ではありえない。

● モリアーティは老年に入ってなお独身者であった。

● モリアーティには弟が一人いる。だがそれは「最後の事件」冒頭で言及されている、兄の死後兄の名誉のために訴訟を起こしたモリアーティ大佐であり、彼は当然ながら「西部のどこかの駅で駅長をして」などいない。

● 「最後の事件」ではホームズの語りとして、深夜のベイカー街の居間でのまるで彼自身のドッペルゲンガーのような(どう読んでも容姿の特徴が重なっている上にこちらがポケットから銃を取り出せば向こうも同じように手帳を取り出す)モリアーティの、文字通りとしか思えない出現と消失という全くリアリティーを欠いた幻想的な場面が挟まれているが、「恐怖の谷」ではホームズはモリアーティを調べまわってはいても本人に直接会ったことは一度も無いと言っている。これについては当然後者の方が事実であり、前者が最初から明らかな嘘として書かれている以上実は矛盾してはいない。

● ホームズはモリアーティの部下の一人に目をつけ、密かにポーロックと名乗る彼と連絡を取るようになっており、おそらくはそれこそがモリアーティの破滅に繋がった。

● ホームズは「モリアーティの弱点はポーロックである」ことを見抜いていた。

● モリアーティは部下たちには「裏切りに対しては死をもって処す」という態度で臨んでいたらしい。ポーロックに対する「疑っているのに問い詰めさえしない」という態度はおそらく極めて異例である。

● ホームズが言うところでは、ポーロックは「気取ったギリシャ風の字体で手紙を書いて寄越し、良心を捨てきれず、おだてにのりやすい」性格であるらしい。これらの特徴は彼がまだ若い男であることを示唆している。

● また、なぜ彼がモリアーティがふいに入ってくるような部屋で、よりによってホームズ宛の密告の手紙などを書いていたのか?実は上の項目に書き出してきた内容こそがこの疑問へのヒントであり、そこから導き出される答えこそが極めて重要なものである。

● ポーロックからの二通目の手紙の差出人の署名が「フレッド・ポーロック」となっていたことの意味。「フレッド」というファーストネームが登場するのはここだけであり、さりげなく署名として紛れ込ませているが実は非常に重要な意味を持っている。ホームズが話している通り、彼自身が名乗ってきた偽名はあくまで「ポーロック」であり、「フレッド」とは、「ポーロックがフレッドであること」を示す作者ワトスンからのヒントなのだ。作者であるワトスンがそれを記しているのは、ホームズがあらかじめそれが「フレッドから来た手紙」であることを知っていたからであり、後にワトスンもまたそれを知ったからである。つまり、ホームズはポーロックが手紙を寄越す前から「彼が何者であるか」を知っていたのである。つまり「ポーロックを見つけ出したければ、この後に続く物語の記述の中に“フレッド”をさがせ」ということだ。(以前「モリアーティはどこから来たか?」で詳述したが、この姓と名前の「半分が本当で半分が嘘」というヒントは、実はモリアーティとモランの名として前例があるやり口だ。)

以上が「最後の事件」と「恐怖の谷」導入部の照合から導き出せる「おそらく事実であろうこと」の一覧であるが、重要な前提を明かすと、「恐怖の谷」のエピソードは作中世界において実際に起こった事件ではなく、ワトスンが「最後の事件」と実際にはそれ以前に起きた「本当のモリアーティ教授に関する複数の事件」の、そのままでは公表できない顛末を変形させた形で描いた、いわば劇中劇のような“小説内小説”である。またこれは実は「バスカヴィル家の犬」も同じなのであるが、こちらはホームズとワトスンの個人的な過去と二人の関係性についての物語としての性質が強く、“種明かし”としては「恐怖の谷」の方がより重要であるといえるが、モリアーティに関しても「バスカヴィル家の犬」で先に明かされている情報があり、また同じシチュエーションの引用によって示唆されているネタもあるため、これも読み合わせる必要がある。答えの一部を明かすと、モリアーティの本当の名前は「バスカヴィル家の犬」に登場するある人物の名前として書きこまれている。

上で「本当のモリアーティ教授に関する複数の事件」と書いたが、「作中世界で実際に発生した、背後にモリアーティ教授がいた事件」は実は合計3つ存在する。これも完全にネタを明かせば、この3つの事件とは年代順に「緋色の研究」「くちびるのねじれた男」そして「最後の事件の前年である1890年に発生し、モリアーティ教授の自殺によって幕を閉じた事件」である。そして「恐怖の谷」とは実はこの3つの事件に「最後の事件」を追加した合成物なのだ。

また、ここまでに全くモラン大佐の名前が出てこないのに気づかれたかもしれないが、実はモラン大佐はモリアーティ教授の部下ではない。それどころか、両者の間に果たして面識があったかすら疑わしいのだが、これも二人の“本当の接点”が何であったかは「空き家の冒険」を読めばちゃんと読者の目の前にはっきり書かれている。

そして上の一覧でも明らかだが、直接登場さえしないにも関わらず、ポーロックは実は非常に重要な人物である。ホームズへのポーロックからの手紙に「これは本名ではないが、といってはたして何ものであるか、ロンドンにうようよしている幾百万の人のなかから、探しだせるものなら探しだしてみろ」と書いてあったというのは、実はドイルからの“読者への挑戦状”であり、「この小説の記述の中からポーロックを探し出してみせろ」という意味である。そして事実、作者の置いたヒントを注意深くたどってみさえすれば、“彼”を探し出すことは可能なのある。

ところで、作中に登場する本当にモリアーティの部下であった人物はポーロック以外にもう一人いる。しかも手紙の差出人としてしかでてこないポーロックと違って、実際に読者の前に姿を現してくれているのだが、それも別々のエピソードに二度も登場しているのだ。つまりレストレードやハドスン夫人のような“お約束”の脇キャラ以外ではマイクロフトの他には例の無い快挙であるのだが、それが誰のことかはぜひご自分で探してみて欲しい。

また「恐怖の谷」の第二部の内容は、実はホームズとモリアーティの組織との間で一体どんな駆け引きや暗闘が行なわれていたのか?という誰もが興味を抱く事柄に対する答えなのである。実はポーロックの「フレッド」だけではないフルネームもこの中にさり気なく書き込まれているので探してみて欲しい。また、彼に相当する人物は男女二人に分割されて登場しているが、この二人は「同じことを言う」のでそれが符牒となっている。ここまでに述べたことを踏まえて注意深く読めばきっと見つけ出せるだろう。

そしてこれも核心となる前提を明かせば、第二部の主人公であり、第一部の被害者と思わせて実は生きていたダグラスの過去の姿として設定されているマクマードとは、実はホームズ自身であり、つまりダグラス=ホームズ=マクマードという等式が成り立つ。これは第一部やエピローグの意味を読み解く上でも非常に重要なので押さえておいて欲しい。ヒントとしては、第一部の密室殺人と入れ替わりトリックは「くちびるのねじれた男」を、第二部のアメリカが舞台のロマンスと冒険、また第一部が殺人事件の推理、第二部がアメリカでの過去の物語という構成は「緋色の研究」を示唆していることを忘れないで読むべきであると言っておこう。

私からのヒントは以上であるが、勘のいい方なら上の文章を読んだだけでも真相の一端には気づかれたことだろう。この一連の謎を解こうとする試みは、その過程自体でドイルの小説家としての比類の無い手腕を存分に堪能できるものであることは保証しておく。ぜひ多くの方に楽しんでいただきたい。
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by kaoruSZ | 2013-04-24 02:29 | 批評 | Comments(0)
tatarskiyの部屋(19) ”Sherlock”に見てとれる「美しい友情」の代償としてのホモフォビアへの反響2】の続篇ですので、先にそちらをお読み下さい。

管理人によるはしがき
“Sherlock”の脚本家の一人(マイクロフト役の俳優でもある)がゲイだとわざわざ教えてくれた人がいる。いや、正確には、シャーロックの感想書いてるあの人それを知らないんだろうかとdisってるのを見かけたのだ。しかしゲイだったらどうだと言うんだ? 度し難い権威主義者め。ゲイであればこそなおさら迎合する/しなければならない場合もあろう。女の書き手がセクシストである例などいくらでもある。出来上がったものが全てだしそこからtatarskiyさんがあれだけ緻密に読んで他人に判るように書いたものに対してよくそんなことが言えるな。 

 しかもそう書いているのが、名前を変えているが以前はbioに「BLの加害性について考えたい」とか書いていたのをtatarskiyさんのツイートに啓蒙されて外した人なのだからこれは恩を仇で返すというものだ。昨日から延々と投じてきたこの連続ツイートはtatarskiyさんを掩護するためのものだからこれは叩いておかなければ。そう思ってもう一度戻ったときにはしかしツイートがごっそり消えていた。相変らず臆病だわ。確かに、他にも鍵アカ相手によからぬことを話していた。見つかりたくなければ私のツイートをRTなんてしなければいいのに。

 ホームズは考える時指先をつき合わせたポーズを好んでする。彼の白い手を繰返し描写するワトスンによってそのことは原作に記しとどめられている。実は他にもtatarskiyさんにweb上で批判された恨みを持つ人が(あの時には同時に救ってももらったはずだが)、彼女に対抗するつもりで(?) ”Sherlock”を持ち上げはじめていると聞いた。なんと、権威主義的でないところが原作よりもいいとほめているそうだが、それが、シャーロックがものを考える時に手を合わせる恰好をするのが権威主義でないと言っているそうだからふるっている。

【反響2】として前回まとめたtatarskiyのツイートに対し相手の「そ @sh_1895」がよこした、客観性を装った失礼で見苦しいリプのRTを下にまとめ、そのあとにそれに対するtatarskiyの発言を掲載した。 
鈴木薫

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RT @sh_1895:@black_tatarskiy tatarskiy女史の呟きはちなみにこちらよりご参考のこと。>RT
[鈴木註:tatarskiyの部屋(19)にまとめられたものを指す。なお、「そ」が参照先を付けたのはこれが最初。] 

2/5より始まり、2/11完了までに合計28のログ。画面で見るには長く判りづらいので、以後引用は最初のログから順に振った番号で行うこととする。確認は各自にお任せしたい。

論の構成は、論の導入(何故自分が今回論じるのかの動機)、BBC某ドラマ内にあるホモフォビックとミソジニーについての関係の再指摘、(途中脇道としてホームズのキャラクターについての一考)、ホモを取り扱った作品についての考察と紹介、最後にそに対する私信。以上のパーツに分かれる。

(1)~(4)呟き:論の冒頭部分だが、まず認識が間違っているため実は意味がなかった。 ・まず、彼女が主張するところの「中傷」が行われていないこと。自説に対する異論を中傷と取るのは間違い。

・他者の呟きに対してリプライ、RTをするかどうかの判断基準はあくまでそ側にあると。 ・物事を論ずるのに「同じ手順を踏んだ上で」と、物事の見方と方法を画一化しようとしていること。←研究者としては致命的。

・そもそもそは自分の雑感を呟いたに過ぎず、tatarskiy女史と論ずる気持ちがまるでないこと。論も否定していない。自説に対する異論を否定と取るのは間違い。

(5)~(10)呟き:ホモフォビックを出せば何故観客が安心するかの説明がない。(現にtatarskiy女史は安心できていない)。

またこの論に沿うと、シリーズ内におけるモリー(男に色目を使う愚かな女の代表例)の成長が説明できない。

(11)~(15)呟き:「また注意深く読めば彼が同性愛者として設定されていることもわかるように書かれています」←論の一角をなす考察であるが、結論はあっても説明がない。

どの話のどの章を読んでそう読み取れるのか、論ずる側として補足が必要。キャラクター考察については人それぞれの感想があるため、そ側からの意見は割愛。

(16)~(18)呟き:BBCドラマシリーズ中、SHには特定の彼女はいないが、Jにはいるという点についての検証と説明があれば可。

(19)~(25)呟き:明確な認識の違い有り。そはtatarskiy女史が世の中に多数ある作品の中から特に、「これは(エロティックな男性同士の絆を扱ってはいるが)ホモフォビックではない」と判断した資料に興味を持ったに過ぎない。

作品そのものを未読と断じるのは間違い。

(26)~(28)呟き:同感です。そのまま貴方へ。

以上を通しての雑感まとめ:tatarskiy女史は結局のところ、論じたかったのか、そを非難したかったのか、恨みつらみを言いたかったのかが全て曖昧。もしも論じるつもりであるのならば、徹頭徹尾そこに集中するべきだった。残念。

以下私信:何かを論じる際には、まず個人的感情を出来る限り混ぜないようにしましょう。文章を読み通していくと、必要ない文が多々挟まっています。「(笑)」などは論外、減点対象です。折角正論を述べようとしてもそれだけで門前払いです。

他人の同意を得たいのならば、得られるに値する文を書きましょう。


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↑RT @kaoruSZ kaorusz.exblog.jp【「tatarskiyの部屋(19)”Sherlock”に見てとれる『美しい友情』の代償としてのホモフォビア」への反響2】完結しました

@black_tatarskiy↑私のツイートの全文はこちらの友人のブログで読める。「そ」氏からの返信も先にRTしておいたが、最初のエアリプとまるで態度が変わっていないのは一目でわかる。どこまでもご自分の体面にしか興味が無いようだ。不毛なのでリプライにするつもりはないが、理解力の欠如については指摘しておきたい。

そもそも彼のエアリプの内容はまったく私の文章の趣旨を理解しないまま、とうてい批評とは言えないレベルのそれこそ“主観的”なキャラや筋書きへの思い入れを格好をつけて呟くための踏み台にしていただけである。あれを“異論”などとは笑わせてくれる。私は主人公たちの関係性に対する「ホモなんかとは違う」という強迫的な差別化の描写からはっきり見てとれるホモフォビアと、それとセットの女性蔑視という構造そのものを指摘していたのにも関わらず、「ジョンがシャーロックに恋愛感情を抱いていたとしても彼は幼稚だから理解できないと思う云々」などという、私が書いた文章とは何の関係も無いどころか、あのドラマを見た感想としても無理のある「頼まれもしないキャラ語り」を並べ立てていただけだ。

そして私は彼へのリプライの中で、あのドラマのそれに限らずホモフォビアとミソジニーの描写は「ノーマルな男性視聴者」のためであること、それは“ホモ”と名指されることは激しく拒みながらも、“男同士の絆”の物語そのものは男性にとって普遍的に希求されるファンタジーであるからであり、あのドラマのホモフォビアとミソジニーの描写も彼らがそれを“安心”して享受するための安全弁であるという「構造そのもの」を重ねて説明している。

ここまで書いたように、私はそうした“安心”が必要とされる構造と、必要としている主体が“ホモフォビックな男性”であることをはっきりと指し示している。女性である私とは何の関係も無い。こんなことは普通は誤読しようがないと思うが。なにが「現にtatarskiy女史は安心できていない」だ。

「モリーの成長が云々」に至ってはなにをかいわんやだ。私は「主人公たちの親密さを示すために、彼らの出会いの場面でその片方に気があるとされる女性を冷淡にあしらわせ踏み台にしている」という極めて具体的かつ重要な場面での“機能”を例示したのであり、そこで道具にされた女性キャラにどんな後日談がつけられていようとまったく無関係な話でしかない。「キャラ」と「おはなし」しか理解できないような幼稚な読解力の持ち主以外には説明するまでも無いことなのだが。

そして私が原作のホームズについて言及した内容もその意味もまるでわかっていない。そもそも私が原作におけるホームズが注意深く読めば同性愛者として設定されていることについて述べたことはあくまで“おまけ”であり、まったく私の「論の一角をなして」などいない。

幼稚な俗物には「ホモかホモじゃないか」という低次元な問題としか理解できないのだろうが、そもそも私の文章の趣旨そのものが「ホモかどうか」などという話では全くなく「絶対にホモなんかじゃない」という線引きそのものの差別性を問題にしたものであること自体を理解できないがゆえの必然であろう。

だからこそ私はグラナダ版のそれを例に挙げ「同性愛者とはされていなかったがまったくホモフォビックではないホームズ像」であり、従ってBBC版のような問題は一切なかったと論じている。また私が原作のホームズについて述べたことは「人それぞれによって違うキャラ語り」などではまったくない。

この場でもう少し親切に補足するなら、原作におけるホームズの推理力と変装の達人としての演技力という、誰にでも読める表層にはっきり記されている彼の特性とは、その同じ表層でワトスンや彼自身によって言及されているように「想像力」の賜物であり、それは彼が「芸術家」であることを示すものだ。

彼が実に頻繁かつ巧みに他者の境遇やそれに基づいた感情を読み取り、また他者が望む役割を演じてみせることができるのも、人並みはずれた想像力と、その源となる感受性に恵まれていればこそである。そしてこれは芸術家にとっての芸術的資質そのものでもあり、事実彼はそう呼ばれそう自称しているのだ。

「白い手」と「甲高い声」を持つ彼はまったくもって明示的に、人の目を瞠らせる魔術師であり、他者になりきる驚くべき演技力を持つ俳優であり、自身うっとりと陶酔しながら歌うようにヴァイオリンを奏でる演奏家であり、そしてその全てが示唆しているように“成人男子の規範”から逸脱した存在である。

誰かさんのように「男の体面」に固執し凝り固まった自我を生きる者に、「他者のありようを想像し、他者になりきる」能力などあろうはずもない。もうおわかりだろう。ホームズの特異な能力とは「制度が定めた男としての規範を生きる者」にはありえないもの──彼の“女性性”にこそ由来しているのだ。

そして「芸術」とそれと結び付けられた「女性性」とは、特に原作と完全に同時代である19世紀末の文学作品(ワイルドやスティーブンソンがその代表例だが)において同性愛を象徴するモチーフとして描かれていたものであり、実はドイルはそうした先行作品からのあからさまな引用を随所で行なっている。

もっと言えば、同性愛と芸術の結びつきの扱いにおいても、ドイルが最初に、そして最大の影響を受けたのは、表面的なジャンルとしての「犯罪小説」や「探偵小説」としてのそれと同様、かのE.A.ポーからのものであろうが、それらについてはひとまず置くとしよう。

だがはっきり言っておくべきなのは、「ホームズが同性愛者として設定されている」ことの傍証となる細部は、それだけが独立したものではなく、他の幾つものテーマと結びついた広がりを持ちながらテクストそのものの至るところに鏤められているのであり、実はそれこそが単純な筋書きを超えた原作の魅力の源泉であるとすら言えるものだ。

逆に「ホームズが絶対に同性愛者であるはずがない」という意見は、それこそ始めから「それ以外の答えを許さない」強圧的な決めつけであり、テクストに対する検閲であり、細部に対する読解の禁止であるにすぎない。

あらためてBBC版の話題に戻ろう。ここまで解説してみせたように、原作におけるホームズの推理力と演技力という特異な才能が、彼の成人男性としての規範からはずれた“女性性”に由来するものである以上、今回のBBC版のようにそうした“女性性”を持たない人物として設定するのであれば、当然彼の能力の性質やその由来にも「原作とは別の理由づけ」が必要だったのだ。念のために言っておくが、これは「ホームズを必ず同性愛者として描かなければならない」ということでは全くない。

何度も言っているが、グラナダ版の場合ホームズは他者と性的な関係を持とうとはしない人物として設定されていたが、物事に対する子供のように無邪気な熱心さと女性的な繊細さを併せ持ち、他者に対して無神経な振る舞いに及ぶことなど決してないキャラクターであり、つまり同性愛者とはされていなくとも、彼の能力は原作におけるそれと同様、成人男性にありうべからざる“女性性”に由来するものとして描かれていたと言える。余談ながらこうした意味でもジェレミー・ブレットのホームズは単なる容姿の類似以上に原作における彼の本質をよく捉えていたと言えるだろう。

だが、あのBBC版におけるホームズの描き方からはこうした“女性性”が全く欠落しており、他者に対して無神経である上にどう考えても不必要にホモフォビックな「単なる頭のいい変人」でしかない。それでいて他者の心情を読み解く能力や変装の達人であるとかヴァイオリンの演奏を好むといった、原作写しの特性だけはおそらく何も考えずに持ってきているのだから、実のところは全く筋が通らない人物造形になっている。繰り返すが、原作におけるそれらは彼の“女性性”と結びついていたからこそ意味のある細部であったのであり、「断じてホモではないし女っぽくもない」ことにしたいらしい人物にそんな特性を付与しても、それは単に彼に「ホームズ」という名前が与えられていることとセットの空疎な記号にすぎないのだ。

もし本当に「原作とは違う、女性的ではないホームズ」を描きたいと思ったのであれば、女性性ではない彼の能力の由来の明確な設定と、ヴァイオリンなどではなくそれを示すはっきりした独自の特性を持たせるべきだったろう。もっとも、ホモフォビアだけはどうあっても言い訳できないが。

しかしながらあのドラマの製作者たちは、大して原作を読み込むこともせずにホームズの能力や特徴の表面的な部分だけを真似しつつ、「人付き合いの悪い変人」という程度の通俗なイメージをなぞるだけで事足れりとし、設定を現代に置き換えたという目新しさを売りにしつつも本質的な独自の工夫も無く、結局のところ彼らがもっぱら腐心してみせたのは、「どうすれば絶対にホモには見えないか」というくだらないにも程がある差別的なこだわりに過ぎなかったのだから、その安直さには溜め息しか出ない。

つまるところホームズとワトスンの関係性の描写も、「人付き合いの悪い無神経な変人が、ワトスンとの友情によって多少は人間らしくなる。絶対にホモではないが、お互いの存在は女との関係より優先される」という程度の、最初から落としどころの見え透いた、極めて陳腐なものにしかなりようがないのだ

前にも書いたが、ホームズの側にも女をあてがっておくという手が使えたなら、彼にあんなにもホモフォビックな態度を取らせる必要はなかったであろう。だがそうすれば、彼にはホームズと名乗る必然性も、ホームズと呼ばれるだけの説得力も持たないことがあまりにも明らかになってしまっただろう。

ホモフォビアが必然的にミソジニーに由来するものである以上、「ホームズは絶対にホモなんかじゃない。ホームズとワトスンの関係がホモなんかであるはずがない」という強迫的なバイアスは、実はそのまま原作で描かれているホームズの“女性性”を決して見まいとすることでしかありえないのであり、つまり同性愛以前に、男の持つ“女性性”そのものが未だにアクチュアルなタブーなのだ。そして原作におけるホームズのキャラクターは、未だにこのアクチュアルなタブーに触れるものなのであり、皮肉ではあるがそうした意味でもまったく古びていないと言える。

そしてあのBBC版でのホームズの描き方は、彼とワトスンとの関係性に対するそれと同様、通俗なホモフォビアとミソジニーによる検閲の結果であるに過ぎず、「こうした描き方しか許さない」という抑圧の反映として以上の価値や意味は、およそ見出しがたいものであるとしか言えない。

あとは本アカの文章の続きに譲ろう。もっとも、そちらもある種の二度手間込みで書かねばならないことを考えると気が遠くなるのだが。純粋に好きなことをするつもりで原作について書き出した当初は、また人の恨みを買うのを承知で文章を書かねばならない日が来るとは思っていなかった。

ちなみに「そ」氏の馬鹿さ加減には事細かにつきあう気は最初からなかったのだが、私がはっきりと書いていることを明らかに自分のプライドのために無視していたのには正直苦笑した。特に、格好をつけたつもりでいるらしい結び。なにが「他人の同意を得たいのなら、それに値する文を書きましょう」だ。

私ははっきり「お前と積極的に話すつもりなどなかったが、一度は示しをつけておかねば済まないから」話しかけたのだと書いたのだが。つまり私はあらかじめ「お前の同意を得たいなどとは微塵も思っていない」と通告していたのだ。読解力の欠如を憐れむべきだろうか。

もっとも、こちらを「女史」呼ばわりしつつ、いかにもこちらが「感情的なだけの女」であるかのように見せかけ、自分は「冷静で分析的な男」ぶってみせていること自体で、それこそ「差別的な男」としての馬脚を現しているが。

元々私の文章について(最初から読解力の欠如丸出しであったが)言及した動機そのものが、自分がいかにも知的で公平に見えるように振る舞うための踏み台として使うために過ぎなかったのであろうが。その踏み台が直接口を利いて自分に文句を言ってくるとはまるで思っていなかったのだろう。

他にも今回私の書いたことについて差別的で理不尽な物言いをしてくる男女はウンザリするほどいて引きも切らない。私がゲイ男性や肩書きのあるクィア研究者であれば、これほど大勢から無礼な物言いを投げつけられることは決してなかったであろうが、私は誰かが言わねばならないことを言ったまでである。

自分の言ったことについては一切間違っているとは思わないし、後悔もしていないが、本来なら私以外に、私より先に言うべきであった人がいたはずだという思いもまた確かである。もっとも、こんな後書きめいた感慨に耽る余裕はまだ無いのだが。ともかく今日はこれまで。今度は本アカの方でお目にかかろう。

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by kaoruSZ | 2013-02-26 19:36 | 批評 | Comments(0)