紅茶の味
2023年 12月 23日初出 2022年3月25日 骨董品モチーフSS
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「あと何杯飲めるかな」
貝殻を象った優雅なポットから二杯目の紅茶をカップに注ぐと、父は決まってそう呟いた。昼でも店内は海底のようにくらく、魚の形の色ガラスを透して差す光が、ティースプーンをあやつる父の手元を照らしていた。外出だからと白髪を七三に分けた父の、若い頃は昭和の映画スターの誰彼に似ていると言われたという彫りの深い横顔と、喉仏が動いて紅茶を飲み下すのを私は見守った。
車椅子を押して木立の中をゆっくりと病院へ帰る。そういう週末が何度か続いて私の気がゆるんだ頃、父は突然意識不明に陥った。
もともと家族が泊り込める、窓の外は冬でも鮮やかな花壇がめぐらされたテラス付きの個室のカーテンを開け、もう父の眼に映らない花々を見ることではじまる生活を七日続けて、明け方に呼吸が停るのを見届けた。実のところ医者は二三日で片がつくと思っていたのだが、華奢な陶磁器と違い、父はおそろしく頑丈だった。
死後の処置のため入ってきたはじめて見るナースは、父を一瞥して、「高い鼻ですねえ」と感嘆するように言った。
長い時が経って、ようやくそのあたりを再訪する気になったが、当然のことのように店はあとかたもなく、駅前に戻って昔ながらの瀬戸物屋に入り、マグを一つ買った。そこに人魚の画が描かれていたからだ。この頑丈なマグで私の「残り」があと何杯かを数えるのも一興だと思ったのだ。


















