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おわぁ、寝てるだけです 本館探さないでくなさい/ブログ主 鈴木薫の他に間借人の文章「tatarskiyの部屋」シリーズも掲載しています

by kaoruSZ

頭文字

初出 2019年12月7日 骨董品モチーフSS


https://twitter.com/kaoruSZ/status/1203325242044645377


 遠い夏、植民地で財をなした大叔父を父と訪ねた。父も私の年頃に滞在し当時は彼の友人もいたが今は召使のみ、それでも釣りをしようと袖を捲ると精悍だった昔が偲ばれる。肘の内側に刺青を消そうとした痕を見たのはその時だ。


 珍しいかねと大伯父は言い、私は不躾を詫びたが、相手は終始笑顔で、身体に刻みつけたいほどに愛した相手を肉を削いでも忘れたいと思うようになることもある、坊やも今に分るさと言った。


 数年後何かの拍子に大叔父の名を出すと、父は、あのイニシャルは叔父さんの植民地での偽名という噂もあってねと意外なことを言った。大叔父は逝き父も今は亡い。ある日美しい少年が訪ねてきて大叔父の名を出し、唯一残る縁者の私に返還をと印章を取り出した。


 この傷、父がやったらしいです。父は養子でしたが、先頃亡くなる前に、昔この印章で祖父とやり取りしていた相手、つまり貴方の大叔父さんの手紙を全部焼きました。父が嫉妬からイニシャルを削りかけた印章はご親族へと、遺言が。


 少年が去ると夕べの窓に私は印章を横たえ、思いにふけった。肉に食い入って消せなかった文字の記憶とまさ目に見る月光色の印章は、何ごともなかったように闇に沈みつつあった。



by kaoruSZ | 2023-12-20 11:12 | 文学 | Comments(0)