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おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

#ももたろう文体模写――あるtwitterハッシュタグのまとめ

私は時として、あの戰が鬼側の勝利に歸してゐたらと夢想することがある。桃太郎は勿論犬猿雉爺婆に到るまで奴隸とされ晝夜を分かたぬ酒宴とオルギアが續くだらう。しかしこの榮耀の後にはすみやかに虚脱と自己嫌惡の日日が周つて來るかも知れぬ。そしてその方がよりロマネスクだ。#ももたろう文体模写

併し昔の人間が我々が生きてゐるやうに生きてゐるといふことに就てはそれが人間でなければならないといふ前提があつてその手掛りが得られない時にはそれは犬猿雉その他何だらうと学術上の研究の対象にはなつてもその時代にも流れてゐた筈の桃が我々のものにならない。(昔話一)#ももたろう文体模写

「ワトスン君、僕は行かなきやなるまいと思うよ」ある朝一緒に食卓についている時ホームズがいつた。「行くつてどこへ?」「鬼ヶ島さ―桃太郎事件だ」べつに驚ろきもしなかつた。むしろ私は今都中で噂の種になつているこの事件にホームズが関係しないのを不思議にさえ思つていた。#ももたろう文体模写

きび団子はそれを眺めただけで味わってみなかったあいだは何も私に思いださせなかった、というのもおそらくそののちしばしば菓子屋の棚でそれを見かけたがたべることはなかったので、それの映像が鬼ヶ島のあの日々と離れて他のもっと新しい日々に結びついてしまったからであろう。#ももたろう文体模写

見わたすと、その桃の色彩はガチャガチャした色の階調をひつそりと球体の身体の中へ吸収してしまつて、カーンと冴えかへつてゐた。おばあさんは埃つぽい丸善の中の空気が、その桃の周囲だけ変に緊張してゐるやうな気がした。おばあさんはしばらくそれを眺めてゐた。#ももたろう文体模写

桃太郎にあってはきび団子は遭遇を告げる一つの符牒であるかのように、人と鳥獣とを結びつける。そして多くの場合、桃太郎的「存在」は、その遭遇によって後には引き返しえない時空へと自分を宙吊りにすることになる。#ももたろう文体模写

お腰につけた黍団子という表現が桃の丸みを反復するこの引用にあっても、黍団子の説話的機能はあまりに明確であろう。語り手に一つの場面から別の情景へと移行するのを許すものは、ほかならぬ黍団子への言及なのだ。黍団子授受の描写というよりむしろ黍団子の一語を口にすること。#ももたろう文体模写

桃太郎はいつも縄の帯をしめて、わらつて森の中や畑のあひだをゆつくり歩いてゐるのでした。ある年、山がまだ雪でまつ白く野原には新しい草も芽をださないとき、桃太郎はいきなり走つてきて云ひました。「ばあさ、おらさきび団子七百箇作つてけろ」「きび団子七百箇、どうするべ」#ももたろう文体模写

桃太郎のうちの人たちは、ほんたうによろこんで泣きました。まつたくまつたく、この鬼から奪つた宝物の、緑玉石のりつぱなみどり、さはやかな珊瑚、すずやかな水晶、月光色のオパアルが、これから何千人の人たちに、ほんたうのさいはひがなんだかを教えるか数えられませんでした。#ももたろう文体模写

桃太郎は自分をつまらないもの、偶発的なもの、死すべきものとして感じることをすでにやめていた。一体どこから彼にやってくることができたのか、この力強いよろこびは? それはこぶ茶ときびだんごの味につながっている、しかしそんな味を無限に超えている、したがって(後略)#ももたろう文体模写

鬼ヶ島の凄惨な光景はよく書けてゐてそれがこの作の最大の美点と思ひますがそれは探小本来の興味ではありません。また筋の上ではホームズが突然鬼ヶ島に現れる所など最も面白い箇所ですが、之も理知興味ではありません。小生の好きな不可能興味が殆ど無いのです(井上良夫宛書簡)#ももたろう文体模写

好意的な運命が貴方を許容したこの一つの時間では、貴方が鬼ヶ島にこられました。もう一つの時間では、桃を切るとお婆様は貴方が死んでいるのをみつけられた。しかしもう一つでは、私はこの言葉をそっくりそのまま話してはいますが、誤謬であり幻にすぎないのです。(篠田一士訳)#ももたろう文体模写

鬼は俯伏せに横たわっていた。金棒を握ったままの腕が苦しげにねじれている。ぼくはそれから目を離せなかった。死とはこうまで迅速なものか。桃太郎の姿はどこにもなく、見あげる空は砂の色に照りかがやき、苦悶するコウモリのように旋回し、鋭い叫び声をあげた。(宇野利康訳) #ももたろう文体模写

わたしは川で洗濯をする老婆を見た。流れる桃を見た。この世のありとある鏡を見たがどこにもわたしは映っていなかった。ボルヘスの古びた邦訳本を見た。山をなす黍団子、犬、猿、雉を見た。鬼ヶ島の隆起する砂浜とその砂の一粒一粒を見た。突撃する鬼たちを見た。(牛島信明訳) #ももたろう文体模写

要するに一種の屏風繪であり、綺麗に切りとられたフィルムの一こま、繪葉書の一葉である。犬も猿も雉も舟の上でぴたりと靜止したまま動かない。むしろ動くべき言葉の一つ一つがわざと殺してあるとしか思へない。静物畫化された風景畫であり、桃太郎は決して作者自身ではない。#ももたろう文体模写

兜は山高で角を隠し、頬にぴったりついた頬当てがある形のものでした。黒の陣羽織には雪のような花をつけた一本の木が白で縫い取ってありました。今では鬼ヶ島の何人もこれを着用せず、ただ、かつて白の木が生えていた噴水の庭の前に立つ城塞の護衛の鬼にのみ許されていたのです。#ももたろう文体模写

ヘーゲルはある有名な文章の中でいっている。《それは最もひややかで最も平凡な死であり、桃を二つに切る、または、一箇のきび団子を食べること以上の意味もないのである。》なぜか? 死は自由の完成、すなわち、最も豊かな意味のある瞬間ではないか?(ブランショ 篠沢秀夫訳)#ももたろう文体模写

もともと桃太郎に幻を視る以外の何の使命があらう。薔薇色の頬、銅[あかがね]色の胸、桃の實の緋色をうつす腿と腕[かひな]の雄雄しい童男[をぐな]は、罪と血と罰の色を染めた鉢巻の下の無垢な眸で獣らを魅了する。東海の夜明と君がくちびるとわが思ふことおほかた赤し(寛)#ももたろう文体模写

2012年12月9日~14日


【作者のみなさん】塚本邦雄 吉田健一 アーサー・コナン・ドイル マルセル・プルースト 梶井基次郎 蓮實重彦 宮澤賢治 江戸川乱歩 ホルへ・ルイス・ボルヘス J・G・バラード J・R・R・トールキン モーリス・ブランショ 
by kaoruSZ | 2012-12-21 08:42 | 日々 | Comments(0)