燕脂色の祈祷書 ーラヴクラフト風にー
2023年 12月 20日初出 2022年11月5日 骨董品モチーフSS
https://x.com/kaoruSZ/status/1588732469255475200?s=20
これが君の家に伝わる祈祷書か。燕脂色の天鵞絨に私は指を走らせた。見てもいいかな。
もちろん。
Dは笑顔で答えたが、その息づかいの荒さを私は聞き逃さなかった。大丈夫なのかい、心臓は。
父と同じで、いづれはこれが僕を殺す。だが今は大丈夫だ。
D家は、長命の家系とは言い難かった。それは代々の当主の燕脂色の祈祷書への書き込みが、速い周期で筆跡を変えているのでも分る。壁に掛った彼らの肖像ほどにも、それらの文字には共通したところがない。しかし、一見似ているようには思えない肖像画が、よく見ると世代を超えてD家の特徴を顕しているように、てんでんばらばらの手跡は癖の強さという点で一致していた。
その点、わが友は変りだねで、たまによこす手紙の文字は惚れぼれするほど流麗だった。僕の先祖には時々死を超えて生きようとする奴がいてね、と彼は言った。人間の見果てぬ夢さと私は言った。所詮無駄な抵抗だ。
そうでもないんだ、とDは祈祷書の頁を繰った。ここに僕と同じ病気で死にかけた先祖の一人がいる。彼は病状と快癒の願いを記録している。このあと、筆跡が変っている。
息子が跡を継いだんだね、と私。いや。白い手が素早く頁を遡る。見ろ、同じ手だ。私は覗き込んだ。似ている。だが、同じ人間ではありえない。そう答えたのは、さらに百年前の日付だったからだ。そう、ありえない。でもありえないことも起るんだ。彼は先祖から命をもらって生き延びた。
何を言ってるんだこの進歩の時代に、と私は言った。今は十九世紀じゃないか。そう、何世紀も前の話さ。Dは力なく微笑した。今の僕は先祖の命でも欲しいよ。
くれぐれも養生してくれたまえ。手を握って私たちは別れた。帰りの馬車の中で、私はDの話を考えた。それは命をもらうのではなく、先祖の一人に身体を乗っ取られるということではないのか。何にせよ心弱った男の妄想だ。
しばらくして、Dが快方に向ったと聞いた。春になったらまた来てくれと手紙が届いた。私は喜んだが、新しいもの嫌いの男がタイプライターを使っているのには驚いた。しかも署名までタイプとは。


















