おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ
(承前)

 しかし、トマソフがこの男に嫉妬を覚えることはなく、むしろ感嘆の対象であった。相手のほうでも若い彼を引き立てるようなそぶりを見せたり、世馴れた忠告をしてくれたりしたこともあって、トマソフはド・カステルにすっかり感服していた。「当時のフランス軍人が持っていた威信は、貴公たちにはとても想像がつくまい」と老士官は語る。

奥の間[プティ・サロン]に招き入れられたとき、トマソフは、洗練の極みのような二人がソファに掛けているのを見ることになった。彼らの間で何か特別の話が交わされているところを、自分が邪魔してしまったような気持だったという。二人が自分のほうを訝しげに見たように思ったが、はっきり邪魔をしたと思い知らされるようなことはなかったそうだ。

 ここではトマソフは、女主人をめぐる対等なライヴァルというより、自分には理解できない言葉が行き来する、両親の寝室に入り込んだ幼いエディプスのようだ。だが、“両親”に当惑があったとしても、彼を叱責することはない。それどころか、「あの噂が本当かどうか、あなたにお確かめ願えるとありがたいのですが」と女はド・カステルに言い、「あれはたんなる噂などではありません」と男は答えて部屋を出てゆく。しかも、「女はトマソフのほうを向くと、『あなたはわたくしと一緒にここにいらしてね』と言ったそうだ」。まるで、「今夜はあの子と一緒にいてやりなさい」と母が父から言われた晩のプルーストの語者のようではないか。しかも、幼い語者と違って、彼にはそのことに罪悪感を覚える理由はなかったから、「トマソフはもともと出ていく気などなかったのだが、こうはっきり言われて、いっそう幸せな気持ちになった」。そうこうするうち、ムッシュー・ド・カステルが帰ってくる。

外の世界のことをすっかり忘れていたトマソフの夢心地はここで破られた。トマソフは、フランス士官の見事な立居振舞い、悠揚迫らざる態度を目の当たりにし、あらためて、この男こそこれまでに知った誰よりも優れた人物だ、との思いに打たれずにはいられなかった。その思いはトマソフを苦しめた。目の前のソファに座っている、そんな輝ける二人こそ、それぞれがお互いのためにこそ作られたような存在ではなかろうか、と不意にトマソフは思ったのだ。

 自分が場違いな闖入者ではないかと思われ、二人が何を話しているのか理解できないというのは、やはり子供のポジションであろう。しかも母ばかりか、父からも同じように愛され、彼にそむくことなど夢にも思ったことのない子供の。噂が真実なのは疑問の余地もないと、ド・カステルは低い声で女に告げ、「それから二人はトマソフのほうに視線を向けた」。真っ赤になりながらも、「彼はぼんやり微笑みながら二人を見ていた」。

 わけがわからないながら、“両親”の関心はやはり彼の上にあるのである。女が立ち上がり、「フランス士官も腰を上げたので、トマソフも慌ててそれに倣ったが、自分一人が暗闇の中にいるような思いを味わいながら、彼の心はひどく苦しんでいた」。ド・カステルが女に言う謎めいた言葉に、「トマソフは、ますます自分が濃い闇に閉ざされた気分になったそうな。彼は士官のあとについて部屋を出た。そしてそのまま外に出た。そうするように期待されていると思ったからだという」

 トマソフを包む闇が霧散し、真相が明らかになるのは、母の胎内のように心地よく保護してくれた女の私室から出て間もない、ド・カステルとの路上での別れに際してである。フランス士官は、明日、皇帝ナポレオンがロシアの全権公使を逮捕し、随員も全員、国事犯として拘留されるのだと告げる。女は、彼にそうやってトマソフを助けるよう、父にとりなしをする母のように説得していたのだ。

「感謝の念もさることながら、トマソフはこの未来の敵の示してくれた雅量に対する驚嘆の念に圧倒される思いだったのだ。血を分けた兄弟でも、ここまでしてくれただろうか! トマソフは必死に相手の手を握ろうとしたが、フランス士官はしっかりマントに身をくるんでいた。たぶん宵闇のため、トマソフの動きに気づかなかったのだろう」。かくして開戦前夜に、全権公使一同は無事フランスを脱出したのだと老士官は語る。トマソフはむろん、「残酷な試練から自分を救い出してくれた二人に、無限の感謝の念を育んでいた」。しかし、女のほうは、ここで物語からあとかたもなく消えてしまう。「とにかく彼にとって、それが彼女の最後の思い出になったのだから。もっとも当時は、トマソフもそんなことは夢にも思っていなかった。しかし、それが彼女の姿の見納めとなったのだ」と老士官の言うとおり――。

◆白いマントと輝く髪

 だが、トマソフとド・カステルの縁はそれで終ったわけではなかった。母の胎内めいた夢見る部屋から永久に放逐されて、彼らは死屍累々の冬の荒野でめぐりあうのだが、その時のことは語り手自身が目撃している。月光に照らされた雪原を、巡察に出ていたトマソフが帰ってきたのだ。

ところが、彼の傍らをもうひとつの人影がこちらへ進んでくるではないか。わしは最初、わが眼を疑った。これには心底驚いた! その人影は、きらきら輝く羽根飾りの付いた兜をかぶり、白いマントに身をくるんでいた。[…]まるで、トマソフが軍神マルスを捕虜にしたかのような風情だった。わしには、彼がこの燦然と輝く幻の戦士の腕を取って進んでくるのが直ちにわかった

 しかし、近づいてくると、その男は軍神どころではなく、トマソフに支えられてようやく歩いており、「兜はぺしゃんこだった。傷だらけの顔はすっかり凍傷でやられ、疥癬でぼろぼろになった髭に覆われていた」。パリでの別れ際には、ド・カステルの身体にはマントが巻きついていてトマソフの手をはばんだが、今や「竜騎兵の立派な白いマントは無残に引きちぎられ、焼け焦げで穴だらけになっていた。わずかに形を留めている長靴の上から巻いた古ぼけた羊皮が、その足をなんとかくるんでいた」という有様で、聞けば、トマソフの乗馬に自分からぶつかってきて脚にしがみつき、哀れだと思って頭を撃ち抜いてくれと頼んだというのだ。焚火の明りの中で、「軍服を着せられた案山子のような」士官はトマソフをようやく認める。

『あなたでしょう、わかりますよ。あの女性の恋人だった若いロシア人だ。あなたは、あのとき私に礼を述べたはず。借りを返してもらいましょう。さあ、この身を解放する一発で借りを返してください。あなたは名誉を重んじる軍人でしょう。私にはもう、折れたサーベルさえもない。わが身の零落を思えば、身の縮む思いがする。あなたには、私が誰だかわかっているはずだ。』

 トマソフは語り手にロシア語で言う。「『これがあの人なんだ、あの例の……』わしが頷くと、トマソフは苦しそうな調子で話し続けた。『これが、輝くばかりの洗練の極みにあった人だよ。男たちからは羨まれ、あの女からは愛されていた。それが今は、死ぬことさえも叶わず、ぞっとするような……惨めな存在になり果てている。この人の眼を見てみろ、ああ、恐ろしい。』」結局、朝になってトマソフは、彼の望み通りにしてやる。「そう、トマソフは約束を果たした。ド・カステルは、運命に導かれるようにして、自分を完璧に理解してくれた男の許にやって来たのだ」

「そう、たしかにトマソフはやった。だが、彼がやったのは何だったのだろうか? 一人の武人の魂が、信念も勇気も喪失するような、死よりも辛い運命から、もう一人の騎士の魂を救い出すことで、かつての借りを百倍にして返したということなのか。そう理解してよいかもしれない。だが、わしにはよくわからない。たぶん、トマソフ自身にしても、よくわかっていないのではあるまいか。」

 例の副官は「トマソフが冷酷にも捕虜を射殺した」と言いふらし、トマソフはやがて除隊願いを出して故郷に引きこもったという。言うまでもなく副官の言うことは真実ではない――だが、『武人の魂』について容易に信じられてしまうことよりは真実に近いのではないか。上に引いたように、語り手自身が「わからない」と繰り返す以上、少なくとも 一方が他方に恩を受け、その返礼として、もはや死しか望まない相手の望みを、騎士道精神にのっとって叶えてやった話だと片付けてしまう前に、もうちょっと慎重であるべきだろう。すべてそうした事柄は、ある状況を成立させるための口実なのだから。もしそれだけのことであれば、あおむけに倒れたフランス士官の傍に跪いて帽子を取ったトマソフの髪が、「おりしも降り始めた粉雪の中で金色に輝いていた」ことなど、述べる必要はなかっただろう。

 こうして、語り手が目撃した、私たちも明らかに見たはずのものの意味は、結局のところ伏せられたまま終っている。語り手は謎を謎のままにとどめる共犯者の役割を担っているが、彼が美青年トマソフに向ける眼差しは、唇の一件でもわかるように、副官によって強調され、反復されながら補完されている。憎まれ役の副官はその意味で徹頭徹尾、語り手の忠実な“副官”であると言えよう。

 この短篇に関しては、ウェブ上で、特に見るべき解釈を探し出せなかった。なお、例のコンラッド=お笑い路線の研究書が言うには、「老人をとやかくいう若造どもに、老士官が叱りつけながら話す、という枠組は、「名誉と信義」を重んじた時代の美学が、今では顧られなくなっていることをあぶりだしている。この作品の発表が第一次大戦中だったため、反戦のメッセージを読みとる向きもあった。しかし語りまくっておきながら「このわしは生まれつき無口」とすっとぼけてみせる語り手には飄々たるユーモアが漂い、単なる説教とはほど遠い「歴史の息遣い」が生きている」のだそうだ。
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by kaoruSZ | 2011-08-18 06:26 | 文学 | Comments(0)
2 金髪の少尉――The Warrior’s Soul

 目下参照している『コンラッド短篇集』は、出版は2005年とけっして古くない。訳者による「解説」では、「七〇年代から始まり、今日も依然として盛んなポストコロニアル批評」によって、「植民地主義・帝国主義と文学作品との関連が綿密に論じられるようになった最近の時流の中で」、コンラッドの『闇の奥』が「従来とは異なる視点から考察されることが目立ってきた」ことが指摘されている。「ナイジェリア出身の詩人・作家」某が「コンラッドを人種差別主義者[レイシスト]と「断定的に呼ん」で以来、これに賛成であろうとなかろうと「それを無視して『闇の奥』論を進めることができにくくなっているのがアカデミズムの大勢と言えそうである」というのだ。

 それに対して、訳者は次のように述べる。

レイシスト・コンラッドというのが不変の作家像であり続けるわけではなかろう。ポストコロニアリズムに昏い筆者には、『闇の奥』に限らずとも、長篇はいうに及ばず、一見わかりやすそうな短篇でさえ、難解なところを数多く含むコンラッドの作品は、多種多様な読みを許しているのだろう、というごく月並みな思いしかない。

 見識であろう。ただし私には、「多種多様な読み」が無事共存しうるとは思えないので、時流に乗った政治的な言説で作品をあげつらい、自分が「正義」の側に立っていることを確認する人間が増えた結果、コンラッドの作品を本質的に構成しているものが見過ごされることこそが問題だと思われる。コンラッドに関する限り(実は限らないのだが)、日本は鎖国状態としか思えない。むろん、“出島”では情報更新されていて、英語で普通に読めるようなことも、仲間うちでは論じられているのかもしれないが、それを専門外の読者にまで紹介する動機が今やないのだろうか。

 図書館で、そうした専門の研究者の一人なのであろう人の著書を見つけた。それによるとコンラッドは、まさしく「それぞれの時代によってさまざまな「作家像」を担わされ、時代に「奉仕」させられてきた作家」であって、次々とレッテルを貼りかえられてきたのだという。「帝国主義のかかわりという点でも、ベルギーのコンゴ政策が非難を浴びていた時期には、『帝国主義の糾弾者、白人の良心の代表者』とされ、アフリカの植民地が独立国になって声を上げだすと、逆に『帝国主義の同調者、白人の偽善と無反省の代表者』というそしりを受ける。こうした海外の動向に、日本は後塵を拝して従うのみ、という構図が長らくコンラッド研究のパターンになってきた」(武田ちあき『コンラッド――人と文学』勉誠出版、2005年)。

 さらに著者は、「文学とは本来、時代とともに生きて成長するもので」あり、「時代の変化が、作品に新たな解釈を生む。批評理論の発展が、文学に新たな可能性を開く」のだから、「その意味でコンラッドは、きわめて手ごたえのある作家なのだ」と、むしろ肯定的にとらえ、「起伏に富むコンラッド批評の歴史を経た今だからこそ、そしてディコンストラクション、ポストモダニズム、カルチュラル・スタディーズなどの批評理論が文学と現実の解釈に提供した視点の数々を使いこなせる今だからこそ、見えてきたコンラッドの『作家像』」を自分は提案するのであり、それも「今後の批評理論や文学研究の発展により、いずれは凌駕されていく」はずのものだが、「しかし現時点において可能な限り総合的で説得力に富むものを」提供するのだと主張する。

 こうした“進歩主義的”見解について筆者がコメントすべきことは何もない。ただ、この本の内容が、「現時点において可能な限り総合的で説得力に富む」とは全く感じられなかった。岩波文庫の訳者は、「レイシスト・コンラッド」などという軽薄なレッテルはどうせ一時の流行で長続きしまいと踏んでいて、事実それは正しかろう。しかし、武田のようにポスコロ的なものをたんに素通りして、これまで深刻、真面目、重厚に受け取られてきたコンラッドの小説は、実は笑える面白噺なんだと言い立てたところで、コンラッドの“作家性”の抑圧(“ポスコロ”はそれをやっている)が止むわけではない。

 ただし、武田の本には、『伯爵』について、“「名誉」に準じようとする伯爵の高潔さは、日本の切腹の美にまでたとえられている。その一方、街中で目が合い、心ひかれた美貌の青年が、じつは自分に気があるのではなく自分をねらう強盗である、と判明する間抜けさは、イタリア映画『ベニスに死す』よりもなさけない。”とあるので、そういう話だということはきちんと書いてある。しかし、「それぞれの時代によってさまざまな「作家像」を担わされ」てきた「歴史的変遷」を言うのだったら、『伯爵』が長い間どう読まれずに来たかについても言及しなくてはならないだろう。これでは、同性愛のモチーフが、この一篇に限って、たまたま存在するかのようだ。英語圏では今や常識となっていると思われる、コンラッドの作品の――作家のではないにしても――セクシュアリティを全く押えていないのでは、海外の研究の「後塵を拝し」えてさえいないのではないか。

 また、上の引用に続いて「たまたま所持金がわずかで、いつも持っている時計も修理中、という、強盗もあきれるほどの襲いがいのなさも、かなりダサい。しかも、非常用の金貨を携帯していたことにあとになって気づき、それをはたいて腹ごしらえしているところを同じ強盗に見つかってののしられるに至っては、あまりにも間が悪い。思わぬ形で「ずるい嘘つきのケチじじい」を演じるはめになり、ピエロになりさがってしまう。この「誤解の転落ケース」は(…)むしろ笑いを誘うのである」とあるが、いくらコンラッドは笑えるお話で眉間に皺を寄せて読むものではないと言い立てたところで、政治的なものによる官能性の抑圧をはねのけられるものでないのはすでに述べた通りだ。

 実は、伯爵が被害を語る部分には、なんとなく引っかかっていた(笑えるとかピエロとかいう気はしなかった)。実質的な被害は何もなかったのである。どうしてだろう(むろん、どうしてコンラッドがそのように設定したかという意味だ)。伯爵の被害が精神的なものであるのを強調するため? 大金は取られなかったし、時計も指輪もそのまま手元にある。ネットでなか見検索できるコンラッドの研究書(英文)や、途中までなら読める英文論文を片っ端から見ていて、金品を奪われたという伯爵の話自体、事実とは異なるのではないかという解釈に出会い、なるほどと思った。

 閑話休題。二番目に検討するコンラッドの短篇は、やはり岩波の短篇集にある『武人の魂』(1917年)である。この小説も、語り手に媒介されている点は、『伯爵』と同じだ。だが、黒髪、漆黒の口髭、赤い唇の南イタリアの不良とは対照的に、『武人の魂』で〈私〉の口を通して描き出されるのは、北国の金髪碧眼の軍人である。そして語り手は、モスクワから退却するナポレオン軍を追い、パリに入城した経験を持つ「長い白い口髭を蓄えた」老士官で、「トマソフは、わしたちの中で最年少の将校だった。つまり、掛け値なしの若さが彼にはあったというわけだ」と、かつて知っていた同僚の士官について語る。読者が最初に受けるかもしれない印象に反して、彼は今時の若い連中に向かい、彼らの軟弱さをいましめたり、騎士道精神を鼓舞したりしようというのではない。彼の話すトマソフの物語の意味同様、老士官の語りの動機は曖昧なままである。

◆“情人の唇

 老士官の回想の中のトマソフは、まず、敗残兵の群れの中で剣を鞘に収めようとする、馬上の姿として登場する。彼らは実のところ、ナポレオンの大遠征軍にこの時はじめて遭遇したのだが、もはや魂の抜けたようなフランス兵は身を守ろうという身ぶりすら示さず、さればこそトマソフも(語り手の士官も)早々に剣を収めてしまったというわけだった。

遠目に見れば、汚れやら、あの戦役がわしらの顔に刻んだ独特の刻印やらで、彼だっていっぱしの軍人に見えたろうさ。だが、近寄って彼の眼を覗き込めば、少年とは言わぬまでも、トマソフが本当にまだ若い男だということがすぐわかったろうな。/彼の眼は青かった。秋の空を思わせるような青さだった。そして、夢見るような、楽しげな、無邪気で人を信じて疑わない表情の眼だったよ。額を飾る美しい金髪は、平和なときであれば、見る人は金色の王冠と形容しただろう。

 またしても “過剰なもの”と言うべき男の美しさの記述が突出している箇所である。何に対して過剰かと言えば、これをたとえば「歴史小説」と称して片付けてしまうような立場に対してだ。ふたたび訳者の「解説」を参照するなら、「この短篇は歴史小説の好篇として比較的評価が高い」のだそうだ。「主人公トマソフのような、ナポレオン戦争でパリを経験した青年将校が、遠くロシア革命につながる最初の帝政ロシアに対する反乱であるデカブリストの乱(一八二五)に加わっていったのではないか、また、「西欧人の眼に」のテロリスト・ハルディンの伯父で、デカブリストの乱に関係して銃殺された思われる人物もトマソフのような人物ではなかったのか、と様々に連想の広がる作品」と想像を広げる訳者は、この作品自体についてだけは語らない。やはり、“過剰なもの”は無視されてしまうようだ。

 だが、老士官もその副官も、無視するどころではない。自分がトマソフのことを、まるで小説の主人公のように扱っていることに自覚的な老士官は、自分の副官に比べれば、こんな言い方なぞ大したことはないのだと言いわけをする。「奴は、どんなつもりで言ったか知らぬが、トマソフは情人の唇[lover’s lips]をしていると吐(ぬ)かしおったわ。副官の奴はそんな言い方で、形のよい唇と言うつもりだったのかもしれぬが、たしかに、トマソフは形のよい唇をしていた。(…)トマソフが話しているときなど、副官は聞こえよがしに、あの情人の唇を見てみろよ、とよく言ったものだ。」[強調は原文]

◆仮初の三角形
 
 副官は本当に、いったいどんなつもりでそう言ったのか――副官の(他の)発言について、「真実というのはとてつもなく不条理なものだから、ときに馬鹿者の前に姿を顕すこともある」と語り手も言っているのだから、意地の悪い副官の発言には相当の注意が払われてしかるべきであろう。そんなふうに冷やかされるのも、「ある程度、身から出た錆だったかもしれぬ」と老士官は言う。なぜなら、トマソフは恋物語の主人公であるという印象を、彼自身が好んでした話によって、進んで皆に与えていたからである(しかし、詳しい話は語り手だけが聞いている)。戦争の前年、軍事使節団に随行してパリに駐在していたトマソフは、そこで社交界の中心の、サロンの女主人の知遇を得る。

ともあれ、トマソフはそこに入った。全く無知な若者がだ。まわりを見れば、堂々たる地位にある錚々たる顔ぶればかり。それがどういうことか、貴公たちもわかっていよう。風刺家の言い草を借りれば、せり出した腹、禿げ頭、入れ歯の持ち主ばかり、というわけだ。そんな連中の中に、もぎたてのリンゴのようにみずみずしい、紅顔の美男子が混じっている図を想像してみるがいい。謙虚で、ハンサムで、ものに感じやすい、すべてに称賛の眼差しを投げかけている若い野蛮人の姿を。

 純朴なトマソフは、女に対する一途な献身によって、正式な面会時間以外にも出入りを許されるようになる。ある日、早めの時刻に訪れると先客があった。腹のせり出した名士ではなく、「三十は越していると見えたフランス軍の将校だった。この客もまた、ある程度、彼女から懇意にされていたのだろう」。

 実は『武人の魂』は、若いトマソフとサロンの女主人との恋物語ではなく、不意に横合いから現われて、彼女を通じて彼と関係することになった、このフランス士官とトマソフの関係についての話である。その証拠に、トマソフについては前述のように克明に描写されていながら、女の外見についてはひとことも書かれることがない。老士官の語りはその理由を次のように合理化している。

だがトマソフはまことに手際よく、そういう細部には係わらずに話を進めた、と言っておかねばなるまい。誓って言うが、彼女の髪が黒かったか金髪だったか、その眼が鳶色だったか、碧眼だったか、はたまた、彼女の背丈にせよ顔立ちにせよ顔の色にせよ、そういうことは何ひとつ聞いていないのだから。トマソフの恋は、女の肉体的印象などをはるかに超えた高みにまで達していたのだろう。だからこそ、その女のことを、ありきたりの決まり文句を使って、わしに描写してみせようなどとはしなかったのだ。 [強調は引用者による]

 もっともらしくこう言いながら、年長のフランス士官については、背丈にせよ顔立ちにせよ顔の色にせよ、トマソフの眼や髪と同じように、ちゃんと彼は描写している。

この士官は、そんな軍人の素晴らしい見本のような存在だった。参謀本部付士官で、おまけに最上流階級の出であった。女のように念入りな身づくろいだったが、男らしい堂々たる体格だった。いかにも世慣れた人物という雰囲気を伴った礼儀正しい落ち着きをいつも湛えていた。石花石膏[アラバスター]を思わせる白い額が、健康そうな頬の色と見事に調和していた。[強調は引用者]

(この項続く)
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by kaoruSZ | 2011-08-17 15:28 | 文学 | Comments(0)
こんな気候の中にいてもジムはみずみずしさを失わなかった。彼がもし女だったら――と、私の友人は手紙に書いていた――花の盛りというところだな――慎み深く咲いているんだ――スミレみたいに。けばけばしい熱帯の花じゃなく。
                        ジョゼフ・コンラッド『ロード・ジム』
 
よしや空と海はインクのように黒くとも……
                        シャルル・ボードレール「海」
  

 ジョゼフ・コンラッドの小説をはじめて読んだ。もちろん、名前はあちこちで目にしていたし、船員上がりで、成人後に習得した英語で書いた、ポーランド生れの小説家であることは知っていた。たぶん、コッポラの『地獄の黙示録』の原作者というのが一番通りのいい説明だろう。しかし、面白いからぜひ読めという記述にも人にも会ったことはなかったし、雑誌が特集を組んだという覚えもない。日本でも古くから読まれていたはずだが、ポピュラーな作家ではもはやなくなっているのかもしれない。今回、彼の本を手に取ることになったのは、一緒に評論を書いている(http://kaorusz.exblog.jp/322048/)平野智子が、あるアンソロジーでたまたま読んだという『秘密の共有者』について話してくれたからだ。とりあえず、岩波文庫の『コンラッド短篇集』(中島賢二編訳)を読んでみた。まずはその一篇、『伯爵』について述べる。

1 コンラッドの “ナポリに死す”――Il Conde

『伯爵』(1908年)は奇妙な話である。“ナポリを見て死ね”を副題とするこの短篇は、名前の出てこない語り手が、ナポリで短いあいだ交流のあった“伯爵”について語るという形式を取る。国立博物館の、ヘルクラネウムやポンペイから出土したブロンズ像の前で、〈私〉は伯爵と近づきになるが、それ以前から、同じホテルに滞在し、“イル・コンデ”と呼ばれてうやうやしく応対されている、白髪に白い口髭、気さくで身綺麗な、高級な香水と上質の葉巻の匂いを漂わす、非のうちどころのない老紳士を見知っていた。話好きの伯爵は、やもめで、ボヘミアの貴族に嫁いだ娘がおり(彼自身、アルプスの向うのどこかが故国で)、なすべきことは何も無く、ナポリの気候のおかげで持病のリューマチからも解放されて、気楽な暮らしをしているらしい。続けて三夜、良き話し相手との晩餐をともにした〈私〉が、病気の友人を見舞うために十日ばかり留守にして戻ってみると、伯爵の身にとんでもないことが起きていた。残りのページは、伯爵から聞いた事件の叙述にあてられ、ナポリから永遠に去る伯爵の出立を〈私〉が見送るところで終る。

◆事件

 十日前、語り手を駅に送ってホテルへ戻ったのち――帰り道では、カフェでアイスクリームを食べながら新聞を読み、夕食のために着替えて食事をすませ、葉巻をくゆらせながら他の泊り客と言葉をかわし、しかるのち国立公園で催される音楽会に向かった――伯爵は、辻馬車で海岸まで行き、公園の海岸沿いに続いている長い並木道を徒歩でたどって、音楽を聴きに集まった上流人士に合流する――「彼もその人込みに身を投じ、人々の流れに身を任せながら、音楽に耳を傾け、まわりの顔を眺めて、心静かに楽しみに浸っていた」。しかし、カフェでレモネードを飲み、さらに歩き回るうち、「伯爵は、人込みの中で誰もが味わう、息苦しいような雰囲気に飽きてきて、少しずつ楽団から離れていった。並木道のほうは、楽団のそばとは対照的に闇が濃く、人気もなく、清々しい涼しい空気を約束してくれるように思われた」。彼が若い男にナイフで脅され、金を奪われたのはこの暗闇の中である。緊急用に金貨を身につけていた伯爵は、気もそぞろなままレストランに入るが、なんと客の中にさっきの犯人らしき男がいる。物売りに尋ねると、名家の「若様[カヴァリエーレ]」で、カモッラ党(マフィアのような犯罪秘密結社)のリーダーだという。近づいてきた若者は、彼だけに聞こえる罵倒の言葉を投げつけて去る。話しながら伯爵は震えていた。その後一週間、床についた伯爵は、ある決心を語り手に告げる――「やっと床から起き上がれるようになったから、この地を去る支度をしているところです、と彼は話してくれた。二度と南イタリアには戻らないつもりで。/他の気候の土地に行けば、まる一年と生きられないと確信していたはずなのに!」

私がどんなに説得してみても効果はなかった。伯爵は一度、「あなたはカモッラ党がどういうものか御存じないんですよ。私はもう眼をつけられてしまいましたからね」と言ったが、それが臆病ゆえの言葉でないのは明らかだった。自分の身がどうこうされるというようなことを恐れていたわけではなかった。品位を重んじる繊細な気持が、屈辱的な体験で汚されてしまったことに、伯爵は耐えられなかったのだ。過度の名誉心を傷つけられた日本の侍でも、彼ほどの決意を持ってハラキリに臨みはしなかったろう。故郷に戻ることは、気の毒な伯爵にとって、間違いなく自殺であったのだから

 日本の読者の目にはいささか唐突な「侍」(原文はJapanese gentleman)の登場だが、実は「ハラキリ」の比喩は、伯爵がナイフを突きつけられるところですでに出ていたものであり、これについては後で立ち戻ることになるだろう。ともあれ、伯爵の死は、すでに決定された事柄であるかのようだ。実際、駅頭で伯爵を見送る語り手は、「彼は間違いなくナポリを見た! そう、伯爵は万般見つくしてしまった。そして今、彼は墓へと向かっていく。国際寝台列車会社の特等車に乗り、トリエステ、ウィーンを経由して墓へと戻っていくのだ」と断言する。 “ナポリを見て死ね!”――一篇はこの格言で締めくくられる。語り手は、ナポリを“見た”伯爵が、まさに死へ向かって出発したと言っているのである。

 しかし――ここに書かれているのは本当にそういう話だろうか? 伯爵は何を見たというのだろう。“ナポリ”とはいったい何なのか。ちなみに、訳者のあとがきでは、この短篇は「ナポリに根を張っていた政治的・犯罪的秘密結社、カモッラ党メンバーからの理不尽な暴力に精神的に傷つき、自殺に等しい死を選ぶ老貴族が描かれる」と解説されており、訳者も語り手と同意見である――〈私〉の語りに何の疑いも抱いていない――ことがわかる。しかし、私が最初に「奇妙な」と呼んだのは、そんな話では全くない。

◆美を見た者は

 奇妙なのは、第一に、強盗がむやみに美しいことである。そのことは、この短いテクストの中で、二度も言葉を尽くして述べられている。音楽会に集まってきた人々が紹介される際、その“タイプ”は次のように書かれる――

伯爵が話してくれたところによれば、一番目立ったのは、南イタリア特有のタイプの若者だったそうである。白面の肌も綺麗な顔色、赤い唇、漆黒の口髭、横目をつかったり顔をしかめたりすると驚くほど魅力的な、澄んだ目元を持った若者だった。

 むろんこれはまだ強盗の描写ではない。カフェで、「ちょうどそんなタイプの若者の一人と」相席になったと語られるのみだ。暗い表情をした若者と伯爵は、そこでは交渉を持たなかったが、「その後、楽団の近くを歩き回っているとき、伯爵は、その若者が一人だけで人込みの中をぶらついているところを二度ほど見たように思った。一度は眼が合った。さっきの若者にちがいないと思ったが、なにせ、そんなタイプの男はたくさんいたので、はっきりとは確信が持てなかった」。そして伯爵は暗い並木道のほうへ入ってゆき、「やがて、オーケストラの音も遠のいた。そこで、彼はもう一度引き返して、再び辺りをそぞろ歩いた。こんなことを何度か繰り返しているうちに、伯爵は近くのベンチに人がいることに気がついた」。

 伯爵が〈私〉に語ったところによると、そこにいたのは、「カフェで、暗く沈んだ顔をしていた男ですよ。人込みの中で会った男です。でも、本当のところは何とも言えません。この国には、そのようなタイプの若者はたくさんいますから」。二度、三度、伯爵はベンチに接近する。つと、青年は立ち上がり、「ほとんどそれと気づかぬうちに」、「伯爵の眼の前に立ちはだかると、低い穏やかな声で、すみませんが、あなた(シニョーレ)、煙草の火を貸してもらえませんか、と言った」。結局、この男が強盗に豹変するのだが、その外見がようやく描写されるのは、伯爵がレストランに入った後である。

伯爵は、注文したリゾットが早く来ないかとあたりを見回した。すると、なんと! 左手の壁を背にして、あの男が座っているではないか! 彼はシロップかワインの瓶と氷水の入った水差しを前に置いて、一人ぽつねんとテーブルに座っていた。滑らかなオリーブ色の頬、赤い唇、粋に跳ね上げた漆黒の小さな口髭、少し重たげな長い睫毛で隠された美しい黒い瞳(め)、そして、いくつかのローマ皇帝の胸像のみに見られる、残忍で不満げな独特の表情。間違いない、あの男だ。しかし、それはいくらでもいるタイプだ。伯爵は急いで眼を逸らした。向こうのほうで新聞を読んでいる若い士官も同じタイプだった。さらに遠くのほうでドラフトゲームに興じている二人の若者もそっくりだった。/伯爵は、あの若者の幻影に永久にとり憑かれるのでは、と空恐ろしくなり、思わず顔を伏せた。

 要するに、それが伯爵の “タイプ”なのだろう。「あの若者の幻影に永久にとり憑かれるのでは」? なに、出会う前からとりつかれていたのだ。〈私〉は何も気づかぬまま、読者に情報を提供しているが、これは伯爵の一人称だったら出せない効果で(まさにそのために語り手はいる)、語られているのはあくまで〈私〉が「眼に浮かべる」伯爵、つまり語り手の目を通した彼である。〈私〉は伯爵をすっかり理解しているかのように振舞っているが、実は知り合って間がないのであり、おしゃべりには向いていても、伯爵にとってとうてい真実を明かせる相手とは思えない。にもかかわらず、彼が見た伯爵像を素朴な読者は信じることになる。伯爵が語り手に聞かせたこと、あるいはそこから語り手の引き出したことしか私たちには伝えられない。とはいえ、それは語り手の思惑を越えて私たちに与えられる重要な手がかりだ。

 伯爵は〈私〉に真相を語っていない――彼の眼に映る伯爵像から、一ミリでもはみ出すようなことはけっして。それでもなお、〈私〉の口を通して二度までも語られる若者の美しさは、あたかも伯爵にそれほどの傷を負わせたのが、その圧倒的な美そのものであることを示すかのようだ。伯爵との出会いを語りながら、〈私〉は博物館の展示品についての伯爵の意見を、いかにもどうでもいいことのように――「ついでに言えば」と前置きして(しかもカッコ書きで)引いていた――「(ついでに言えば、彼[伯爵]は、大理石のギャラリーに並べられたローマ皇帝の胸像や立像は好きになれない、と話していた。強すぎて、決然たる感じが出すぎているのが、どうも自分の趣味に合わないのだ、と言っていた)」。しかし、「いくつかのローマ皇帝の胸像のみに見られる、残忍で不満げな独特の表情」という、すでに引いた文句をあわせ読めば、伯爵の本音がどこにあるかは容易に推測される。ローマ皇帝の大理石像は、その尊大でサディスティックな表情が、彼にとってあまりに魅惑的であったため、その前を黙って過ぎるわけにはいかなかったのだろう――あえてそうした発言によって、その事実を否定してみせねばならなかったほどに。

 公園の暗がりで、若者の求めに応じてマッチを取り出そうとした伯爵は、「胸骨のすぐ下」、「日本の侍がハラキリを始めるときに最初に刀を当てる、まさにその部位」を何かが押すのを感じる。それは「長いナイフ」であり、現金は渡しても亡妻からの贈物と父の遺品の二つの指輪を渡すのを拒んだ彼は、覚悟を決めて目を閉じる――「人の身体で一番痛みに敏感な鳩尾にぐっと押し当てられた、刃渡りの長い尖ったナイフで」、腹を「ぐりっと抉られるのを」覚悟しながら――

突然、伯爵は、悪夢のような圧迫感が敏感な部位から取り除かれたのを感じた。眼を開けてみると、すでにその男の姿はなかった。(…)しかし、ナイフが消えた後も、ぞっとするような圧迫感はいつまでも残っていた。

 それにしても伯爵は、なぜ、わざわざ、人気のない暗がりへ入って行ったのか(不自然さを感じさせないよう、もっともらしい理由づけ――「清々しい涼しい空気」を求めて――がなされているが)。さらには、ベンチに腰かけた若者の周りをうろついたりしたのか(「私は、彼がいつもながらの物静かな態度物腰で、南国の夜の香しさと、距離をおいたことで気持よく和らげられた音楽の響きを、心ゆくまで楽しんでいるさまを眼に浮かべることができる」と、語りは言いくるめる)。そもそもタバコの火を借りるとは、時間や道を訊くのと同じ、古い手ではないだろうか? 要するに、この短篇は、コンラッド版『ヴェニスに死す』ではないかと私には思えたのである。ただし、手を触れえない美少年を遠くから眺めることとは対極にある、向うから攻撃されて外傷を負うという形の――。

“ナポリを見て死ね”とは、つまるところ「美を見た者は、早くも死に囚われている」(プラーテン)ということではないか。それまで後ろ指さされることとは無縁だった、「人生の喜びも悲しみも、結婚、出生、死といった自然の流れによって定められ、上流社会の慣習によってあらかじめ規定され、国家によって守られたものだったに違いない」、要するに“自然の流れ”にそって制度の枠内で生きてきた伯爵は、もののはずみ(?)で暗い道に踏み迷っての自己発見の結果、死にまで追いやられようとしている(ヴェネツィアではとどまることがアッシェンバッハを斃したが、ここでは逆に、去ることが死を意味する)のではないだろうか(ちなみに『ヴェニスに死す』は1912年発表。『伯爵』の四年後である)。

◆別の読み方?

 たぶん、私が知らないだけなのだろう、と私は考えた。これだけはっきり書かれているものが(私の要約だけですでに真相に気づいた方もおられよう)見過ごされていることはよもやあるまい。まだ、岩波文庫の「解説」にまでは、反映されていないとしても――。そこで、“ジョゼフ・コンラッド 同性愛”と打ち込んで(さらに“伯爵”を加えて)検索してみたが、何も出ない。コンラッドについての日本語の論文はあるが、箸にも棒にもかからないレヴェルである。専門の研究者はというと、どうもコンラッドに関してポストコロニアリズム的にしか興味がないようだ。一般の人のブログで、「身内の冠婚葬祭を繰り返すうちに、いつしか自分のまわりには誰もいなくなって」しまっている伯爵という、語り手の判断をそのまま受け入れた同情的な感想ならあった。語り手並みに人の好い方らしい。

 ところが――ためしに英語でいくつかキーワードを打ち込んだところ、またしても驚いたことに、私が嗅ぎつけたようなことはすでに常識であるらしかった。たとえばここ   
http://dansemacabre.art.officelive.com/ilconde.aspx――『伯爵』のテクスト全文と短評であるが、それによるとこの小説は、ナポリで快適な生活をしていた老紳士が、「若い男の形を取った人生の暗黒面」に出会うことを余儀なくされてナポリを出てゆく話だと長いあいだ思われてきたが、「何年か前から、それとは別の読み方が出てきた。伯爵を無辜の被害者ではなく、その運命の共犯者と見る読み方である。この読み方は、伯爵はセックスの相手にする若い男を漁るため、演奏会へ行く通常の道から故意に外れたと主張する」。この読み方では、伯爵は、強盗に襲われたのではなく、ハッテン場で恐喝に遭った。「伯爵はもはやナポリが安全とは思えないからではなく、恐喝と暴露を恐れてナポリを去る」(John G. Peters)というのである。

 なるほど、辻馬車を途中で降りて暗い並木道を行くのも、若者と相席になったあとの挙動もそれで腑に落ちる。恐喝とは思いつかなかったが、要するに、黙って眺める片思いから、強盗/殺人の被害者まで幅があるのだ(ドミニック・フェルナンデスは短篇『シニョール・ジョバンニ』で、『ヴェニスに死す』を引き合いに出しながら、この両極端の間に引き裂かれた美術史家ヴィンケルマンを描いていた)。こういう説はすでに1970年代に出ていたらしい。

 しかし、伯爵がハッテン場の常連だったとしても(「ヨーロッパ全土から次々とやって来る旅行者の中から、一日だけの、ときには一週間の、場合によっては一カ月に及ぶこともある仮初の友人を見つけて、暮らしていたらしい」とはそういう意味だったか)、恐喝と言ってしまったのでは、話がいかにも切りつめられてしまうのではないか。伯爵が〈私〉に聞かせた単純な物語には、思いがけない過剰な情動が伴っている。ちょうど、顕在夢が、その内容に不釣り合いな強い情動を備給されているように(むろんそれは別な体験に属するのであり、表面に見てとれるのはその置き換えなのである)。それは、伯爵が無垢な被害者ではなく、男漁りをしていたのだと気づかない読者にも、明らかに感じ取られるであろう、最も素朴な読者にさえ、熱に浮かされたような強度として迫ってくるはずのものだ。これを「恐喝」の結果と置き換えてしまったのでは、すべての推理小説で最後に種が明かされるのと同様、興を殺ぐのではあるまいか。いずれにせよ、そこにホモエロティシズムが充填されていることは見間違いようがない。長いナイフを「敏感な部位」に押しつけられた伯爵は、完全に自己を放棄し、無防備に身をさしだしている。

◆「彼の美しい年老いた顔」

 平野智子にも『伯爵』を読んでもらった。ローマ皇帝の像についてのトピックが、生きた若者の「残忍で不満げな表情」として反復されていることを指摘してくれたのは彼女である。そう、伯爵は、嫌いだとわざわざ言明しなければならないほど、「残忍な」若者が好きなのだ。伯爵は確かに恐喝を受けたのかもしれないが、と平野は言った。要するに、夜中に散歩していてハイドに殺されてしまう、あの年寄りの議員のようなものだろう……。

 あの年寄り――ロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説で、夜道でハイドに殺されるサー・ダンヴァーズ・カルーは、光文社文庫版の『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』では「年配の上品な紳士」と表現されているが、エレイン・ショウォールターの『性のアナーキー』で引用されている当該箇所では「老齢の美男子」と訳されていて、原文のaged and beautifulはこちらの方が近いのだろう。ショウォールターの示唆によれば、傍(はた)からは老人がハイドに道でも尋ねているかと見えたのは、年を取っても容姿に自信のあったカルー議員が、夜道で男に声をかけて殴り殺されたのである()。われらが伯爵も、カルー同様、「美しく老いた顔」(his handsome old face)をしている。そして、ロンドンの上院議員同様、闇に紛れて男をハントするため、目的地の手前でわざわざ馬車を降りて暗い道を行き、また、目をつけた若者がいるテーブルに進んで同席して自らを提示したのだ。しかし、運命的な出会いの相手が醜く不快なハイドではなく、澄んだ目元の、美しい黒い口髭の、そして「ぎょろっと眼を光らせ、白い歯をぎりぎりと軋らせ」る時は「ぞっとするほど残忍な様子」の若者であることは、コンラッドのこの短篇をきわ立って特徴づけている。

 一方には、語り手と伯爵が国立博物館で見たような、ヴィンケルマン的、ヴェニスに死す的彫像やブロンズ像があるのだろう。そして一方の極には、言うまでもなく、オリーヴ色の肌、赤い唇、漆黒の口髭等々で構成された生身の肉体がある。フェルナンデスに言わせると、ヴィンケルマンは手の届かない上流階級の金髪の青年およびその等価物である純白の大理石像と、手を伸ばせば届く(実際には困難だった)後者の間で引き裂かれていた。しかし、伯爵は、美術品への穏当な愛の表明(ディレッタントや目利き[コネスール]のものではないが、「実に的を射た感想」が伯爵からは聞けたと〈私〉は言っている)と、オリーヴ色の若者相手の実践の、両方にたずさわっていたのである。アッシェンバッハと違って、彼にあっては芸術と現実はなだらかに続いており、朝には逸楽的なローマ人が遺したブロンズの男性ヌードを鑑賞しながら芸術を語り(「彼の審美眼は、修養で得たものというより、ごく自然なものだった」と語り手は言う)、夕にはそうした美を体現する生ける彫像を探しに行くことができた。語り手のそうした言葉の意味も、そこまでわかってはじめて理解できるというものだ。

 自らも以前カプリに別荘を借りていたことがあるという(カプリ島が何で有名であったかは言うまでもない)伯爵は、ナポリ湾周辺に別荘を建てた古代ローマの貴族について話しながら、「ローマの上流人士たちは、辛いリューマチに特に罹りやすかったのだと思っている」とつけ加えていた。これを聞いた〈私〉は、「彼は、世の中の普通の物知り以上にローマ人について知っているわけではなく、自分の体験に鑑みて言ったにすぎないと」思い、彼自身が南イタリアでリューマチから解放されたことに単純に結びつけてしまうが、ローマ人の生活についてなら、伯爵には他にも「自分の体験に鑑みて」言えることがあったのである。

◆ナポリを見た者

 ヴィンケルマンが同宿の強盗に殺され、カルーがハイドの手にかかったことを思えば、『伯爵』の運命は彼の生活同様、相対的に穏当なものと見えるかもしれない。しかしそれは紛れもなく「死」という言葉で――“ナポリを見て死ね”という言葉で――表現されうるようなものなのだ(なぜ彼が「死」にまで至るのかを、名誉心だの繊細さだのという言葉で考察してきた人が大勢いるに違いない)。「“ナポリを見て死ね”とは過剰に自惚れた諺であり、すべて過剰なものは、哀れな伯爵の上品な中庸とは趣味が合わなかった」[拙訳]と語り手は言う。しかし、ナイフを突きつけてくる若者の美以外に、『伯爵』におけるどんな“過剰なもの”がありえよう。そして、語り手には中庸=穏健の人としか見えなかった伯爵は、実は、過剰なものに身を捧げる用意のある人だった。鈍感な語り手も、「伯爵は、この諺の自惚れた精神に、奇妙なほど忠実に従ったと言えるのではなかろうか」と言っている。だが、 “彼は間違いなくナポリを見た!”とパセティックに断言する語り手には、皮肉にも“ナポリ”の意味がわかっていない。伯爵は間違いなく“ナポリを見た”のであるが。

 無邪気な語り手、無邪気な読者はナポリを見ていないのだと平野智子は言う。『ヴェニスに死す』の、ようやく得た社会的地位に縛られ、抑圧された哀れな作家と違って、伯爵はその身分と財産に守られ、身過ぎ世過ぎにわずらわされずに、葛藤のない、欲しいもの(男)は金で得られる生活を送ってきた。しかし、ある日、これ以上無い至高のものに思いがけず出会ってしまったため、そしてそれは、他で探しても見つからない、けっして手に入らないものであるために、生き続けること自体が無意味な状態に陥ってしまったのだと。なるほど、そういう解釈なら、「恐喝」(だけ)に還元するのと違って納得がゆく。『ヴェニスに死す』を書く以前にトーマス・マンに『伯爵』を読む機会がありえたかどうかはわからないが(1926年には、マンはドイツ語訳のコンラッド作品集第一巻に序文を書いている)、もし読んだのなら読めなかったはずはないから、伯爵を、そしてここまで大胆に書けた作家をねたましく思いつつ、お得意の「芸術家小説」に変換してあの本を書いたのだと根拠のない想像をしてみることもできる。

 これについては拙稿「In Queer Street――ポールの奇妙なケース」で触れた。掲載誌『ポールの場合』購入は「ロワジール館別館で見た」とお書き添えの上、こちらまで。
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by kaoruSZ | 2011-08-15 18:33 | 文学 | Comments(0)
こういう連中の話をし出すときりもありませんが、もうひとり、御紹介しておきましょうか。“眠り男”という呼び名で……」
「眠り男? まるで『カリガリ博士』ですね。やはり夢遊病者なんですか」
                                             中井英夫『幻想博物館』


 図書館で中井英夫の本を開いたら「セザーレの夢」という短篇があり『カリガリ博士』のことが出ていたと平野智子から電話あり、創元推理文庫で「とらんぷ譚」という題だったという。「とらんぷ譚」というのは四冊でトランプのカードと同じ数になって完成する短篇集の総題、私は平凡社から出た函入りのを四冊全部持っているのだが、それなら『幻想博物館』に違いない、中井が『カリガリ博士』について書いていたことも、「セザーレ」と表記していたことも覚えていたが、エッセーの中でだったと思いちがいしていて探してもみなかった。『幻想博物館』は手の届くところに絶えず置いておきたい本ではもはやなくなっていて、だから地震でも頭の上に落ちてくることはなかったのだが、クローゼットを開けてみると、天井に近い棚の上に積み上げた本がなだれ落ちたまま、片づけが途中になっていた山の中にたやすく見つかった。ページを繰ると、入院患者について語る院長(精神病院の)と「私」の会話は上に引いたとおりで、さらに次のように続く。
                               
思わずそう聞き返したのは、とっさにあの古いドイツ映画の、黒タイツに身を固めたコンラット・ファイトの姿体を思い出したからであった。眠り男セザーレが届けられてきたときのカリガリ博士のあの喜びようはいったい何を現わしていたのだろう(強調は引用者による)

 残念ながら、この答えは書かれていないし、話も脇にそれてしまうのだが、私たちは同じ場面を次のように書いた。

これに先立つ、眠ったままの夢遊病患者として院長室に運ばれてきたチェザーレをはじめて見るシーンでの、彼の喜びようにしても、殺人のための道具を手に入れて喜んでいるのではなく(むしろ、注文した等身大フィギュアが到着したと思って頂きたい)、院長はさっそく人払いをして、さも嬉しげにチェザーレを“愛撫”している。http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/kikou-13.html


問題は「セザーレの夢」ではなくて、「フランシスの夢」なのだが、それでも、「あの喜びようはいったい何を」と、ちゃんと中井にも見えていたのだった。


お知らせ
 上記「コーラ」の記事の最後に読書会の計画を載せましたが、残念ながらグーグルビデオがすでに見られなくなっているため、とりあえず延期といたします。
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by kaoruSZ | 2011-05-03 23:09 | 日々 | Comments(0)
 1987年5月号の「ユリイカ」乱歩特集号に、『目羅博士』への『砂男』からの影響を示唆する記述を見つけたが――。

このいわゆる「狂博士」は眼科医であり、彼の診察室に置かれた無数の義眼や蝋人形は、ホフマンの『砂鬼』の眼玉をくりぬく砂鬼たる晴雨計売りのコッペリウスと、彼の部屋の無数の眼鏡や、スパランツァーニ教授の自動人形を連想させる。            今泉文子「変幻する眼―乱歩とバロッキズム」

 誤りが二つ以上紛れ込んでいるのはとりあえずよしとしよう。今泉は、乱歩が「エーヴェルスの『蜘蛛』にアイディアを得て『目羅博士』を書き上げている」ことを指摘し、のちにエーヴェルスがナチの御用文学者になったことを述べて、次のように言う。

乱歩のような文学によって戸惑わされた読者の視線、煽り立てられた感情は最終的には何処へ行きつくのか。あるいはついに行きつくところなくさまよい続けるのか。ドイツ語圏ではエーヴェルスのような文学に無反省にふけっていた大衆の視線と、煽り立てられたその感情は、ある強力な指導者へと向けられていった。


 関係ないだろうが  

 さらに、このあとを以下のごとく続けるのだから……。

いや、こう言ったからといって、大衆文学、怪奇幻想文学を読むのがいけないと言うのではもちろんない。[…]乱歩に典型的に見られる「視角の変容」、「視線のズレ」は、権威主義的な硬直した秩序を密かに崩壊させる力をももちうるはずである。大衆文学こそ、直接に読者の感性に働きかけ、読者の反応を最も多く期待するものだから、いかに読むかということが、実はもっと問われていいものなのではないか。

悪いけど、あまりにも典型的で笑う。
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by kaoruSZ | 2011-04-27 21:29 | 日々 | Comments(0)

目羅博士とカリガリ博士

「Web評論誌コーラ」13号出ました。

平野智子との共著二作目「砂男、眠り男――カリガリ博士の真実」掲載。
 編集人が『カリガリ博士』(ロベルト・ヴィーネ監督、1919年製作、20年公開)のスチール写真(と呼びたい)を入れてくれた。
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 書き上げたあと起こった例の大地震で本棚から落ちてきた(作りつけなので倒れはしないが、平積みにしていた本が宙を飛んだ)文庫本を拾い上げ、江戸川乱歩の『目羅博士』(雑誌連載時のタイトルは『目羅博士の不思議な犯罪』)を久しぶりに読んで、この短篇が明らかに『カリガリ博士』と『砂男』を下敷きにしていることに気がついた(『カリガリ博士』自体、『砂男』が発想源の一つであると思われることは上の拙論で述べた)。

 もちろん乱歩は『砂男』を読んでいる。1929年に改造社から出た「世界大衆文学全集」の一冊「ポー、ホフマン集」の翻訳者ですらあるのだから(この本は、昔、神保町で見かけて買った。『探偵小説四十年』によると名義貸しらしいが)。ホフマンの作は『砂男』と『スキュデリ嬢』を収めていて、前者はオリンピアが自動人形とわかってガラスの目玉を投げつけられたナタナエルが発狂し、“癲狂病院”へ送られた後に省略がある。快癒したと信じられた主人公が塔から身を投げる部分が存在せず、クララが他の男と結婚して幸せになった結末を接続して終っているのだ(『カリガリ博士』のおもてのプロットのように、「それ以来、彼は個室[独房]で鎖に繋がれたままです」というわけか)。あらためて目を通してみたところ、コッペリウスが幼いナタナエルを人形のように扱う描写(種村季弘訳では「コッペリウスはぼくの肉体をがっきと鷲づかみにし、手足をねじ切ってそれをまたあちこちと嵌め替えるのだった」ちなみに、拙論で重要な細部として言及している)も欠けていた。探せば他にもあるだろう(この改造社のシリーズは、ハガードの『洞窟の女王』と『ソロモン王の宝窟』を一冊にしたのがうちにあったのを子供の頃発見して自分のものにしていたが、『洞窟の女王』に(『ソロモン王』の方は調べていない)かなりの省略があるのに最近になって気づいた。当時は普通の事だったのだろう)。

「ポー、ホフマン集」には『ウィリアム・ウィルスン』も入っていて、これも明らかに『目羅博士』先行作品の一つである。落ちてきた文庫本(角川文庫の「暗黒星」)の解説には、「連続自殺の着想はエーヴェルスの「蜘蛛」から借りたといわれるが」とあるのみで、エーヴェルスは未読だが、文庫クセジュの『幻想文学』(これ自体はつまらない本)を見ると、「リヒャルトは勇気のあるところを見せようとして、以前の住人たちがつぎつぎと自殺したという部屋を借り、向かいの窓に女の姿を認める。この女が次第にテレパシーの作用を彼に及ぼすようになる。彼が女の致命的な蠱惑に屈するのに、さして時間はかからなかった」と紹介されている。

 乱歩の短篇では、しかし、連続自殺のあった部屋に面した向かいあう窓に現われるのは蜘蛛女ではなく、「月の光の中でさえ、黄色く見える、しぼんだような、むしろ畸形な、いやないやな顏」である。「よく見ると、そいつは痩せ細った、小柄の、五十くらいの爺さんなのです」。「その笑い顔のいやらしかったこと、まるで相好が変って、顏じゅうが皺くちゃになって、口だけが、裂けるほど、左右に、キューッと伸びたのです」

「五十くらい」で「爺さん」なのは、三十代で中年、四十で初老の時代であるからだ(『心理試験』も読み返したが、被害者は「もう六十に近い老婆」なのであった)。チェシャ猫か、『カリガリ博士』の“眠り男”役コンラート・ファイトがのちに演じたこともある「笑う男」のように笑うこの「爺さん」は、「三菱何号館とかいう、古風な煉瓦造りの、小型の、長屋風の貸事務所」の「一軒の石段をピョイピョイと飛ぶように登って行く」のを、物語内物語の語り手に目撃される「モーニングを来た、小柄の、少々猫背の老紳士」で、「目羅眼科、目羅聊斎」という看板のある事務所に消え、そこに住む目羅博士その人であることが判明する。「むしろ畸形な、いやないやな顏」という嫌悪感を催させる外見と、猿を思わせる動作の描写は、『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』のハイドを思わせ、また、カリガリ博士その人のイメージでもあろう(『ジキル博士とハイド氏』と『カリガリ博士』の関連についても上記拙論では触れた)。

 内容的には目羅博士を眼科医とする必然性はないから、これは要するに『砂男』の眼鏡売りコッポラのレミニッサンスであろう。「きれいなおめめ」を売りに来たと言ってナタナエルをギョッとさせるコッポラは大量の眼鏡を並べてみせ、「キラキラピカピカ妖しい光をはなちはじめた何十何百という眼がひきつるようにぎらぎらと輝き、それがナタナエルのほうをいっせいに見詰め」る。それをしまうと、今度は眼鏡売りは「大小さまざまの望遠鏡」を取り出す。ナタナエルは「一梃の小体な、みごとな仕上げの望遠鏡」を手に取り、窓の外にそれを向けて、室内にいるオリンピアの美しさを目のあたりにするのだが、乱歩はこの遠眼鏡を浅草十二階下に向けて傑作『押絵と旅する男』をものする一方、眼科医という設定によって、何の不自然さもなしに、「あすこの診察室の奥の部屋にはね、ガラス箱の中に、ありとあらゆる形の義眼がズラリと並べてあって、その何百というガラスの眼玉が、じっとこちらを睨んでいるのだよ。義眼もあれだけ並ぶと、実に気味のわるいものだね」という語りを引き出してくる。しかし、それに続く、「それから、眼科にあんなものがどうして必要なのか、骸骨だとか、等身大の蝋人形などが、二つも三つも、ニョキニョキと立っているのだよ」という言葉は、その場面が『カリガリ博士』の院長室からじかに由来することを証し立てていよう。あそこに立っていた骨格標本(目羅博士の部屋ではキノコのように増殖したらしい)を、乱歩も確かに見たのである。「等身大の蝋人形」とは、このあと、殺人のトリックの小道具として使われるものであるのはもちろんだが、『カリガリ博士』における夢遊病者チェザーレの替え玉人形そのものでもあろう。

「目羅博士の不思議な事件」を語る青年に、「私」は上野動物園の「サルの檻」の前で出会い、上野の森の「暗い木の下道」で「僕知っているんです。あなた江戸川さんでしょう。探偵小説の」と言われて「ギョッと」する。そして、「あなたは、小説の筋を探していらっしゃるのではありませんか。僕一つ、あなたにふさわしい筋を持っているのですが、僕自身の経験した事実談ですが、お話ししましょうか。聞いてくださいますか」という申し出に、ご飯でも食べながらと応じるが、相手は、自分の話は明るい電燈の部屋には不似合いだと言い、「ここで、ここの捨て石に腰かけて、妖術使いの月光をあびながら、巨大な鏡に映った不忍池を眺めながら、お話ししましょう」と答える。そして語り終えると、「立ち上がって、私の引き留める声も聞こえぬ風に、サッサと向こうへ歩いて行って」しまう。

私は、もやの中へ消えて行く、彼のうしろ姿を見送りながら、さんさんと降りそそぐ月光をあびて、ボンヤリと捨て石に腰かけたまま動かなかった。
 青年と出会ったことも、彼の物語も、はては青年その人さえも、彼のいわゆる「月光の妖術」が生み出した、あやしき幻ではなかったのかと、あやしみながら。


 動物園の猿の「猿真似」に発する「目羅博士の殺人」のいわゆる「トリック」は、説明してしまえば児戯に類するものであり、それを読ませるものにしているのは、「月光の妖術」ならぬ乱歩の文章の力である。それだけが「あやしき幻」を支えているのであり、「青年と出会ったことも」幻であるというなら、「私」は分身に会ったことになり、自分の中にあった物語を語ってもらったことになろう。
 昨日、『屋根裏の散歩者』(1925年)をこれも久しぶりに読み返したが、あの明智と郷田三郎は、もう、互いが互いの分身のようなものだ。退屈しきっていた郷田三郎は、明智のせいで「今までいっこうに気づかないでいた「犯罪」という事柄に、新らしい興味を覚えるようになった」のだし、明智は数々の犯罪物語を「けばけばしい極彩色の絵巻物のように、底知れぬ魅力をもって、三郎の眼前にまざまざと浮かんでくる」ように語りきかせるのだから、これはもう乱歩の小説に夢中で読みふけるようなものではないか。実際、「彼はさまざまの犯罪に関する書物を買い込んで、毎日毎日それに読み耽る」ようになり、そこには「いろいろの探偵小説なども混じっていました」。そして、できるものなら、自分もその主人公になりたいと思うが、しかし、「法律上の罪人」になるのは嫌なので、“犯罪の「まね事」”をはじめる。

「コーラ」11号掲載の「男と云ふ「秘密」――パムク、華宵、谷崎、三島」で、私は 谷崎の『秘密』の主人公について、“しかし「私」はやがて遅れて東京にやって来て本当に「探偵小説中の人物」になる、江戸川乱歩描くところのカウンターパートのように、能動的に何かをしようというのではない。剣呑な品物もそれで世界に働きかけるのではない。「私」自身の言うとおり、「犯罪を行はずに、犯罪に附随して居る美しいロマンチツクの匂ひだけを、十分に嗅いで見たかつたのである」”と書いたが、むろん、このとき念頭においていたのは『屋根裏の散歩者』の主人公である。しかし、あらためてこの小説を読んでみると、彼は浅草へ出かけて、尾行だの、暗号文を書いた紙切れだので「遊戯」を行なっては「独り楽し」み、おまけに女装して映画館に入ったりするのだから、『秘密』の語り手と何ら変わるところがないのだ(むろん乱歩の意識的な「まね事」であり、すでに影響関係が云々されているのだろう)。周知の通り、郷田三郎はその後「犯罪のまね事」の舞台としての「屋根裏」を発見して「屋根裏の散歩者」に、そしてついには「殺人者」になる。頃やよしと訪れた明智は、被害者の部屋を三郎自身に案内させ、彼と問答を交わした末、ある夜、彼の部屋の押し入れの中に、天上からさかさまにぶらさがった首として出現して、三郎を驚愕させる。

「失敬、失敬」
そういいながら、以前よく三郎自身がしたように、押入れの天上から降りてきたのは、意外にも、あの明智小五郎でした。
「驚かせてすまなかった」押入れを出た洋服姿の明智が、ニコニコしながらいうのです。「ちょっと君の真似をしてみたのだよ
[著者による強調。原文は傍点]。

『目羅博士』(1931年)の「猿真似」の主題は、ここにも通じていたのだった。しかも、このことは、明智が犯罪者の分身であることをますます明らかにしていると言えよう。思えば明智は、郷田三郎に犯罪(物語)の魅力を手ほどきし、さんざん煽っておいて、ついに実行にまで至らしめ、それを分析してみせたようなものだ。初期の明智は彼自身が限りなく犯罪者に近い。

 平野智子との共著三作目は、乱歩の『孤島の鬼』を論じたものになる予定。私の乱歩再読のせいではなく、平野さんがこの長篇小説をはじめて読んだためである。
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by kaoruSZ | 2011-04-16 20:24 | 日々 | Comments(0)
 拙稿“男と云ふ「秘密」――パムク、華宵、谷崎、三島”が掲載されている、「Web評論誌コーラ」11号が出ました。
 その「プロフィール」欄にも書いたとおり、「アルダの歩き方」というサイトを平野智子さんと一緒にはじめました。アルダとは、J・R・R・トールキンの作品世界での地球の呼び名です。主に『シルマリリオン』(邦訳題『シルマリルの物語』)の読解を扱いますが、その結果は『指輪物語』のとらえ方にも自ずから影響を及ぼすことになるでしょう。

 トールキンについては、すでに過去の「コーラ」誌上に次の二篇を発表しています。

人でなしの恋――『シルマリリオン』論序説(鈴木薫) 
“父子愛”と囮としてのヘテロセクシュアル・プロット――トールキン作品の基盤をなすもの(平野智子、鈴木薫) 

 これまで『シルマリリオン』について言われたことの大部分は、何が書かれているか理解できないままの/ゆえの読み手のナルシシズムの投影であり、願望の押しつけでしかありませんでした。私たちはそうした解釈をもう一つ増やそうというのではむろんなく、それなしでは作品が成立ししえない基本的でコアな構造を明らかにするものです。傲慢のそしりを恐れずに言うなら、これ抜きにはこれからは誰にも『シルマリリオン』について何か言うことができなくなるような性質のものだと考えています。

 たとえば、妹ニエノールをそれと知らず妻にしていたトゥーリンは、ニエノールが入水したことを知り、「これだけが足りなかったのだ。これで夜が来る。」と言って自らの命を絶ちますが、この台詞が何を意味するのか、わかった方はおありでしょうか。「夜」とは何でしょう。絶望とか死とか暗黒とかを指すのだろうと、漠然と思って読み過ごしてしまったのではないでしょうか。

『シルマリリオン』を読みながら注意を払うべきは、類似であり、照応であり、再現であり、反復です(もちろんこれは、通常、小説を読みながら、普通に気づかれるはずのものです)。そしてここでは、数十ページ前で、二本の木の光に照らされた楽園ヴァリノールにはじめて夜が来た時の、再演を、反復を、抑圧されたものの回帰を見るべきなのです。二本の木が枯らされ、三つのシルマリルが奪われ、王フィンウェが殺された時、楽園に夜が到来し、フィンウェの息子フェアノールはその「夜の中へ」()姿を消します。

 つまりトゥーリンは、自分がフェアノールの役をなぞっていることをあそこで言っていたのです。フェアノールがフィンウェを失ったように、彼はニエノールを失いました。それはまた、フェアノールとフィンウェに本当に起こったこと、彼らの真の関係を明らかにするものでもあります。

『シルマリリオン』の序文に収録されている編集者ウォルドマン宛の手紙で、トールキンはトゥーリンの挿話に関連して、オイディプスの名を挙げています。兄と妹がそれと知らず結婚するという意味だと読者は思うことでしょう(ウォルドマンもそう受け取ったはずです)。しかし、『シルマリリオン』の中心にあるのは兄妹ではなく親子の話であり、オイディプスの名はそのことをこそ指し示すのです。

 ウォルドマン宛の手紙には、『シルマリリオン』に関して「天使たちの堕落」という言葉も出てくるのですか、この“天使たち”とは誰のことでしょう。天地創造の時、トールキン世界の“唯一神”イルーヴァタールとともにあったアイヌア(彼らのうち地球に来た者たちがヴァラールです)のことでしょうか。実際、元はヴァラールの一人だったメルコールには、いくらか、神に反抗する堕天使の面影づけがされています。

「天使たちの堕落」とは、実はミルトンの『失楽園』で、アダムとイヴの楽園追放に先立って起こる事件です。『失楽園』で地獄に落とされた堕天使たちは、神が新しく造った地球に近く人間を住まわせるという噂に騒然となりますが、メルコールもまた、中つ国で人間が目覚めるという噂を使って、ヴァリノールのエルフの間に不和の種を蒔こうとしました。楽園の蛇とはサタンの化身に他なりませんが、メルコールもまた、ヴァリノールという原初の楽園に忍び込んだ蛇なのです。

 しかし、エルフの堕落の主役になるのはフィンウェとフェアノールの父子/カップルであり、ついでに言えば、ロマン主義的な暗い美青年、バイロン的叛逆者としてのカッコいい悪魔の特徴はフェアノールに取られてメルコールには残されておらず、彼は徹頭徹尾、道化に過ぎません。彼が楽園の二本の木を枯らし、三つのシルマリルを盗み去るという事件しか表面にはあらわれていないため、ここで犯された原罪が何かは長いあいだ知られないままでした。

 表面にはあらわれていない、と書きましたが、むろん、すべてはあらわれており、それが大多数の人には見えないだけです(たとえば、ヴァラールが原罪が犯された事実を知ったのがいつかは、テクストの中にはっきり指摘することができます)。世界は言葉でできています――トールキンの人工言語というのも、畢竟それを強調したものに過ぎません。トールキンの“異世界”とは、見るからに人工的な、書割、箱庭、ミニアチュールであり、外部から眺める一方、本に添えられた地図を身ながらその中を歩くべきものであって、先入観を持って外から近づき、解釈を押しつけるべきものではないのです(むろんそれは、普通の小説のように読めということ以上を意味するものではないのですが、こと“ファンタジー”となると、多くの評者はそれを忘れてしまうようです)。

 この箱庭世界は、一切を掌握して意のままにあやつる運命の支配者、“唯一神”イルーヴァタール、すなわち〈作者〉を戴く自己言及的芸術家小説でもあります。この世界に、実は宗教は存在しません。“唯一神”の意を受けて地上に降りるヴァラールは神々や天使では全くなく、イルーヴァタールにあらかじめその一部を見せられた映像(いわば予告篇)を実現すべく、アルダの基礎造りからはじまって、舞台装置をととのえてエルフや人間の目覚めを待ち、つつがない上演のためにあらゆる調整に腐心する撮影スタッフといった方が当たっていましょう。エルフもホビットも何があろうと神に祈ったりしませんし、超越的な天国も地獄も知られていません。驚くべきことに、死者を埋葬はしても、葬式という習慣さえ彼らにはありません。不死のエルフも肉体が損なわれれば死ぬことになりますが、その場合彼らは、同じ平面上にある「マンドスの館」に移るだけなのです。

 端的に言ってトールキンの世界は言葉と「萌え」からできています(だから、最近この場所で論じてきたテーマに絡めるなら、「萌え」の抑圧とホモフォビアがあっては絶対に読めないテクストの一つであるともいえます)。「コーラ」に載せた二篇は、平野さんがシャーロック・ホームズだとしたら私がワトスンとして書いたのですが、本家のワトスンよりはホームズと話しながらともに新しい発見をし、自分で考えを発展させもして、いくらかでも寄与をなしえたのではないかと思います。今回のブログではすでに公にしたものと重複する箇所もあるでしょうが、屋上屋を架するとは考えていません。これでもまだほんの基礎固めにすぎないのですから。なにしろトールキンが生涯をかけて作り上げた世界であり、読む方もそう簡単には行きません。アルダの地図を傍に気長におつきあい下されば幸いです。

 邦訳ではなぜかここが「闇の中へ」と訳されて、照応が不完全になっています。
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by kaoruSZ | 2010-08-15 23:19 | 日々 | Comments(8)

花の美しさもまたある

 花の下にとめたベビーカーの女の子が、散りかかる花びらの中、前方の桜色の地面を見つめて声を発するのを聞いた。

  ――落っこちちゃう。

 傍にしゃがんだ祖母らしい人が繰り返す。

  ――落っこちちゃうね。

 女の子が言った。

  ――雪みたい。

 祖母が繰り返す。
 
  ――雪みたい。

 私の母が育児日記に、生まれてはじめて雪が降ってくるのを見た私が、庭に向かって「アメトチガウ、ユキネ」と呟いたと書きとめているのを思い出した。通り過ぎてから気がついたが、女の子はこれに先立って「雪みたいね」と祖母なる人が口にするのを聞いていたのではないか。本当は祖母が先に言った言葉を、あの時反復したのではないか。
 私がはじめて見た雪を「ユキ」と呼べたのは、「雪やこんこん」と先に教わり、絵本でも見ていたからだろう(「ネコはコタツで丸くなるの絵をかいて」と言われ、描いてやったと母は記している)。

 それでも、「ひょう」や「あられ」は――氷の粒だと知らされていても、なお、「ひょうが降ってきた」という大人たちの声を聞くと、斑入りの動物が本当にふってきたような気がしたものだし、突然屋根を叩いて愕かせるものは、正月の残りを賽の目に切った揚げ餅に粉砂糖をまぶした「あられ」のように思えてならなかった。
 だから、最初から、言葉とは比喩であったのだろう。差異と類似が作動させるシステム。圧倒的に未知の世界を分類し、同一性の中に差異を持ち込み、異なるものを一つにし、しなやかな猛獣を立ち上がらせるもの(子供は大人たちの気づかぬ細部に絶えず類似を発見していた)。ネコヤナギと呼ばれるむしろ毛虫を思わせるやわらかな穂からは猫(飼わせてもらえなかった)という名前ゆえに目が離せなかったし、ウミネコというのはカモメで猫じゃないんだと聞かされてはいても、動物園の片隅で鳥の鳴き叫ぶそこには光る猫の眼がひそんでいるのではと思われた。

  いくとせの春に心を尽くし来ぬあはれと思へみよしのの花

 そのかみの春の日、母にこの歌を教えると、いたく感心して紙片に書きとめ、針箱にしまっていた。別の時「花々の髪うちみだる夕映と盲目の孔雀が花ひらく」という拙い作を塚本邦雄撰の某所に採られたのを見せたところ、本当は孔雀はそんなにきれいなものじゃないよ、と言われた。四国のどこやらへ観光に行った際、夕方になるといっせいに孔雀の群が飛んで帰ってくるのを見物したが、尾羽打ち枯らして穢かったというのだ。
 別にその孔雀を写したわけじゃないとむかむかして答えた。言葉を介さずに触れられる生の現実などというものはないのだとか、言葉が経験を作るのであり、その逆ではないとかは言わなかったが。「思ひ出は孔雀の羽とうちひらき飽くなき貪婪の島へかへらむ」という前川佐美雄の歌とは関係があるかもしれないが、母が見た孔雀とは無関係なのだとは言った。
 母は短歌をやっていたわけでは全くないが、庭で草花は育てていたので、NHKTVの「短歌」で偶然、草の根を引き抜く描写が添削されているのを見て、これは先生がナントカ草を知らないのだ、根が張って抜きにくいので添削前の表現の方が感じが出ていると言った。なるほどそれはその通りなのだろう。

 花時に合わせた東京都庭園美術館の「アール・デコの館」公開を見に行った。中に入る前に、車寄せの手前に建物と並行して植えられた桜を友人と見ながら歩いた。木の根元を苔が覆った上にくまなく花が散り敷いている。以前春に京都を訪れる機会があって、お寺でこういうさまを見たことがあると友人は言った。
 帰ってから「新古今和歌集」を開いてみると、「春歌下」に次の歌があった。

  木のもとの苔の緑も見えぬまで八重散りしける山ざくらかな

 今まで目をとめたことがなかったが、さすが新古今、これは花に関する経験のインデックスであり、山桜が染井吉野にかわっただけで、はじめて見たと思うものもとっくに登録されていたのだ。

  さそはれぬ人のためとやのこりけむ明日よりさきの花の白雪
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by kaoruSZ | 2010-04-14 21:35 | 日々 | Comments(0)

出版物通販のお知らせ

〈レズビアンとバイセクシュアル女性のためのスペース LOUD〉を拠点に活動を続けている「レズビアン小説翻訳ワークショップ」と、同ワークショップの講師でもある翻訳家の柿沼瑛子氏によって、昨年末、小冊子『ポールの場合』(表紙画 純原悠漓氏)が出ました。百年前のアメリカの地方都市に生きるゲイの少年ポールを主人公にしたウィラ・キャザーの短篇「ポールの場合」(柿沼瑛子監訳)を収めたほか、レズビアン作家キャザーについては、鳴原あきら氏の要を得た紹介文が載っています。また、私も、作品論「In Queer Street――ポールの奇妙なケース」を書かせてもらいました。『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』を引き合いに出して論じたものです。

 広くブログ読者の皆さまに読んでいただきたく、当方でも通販をいたします。dokushokai@hotmail.comへ、住所とお名前を明記の上、お申し込み下さい(A5判92ページ/本体500円/送料210円)。郵便振替口座の番号をお知らせし、入金確認の上で発送という手順になります。



*三国志本についてお問合せ下さった方々へ申し上げます。まだ増刷に取りかかれていないため、今回の通販開始は上記の本のみになります。申し訳ありませんがしばらくお待ち下さい。
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by kaorusz | 2010-02-19 19:57 | ◆売り物「孔明華物語」他 | Comments(0)
             昨日の新聞記事と中世の韻文とが恍惚のなかで溶けあう暗い沼
                                             ――松浦寿輝
 

 年末年始に読むつもりで、昨年暮(!)配達してもらいながら、結局、年初めに一部に目を通したきりになっていた『ロートレアモン全集』(石井洋二郎訳、筑摩書房、2001年)を、先日やっと(不完全ながら)通読した。
 すでに文庫版も出ていたけれど、「註解」なしの版は問題外だった。以前、図書館で見て、たまたま開いたページの次のような註解の記述に目を瞠り、これは自分のものにしてゆっくり読もうと思ったのであるから――。

カプレッツは謎めいた一連の「……のように美しい」という比喩のうち、「永久鼠捕り器」についての記述は「何か広告の囲み記事を写しとったもの」であろうと推測しており、この作品の中でもおそらく最も有名な「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」という表現についても、「これら多様なオブジェの奇妙な結合は、何か雑誌の広告ページにそれらが一緒に載っていたことから出てきたもののように思われる」と述べていた。その後四十年間にわたって、この予感は裏付けを得られぬまま単なる予感にとどまっていたが、ルフレールの熱心な調査によって、実際にモンテビデオで発行されていた企業・個人名鑑の広告欄に、ミシンと雨傘、それに解剖台そのものではないが、外科手術の道具の宣伝が(ページは異なるが)同時に掲載されていたことが発見された。(『ロートレアモン全集』497ページ)

 本書巻頭に載せられた写真のなかに、この「企業・個人名鑑」の表紙および三ページ分の広告の現物――ミシンと雨傘、手術道具の、ページの上での出会い――が見られる。これはすごい!「この事態をつとに予言していたカプレッツの炯眼もさることながら、彼の予言を本当に立証してしまったルフレールの執念も、驚嘆に値しよう」と訳者の言うとおりである。

 ところで、これについて訳者は、「もちろん、この発見がただちに作品の価値を減じるものでないことはいうまでもない。むしろ、普通の人間であれば見逃してしまうにちがいない日常的な細部に意外な結合を見出し、これを「美」へと昇華させた詩人の卓越した感性に、あらためてオリジナリティーなるものの本質を感受すべきであろう」とも書くのだが……うーん、そんなこと言わなければならないほど、「この発見」が「作品の価値を減じる」と考える人って多いんででしょうか? 贔屓の引き倒しに類する文章に見えるし、これに続く部分で行なわれているような、クリステヴァなんぞで権威づけ・景気づけする必要ももとよりないと思うのだが。

 解剖台とミシンと雨傘なんて、「意外な結合」なんかじゃなくてたんなる寄せ集め、出まかせ、出鱈目(「企業・個人名鑑」を片手でめくりながらの)、息もつかせぬIl est beau comme に接続されるそれ以外のフレーズも、どう見たって美の形容にならないし、「美へと昇華」されもしない(むしろ、その内容が美とはまったく無関係、むしろ無意味であるところがすごいのだ)。 「意外な結合」とは、この、行きあたりばったりに手にした借り物フレーズを美(この場合は美少年)の比喩として文に組み込み、機能させ、美の形容として有無を言わせず現実化させてしまったことにこそあったのだから――。

彼は十六歳と四か月! 猛禽の爪の伸縮性のように美しい、後ろ頭の柔らかな部分の傷口の不確かな筋肉の動きのように美しい、あるいは、鼠が捕まる度に仕掛け直され、一台で齧歯目の獣を際限なく捕獲でき、藁の下に隠されていても機能する、永久鼠取り器のように美しい! とりわけ、手術台の上でのミシンと雨傘の不意の出会いのように美しい! 

『マルドロールの歌』の詩句の出典については、実は私も、ひそかにこれはと思っているものがある。「第四の歌」でマルドロールが髪をつかんで振り回した美少年ファルメールの体が飛んで行って、血まみれの髪だけが手に残る、あれはポーの「モルグ街の殺人事件」の、老婆の殺され方から来ていると思うのだ。(なお、上のはよせあつめの拙訳。)

 無惨な遺体で発見された母娘、レスパネエ夫人とレスパネエ嬢のうち、母親の方について、ポーのデュパンは次のように言う。

「(…)炉の上には人間の灰色の髪の毛のふさふさした束――非常にふさふさした束――があった。これは根元から引き抜いたものだった。頭からこんなふうに二、三十本の紙の毛だって一緒にむしり取るには大した力のいることは君も知っているだろう。君も僕と同様その髪の毛を見たんだ。あの根には(ぞっとするが!)頭の皮の肉がちぎれてくっついていたね。まったく一時に何十万本の髪の毛をひっこ抜くときに出すような恐ろしい力の証拠だ」(佐々木直次郎訳)

 そして、 「第四の歌」で、マルドロールにつきまとう、ファルメールの記憶は次のように語られる。

(…)ある日のこと、ぼくが一人の女の胸をつきさそうと短剣をふりあげたその瞬間、彼がぼくの手を押さえたので、ぼくは鉄の腕で彼の髪の毛をにぎり、ものすごいスピードで空中をふりまわしたので、彼の髪の毛だけが手に残り、彼の体は、遠心力によって投げとばされ、樫の木の幹にぶつかっていたということを……。(…)彼は十四歳だった。ぼくが精神錯乱の発作にとらわれ、久しい以前から大事にしている血まみれのものを、貴重な遺骨ででもあるかのように、ひしと心臓に押しあてて、野原をこえて走っていると、子供たちが、ぼくの跡を追いかけながら、……子供たちや婆さんたちが、石を投げ投げ追いかけながら、痛ましい呻きごえをふりしぼっていうのである。「あそこにフェルメルの髪がある」と。だから、あっちへやれ、あっちへやれ、亀の甲のようにつるつるな、髪の毛のないあの頭……血まみれのもの。だが話しているのはぼくじしんなのだ。

 上記、栗田勇訳ではじめて読んだ時から、このつるつる頭は、「モルグ街の殺人」の恐しい白髪頭が、夢において昼の出来事が変形されるように変形された結果だと私は信じてきた。「モルグ街の殺人」は小学校の図書館で読み、それから何年か経ってはいたが、若年のいまだとぼしい記憶の中で、二つのイメージは互いに容易に参照された。
 今回の新訳の註解に、これについての指摘を見つけられるのではないかと思ったが、見あたらなかった。誰かがすでに指摘していて、訳者が信ずるに足らずとして採らなかった可能性もないわけではないが、その証拠もないので、アマチュア・アームチェア・ディテクティヴとしてはとりあえずこれを自説として保留することにし、あらためて傍証はないかと考えてみた。本文のページを繰るうち、「第四の歌」の前のほうに、「二匹の雌オランウータン」の文字があるのが目にとまった。「オランウータン」とはいうまでもなく、かの有名な短篇で周知の役割を果たすもの――それがそこにいる。しかも「髪の毛」も欠けてはいない――「人類の中で最も醜悪な見本をまのあたりにしているのだと」語り手に思わせる「二匹の雌オランウータン」が、彼女たちの息子であり夫である男を後ろ手に縛り、「絞首台に髪の毛で」吊るして鞭打っているのだから。「年上の白髪まじりの女」と義理の娘がふるう理不尽な暴力とは、『モルグ街の殺人』のあわれな被害者たちが「雌オランウータン」に変身しての、逆転された奇妙な攻撃ではないか。

 もう一つ気づいたことがある。ずっと忘れていたが、レスパネエ夫人は頭皮を剥がされて死んだわけではなく、剃刀による傷で死んだのだが、それがまた凄い――「その咽喉が完全に切られていたので、体を起そうとすると頭部が落ちてしまった」。
 以前、久方ぶりに「モルグ街の殺人」を読んだ時、私はこの、剃刀による殺害の細部をすっかり失念していたことに気がついた。娘のほうが暖炉の煙突に逆さに押し込まれていたことは覚えていたのに。最近になって、「つるつるの頭」の記述を確認するため見直していて、私はまたも、この恐しい傷の描写に、はじめてであるかのように(そうでないことはすぐわかったが)出くわした。こんなふうに忘れてしまうところをみると(こうして書いたからには二度と忘れられなくなろうが)、髪の毛の剥奪にもまして首が落ちるほうが怖いと(意識的にせよ無意識的にせよ)思っているのだろうか。『マルドロールの歌』の作者の場合ははどうだったろう? そこまで考えて、マルドロールはギロチン/剃刀の下に三度首を差し伸べるが、三度とも刃は頚骨で受け止められ、結局、頭は落ちないのを思い出した――「ぼくが自分の頭を重いかみそりの下に差しのべると、死刑執行人は彼の義務を遂行する準備をした。三たび、刃が新しい力をこめて細溝をすべりおち、三たび、ぼくの頑丈な骸骨は、特に頸根っこのところはそうだから、土台からゆり動き、まるで、夢のなかで、崩れる家におしつぶされたかと思う時のようだった」(栗田訳)。

 首が落ちる/落ちないことへのロートレアモンのオブセッションの源泉の少なくとも一つもまた、モルグ街の惨劇についての記憶ではないだろうか。
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by kaoruSZ | 2009-10-11 08:26 | 日々 | Comments(0)