Marginal Man, Imaginary Woman――メイヤードという〈悪〉の花
2021年 05月 22日手許に『ポーの一族』ないので文庫版を手に入れ読み返そうとしたが近くで見つからず(家まで本を配達してもらうことはほとんどしない)、代りに『マージナル』を再読。実はこれ、tatarskiyさんに借りているもので、連載の初期に雑誌で見ながら途中で興味を失い、あんな終り方をしていたとはtatarskiyさんから聞くまで長年知らなかった。最後まで読んだあと、批判的な文章を書くと請け合いながら、そのままになっていたのだ。
今回あらためて通読したらいろいろ面白かった。もちろん、受胎した“少年”が海に溶けて不妊因子を無効化し、地球そのものが不毛(マージナル)な状態から甦るという母性信仰や、
「我われの見る夢はどこから来るのか/それは子宮が我われに見せた夢なんだ」
「胎児は子宮の見る夢の結晶体だ」
云々の作中のイワンのたわごと、果てはイワンの作った「夢の子供」が地球と同じ夢を見たのだと語られ、
「生命はみな/同じ夢を見ているのだろうか?/星星もまた?」
と締めくくられる子宮中心主義ポエムは、なんとも気持ち悪いばかりだ。女が子供を産むことは否定されても(そのとき女は母にならず芸術家になるかもしれない)、母性イデオロギーは少年の姿で回帰し、社会との和解を図る。産むのが女でなく、“少年”ならいいというものではない――最初にtatarskiyさんから聞いた、そして私が試みようとした批判も、このあたりにかかわるものであった。
悲劇の母
そもそも子宮なぞ、進化の過程で形成された実用的な器官にすぎないわけで、「自然界の基本は母体だが/母体の基本は子宮にある」(イワン)とか、子宮も地球も星星も同じ夢を見るなどというのは、人間中心主義のたわごとに過ぎない(イワンの過去のこうした言動を彼と親しい友人だったゴー博士から聞かされたメイヤードは、「変わった話だ/宗教的だね」と言うが、宗教とはまさしく宇宙を人間化するもの、共感不可能な物質とその作用でしかないものに人間のしるしを刻みつけるものであろう)。
「脳のどこかに/奥深く/眠りいる夢のことばは/子宮のものだ」――目を閉じた横顔と丸い乳房を見せる、ほとんど一ページを使った巨大な女‐母に重ねて、成長する胎児の段階的/連続的な姿が配され、なだれる長い髪に文字が連なる――「大脳皮質から/辺縁系をすぎて/視床下部へおちてゆく――そして子宮へ/胎児へかえっていく」
「胎児/この不思議な新しい異物/子宮は体の中の異邦部分だ/辺境だ/ここから先は時の流れすらちがう…/何億年の時を旅して分裂する卵胞」
「辺縁系を境にしてある原始的な脳が/胎児に語りかける何億年もの過去」
アーリンと若い恋人同士だったイワンによって夢みるように語られる、こうした牧歌的な“ポエム”は、しかし数ページ先ではその暗い裏側を見せることになる。友人が違法な研究をしているのではと、怪しみ、詰め寄るゴーに、自分は「夢の子供」がほしいのだとイワンが打ち明けるのだ。
「夢の子供だ/無限に幸福で誰とも共感性を持つ子供だ/苦しまない人間/恐怖も不安もない人間/子宮が美しい夢を見たら/苦しみのない魂を持つ子供が育つだろうか」
「恐怖も不安も/何億年もの原始の再現だ/原始の脳――視床下部に支配されるけものの感情!/理性の大脳皮質は何をしてる!?/辺縁系から先は手がつけられないというわけか?/何億年も前に脳にきざみつけられたトラウマから逃れられないのか?」
子宮の夢とされていたものが、ここで「何億年も前に脳にきざみつけられたトラウマ」に変っているのには理由がある。何億年も遡る必要など全くなく、たった十数年前、両親が離婚し、母と暮していた幼い彼は、突然訪ねてきた父が母に復縁を求め、拒絶されると母を暴行、強姦して、半年後に母が自殺するという、苦痛に満ちた、異常な、恐しい体験をしている。「苦しまない子供」とは、彼がなりたかったものなのだ。イワンの偏執は、次のように説明される。
「母は気絶していた/なぐられて/父が犯してる間/意識がなかったのだ」
「だが母はくるった/恐怖のあまり」
「ぼくは知りたい/母は気を失っていた/くるうほどに父を恐ろしがっていたのは/母の脳なのか/子宮だったのか」
ここからわかるのは、彼の脳と子宮との混同が、こうしてはじまったということだ。
「ぼくが夢に見るあの時の事件は/ぼく自身の恐怖なのか母の恐怖なのか」という、これに続く科白は、言うまでもなく、母と彼自身との混同を語っている。彼は、アーリンの卵子を使って作った「夢の子供」(男の四つ子)を、全員、母と同じキラの名で呼ぶ。彼(ら)は彼の母であり、苦しまない子供としての彼自身でもある。『ポーの一族』について追加の読解をtatarskiyさんから聞いた中にはいくつもの殺人(読者にはそれと知られない)が含まれていたが、それに倣うかに、私も一つ、隠された真実を見つけたように思う。イワンの母キラは、事件のあと「進行性の自己喪失症を起こして…/半年後に自殺した」とあるが、この病名は空想的なものだし、助けが来た時、元夫に首を絞め上げられていたキラが、どうしてフィジカルな損傷によって、その場で、あるいはほどなく死なずに半年(「死ぬまでの半年間で別人のようになった」)生き延び、精神的な外傷がもとで死んだのか。半年という半端な時間差が引っかかってはいたのだが、「夢の子供」キラの「受胎」を思いあわせるなら、たぶんオリジナルのキラもこの時「受胎」していたのだろう。元夫からひどい暴力を受け、レイプされたあげくの妊娠。彼女の本当の絶望と自殺は、これに気づいた時起こったに違いない。
「夢の子供」キラの、胎児もろともの消滅――海への溶解――は、イワンの母キラの悲劇の、変形された反復であることを隠蔽しつつ起こり、「受胎したイワンの作品は/病んだ地球へのカンフル剤となって/地球をよみがえらせる…/ほら…脈動だ/聞こえないか/キラが呼びさました生への律動」――という、超能力者センザイ師[マスター]の高らかな宣言によるお墨付きを得て、物語に回収される。そして作品自体、「センター」によって修復され、よみがえったキラ(正確にはその兄弟)を見つけたグリンジャとアシジンが、彼を連れ帰って新しい名前をつけようとするところで終る。イワンとその母キラについての真相は最後まで隠されたまま、彼女の名前までが完全に抹消されることで終るのだ。
制度的な母
サブストーリーの〈母〉について先に考察することになったが、『マージナル』のメインプロットで前面に押し出される母は、言うまでもなく、男たちが崇める聖なる母、「ホウリ・マザ」である。汚染された地球ではD因子なるものに感染することで女は受胎能力を失うとされ、人工子宮から生まれた男しか存在しない(月や火星その他から来て滞在する男たちはいるが、土着の住民は外部世界の存在を知らず、過去の文化から切断され、歴史的・科学的な知を剥奪されている)。舞台となるモノドールは、イタリアの都市国家のような「都市[シティ]」と、周辺の村や町、砂漠からなり、都市の人々は古風で装飾的なローブをまとい、砂漠に住むのは(アラビアのロレンス風)アラブの風俗でラクダや馬を駆る部族である。マザの住まう「聖堂」の「センター」は、彼らのあずかり知らぬ技術と権力を持つ中枢で、彼らは「登録」した精子と血によって、唯一の「マザ」が息子を産んで彼らに与えてくれると信じており、実際そうやって「センター」から子供を受け取り、社会を存続させている。
「マージナルのプロジェクトは/カンパニーが月の市民から卵子を買って/それを地球に輸送し/センターの無菌の地下で受精させる」
「精子はすでに病気に対する抗体をもつマージナルの市民のもの/この抗体はY遺伝子[ママ]にのみつくために男しか生まれてこない」
「カンパニー」から派遣されて「ユーフラテス地区」長官の地位にあるメイヤードは、火星から密入国してきたゴー博士にこう説明する。ここは性行為と生殖が完全に切り離され、無関係な世界なのだ――というか、マージナルの男たちは、人間の生殖について子供のような空想的知識しか持っていないと思われるので、それが関係しうることさえ、知られていないと言うべきだろう。
外から見れば(それは読者の立場でもあるが)マージナルは女のいない世界だが、彼らにとっては女イコールマザ、つまり性的対象としての女抜きで一足飛びにマザがいる。「聖堂」への「登録」のために精液を採取する際、彼らが何を想像しているのかは謎であるが、少なくとも女でないことは確かだろう。そもそも彼らは〈女〉のイメージを持っていない。モノドールの市長(ヴェネツィア共和国のドージェのようなものだが、指輪を投げ入れて海と結婚するのではなく、新しい「マザ」の“第一夫” になる)の一人息子ミカルは、死期の近づいた父(彼らは三十を過ぎると急激に老化し、短命に終る)の命で、過去の文化について不完全ながら蔵書と知の蓄積を持つ「図書の家」を訪れ、かつては人口の半分が「女[ウーマン]」だったという驚くべき事実を明かされるが、あなたはセンターの人から「“オンナノコ”みたいだといわれませんか」と問われて、「いわれます…センターの医学用語で/色子[イロコ]の時期のことだって……」と答え、「幼いウーマンを表わす言葉です」と訂正されている。明らかに彼らは「オンナ」という語さえ知らないのだ。
性行為が生殖から切り離され、男だけしかいないのだったら、歴史上最も性的に自由な社会が実現してもいいはずだが(AIDS禍直前のアメリカのゲイの場合のように)、『マージナル』の世界はそういうものでもなく、「念者」と「色子」と称する制度があって、「色子」の時期を過ぎると「念者」になり、やがて息子を持つことになる――どのみち息子が十代のうちに、寿命が尽きてしまうのだが。少年が、念者か父という後ろ盾を持たず、恒産がない場合は、色子宿で売春することになる。
実際、『マージナル』の冒頭には、砂漠から都市にやってきた男が少年を買うエピソードがあるが、翌日起る「マザ」の死で、「センター」はこの色子の少年チトを次のマザにすることを、急遽、決定する(しかし彼はその夜殺される)。「ぼくらは色子の時期に何人かはマザの資質を持った者がいるんだけど/マザがいるあいだは資質は眠ってて/マザがいなくなると次の誰かが目覚めるって」というのが聖堂の教師からミカルが受けた教えである。しかし、リスト(市民はセンターの完全な管理下にある)を見ながら、チトに代る「マザ」の候補者を選ぶ際、彼の父は、まだ時間はあるというメイヤードと、次のような会話を交している。
「――しかし――手術は?」
「手術?/それは/マザを市民に公開してからでもかまわないでしょう/裸を見せるわけじゃないから」
「……胸部は…」
「胸をふくらませる手術はかんたんです。一日あれば」/「その気になれば/市長/あなたにだって胸ぐらい/つくれるんですから」
「なんの話だ/わしに胸などつくってどうするんだ/なんの話をしてるんだメイヤード!」
「失礼……冗談です/市長」
「わ わしはマザの/神聖なマザの話をしているんだと思っていたが」
メイヤードの態度は意味深長だ。表面上は、この制度に対する彼の考えを示すものだが、実はこれは伏線で、むろん彼は自分の話をしているのだ。
あわただしく作り替えられ、美しい人形となった新しい「マザ」ハレルヤ(実は拉致された「図書の家」のエメラダ)は、しかしお披露目に引き出された市民の面前で墜死を遂げ、市長となったミカルは、キラをマザだと言いつのる。『マージナル』のサブプロットは、彼らの中で誰がマザかの探求であり、終りちかくアシジンがメイヤードにかける言葉も、「おまえは……/マザなのか…?」である。
もちろん、メイヤードはマザではない。問いの仕方が間違っているのだ。『マージナル』の退屈な制度的同性愛と、マザとキラと彼をめぐる人々の織りなすメインプロットの蔭にあるのは、誰が〈ホモ〉であり、〈女〉とは誰なのかという問題で、それが読み取れるのでなかったら、私がこうしてこれを書いていることもなかった。
夢の母
「きみはホモじゃなかったのか」
「だって男ばっかの世界ですからねえ/4年赴任すれば交代できるとはいえ/女っけなしはつらいですよ」と愚痴る「センター」の職員ポールに、こう尋ねるのはメイヤードだ。ポールは答える。
「ホモですが母親から生まれましたから/なんとなくそこらをうろつくだけでも/女がいてほしいですねえ」
文庫版『マージナル』第三巻の女性解説者による「単に女っけがないのが私にはつらいだけかもしれない」発言とひとまとめにして、直前のメイヤードの科白「くだらん」で片づけられてしかるべき、あるいはその上ヘリで焼き払いでもすべきたわごとだが(メイヤードは、ポールの「市長の息子のミカルなんか/XYの単性ですが/色子期というだけで女の子みたいですからねえ/センターの者なんかミカルを見に/ときどき聖堂区のほうへ散歩に出てますよ」に対してこう言っている)、不細工な〈ホモ〉のポールがミカルと接点を持ち、結果的にミカルがハレルヤの正体を知るのは、いうまでもなく彼が「女の子みたい」だからではなく、男の子だからである。
〈ホモ〉という語が出てくるのは全篇でここだけだが、この世界でも、地球外から赴任してくる人々は「人種化された同性愛者」概念を持っているらしい。もちろん、(男同士の性交渉が標準の、というか、それ以外存在しない)マージナルの住人にそれはないので、本来、ポールのような男には天国のはずなのだ。しかしマージナルでは、「XYの単性」でなく、XXYであることは特別な意味を持つ。新たなマザ候補リストに不満げなメイヤードに、職員のマルコは、彼らが十三歳から十五歳で、親、財産、念者を持たない、よりすぐりだと強調してつけ加える。「それに/XXYですよ」。
もっとカリスマ的な美形はいないかとメイヤード。「そんな……女と同じというわけにはいきませんよ」と言いながらも、マルコは言葉を継ぐ。「しかし/きれいですねえ(…)」「…両性具有率が多いのもこの4・5年の色子の特徴です」
だとしたら、マージナルの人々は、他世界(私たちの世界も含め)の人間と生物学的によほど違っていることになる。XXYとは、XX(女)にYが付いたものではない。XYに余分なXが付いたもので、Y染色体があるとはすなわち男、出生以前に性分化は終っており、男性としての生殖機能が阻害されることはあっても、「両性具有率が多い」などという事実はないからだ。
「成人になると男性化して両性のものも単性化する」とされるマージナルの住人の、(成人前の)「色子期」とは、要するにエラステースとエローメノス、念者と若衆といった文化をなぞりつつ、擬似生物学的根拠を付与したもので、「夢の子供」キラも、結果的にこのような「色子」をマクシマムにしたものになっている。アシジンとグリンジャとの三角関係の中にあって、キラは女性化する。『闇の左手』のように、完全に身体が変化するのだ。
「……キラが……目を…/覚ました…」そう呟く少年に、「おまえがキラだ/ちがうのか」とグリンジャはいぶかしむ。キラは四つ子の兄弟共有の名前、その女性人格が目覚めたと、通常は理解されるのだろう。「そう/ぼくが/キラ/だ…」と少年は応える。「あんたと対応する…」。それは器官が女のものになり、異性間性交可能な身体になるということだ。(……灯の……/せいか…?/こんなに…/きれいな子だったか…?)ランプに照らし出されたキラの顔に、グリンジャは密かに驚嘆する。
「おまえみたいに…?/いつのまにか――男の部分が消えてしまうのは――/……はじめてみる」
「すぐもとにもどる/いまだけだ/あんたが触れて/キラが対応したせいだ」
キラとは誰か。その名前の元になったイワンの母だ。イワンが作ったのは、実のところ〈娘〉であり、娘として甦った彼の母ではなかったのか。少年であるのは隠蔽の結果だが、〈キラ〉が「対応」するとき、真実があらわになる。キラたちが十歳を過ぎた頃、もうすぐ自分とキラとの子供が作れるとイワンが言った(それで目が覚めた)と、キラたちの母アーリンは証言している。イワンの「夢の子供」は本当は「夢の女」――母の再来であり、受胎した子もろとも自らを滅ぼした最初のキラと違い、彼の望みを叶えるために到来し、彼を見捨てず、彼によって、彼のために、彼とのあいだに子供を産む、少年の姿をした母なのだ。
イワンの「夢」は、もともと彼の異常な個人史から発したもので(地球の再生のためという合理化が部分的になされているが)、本来、大状況とは無関係の、マッド・サイエンティストの妄想だ。違法な研究で火星の大学を追われた彼とアーリンが、受胎不可能になった地球へ逃げて森にこもり、イワンが妻の卵子を使って実験を続けた結果できた、妄想の現実化がキラである。「マザ」とは「センター」の、あるいはその背後の「カンパニー」の傀儡であるのだから、キラがマザではないかとは、はじめは無知からの誤解であるが、キラの“受胎”が確認されると、少年が出産することへの期待は、いわば公式のものとなる。最終的にキラは「病んだ地球の夢」を自分の夢とし(センザイ師いわく、「夢の子供が/地球と同じ/夢を見たんだ……)」、自らは身ごもったまま(イワンの母と同じだ)死ぬが、地球はそれによって“活性化”され、氷漬け状態で生存していたキラの同胞(四つ子の一人)の片側の卵巣を取り出して千六百人の赤ん坊を作り、その体液や細胞や遺伝子を研究することで、地球上で受胎が可能になる秘密を探るという希望に満ちたヴィジョンが(自らも双子、つまり天然クローンの医者によって)語られるという、なんともエグい展開になる。
現実の母
「夢の子供」とはすなわち「夢の母」であり、地球と同じ夢を見て、不毛の星に生命を取り戻す――これがメインプロットの正義であるため、同じ夢を見なかった――見ることを拒否した――“現実の母”は、著しく厳しい評価を受けている。
すべての人間が「マザ」の息子であるとされる地球で、唯一“現実の母”だったアーリンは、自ら“怪物“と呼ぶ超能力者の子供たちに、イワンや彼らと同じ夢――イワンとキラの間の子を作る夢――を見る(テレパシーで共有する)よう強要されてゴー博士に助けを求め、通信を傍受した「カンパニー」によって救出される。ゴーが地球に来るのに手間取っている間に、アーリンの供述を受けたカンパニーは、イワンと子供たちを森ごと焼き払っていた(この真の理由はあとで明らかになる)。ゴーは、彼女がイワンの研究をなかったものにしたがっていることを否認し、「アーリンが陥っているのは一時的な錯乱だ! 自分の子供じゃないか!」と言う。そうだろうか。女の身体から前もって取り出した卵を使い、母体から分離された場所で発生させられることで、イワンの夢の子供たちは、受胎した母によって殺される(イワンの弟か妹のように)ことを、あらかじめまぬかれていた。イワンは、女なしで子供を生み出そうとした古典的なフランケンシュタイン博士であり、マテリアルとしてだけ利用された「フランケンシュタインの怪物の母」は、最終的に子供たちを殺すことを選択したのだ。
新マザ、ハレルヤの公開が決まり、アシジンが、マザがよみがえると口にした時、キラは「マム…?/アーリンが…?」と顔色を変えるが、これからは若いマザがみんなのためにたくさんの子供をくれると聞くと、「ぼくはもういいんだ/何もしなくても」「イワンのために子供を産まなくてもいいんだ」と叫んで狂喜する。見ていたゴーはぞっとして、(だが/キラは/受胎してるのに! 子供は/イワンの夢だ/それも強迫的な//キラの望みでもなんでもない)と思う。にもかかわらず、ゴーは、マージナルで調査を続ける人類学者ネズを味方につけようとする際、「重要なのは/キラが受胎してるってことだ//この子だ!/見てくれ/イワンの作品だ/地球の未来だ!/不毛の地を救える!」とイワンの代理人のように主張する。イワンの動機がそんなものでないことを、誰よりもよく知っているはずなのに。
子供は(自分ではなく)マザが産むんだと必死で抗弁するキラに、「きみはアーリンを恐れてるんだ」とゴーは決めつける。まるでアーリンが悪いかのように。実際には、キラはイワンに不当な「夢」を押しつけられていたのであり、やっとその重荷から逃れられたと思ったのに、別の「夢」に乗り換えさせられようとしているのだ。「マザの世界は終り/新たなプロジェクトに移行する/それがキラだ」と力説するゴー博士によって。
実際には、アーリンこそがキラたちを恐れていたのだし、それも無理もない理由からだった。だが、ゴーは、アーリンのSOSに応えて地球にやってきたはずなのに、いつの間にか彼女に批判的になっている。双子の医者がキラたちの生育環境を評する時、彼らの親は、「理想しか見えないイワン/子供がこわいアーリン」と称されている。子供がこわいアーリン? こわがって当然の怪物なのに、彼女は、母として彼らを受け入れなかったことを非難されている。一方イワンは、完全に免責されているのである。
理想どころか、イワンこそが、悲劇的な子供時代に端を発する妄想に、皆を巻き込んだのである。彼の母キラは、彼を見捨てて死んだーー受胎した子とともに。だから彼は、受胎抜きで子供を作った。子供時代のトラウマから、キラたち(母たち)は彼を救ってくれた。彼自身でもある「苦しまない子供」は、父と対立することのない娘として父から愛され、イワンは自らの父とも和解することができたかもしれない。しかしイワンのインセストの夢はアーリンを離反させ、彼女の逃亡によって、水入らずの小宇宙は(文字通り)崩壊した。
こうしたことが全部誤魔化され、ゴーはまるでイワンが理想主義者であり、彼自身がイワンのあとを継ぐかに振舞っている。キラの胎内の子は失われたが、あたかもイワンの死後も続く呪いのように、アーリンの卵子に代り今度はキラの卵子を使って、これからも、公式の事業となった実験は継続されるのである。
メイヤードという〈女〉
地球上での受胎を可能にさせるプロジェクトが正義とされる時、メイヤードは〈悪〉を一身に担うことになる。たしかに、「センター」から子供が与えられなくなっている事態は、マージナルの男たちのあいだに不満と不信と不安を煽り、「マザ」とメイヤードと市長の暗殺を企てる一派まで出るほどだが、それは迷信的な理由からに過ぎなかった。また、メイヤードは「カンパニー」の末端で地球を任されているだけであり、マージナルでの実験を終了させて地球を「始末」するというのは、そもそも「カンパニー」の決めたことである。
それでもメイヤードは、新たなプロジェクトがイワンとかかわりがあるように、地球の“不毛”とかかわりがある。表題の「マージナル」の意味は、作中で示された限りでは「限界」「不毛」「ギリギリの」であるが、彼の役職の別名(通称)「マルグレーヴ」とは、「辺境伯」と訳されるタイトルであり、この「辺境」とは「マージナル」のもう一つの語意だろう。そしてそれはイワンの、「子宮は体の中の異邦部分だ/辺境だ」という文句につながってゆく。
イワンが“受胎”を目指す実験を行っていたのに対し、メイヤードは、ドームに覆われた都市の地下深くひそむ無数の人工子宮という、入れ子になった母体によって、マージナルの男たちを再生産していた。すでに述べたように、その際使われる卵子は月の市民から買われたものであり、アーリンに要求されたような母性イデオロギーとははなから無縁なのである。そしてイワンが、火星の大学を追放されて地球という辺境に逃げてきたように、メイヤードは、いわば自己流謫の結果、地球にいる。彼らは、故郷にも、今いる場所にも属さない、異邦のマージナル・マン(境界人)だ。
ここまででも明らかな二人のカウンターパート性は、キラの父親というポジションをめぐって、頂点に達する。夢遊状態のキラは、イワンが「アーリンとエゼキェルで」キラを作ったとメイヤードに告げる。エゼキェル――“エゼキェル因子“とは、極めて稀ではあるが、それを持つ者の半数に進行性の視覚障害が見られ、遺伝子に高い確率で突然変異を引き起こすもので、この因子を持つ者は、子孫を残すことを禁止されている。実はメイヤードはこの因子の保有者であり、かつて人工心臓の手術を受けたが、その際、助手として入ったイワンは、密かに彼の血液を採取しておき、「夢の子供」製造にあたってそれを流用したのだった。
イワンとキラとの父子関係が明示的に否定されることはなく、フランケンシュタイン的な意味での創造主としての、父イワンの地位は揺らがないとはいえ、このことによってキラは、「メイヤードの息子」と呼ばれている(もともとマージナルの男たちは精子と血液をセンターに差し出して子を得ているので、筋は通っている[?])。「カンパニー」がイワンとキラたちを殲滅したのも、エゼキェル因子ゆえであった。しかし、そのせいでキラが受胎可能になったと知れると、エゼキェル因子は一転して善玉になり、キラが子供を産むことを望まず、自分の命の終りとともに地球のl終りを見届けようとするメイヤードは、タナトスの体現者としての悪人になる。
その髪型とサングラスから手塚治虫の美少年の悪役ロックを髣髴とさせるメイヤードは、サングラスなしには十分な視力を得られず、進行性の病気を幾つも抱えている。そしてイワンと同様、メイヤードにもまた、自らのプロジェクトと彼自身を同一視する個人的理由がある。「ここはマージナル/男ばかりの不毛の世界」と、十二年前、到着したばかりのメイヤードが口にしたのを、意味のわからぬままに覚えていた、当時少年だったアシジンは、だから彼に問う。「あれはおまえ自身のことなのか」
だが、真の〈悪〉は、物語の表面的な整合性とはズレたところにあるだろう。メイヤードは〈悪〉である。なぜなら、「色子」の時期の、オンナノコのような(両性具有的な)少年でも、ポールのように明示的なーー異性愛の男と相互補完的で、そもそも彼らがいることで異性愛者が存在できるーー種族としての同性愛の男でもない、また、特定の男との接触で実際に身体が変化し、異性間性交可能になるキラでもない、女性化する男がメイヤードであるからだ。
メイヤードは他人に触れられることを極端に嫌うが、それは、その身体が、触られるにふさわしい受動性を持つからこそである。ゴー博士との最初の面会の際、サングラスを叩き落されて、彼は、その見えない眼とヴァルネラビリティとをあらわにする。「センター」に拘束され、スクリーンのメイヤードと対峙したアシジンは、映像だと教えられてもなお、メイヤードに接近して口づけ、彼をたじろがせる。そして終盤、薬を与えられなければ死ぬと騙されていたことを、二人で閉じ込められたエレヴェーターの中で知ったアシジンに飛びかかられたメイヤードの、嘘つきの舌を引っこぬいてやると食いつかれて血を流すエロティックな受動性。制御不能になったエレヴェーターは地下のダムへ下降して、キラの潜在能力が引き起こした洪水に呑まれ、気を失ったメイヤードを助け上げて服を脱がせたアンジンは、治療の結果の傷だらけのメイヤードの、右胸がふくらんでいるのを見る。病気の進行を防ぐために、女性ホルモンを投与されていたのだ。
市長に胸くらい簡単に作れると言った時、メイヤードはたしかに彼自身のことを言っていた。おまえはマザなのか、とアシジンに訊かれてメイヤードは笑い、「女がいない世界はここだけだ/何もかも作りごとだ/そうさ/このわたしの/体のように/ああ/うっとうしい/この作りごとには/うんざりだ!」と言うが、ハレルヤと彼自身は峻別されるべきものなので、むしろアシジンは、おまえは〈女〉なのかと訊くべきであった。もちろんアシジンとマージナルの男たちにとって、この二つは未分化だ。
女性性とは器官の問題ではなく、また生物学的なものでもない。メイヤードの右の乳房は授乳のためのものではなく、たんに、彼の受動性が可視化されたものだ。キラのように受胎を目的とし、男に対応してそうなるわけではない、非器官的な、不要な女性性――彼の罹っているのは女になる病であり、母にではない。「男ばかりのあわれな世界」とは彼が身をおいている世界のことであっても、彼自身のことではない。短い「時分の花」を咲かせる少年としてしか女性性を知らず、長持ちしない女である少年との擬似異性愛が同性愛と見誤られるあわれな世界で、唯一、目的を持たない女性性を持つマージナル・マンがメイヤードであるのだ。
「マージナルの人間どもが願ってやまぬマザ!/女?/女がほしいか?/月にも火星にも女なんかいくらでもいる」(メイヤード)
しかしメイヤードの場合、外の世界にいるそうした女たちすべてと同じく――そして、男に対して女になり、受胎するキラと違って――「女であること」と「マザであること」とは別のものであり、それゆえに〈悪〉なのである。
(つづく)


















