#queerpoe
2024年 05月 25日
行く先々で己の悪行の邪魔をするウィリアム・ウィルスンの(成人後の)分身との出会いは、具体的には三度しか描かれていない。分身はそれぞれ白カシミアのモーニング、毛皮のマント、青ビロードのスペイン風マントを着ており顔は見せない。むろん語り手のウィルスンと全く同じ恰好だ。
仮装舞踏会用のスペイン風マントをはおり、赤い革帯に剣を吊り、黒い絹の仮面で顔を覆ったウィルスンを、語り手は小部屋へ引きずり込み、壁に押しつけて何度も胸を刺す。「誘惑は昔からあったとしても、こんなふうに誘惑された者はいないーーもちろん、ここまで堕ちた者もいないにしても」とそれ以前に主人公は述懐しているが、いったい彼はいつ誘惑されたというのだろう。行く先々で現れる、顔を隠したもう一人のウィルスン以外の誰に?
夢のように/夢として変形されたこの(原)光景を元に戻すのは難しくない。もちろん彼は、仮装舞踏会で気に入った若者を見つけて小部屋へ誘い込んだのだ。彼らはまず互いのマントを床に落す。人間は普通はだんだんと堕落して行くものだが、「私の場合はあらゆる徳が一時にマントのようにそっくり落ちてしまった」という奇妙な比喩に、誰も立ち止まらなかったのだろうか。
青ビロードのマントを床に落すと、彼らは立ったままではない姿勢をとり、ウィルスンは相手を壁に押しつけたのだ。むろんあらかじめ鍵をかけて邪魔が入らないようにして。彼らは仮面をとって互いの顔を認めたろうか。それともそれは暗がりや闇の中でたとえ一瞬目にしたとしてもすみやかに忘れられてしまう、匿名の男の顔だったのだろうか。白カシミアや稀少な毛皮や青ビロードは男たちの換喩であり、肩からマントを落すように気軽に、彼らは互いの肌を確かめあったのだろうか。「相対的には些細な悪行から私は大股でヘリオガバルスも及ばぬ凶悪さに達した」? ヘリオガバルスの悪徳の中身に注目するよう何年も前に私に言ったのはtatarskiyさんだが、ここにまともな註釈が付いているのを見たことがない。
by kaoruSZ
| 2024-05-25 16:59
| 文学
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