今日は遊ぶ&今後の予定少々
2006年 08月 12日Izさんへのおみやげとしてブルータスの若冲特集をと思い立ち、本屋を二軒見たがすでに売り切れ。教文館 に電話し、取り置いてもらう。引き取ったあと二階へ上がり、三冊ばかり買った。うち一冊が、偶然目についた寿岳章子の『日本語と女』で、これが素晴しい。
寿岳章子は昨年亡くなっている。寿岳文章の娘さんであることは知っていたが、不勉強な私はその仕事を今までほとんど知ることがなかった。
もっと昔の人のような気がしていたが、私の父より一つ上に過ぎない。46年に東北帝国大学法文学部文学科を卒業している。(女子大学ではない「大学」が女を受け入れるようになって間のない時代だ。)
家庭内では、女はこう、男はこう、といったことを一切言われることなく育ったという彼女はこう書く。
「……私は気がついて見れば、望んだわけではないが「女」という存在であった。かつてはそのことをむしろ私は意識せぬ暮らしを望んでいた。男も女もない生活こそが望みであったのだ。しかし、やがてとりわけ京都という地を生活の根拠としていることなどが多分に影響して、「女」の問題そのものを色濃く考えることが度重なってきた。また、おのずと、考えなければならぬと思うようになってきた。最終的には、考えることに喜びを感じた。それは、たとえば、私に強い影響力を与えた農村婦人との交流が、私に与えた変化である。」
彼女のような、当時の大多数の女たちとはたぶん文化的にも経済的にも桁違いの恵まれた環境で育った女さえ、このように言うのだ。それに比して、自分は女だからといって差別された覚えはないが、そういう女性がいるなら手を差しのべたいと何の屈託もなく言う大学教授の、なんという薄っぺらさ。〈「女」という存在〉として社会の中で生きる以上、「女」の問題を考えなければならなくなるのは避けられないと言っただけで「フェミニズム信者」と罵る男や、バブル以前は主婦という形で女の生活は保証されていたとか、すでに女は差別されていないとか口走る、歴史を知らない子供の愚かしさには対抗しなければならない。とりあえず、来月一日の「カルチャー・レヴュー」は番外編になる。