1974年のTRANSSAXUAL(1)
2004年 10月 18日訳者あとがき
1974年なんてたった三十年前のことだけれど、『苦 悩 或る性転換者の告白』という題名は、さすがに今ではつけられることのありえぬものだ。「或る」というこの文字づかいだけで、さらに三十年は昔の本かと錯覚してしまいそうだ。
しかしこの本は1974年に書かれ、二年後に日本でも翻訳が出ている(ジャン・モリス、竹内康之訳、立風書房)。どういう時代だったか? 「訳者あとがき」が大いに参考になる。訳者は、著者の略歴に移る前の、メインの文章をこう結ぶ。
特にウーマン・リブの運動にたずさわる方がたには、本書をぜひとも読んで頂きたいと思っている。(247)
ジャン(Jan)・モリスは、Male to Female Transsexualである。彼女の手記を、どうして「ウーマン・リブの運動にたずさわる方がた」に?
モリスと同様、自分も「男より女の方に価値観を置いていた」と訳者は子供時代を振り返る。「ほとんど女ばかりの家庭で育ったせいか、身のこなしや言葉づかいに女性的なところがあり」、指摘されて恥しい思いをしたり、自分は「本質的に女性的なのではないか」と悩んだりしたこともある——。
その後、基本的な物の見方、考え方に男女でかなりの差があり、自分はむしろ男の見方、考え方に近いということを認めるに至ったが、それとても、環境——育てられ方の差に基づくものだと言えなくもない。というわけで、私は、「どこか本質的なところで女性的なのではないか」という意識を、拭いがたかったのである。
しかし、本書を訳してみて、私は「たとえ男として育てられても、本質的に女性的なところを持つ者はやはり女性的な物の見方、考え方をする」という点を確認し、やっとそういう意識から解放されたのであった。(247)
わかりますか?(私はわかりにくかった。というか、わからないぞ!)
この人は、
(1)自分の「男性的な物の見方、考え方」は、男として育てられた結果植えつけられたものにすぎず、本質は女性的なのではないかと思っていた。
(2)しかし、男として育てられたのに「女性的な物の見方、考え方」をするモリスという反証を得て、自分の本質は男性的なのだと悟った。
というのだ。
著者ジャン・モリスは、社会的に女として扱われて育ってきたわけではない。したがって、本書をつらぬいている「女性的な物の見方、考え方」は社会的に強制されたものではなく、女性の本質に基づくものだと考えていいだろう。そういった意味で、特にウーマン・リブの運動にたずさわる方がたには、本書をぜひとも読んで頂きたいと思っている。(247-248)
“そういった意味”だったのだ。「女性的な本質を持つ者」が男として育てられても、「女性性」は押えようもなくあらわれる。だから、女の子をどう育てようと、彼女は結局「女性的な物の見方、考え方」をするようになる——社会に強制されずとも——と、この人は「ウーマン・リブの人々」に向かって言っている。