スカル、スズメガ、スカラビウスーーエドガー・ポーの『スフィンクス』考(3)
2024年 03月 06日虫の名前
谷崎精二訳のこの短篇の題が、〈スフィンクス〉のルビを振った「天蛾」であると知って驚いたのは最近のことだ。同時に、「スズメガ」を雀蛾とも天蛾とも表記することを知ったが、表題には一瞬、唖然とした。これは究極のネタばらしーー有名どころで言うなら『私が犯人だ』とか『毒へびの恐怖』とかのたぐいーーではないのか。しかし、ポーの場合は別に蛾であることが最大の秘密ではない……(へびは伏せなきゃならないが)。谷崎精二は、「インセクタ」の名(和名)を、できるだけ正確に表示したかったのだと思われる。
スフィンクスを名乗る蛾は本当にいて、ポーが作中のインセクタに与えた学名「昆虫[インセクタ]綱、鱗翅[レピドプテラ]目、薄暮[クレプスクラリア]族、スフィンクス種のうち「薄暮族」だけが架空のものだ。「スフィンクス」の名は羽根をとじて威嚇する様から来たそうで、写真を見るとそれも頷ける。しかし、やはり、それが第一の謎というわけではないのだ。
鱗翅目で翼が「金属の鱗でおおわれている」のなら蛾に違いなかろうが、対岸の山腹を降りて行ったと見えたインセクタがともすれば甲虫めくのは、「上段、下段の翼が強靭な鎖で連絡してある」という描写が、むしろ蛾や蝶の羽搏きよりもむしろ複葉機のような立体構造や、カブトムシの飛翔を連想させるからだろう。そして何よりも「黄金虫」という先達がいることが注目されねばならない。もう一度、注意深く『黄金虫』のはじまりを読んでみよう。レグランドの友人である語り手はこう語る。
彼は、新しい属をなす、まだ知られていない二枚貝を発見したのだが、さらに、ジュピターの助けを借りて、一匹の黄金虫[スカラビウス]を追いつめ、捕えたのである。その黄金虫[スカラビウス]はまったくの新種だと彼は信じていたが、それについて明日、ぼくの意見を聞きたいと考えていた。
なぜ今日ではいけないのかと語り手ならずとも訊きたくなろうが、続いて読まれる通り帰り道で同好の士である砦の中尉に出会って、「ついうっかり貸してやった」のである。そのため、レグランドは言葉で虫を説明しようとする。
「きらきら光る金色でーー大きさは胡桃の大きな実ぐらいーー背中の一方の端には真黒な点が二つあり、もう一方にはすこし長いのが一つある。触角[アンチニー]は……」
レグランドの語りはここで途切れる。錫[ティン]などはいっていない、「あの虫は金無垢の虫ですだ。内も外もすっかり」と、黒人の従僕ジュピターが口を挟んだからである。
「まったく、ジュピターの考えももっともだと言いたいくらいのものなんだ。あの甲が発するのよりもキラキラした金属製の艶は、君だって見たことがないだろうよーーまあ、明日になれば判る。とりあえず、形だけならあらまし教えることができますよ。」
こう言いながら彼は、小さなテーブルに向ったのだが、その上にはペンとインクはあったけれども、紙はなかった。抽斗のなかを探したが 、一枚も見当らない。」
なんでこの日に限って紙が一枚もなかったのか。これは重大な問題だ。ここで一枚でも紙が見つかったら、羊皮紙が火に焙られることもなく、語り手がレグランドのスケッチ(「偉い先生についた」と自分で言っている)をけなすような展開にはならず、そしてーー当然のことながらーー宝さがしはまったくはじまらなかった。しかし魅力的な問題がいくつも目の前にあるので、そのことはさしあたって脇へ置いておこう。
まず、「キラキラした金属製の艶」が強調されるこの虫は、登場時は「黄金虫[スカラビウス]」と学名で呼ばれている(『スフィンクス』の、例の鎧に身を固めたような正式名を見るまでは気にならなかったのだが)。原題はThe Gold Bug で本文中でもbugと呼ばれもするこのオブジェ(不運にもレグランドとジュピターに追いつめられてそうなった)は、昆虫好きで知識と教養のあるレグランドと友人にとっては「スカラビウス」であり、ジュピターにとってはただの「金の虫」だ。しかも、錫など少しも混ざっていない、「金無垢」の虫なのだ。
ジュピターの知らないことがもう一つある。彼の「金の虫」を「スカラビウス」と呼ぶ主人たちにとっては、それはスカラベ、つまりエジプト起源の太陽神であり、再生の象徴だということだ。これが無意味どころではないのは、この虫が本当に、今は世捨て人のように暮している没落したレグランドに財産をもたらすからである。また『スフィンクス』のインセクタ・レピドプテラ・クレプスクラリア・スフィンクスは、表題に巧みに正体を隠しつつ、エジプトつながりでLe scarabée d'or(ボードレールによる仏語訳タイトル)との類縁をも示すものだ。
夜明けと黄金虫
レグランドの見つけた黄金虫は「まったくの新種」であるから、「博物学の概論書」にそれについての記述を探すわけにはいかなかった。『スフィンクス』の語者の友人は「その形を執拗に問い質した」あと、博物学の書物の「学生むきの説明」を読みあげる前に、彼が「怪物をことこまかに描写」してくれたのでその正体が示せると言ったが、レグランドは腕に覚えのあるスケッチでそれをしようとして失敗した(友人は裏側にあぶり出された髑髏しか見なかった)。目下『黄金虫』について述べている筆者は、重要な手がかりを落したのではないかとーーかいつまんで説明するという行為にもすでに解釈は入り込むのでーーいう恐れから、もう一つ細部を紹介することにする。中尉に虫を預けたことを残念がり、朝一番で取り戻すから見てくれと、レグランドが熱心に説くくだりだ。
「今夜は泊りたまえ。夜が明けたらすぐ、ジュピターに取りにゆかせるよ。すばらしいものだぜ ! 」
語り手の応えはこうだ。
「何が ? 夜明けがかい ?」
「馬鹿な ! 違う ! 虫がさ。」こう言って「きらきら光る金いろで」とレグランドは虫を描写しはじめるのだが、語り手とレグランドの微妙な齟齬がつねにその下に透けて見える会話の一つとはいえ、発見した虫に熱狂しているレグランドへの応答としては少し馬鹿さ加減が過ぎるのではないか? そう思ってーーそして近頃、『アッシャー家の崩壊』と『赤死病の仮面』を読み較べて気づいたことのあった者としては、語り手の言葉はもはやナンセンスとは思えなくなったーーもちろん、彼自身は何も知らない。だが、登場人物の知らないところで、夜明けは、黄金虫と交換可能なのではないか。つまり、黄金虫とは夜明けであるのではないかーー夜が訪れるたびに沈んでは生れかわる太陽の象徴であり、死に抗して日々よみがえる黄金虫はーー。
黄金虫が夜明けのようにすばらしいことは、黄金虫が金無垢の虫であることと同様に、あらかじめ周到にテクストに書き込まれていた。また、百合の木の繁みからジュピターがおろした黄金虫は、「紐の尖端で、落日の最後の光を浴びながら、よく磨かれた黄金の球のように光り輝いた」。
落日の光はぼくたちが立っている高地をまだほのかに照らしていたのである。
この明るさと静けさは、ともすれば思いが「眼前の書物から離れ、隣接する一都市の陰鬱と壊滅へとさまよって」(『スフィンクス』)ゆく者たちが知的論証によって死の予兆をしりぞけた窓辺のそれであろう。周知の通りこの先で『黄金虫』は、財宝発見、発掘、そして運び出しの狂奔に至るが、すべてが終ったあと「すばらしい」夜明けがあやまたずやって来たことは次の一文に窺える。
ぼくたちが黄金色の重荷を小屋におろしたのは、夜明けの最初のほのかな光の条が東のほうの樹々の頂から輝いた時であった。
ポーが『スフィンクス』の昆虫に与えた学名のうち、唯一「薄暮[クレプスクラリア]族」だけがフィクションであるとは前に述べた。クレプスキュールとはたそがれ、かはたれの薄明の時を指す。『黄金虫』の甲虫と『スフィンクス』の蛾には、このように見た目の大きな違いにもかかわらず類似性が見出される。その一つは、髑髏をそれぞれ隠喩と換喩として持つこと、そして、薄明の光との親和性である。
レグランドが虫が頭部に持つ触角に言い及んだところで、新種の甲虫の口頭での描写は中断され、羊皮紙にその絵を描くことになったわけだが、このあと彼と語り手は、同じものを指しているつもりで二つの別々の対象についてあげつらうという会話をはじめる。思えばレグランドが黄金虫を「すばらしい」と言い、語り手が夜明けのことと受け取ったのは、その前ぶれだったのだろう。実物を欠いたところで「きらきら光る金いろの」とレグランドが言った時、それは夜明けに似たのである。scarabée d'or (金のスカラベ)は scarabée d'aurore(あけぼののスカラベ)でもあるのだろう。
人頭黄金虫
羊皮紙の絵を前にしたレグランドと「ぼく」のやりとりをあらためて読むと、後者は終始それを髑髏としてしか見ていないことがわかる。
「ほほう !」とぼくはしばらくみつめてから言った。「こいつはおかしな黄金虫だ。たしかにぼくは初めてだよ。今までに見たことがないーー頭蓋骨か髑髏でないとすればね。今まで見たもののなかじゃあ、髑髏にいちばん似てる」
「おかしな黄金虫」であるのは、それが黄金虫ではないからだ。「これは黄金虫ではない」と素直に宣言する代りに、これが髑髏でないとすれば、確かに初めて見るものだと話者は言っている。例の(中断された)触角の件を彼は持ち出す。「でも、君の言ってた触角はどこにあるんだい?」もちろんちゃんと書いておいたとレグランドは答える。
黄金虫の絵について言えば、触角などぜんぜん見当らず、全体はごくありふれた髑髏の絵とそっくりだったのである。
これは語り手の独白だが、確かに甲の二つの点を眼窩、下の長い点を口と見立てたとしても、黄金虫にあって人間の頭蓋骨に絶対にないもの、それは触角であろう。
実際それは「ありふれた髑髏の絵」だったわけだが、この会話の中で、彼は一つだけ注目すべきことをしている。問題の黄金虫に名前をつけているのだ。
「君の黄金虫[スカラビウス]は、たとえ黄金虫[スカラビウス]に似てるとしても、世にも不思議な黄金虫[スカラビウス]だな。ねえ、このヒントを利用して、スリル満点な迷信を一つでっちあげることができるぜ。この虫には、人頭黄金虫[スカラビウス・カプト・ホーミス]というような名をつけるといいな。ほら、博物学じゃあ似たような名がいろいろあるじゃないか。でも君の言ってた触角はどこにあるんだい ?」*
「スリル満点の迷信」とは、平家蟹の由来のたぐいだろうか。言いたいことを最後にとっておく、嫌みたっぷりの科白だが、確かに「似たような名」はあった。映画『羊たちの沈黙』で広く知られることになったのかもしれない胴に髑髏の模様のある雀蛾は、「メンガタスズメ」というのである。しかしここはどうしても「人頭黄金虫」でなければならなかった。黄金虫は人頭を付けているのではなく、虫全体が一個の人頭なのである。
語り手は全く気づいていないが、羊皮紙に浮き出た絵を彼が髑髏と呼んだために(実際、それは髑髏なのだ)、レグランドは自分の描いた黄金虫の絵を髑髏に似たものとして想像し、次いで同じ輪郭を持つ虫と髑髏が一枚の羊皮紙の両面にあるのを発見し、最終的にこの二つを操作することで宝物に至ったのだ。
*この、触角(の欠如)への執拗で強迫的なこだわりは、次に引く『スフィンクス』における怪物の触角の描写によって十二分に補償されていよう。「鼻を平行に、左右から、長さ三、四十フィートの棒状のものが前に出ている。これは純粋の水晶で出来ているらしく、形は完全なプリズムを成しーー落日の光をこの上なく豪奢に反映していた。」


















