おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ
夢は永遠に類似物に帰着する類似物である。 モーリス・ブランショ

今朝、谷崎潤一郎の短篇『過酸化マンガン水の夢』(1955年)をはじめて読む。夢の生成過程を身辺雑記的リアリズムの文体でたどることが、そのまま、小説がいかに生成されるかの実演となってゆく驚くべきドキュメント。(2014年3月25日)


『過酸化マンガン水の夢』は、 谷崎と明らかに同一視される主人公が「予」の一人称で語る、「家人」以下、親族の女三人とともに上京した八月八日、九日の出来事と、熱海の自宅へ帰って見たその夜の夢の話である。「予」は、初日は女たちともども「日劇小劇場ミュウジックホール」の「ストリップショウ」を見たあと、田村町の中華料理店で夕食、翌日は、「アンリ・ジョルジュ・クルウゾオ」の『悪魔のやうな女』を日比谷映画劇場で見て、「大丸地下辻留」で鱧料理という、眼と口腹の慾をともに満たしたあげく、帰宅する。ところが、「御馳走の食ひ過ぎ」で腹が張っている上に、心臓に異状を覚える事態になり、不安を紛らわすため睡眠薬を飲んで「半醒半睡の境に入る」

「予」の身体的状況は、それまでに詳細に記述された「食べたもの」の結果だが、彼がその状態で見るものもまた、そこに至るまでに積み重ねられた言葉の結果である。二日に渡る美食は改行の無い文章でページをびっしり埋めていたが、不注意な読者にも分るように、ここでもう一度おさらいがされる。「鱧の真つ白な肉とその肉を包んでゐた透明な半流動体」という記述は、「白い肉」つながりで、日劇の舞台の「実演」で入浴シーンを演じた春川ますみ(「予」が一番魅せられた娘)を呼び起こし、さらに、「葛の餡かけ………ぬるぬるした半流動体に包まれていたのは鱧ではなくて春川ますみ」とあからさまな重ね合せがなされる。この、類似による横滑りが、言葉の、そして夢の技法であるのは言うまでもない。彼が見た映画の記憶もまた、「昼の残滓」としてこの生成に奉仕する。

「校長ミシェルが浴槽にゐる。シモーン・シニョレの情婦がミシェルを水中に押し込んでゐる。(…)濡れた髪の毛がぺつたりと額から眼の上に蔽ひかぶさり、その毛の間から吊り上つた大きな死人の眼球が見える」――『悪魔のやうな女』の冒頭には、見ていない人に結末を言うなという断り書が出たという。そう記しながら、平気で「予」は、食べたもの同様、懇切丁寧に、誰が犯人かは勿論、映画の細部に至るまで、微に入り細をうがって描写し尽しているのだが、これは、それらが鱧や中華料理と同列の夢の素材として、徹底的に利用されるからこそである。

 夢と言うよりは「半醒半睡の」入眠時幻覚として(といっても、そう思っている時すでにそれは夢なのだが)現れてくるものは、回想であるとと同時にその場で生成される幻覚、スクリーンに見る物質的な投影と主観的には変ることのない現実性を持つイメージだ。それを実況的に語りつつ、「その時もう一つ奇怪な幻想が這入つて来た」と「予」は告げる。「もう一つ奇怪な幻想が」――それは「予の書斎」の、「予の専用の水洗式の洋式便所」の便器の中の情景だ。ここで、今食事中の方はと断った方がいいのかもしれないが、しかし「予」自身も、「日本式水洗ではあまり露骨で見るに堪えないが、洋式のものは水中に沈んでゐるのでアルコール漬の摘出物を見るやうに冷静に観察し得る」と言っているし、私自身、パン屋兼カフェのカウンターでパンを食べ終り、珈琲の残りを飲んでいる時、このくだりにさしかかったが問題はなく、後述するように、夢の中の物はつねにそれとは別の何かなのだから、諒とせられたい。表題の「過酸化マンガン水」の名がここではじめて出てくるのだが、それがたとえば足穂風の理科趣味として受け取られることこそあれ、便器に注ぎ入れる赤い消毒薬だなどと誰が想像するであろうか。

 しかし、それはあくまで現代から見てのことであって、当時の人々には消毒薬として知られた名前だったらしい。つまりこの名前だけで、それが赤い液体の夢であることは当然理解されたものであるようだ。
 
 語り手は、過去に、「便通の度毎に水が真紅に染まるのに気づき」不安な数日を過したことがある。しかし、「それは朝食にレッドビーツ(サラダ用火焔菜)を好んで食べるのが原因であることが分り、安心した」。胃潰瘍の下血と違い、「レッドビーツの場合は実に美しい紅色の線が排泄物からにじみ出て、周辺の水を淡い過酸化マンガン水のやうに染める。予はその色が異様に綺麗なので暫時見惚れてゐることがある。その紅い溶液の中に浮遊してゐる糞便も決して醜悪な感じがしない」

「過酸化マンガン水」とは、ネット検索したところでは、「過マンガン酸カリウム水溶液」が誤ってそう呼ばれていたとのことである。 「分析試薬としてお馴染みの過マンガン酸カリウム水溶液も,その昔チフスやコレラなど消化器系伝染病の患者の排泄物の殺菌処理に使われました.谷崎潤一郎の「過酸化マンガン水の夢」という作品はまさにこの強い紅紫色がテーマになっています」http://www.kagakudojin.co.jp/special/qanda/index07.htmlと、恰好の解説があった。「過酸化マンガン水」とは、そもそもそういう用途に使われるもので、ここでも、その結果、水を赤く染めていたというわけだ。また、谷崎は「奇怪な幻想」と呼んでいるが、「予」は食べ過ぎでお腹が張っているのだから、ここで排泄物が登場するのは実はなんら不思議ではない。

「予」が「決して醜悪な感じがしない」と言うそれは、「他の物体の形状を思ひ起させ、人間の顔に見えたりもする」。そういうが早いか、たちまちそれは思ったものそのものになる。すなわち、「シモーン・シニョレの悪魔的な風貌に」変り、紅い溶液の中から「予」を睨むのである。「予は水を流し去ることを躊躇してぢっと視つめる」。すると顔は、「粘土が崩れ出したやうに歪み、曲りくねつて又一つに固まり、ギリシア彫刻のトルソーのやうになる」。シニョレの顔変じて、「高祖の崩後呂后に妬まれて手足を断たれ、眼を抜かれて 厠の中に置かれた」戚夫人、すなわち「人豚」になっているのを「予」は見る。

「予が過酸化マンガン水の美しい紅い溶液の中に四肢を失つた人間の胴体、牝豕(めすぶた)の肉のかたまりに似たものが浮かんでゐるのを見てゐると、『御覧、その水の中にゐるのは人豚だよ』と云ふ者がある。振り返ると予の 傍に漢の皇太后の服装をした婦人が立つてゐる。『あッ、この人豚は戚夫人ですね』と云つて予は思はず眼を蔽ふ。予は予の傍にゐる貴婦人が呂太后であり、予自身は考恵帝であることを知る」

「透明な半流動体」に包まれた「鱧の真つ白い肉」―「葛の餡かけ」―「ぬるぬるした半流動体に包まれていたのは鱧ではなくて春川ますみ」と、故意に混同され、ひとつながりにされた食欲と性欲の対象は、「予」によって消化され、というか、ほとんどどそのままの形で肛門から出てきて、過酸化マンガン水の紅い溶液の中に浮ぶ。これは男の出産の夢、昼のものとして重ねた言葉が変形されて作品をかたちづくるのと同様に、腹に食べ物を詰め込んだ結果、排泄物として形成された作品を、水中の異形のものとして見出す夢なのだ。血かと思われた水に混じる紅い液体は、レッドビーツであり、過酸化マンガン水であり、しかもなお分娩に際して排出される血液を含んだ体液でもある。その中に浮んでいるのは、彼の作品であると同時に、四肢を失い眼をえぐられた人間、すなわち去勢された彼自身に他なるまい。

 彼をそのような目にあわせたのは『悪魔のやうな女』のシモーヌ・シニョレのような女なのだろう。彼女は睡眠剤を飲ませた愛人を浴槽で溺れさせる(「予」が帰宅した夜、睡眠剤を飲むのと重なる。また、一日目の午後、旅館で昼寝をしようとして、暑さと建築工事の騒音のため、「已むを得ず」「久しく用ひたことのなかつた睡眠剤を少量服」したのもすでに伏線であった)。

 さらに、すでに引用した「その毛の間から吊り上つた大きな死人の眼球が見える」とはまるでバタイユの眼球譚のようだが、本当は、死人ではなく生きていた男 (ポール・ムーリス演じる校長ミシェル)が、殺された時と同じ恰好で浴槽に漬かっているのを、シニョレが、共犯として抱き込んだ校長の妻(夫は死んだと信じている)に見せ、するとミシェルが「満身にびつしより水をしたゝらしつゝ浴槽から立ち上」るので、心臓の悪い妻は白目を剝いてその場でショック死するが、この時ムーリスが「死に顔を一層怖く見せるために嵌めていた義眼を「両手を眼の中にさし込んで」取り出す」のは、観客の方が目を蔽いたくなる去勢の実演だったのである。

「予」が浴槽ならぬ便器の中に見出すのは、最初シニョレの顔であるが、これはもちろん、本当は自分であるのが偽装されているのだ。これに先立ち、東京から戻っていったん就寝した「予」は、傍の「家人」が夢にうなされ呻き声を上げたので揺り起こす。その後、彼自身が睡眠剤を飲んで夢の実況語りとなるのだが、在京二日目の午後、女達は「予」とは別行動をしながら、やはり日比谷映画へ行って同時刻に同じ映画を見ていた。しかし「予と約束した時間に遅れることを懸念し、中途で退場」したと聞いた語り手は、「いつたい家人は彼女自身が心臓が悪いと医者に云はれてゐ、平素ショックを受けることを恐れてゐた」ので、「中途で退場したところを見ると、矢張幾分ショックを恐れる気持があつたのかと察せられる」と言っていた。その時には他人事[ひとごと]だったものが全て、ここでは「予」にもかかわってくることになる。

 即ち、妻の心臓の弱さが彼にも伝染したかのように、「久しく起らなかつた脈拍の結滞」――「何か心臓に異状のあることが察せられあまり気持のよいものではない」が「起りつゝあ」ると感ぜられるのである。「過食する時に起り易い」と医師に忠告されていたそれは、「此の二日間の鮎や牡丹鱧や八宝飯や芙蓉魚翅の祟りであること云ふまでもなし」なのだから、作品の素材をぎっしりと詰め込んで腹を脹らせたあげくに〈女〉になって出産しなければならなくなるのは当然だろう。夢に先立っては、「家人」の心臓の不調に倣うかに、「胃の真上の鳩尾の辺」がピクリピクリとしたし、夢の終りで、「御覧、その水の中にゐるのは人豚だよ」と言われた時は「目を蔽ふ」しぐさをしているが、これは前日、映画館でミシェルが「両手を眼の中にさし込んでその義眼を取り出した時」、「予の隣席にありし婦人が微かに『あッ』と言つて顔を」蔽った身振りを正確になぞっているのだ。

 勿論それは、婦人に倣うしぐさによって自らを女性化すると同時に、「目を蔽ふ」身振りによって、逆に、蔽わねばならぬ眼が失われていないことを証明しているのであり、「予自身は孝恵帝であることを知る」とある通り、水中の女の顔(女である彼自身の顔)も、眼球損傷と去勢の不安を伴うミシェル‐人豚のイメージも己からは切り離し、最終的には帝である男としての自身を確認しているのだと言えよう。

 水中の顔は、これより三十七年前に発表された『人面疽』を思い出させる。若い谷崎の映画への強い関心を窺わせるこの短篇では、女優の膝に醜い男の顔が取り憑く。正確には、小説内映画としてそういうフィルムがあり、主演女優は身に覚えのないうちにそのような作品を撮られてしまったと主張する。女が「膝の腫物」にガーゼをあて、固い靴下をぴったり穿いていたにもかかわらず、人面疽が歯で靴下を食い破り「鼻から口から血を流しながら、げらげらと笑つて居る」というグロテスクな場面をクライマックスとするこの短篇について、野崎歓は次のように書いている。「美しい女の脚に隠された秘密の暴露とは、すなわち女の恥部の暴露であり、結局のところは性器の露出そのものではないか」

「ここで成就されているのは、自らが女性性器にとって代わり、恥部そのものと化すことによって、女性におけるファロスの不在をなおも隠蔽しようとする、究極のフェティシストの欲望なのである。しかもそのそのとき、彼はすでに四肢も胴体も失い、ただ醜い顔だけの存在となりはてて女の脚に張りついている。それはいわば度を越して去勢されてしまっ たものの姿なのだし、捨て去られたファロスが浮遊していって女の脚に取り憑いたという奇怪な図でもある」(『谷崎潤一郎と異国の言語』)

 一見して、『人面疽』のヘテロ‐男根中心主義[ファロサントリスム]は紛れもない。野崎は、女の顔の美と性器の醜の「不整合」こそがエロティシズムの源だという有名な言説も援用しているが、ここで抑圧されているのが《美しい男の顔》であるのは言うまでもなく、あらためて見るなら、ジョルジュ・バタイユは何とミソジナスでホモフォビックであることか。

 野崎は、バタイユについて、「女性性器の『おぞましさ』に拘泥するそうしたエロティシズム論には、いかにも古典的フロイト主義の分析をまぬがれないような、去勢コンプレックスや女性恐怖の影が色濃く落ちている」とコメントし、「ただし、おぞましさを『恐ろしい醜男』の顔で置き換える 「人面疽」の映画のシナリオには、さすがに谷崎的な「Masochisten」ぶりが横溢しているではないか」と谷崎ならではの特質を抽出し、さらにそれを映画技法そのものへと繋げる――「焼き込み」すなわち一度撮影した上にさらに別の絵を撮影する「二重焼き[ダブル・エクスポジャー]」が映画の驚異を可能にするというのだ。「そもそもここで語られている人面疽とは、まさに女の脚と男の頭の『ダブル・エクスポジャー』そのものではないか」

 間然するところのない論のはこびであるが、今私たちが問題にしている短篇を、これとともに読んでみたとするとどういうことになろうか。

 小説内映画「人面疽」は、これまでの引用でも分るように、勝ち誇るファロス(しかもそのクロースアップ)の、けたたましい哄笑で終るフィルムである。ガーゼや靴下で押え込まれていたのを食い破って出現してきたそれは、母の腹を破って出てきた胎児さながらで(のちの『エイリアン』での、口から強姦された男の胸を突き破って出てきた怪物の孵化をも思わせる)、確かに出産の一方法ではあるのだろう。 対する『過酸化マンガン水の夢』の「夢」では、男が水洗便器の中に、赤い液体に浸かった女としての自身を見る。それは女の顔から、胎児の不定形と可塑性のうちに変容し、手足を切断された「人豚」という肉塊になる。最後に、それは「戚夫人」と呼ばれ、見ている彼は「孝恵帝」と呼ばれて夢は終る。

 名づけることによるこの同定は、しかし仮のものでしかないだろう。“それ”は本当は何なのか。『人面疽』の「二重焼き」は、女の脚と男の頭にはっきり分けられるものを、たんに重ねたに過ぎなかった。観客の前に露出することのできない、見せることのできない女性器の代りに、ファロスたる男の顔が大写しになる。 だがこの場合、それと重ねて“エクスポジャー”された女の脚とは、そもそも女にファロスが無い事に耐えられない視線がそれに直面する寸前に見出したファロスの代理なのだから、なんのことはない、それはファロスの二重写しであって、女など存在しないのだ(だからこそ主演女優には、映画を撮られた記憶がないのだろう)。

 先程の引用において女性器は「秘密」「恥部」「おぞましさ」と呼ばれ、隠されるべき何ものかとして扱われていた。一方、男の頭――人面疽――の方は、 membreの切断という点で明らかに去勢を受けたものでありながら、頭部=男根という上下の入れ換えによって「捨て去られたファロス」でもありえ、 女性の「ファロスの不在をなおも隠蔽しようと」してその脚に取りつくが、それが隠すものは、(脚自体がファロスの代理なのだから)ファロスの不在でさえないだろう。『人面疽』において起こっていたのはこうした奇怪な事態であった。「鼻から口から血を流しながら」という「人面疽」の最期の姿は、 それが実は女性器であり、開口部から血を流しているありさまであると見ることが可能である。しかしそれは、通常、女性器とは受け取られまい。人面疽‐男の顔がいかに醜悪であろうと、それはスクリーンに絶対“エクスポジャー”されてはならない女性器のように「おぞましい」ものではついにありえないのだから。

『過酸化マンガン水の夢』においては、『人面疽』ではあからさまに流されていた血が、もはや血と呼ばれることすらない。最初血であることを心配された液体は、レッドビーツの色素へ、過酸化マンガン水へと横滑りして、男性(皇帝)であることを辛うじて保証された谷崎のまなざしの下で静かに“それ”を浸している。『卍(まんじ)』の光子が偽の流産を演じるのに血のりを使ったことを思い出させる、偽の血液に浸された、男根でも女性器でもないものが、その誕生の起源を語る物語を谷崎に綴らせた。『過酸化マンガン水』は、こうして作品の誕生の光景に私たちを立ち会わせるものになったのだ。
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by kaoruSZ | 2016-01-09 09:50 | 文学 | Comments(0)
悲しみの安良
 善峯寺で床を並べて寝た夜に、渥美が、死ぬことのたやすさについて唐突に語り出しはしても、なぜ死にたいのかについては何も言わなかった理由はいまや明らかだろう。「わては死ぬくらゐなことはなんでもないこつちや思ひます」と渥美が言うのは当然だ。渥美はもう死んでいるのだから。しかし安良には、渥美の死んだ理由がわからないので、それについては何も言わせることができないのだ。つまり、本当は安良は、この愛の対象を理解などしていない。ただ、渥美が「けがらはしい」つながりなど求めず、ナルシスティックに閉じたまま、「清らかに」死んでしまった者だと見えている。

 安良が自身の外見に無頓着なのは、渥美にかえりみられなかった自分には価値がないから、どうでもいいと思っているからだろう(意識しているかは別にして)。上級生に言い寄られても応えないのは、失った渥美と似た者になるよう、彼をなぞっているからだろう(これもほとんど無意識に)。
 
 こうしたことがわかってはじめて、岡沢への安良の態度も理解できるというものだ。「悲し」という語は、安良に手紙を渡した岡沢に対して使われるのが初出である。逃げ出した安良が振り返り、「此方を凝視めて、あがつた肩も淋しげに、自分を見おくつてゐる男を、悲しむ心が湧いて来た」というくだりだ。

 これは恋を知らない天使が、そんなものにかかずりあって苦しんでいる、自分とは無縁の地上の人間に、憐れみをかける心が湧いたということではない。手紙の返事の期限が今日だったと気づき、それまで「返事を書かうとは思ひもよらなかつた」けれど、「今、あざやかに、返事を待つといつた時の、あの男らしい顔に漲つてゐた、憐みを請ふやうな、悲しい表情が思ひかへされたのである」という時も、その「悲しい」表情に同情が湧いたわけではあるまい。安良が見ているのは一年前の自分であり、その悲しみなのだ。岡沢と違って安良は手紙を送る機会も逸してしまった。

「悲し」はあと七箇所あるが、うち五箇所までが渥美に関係のある文である。いや、渥美に直接関係がないと見えても、そう読んだ時にはじめて意味がはっきりする、そこで渥美のことが思い出されている(たとえ安良の意識には上らずとも)という指標が、「悲し」なのである。

 先に引用した、湯上りの安良が「肩ごしに後姿を見ようとして、さまざまにしなを」作り、「その度毎に、色々な筋肉の、皮膚のなかを透いて見えて、いひしらぬ快い感覚に、ほれぼれとなつてゐた」直後にも悲しみはある――

すと彼の心を過ぎつた悲しいとも、楽しいとも名状の出来ぬ心もちがある。

 これは、鏡を見ることがたんなる自己陶酔ではないからだろう。岡沢に欲望される、しかし渥美には振り向いてもらえなかった自分を見ているからだろう。また、せっかく一泊旅行を許されながら、彼は同級生の斉藤と一緒に行くと叔母に余計な嘘をついてしまい、「どうして嘘などをいふ気になつたのだらう、と悲しくなつて来る」。

 これは普通の意味でも一見通るが、しかし安良の罪の意識は、渥美をめぐる「悲しさ」と密接に結びついている。

彼には渥美が近づきがたい人のやうに見えた。自身には「倍旧の御愛顧を」と書いてよこした岡沢が似合はしく思はれて、悲しくなる。

 これは例の「倉の影」で、渥美の手紙を読むくだりの中の一節だ。

 渥美が自分にそのような手紙を書くとは安良には信じられず(実は安良自身の思いが書かれているわけだから)、自分の渥美への心もちが、実は岡沢に対するのと同じ「むさい処に根ざし」ていると思うと、清らかな渥美を汚すようで、渥美にはとても近づけないと思うのだ。そのことと、大和から帰ったばかりで、また出かけるとはとても言い出せないという思いとが、ここには隣接して置かれている。結局安良は、父のさとへ行くと家には言い、それを嘘にしないために姉の家に泊り、三日後、大阪の家へ帰ると言って(これは嘘になる)京都の西山へ駆けつけたわけだが、それについてはこう語られる。

こんなにしてだんだん悪事に馴れて、とゞのつまりは救はれぬ淵へおちて行くのだと思ひかけると、堕落の日をまざまざと目の前に見てゐるやうで胸がせまつて来る。かういふ心でのめのめと、仏のやうな人の前にゐる自身が鞭うつても慊らなくつらにくゝ感じられて、悲しくなつて来る。

 ここでも再び、旅行に関して叔母や母に嘘をつくことと、「仏のやうな」渥美の「前にゐる」(実際には隣に寝ているのだが)ことの「悲しさ」が隣接している。浄瑠璃を聴きながら、安良は「あどけない長吉の画策の、しだいに崩されて行くのを悲しんだ」が、安良のつく嘘は明らかにこの「画策」にあたる。「こんなにしてだんだん悪事に馴れて、とゞのつまりは救はれぬ淵へおちて行く」だの、「堕落の日」だの、いかにも大袈裟に聞えるが、結局のところこの罪悪感は、隣りあっている性的なものの方が正体で、安良が進んで犯したり言い立てたりしている嘘つきの罪は、軽い罪を言い立てて本当の罪を覆い隠そうとするものだろう。

 斉藤と一緒だと嘘をついた自分を悲しむ安良は、「こんなしらじらしい嘘に、誠らしい顔をつくつて叔母をだました、あさましい心は、罵つても罵つても慊らなかつた」が、「あさましい」という語がこの小説で他に出てくる箇所はただ一つ、蜜柑畠の野番小屋の中を見た時である――

つきあげ戸から覗きこんだ彼は、そこにあさましいものを見て、思はず二足三足後じさりした。

道行
 残る二つの「悲し」は、渥美と渓川へ行ってから崖縁に至る道行の際、まさに渥美を目の前にしてのものである。

裸形をはぢらふやうに、二人はわかれわかれに着物を脱いだ。さうして、四五間もはなれて水の上に首だけを出してゐる渥美の姿を見まい見まいとした。泳ぐことを知らぬ彼は浅瀬に膝をついて、青く流るゝ水の光を悲しんだ

 何を悲しむのだろう? 安良が泳げぬことは、すでに夏休みに入った当初の「大川」での水泳の時間に明らかにされている。「彼は一年の時、二年の時、毎日欠かさず夏中通ひとほした。けれども今におきにからだは浮かうともせなかつた」。

 何でそんなに上達しないのかいぶかしまれるくらいだが、それでも彼は大川では水に入って、「炎天の下に、とろりと澱んでゐる水の、ひたひたと皮膚を撫でゝ行く快さに、目を細めてぢつとしてゐることなどもある」というのに、なぜこの渓川では浅瀬より先へは入らないのか。

 渥美はと見ると、すこし川上の岩に這ひ上[アガ]らうとしてゐる。岩は水から三四尺つき出てゐて、そのまはりには深い潭[フチ]がとろりと澱んで見える」と全く同じ言葉で描かれているのに。大川の「とろりと澱んでゐる水」の中では、安良は岡沢に抱きすくめられ頬にキスされている。それと対照的にここでは距離を保つのか。

「水の光を悲し」みながら「鳥膚のやうに粟だつた腕を摩[コ]すると、赤らみの潮[サ]して来るのをぢつと見つめてゐると、わけもなくよすがない心地が湧いて来る」。「わけ」がないわけはあるまい。渥美は安良の方も見ずに、「あちむきに岩の上にすつくと立つて、うつゝなく水の面[オモ]に見入つてゐる」のだから。

 本当は安良はひとりぼっちなのだ。渥美のいるところへ行くには「とろりと澱んで見える」「深い潭」を越えなければならないが、もしもそこに踏み込むなら ば、泳ぐことを知らぬ安良は必ず死ぬ。だから彼は浅瀬に膝をつきながら、「青く流るゝ水の光を悲しむ」以外にないのだろう。

 二人並んで淵に臨んで腰をおろしても、友は「項垂れたまゝ青ざめた頬を手にさゝへて、吸ひつけられたやうな目つきをして、淵の色に見入つてゐる」というナルシスのポーズを崩さない。その時の安良の様子はこう記される。

彼は悲しくわなゝいた。青い月光の光を夢みるやうな目をあげて時々空を仰いだ。

「青い月光の光」が何を指すか、それを夢みるとはどういうことか、最早明らかだろう。そして「悲しくわななく」安良の隣に本当は誰もいないことも。

 川から上がるより先に、もう帰ろうかと安良は渥美に声をかけられている。「『もうお寺いいにまへうか』彼は夢心地からよび醒まされた」。だが、うたたねからさめて渥美が現れるのと同じで、夢心地から醒めたところもまた夢なのだ。彼らは別に一緒に死のうと計らって出てきたわけではないし、この時もそんなことはまるきり言っていない。並んで淵を見つめたあと、「さあいにまへう」と渥美がまた言って二人は帰路につく。

 ところが渥美が 「釈迦ヶ嶽。あれが」と指をさすのに「こつから、よつぽどありまつしやろか」と安良が尋ね、そうでもないと相手が答える。そして「人ずくなゝ寺のうちにゐても、唯二人でないといふことが、彼には不満であつたのだ」という安良の内心を語る声は、即座に、「そんならのぼりまへう」という渥美の言葉で受けられる。「恐ろしいまでに自身の胸のうちを直感した渥美のことばに」「ぎくりと」する安良ほどにも、研究者は驚かないのだろうか。これを現実の出来事、現実の会話だと信じてしまうのだろうか。

 急な山道を登るうち「ざはざは薄原を踏みわけて来る物音がする。恐しい野獣の姿を思うておびえあがつた。けれども瞬間に、二人だ、喰ひ殺されたつて心残りがない、と思ふた、その恐しい時の来るのを一刻も待つ様な心が湧いた」という安良の盛り上がりようを異常だと思わないのだろうか。しつこいようだが。停車場での出会いで名前が出るまで、渥美はこの小説に全く登場していなかったのだ。富岡氏は、折口の弟子たちが渥美のモデルとする中学の同級生を、折口の片思いで心中するような仲ではなかったと書くが、それを言うなら渥美と安良も同様だ。

 勿論野獣は現れない。

目の前の草をわけて出たのは、白衣姿の巡礼で、
「良峰[ヨシミネ]さまへ行くのはこれかな」
と問ひかけた。
「大[オホ]きに大きに」
渥美のをしへた道をどんどん下つて行つた。


 この巡礼を出すのも実に旨い。現実効果について言うのではない。あとでこの中年男は貴重な証言者になるはずだから。一年前に自殺した住職の甥の同級生で、現場へ参りたいと一人で渓川へ降りた少年が戻ってこないと騒ぎになった時、この巡礼は、釈迦ヶ嶽の頂へ向う少年に会ったと話すだろう。ここへの道を教えてもらった、連れはなく、一人きりで登って行ったと。

 これまでの間に、渥美と安良は一緒に死のうと言いかわしたわけでも何でもない。「わては死ぬくらゐなことはなんでもないこつちや思ひます」と渥美が言い、「私も死ぬ」という言葉を発するのを安良がぐっと抑えただけである。渥美がその気でないのではないかという疑念があったからだ。自分の申し出を喜んで受けてくれるかどうか、確信がなかったからだ。去年渥美が安良のことなど眼中になしに一人で死んでいるからだ(それなのに、今になって来てくれという手紙をもらった。手紙を読んで「ほのかに渥美を怨む心が、ふつと安良の胸を掠めてとほつた」という文句の意味は、そう考えなければ通らない)。

 しかし今、渥美の意図には何の疑いもなく、安良は相手が自分の思うとおりに動いてくれることに驚きながら、苦しい胸を撫でてもらい、「渥美が先に立つて、時々仆れさうになる安良の手をとつてのぼつて行く」。

二人がかうした処をあるいてゐることを、叔母や母は知つてゐさうに思はれた。家人の冷やかな眼の光が胸を貫いた。今にも世界を始に戻す威力の、天地を覆へす一大事が降りかゝつて来さうに思はれた。(…)しかし、二人には目に見えぬ力が迫つて来て、抗ふことを許さなかつた。

 これが現実の出来事であるとどうして思えよう。「渥美の胸にあたまを埋めてひしと相擁いた」あと、「細い踵を吹き飛ばしさうな風の中を翔るやうに、草原をわたつて行く」渥美に導かれて安良は崖の縁[ヘリ]に立つ。

「漆間君」
「渥美君」


とかたみに名を呼び、

「死ぬのだ」といふ観念が、二人の胸に高いどよみをつくつて流れこんだ.。(…)二人の掌[タナゾコ]は、ふり放すことの出来ぬ力が加はつたやうにきびしく結びあはされてゐる。ぶるぶると総身のをののきが二人のからだにこもごも伝はつた。氷の如き渦巻火[ウヅマキヒ]のやうな流が、二人の身うちを唸をあげてどよめ きはしつた。今、二人は、一歩岩角をのり出した。

 二人、二人、二人、語り手はたたみかける。本当に二人なのかは訊くまでもあるまい。

 驚くのは、安良がここで死んだと思う(或は死んだかどうかは分らないが、と言う)人たちがいることだ。ほとんどトランス状態に見える語りだが、一方で安良の帰路はちゃんと確保されている。捜索隊のために証言してくれるはずの巡礼の小父さんもそうだが、安良が金づちで水に入らないのもすでにそうである。 泳ぐことを知らぬという“口実”なしでは、彼は岩の上に這い上がって「あちむき」で水の面に見入るセイレーンの誘いを受けたと信じ、とろりと澱む深い潭[フチ]に容易に身を投じたであろうから。そして渥美の死んだのと同じ淵にはまって死に、同時に岩の上に立つ幻影も消えて、物語は終了していたであろうから。

 潭を越える代りに彼は、「青く流るゝ水の光を悲し」み、そして幻覚のうちに渥美と擁き合い、手を取りあっての死を選ぶのだが、そこはさも恐しげに書かれてはいるが、「黒ずんだ杉林が、遥かに遥かに谷の底までなだれ下つてゐ」るので、「白い岩」にぶちあたりでもしなければ十分安良を受け止めてくれそうだ。

「『死ぬのだ』といふ観念が、二人の胸に高いどよみをつくつて流れこんだ」り、「氷の如き渦巻火」というオクシモロンが流れとなって「二人の身うちを唸をあげてどよめきはしつた」りと、まるで実行されなかった入水の代りを修辞が務めるようなクライマックスは、こうして、渥美が消滅し、安良が真実を思い出すことを予感させて終る。

続きはtwitterで随時進行中。https://twitter.com/kaoruSZ

別セリー

『釋迢空ノート』メモ 
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by kaoruSZ | 2015-10-18 12:00 | 批評 | Comments(0)
水鏡
 偶然声をかけて来た男・柳田が、渥美(しかもそれはその時はじめて出てくる名前だ)の従兄だったり、そのあと家に帰ると渥美から手紙が届いたりするのを、富岡氏のように「不自然」と言い、渥美はおとりで、渥美と柳田は同一人物だと言ったり、「事実は、三和の山もとで何らかの性的関係を受けいれた折口そのひとが、いずれかの寺に滞在し、おそらく得度している男性に会いにゆくという流れは、一連であり、おなじ人物ではないかという推定にふくらむ」となけなしの下司な想像力をふくらませ、「小説のうえで二人の人物に分けたことには運びとして無理があると、富岡氏も認めるところ」(いづれも『釋迢空ノート』解説)と、訳知り顔したりするのは、この不自然さが作家の意図してしたことであり、彼の天才の発現であることにまるで気づかず、作家折口への敬意を最大限に欠く振舞いである。

 渥美に「心をよみつくされ」、「胸のうちを直感され」ているように安良が感じるという記述こそ、不可解で不自然であるが、もともと、停車場でいきなり渥美という名が出てきたところからすでにおかしかったのだ。渥美こそはじめから隠されていたものであり、テクストがはじまる前にあった事件の核心であり、のどかに進んでゆく五月、六月、七月を経て夏の終りに、去年の同じ時期にあった事件の一年後の再会のために用意されていたものである。

 寺に泊った翌日、安良は「起きるとすぐ帰るといひ出した。しかし、渥美のとり縋るやうな目つきに惹かれては、たつてともいひはれなくなつた。どうなりとなれ、といふ気で、まう一日をることにした」。そして渥美に連れられ渓川へ行く。

 遠い昔のことになってしまったが、『死者の書』に関連して、『口ぶえ』原文は読み返さぬまま持田氏の論文から幾つかの文を引いた。
「安良は二人の上級生に心惹かれるが、二人は対極のタイプである」
「かたや肉欲、かたや精神性を強調される岡沢と渥美」
「岡沢と安良の水中シーンをなそるかのように、西山の谷川で二人が泳ぐ場面がある」
(「見よ眠れる船を(2)

 まず、渥美は上級生ではなかった。それから、谷川で安良は泳いではいなかった。もともと泳げないのだが、西山では「ひたくだりの坂道を」おりた先の川で、水面から首だけ出している渥美を見ながら、「泳ぐことを知らぬ彼は浅瀬に膝をついて、青く流るゝ水の光を悲しんだ」だけであった。

渥美はと見ると、すこし川上の岩に這ひ上[アガ]らうとしてゐる。岩は水から三四尺つき出てゐて、そのまはりには深い潭[フチ]がとろりと澱んで見える。

 今となっては、どうして持田氏がこの場面全体を現実の出来事と信じることができたのか不思議である。

友はあちむきに岩の上にすつくと立つて、うつゝなく水の面[オモ]に見入つてゐる。安良の胸には、弱ゝと地に這ふ山藤の花がふとおもかげに浮んだ。

 このレトリックの意味は明らかだろう。渥美は水面に見入るナルシスなのだ(しかもすっくと立つ花でなく、「弱ゝと地に這ふ」脆さで、うつゝなく夢想に沈む)。自分に見入って儚く死んでゆく若者であり、その意味で、岡沢の思いに応えず、己が姿を鏡に映していた安良の分身なのだ。

 岡沢と渥美が対比的に配されているのは確かである。安良が学校で手がけていた花畑は、夏休みに入って彼が岡沢にかかずりあっている間に萎れてしまうが、思えばあれも枯死する植物神に擬した、渥美を表していたのだろう。

 水から出て「着物をつけた渥美は、安良と並んで青淵[アヲブチ]に臨んで腰をおろ」す。「なぜか今朝からものかずもいはないでゐた友は、項垂れたまゝ青ざめた頬を手にさゝへて、吸ひつけられたやうな目つきをして、淵の色に見入つてゐる」。

 先にジュリアン・グリーンの名前を出した。『地上の旅人』では孤独な青年が友人を得るが最後は彼に導かれ崖から落ちて死ぬ。しかし残された手記と周囲の人間の証言から、自殺ではないと判断される。人々は彼がいつも一人きりで、そんな連れといるのは見たことがないと言い、友人に渡されたメモと思い込んでいたのは自分で書いたものだった等々の事実が判明するのだ。

『地上の旅人』を折口が読んでいた可能性すらあると思うが、全く別々に発想したのだとしても不思議はない、基本的なモチーフではあろう。自分によく似た分身としての友人が死に、代りに主人公は生き残る、青(少)年期のイニシエーションの物語だ。

『口ぶえ』もそのような話だと私たちは考えた。渥美の死の事実を安良は受け入れられないまま、また夏がめぐってきた。標題の口ぶえとは魂[たま]よばひの謂、安良は知らぬうちに彼を呼び出してしまい(抑圧していた記憶が戻り)、彼から手紙で呼ばれたと思って訪ねてゆき、そして一人戻ってくるのだ。

『口ぶえ』の最後はどう終ると思うかとtatarskiyさんに訊かれ、ちょっと考えて、安良が水の面を見つめるところで終ると思うと私は答えた。先程引いた青淵、渥美が「吸ひつけられたやうな目つきをして、淵の色に見入つてゐ」た水面、安良が「心もちの異常に動揺するのを感じて友の方を見」ると「顔をそむけてゐた渥美の頬には涙が伝うてゐた」場所である。渥美は自分が死んだ淵に見入って涙を流していたのだろう。安良は後追い自殺のように(主観的には一緒に)死のうとしたが、間一髪助かって戻ってきた。そうやって安良は成長し、友の手無しでも一人で生きられるようになる(と、最初私は考えた)。

『地上の旅人』のことを考えれば、渥美からの手紙と思って安良が読んだのがどういうものだったかも了解されよう。あれは安良が自分で書いたのだ。さらにtatarskiyさんが言うには、あの本体はもともと安良が渥美に書いた恋文であり、それを出さないうちに相手は死んでしまった。それで封をしたまま抽斗か何か収めてあったが、岡沢から来た葉書をしまおうとしてそれを見つけた。ただし、真先に目をとめた「京・西山にて 渥美泰造」という封筒はまた別で、安良が本当に渥美から貰ったもの。去年渥美が伯父さんの寺に行くというので、手紙をくれないかと安良は頼んでいたのだ(安良が、旅の道連れがいるという嘘を本当にするために旅に誘うが断られる、同級生の斉藤が、旅先から絵葉書を送ってくれと言うように)。中身は無論どうということもないものだ。ただ、

山の上の静かな書院の月光の中でひろびと臥[ネ]てゐると淋しくもありますが、世の中から隔つたといふ心もちがしみじみと味はれます。

という最初の部分は本当にあったものだろう。無論それに続く「わたしは心からあなたに来ていたゞきたいと思うてます」は、渥美が絶対に書くはずのない文章だ。渥美は多分、封書を投函するよう小僧に託して、そのまま死んでしまったのだろう。だから本当に手紙が来たといって安良が大喜びしたとき、渥美はもう此の世の人ではなかったのだろう。

 背景が分ってみれば、月射すそこは死の世界でもあり、渥美は本当に「世の中から隔つ」てしまつたのだと思えてくる。そこへ「心からあなたに来ていたゞきたい」とは、ぞっとしないお誘いと感じられもするだろう。でもこれはたんなる安良の錯誤であって、怪談でもホラーでもない。

 このとき山上の書院を照らしていた光、それは『死者の書』では、山の上の静かな石室の中にまでどこからかさし入ってくる「月光とも思へる薄あかり」となって、「山を照し、谷を輝かして、剩る光りは、又空に跳ね返つて、殘る隈々までも、鮮やかにうつし出」すことになるだろう。

 こうしたことが分ってみると、安良の外見への無頓着や周囲への無関心、 自分の感覚にのみ没頭しているかの様子は、全く別な風に見えてくる。たとえば小説がはじまってすぐ、上半身裸の安良が体育教師の命令での台の上で号令をかけさせられる場面(一度取り上げている)で、「同年級の生徒のある者は、さすがにいたましい目をして、彼を見た」という一文がある。以前論じたのはここにあるが、 実は少し先で学校帰りの安良が、藤原家隆の歌を刻んだ塚の前に立つところで、「いたまし」という語はもう一度出てきている。

ちぎりあれば なにはのうらにうつりきて、なみのゆふひををがみぬるかな

その消え入るやうなしらべが、彼のあたまの深い底から呼び起された。安良のをさない心にも、新古今集の歌人であつたこの塚のあるじの、晩年が、何となく蕭条たるものに思はれて来た。その時、頬に伝はるものを覚えた。あたまの上の梢から、一枚の葉が、安良の目の前に落ちた。
見あげる彼の目に、柔かくふくらんだ、灰色の鳩の、枝を踏みかへたのが、見えた。
そのいたましく赤い脚。不安な光に、彼を見つめた小鳥の瞳[メ]。


 なぜ鳩の足の赤さがいたましく、小鳥の目が不安な光を放つのか。これだけ読めば思春期の少年の、不安定な心の投影としか思えないだろう。いたましいのは彼自身であり、家隆の歌を読んで涙するのは「をさない心」の感傷なのだと。

 だが、第一ページがはじまる以前に何が起っていたのかを知ってみれば、この一節は全く別な光に照らされる。彼の思い起したのは、家隆の晩年ではあるまい。「彼のあたまの深い底から呼び起された」のは、もっと身近な、もっと最近の、死者の記憶の影であろう。

 彼は涙する。何に涙しているかさえ思い出せないから(あるいは読者には知らせられないから)、頬に伝わったことだけを意識する。それに呼応するかに、一枚の葉が目の前に落ちる(自身夭逝した藤原義孝の、「夕暮の木繁き庭を眺めつつ木の葉とともに落つる涙か」が思い出される。これも哀傷の歌である)。それは渥美からの手紙であり、枝を踏みかえて木の葉を落した、「柔かくふくらんだ、灰色の鳩」、「いたましく赤い脚」をした生き物は、渥美の化身なのだ。

「いたまし」という語は、『口ぶえ』前篇でもう一度だけ使われている。手紙をもらって会いに行った時の渥美の印象――

安良はそつと上目づかひに渥美の顔をぬすみ見た。青白く殺[ソ]がれた頬を淋しみながら、夏瘦する渥美のくせを知つてゐる安良は、さまで驚きはしなかつたが、目をおとすと、きちんと揃へた膝がほつそりといたましくうつゝて来て、それが心もちわなゝいて見える。

「不安な光に、彼を見つめた小鳥の瞳」は、「いたゞきに着いた二人は、衰へた顔を互にまじまじと見つめてゐた」の崖から飛び降りようとする寸前の、安良がのぞき込んだ渥美の目として再現されよう(勿論、安良の見つめる渥美の目には彼自身が映っていたであろうから、これはナルシスの目でもある)。それにしても「いたましい」という語は、自他未分化な、対象の属性と話者の感情をともに指しうるから、どちらの場合でもこれほど適切な形容はなかったと言えよう。

 そもそも「をさない」安良の心が、なぜこれほどまでに「死」に傾斜するのか。新古今集歌人の蕭条たる晩年などに、なぜ少年がたやすく涙するのか、その「不自然」さをこそ疑うべきであった。あるいはとある夕暮、叔母に誘われ、安良は近所へ素人浄瑠璃を聴きに行く。安良の、物語の主人公長吉への異様な共感を、それこそ「不自然」と思うべきであった。

安良は、この浄瑠璃は始めてゞあつた。けれども、長吉が姉にいひ聴かされるあたりで、これは主人のかねを盗み出して来たのだ、と直感して、あどけない長吉の画策の、しだいに崩されて行くのを悲しんだ。
湯を沸かしに立つて行くへんになつて、死場所をさがして、野中の井戸を覗いて来たといふ処に来た時、水をあびせられたやうな感じが、あたまのなかをすうつと行きすぎた。


 なぜ長吉の運命がわがことのように感じられるのか。なぜ、死が「彼自身せねばなら」ぬことと感じられるのか。なぜ、井戸を覗くという言葉に、かくもいたましく反応するのか。

「あらな南のえゝ家[トコ]の若旦那だんね。うまいもんやな。貴鳳はんの後つぎだんな。文楽や堀江のわかてに、あんだけかたれるのはあれへん」などゝ、わあわあさわいでゐるなかに、安良は淋しく野中の井戸の底にうつる、わが影を見つめてゐた。

 渥美は水で死んだ。安良にとっては、そのあとを追うことが、「彼自身せねばなら」ぬことなのである。

 安良は井戸の底を覗くが、そこには「わが影」が映っているばかりだった。しかし同時に、それは渥美の似姿でもある。なぜなら、安良の知っている渥美とは、自分の思いに応えずに、己が影だけを見つめて死んだ者なのだから。

「あどけない長吉の画策の、しだいに崩されて行くのを悲しんだ」とあるが、実はこの「悲し」というのも、読んでいて気になるキーワードである。語検索して眺めていると、この浄瑠璃は『口ぶえ』にとって、『ハムレット』の中に埋め込まれた「ゴンザゴ殺し」のような、己の似姿なのだと分る。しかもその中心には鏡が用意されているのだから、折口の冴えた手腕には舌を巻く。


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by kaoruSZ | 2015-10-16 05:06 | 批評 | Comments(0)
どくだみと黒すぐり
 安良の部屋に鏡台があることが紹介されるくだりからは、もう一つ分ることがある。

安良は本を読みながら、鏡のおもてにうつる自身の顔に、うつとりと見入つてゐるやうなこともある。とんとんと梯子を上つて来る音を聞くと、どぎまぎしながら本のうへに目を落として、あらぬ行を辿つてゐることも、度々であつた。

 これは決して具体的に書かれることのない安良の顔についての、数少ない言及だが、同時に、そこは母や叔母や祖母が鏡を覗きに上がってくることがある、決して安心して独りになれる場所ではないということでもある。 岡沢から手紙を渡された時は、倉の二階へ上がって読んでいた。

 倉の窓の前には青桐の木が立ち、安良の部屋の窓にも、その葉が揺れている。風呂場からは倉と母屋の間の青空が見える。座敷からは物干台へ出られて、母らが鏡を見に上がってくると「ふけの散るのを厭うて、さういふ時は、きまつて物干台へ出てしまふ」し、かつての乳母に「小ぼんちやん、いつまでも、をなごなんて欲しおもひなはんなや」と言われた時は、「知らん」と言って「顔赤めて起つて」しまい、「そつと二階へあがつて行つ」て、「夜露の、しつとりおりてゐる物干台に出て、穴にでも消え入りたい、心地にひたつてゐた」場所である。しかし「梧桐の葉が物干台とすれすれに枝を延ば」すそこも、夏の宵に寝ござを抱えて上がれば、隣の鰻屋の旦那が晩酌しながら話しかけてくるのだから、一人きりでいられる場所ではない。

 渥美からの手紙を、だから「倉の影」の「不浄口へかよふ空地」で読む。岡沢の時は倉の二階へ行ったのだからそうしてもよさそうなのに、なぜかそこへ降りてゆく。すでにこのくだりは引いたがhttp://kaorusz.exblog.jp/24974752/ もう一度見てみたい。 戸外でありながら、そこは屋内で得られなかった「人目にない処」で、己が姿が安良には「岩窟にせなをまるくしてゐる獣のやうに」思われる。

裏通の粉屋で踏む碓[イシウス]の音が、とんとんと聞え出して、 地響がびりびりと身うちに伝はる。 

 これば大和の旅から帰った安良が眠れずに「露原にわだかまる淡紅色の蛇が、まのあたりにとけたりほぐれたりして、ゆらゆらと輝」くのを見たあと、「蚊帳を這ひ出して、縁端の椅子に腰をおろして見た。夜なべに豆をひく隣の豆腐屋の臼の音が聞える」のを思い出させる。なぜなら、このあと蒲団にもぐって固く目を閉じ、「自身の二の腕を強く吸うて、このまゝ凝つて行く人のやうにぢつとしてゐた」という、まるで安良自信が豆腐になって凝って行くのを擬態するかのような描写が、ここでは碓の「地響がびりびりと身うちに伝はる」と、やはり隣の家業の物音がそのまま、安良の身体へ通じる形になっているからだ。

 これは二つの場面で同じ性質のことが起きているか、あるいはは片方では省略したことがもう一方で書かれているので、重ね合わせたり補って読んだりすべきということだろう。

倉の裾まはりには、どくだみの青じろい花が二つばかりかたまつて咲いてゐた。「安良は手をのべて花を摘んだ。黴の生えた腐肉のやうな異臭が鼻をつきぬいた。彼は花を地に叩きつけた。さうして心ゆくまで蹂躪[フミニヂ]つた。五つの指には、その花のにほひは、いつまでもいつまでもまつはつてゐた。

『口ぶえ』 には色々と花が出てくるが、このどくだみの扱いようは群を抜いている。というか、こんなふうに扱われる花はない。渥美は月見草にも山藤にも喩えられているが、さすがにそれには似つかわしくないにしても、そもそもどくだみの放つのはそこまでの悪臭だろうか。これは安良にとっての、「淡紅色の蛇」と見なされた性の匂いだろう。

 このどくだみの匂う倉の影からは、時代も場所も違う少年が、一人になるために入り込んだ場所が連想される。プルーストの語り手が少年時代に、コンブレーで閉じこもる、家の最上階の小部屋である。アイリスの芳香剤の匂う卑俗な用途のための小部屋と言われているのは、要するにトイレなのだが、そこには野生の黒すぐりの花が窓から頭をさし入れており、その「身をかがめた葉」に、少年は「カタツムリの這ったような自然の痕」を残す。

 彼の場合、家で唯一鍵のかかる部屋であるそこへ、孤独を必要とする用事のために上っていったのだが、『口ぶえ』では上へ行ってもだめなので安良は梯子段を降りる。そして人目につかぬとはいえ、屋外という誰にも疑いを抱かせぬ変更と、「倉の影」の「不浄口へ続く空地」という大胆な謎かけ。コンブレーの小部屋に香るのはアイリスに黒すぐり、初稿ではリラであり、『口ぶえ』では窓に届く青桐がさわさわと葉を揺らす。

 コンブレーの少年は、最上階の窓から見える自然の中に、小説中では少女とされている性的対象が現れてくれないかと願って果さないが、より幸運な安良は、以前藤井寺へ行った時、道端で休んでいて次のような出会いを遂げている――

野らしごとから昼寝にかへる男であらう、真白な菅笠をかづいて、
すたすたやつて来たが、ふと停まつて彼を一瞥したまゝ、また静かに行きすぎた。それはせつないけれども、しかし快い気もちを惹き起すやうなものであつた。
安良はのび上つた。もうその時は、はるばるとつゞく穂麦の末に、それかと見る菅笠がかすんでゐた。浅黒い顔の、けれども鮮やかな目鼻だちをもつた、中肉の男である。まくりあげてゐた二の腕は不思議に白く、ふくよかであつた。勦[イタ]はる様に見つめてゐた、柔らかなまなざしが胸に印せられた。


 あるいは、祖父の地の大和で、十六七の少年を見るくだり――

三分ばかりに延びた髪の生えぎはが、白いまる顔にうつゝて、くつきりと青く見える。涼しい目をあげて安良をぢつと見た。
彼は、咎められたやうな気がして、顔がほてつて来た。すたすたと歩く自身の後姿を見送つてゐる、子どもの目を感じながら急いだ。
道は、横山を断ちきつてゐる流れについて、山の裾を廻[メグ]る。
どうも、あの顔には見おぼえがある。いつ見た人だらう、と記憶に遠のいてゐさうな顔を、あれこれと、胸にうかべて見た。しかしものごゝろがついてから、逢うた顔ではない、といふ心もちがする。もつともつと、古い昔に見たのだ。


 ちなみにtatarskiyさんは、少年は安良の親戚で、一度も会ったことはないが自分によく似た顔を安良はここで見ているのだろうと言う。つまり、読者には決して説明されることのない、彼自身にはそれと認め得ない安良自身の顔なのだと。

 たしか渋澤龍彦は、『失われた時を求めて』のこの挿話を、『仮面の告白』の主人公が海で射精するのと並べて、孤独な少年の欲望が自然に向かうのが共通するといった趣旨のことを書いていたと記憶する。もしも彼に『口ぶえ』が理解できていれば、三島などではなく折口のこの小説を挙げたことだろう。

 なお、「五つの指には、その花のにほひは、いつまでもいつまでもまつはつてゐた」という引用箇所結びの一文から私が連想したのは、ルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』に現れる、男のてのひらを真黒に覆い尽くす蟻の群れというイメージと、かの映画を何度目かに見た際に、講演を聴く機会のあった種村季弘が、あの黒い蟻は本当は白い精液なのだという意味のことを言っていたことであった。わざわざ五つの指とことわってあることに引っかかって、ここに書いたようなことに気がついたのだ。種村のブニュエル論は多分映画論集に入っていよう。

夢中遊行
 安良の家族構成が同年齢時の折口とほぼ同じであることは、これまでにも触れてきたが、違う部分をあらためてまとめるなら、折口の父は存命だが安良の父は三年前に亡くなっており、実際には二人いた、同居の未婚の叔母(母の妹)が一人にされている。つまり、折口の父との間に双子の弟を産んだ叔母が消されており、折口の場合と違って、弟たちも同じ母が産んだということだ。

 十五歳の時に父が死んだ後、折口の成績は著しく下がり、落第まで経験するが、富岡氏はこれを、父の死を契機に弟たちの母が誰か知ったせいだろうと言う。また、折口自身も、父が別の女に産ませた子だろうと「推量」している。十代の頃、折口は一度ならず自殺を図っているが、その原因にはこうした家族の秘密が関わっているのは疑い得ない。折口は安良にそうした事情を一切与えなかった。だから三年前父が死んでも、安良は折口のような悩みを一切知らずに、今日を迎えているのである。

 それなら安良はなぜ渥美の下へ走り、心中までしようとするのか。恋のため? 渥美の従兄と名乗る柳田が現れ、渥美の名を言うより以前、渥美は一度も登場せず、話題になるどころか、思い出されることもなかったのに、そして彼らがなぜ死を選ばねばならないのか、何も説明されていないのに? いったい折口の研究者は不思議に思わないのだろうか。一度も登場しなかった人間が犯人と名指される推理小説があるだろうか。

 こうしたことは構成上の不備と解されているのだろうか。 学者の余技で未完の若書きだから、この程度のものと見なされているのだろうか。同性愛者の作品だから、同性心中くらいあるだろうと思われているのだろうか。あるいは、持田氏のように官能的、感覚的に細部を読み取れば、それで済むと思っているのか。折口が自伝的材料を構成もなくだらだらと垂れ流したと思っているのか。

 折口が小説から自らの父の否定的な面を取り除いたのは、周到な計算の上でのことだ。その空白に、彼は年上の先達であり導き手である、文学的な素養のある知的な男への憧れという要素を入れた。そしてこれは折口の実際の体験であり、(富岡氏の調査によれば)折口は十三歳の時、旅先で出会った男によってその憧れを満たされた。のちに相手は結婚し、そしてあまりにも早く亡くなった。

 自分の(そして自分よりも幸福な)代理人として、折口は安良という少年を創造し、そのような男を(無意識に)求めて父祖の地への旅をさせた。そして旅の終りに彼は「渥美の従兄の柳田」と名乗る年上の「若者」に出会った。

 だから富岡氏が柳田が藤無染だと考えたのは無論正しいのだ。折口が彼を柳田としてそこに置いたのだから。柳田がそれほど重要人物だと、普通に『口ぶえ』を読んで見抜くことはまずあるまい。だが、富岡氏が、渥美の存在はおとりで、渥美と柳田は同一人物であり、安良を西山へ呼び出したのは渥美ではなく、柳田からの手紙ではないかと考えたのは全く正しくない。

 確かに折口には無染の思い出があり、無染から手紙をもらって善峯寺に馳せ参じたことが多分あり、無染のいた場所に柳田と名乗る「若者」を配したが、そんなことは安良の知ったことではなく、実際彼は無染など知らないからである。

 富岡氏が柳田に注目し、柳田が重要だと思っているのは、ただただ彼の正体が無染であり、折口が十三の時に出会った最初の恋人だと知っているからに過ぎない。

 だが、私たち(tatarskiyさんと私)の読み取ったところでは、『口ぶえ』という小説における柳田という人物の重要性は、一見してそう思われるより遥かに大きい。そしてそれが誰の目にもはっきりするのは、前篇しか現存しない『口ぶえ』の後篇に入ってからの筈である。

 西山の寺では渥美ではなく、「若者」即ち柳田が待っていたのではないかと富岡氏は考えた。そうではない、小説では、あくまで待っていたのは(安良がそう思っていたのは)渥美である。無染が善峰寺で折口を待っていたというのは、それとは全く別の話だ。しかし、柳田と安良は後篇でもう一度出会うことになり、その場所は間違いなく西山の善峰寺である。どうしてわかるかって? 後半の展開がどうなるかは前篇に、すべててそのつもりになれば読み取れるように書かれているからだ。

「このあとどういう展開になるのか、無論、原稿がない以上、確実には何もわからない」(『釋迢空ノート』解説)って? お笑いぐさだ。前篇で張られた伏線が後篇ですべて回収されるよう、さりげなく書き込まれた細部が、後篇を読んだあとでは全く別な意味に見えてくるよう、信じられない緻密さで仕組まれたのが私たちの発見した『口ぶえ』である。二十六でこれを書いた青年の才には感嘆するばかりだが、当時、彼を励まして後篇を書かせ、小説をこそ専門にするよう勧める目利きはいなかったのか。いまだに先程の解説のようなことを言う人間ばかりなのだから、どうしようもないのはわかっているが。

 第一行よりとっくに前から、物語ははじまっている。といっても、便利な依頼人のたぐいがやって来て、それまでのいきさつを手際よく述べてくれる訳ではない。書かれていない過去の結果‐効果として在る「今」の安良の意識、感情、感覚、それらに寄り添うかに見えながら、肝心なことは黙っている不実な語り手の語りから、読者は、何が事件であるのかさえ教えられていない探偵として、何が起っているのかを見極めなければならない。『口ぶえ』とはそういう小説である。これは決して少年の思春期を描いた小説などではない。少なくとも安良についてさもそうした徴であるかに見えるものを、そう信じてはならない。

このごろ、時をり、非常に疲労を感じることがあるのを、安良は不思議に思うてゐる。かひだるいからだを地べたにこすりつけて居る犬になつて見たい心もちがする。

 これが、『口ぶえ』冒頭の第二パラグラフである。なぜそんな心もちがするのか。そういう気持ちになっても当然の原因が安良にはあるのだが、今の状態を「不思議に思う」のは、彼がそれを忘れているからだ。

この気持ちを、なんといひ表してよいか知らぬ彼は、叔母にさへ、聴いて貰ふわけにはいかなかつた。

 これは当然、思春期の心身の不安定さと受け取られようし、そうなることを期待して書かれてさえていよう。この叔母は母の下の妹で、折口の最初の本『古代研究』の序文に「この書物は(…)折口えい子刀自にまづまゐらせたく候」と献辞を書かれた「ゑゐ」がモデルだろうと思い(こういう読み方をすることは完全に正しい)、当時の女としては高学歴で母よりもものわかりのいい、叔母にさえ話せないのは、男として成長してゆくからだと考えるだろう。

 勿論そういう面も含まれようし、読者にそう読まれることを予想して書かれてもいる。しかし彼には、そんな一般的な話ではなしに秘密があるのだ。しかも「不思議に思う」ても、それを「なんといひ表してよいか」わからず、「かひだるいからだを地べたにこすりつけて居る犬になつて見たい」としか感じられず、それが意識の表面に完全に上るしてことは決してないが、しかしその断片は木の葉か雲母が日を受けてのきらめきのように彼の注意をひいて、確実に彼の言動に影響を与えている秘密である。

 しかし、こうしたことは一度目では見て取れず、少なくとも二度目に読んではじめてわかることである(わからない人もいる)。

「学校の後園に、あかしやの花が咲いて、生徒らの、めりやすのしやつを脱ぐ、爽やかな五月は来た」と、無邪気を装った語り手は高らかに宣言する(これが小説の書き出しだ)。「身なりをかまはないといふよりは、寧ろ無頓着なのを誇る風の傾きのある彼である」とは、バンカラに通じる男の子らしさと受け取られよう。だが、この無頓着さ、自分の外見に対する無関心も、理由のあることなのだ。

けふは、起きるから、いつもの変な心もちが、襲ひかゝつてゐた。彼は、目をおほきく大く睜[ミヒラ]いて、気持ちをはつきりさせようと努めた。けれども、其もその時ぎりで、後はやつぱりうつとりと沈んで来る。
けれども行かねばならぬ学校があると思ふと、そのまゝ歩き出した。


 真実がわかってみれば、すでにここで安良は夢遊病者のように歩き出したのだと、見ひらいてもなお曇った目の、意識したくない事があるため真実が見えないデイドリーマーとして生きているのだと気づくべきだったのである。

 この「深いねむりのどんぞこ」から、渥美の名を聞いた途端に彼が「ひき起されたやうな気がした」のは、そしてそれが夢の核心への入口だったことはすでに見た。夢の中でさらにうたたねした彼が人の気配で目覚めた時、渥美はそこにいた。


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by kaoruSZ | 2015-10-14 18:36 | 批評 | Comments(0)
月光とナルシス
 寺に着き、うたたねからさめて渥美を見出した時は、まだ、そうではないように思えたのだが。

「よう出られまひたな」
「えゝ」
「手紙はつきまひたか」
「えゝ、ありがと」
渥美のことばゝ、いつものとほりにしか彼の耳には聞えなかつた。やすらかにこだはりのない口ぶりが、彼の予期とは非常にちがつてゐた。
それに自身はどうだらう、こんなにどぎまぎして、と思ふと顔もあげられない。伏目になつて青畳を見つめてゐる。


 ここに来てほしいと、恋文のような(とは決して言われないのだが)手紙をよこしておきながら、まるでそうではないような、顔と、言葉つきを渥美はしている。寺の住職は叔父にあたり、「わては 時々こゝへ来て、坊主んでもなつて見ようか知らん思ふのだす」というのを聞いて安良は思う。

これがあゝした手紙を書いた人だらうか、何やらだまされたやうな気もちになつて来る。あれを見て、天へものぼる心地で、叔母や母によい加減ないひまひをしてやつて来たかるはずみが見すかされたやうに感じた。

 そして「安良は渥美ばかりにものをいはせておいて、自身はたゞ頷いて見せたり、「えゝ」といつて見たりするだけ」なのだから「来ていたゞいて自身の思うてゐることの万分の一もいへない」などということは渥美の方には全くなくて、「わたしはあなたとおはなしをしてゐるとなんだかかうわくわくしておちついた気になれない」のは無論、安良の方であり、「渥美のことばが、こちらの胸に、一々深く滲み透つてゐる、といふことを知らせたい思ひで一ぱいにな」るばかりなのだ。

 しかしその渥美のことばの内容は、「どうしてこの人はこんなことまで考へてゐるのだらう」と言われるばかりで、具体的な内容は示されず、このあと住職が部屋を訪れて暫く話をする一場を経て、並べた床の中で渥美が次のように言い出すのはいかにも唐突に聞える。

みんな大人の人が死なれん死なれんいひますけれど、わては死ぬくらゐなことはなんでもないこつちや思ひます。死ぬことはどうもないけど、一人でえゝ、だれぞ知つてゝくれて、いつまでも可愛相やおもてゝくれとる人が一人でもあつたら、今でもその人の前で死ぬ思ひますがな、そやないとなんぼなんでも淋しいてな。

 しかし安良はそうは取らない。

 渥美のことばは、彼の心に強い力となつておつかぶさつて来た。彼は唇までのぼつて来たことばをあやふく喰ひとめた。

 ここでは安良の方が、渥美の心を、いわば透視している。渥美がそこで言いやんだのを、「かういつて暫くことばをきつた。それは安良の答を待つてゐるのだ」と思い、「『わたしも死ぬ』唯それだけの答を聴かうとしてゐるやうに、安良には直感せられた」のは、だが、彼らの心が通じ合っているからではないのは言うまでもなかろう。

「わたしも死ぬ」という言葉は発せられない。

けれども、もしもといふ疑念が恐しい力で舌のうへにのしかゝつて、彼に口を開かせなかつた。唇は激しい痙攣にうちわなゝいた。

 もしも、何だろう。もしもそれが渥美の求める言葉であると思ったのか間違いだったら、もしも渥美がそれを望んでいなかったら、もしもこの申し出を拒まれたら、だろう。

しめ残した雨戸から、月が青くさしこんで、障子を照らしてゐる。(…)ざあざあといふ音に、雨かしらと聴き耳を立てると、それは遥かな渓川の音であつた。

 長谷寺で白い影を幻視した時、河原で渥美のことを柳田と話した時にも照っていた月であり、渓川は翌日、渥美と行くことになる場所だ。

渥美はかすかに糸を揺るやうな鼾を立てゝ寝てゐる。寝がへりをうつと、そこに月あかりをうけた額が白々と見える。

 富岡氏が、折口が中学を出て国学院に入った、つまり藤無染の下宿の部屋に同居するようになった年に作った旅の歌として引いている中に、私はこの一節のもとになったとおぼしき二首を見つけた。

寝かへりの額ほの白き旅の君枕屏風はなかなかにうし

ひぢゞかに鼾く君かなしかすがにほゝゑむ片頬[ほ]にくからぬかは


 これは渥美が無染だということではない。たんに無染も素材の一つだったということであり、すでに作品化されているなら、なおさら使うには勝手がよかったということだ。

 月あかりをうけた額が白々と見えたあとは一行アケて、

河内の国も、ずつと北によつて父方の親類が三軒まであつた。父のさとゝ、父の二人の妹のかたづいた 家といつた風の縁つゞきで、どれにも伯父や叔母がをつた。五人の男兄弟のかしらに、唯一人の女であつた彼の姉は、父のさとへ嫁入つてゐる。

と、安良自身は覚えがないと言っていた寺までの経緯が語りによって辿られるのだが、こうした血縁は細部まで折口のそれと同じものだ。姉一人の下は二人の兄に双子の弟という、兄弟の構成も一致する。たぶんもう一人が兄がいたが、夭折したところまで同じなのだろう。だが、言うまでもなく、これはフィクションだ。現実とそっくりのフィクションであり、あまりにそっくりなので見分けがつかないだけである。 

 兄も弟たちも、『口ぶえ』に登場することはなく、母と叔母たちからなる家族で兄たちが遊学中の今、安良が「一人まへの男」としての扱いをうけていることを述べる際に言及されているだけだが、「父のさと」だけは、先に祖父のさとの大和へ一泊旅行に行った安良が、帰ってすぐまた出かける口実として使われる(しかしなぜここまで口実が必要なのか。現実の折口十三歳の時は、初めから一人旅を「許されて」いるのに)。

 富岡氏は、安良が柳田に中学校の「三年」と答えていることを記したあとで、安良は「『父が三年まへに、心臓麻痺で亡くなつて』祖父のさとが飛鳥の古い神社だときかされて、そこを訪ねたくなったとしている。現実では、父の死は、迢空十五歳、中学校四年生の時である。自伝的小説といっても、小説というのは現実の中の、小説のために「使える」ところを使って書かれるのはいうまでもない」と書いていて、私はこの文章の繋がりが俄かには理解できなかった。要するに氏は、小説はそれよりも上位の現実から「使える」部分をつまみ取り、必要があれば変形してフィクション中に書き込むものだと考えている訳で、氏の書き方だと、“大和旅行時に父親存命の「現実」”は、折口には「使えない」ので、変形したということになる(ちなみに、先に述べた、藤無染との体験を素材として『口ぶえ』に「使う」というのは、夢が材料を選ばないように、根拠のないよせあつめとして小説が構成されるという話であり、富岡氏が言っているのとは異なる)。

 父在世では、なぜ、「使えない」のか。伝記的細部を、一見不要と思われる処まで忠実に再現しているこの小説で、そんなにも大きな変更があるのは重要と思うが、どうも富岡氏は、父の死が、祖父のさとへの関心を安良に目覚めさせた程度にしか考えていないようだ。

 勿論、折口が現実の父にまつわるもろもろを捨て去ってこの設定を選んだ理由を、富岡氏が知らぬ訳はない。折口の場合、彼自身の出生の秘密には踏み込まずとも、 双子の弟に関することだけで、事実の奇なること通常の小説の域を越える。自分よりも悩み少ない少年として折口は安良を設定したのだが、小説の結構としての父の不在は、その程度の理由によるのではない。安良の亡父は、幼い彼を俳句に親しませ、文学の手ほどきをした人である。岡沢の恋文に安良は人を食った俳句で応えるが、文学が分らないので理解できなかったと岡沢は言う。安良の求める男に文学は必須であり、失われた父を求めるとは理想の男を追うことに重なるのだ。

 富岡氏の本に詳しいが、折口の父は、北河内の裕福な名主の家から、折口家の入り婿になった。「だが、祖母などでの話では(…)家に来て十五、六年間と言ふもの、結婚前から持ち越した遊蕩生活を、毫も緩めなかつた」と折口自身が書いている。安良の父にはそのようなことは全くない。「父は朱子や王陽明などといふむつかしい名の支那人の書いた書物をたくさん蓄へてゐる学者」で、「安良が幼稚園から小学校へ進んだ頃、毎朝ほの暗いうちから寝床の中で目をあいてゐると、きつと安良、安良、と呼ぶ。ちよこちよこと二間ほど隔つてゐる父の寝床へはしつて行つた。彼を蒲団のなかに抱き入れて、古池やの、かれ枝にのと、口うつしに暗誦させた」という。

 折口の父が教養人でなかった筈はなく、あるいは本当に俳句を教わったことがあったかもしれないが、はっきり父の特徴を写したと分るのは、「田舎のたかもちの大百姓から出て、人にあたまをさげることを知らなかつた」安良の父の「気むつかしさ」だ。折口の父の、遊蕩は止んでも「ものごゝろついた時分は、唯むやみに気むづかしい父の表情が、私どもの前に、人をよせつけぬ壁の様に峙つて見えた」という、その気むつかしさだけが安良の父にも移されて、「しちめんどうな親類づきあひに、心を悩ますのを嫌つた」ため、「祖父のさととは音信不通になつてしまつてゐた」となっているが、このあたりも多分事実に基づいていよう。祖父も入り婿で、大和と河内に別々に実家がある訳だが、安良にとっては、「祖父も、父も、歌や詩を作り、古典にも多少の造詣は持つてゐたので(…)安良も、いつの間にか飛鳥や奈良の昔話に、胸をどらすやうになつてゐた」と、一つに括られる人たちなのである。

 奈良の神職の家に生まれて医師だった祖父は「死んで二十年にもなつてゐるけれど、土地[トコロ]では今でもなんかのはずみにはその名がひきあひに出て、春の海のやうな性情や、情深かつた幾多の逸話が語られた」というのだから、まさしく父の「気むつかしさ」とは反対で、「じやうひんで脆い心もちが慕はし」い(「岡沢には、これが欠けてゐるやうに思はれた」)安良の理想にかなう。その、とうにいない死者の国に旅をするのが大和行きだったのだ。それは、布団の中で父が俳句を教えてくれた「そのようなその頃からして、彼のあどけない心のうへに、うすら明るい知らぬ国の影がうつつてゐた」と言われる国、「近ごろになつて彼の前にまざまざと隠れなく見え出した、西行や芭蕉などいふ人の住んでゐた世界」、「白じろと彼の前につゞいてゐる」「西行や芭蕉のあゆんだ道」に通じるものだ。そして「安良がその道へ行かうとすると、どこからともなく」「ちよろちよろと這ひ出して来て、行くてを遮つた]「淡紅[トキ]色の蛇」とは相反するものだ(少なくとも安良はそう思っている)。

 この文章を書き出したとき、私はまだ『口ぶえ』を再読していなくて、渥美と岡沢は単純に対立するように、漠然と記憶していた。しかし、読み返してみたところ、安良ははっきりと岡沢に性的に惹かれているのだった。それだから「美しいものと思ひつめてゐた心の奥に、これまで知らずにゐた、さういう汚いをりがこびりついてゐるのだと思ふと、あたまがかきみだいたやうに、くらくらとして来る」のだし、「この頃では思ふことなすこと、すべて岡沢に根ざしてゐるやうに見えた。それがまた彼には憎むべきものに思はれ」るのだ。

一番風呂にはいった安良が、「小一時間も風呂にひたつて、軟らかな湯に膚を弄ばせながら、身うごきもせないでゐる」うちに、思いが岡沢の上にそれて、そう「思はれ」だのだが、叔母に「安さん、まあどうしてなはんねん。溶けてなはれへんか」と座敷から声をかけられて「罪ある考を咎められたやうに、ぎよつと」するのも当然なのである。

 このあと急いで二階へ上がった安良が、鏡におのが姿を映すくだりは、すでに「見よ眠れる船を」(2) でも扱ったが、少し長いけれどその時引用しなかった部分を引く(これでも全部ではない)。

鏡を伏せ加減にして、片脚をまつすぐに立てゝ、今[マウ]片方の脚を、内へ折り曲げるやうな姿勢をつくつて見る。豊かな腹のたわみが、幾条の緊張した曲線を畳んで、ふくら脛のあたりへ流れる。後向きになつて、肩ごしに後姿を見ようとして、さまざまにしなを凝して見る。その度毎に、色々な筋肉の、皮膚のなかを透いて見えて、いひしらぬ快い感覚に、ほれぼれとなつてゐた。

 安良のナルシスぶりは明白だが、再読して物語の中に置いた時、これはたんに自己を見つめるというより、岡沢に愛されている自分を見ているのだと気がついた。やはり持田氏が似ていると言う谷崎の『颱風』とは、同じ、男が鏡を眺めるのでも、大分違う。谷崎の場合、鏡の中の自分を見るのは、性的対象としての女に対する男としての、自信に満ちた主人公の眼差しであろう。 

 安良の机の脇に据えられた鏡は、「伏せ加減に」するのでも分るように鏡台(「叔母の大きな鏡台」)で、

家職にとりまぎれ、身じまひにかゝつてゐることの出来なかつた女の人たちは、鏡をさへも二階へ抛りあげたまゝにしてゐた。それでも時をりは、買い出しに出かけるのだというて、母などが、鳥の巣のやうになつた髪を片手につかんで、上つて来た。

 それに今は男の安良がじっくり身を映しているのである。
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by kaoruSZ | 2015-10-14 18:35 | 批評 | Comments(0)
召喚と再会
 渥美の手紙を受け取った後の安良の行動は、いささかならず異常である。「どの道をどう来て山にかゝつたのか、どう考へても思ひ出されない。叔母や母の許しをうけたといふ記憶もなかった」という状態で、渥美の滞在する西山の寺へ辿りつく。そのあとで経緯がもう一度語り直され、以前は休暇の度に訪れていた父のさとの北河内へ行くと、もう休みが十日もないのにという叔母の反対もきかず家を出て、同地へ嫁いでいる姉の家に滞在、三日後、今度は大阪へ帰ると言って、引き止めるのを振り切り、「京街道を北へ北へ行つて、大きな河を三つも越えて、わき道へそれてからは、唯むにむさんに山をめあてに進んで来た」という。 どうもまるで大蛇にでも変身したような。

 富岡氏は、「安良が、このひとり旅から帰ってすぐ、手紙の呼び出しに応じ、アリバイを作りに父の実家へいくことさえして、『むにむさんに山をめあてに』善峯寺へ向ったのは、旅での忘れられぬ思い出をのこした『若者』が寺に待っているからではなかったのか」と書くが、これは完全に折口と安良を混同している。

 折口は確かに桜井駅で、「若者」藤無染と知り合ったのだろう(富岡氏が想像するように、汽車を待っていた十三歳の少年相手の行為があった訳ではなく、実際にはもっとゆっくり進んだと思うが)。帰阪後手紙を受け取り、飛び立つ思いで善峯寺へ向ったかもしれない。だが、安良を突き動かしているのは、「若者」ではない。一年前別れた渥美である。

 渥美のモデルを折口の中学での片思いの相手だとする人々に対抗して、富岡氏は、彼らは「小説」に騙されており、藤無染こそがモデルで、「若者」は渥美と同一人物だとしている。中学での同級生は「おとり」で、藤無染がそこに隠されているというのだ。そうだろうか。「小説」が隠しているのはその程度のものだろうか。

 折口には確かに少年の日に停車場で声をかけてきた年上の男が、『死者の書』に至る生涯のミューズとなったのだろう。だがそれは安良の与り知るところではない。五年前無染を亡くした二十六歳の折口が、その経験を『口ぶえ』にとどめようとしたことは疑いない。彼はしかし安良には自身とは違う運命を与えたのだ。

 先程引いた富岡氏の、「安良が、このひとり旅から帰ってすぐ、手紙の呼び出しに応じ、(…)『むにむさんに山をめあてに』善峯寺へ向ったのは、旅での忘れられぬ思い出をのこした『若者』が寺に待っているからではなかったのか」については、「“夢の仕事”が辿られるのを見るような鮮やかな分析」と評したし、作品の中に現実の反映を突き止め、藤無染を発見した功績に対しては今もそう思っている。だが、そこで分析されたものは安良の夢ではない。書かれたものから現実へ至ることはできても、書かれたものを現実によって説明することはできない。それはすでに別の連関の中に入り込んでしまっているからだ。

 安良が寺に駆けつけるくだりについても、氏は、「『どの道をどう来て山にかゝつたのか、どう考へても思ひ出されない』ほど心せいて」と言うが、折口は初めての恋人との逢引に心せいていたかも知れないけれど、安良はそうなのではあるまい。小説の中の安良は、別の理由でオカシクなっているのである。

「姫は、何處をどう歩いたか、覺えがない。唯家を出て、西へ西へと辿つて來た」(『死者の書』)。郎女の場合も、いきなり到着があって、事情があとからついて来たが、安良もまず寺に、こちらは夕刻に着く。郎女は朝日の照らす壮麗な寺院を見るが、安良は、「渥美は早朝から和尚さまに連れられて峰づたひに花の寺まで行つた」と知る。女人結界を破った郎女よりも待遇は上と言うべきだろう、勧められて湯に入り、「渥美君はこんな処にゐて、しまひには坊さんにせられるのではないだらうか。花の寺とやらから帰つたあの人のあたまが、最前の番僧のやうに剃りまろめられてゐたらどうしよう」と思ったりしながら食事をすませ、ランプを据えた机にひとり凭って渥美を待つ。

そのうち、つひ昼の疲れが出てうとうとすると、ものゝけはひを感じてふと目があいた。ふりむくと、音を立てぬやうに襖をしめてゐる渥美の細やかな後姿が目につく。

 富岡氏は「渥美少年の登場の仕方に不自然な感じがある」と言うが、不自然どころではあるまい。うたたねは夢の指標だが、この場合はここから夢というよりも、これ以前からすでに異次元に入っていたことの駄目押し的な強調だろう。折角何かに気づいても富岡氏は、「不自然といえば、先の渥美の恋文も中学生の手紙にしては小説ゆえの「つくりごと」の不自然さというより、事実を「つくりごと」にしそこねたような不自然さがある」と、すぐに見当外れにそれてしまう。

 別に幽霊が出ている訳ではないので霊視能力は必要ないが、小説を読む能力がないと“恋文”も読めない。渥美と言葉を交し、「やすらかにこだはりのない口ぶりが、彼の予期とは非常にちがつてゐた」「これがあゝした手紙を書いた人だらうか、何やらだまされたやうな気もちになつて来る」と安良は思うので、先に手紙を読んでみよう。

 渥美の手紙は、安良に思いを寄せる上級生岡沢からの絵はがきと一緒に届く。これは偶然ではない(小説は現実ではないので、偶然はありえない)。富士山の写真に、「これより富士へのぼるべく候。詳細は帰阪の上申しあぐべく候。尚倍旧の御愛顧を請ふ」とある葉書に彼は噴き出す

「倍旧の御愛顧を請ふ、と書いた彼の男のさもしい心もちを、せゝらわらわずにはゐられなかつたのである。(…)しかし、その下から、自身の浅はかさをあざける心もちが湧いて来るのを、ぢつとおさへて、状袋の裏をかへすと、京・西山にて渥美泰造とあるのが、ちらと目にうつゝた。咄嗟に、穴にでもむぐりこみたいやうな気がして、顔が赤くなるのを感じた。彼の胸には大きな期待がこみ上げて来た。

 岡沢への嘲笑と自らへのあざけりは表裏一体、岡沢の妄執は「裏をかへす」なら渥美に寄せる自身の思い、渥美の「愛顧」を願うさもしさに赤面しながらも、岡沢同様便りをくれた渥美へのふくれ上がる期待が抑えられないのだ。 「もつとおちついた静かな心、さういふ心地で渥美の手紙を読みたい。いつも渥美とはなす時の、さはやかな気分で見なければならぬやうに思はれ」て、階下へ降り庭に出て「倉の影」の「不浄口へかよふ空地」に立った安良は、「穢れはてた心には、清らかな人の手紙を手に触れることさへ憚られ」つつ封を切る。
 
……山の上の静かな書院の月光の中でひろびろと臥[ネ]てゐると淋しくもありますが、世の中から隔つたといふ心もちがしみじみと味はれます」(と、手紙ははじまる。)「わたしは心からあなたに来ていたゞきたいと思うてますが、また、気にしてくださいますな、来ていたゞいて自身の思うてゐることの万分の一もいへないだらうといふ心がゝりがあります。やはり手紙で書きませう。どうしたといふのでせう。わたしはあなたとおはなしをしてゐるとなんだかかうわくわくしておちついた気になれないのです。かう書いて見ると手紙がまた非常にもどかしく感ぜられて来ました。どうすれば、いゝのでせう。来てくださいとはえまうしませぬ。かういつたしだいですから。けれども来て頂かなければまた怨むかも知れませぬ。わたしには判断が出来なくなつてしまひました。お心に任せるほかはありませぬ。あなたの御判断をわたし自身の判断として仰ぎます。訣のわからぬへんなことを書くやつと御おもひになりませうが……

 長いがあえて全文を引いた。確かにへんな手紙である。「安良は、とび立ちさうになるのをおさへることはむつかしかつた。けれども、その時、ほのかに渥美を怨む心が、ふつと胸を掠めてとほつた」。とび立ちそうになるのは分る。だが、なんで渥美を「怨む」のか。

 あらためてこれを読んでわかったことがある。「中学生のころ、友人だった男が夢の中に現れて、自分に対する恋を打ちあけた」という折口の夢、『死者の書』執筆 の契機となった夢の原型はこれだったのだ。自分のフィクションをなぞる形で折口は夢を見た。本当は渥美がこんな手紙をくれる筈はないのである。

 富岡氏は口ぶえの「主人公の相手のモデルを、加藤守雄は、中学校の同級生で、友人に頼んで写真までもらった辰馬桂二だとしているが、そのように決めてかかっていいものかどうか」と言い、辰馬は折口の一方的な「アコガレ」で心中するような仲ではなかったと言うが、モデルというものは何もかも一致せねばならぬといつ決まったのか。富岡氏が何のためらいもなく「恋人」と呼ぶ渥美は、実際には安良の片思いの相手としてしか読めないから(富岡氏にも加藤守雄にも分らなかったろうが)、その意味では、辰馬桂二はまさしく、渥美のモデルと呼ぶに相応しい。

 安良が渥美を追ってゆく善峯寺は、十代の折口が無染を追って行った場所だから渥美=無染と富岡氏は主張したい訳だが、折口は折口、安良は安良で何の差し障りもなく、却って折口が現実の出来事をどう使ったか分るというものだ。二十六歳の折口には無染の思い出なしでは『口ぶえ』は書けなかった。だが、彼の小説中の人物はそんなことは知らない。無染どころか折口のことも覚えていない。

 安良が覚えているのはただ渥美のことだけだ。 それも、停車場で見知らぬ「若者」から渥美の名を言われ、「渥美々々、彼は深いねむりのどんぞこよりひき起されたやうな気がした」時以前には、五月六月七月とゆっくり叙述が進んで来ながら、一度も意識に上らず誰にも言及された事のなかった渥美である。

 しかし、来てほしいとかき口説きつつ行きまどう手紙から感じられるものは、どうも安良の記憶にある渥美とは微妙に食い違うようだ。渥美らしくないと思うような文面なのだ。

安良はいく度も幾度も読みかへした。しかし、どうも彼の胸にしつくりと納得の行かぬ処があるやうに思はれる。(…)あの朗らかな、木海月を噛む歯ざはりを思はせるしなやかなことばで、はればれとした瞳をしてもの言ふ人に、どうしてこんな手紙が書けるのだらう。

 渥美に書けない手紙なら、それは渥美が書いたものではないからではないか? 

 書かれているのがそのまま自分の気持ちであるのを安良はいぶかしんでいる。「『わたしはあなたとおはなしをしてゐるとなんだかかうわくわくしておちついた気になれないのです』実際、安良自身がいつも感じてゐることなのだ」。

「安良自身がいつも感じてゐること」を、どうして渥美が書けるのだ。

「あなたの御判断をわたし自身の判断として仰ぎます」とは、自他の境がゆらいでいるのか、それともはじめから「わたし」ひとりしかいないのだろうか。もしかしたらこれはジュリアン・グリーンの『地上の旅人』のような小説ではあるまいか。

 しかし安良はそんなことは考えず、思いは「けがれた/浄らか」の二元論へ収斂してゆく。

一年生の頃から、渥美の名を聞くと、軟らかなけばで撫でられた楽しい気もちになるのがくせだつた。自身でも、なぜさうなるのだかわからなかつた。きのふかへりの汽車のなかでとつくりと考へて見たが、どうもそれが岡沢に対する心地と、さのみちがつたものでないと思ひあたつて、不愉快な念に閉された。かふいふむさい処に根ざした心で、浄らかな人を見るといふことが、なんだか渥美を汚すやうな気がした。その渥美が、自身らとおなじ心もちでゐようとは信ぜられない。

「どうしてこんな手紙が書けるのだらう」と思いながらも、安良には」渥美がなお「近づきがたい人のやうに見え」、「自身には「倍旧の御愛顧を」と書いてよこした岡沢が似合はしく思はれて、悲しくなる」。岡沢には付け文され、つきまとわれ、後ろから抱きつかれたり、頬にキスされたりしているのだ。

「穢れはてた心」と「清らかな人」の対立は、「すべての浄らかなものと、あらゆるけがらはしいもの」とも言われたし、手紙の届く直前には「西行や芭蕉のあゆんだ道、さういふ道が白じろと彼の前につゞいてゐる。安良がその道へ行かうとすると、どこからともなく淡紅色の蛇がちよろちよろと這ひ出して来て、ゆくてを遮つた」と前段の蛇が殆どパロディ的に出てきていた。性に対する「けがらはしさ」の意識は、安良がこのように思い悩む、「もつとおちついた静かな心」「いつも渥美とはなす時の、さはやかな気分で」渥美の手紙を読みたいと願って来た筈の、「倉の影」の「不浄口へかよふ空地」での最後の描写に見事に形象化されている。

ひそやかな昼ざかりに、かういふ人目にない処に踞んで、油汗を流しながら、もの思ひに耽つてゐる自身の姿が、なんだか岩窟にせなをまるくしてゐる獣のやうに目にうつる。裏通の粉屋で踏む碓[イシウス]の音が、とんとんと聞え出して、地響がびりびりと身うちに伝はる。倉の裾まはりには、どくだみの青じろい花が二つばかりかたまつて咲いてゐた。安良は手をのべて花を摘んだ。黴の生えた腐肉のやうな異臭が鼻をつきぬいた。彼は花を地に叩きつけた。さうして心ゆくまで蹂躪[フミニヂ]つた。五つの指には、その花のにほひは、いつまでもいつまでもまつはつてゐた。

 ちょっと先走るが、『口ぶえ』は、ロマン主義的な死を超えた愛の物語のパロディでもあるだろう。ポーは既にパロディだが、『ヴェラ』とか『死女の恋』とか。そして折口の場合、『死者の書』もそうだが、超自然は全く関わらない。そこが「絶対的に現代的」な作家のゆえんで、一時的に超自然が侵入したなどということもない。

 渥美の手紙が変なのは、そこまで思いつめた手紙をよこすのがいかにも唐突で、いつの間に向うが安良を好きになったのか、読者にも彼自身にも分らないからだ。こんな場合でなければ、安良はもっと驚いていたことだろう。片思いのはずの相手が、自分が望んでいることを、自分と同じ強さで、自分に望んできたのだから。  

 会って話したい。しかし会ったところで思うことの万分の一も言えぬだろうから、やはり手紙で書く。でも書いて見ると、今度は手紙がもどかしい。これは少しも変な文面ではない。普通に恋しているものの心情で、ただそう名づけられていないだけである。だが、安良には渥美にそう言われる覚えはないのだ。

 こういう事情だから、来てくれとは言えないと渥美は言い、すぐにつけ加える。

けれども来て頂かなければまた怨むかも知れませぬ。
 
 これは引っかかる。「また」とは、まるで、以前、渥美が安良を怨むような事件があったかのようではないか。けれども、これが安良の心の反転したものであり、 安良が思っていることを渥美の言葉として読んでいるのだとしたら、過去のどこかで、渥美に怨みを持ったのは安良の方なのだ。これを読んで、安良は飛び立つ思いで渥美を訪ねようと思う。

けれども、その時、ほのかに渥美を怨む心が、ふつと胸を掠めてとほつた。

 まるで、先に言われてはじめて応えを返せる木霊のようではないか。

 相手からの手紙に自分の内心が書かれているのを見出すという現象は、実際に渥美にじかに相対すると、今度は、自分の考えを見抜かれるという事態に取って代られる。夜、隣の布団の渥美が眠ったのかと思って名前を呼ぶと、眠れないのかと言われ、「彼はすつかり渥美に心をよみつくされたやうに感じて消え入りたくなつた」。

 また、翌日、山の頂上まで登ろうかどうしようかという時、「人ずくなゝ寺のうちにゐても、唯二人でないといふことが、彼には不満であつたのだ」と語られるや、「『そんならのぼりまへう』恐ろしいまでに自身の胸のうちを直感した渥美のことばに、彼はぎくりとした」となる。急な山道で、途中で彼は息苦しくなる。「静かに胸のあたりに手をやつて、心のうちに、せつない胸をなでゝくれる友の手を思うた」。すると渥美が即座に言うのだ。動悸がしますか、撫でたげまへう。

彼はまた驚かされた。汗にづゝくりぬれた胸を露はして、抗ふこともなく渥美のするまゝにまかせてゐる。

 こうなるともう、内心を見抜かれるとは、心に思うだけで即座に叶えられる世界に等しい。
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by kaoruSZ | 2015-10-08 18:52 | 文学 | Comments(0)
蛇を呼び出す
 テクストを直接参照しないで小説について書くというのは、たとえツイッターであっても無論誉められた話ではないのだが、論者が引用したり、かいつまんでくれたりするのに甘え、とりあえずそれに頼っていた。ところが、『口ぶえ』を読み返してみて驚いた。こんな変な話だったか? 憧れの渥美、大和旅行からの帰阪後に手紙が来る以前には、全く登場していないではないか。

 つまり、声をかけてきた若者に学校名を言って、「あの学校に、渥美といふのがありませう、知つてますか」と問われるのが『口ぶえ』での渥美(という名)の初出であり、それ以前には一度も言及がないのだ。

渥美々々、彼は深いねむりのどんぞこよりひき起されたやうな気がした。「渥美、えゝ、ゐます」 

 いったい何だろう、これは。「えゝ、ゐます」って、その記憶、渥美の名を聞いた途端に作られたものじゃないか? 夢の中なら普通にあることだが。

 渥美は従弟にあたるが「久しく逢ひません」という相手は、「まだ時間はありますよ、外へ出ちやどうです。こゝは暑くてたまらんですよ」と、畑の中を横切って堤の方へ彼をいざなうが、そこは「月がゆらゆらと上つて来た。夏涸れに痩せた水は、一尺ほどの幅で彼の足もとを流れた。月見草が、ほのぼのと咲いて、そゞろはしい匂が二人を包んだ」と、何とも雰囲気たっぷりなのだ。

「…知つてますか馬追といふのです。それ、あちらに鳴いてるでせう。あれが松虫。おや鈴虫もだ、ねえいゝ声でせう」


 そう話しかけられても、「胸がせまつて一言もいひ出せない」安良。「渥美の名を聞いた時に、彼の心は不思議なほど動揺を感じた。その渥美の従兄といふ人と、かういふ処で出逢つたといふことが、いひしらずなつかしい心地に彼を導いた」。柳田に「渥美も大きくなつたでせうね。どうです。成績の方は」と訊かれ、ようやく「えゝようでけます。いつでも特待生の候補になつてます」とすらすらと答えるが、そんな記憶どこにあったんだ。極め付けは「やはらかな光にほのめく月見草は、夜目にたよたよと、渥美のおもかげをおもはせてゆれてゐる」って、何なんだこれは。

 彼らの会話を意味のないもののように言ったが、間違いだった。

 多分これ以前に「涼しい目をあげて安良をぢつと見た」雑魚取りの少年を「どうも、あの顔には見おぼえがある。いつ見た人だらう、と記憶に遠のいてゐさうな顔を、あれこれと、胸にうかべて見た。しかしものごゝろがついてから、逢うた顔ではない、といふ心もちがする。もつともつと、古い昔に見たのだ。或は、目をあいて夢を見たねんねいの瞳におちた、その影ではなかつたらうか、とも疑つた」というのが伏線だったのだろう。「記憶に遠のいてゐさうな顔」と言うのは、これが祖父の実家の古い社を訪ねる旅だったからで、しかし彼の生れる前に行き来は絶えているので、実際に知った顔ではありえなかったろう。

「従兄という名で渥美の分身が現れたようでもあるのだが、富岡氏の言うとおりであれば、そもそも若者の方がオリジナルで、渥美はそこから派生したのか?」と、私は渥美のモデルとしての現実の藤無染の意味で書いたが、小説では、オリジナルとしての渥美よりその代理である「従兄」の方が先行し、そこから贋の記憶として渥美が誕生したという事なのか。

 それにしても、渥美がたよたよと風にゆれる月見草のおもかげなのに対し、「その若者は骨々しい菱形の顔をした男であつた」という(一見)写実風の断言――。

汽車が来た。若者は窓によつて、「失敬」といつて、すてっきをぷらっとほうむにひいて出て行つた。
その若者は骨々しい菱形の顔をした男であつた。


 堪らなくなってtatarskiyさんに電話した。若者との出会い以前に、渥美の名が一度も現れぬことを、私の見落しでないのを確認してから、「骨々しい菱形の顔」とは何と思うかと問うた。彼女は口ごもっていたが、「口笛を吹くと蛇が出ると言うけど」と言った。

 思いがけないものまで出てしまった。確かに『口ぶえ』と題された小説に、一度も口笛が出てこないのは謎であったのだ。末尾に「前篇終」とあるので後篇でわかるはずだったと一応は納得していた。だが、その理由で「口ぶえ」というのならぴったりだ。今回読むまで忘れていたが、実は蛇は、小屋の中に安良が幻視(というかレトリックというべきか)するより前にも姿を見せてはいた。

彼は一歩塚の方へ踏み入つて、ぎよつとして立ちすくんだ。毛孔が一時に立つて、冷汗がさつと滲んだ。蛇だ。むらむらと恐怖がこみあげて来る。しかし、静かな心もちがすぐ彼に帰つて来た。安良は、ぢつと目をさだめて見た。淡紅(トキ)色の細紐が草のうへになびいてゐたのである。胸はまだどきどきしてゐる。

 それ自体が隠喩の絵解きである文章だが、蛇が塚(墓)にいたのも見逃せない。その直後、小屋の中に安良が見る蛇は比喩のみだ(無論正体は絡みつくトキ色の手足だろう)。そして停車場で会った「若者」の形容は、蛇という言葉抜きで行われた。プラットホームに引いて去ったのは本当にステッキだろうか。そもそも安良はこの男と現実に出会ったのだろうか(現実の折口が桜井駅で藤無染と出会っていたとしても何の保証にもならない)。渥美からの手紙は本当に来たのだろうか。これ以前、長谷寺で、彼は「太い円柱が処々に立つ」舞台の上で白い幻に出会っている。

ふとふりむくと、堂の立蔀に身をよせてすうつと白い姿がうごく。安良は瞳を凝して、身じろぎもせなかつた。白い姿もぢつと立ち止まつて動かない。安良は恐る恐る近よつて行つた。白い姿はだんだん輪廓が溶けて行つて、夢のやうに消えてしまつた。

 明らかに安良は幻を見る人なのだ。後篇でこの白い分身に合理的解決がなされたとも思えない。

 tatarskiyさんから電話あり、口笛とは伝統的に「魂呼ばひ」でもあるのだと教えられる。『死者の書』の二上山の上で、月光の中、南家の郎女を探して行われていたものもそれであり、あの時はそれに応えて大津皇子が甦った(と捜索隊は信じて逃げ去った)。『口ぶえ』の月射す河原も言ってみれば死後の景で、二人は渥美のことをすでに死者のように話している。死者の思い出にように話題にしている。だから「月見草のおもかげ」なのだと。 

 そういえば長谷寺で幻に遭うのも月夜の出来事で、『死者の書』の、大津の墓の中の語りから一転して俯瞰図になる二章冒頭では、月照る下に「白い砂の光る河原」が見えていた。

 九月二十九日朝と夕、tatarskiyさんと電話で話し、『口ぶえ』最後まで解ってしまった。最後というのは、後篇の結末までの折口の構想すべて、後篇で何が明らかにされるのかのすべてである。どうしてそんなことが分るかと言えば、折口が前篇で手がかりを全部出しているからだ。後篇ではそれに答えが与えられることになるだろう。こんなものが出てくるとは夢にも思わなかったが、ために折口の現実の恋人の話もかすむ。

「後篇でこの白い分身に合理的解決がなされたとも思えない」と先に書いたが、勿論「合理的解決」はなされるのだ。そしてその解決は、「あの時から安良は オカシかった」というものでしかありえない。あまりにもさりげなく書かれているので、読み過してしまうのだろうか。持田論文では、メレジェコフスキーの小説でユリアヌスが古代神殿で白い女神の幻に出会うくだりが引き合いに出されていたが、そんな牧歌的なことを言っている場合ではなかった! 怪異譚でも幻想小説でもなくて(これは『死者の書』も同じ)、それなのにリアリズムに反することが出てくるとしたら、語り手がおかしくなっているのだ。

 しかし安良は狂人ではなく詩人である。少なくともこの小説が終る時にはそうなっているはずだ。これは作者と同様、芸術家になるべき少年のイニシエーションの話で、それを折口は、自分の伝記的事実を全面的に貸し与えつつ、自分とは異なる一典型として書こうとしたのだ(なお、狂人と詩人とはナボコフが『青白い焔』で使っている分類だが、 狂人でなく詩人とはっきり書いてあるのに、キンボートを狂人と思い込んでいる人が多いのには驚く)。

 月光の下で現れ消えた、白い幻が当然のように語られた時、すでに安良の“狂気”ははじまっていたと言える。ちなみに私がこのくだりで連想したのはフロイトによる『グラディーヴァ』の分析で、あれは真昼だが、古代の廃墟で主人公が見た幻は、そのあと現実の女として彼の前に現れて、最後には《本当に》彼の幼なじみ(忘れ難い歩き方をその記憶に残した)であることを明かす。こうして、古代の浮彫として見出したグラディーヴァ像にしか興味を持てなくなっていた考古学者の青年の理想の女が現実の女と一致するという、ある意味非常におめでたい(男たちが誤読して感動する際の『未来のイヴ』のようにおめでたい)小説だが、同じように渥美とは、安良とは子供の頃に会っているのではないかとも考えた。だがこれは、目元涼しい雑魚とりの少年を見るくだりにまんまと引っかかったのである。

「ものごゝろがついてから、逢うた顔ではない、といふ心もちがする。もつともつと、古い昔に見たのだ」とは、安良が夢みがちな文学少年だからそんなことを考えたわけではない。それはもっと近い過去に逢った顔、思い出すことを抑圧している顔の代りなのだ。ちょうどハノルトが幼なじみの代りに浮彫を見出したように。

「学校の後園に、あかしやの花が咲いて、生徒らの、めりやすのしやつを脱ぐ、爽やかな五月は来た」と『口ぶえ』は書き出される。だがそれ以前に勿論四月があり、三月があったのである。冬があり、前の年の秋があり、夏があったのである。物語はとうの昔にはじまっていたのに、読者はそれを教えられていなかった。

「このごろ、時をり、非常に疲労を感じることがあるのを、安良(ヤスラ)は不思議に思うてゐる。かひだるいからだを地べたにこすりつけて居る犬になつて見たい心もちがする。この気持ちを、なんといひ表してよいか知らぬ彼は、叔母にさへ、聴いて貰ふわけにはいかなかつた」とはじまる、安良によりそってその心理と生理を細やかに語るかに見えるのは、最も信頼できない種類の語り手だ。安良の不安定さや、心ここになさげな様子や、天候や季節や植物と一体となって自分の感受性の中で生きているかの如き動物的な様子(彼自身「犬」と言っている)は、読者がそう思い込まされるような“春のめざめ”のせいではない。

安良の今の状態は、小説のはじまる以前のある出来事の結果なのだ。その事件は、読者からは勿論、彼自身からも隠されている。安良の防衛が破れるのは、疑いもなく、「渥美」の名が彼の従兄・柳田の口から発せられ、「渥美々々、彼は深いねむりのどんぞこよりひき起されたやうな気がした」時である。だがそれは覚醒ではなく、より深い混迷への入口だった。

 先に私は、渥美に関する記憶はこの瞬間生じたものではないかと疑い、代理である柳田との出会いが先にあり、その後にオリジナルが捏造されたのではと疑ったが、そうではなかった。柳田に会って安良に渥美の記憶が甦ったのは確かだが、それは歪んだ記憶であったのだ。

 白い幻との遭遇の際、奇妙なことが起っていると読者が気づかないのは、それ以前に、乳母の家で十年前に空想したことを、安良が現在経験しているかのように思い出すくだりがあるからだろう。感受性の極度に強い、想像力豊かな子だからと見過してしまうのだろう。しかし、鬼婆の幻想の場合、安良はまだ、それが空想や回想だという認識は手放していなかった。

 白い幻影を見た翌日、彼は何に出会うか。まず塚の辺りで、「長く淡紅(トキ)色の紐が、露深い叢に流れてゐる」のを蛇と見間違う。それから、「道が二股にわかれてゐる」手前の野番小屋を覗いて、「淡紅色の蛇が、山番の裸体の肩や太股に絡みついてゐる」のを目撃する。そして道を下って行き、「灯ともし頃になつて」若者に声をかけられるのだが、実はその前にも蛇はいた。目を閉じて男の肩や太股に絡みついた蛇が浮ぶのと、停車場での出会いの間を繫ぐのは次の文章だ。

昼すこし下つて、焼けつくやうな白砂のうへに大杉が影をおとす三輪の社頭に立つてゐた。山颪が今越えた峰のあたりから吹きおろす。
紐手巻塚 [ヲダマキヅカ]杉酒屋の娘の恋物語を、幾度かにれがみかへしながら、遥かな畷を辿つて行く。


 ここで安良が反芻しているのは、「妹背山女庭訓」の、蘇我入鹿を倒すために、愛した男の犠牲となって死んでゆく酒屋の娘お三輪の物語(そういえば入鹿の卵塔も前日安良は見ている)。三輪の大物主神は言うまでもなく蛇身であり、男の着物の裾に糸をつけた針を刺して追跡する三輪山伝説の細部は、「紐手巻塚 [ヲダマキヅカ]杉酒屋の恋物語」にも引用されている。

 そして直後に出会う男は「骨々しい菱形の顔を」しておりステッキを蛇の尾の様に引いて去る。この蛇づくめは、「『淡紅色の蛇』のからみ合い、という幻視はあまりにもわかりやすい性的な象徴だが」(富岡)で済まされるようなものではない。幻視以前に、テクストの上に蛇が繰り返し呼び出されているのだ。

 では何が蛇を呼び出しているのか。口ぶえである。勿論安良が吹いたわけではなく、本文では一度も吹かれず、文字も出ないが、それでも本文の前に置かれたその言葉が、蛇を召喚しているのだろう。後篇でも多分口ぶえは直接には出ない。ただ、夜、口笛を吹くと蛇が出るという伝承がどこかで言及されるのだろう[これはあとで考えを改めた]。

 これまで誰も思わなかったことだが、『口ぶえ』は死者を甦らせる話なのだ。『死者の書』の成立に折口が実際に見た夢と、「故人」への思いがかかわることは折口自身が書いているが、それを大津皇子の「復活」に結びつけて特異な幻想小説だとする、見当違いの批評が長年なされてきた。一方で、『口ぶえ』は、折口の自伝的な事実に添った、自然主義的な作品と信じられてきたのだ。

 今回判ったのは、『死者の書』と『口ぶえ』が、外見も結末も違うが、双子のような作品だということだ。若い女と男がそれぞれ失踪する。少年は助かるが、娘は作品を残し海に消える。郎女はそもそもなぜ出奔したのか。それをきちんと考えた者がいなかったのと同様、誰も本文がはじまるより前に、安良に何があったか考えなかったのである。

『死者の書』の郎女も『文金風流』の照姫も、自らの属する共同体には不必要な(「女の分」を越える)能力を持った女であり、そのため最終的に此の世で生きられなくなる。しかし安良は違う。十五歳になりながら女を追いかけないのは「勉強一まき」だからと周囲も認め、訪ねてきた乳母からは、「小ぼんちやん、いつまでも、をなごなんて欲しいおもひなはんなや」と、隣人からは「なあ、ぼんぼん。わてらな、若い時分には盆いふと、なかなか家にぢつとひてしまへなんだで。湯帷子[ユカタ]がけで外い出て、をなごおひかけまんね。(…)あんたらそれから見るとえらいもんだんな。結構やな。やつぱり学問のりきだつしやろ。なんちうても学問やらんとあかん」とからかい混じりながら言われ、「祖父も、父も、歌や詩を作り、古典にも多少の造詣は持つてゐた」というその父から、幼時に俳句を口うつしで教わり、「家といふものより、もつとしみじみと自身には親しまれる世界のある心地が」する彼は、実際、そういう自身のあり方を認められた身で、将来家を離れて学問に生きることが可能なのだ。

 それなのになんで安良は、突然の渥美の呼び出しに応えた上に、「みんな大人の人が死なれん死なれんいひますけれど、わては死ぬくらゐなことはなんでもないこつちつげや思ひます」と言う渥美に従い、死のうとするのか。「前篇」の終りに突然渥美が現れ、これまでのいきさつの説明もないまま、闇雲に心中へ突き進む、筋の運びを誰もおかしいと思わなかったのか。

 それとも折口はその程度の下手な作家で、自分の体験を粉飾した若書きの未完の原稿を残したとしか思われていないのか。彼が男を好きだったからあのような情熱が描かれている、くらいに解されているのか。とんでもない。これは計算され尽した巧緻な作で、伏線は残らず張られ、すべての答えは用意され前篇だけでその謎解きの後篇が推し量れるようになっている。「このあとどういう展開になるのか、無論、原稿がない以上、確実には何もわからない」(『釋迢空ノート』解説)とは怠惰なだけだ、後篇が書かれれば間違いなく傑作となり、バッドエンドでない同性愛小説の先駆けにもなったものを。

 先に、自分の外に理想の男を設定していないところが三島と違うと書いたけれど、これは勇み足だった。テクストのはじまる前の出来事がその時はまだ見えていなかった。三島との違いを言うなら、いくら自伝的要素を貸し与えても『仮面の告白』には芸術家としての彼自身が書かれていないが(三島自身そのことは、ものを書く人間でない以上この主人公は自分と違うと、一種の逃げ的に言っていたと思うが)『口ぶえ』は感受性の鋭い少年が芸術家になる、まさにそれ自体が主題の芸術家小説なのである。

 かつて天沢退二郎はつげ義春の『ねじ式』を論じて、切断された腕の血管をねじで接合され、ねじを締めると片腕が痺れるようになった主人公について、つまりこの少年は芸術家になったのだと書いていたが、安良もまた、ただ一度の死を死ぬのではなく、渥美との道行を生き延びてひとりで帰ってくることで、生と死を自在に行き来する者としての芸術家になったのである(三島は向う側へ自ら越えてしまったが)。

 それに先立ち、彼は渥美を失わなければならなかった。だが実は、小説のはじまるより以前に渥美は見失われていたのであり、そのことが安良を、一種の麻痺に陥らせていた。それが、従兄と名乗る柳田に出会って、彼が渥美の名を口にすることによって動揺させられ、家に帰った安良のもとには渥美からの手紙が届き、彼はもう一度渥美に会いに行くことになったのだ。

 これはオルフェウスの地獄下りに比すべき話であり、時期がお盆に設定されているのも偶然ではないのだが(これは偶然かもしれないが『文金風流』もお盆の話だ)、書かれてから一世紀の間、その真実は誰にも気づかれぬままだったとおぼしい。


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by kaoruSZ | 2015-10-07 04:47 | 文学 | Comments(0)
まえおき
 七月十六日以来、ツイッターを利用して『文金風流』について書いていたが、登場する照姫と、『死者の書』の郎女の類似を述べようとして、後者について通常行われている解釈があまりに真実と違うので、『死者の書』に寄り道することになった。まず、大津皇子は、郎女の夢(と人々の語り)の中にしか存在せず、超自然的な出来事など何も起こっていないことを確認して、大津の亡霊が阿弥陀仏の姿に化って供養が完成するといった、物語の捏造を退けようと努めた。また、彼女の孤独は、女に許される水準から抜きん出た知性を持ってしまったところから来ることを示し、大津に誘びかれて彼の裸身を覆う布を作る「機織る乙女」になるといった、受動的な器ないし操り人形としてこの女主人公を捉える俗説を排そうとした。しかし、大津の存在が重要であること――初めて真に『死者の書』が書きはじめられる地点に折口を到らせ、自分がその小説を書かねばならぬ真の理由を初めて覚らせた事件そのものである夢の結果が「彼[か]の人」である事に鑑み、「三十年も過ぎてから、夢に見たことが不思議でならない。それを絵解きして見よう、そう思って書き出したのが、『死者の書』になった」と折口から加藤守雄が聞いた、その三十年前の彼自身がどういうふうであったかを髣髴とさせる『口ぶえ』を読み返そうとした。 
 しかしここで私は一つ思い違いをしていた。夢を見た時折口は五十二歳、三十年では中学時代に遡り得ない。実はそのことは、年齢を確かめた時に気づいていたが、二十二歳なら大学を出て中学校教師になった時期、かつての自分の年頃の生徒に接して思い出が甦り、それが『口ぶえ』執筆を促し、またこの頃、その友人と最後に会う機会を持ったのかと解釈したのだ。

 持田叙子氏の『「口ぶえ」試論』には、教師時代の折口の、その名も「生徒」という短歌連作が引かれており、すでに述べたようにその中に、私は、夢の中で白玉を抱く郎女を思わせる、「白玉をあやぶみいだき ねざめたる 春の朝けに 目のうるむ子ら」(青春の朝に目を潤ませているのは、『口ぶえ』の安良に認められる特徴でもある)や、「くづれ仆す若きけものを なよ草の床に見いでゝ かなしかりけり」という、『口ぶえ』で安良がそれと同じ動作をする生徒と、それを「愛[かな]し」と思って見つめる「われ」という構図を発見して、自分の予見が裏づけられたと考えた。

 また、これもすでに述べたが、飛鳥の古寺の「大理石の礎」という存在しないものを安良が思うことについて、陰鬱なキリスト教世界に対し晴朗な古代ギリシアを代表するものであるからで、メレジェコフスキーから「知らず知らずのうちに」折口が影響された結果ではとの、持田氏の見解に対し、大理石とは端的に古代ギリシアと同性愛を指し、折口は当然意識的にやっているのだと指摘した。

 なぜなら、「大理石」とは他ならぬ安良自身が鏡に己が身を映すくだりで「大理石の滑らかな膚を、日が朗らかに透いて見せた、近頃になつてむっちりと肉づいた肩のあたり、胸のやはらかなふくらみ」と、あからさまにナルシスティックでホモエロティックかつ両性具有的な描写に使われている言葉だからだ。

 この「大理石の」身体が、それから三十年後に書かれる『死者の書』では、郎女が幻視する「俤びと」の、「白玉の」指や上半身、また夢の中で「白玉」と一体となって水底に沈む郎女の、「白玉の身」になっているとは、これまでにまとめた分で書きもしたが、まだ中途であって論じ終えていないことでもある。

 折口の夢から遡ること「三十年」の『口ぶえ』に、『死者の書』の起源を探ろうとしたのは間違いではなかった。見つかったのは、たんに、彼が自身の少年時代をモデルにした安良が、どのように描かれているかだけではなかった。これもまたすでに書いたが、この二つの小説の細部の関連を注意深く読むならば、体操教師の手で上着を剝がれた「如月の雪」と形容される「いたましい」安良の裸体が、『死者の書』では、「明るい光明の中に、胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現(ゲン)じた」「白々と袒(ヌ)いだ」「いとほしい」俤びとの半身に変っているのが認められよう。また、「一すぢの糸もかけて居ない」雪の膚[ハダエ]を衆人の目に晒すという、ナルシスティックでマゾヒスティックな安良‐折口の空想の方が先にあり、それが、多くの糸(で織った布)によって、寒さを防ぐ目的で(雪やその換喩としての白さとは寒さの喩でもある)裸体を覆うという合法的な筋書へと、(無論、無意識に)変形されたのであろうこともすでに述べた。

 このようにテクストの検討自体は問題なく進んだのだが、やはり私は思い違いをしていたのだった。単純に、富岡多惠子の『釋迢空ノート』が解明した事実関係を知らなかったということだが。富岡氏が明らかにしたところによれば、三十年前即ち明治四十二年、折口は、片思いの対象だったらしい元同級生とは比較にならない、大切な人と死別している。(ついでに幾つか訂正を。件の夢を見た時点で五十二歳と思いそう書いたが、正確には昭和十三年(一九三八年、折口五十一歳)のことのようだ。大学卒業が一九一〇年、教員になるのはその翌年なので、二十二歳で教師というのもありえなかった。『口ぶえ』執筆は二十六歳の時になる。)

 三十年遡って到りつくべき時は、中学時代ではなく、その人・藤無染の死の年(一九〇九年/明治四十二年)だったのだ。初めて上京して国学院に入る際、折口は彼の部屋にいきなり同居している。これは当然以前から知り合いだったからだと富岡氏は考えるのだが、折口は自作の年譜にその名を明記しながら、関係は勿論、彼が何者なのかさえ、話さず、知らせず、書き残さなかった。加藤守雄が調べようとしたがわからず、その後誰も調査した形跡のないこの人物について、折口の伝記的事実と夥しい彼の短歌を突き合せることで、富岡氏は事実を突き止めてゆく。「『藤無染』が具体的に姿をあらわしはじめると、なんのことやらわからなかった短歌の連作が、ドラマティックに動き出すのを見る思いがすることがあった。『藤無染』というピースをはめこむと、一挙に絵柄がはっきりするジグソーパズルのような気さえしたこともあった」と富岡氏が言う過程の幾らかは、この本を読みながら追体験できよう。

 こうして見出された物語は驚くべきものである。「『情況証拠』の積み重ねによる」推量は本文ではてきるだけさし控えたという「追記」の中身を先に記すなら、折口は中学二年、十三歳のとき初めて一人旅を許されて大和廻りをした時、現在のJR奈良線桜井駅で、二十二歳の僧侶・無染に出会ったのではないかと富岡氏は「推量する」。「一泊の大和旅行から帰ってすぐ、京都西山・善峯寺に滞在する無染からの誘いの書状にこたえて善峯寺に行った、とも推量する」

 京都西山――『口ぶえ』の読者ならすぐおわかりになるろう。初めての泊りがけの一人旅を終え、安良が帰宅してから二日後、上級生の渥美から手紙が届く。その中身を読むや、安良は母や同居の叔母に嘘をついて、渥美の滞在する西山・善峯寺へ赴く。実際には、旅先で知り合った男から折口が呼び出されたのを、小説ではそのように変形したと、富岡氏は「推量」しているのだ。

 相手を藤無染と同定しない「本文」での「推量」は、さらに大胆でさえある。というのも、『口ぶえ』が大胆なテクストであるからだ。一人旅の安良は、「灯ともし頃になつて疲れきつたからだを、ある停車場のべんちによせかけてゐた。(…)突然、彼の脇に歩みよつた若者がある。/『君は大阪ですか』/『ええ』」

 大阪のどこか、中学はどこかまでを聞き出して、一高生の柳田と名乗る相手は、渥美というのは自分の従弟だと言って、安良を駅から連れ出し、堤に座って話をする。十三歳の折口は、こうやって桜井駅で「若者」に声をかけられたのではないかと、富岡氏は言うのだ。

安良が帰宅するとすぐに受け取る、「京・西山にて」と書かれた手紙は、じつはこの「若者」からだったのではないか。
(中略)
安良が、このひとり旅から帰ってすぐ、手紙の呼び出しに応じ、アリバイを作りに父の実家へいくことさえして、「むにむさんに山をめあてに」善峯寺へ向ったのは、旅での忘れられぬ思い出を残した「若者」が寺に待っているからではなかったのか。


“夢の仕事”が辿られるのを見るような鮮やかな分析だ。

 また、富岡氏は、『口ぶえ』の次のような細部に注目している。「若者」に“偶然”出会う前、安良は、蜜柑畑の中の野番小屋に近づいていた

つきあげ戸から覗きこんだ彼は、そこにあさましいものを見て、思はず二足三足後じさりした。小屋のなかゝらは、はたちあまりのがつちりした男が、愚鈍なおもゝちに、みだらなゑみをたゝへて、驚いたといふ風に戸にいざり出て、こちらを見つめてゐた。

安良はをりをりあとをふりかへつた。さうして蹲つて、耳をそばだてた。深い檜林には、人音も聞えなかつた。目を閉じると、淡紅色の蛇が、山番の裸体の肩や太股に絡みついてゐるのが、まざまざと目にうつゝた。

 駅での若者との出会いを経て安良は帰宅するが、一人旅ではなく、斉藤と言う同級生と一緒だと嘘をついていたので、留守の間にそれが露見したふうはなく、母や叔母が「何も知らぬ容子に胸を撫でる」。そのあとの叙述――

その夜は大きな蚊帳のなかに、唯一人まじまじとしてゐた。露原にわだかまる淡紅色の蛇が、まのあたりにとけたりほぐれたりして、ゆらゆらと輝いて見える。(中略)夜なべに豆をひく隣の豆腐屋の臼の音が聞える。あたまから蒲団をかづいて、その下で目を固く閉ぢた。蒸れかへるやうななかで、自身の二の腕を強く吸うて、そのまゝ凝つて行く人のやうにぢつとしてゐた。しかし、そのうち汗や湿気に漂うて、彼は昏々と深い眠りにおちた。

 なるほど、そう言われて見ると、「若者」との場面で“検閲” されたものが、前後に滲み出てきたかのようだ。若者との会話自体は、勉強も大事だが運動をよくしろと渥美に言ってくれなどと、ほとんど夢の中の会話のように意味がなく、従兄という名で渥美の分身が現れたようでもあるのだが、富岡氏の言うとおりであれば、そもそも若者の方がオリジナルで、渥美はそこから派生したのか?

 富岡氏は、「渥美を、中学同級のアコガレびととしているのは、「おとり」で、渥美と若者は同一人物だとすれば、すべてツジツマが合ってくる」と書く。(なんでも「加藤守雄も中村浩も」「『小説』にまんまとだまされて」、渥美を、折口の夢に現れた中学時代の同級生・辰馬桂二と、ほとんど同定しているのだという。)

 先に引用した、駅で出会った「若者」とのエピソードの前後に置かれた二つのくだりについて、富岡氏は言う。

これはあきらかに、この大和へのひとり旅で、安良少年がはじめてのなんらかの性的体験をしていることを示しており、この体験は、渥美とは無関係で、むしろ突然あらわれた、渥美の従兄だという「若者」との出会いがそこにかかわっている気配がある。
 
 また、

『淡紅色の蛇』のからみ合い、という幻視はあまりにもわかりやすい性的な象徴だが、『自身の二の腕を強く吸う』というのは体験の回想、或いは反復のように思える。そしてこれは、現実の体験が小説に『使われている』のではないか。

 エクリチュール以前の現実の探求に関して、富岡氏の「推量」は感嘆すべきものであり、私は全面的に信用する気でいる。ここで引いた解釈も、面白いと思うし、基本的に反対することはない。ただし、短歌が対象の場合であれば、折口の歌はほとんど日記のように折口の人生と重なって見えたから問題がなかったが、小説になるとそうではない。

『口ぶえ』もまた短歌と同様、ある時期の折口の人生を模した「物語」であるかに見える。だが、これは、あくまで「見える」だけであり、この類似は作品にとっては偶然に過ぎない(本当は短歌も同じだが)。作品は「現実」とは別の構造を持つのであり、折口の歌の場合、そのずれが相対的に目立たないだけだ。

 たとえば先程の「自身の二の腕を強く吸う」というのが「体験の回想、或いは反復」であり、「現実の体験が小説に『使われている』」のだろうという話でも、「現実の体験」は作品の中に置かれる時、その意味はあくまでも、それまで書かれた言葉との関係の中にしかない。だから「自身の二の腕を強く吸う」とは、まず何よりも、その前に読まれる「淡紅色の蛇が、山番の裸体の肩や太股に絡みついてゐる」の、「回想、或いは反復」であろう。「わだかまる淡紅色の蛇が、まのあたりにとけたりほぐれたりして、ゆらゆらと輝いて見える」という幻視ではおさまらず、安良はそれを、自分の身体で表現‐再現しているのだ。

 また、「『淡紅色の蛇』のからみ合い、という幻視はあまりにもわかりやすい性的な象徴」と富岡氏が言うイメージにしても(闇の中に見る蛇は一匹の様に思えるが)、蜜柑畑の小屋を覗いた安良が何を見たのかは必ずしも明らかではない。彼を「思はず二足三足後じさり」させた「あさましいもの」とは何なのか。

「愚鈍なおもゝちに、みだらなゑみをたゝへて、驚いたといふ風に戸にいざり出て」こちらを見ている「がつちりした若い男」が、彼の拒否する(実は惹かれてもいる)上級生・岡沢の同類なのはすぐ分るが、いざり出てこちらを見つめる足萎えめいた男から、いったいなぜ「をりをりあとをふりかへ」りつつ、安良は必死に逃げるのか。

「淡紅色の蛇が、山番の裸体の肩や太股に絡みついてゐる」とは、雷神たちがその上に蹲る、黄泉のイザナミをも連想させる姿だ。『死者の書』はオルフェとしての折口が三十年後に敢行した地獄下りであろうが、この森番は、墓で目覚める「彼[か]の人」を遥かに予告するようにも見える。無論大津は「つた つた つた」と足音をさせて忍び寄るがそれは郎女の夢の中でのこと、昼の光に晒されれば、正体はこれと変らぬ(あるいはそれ以上の)「あさましさ」なのではないか。それは安良あるいは折口が旅で知り合った「若者」の反面でもあり(でなければ安良は床の中で、あのように熱心に闇の中で出会いを反芻しはしないだろう)、郎女の「俤びと」と死霊の解消不可能な分裂の起源でもある。とはいえその出会いは本当にあったのか。折口にとってはあったとしても、安良にとってはそうでないとも、あるいは夢の中でしか起らなかったとも言えるかもしれない。まるで夢の中の出来事のように、テクストの表面から消去されたのは正しかったのかもしれない。

 なぜなら、自分の腕を吸って眠りに落ちる安良のナルシシズムとオートエロティシズムは、他の男に向ける眼差しに先立って、またそれ以上に『口ぶえ』を特徴づけるものであり、自分の外に自分のなりたい理想の近江を創造した三島と違い、折口は、現実の自分より美しい、鏡を見て自足する少年として安良を創造したのだから。

別セリーで書いたが、https://twitter.com/kaoruSZ/status/644923237621587973 富岡氏のやっているのは「作家の人生を理解するために作品を役立てること」であって、短歌の場合はそれがうまく行っていたのだった。折口が意図的に隠したものを補うことで、もとの連関に戻してやり、文脈が通るケースだったからだ。それが作品の構造を見つけることだったからだ。だが、『口ぶえ』や『死者の書』は、「現実にあったこと」をそこから見つけるための資料として読んでいたのでは、何も理解できないたぐいの書き物だ。そして作品を理解することなしに作家の人生を理解することなどありえない。

 長い年月、誰もそんなことができるとは思いもしなかった調査をした富岡氏のお陰で、今では私たちは折口が出会いから九年後に無染の死に遭い(上京して同居した翌年、無染は結婚、その翌年長女誕生、さらに翌年妻は結核で死亡、翌年無染自身も結核で死去)、『口ぶえ』はその四年後に二十六歳の青年によって書かれた、輝かしい青春の形見であることを知っている。四半世紀後、夢に見た「古い故人の罪障消滅と供養」のために折口は小説を書いた。何が供養になるのか、罪障とは何に対しての罪なのか。はっきりしているのは、供養と称しながら故人を骨の化け物として甦らせるのが小説を書くことだということだ。

2 http://kaorusz.exblog.jp/24969092/ へ

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by kaoruSZ | 2015-10-07 04:46 | 文学 | Comments(0)
※見よ眠れる船を――折口信夫の『文金風流』(2)


 郎女は死ぬだろう。當麻にしばしとどまった彼女は、再び人知れず立ち去って、ただ一人残りの行程を辿るだろう。「浪に漂ふ身」「水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ) く白玉なる」身とは、水底のエクスタシーに沈むとは、死の予行演習であった。「山越しの阿彌陀像の畫因」で、折口もしきりに畳みかけていたではないか。

四天王寺には、古くは、日想觀往生と謂はれる風習があつて、多くの篤信者の魂が、西方の波にあくがれて海深く沈んで行つたのであつた。熊野では、これと同じ事を、普陀落渡海と言うた。觀音の淨土に往生する意味であつて、淼々たる海波を漕ぎゝつて到り著く、と信じてゐたのがあはれである。(…)日想觀もやはり、其と同じ、必極樂東門に達するものと信じて、謂はゞ法悦からした入水死(ジユスヰシ)である。(…)さう言ふことが出來るほど、彼岸の中日は、まるで何かを思ひつめ、何かに誘(オビ)かれたやうになつて、大空の日を追うて歩いた人たちがあつたものである。

「思ひつめ、何かに誘(オビ)かれたやうになつて」當麻へやって来た郎女が、このような者たちの一人であるのは誰にでもわかる。しかし、彼女は、それを最後まで歩き切った人とは思われていないのである。

【九月三日】tatarskiyさんから電話あり、『死者の書』序章の大津の独白後、二では語りの視点は俯瞰になり、月光の照らす山、谷、川筋、さらに難波江即ち大阪湾の光る水面にまで語り及ぶ、つまり郎女のやって来た道筋に加え、語られない最後の行先まで、要するに物語の舞台のすべてを、あらかじめ見せているのだという。一見たんなる地形の説明のようだし、二上山に入って郎女の魂を招び返そうとする人々が、塚穴の底から響く甦った大津の声を聞く(明らかに集団催眠である)結びばかりが注目されてしまうが、実はこの部分が重要なのだと。

 その部分を読んでみよう。

月は、依然として照つて居た。山が高いので、光りにあたるものが少かつた。山を照し、谷を輝かして、剩る光りは、又空に跳ね返つて、殘る隈々までも、鮮やかにうつし出した。
足もとには、澤山の峰があつた。黒ずんで見える峰々が、入りくみ、絡みあつて、深々と畝つてゐる。其が見えたり隱れたりするのは、この夜更けになつて、俄かに出て來た霞の所爲(セヰ)だ。其が又、此冴えざえとした月夜をほつとりと、暖かく感じさせて居る。
廣い端山(ハヤマ)の群(ムラガ)つた先は、白い砂の光る河原だ。目の下遠く續いた、輝く大佩帶(オホオビ)は、石川である。その南北に渉つてゐる長い光りの筋が、北の端で急に廣がつて見えるのは、凡河内(オホシカフチ)の邑のあたりであらう。其へ、山間(アヒ)を出たばかりの堅鹽(カタシホ)川―大和川―が落ちあつて居るのだ。そこから、乾(イヌヰ)の方へ、光りを照り返す平面が、幾つも列つて見えるのは、日下江(クサカエ)・永瀬江(ナガセエ)・難波江(ナニハエ)などの水面であらう。


 これはミニアチュアだ。それを俯瞰で撮っているのだ。なんという巧みな、全知の語り手による客観描写(という詐術)。

 ありえないことだが、もしこの小説が郎女の一人称で書かれていたら、読者はこの娘の「異常さ」に気づかずにはいないだろう。彼女が幻を見る人であることを知り、大津皇子の存在を疑ったことだろう。

 序章で語りは、「彼[か]の人」のモノローグにぴったりよりそって来た。ほとんど、「彼」が「我」であるかのように、墓の中の「おれ」は語りつづける。「尊い姉御」つまり大伯皇女[おおくのひめみこ]が墓の外で歌をうたいあげた時にはそれが聞えたというが、これは二で、魂まぎ人たちの声が大津に届き、彼の耳に彼らの声が届くのを自然に見せるための伏線だ。郎女の魂を呼び返そうとする男たちは、大津の非業の死とそれにまつわる物語で頭が一杯で、その話を互いにしあい(読者に聞かせ)、大津の塚の前で「こう こう こう」と呼ばわって塚の中から洩れる唸りを聞いてしまい、飛び上がって四散する。

 彼らが自己催眠によって大津の甦りを確信したように、読者も作品内世界での彼の実在を信じてしまうのだ。さても折口の技の巧みなことよ。

 月光の照らす「白い砂の光る河原」は不吉である。かつてそうした水辺のどこか(磐余[イハレ]の池の堤)で、大津は、「鴨みたいに、首を捻ぢちぎられ」たのだから。日下江・永瀬江・難波江の「光りを照り返す」水面は不吉である。郎女は山を越え、海に至って、白玉の身をそこに沈めることになろうから。そして山中の光る川筋には、いかに細くて目にとまらなかろうと、安良たちが身を乗り出した、崖下の谷底を流れるものも含まれていよう[後日の註:これは崖下でなく、その前に渥美が水に入ったり、青い淵に見入ったりする川を挙げるべきであった]。安良は未遂だが、郎女が海まで行くのは必然で、『文金風流』の照姫も観客の前では心中せず、此の世の外へ向う船に乗るのだ。

 安良は死なない。「(前篇終)」と記された先がどう続くはずだったにせよ、安良には未来がある。「女子供」ではなくなる未来が。安良がどうなるかと言えば、折口になるのだ。十年後には彼は、当時の自分と同年齢の教え子たちの“春のめざめ”を見つめつつ、思い出を甦らせて『口ぶえ』を書くだろう。

 そして長い時が経ち、「夢の中の自分の身が、中將姫の上に」なる夢を見て、当時の自分、即ち安良を、女に換えた『死者の書』を書く。郎女の閨を訪なう骨の指もつ死者と、彼女が幻視する白玉の指の俤びとの対立は、二人の上級生の間で、霊と肉、「浄らかなもの」と「けがらわしいもの」との間で引き裂かれ、葛藤する当時の安良の意識の投影に他ならない。しかし、安良のような、予定調和的に止揚すべき霊と肉との単純な二元論は郎女にはあてはまらない。なぜなら、女である郎女は、最初から不浄の側に割りつけられているのであり、そうでなければ、女人結界を破ったとして寺に留めおかれることもなかったからだ。

 郎女とは何者か。郎女の客観的な立場は、大伴家持と郎女の叔父・恵美押勝のパートによく描き出されている。南家の姫君が神隠しに遭い、「當麻の邑まで、をとゝひ夜(ヨ)の中に行つて居た」と聞いて家持が思いにふけるのは、姫の父に代って実権を握りつつある押勝(五十を過ぎているが三十代のように美しく、家持の長女を息子にくれとせがんでいて父同士で歌のやり取りをしているーー「先日も、久須麻呂の名の歌が屆き、自分の方でも、娘に代つて返し歌を作つて遣し た。今朝も今朝、又折り返して、男からの懸想文(ケサウブミ)が、來てゐた」)ーーのことである。「五十になつても、若かつた頃の容色に頼む心が失せずに ゐて、兄の家娘にも執心は持つて居るが、如何に何でも、あの郎女だけには、とり次げないで居る」と以前人づてに知った家持は、「其を聞いて後、家持自身も、何だか好奇心に似たものが、どうかすると頭を擡(モタ)げて來て困つた。仲麻呂[押勝のこと]は今年、五十を出てゐる。其から見れば、ひとまはりも若いおれなどは、思ひ出にまう一度、此匂(ニホ)やかな貌花(カホバナ)を、垣内(カキツ)の坪苑(ツボ)に移せぬ限りはない。こんな當時の男が、皆持つた心をどりに、はなやいだ、明るい氣がした」というのだ。

「當時の男が、皆持つた」というのは目眩ましで、男同士で恋文の贈答をし、相手の女関係を仄聞しただけで忽ち「若い色好みの心」を刺戟されて浮き浮きしてしまうというのには男色の匂いがぷんぷんするが(「當時の男が、皆持つた」とはそちらのことかもしれない)、それはひとまず措くとして、ここでの郎女は、第一に、誰のものになるのかが男たちに取沙汰される性的対象物である。 たとえそれが、結局は神の嫁にしかなるまいという、諦めに落ち着くとしても。実際、郎女に文を渡そうとする男は大勢いるが(『文金風流』の狂女は世俗化された郎女であろう)、すべて阻止され本人は知らぬ。郎女が語部の婆から聞き、夢に見る大津皇子は、だから彼女が初めて目のあたりにした求婚者とも言えよう。

 現に、「女盛りをまだ婿どりなさらぬげの郎女さまが、其力におびかれて、この當麻(タギマ)までお出でになつたのでなうて、何でおざりませう」と語部の婆は暗示をかける。しかし姫は信じない。彼女の幻視する美しい俤びとと過去の因縁話などには何の関係もないことが直観的にわかっているからだ。

「大津皇子と彼のために機を織る中将姫との直線関係」(持田)など無い。墓の中の死者の、「おれには、子がない。子がなくなつた。(…)子を生んでくれ。おれの子を。おれの名を語り傳へる子どもを――」という独語は、郎女が振り捨ててここまできたものの象徴でこそあれ、彼女の望んでいるものなどではない。

『春のめざめ』や『飈風』を、確かに折口は読んだのだろう。思春期や性欲を主題とした文学を目のあたりにし、小説でそういうものを書けるのだし書いてよいのだと 知り勇気づけられもしたことだろう。だが影響はそれまでだ。折口は、これは違う、自分が読みたい(書きたい)のはこのようなものではない、そういう作品は 自分で書くしかないと痛切に思ったことでもあろう。それはヴェデキントや谷崎の小説が異性愛を描いているのに対し、折口が同性愛者だったからということではない。『春のめざめ』や『飈風』の同性愛版を作ればいいということではない。同性愛者の性の目覚めを描けばいいというものではない。

 そうではなく、少年少女が何も分らないまま子供を作ってしまうとか、男が女に接して淫蕩の血が目覚め遊女を相手に荒淫の限りを尽し実を滅ぼすとかいったものが、ラディカルな性表現だと信じられている世界にあって、どうしようもなく鈍感で蒙昧な俗情と結託したその前提を崩さなければならなかったのだ。

 湯上りの安良の、「ふりかへると斜に傾いた鏡のおもてに、ゆらゆらとなびいて」「うつつてゐ」た自らの鏡像――「大理石の滑らかな膚を、日が朗らかに透いて 見せた、近頃になつてむっちりと肉づいた肩のあたり、胸のやはらかなふくらみ」――が、夢の中の郎女の「白玉なる身」に通じることはすでに述べた。安良の未分化な身体は自らの受動性を、女という、男にとって当然の性的対象として外在化し、穢れとしての女と自分を峻別し、自分の平穏を乱し、悪しき欲情を搔き立てるそもそもの原因と見なされた女を本質的には憎みながら欲望する、ヘテロセクシュアリティの体制にはまだないのである。

 だから彼の注意は自分自身に、先ほどのように鏡を見ながら「ふと腕をあげて、項のあたりにくみあはせる。ほそやかな二の腕のまはりに、むくむくと雪を束ねる。自身のからだのうちに潜んでゐた、不思議なものを見るやうに、好奇の心が張りつめて來た」と、自分の感覚と自分自身に集中している。

 あらためて『口ぶえ』を――『死者の書』の先行作品と気づいて――読んでみると、最初の方だけでも『死者の書』との類似の多さに驚くのだが、この裸体の描写は、すでに、開巻まもない、安良がシャツなしでじかに上着を着て登校したため、体操教師の上着を取れという命令に従い得ず、手荒に上衣を剝がれた上、号令をかけるべく壇上へ追いやられた際にもあったものである。

彼は壇上に顕れた。彼の状態は、一すぢの糸もかけて居ないのである。彼の顔は、青白く見えた。心もち昂(アガ)つた肩から、領(エリ)へかけて、ほのぼのと 流れる曲線、頤から胸へ、胸にたゆたうて臍のあたりへはしるたわみ、白々として如月の雪は、生徒等の前に――」と、白さを強調した「雪」という隠喩がここにも使われている。「同年級の生徒のある者は、さすがにいたましい目をして、彼を見た。

「一すぢの糸もかけて居ない」いたましさ。『死者の書』の郎女が 入り日の中に幻視したのち夢で見た、「明るい光明の中に、胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現(ゲン)じた」「白々と袒(ヌ)いだ美しい肌」の初出はこれ だったのだ。「いたましさ」が、「いとほしさ」に変ったのだ。

あゝ肩・胸・顯はな肌。――
冷え冷えとした白い肌。をゝ おいとほしい。郎女は、自身の聲に、目が覺めた。夢から續いて、口は尚夢のやうに、語を逐うて居た。おいとほしい。お寒からうに――


「神の嫁」という題名で「横佩垣内の大臣家の姫の失踪事件を書かうとした(…)その時の構圖は(…)藕絲[はすいと]曼陀羅には、結びつけようとはしては居なかつたのではないかと思ふ」という折口自身の証言は、本当のことだろう。最初にあったのは、衣服をとられ、「一すぢの糸もかけぬ」雪の膚[ハダエ]を人目に晒すという、空想の方なのだろう。その空想が、無数の蓮糸で織り成した布で「寒くないよう」裸体を覆うという合目的的で合法的な筋書へと逆転した時、それは姫の失踪事件と結びついて、折口に『死者の書』のプロットを可能にさせたのだろう

 その日、安良がシャツを着てこなかったのは、汗かきなので「寝間を出るから、ねつとりと膚がたるんでゐる様に感ぜられた」ためと説明される。雨の朝、教室の「窓ぎはにゐる安良は、吹きこむ細かな霧に湿うた上衣の、しつとりと肌を圧する感覚を、よろこんでゐた」と、ひたすら自分の感覚に忠実な安良である。

 体操に先立つ国語の時間、教師が読本[とくほん]を読む声が安良の耳に入ってくる。「教師は今、おもしろ相に『こゝにおいて、ふりっつは、その狼を戸にむかつて、力まかせにうちつけるよりほかには、しかたがなかつた』と大きな声でいつた」。しかし狼と戦い勇ましく制圧するその話は、安良には「おもしろ」くない。「安良は、はじめから、この教科書の内容に、興味はなかつた。岩見重太郎や、ぺるそいすの物語に、胸をどらしたのも、二三年あとに過ぎ去つてゐた」。

 岩見重太郎やペルセウスという選択も意味ありげだが、まずは、ふりっつの話を、自分の欲望に合わせて、彼がどう変えたか見てみよう。

それでも、ふはふはした雪のうへに、ふりっつの白い胸から、新しい血の迸るありさまをおもひ浮かべてゐた。その夢のやうな予期が、人間の力を思はせる、やすらかな結局になりさうなのを、つまらなく感じた。


 またしても白い胸、そして雪が、この受苦の少年が安良自身であることを容易に指し示す。

「ふりっつ」の話は、直ちに『仮面の告白』の、少年時代の「私」が殺された王子が甦るのが気に入らなかった、同巧の挿話を思い出させる。それを男性同性愛者に特有などと言うつもりはないし、折口と三島が似ているとさえ思わないが、少なくとも彼らは「狼を戸にむかつて、力まかせにうちつける」ことに快感を覚える攻 撃的な大人の男ではなく、成長した男にはあるまじき受動的なファンタジーに浸っているのである。続く体操の時間の出来事について、持田氏は「そのひそかな 愉悦感を罰せられたかのように、今は安良自身が白い胸を露わに皆の前に立たされているのである」と言うが、これは事態の半分しか明らかにしていまい。確かにそれは罰として起り、安良を易々と従わせるが、しかしその罰自体が安良の幻想を実現させるものなのだ。安良の内面の「ひそかな」願望であったものが、衆人環視の下、彼自身の身に現実化するのだ。彼は欲望を満足させ、しかもそのことを罰せられない。なぜならそれ自体が罰なのだから)。

「同年級の生徒のある者は、さすがにいたましい目をして、彼を見た」というが、この「ある者」とは誰だろう。なぜ、「ある者」であって、複数の生徒ではないのだろう。「一すぢの糸もかけていない」白い胸に注がれる目は安良が鏡の中の自分を見つめる目でもある。「同年級の」「ある者」もまた、スペクタクルとしての 安良を見て楽しみたいのだ。そのうしろめたさを伴う「いたましい目」で相手を見た。「ある者」は安良の分身にして共犯者であり、いたましいのは、目であり安良の姿でもある。

 マゾヒズムはサディズムの単なる逆転ではなく、法に従うことで法を無効にするものだと説いた哲学者の説を援用するまでもあるまいが、「蝦蟇(ガマ)といはれてゐる」「太い声の」「大きな教師」の意図は完全に無効にされており、壇上から生徒らに号令をかける安良の「澄み透つた声は、生徒らの耳に徹した。俘虜 [トリコ]のやうに見えた彼は、きびしいゑみを含んで、壇をおりて来る」。

 体操の時間のこの事件は、この小説で描かれる学校生活のうち二日目にあたる。これに先立つ一日目、彼は、遅刻しかけて教室に駆け込み、汗かきのせいで級友に頭が火事だとからかわれる。この二場面をまとめて持田氏は「受苦のあと甦る神のように、安良も同級生や教師に辱められた後必ず一種の昇華を得ている」と言うのだが、これではベクトルが逆ではないか。ここでは「辱め」自体が、一種の「昇華」としての快楽なのだから。彼は白昼夢として展開される欲望(の俘虜[とりこ]であること)から解放されて壇をおりて来たのだ。その後にあるのはむしろオーガズム後の鎮静であろう。持田氏が一日目の「昇華」として引いている一文、「しばらくして、 安らかな涼しい心地が、彼に帰つて来た」も、そう解釈した方が平仄が合うというものだ。

 これに続く叙述は次の通りである。

その時間は、とうとう先生は、出なかつた。 生徒らは、のびのびした気分で、広い運動場に、ふっとぼうるを追ひまはつた。
 安良は朝の光を、せなか一ぱいに受けて、苜蓿草[ウマゴヤシ」の上に仆れて ゐた。青空にしみ出て来る雲を、いつまでも見入つてゐる。


 現在形で記された、一瞬がそのまま永遠になる少年の時。持田氏の紹介している、中学教師時代の折口作の教え子を題材にした歌三種のうち、「白玉をあやぶみいだ」く一首が『死者の書』に通ずることはすでに述べたが、もう一首、「くづれ仆す若きけものを なよ草の床に見いでゝ かなしかりけり」は、まさしくこの時の安良の姿ではないか。その日ついに出なかった、そこにいない(恐らくは)若い「先生」は仆れてゐる安良を背中の方から眺めているのだし、見られているのに気づきもせず、「青空にしみ出て来る雲」にいつまでも見入る者とは、そのまま不在の「先生」の過去なのである。

 郎女の「俤びと」のオリジンが『口ぶえ』の安良の裸身であり、一すぢの糸もかけていない裸にされる「いたましさ」から無数の糸で織った布地で「いとほしい」裸身を覆うことへと変形されていること。それが當麻寺の曼荼羅の伝説とうまく接続されたのだ(折口は、芸術家が白昼夢をいかに加工して社会的に受け容れられる形にするかについて書かれたフロイトの「詩人と空想すること」も共感を持って読んだに違いない)。あれは全く阿弥陀仏などではない(実は郎女もそれが阿弥陀ほとけではないかと思ってそう呼んでいるだけなのがちゃんと書かれている。肌の白さが強調され金色の髪を垂らしている阿弥陀如来などいない)。

 これをキリストの像だとする研究は以前からあるようだ。俤びとではなく、壇上に立って見上げられる安良について持田氏は、「胸から血を流すふりっつの幻想と重り、磔刑のキリスト像を強く強く連想させる」と言っている。それはその通りなのだが、その際重要なのは、そもそも磔刑のキリスト像自体が、狼に嚙まれて血を流すふりっつや裸にされて衆目に晒される安良と同じく、マゾヒスティックでエロティックなイメージだということではないか。

 持田氏はホモフォビックな男の研究者とは違うので、折口の奇怪な一首「基督の眞はだかにして血の肌[ハダエ] 見つつわらへり 雪の中より」を引いて、「真裸で衆目に晒され、血を流しその後よみがえるキリスト」を「官能的イメージを軸としながら」とまでは言うのだが、そこでスサノオやヤマトタケルを並列し、「彼らと通底する一旦卑しめられる神として折口を強く引きつけた」とまとめることで、台無しにしてしまうのだ。

 まして「一度は処刑されながら、その後水の女である中将姫との交感によって新しい神としてよみがえる『死者の書』の大津皇子の中にも、キリストのイメージが色濃く看取される」に至っては何をか言わんやである。語部の婆のせいで郎女の夢の中に出てくるようになった幻に甦りもへったくれもあるものか。

中将姫の前に示顕する大津皇子は、白い胸と黄金の髪を持ち、憂わしげに姫を俯瞰する若く美しい神である。

だからそれ、大津じゃないって!
(ついでに言えば、中将姫でもない。)

体操教師に 上衣を剝がされ壇上に立たされる少年安良の造型にも、既に磔刑のキリストを具体像とする、傷つき賤しめられる神のモチーフの萌芽が見られる。

 いや、違う。先に安良の身体が「如月の雪」「むくむくと雪を束ねる」と形容され、彼の空想の中で、ふりっつの白い胸から血は白雪の上に迸る(それがキリストと重なるのは、そもそも磔刑像がそうした図像の一つだったからだ)。基督の血の肌[ハダエ]の短歌は、まさに裸体と血と雪の三位一体である。

 俤びとが「冷え冷えとした」「白い」肌を持つのは無論こうしたイメージにつらなるものであるからだが、その時にはエロティックな含意は、変形され、隠されている(郎女はひたすら、寒さから救うためにその裸体を覆いたいという欲望に駆られているかに描かれる)。しかしこれは神のモチーフなどではなく、折口の作品を貫くモチーフなのであり、「傷つき賤しめられる神」は、復活ゆえにではなく、その傷ゆえにエロティックな価値を持つのである。


もう口ぶえは吹かない 1 【見よ眠れる船を――折口信夫の『文金風流』(4-1)】へ続く
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by kaoruSZ | 2015-09-18 19:01 | 文学 | Comments(0)
※見よ眠れる船を(1)

『死者の書』をあらためて読み、これははっきり南家郎女を主人公とする芸術家小説だと判った。郎女は作品を完成するが、それは (そして彼女がなぜそれを作ったのかは)同時代の誰にも理解されない(実は、というか結果的に、これはこの小説と折口が未だに理解されていないこととパラレルになっている)。

『死者の書』続篇は、以前、tatarskiyさんの解釈を聞き、はじめて読んだ。この草稿は、旅の左大臣(藤原頼長と同定される)が、予定を変えて當麻寺に立ち寄る手前で中断しているのだが、tatarskiyさんはこの先を、頼長は寺で郎女作の曼荼羅を見たのち、夢の中でその作者と邂逅すると推定している。郎女には、のちの世の理解者にぜひとも伝えたかったことがあったのだ。要するに夢幻能の形式である。

 頼長は、郎女が作品ゆえに得る、時を隔てた理解者であるが、それ以前に、美しく、教養があり、自由に振舞える力ある者である。すでに『死者の書』本篇にこのような男たちは登場していた。大伴家持と恵美押勝がそれで、彼らは一方的に郎女の噂はするが、彼らの世界と郎女の世界とは交わることがない。そして実はそれこそが郎女の孤独の核心を成す。

 折口のラジオドラマ『難波の春』は、『死者の書』続篇の内容を考える上で、極めて重要な資料たりうる。ここにも家持が登場し、夢の中で東歌の女作者に出会う。そして作品の真実を彼女から聞かされるのだ(『難波の春』については以前連続ツイートした。参考までに)。

『死者の書』の内容紹介と称するものを見ると、家持と押勝は当然省略、大津皇子の死霊を異様に重視、俤[おもかげ]びととこれを同一視(ムリ)、郎女の曼荼羅で大津も郎女も救われたと、映画パンフレットの「あらすじ」並みの捏造だ。「絶対的に現代的」な作家がそんなものを書くわけがないのに。

 まず、作中での現実のレヴェルと、そうでないレヴェルを分けねばなるまい。いくら目立とうと大津皇子は後者だし、作品の因となる郎女の幻視もそうだ。男たちの世界が一方にあり、一方には、そこで話題にされるだけの郎女が、失踪し、発見され、物忌み中に手仕事をする世界がある。この対立という現実から一切がはじまっているのだ。

『死者の書』を本気で紹介しようとすると、巧みなというよりはひねくれた折口の構成に、舌を巻くと言うよりは舌打ちしたくなる。序章で大津に思うさま喋らせ、二では二上山中で、失踪した郎女の魂[タマ]呼ばひする者たちが、あたかも本当に死者の声を聞いたかに思わせて、三で寺と庵の描写説明に行数を費やした挙句、ようやくヒロインを登場させるのだから。

 素直な人はここまでの記述のせいで、死人が郎女を誘[おび]き寄せたか、あるいは二上山中で「こう こう こう」と騒いだのが死者を目覚めさせたと(おや、どっちだろう?)思うだろう。だが、それは、人に耳を傾けてもらえなくなった時代遅れの語部の婆が、郎女が来たのをこれ幸いと.恐い死者の話を聞かせ、信じさせようとしたようなものだ。

「語部の古婆(フルバヾ)の心は、自身も思はぬ意地くね惡さを藏してゐるものである。此が、神さびた職を寂しく守つて居る者の優越感を、充すことにも、なるのであつた」と書く折口もまた、意識していようといまいとこの古婆だと今回気づいた。石室で目覚めて、死に際に思いを残した女の代りを現世に求める死者の話とはそのようにして語られたものなのであり、「人の語を疑ふことは教へられて居なかつた」郎女でさえ、「言ふとほり、昔びとの宿執が、かうして自分を導いて來たことは、まことに違ひないであらう」と認めつつ、なぜその罪びとと、光り輝く雲の上に自分が見た俤とが同一なのかと訝るのは、至極当然なのである。

『死者の書』は幻想小説ではない。少なくとも「超自然」の介入があるわけではないという意味ではそうである。要するにここにお化けは出ていないのだ。先へ行って郎女は、帳臺に近づく「つた つた つた」という足音を聞き、「細い白い指、まるで骨のやうな――帷帳[トバリ]を摑んだ片手の白く光る指」を見ることになるが、これは語部の婆に聞かされた話のせいで見た夢として説明がつく。何よりも(評者に無視される)男たちの会話の中で、藤原南家の姫が神隠しに遭ったことは取沙汰されても、二上山の死人が目覚めたなどとは言われていないわけで、いかに大津のパートが姫の主観で語られていなかろうと、これは現実のレヴェルにある話ではないと考えるのが妥当なのだ。

 もちろん死者の語りは欠くべからざる部分、それなしでは小説がはじまることのなかった、また標題の拠ってきたるところにもなったパートであり、ブリコラージュする人としての折口が、 中将姫伝説、来迎図、日想觀、山越しの阿彌陀像と拾い集めて、作品の統一をもたらすものとして最後に見出したピースでもある。閨に忍んでくる骨の指(と、先ほどの引用でも明記されていないところがかえって恐しい)の死人と、夕陽に荘厳されて雲の上に現れ出る俤びととは別物である。大津もまた「天の神々に弓引いた」天若日子の一人であるゆえ「顏清く、聲心惹く」のだという語部の婆の返事は答えになっておらず、この齟齬は最後まで解消されることはない。

 墓の中での目覚めと独白という、現在『死者の書』の導入部になっているものについて今述べたことは、言うまでもなく、『山越しの阿彌陀像の畫因』においては、折口が『死者の書』の起源について、「横佩垣内の大臣家の姫の失踪事件を書かうとして、尻きれとんぼうにな」り、「その後もどうかすると之を書きつがうとするのか、出直して見ようと言ふのか、ともかくもいろいろな發足點を作つて、書きかけたものが、幾つかあつた」、つまり折りにふれ繰り返し試みながら果さないでいたのが、ある時についに作品の真のはじまりに到達したと語っているエピソードに相当する。周知の通り、その「發足點」は折口の見た「夢」であった。

 中断していた小説に関して「少し興が浮びかけて居たといふのが、こぐらかつたやうな夢をある朝見た。さうしてこれが書いて見たかつたのだ。書いてゐる中に、夢の中の自分の身が、いつか、中將姫の上になつてゐたのであつた」と折口は書いている。そしてそれを「死者の書」という小説として書くことが「亦、何とも知れぬかの昔の人の夢を私に見せた古い故人の爲の罪障消滅の營みにもあたり、供養にもなるといふ樣な氣がしてゐたのである」

 これについては有名な加藤守雄の証言がある。「ある朝、奇妙な夢を見た。中学生のころ、友人だった男が夢の中に現れて、自分に対する恋を打ちあけた。その 人がそんな気持ちを持っていたとは、その当時はもちろんのこと、いまのいままで、ついぞ思っても見なかった。夢の中で告白されて、はじめてそうだったのか と思いあたることがあった。まるで意識していなかったのに、三十年も過ぎてから、夢に見たことが不思議でならない。それを絵解きして見よう、そう思って書き出したのが、『死者の書』になった」と折口から聞いたというのだ。

『山越しの阿彌陀像の畫因』という文章は、タイトルからして、本当なら「『死者の書』縁起」とでもすべきものがずらされており、「私の物語なども、謂はゞ、一 つの山越しの彌陀をめぐる小説、といつてもよい作物なのである」と控えめに称しながら、実は唯一無二の彼の作品について、書いている時には意識していなかったことまでもあとになって気づき、しかも誰もそう読んではくれないので自ら書いたものだ。「これを書くやうになつた動機の、私どもの意識の上に出なかつた部分が、可なり深く潛んでゐさうな事に氣がついて來た。それが段々、姿を見せて來て、何かおもしろをかしげにもあり、氣味のわるい處もあつたりして、 私だけにとゞまる分解だけでも、試みておきたくなつたのである」と、これもつつましやかに折口は書いているが、いや、到底、「私だけにとゞまる分解」などではありえない。精神分析という語が何度も使われているのはかりそめではない。

 しかし折口は「日本人總體の精神分析の一部に當ることをする樣な事になるかも知れぬ。だが決して、私自身の精神を、分析しようなどゝは思うても居ぬし」などと高慢と謙遜の織りまざったようなことを書いたので、小説を読む能力に欠陥があり、しかもホモフォビックな人々は、日本人の宗教観を絵解きしたものと解釈してすませるようだ。勿論ここでは折口の「精神分析」だの、伝記的事実それ自体だのではなく、あくまで小説が問題なのだが、実際に三十年前の折口を彼自身が描いた小説があるのになぜ比較しようと思わないのか(と、tatarskiyさんに言われ、今度は『口ぶえ』を再読しなければならなくなった)。

『死者の書』について考察をはじめたのは、そもそも郎女と『文金風流』の女主人公との類似を確認するためなので、必要以上に横道にそれるのは避けたいが、しかし『口ぶえ』については、なるほど主人公の少年安良[ヤスラ]の身の上が、夢の中で「いつか、中將姫の上になつてゐた」と言っても全くおかしくない。むしろそれで辻褄が合う。

  南家郎女は女になった安良であり(どういう点においてであるかはこれから説明する)、折口の「中学生のころ、友人だった男」の変形された甦りとしての死者に出会う者であり、折口が観察した、同時代の、自由を求めて苦闘する女でもある。いや、むしろ、自由に生きることが不可能な女と言うべきなのだが、最後のものは、繰り返しになるが、「女嫌ひ」と称される折口がそんなものを描こうとは、誰も夢にも思っていまい。だから郎女は、何やら作者の手中で操られている傀儡のようにしか見なされず、彼女のパッションは誰にも(周りの者にも読者にも)理解されないのだ。

『死者の書』における現実/非現実のレヴェルははっきり分けて考えるべきであり、また分けられることを先に見たが、同様に、郎女にとっての善きものと悪しきものの区別もまた、多くの読者が見誤るのとは異なり、判然としている。

 要するに、大津の死霊は、郎女の見る俤びと=阿弥陀ほとけではないのであり、前者が鎮魂ないし昇華されて後者になったりはしないのである。これが、『口ぶえ』における主人公の性意識と対応することは、tatarskiyさんに指摘された。具体的には、彼と関わる二人の上級生、岡澤と渥美として具現されていると言うべきなのだが、前者は安良を「肉欲」の対象として、手紙を渡したり、つけ回したりし、後者は「浄らかな人」として、安良の憧れの対象であるのだ。これだけでもそのまま郎女にとっての大津と俤びとであるが、加えて、安良が岡澤と渥美それぞれと川で泳ぐ場面があることは、郎女が寝入りばなに死霊の訪れを受けてのち、夢で等身大の白玉を抱いて水底に沈む、美しいくだりを思い起こさせずにはいない。

『口ぶえ』で「激しい息ざし、血ばしつた瞳、ひしびしと安良に壓しかかる觸覺」と描写される岡澤に、安良は水泳の最中、水中で抱きつかれ頬に接吻される。一方、夏休みに西山の寺に籠る渥美からの手紙に応えて、安良は彼を訪ねてゆき、一緒に川で泳ぐことになるが、彼らは「裸形をはぢらふやうに」離れて衣服を脱ぐ。激しい反発と極端な抑圧の危うい均衡は、自分が実は岡澤に惹かれてもいて、渥美に対する気持ちも同じところから来ているという自覚によって破れずにはいない。二人の少年がとどのつまりはともに死のうとして崖の上から身をのり出すところで、『口ぶえ』は未完のまま中断している。

『口ぶえ』から四半世紀のち、安良が(折口がではない)女になった郎女の上に、その出来事はどう起こったか。前者の、渥美に呼ばれての大阪から奈良への旅を、俤びとという幻を追っての、都から當麻への西へ向かう旅として逆向きになぞり、そこで、折口の若き日の思い出の中の男(たち)の甦りである、大津皇子=天に弓引く天若日子が、この世に心残して、藤原家当代の姫君の中から最も美しい娘を求めてやって来ると、婆に吹き込まれた郎女は、「俤に見たお人には逢はずとも、その俤を見た山の麓に來て、かう安らかに身を横へて居る」はずが、横たわる床に忍び寄る足音を聞き、「その子の はらからの子の/處女子(ヲトメゴ)の一人/一人だに/わが配偶(ツマ)に來よ」という、婆の聞かせた歌が甦る。

帷帳(トバリ)がふはと、風を含んだ樣に皺だむ。
ついと、凍る樣な冷氣――。
郎女は目を瞑つた。だが――瞬間睫の間から映つた細い白い指、まるで骨のやうな――帷帳(トバリ)を掴んだ片手の白く光る指。

 咄嗟に阿弥陀ほとけの名を唱えて郎女は逃れるが、
白い骨、譬へば白玉の竝んだ骨の指、其が何時までも目に殘つて居た。帷帳(トバリ)は、元のまゝに垂れて居る。だが、白玉の指ばかりは細々と、其に絡んでゐるやうな氣がする。

 骨の指なのか、白玉の指なのか。言葉の(夢の)詐述[しごと]は、「山の端に立つた俤びとは、白々(シロヾヽ)とした掌をあげて、姫をさし招いたと覺えた。だが今、近々と見る其手は、海の渚の白玉のやうに、からびて寂しく、目にうつる」と、骨と白玉のダブルイメージのうちに、郎女を「海の渚」へ導く(たぶん折口は、「夢の仕事」についてのフロイトの記述を、深い実感を持って読んだろう)。

「渚と思うたのは、海の中道(ナカミチ)である」。左右から波が打ち寄せてくるそこを歩きながら、郎女は砂に混じる白玉(真珠)を拾おうとするが、「玉は皆、掌(タナソコ)に置くと、粉の如く碎けて、吹きつける風に散る」。しかしついに白玉は彼女のものになる。

姫は――やつと、白玉を取りあげた。輝く、大きな玉。さう思うた刹那、郎女の身は、大浪にうち仆される。浪に漂ふ身……衣もなく、裳(モ)もない。抱き持つた等身の白玉と一つに、水の上に照り輝く現し身。
 姫はそのまま水底へ沈む。
水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ)く白玉なる郎女の身は、やがて又、一幹(ヒトモト)の白い珊瑚の樹である。脚を根、手を枝とした水底の木。頭に生ひ靡くのは、玉藻であつた。玉藻が、深海のうねりのまゝに、搖れて居る。

 これを読んで第一に連想されるのは、アポロンの求愛を逃れようとしたダフネが月桂樹に化ったエピソードだ。ギリシアのあの変身する女たちの一人に、郎女はここで身をやつしているのではあるまいか。もう一つ、白玉と珊瑚へのこの変身は、シェイクスピアの『テンペスト』で、父王の船が嵐で難破したと知り、父親が死んだと思って悲しむフェルディナンド王子に、エアリエルが歌う、
Of his bones are coral made; 
Those are pearls that were his eyes;

を思い出させる――彼の骨は珊瑚になった、この真珠は彼の眼であった。あまりの一致に、これは私が知らないだけで誰かが指摘しているかもしれないと思うが、もしそうでないとしたら、それは「日本」だの「古代」だので折口が出来上がっているという思い込みのせいだろう。

 その時代、「大陸から渡る新しい文物」はまず太宰府に入った。「あちらの物は、讀んで居て、知らぬ事ばかり教へられるやうで、時々ふつと思ひ返すと、こんな思はざつた考へを、いつの間にか、持つてゐる――そんな空恐しい氣さへすることが、ありますて」と家持に洩らす、恵美押勝の気持ちはそのまま折口のものだろう。「唐から渡つた書などで、太宰府ぎりに、都まで出て來ないものが、なかなか多かつた。學問や、藝術の味ひを知り初めた志の深い人たちは、だから、大唐までは望まれぬこと、せめて太宰府へだけはと、筑紫下りを念願するほどであつた」。蓮糸で織った布地に絵を描こうとて、郎女が奈良の館に取りにやらせたのが、「大唐の彩色(ヱノグ)」であるのもゆえなき細部ではあるまい。

 郎女が「大浪にうち仆され」たあとの記述を、さらに細かく見てみよう。

浪に漂ふ身……衣もなく、裳(モ)もない。抱き持つた等身の白玉と一つに、水の上に照り輝く現し身。


 郎女は一糸纏わぬ姿となり、「等身の白玉と一つに」抱き合った裸身が水の上で輝いている。そして海底に沈むと、「水底(ミナゾコ)に水漬(ミヅ)く白玉なる郎女の身」と言うのだから、もう白玉は対象ではなく、完全に一体となってしまって、彼女自身が白玉なのである。ナルシスティックでエロティックな夢。このあと、月光が水底にさし入って、郎女は水面に出て息をつき、即ち夢だったことを知る。

  そして仰ぎ見る天井の板には「幾つも暈(カサ)の疊まつた月輪の形が、搖(ユラ)めいて居て」そこに彼女は、再び俤びとが現れるのを見る(それもまた夢なのだが)。

胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現(ゲン)じた。白々と袒(ヌ)いだ美しい肌。(…)乳のあたりと、膝元とにある手――その指、白玉の指(オヨビ)。

 夢の中で「抱き持つた」、そして彼女自身がなっていた白玉が、再び距離を取り戻して、彼女の寝姿を見下ろしている(この豊かな肉体が、骨の指を持つ死霊の対極にあることは強調されていい)。

 ところで、この「白玉なる身」という表現は、次のように記述される 安良の身体にもふさわしいのではなかろうか。

ふりかへると斜に傾いた鏡のおもてに、ゆらゆらとなびいて安良の姿がうつつてゐる、大理石の滑らかな膚を、日が朗らかに透いて見せた、近頃になつてむっちりと肉づいた肩のあたり、胸のやはらかなふくらみに、思ひ無げな瞳をして、ぢつと目を注いでゐた。

 湯上りに、鏡に映った自身の姿に見入る場面である。鏡が水鏡めいていること、裸体の描写に男性と特定される要素が薄いこと、膚を大理石に喩えていることなどが一見して目につく。

『「口ぶえ」試論』で持田叙子は、安良が飛鳥の古寺の「大理石の礎」を思い浮べることについて、ここで安良の膚の比喩に使われた「大理石」の一語にも言及しつつ、 メレジェコフスキーの『背教者ジウリアノ』において、「陰鬱なキリスト教世界」に対してジウリアノ(ユリアヌス)の憧れる古代ギリシア世界が大理石に代表されることから、「こうした大理石のもつ意味に、折口は知らず知らずのうちに影響されているのではないだろうか、それゆえに安良は大和飛鳥のイメージとして、実際には稀有な「大理石の礎」のイメージを思い浮べてしまうのではないであろうか」と言っている。折口の西洋的教養の拠って来るところを、このように具体的に指摘して貰えるのはまことにありがたい。しかしこの大理石とは、端的にGreekの指標ではなかろうか。

 理想化された古代ギリシアの同性愛。晴朗な空にそびえる大理石の神殿と、ヴィンケルマン的な純白の神々の像。鏡の中の安良の肉体は、その石像とナルシスティックに同一視される。ヴィクトリア朝から二十世紀初頭の英国においてヘレニズムに傾倒した文学者たちを、折口が知らなかったわけもあるまい。

 先に見た郎女の夢が、オヴィディウスやシェイクスピアの引用と、フロイトから学んだ知によって織りなされ、純粋に日本的なものなどほとんど見当らないように、ここでも彼の構築する作品は「西洋渡りの新しい文物」を「基」に成り立っている。「大理石の」は、衣の下の鎧のように、真実を覗かせているのである。

「こうした大理石のもつ意味に、折口は知らず知らずのうちに影響されているのではないだろうか」という修辞的設問は、だから到底成り立ちうるものではない。「大理石」は、古代ギリシア=男同士のエロティシズムという含意ゆえに呼び込まれたのであり、意識的なものでしかありえない。第一、飛鳥の古寺に大理石を使ったものなどまずないと、折口が知っていなかったとも思えない。知っていたからこそ、わざと出したのであろう。大理石の礎の寺がほとんどないように(一つだけあるそうだ)、金の垂れ髪の阿弥陀仏など例がないのに、「俤びと」に平気でそのような容姿を与えたのは、「知らず知らず」やったことではないだろう。

 持田氏の論文から論旨とは別に一つ教わったのは、折口が中学教師時代(『口ぶえ』発表と同時期)、自分の教え子たちを題材に短歌を詠んでおり、のちに連作「生徒」の中に組み入れて『海やまのあひだ』に収録された三首のうち、一首が
白玉をあやぶみいだき ねざめたる 春の朝けに 目のうるむ子ら
だったことだ。これは白玉を抱く夢を見てめざめた郎女であり、そのプロトタイプではないのか。

 ただし持田氏は、『口ぶえ』とヴェデキントの『春のめざめ』との関連を議論するためにのみこれらの歌を出してきており(「生徒」については、折口自身が、「『この連作はうえできんと[原文傍点]の「春のめざめ」を下に踏んでをり、』と述べている」そうだ)、この歌と『死者の書』の関連についての言及は見当らない。

『春のめざめ』は、性について無知なまま、少年少女が関係を持って、少女が妊娠し云々という、当時としては衝撃的な内容であるが、「少年少女の性欲の具体的な描写などは全く無い」「淡々とした」ものであり、それに比べると『口ぶえ』の描写は「蒸せかえるような熱気を孕んでいる」と持田氏は言い、もう一つの先行作品として谷崎潤一郎の『颱風 』を挙げて、その類似と相違を述べる。しかし、確かにこれらの作品は折口に影響を与えたであろうが、言うまでもなく最大の違いは、『口ぶえ』における欲望と憧憬[しょうけい]が同性に向けられていることだ。無知な少年少女は勿論、「初めて女体に接」して「淫蕩の血が目覚め」た男が「荒淫の限りを尽して頓死」する、 「根太や膿、血などのおぞましいもの」に満たされた『颱風』も、折口からはあまりにも遠い。

 無論持田氏は、「同じように身体感覚に注目しながらも、「口ぶえ」にはそうしたダイナミズムはない。折口は、メリヤスシャツの肌ざわり、目覚めの倦怠感、 寝汗など、少年の身体の内側に刻まれる繊細で微弱な日常のリズムを据え、そのことによって返って生々しく少年の性愛に迫るのである」と結論し、それはその通りで『口ぶえ』の特徴をよく捉えていると思うが、その「性愛」が男同士のものであることがなぜ名指されないのかが、解せない、

 勿論、主人公と岡澤や渥美との関係について持田氏は、「安良は二人の上級生に心惹かれるが、二人は対極のタイプである」「かたや肉欲、かたや精神性を強調される岡沢と渥美」「岡沢と安良の水中シーンをなそるかのように、西山の谷川で二人が泳ぐ場面がある」と、適切な指摘をしており(私もこの論考の元となった連続ツイートの途中で読み返し、多くの示唆を受けた)、『口ぶえ』がそういう話であることは、小説を読んでいない者にも容易に理解されうるのだが、最終的に持田氏は、同性愛のモチーフそのものについての考察は無しで済ませている。

 この詰めの甘さが、『死者の書』においては「大津皇子と彼のために機を織る中将姫との直線関係に」「構図が凝集」され、「最終部の大津皇子の復活に向けて鮮明な浄化感を形成しているのに比べ、「口ぶえ」の最終部は糸の切れた風船のようにたよりない。渥美と安良は蓬々と吹く夕風の中、途方にくれて見つめ合う。彼らを導くものはもはや死しかない。しかし悩みつかれ、万策つきてお互いをみつめるその蒼ざめた少年の顔の哀れこそ、この時点での折口の最も描きたいものではなかったか」という散漫な結論部に至るのを見る失望感は大きい。

 まず、郎女が機を織ったのは大津のためではないし、最終部で彼の復活を示す記述は全くない。「郎女が、筆をおいて、にこやかな笑(ヱマ)ひを、圓(マロ) く跪坐(ツイヰ)る此人々の背におとしながら、のどかに併し、音もなく、山田の廬堂を立ち去つた刹那、心づく者は一人もなかつたのである。まして、戸口に消える際(キハ)に、ふりかへつた姫の輝くやうな頬のうへに、細く傳ふものゝあつたのを知る者の、ある訣はなかつた」というのが『死者の書』の最後から二番目の段落である。浄化感はおろか、安良と違って郎女には、見つめ合う目すらなかったのだ。

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by kaoruSZ | 2015-09-09 19:41 | 文学 | Comments(0)